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福島県人権啓発活動ネットワーク協議会
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福島民報社賞 「両親の離婚と私の権利」

大玉村立大玉中学校二年 渡邉 由起

私の両親は、私が小学六年生のときに離婚しました。両親の離婚などまったく考えていなかった私にとって、本当にショックな出来事でした。今起きていることを自分で納得するには、とても長い時間が必要でした。

両親は、離婚によって生じた様々な問題を解決するため、福島家庭裁判所という所に何度か出向いて、話し合いを行ってきました。離婚が決まると、二人が共同でもっていたものすべてを分け合うことになります。財産やお金、そして、私達、子供です。私は長女なので、子供の意見代表として、何回かその話し合いに参加しました。

「子供から見た両親は?」「子供にとって親とは?」などの深く難しい問題に、私なりに、よく考え、いろいろな主張をしたつもりです。その中で、私はあることに気付きました。とても重要なことでした。それは、「両親の離婚に対しての子供の権利」です。

離婚は、法律上、ふたりの結婚が終わることです。そのことは、父と母だけの問題だけではありません。子供である私達にも大きな影響を及ぼします。私は、そのとき初めて、「人権」--私達が生まれながら持っている権利というものを実感しました。「基本的人権の尊重」について、裁判所の方はいろいろくわしく教えて下さいました。権利とか、法律とかに無関心だった私は、両親の離婚をきっかけに、とても大切なことを学ぶことが出来ました。

子供は、「親の子供」として見るだけではなく、「社会の子供」でもあるということです。私の両親が離婚したことは、私にはどうしようもないことかもしれませんが、離婚後の暮らし方については、私もおおいに自分の意見を主張できます。そして、たとえ十五歳未満であっても、その主張は重視されるということが、きちんと条約で認められているのです。

実際、私は中学生になって間もない頃は母親側で暮らしていました。しかし、母親の実家から学校に通うのは、何かと不便があり、部活動も思うように参加できなくなりました。一時、転校も考えましたが、ずっと一緒に過ごしてきた仲の良い友達と別れたくはありませんでした。私は、やはり、父親側に籍を入れたほうが、自分の望む生活になるのではないかと考え始めました。

そして、去年の夏には、母親側から父親側に籍を移し、今現在、学校に近い父の家で、弟三人と父、祖父母と共に暮らしています。通学するには、何の不便もありませんが、母親がいない分、長女である私に家事の負担がかぶさってきて、少しつらい時があります。また、授業参観の時など、友達のほとんどはお母さんが参加しているので、切なくなる時があります。そんなストレスからでしょうか、私も弟たちも体をこわしやすくなってしまいました。

私は、家庭裁判所で「弟達には母親が必要です。」と主張しました。しかし、この主張は取り上げられませんでした。離婚した夫婦が、再び一緒に暮らすのは、そう簡単なことではありません。でも、私がこんなふうに意見をいうことは、大人達もいろいろなことを考えるきっかけにはなります。私はこの権利を、自分のためだけではなく、きちんと行使していこうと思います。離婚は、夫婦の別れであっても、親子の別れではないのですから。

両親の離婚は、私達子供にとって、とても悲しくつらいことです。それは、子供ばかりではなく、祖父母にとってもそうだと思います。夫婦をとりまく多くの人達が、いろいろな変化につき合わなければなりません。でも、人それぞれに生きる権利があります。日本は、社会の中で、その権利がちゃんと守られている国だと思います。私は、今回の不幸な出来事をとてもうらんだりしましたが、自分が一人の人間として自立していくことや、社会とかかわっていることの大切さを学んだ良い経験が出来たと思います。

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