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福島県人権啓発活動ネットワーク協議会
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最優秀賞 「心の清掃」

浅川町立浅川中学校二年 蛭田 梓

「ひるたあずさは、○○○○○○」

理科室の机の雑布がけをしていた私の目に入った文字。一瞬、目の前がまっ暗になりました。

(まちがいかもしれない。)
そう思って、おそるおそる机の上を見てみると、残酷なことばが再び目に入ってきました。

(周囲の人は、私のことをこんなふうに見ていたのか。)
と思うといたたまれない気持ちになり、あふれそうな涙をおさえて、黙って掃除を続けました。うわの空で、手だけが機械的に動いているだけで、落書きの文字が私の頭の中から消えません。

(私にうらみのある人が書いたのだろうか。)

(私をきらっている誰かが書いたのかしら。)

(いったい誰が…)

(男子かしら。)

いろいろな思いが、私の頭の中をかけ巡ります。

(どうしよう。どうしよう。)

重い心で雑布をもみ出していると、先生が通りかかりました。私は思いきって、先生に落書きのことを話しました。

「えっ、許されない。とんでもない。」
と言いながら、机の上の落書きを見るなり、

「梓を苦しめてしまってごめんな。人の心を傷つけるようなことは絶対許されないことだ。この落書きを書いた人の心はものすごく汚れていて、きたない。その人の心を掃除していかないとみんなが楽しい学校生活をおくることができないよな。つらいだろうけど、梓にはたくさんの友人がいるし、支えてくれるみんながいるんだからな。あとは、先生に任せなさい。」
とおっしゃられたのです。

落書きを知った友人たちが、

「そんなこと気にするな。」

「落書きするなんて公共物なのに、何考えてんだ。」

「元気だして。」
と言ってくれました。私の心は、友人たちの言葉により、ほんの少し、勇気が出てきました。

その日、さっそく、帰りの短学活の時間に落書きのことが取り上げられました。今まで落書きをしたこと。なぜするのか。された人の気持ちはどうかなど、一人一人が自分の胸のうちを書いたり、発表したり、反省の時間が持たれました。先生は、

「みんなにも、先生にも、人格を無視したことばを言う権利はない。」
とゆっくりと話をされました。

「その人の顔や体つきについて何だかんだいう権利はない。今まで本気で子どもを育ててきたお父さんやお母さんがそんなことを聞いたらどう思う?逆にそんなことをわが子が言っていた、書いていたとしたらどう思う?そうだ。悲しむだろう。苦しむだろう。みんなにとって、落書きはちっぽけなできごとかもしれない。しかし、これは心に傷を与える大きな大きなできごとなんだ。人格を認めあえることのできる力をつけるために勉強してるんじゃないか。」

落書きは学級に存在する一人一人に波紋を投げかけました。おもしろがって書いたことば、ちょっとからかってみただけという軽い考え、何の気なしに書いたことばが、人格を傷つけ、相手を苦しみにつき落とし、友人を信じられなくする凶器になるということを思い知らされたのです。

人のいやがることを言わない。もし、自分がそうされたらどんな気持ちになるか、授業に集中することの大切さ。勉強の目的など各クラスでも話し合われました。

そして、二日後、学年集会が開かれました。そこで、A君が、

「落書きは消せるけど、人の心の中にはいやな思い出、深い傷として一生残ることを忘れないようにしよう。そして、人の心に傷を作る落書きを学校中からなくそう。」
と発言したのです。続いてB君も、

「誰が書いたかわからなくともみんなで誰かの心の傷になっているものを消していこうよ。」

「賛成」
と手が挙がり、次の週、落書き消しの美化作業が始まりました。

「梓、あの落書きを書いた人がこの学年にいるとしたら、自分の心の傷も今、一生懸命消しているね。梓の心の傷も少しずつ薄くなるといいねえ。」
友人が消しながら言いました。私は、

「ありがとう。私も他人の心に傷を作らないように気をつけるわ。」

こうして、仲間達と先生方から、私は元気をもらうことができました。

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