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福島県人権啓発活動ネットワーク協議会
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最優秀賞作品 温かさを分け合って

南相馬市立原町第二中学 3年 宮原 理為智

「みっちー」。それが、新しい学校での僕のニックネームとなった。四か月足らずの生活だったが、僕に色々なことを教えてくれた大切な日々だった。

あの三月十一日の大震災は、僕達の生活を一変させた。南相馬市は原発の影響で屋内退避となり、生活面や健康面など様々なことを心配した両親は、祖父母と僕達兄弟を連れて埼玉の伯父の家に一時的に避難することにした。伯父の家に着いても、両親は仕事があるため、早々に南相馬市に帰り、祖父母と僕達兄弟だけが埼玉に残ることになった。いつまで続くかわからない避難生活、両親の不在、そしてあまりにも急な転校の話に僕はとまどい、とても不安だった。いつもは強気な小学生の弟も、心細そうに僕にくっついていることが増えた。初めて過ごす伯父の家、初めての町、慣れないことばかりの生活が始まった。

そして、転校初日。これからの学生生活がどうなるのか不安に思っていた僕にとって、「みっちー」というニックネームは思いがけないものだった。初めてなのに、親しく声をかけ、色々と教えてくれる級友に僕はとても安心した。埼玉の学校でもがんばろう、という気持ちがわいてきた。

そんなある日、僕は新聞を見て驚いた。福島から来た小学生が、転校先で「放射能がうつる」と言われたというのだ。さらに、病院で診察を断られる、レストランの入店を拒否される、スクリーニング検査を受けた証明がないと入れない施設がある、いわきナンバーの車がパンクさせられるなど、放射能による差別があちこちで報道されるようになった。同じ福島県内ですら、浜通りから来た人に対して「放射能が来た」と言ったという話を聞いた時は、耳を疑った。

どうして、こんな差別をする人達がいるのだろう。放射能差別とでもいうべきニュースを見るたびに、僕は怒りと共にとても悲しい気持ちになった。それを両親に話すと、「四月に入ってからは、食料やガソリンなどを積んだトラックが仙台まではよく来るようになったよ。でも、『放射性物質で汚染されるから、南相馬市まで運びたくない』と言っている人もいるね。何とかお願いして相馬市まで運んでくれても、そこから先は危険だから行きたくないという人は、やっぱりいるんだよ。目に見えないから心配なんだね。」と話してくれた。食料がなければ店も開かず、食べるものが手に入らない。軽油がなければ津波で転がっているがれきをどかす重機も使えない。地震や津波の被害をまぬがれ、町を何とかしようと思っている人達はたくさんいたが、生活することが難しくなり町を離れる人は後をたたなかったそうだ。また、警戒区域では行方不明の家族すら探せない、遺体が見つかっても放射性物質などの関係で家族ですらさわることができなかったという。それがどれほどつらいことか、僕には想像もつかない。八月が終わろうとする今も、田んぼには漁船が転がり、がれきは集められたものの、あちこちに積み上げられたままだ。当たり前と思っていた景色も生活も、すっかり変わってしまった。

僕は、これまで人権についてあまり考えたことがなかった。しかし、震災後の生活を振り返って、当たり前と思っていた生活がどれほど大切なものなのか、僕達を守ってくれていたものがどれほどたくさんあったのかに気づかされた。家族と一緒に暮らすこと。学校に行って勉強したり、校庭で思い切り体を動かしたりすること。公園の芝生の上に寝転がること。原発の事故で差別されないこと。震災という出来事が、これほどたくさんの「人権」に関わってくるようになるとは思いもしなかった。

千年に一度の津波。起こることを想定していなかった原発問題。自然の驚異や科学技術の進歩によって、これから先も色々なことが起こるだろう。困っている人、大変な思いをする人がたくさん出る中で、全ての人権を守るのは、とても難しいことが今回の震災でわかった。しかし、だからこそ、放射能差別や風評被害など人を傷つけるような問題は起こってほしくないと思う。震災以降差別に関する残念なニュースは多かったが、それ以上に心が温かくなる話の方が多かった。大変な時だからこそ、助け合うことが大切であることを僕はこの震災を通して学んだ。たくさんの人に支えられて、僕達は生きている。そのことを忘れなければ、人を傷つける言葉や相手を考えない言動をとることはないと思う。

「みっちー」と温かく迎えてくれた埼玉の友人達、不安をなくすために温かい言葉をかけてくれた先生方を僕は絶対忘れない。そして、大変な中でも普通の生活に戻そうと工夫してきた原町二中のみんなや先生方の強さも。僕もその温かさを他の人に分けられる人間になりたいし、どんなことがあっても強く生きていく心を持てる人になろうと強く思う。

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