本文へジャンプメニューへジャンプ
福島県人権啓発活動ネットワーク協議会
ここからメニューです

ホーム > 主な活動 > 全国中学生作文コンテスト > 平成18年度全国中学生作文コンテスト福島県大会入賞作品 >

ここから本文です

| 前の作品へ | 一覧 | 次の作品へ |

最優秀賞 「私の職場体験」

須賀川市立西袋中学校二年 成井 彩美

「それって、私達にとっても失礼なことじゃないの。」と、友達が怒って言った。

養護学校での職場体験の感想を聞かれて、「みんな、私達と同じだったよ。」と答えた私に言った言葉だ。

とても悲しくて、くやしくて、怒りがこみ上げて来たけれど、私は、話をしてもわからない人には話さない、と思い直して、くちびるをかんだ。

二年生になり、親の働いている所で、職場体験をする事になった。私は、母の働いている小学校よりも、叔母の働いている養護学校で体験したいと強く希望した。

叔母には、養護学校に通うみんなとたくさんの交流がしてみたい事、先生方がどんな風に勉強を教え、生活を支えているのかを見て、将来の私の夢の実現のための一歩にしたいと話し、お願いした。

中学校の先生にも、どうしても養護学校で職場体験をしたいと、面倒な手続きをお願いし、ようやく、体験できる事になった。

事前の打ち合わせで養護学校の教頭先生から「大変ですよ。」と言われた。でも、私は、自分の思いを伝え、がんばる事を約束した。心に残ったのは、重症心身障害児と呼ばれる国立病院のわかくさ病棟に入院しながら勉強を続けるわかくさ部での体験だった。

最初に出会ったのは、私と同じ中学二年生の男の子。車いすに乗り、体は硬直し、話す事もできない。学習は、しゃぼん玉で遊ぶ事やストローで息を吐く事、しゃぼん玉に触れる事が、彼にとっての訓練であり、学習なのだ。病棟から洋服に着替え、すぐ側の学習棟に来る事、先生に会う事、先生と顔の表情や手足のちょっとした動きで気持ちを表現する事が学習なのだ。

短い時間でも、尊い授業だった。彼は、しゃぼん玉ができてうれしい事、しゃぼん玉が飛んでうれしい事を動かない手足や顔を精一杯動かして、表しているのだ。

それは、私が難しい数学の問題を解けた時の、「わかった」といううれしさと同じに見えた。

それを見守り、励ます先生の笑顔も、問題をあれこれ考えている私を、じっと見守ってくれている中学校の先生の顔と同じに見えた。

私は、しゃぼん玉で一緒に遊び、楽しみながら、彼の足を優しくさすった。絶対に、同じクラスの男の子の足をさすったりはしないだろう。彼と話す事ができないのだから、コミュニケーションが、それだと思えたから、私は迷う事なく足をさする事ができた。

でも、やっぱり、同じ年と思うと、「ドキッ」とした。

彼は、交通事故に遭い、障害を持つ事になったと聞いた。私が成長して来たと同じように、赤ちゃんから歩けるようになり、食べられるようになり、たくさんの事を見、触れ、考え、笑って、泣いて大きくなって来たのだ。

しかし、ある日、突然の事故で障害を背負ってしまったのだ。

それを聞いて、やっぱり、彼も私達と同じ中学生なのだという思いが強くなった。

二日の間、彼の他にも、わかくさ部の高校生の女の子とも、プールに入った。小学部のかわいらしい男の子や女の子三人にも出会った。

先生方は、その子一人ひとりのための学習を準備し、授業を進めていた。そして、みんなとても明るい笑顔で、真剣な目で、精一杯学習していた。

それを見て、感じる度に、私と違う所なんて一つもない、同じ人間なのだという思いがどんどん強くなっていった。

失礼だと怒った友達は、障害を持つ人と出会った事がないのかもしれない。障害という事に大きな誤解をし、何も知らないのかもしれない。町の中で、車いすや寝台車に乗っている人に、呼吸器をつけたままの人に、出会う事はほとんどない。

まして、話したり、親しくなったり、その障害を理解する事など、全くないのかもしれない。それは、悲しいけれど仕方のない事なのかもしれない。

私の周りには、知的に、身体的に障害を持つ友達が、保育園にも小学校にもいた。一緒に遊び、当り前のように大きくなってきた。だから、同じだと思えたのかもしれない。その環境に感謝しなければならないのだと思った。

この二日間で、親に育てられ、守られ、学校に通っている事が、どんなに幸福で楽なのかを知った。人の命を守りながら仕事をする事の大変さも知った。

一心に学習するみんなの真剣さを忘れずに、私もしっかり、今できる部活動に、学習に取り組みたいと思う。いつか、叔母や私を支え見守って下さった先生方と共に働く日を夢見て。

このページの先頭へ