ホーム >



昭和9年(1934年)、函館の街に大規模な火災が発生し、街はその3分の2が焼け野原と化してしまい、市民に大きな衝撃を与えました。この「函館大火」という大惨事の後、市民の努力と全国からの援助・激励等によって函館の街は急激な復興を遂げ、元の姿を取り戻しました。この時、市民の努力と気運を盛り上げるため、昭和10年(1935年)に開港記念日を制定し、これに合わせて港まつりを行うこととしました。
第1回の港まつりは、7月1日から3日間の日程で行われ、期間中は港まつり音頭の流れる街を花電車が走り、仮装行列や山車,踊りパレードが練り歩くという盛大な催しで、函館市の繁栄を願う市民の強い想いが込められていたようです。
それから60余年、開催時期は7月から8月に変わったものの、内容は年を増すごとに充実し、現在もなお市民に親まれています。港まつりの中心的イベントである踊りパレードは年々参加者が増加、名称も「1万人踊りパレード」、「3万人踊りパレード」と変更され、平成11年からは函館になじんだ名称を付けようと、たくさんの応募の中から「ワッショイはこだて」と名称が変わりました。
この「ワッショイはこだて」は3部構成からなり、第1部は『港おどりの部』、第2部は『子供いか踊り』と『サマーカーニバル』、第3部は『函館いか踊り』となっています。
函館地方法務局・函館人権擁護委員連合会は第1部の『港おどりの部』に毎年参加しており、平成12年は10回目の出場を果たしました。お揃いのエメラルドグリーンの法被を身にまとい、鈴のついたウチワを振りかざしながら、飾り付けられた山車、プラカード、横断幕等を掲げ、函館人権マスコットキャラクターの「ユウちゃん」「マイちゃん」と共に「人権」をアピールしていました。現在は、人権擁護委員による啓発物品の配布を行っています。