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福島県人権啓発活動ネットワーク協議会
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福島民友新聞社賞 「私の兄」

二本松市立二本松第三中学校三年 菅野 真帆

私は社会の歴史で勉強した『人権宣言』の「人は生まれながら平等の権利を持つ」という言葉にとても納得しました。しかし、現在「差別」という言葉があります。その言葉を聞くと六歳上の兄が浮かびます。

私の兄は生まれつきの知的障害者です。そのことが分かったのは一歳くらいの時でした。みんなと比べて発達が遅いと母が気付き、病院での検査の結果分かりました。一人で歩けるようになったのは三歳の頃です。訓練を受けたくさんの人に支えられながらやっと歩けるようになりました。そんな兄の幼い頃の話を聞き、父や母はすごいなぁと思いました。父や母は、兄に自分でできることを一つでも多くできるようにするため努力していました。私が親だったら、同じようなことができるだろうか…。知的障害者と分かった後、毎日落ち込んで生活してそうな感じがします。そんな兄はみんなと同じ幼稚園に行きました。そこでは周りの友達も兄のことを理解してくれて優しく接してくれたそうです。小学校は三年間特殊学級で過ごしました。四年生からは養護学校に自宅から学校のバスで通いました。それから一・二年たつと兄がストレスなどで家で暴れることが多くなりました。大声を出したり家の壁をたたいたり…。私はそんな兄を見ているだけで止めることができませんでした。また家に帰ってくると甘えて自分でできることも親に手伝ってもらってやることが増えました。そこで父と母は、兄が中学三年生のとき、養護施設(寮)に入れることにしました。平日は施設から隣にある養護学校に通い、毎週土曜日にみんなで迎えに行くことになりました。慣れるまで兄は大変だったのかまたストレスがたまり、家に帰ってくると暴れました。小学校の時よりも体が大きくなってきているため力が強くなり母にけったり髪の毛を引張ったりすることが増えました。兄を見ていると私は嫌でたまりませんでした。どうして私の兄は普通の人とちがうの?という疑問までいだいていました。しかし、こんな考えは間違っているという事に気付いたのは私が小学校六年生のとき。小学校で総合的な学習の時間で、ボランティアの事について調べていました。そこで、ボランティアをやっている講師の先生が、
「障害者の人を変な目で見てはいけないよ。みんなも個性があるように、障害というものも個性なんだよ。」と私たちに優しくアドバイスなどをしてくれました。私は、この言葉を聞いた時、(考え方を変えるだけでこんなにちがうんだ。私の兄もみんなと同じように個性を持っているんだ)と思いました。そして当時は、暴れる兄を見ることが多かった私は、兄の良いところを忘れていました。兄のよいところは、誰にでも人なつっこくてあいさつをすることや几帳面なところ。音楽が大好きで、好きな曲に合わせて踊りを踊ることなどなどたくさんあります。現在は家から施設に通っているので帰ってくると毎日同じ曲を何回も聞いて踊っています。私は兄が楽しそうに踊っているところが大好きです。

兄が知的障害を持っていても、私にはかけがえのない兄弟です。でもあまり友達には言えません。言った後の反応が怖いからです。でもそんな周りのみんなに兄のことを堂々と紹介できない私も兄を差別していることに気付きました。これからは自信を持って兄のことを紹介したいです。そして、社会全体が差別をなくす努力をしなければならないと思います。

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