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福島県人権啓発活動ネットワーク協議会
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優秀賞 「視線の数だけ人がいること」

南相馬市立小高中学校二年 田淵 彩加

皆さんは、人から冷たく、哀れむような視線で見られた経験はありませんか。また逆に、誰かを同様に見たことはありませんか。特に後者は当てはまる人が大勢いることと思います。病気の方を見る目、老人の方を見る目、そして障害者の方を見る目。無意識だったり、表情に出さなくても、「変だな。なんかかわいそう。」と、心の隅のほうで、思っているはずです。

私の弟は、「ダウン症」という障害と、白内障を合併した障害者となって生まれてきました。健常な同年代の子より、脳の発達が遅れてしまうものです。私が小さい時には、弟に障害があるのだと、知る由もありませんでした。しかし、弟が成長するに連れて、「どこか違うんだ。」と考えるようになりました。

人の視線や会話を気にするようになった私は、外出先での人々の視線を多く感じるようになりました。その対象は、私の弟だったのです。そして私達家族にも、同様の目が向けられました。その多くが、哀れみの混じったものでした。

私は、弟がその視線を特に気にしているとは思っていません。今はただ、私達と一緒。勉強して遊ぶ。あたりまえの生活をしているだけです。でもなぜか、姉である私が、周りの目に敏感になってしまっています。弟の事をあまり話さないようにしたり、共に行動するのを嫌だと思ったり…。これでは、私までもが弟を偏見の目で見ていることになってしまうのです。自分が「差別」をしたんだと思い、気がつくのは、いつも後になってからでした。

私の中では、弟は、家の中にいると「弟」という存在なのに、外へ出ると「障害者」という肩書きに変わってしまっていました。そして思いを持っていることで自己嫌悪に陥ってしまいました。

しかし、思いつめていた私に転機が訪れました。それは、友人と兄弟関係の会話をしていた時でした。その時に弟への思いが変わりました。友人達は、弟の障害のことを気にする様子もなく、私の話を聞いてくれたのです。その出来事がきっかけで、内外関係なく弟を「弟」と思えるようになりました。

ある日、家族で外出した先でとても悲しい事がありました。そこで笑顔の親子二人組とすれ違ったのですが、その母親のほうは、弟を見たとたんに哀れだ、という目をしたのです。後ろを歩いていた私はその母親の目を見て、とても辛くなりました。弟を差別されたことだけではありません。その子供が、自分の母親が哀れだという目で障害者を見ていると知ったら、どれだけ悲しみ、苦しんでしまうのだろう。…と思ったからでもあります。これが初めて、弟への差別を無くせないものかと考えたきっかけでした。

それでも、弟のことをとても温かい目と優しさで包んでくれる人に沢山出会うことができました。両親の仕事で、弟は様々な施設に預けられました。でも、そこの先生方や、弟の友達などは、弟を明るく迎え入れてくれました。そのお陰で、今の弟は活発で、とても元気に日々を過ごせているのです。冷たく、哀れに見る目と、温かく見守ってくれる目の違いが、いろいろな意味で心に染みました。

ふと、何気なく本屋で手に取った漫画のフレーズに、

「イジメは人の心でつくりだすもの。」

そして、

「イジメは人の心で止められるもの。」

と、書いてありました。この二つの言葉が、とても心に響きました。差別だって同じだ。と思ったからです。差別している時の嫌な目も、その人の心がそうしているのではないでしょうか。そして障害者の苦しみや思いをもっと理解してくれれば、差別の目を向けることも無くなるのではないでしょうか。この二つが、今の私の差別への答えです。

今は、差別について語れることはこれしかありません。しかし、私の弟も含め、世界には差別されている人が沢山いるのです。それは全て、人の心が生んだ醜いものです。私の力はとても小さく、頼りないけど、一人でも多く、人の心を良い方向へ動かせればいいな、と思います。そして、私自身も、温かい優しい目を持つ人になりたいです。

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