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福島県人権啓発活動ネットワーク協議会
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福島民報社賞 本当のリハビリ

いわき市立四倉中学校 3年 鈴木 雄飛

夏休み中に親せきのおじさんに会う機会がありました。おじさんは母の叔父にあたる人で三年前に会った時は入院中で、その後介護認定を受ける程の状態だと母に聞いていました。

そのおじさんが今では、何と車を運転してボランティアに出掛け、庭の手入れをし、普通の生活ができているということに、僕は驚きました。

退院後しばらくの間、生活の全てにおばさんの介助を必要としていました。着替え、入浴はもちろん、食事も介助が必要でした。要介護2の認定を受けていたそうです。そんな生活の中で、おばさんは一大決心をしました。
「私に何かあったら、この人は生きていけなくなる」

そう考えたおばさんは、どうしようもない状態以外、手伝わない事にしたそうです。着替えや食事に何分かかろうと、おじさんに危険がない限り手を貸さず、見守る事にしたそうです。

最初のうちは、思うように出来ない事にいら立ち、どなったり物を投げたりしたそうです。おばさんは平気な顔をして、知らんぷりをしたそうですが、心の中では何度もくじけそうになっただろうと思います。僕は、見守る事の方が手助けする事より何倍も辛い事なんだと初めて知りました。

三十分かかっていた着替えが、十分でできるようになりました。外出を嫌がっていても車いすでできるだけ連れ出しました。すると徐々に杖を使って散歩できる様になりました。

僕は、病気の人、お年寄りや障害のある人にはやさしく親切に接したいと思います。ただ、僕の思っていたやさしさは、本人に不自由を感じさせない様に手伝ってあげる事でした。

あの時、おばさんが「一大決心」をしなかったら今頃おじさんはどうなっていただろうか。何から何までおばさんの手を借り、ヘルパーさんに入浴させてもらい、寝たきりになっていたかもしれません。好きで要介護になる人はいないと思います。おじさんの場合は、リハビリで回復が可能な状態だった事も幸いだったのかもしれません。
「人間が人間として幸せに生きていくための権利」が人権だと思います。

「人間が人間として幸せに」というのはどういうことでしょう。病気やケガで体に障害があっても身のまわりの事は自分でできること。どうしてもできない事を手伝ってくれる手がそばにあること。自分が何か(誰か)の役に立ち、必要とされていると感じることではないかと僕は思います。

おじさんは退院後の体の不自由な時、自分がこれからどう生きていくのか、一生このままおばさんの介護を受ける暮らしをするのかと、不安な気持ちのはずだったと思います。自分が情けなく、何もやる気がおこらなかったと言っていました。おばさんのスーパーリハビリが始まった時、初めは「なぜ助けてくれない。なぜ放っておくんだ」と感じたが、「よし、頑張ってみよう」と前向きな気持ちが生まれてきたそうです。「不自由はないが介護される生活」と「不自由はあっても自分できる生活」。おじさんの別れ道でおじさんは後者を選びました。そして現在、車を運転できる。ボランティアに参加できる。自分のことは自分でできる。人間として幸せを感じることができる生活に戻ることができたのでした。

僕がこれから生きていく中で、障害のある人、お年寄りと接する時、必要以上のやさしさや気使いで相手を傷つける事があるかもしれません。他人の人権をこわさないために時には見守る事も大切だと思います。

おじさんはおばさんを、
「鬼ばばあなんだ」
と言って笑っていた。しかし心の中では感謝しているんだなぁと感じられました。

おじさんがおじさんらしく生きていけるのは、おばさんのリハビリのおかげだから。

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