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福島県人権啓発活動ネットワーク協議会
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最優秀賞 高齢者にも尊厳を

いわき市立四倉中学校 3年 千葉 歩美

高齢者虐待とは、介護者が暴力や暴言をふるったり、食事を与えなかったり、いやがらせをしたり、年金などを勝手に使ってしまったりすること等をいう。以前は、徘徊したり、点滴を抜いてしまう人の手足をひもでしばりつけていたこともよくあったという。そこには一人の人間としての尊厳は感じられない。

二〇〇七年度の家庭内での高齢者への虐待件数は一万三千件を超えるそうだ。家庭内という外からはわかりにくい空間での出来事なので、実際にはもっと多くの高齢者が被害にあっているのではないかと言われている。このような高齢者虐待の被害者の約八割は女性で、加害者の約四割が息子とのことだった。自分を産み育ててくれた母親を虐待するなんて、許されない。家族に虐待を受けている高齢者の人達も、昔は元気で社会のため、家族のために一生懸命働いてくれていた人達だ。年を取り、今まで守ってきた家族に、今度は守られてゆったりと幸せに生活をしていけるはずだったのに、自分の愛する子供や配偶者に暴力をふるわれたり、放置されたりするのは、あまりにもひどい仕打ちだと思った。

しかし、その原因を知って、私は深く考えさせられた。高齢者への虐待が多いのは、その介護者への負担が重く、介護疲れなどのストレスが大きな原因の一つだというのだ。虐待の被害者の約四割には認知症の症状が見られるという。いろいろなことがわからなくなってしまったり、徘徊したりするので、介護者は気が休まらず、ストレスをためてしまうのだろう。年をとれば、動きが鈍くなったり、できなくなったりすることも増えてくるのは、誰でも知っていることなのに、実際に面倒を見るのは大変なことなのだろう。

私の両親は共働きをしているので、私達姉弟は近くに住む祖父母にお世話になることが多い。その祖母も昔、認知症だった義母のお世話をしたそうだが、本当に大変で、何をするかわからないので目が離せず、家をあけることができなかったという。今年の春に病気で亡くなった会津の祖父も、祖母と二人暮らしだったので、入院中は他県に住む伯母が来て、ずっとお世話をしてくれていた。私達は時々お見舞いに行く程度だったが、家族を何か月も置いて来ていた伯母は大変だったと思う。大切な家族の老後の面倒を見る。私は当たり前だと考えていたが、みんなに簡単なことではないことを知った。

「誰だって、怒るのは嫌なのよ。できることなら家族みんなで笑って過ごしたいと思っているのよ。」
と母が言った。そうだ、本当は優しくしたいと思っているのに、虐待をしてしまう家族だって少なくないはずだ。先日も、八十何才かのおばあさんが介護に疲れた夫に殺害されたというニュースを聞いた。高齢化社会・核家族化が進む現在、このような「老老介護」の悲劇は少なくないという現実に驚いた。介護する家族も追いつめられているのだ。

また、介護者が高齢者のためを思って、おもらしをしないように水分補給を控えたことで、脱水症状を起こしてしまったり、転ばないようにと車いすのベルトをして高齢者を不快にさせてしまったりと、知らず知らずに虐待につながっていることもあるそうだ。

このような高齢者虐待を防ぐには、まず高齢者の行動や認知症について深く理解しなければならないだろう。また、家族だけで抱え込まなくてもすむように、施設やサービスを上手に活用して、介護者の負担とストレスを軽くしてあげることも必要だと思う。お年寄りだって同じなのだ。そして一番大切なことは、高齢者を尊い一人の人間として、その人格と意志を尊重してあげることなのだと思う。もし私が、毎日家族に何度も怒られたり、無視されたりしたら、とても悲しく、自分自身の存在価値を見失ってしまうことだろう。

今は私達の面倒を見てくれる元気な祖父母だが、いつ介護が必要な状況になるかもしれない。私達には、これまで社会のために一生懸命働いてくれた高齢者一人ひとりが生きがいを持ち、生き生きとした生活を送れるようにする役目があると思う。それには、高齢者を家族だけで抱えるのではなく、施設やサービスを更に充実し、快適に過ごせる環境を作っていく必要がある。でも、それ以上に、高齢者に対しての感謝といたわりの気持ちを持ち、優しい声かけのできる社会でならなければいけない。みんなが人間としての尊厳を持ち、笑顔で生活できる社会を。

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