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熊本県人権啓発活動ネットワーク協議会
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「ぼくとおばあちゃんのあいさつ言葉」

最優秀賞(熊本地方法務局長賞)

天草市立有明中学校2年 宮ア克也

「ただいま」

 「お帰り、疲れたろう」
これは、ぼくが学校から家に帰ったときに、おばあちゃんと毎日のように交わすあいさつ言葉だ。ぼくの家は、父・母・祖父・祖母・弟とぼくの六人家族である。しかし、両親は共働きなので、ぼくが学校から帰った時にはほとんど家にはいない。その代わり、祖母と祖父が家にいてくれる。そして、これは、部活動を終えて自転車で帰ってきたぼくに対する、おばあちゃんの温かいいたわりの言葉でもある。この言葉のおかげで、ぼくは何だかほっと安心する。

おばあちゃんは、もうだいぶ年をとっていて、かなり腰が曲がっている。でも、高齢者なりにできることは自分から進んでやっている。洗濯物干し、洗濯物たたみ、ごみの分別、ごみ出し、お風呂掃除、夕食のしたく、などなど。その姿は、時々痛々しくも見える。が、逆にそれが祖母に元気を与えているのかもしれない。そんな祖母から、ぼくはいくつかのことを教わった。

この前、職場体験学習で信用金庫に行ったときのことだ。ぼくが出かけようとすると、「克ちゃん、一般社会ではね、『おはようございます』『よろしくお願いします』『ありがとうございました』などのあいさつが一番大切なんだよ。心のこもったあいさつがきちんと出来る人は、それでもう一人前と言えるんだよ。がんばっておいで。」と声をかけてくれた。おばあちゃんの言葉を胸に刻み、職場では社員の人やお客さんに対するあいさつを、自分なりに一生懸命言おうと心がけた。すると、相手の人の顔がほころび、とても話しやすい雰囲気が生まれた。おばあちゃんは、あいさつは人と人との関係を和ませる大切な役目をすることをぼくに教えてくれたのだ。

また、祖母はよく墓掃除や墓参りに行く。ぼくが、
「どうしておばあちゃんは、いつも墓掃除や墓参りに行くの」
と聞いたことがある。すると、祖母は、
「おばあちゃんはね、いつも御先祖様とあいさつや言葉を交わしているんだよ。『こんにちは、お元気ですか』『今日も暑いですね、水をかけてあげますからがんばってください』『さようなら、また来ますね』などと声をかけると御先祖様も、『おばあちゃんもがんばってね』と応援してくださるんだよ。そして、とっても幸せな気持ちになるんだよ。克ちゃんがここにいるのは、お父さんとお母さんのそれぞれのお父さんとお母さん、そのまたお父さんとお母さんがいたおかげなんだよ。だから御先祖様には感謝しなくちゃいけないよ。」と話してくれた。祖父や祖母と同じように、父や母もいつかは高齢者になる。そして、ぼくや弟も。おばあちゃんはきっと、幼い人も若い人も年老いた人もみんな助け合いながら、そしてお互いに感謝し合いながら生きていくことの大切さを言いたかったのだと思う。そして、その気持ちから家族や社会の幸せが生まれるんだということを。

世の中では、高齢者に関わる痛ましい事件がよく報道される。自分は家族や社会で何の役にも立たないと悲観して自殺してしまうお年寄り、祖父母から叱責されたと言って、祖父母を殺してしまう若者、「オレオレ詐欺」「振り込め詐欺」にあって高額なお金を欺し取られてしまうお年寄り、等々。また、身近なところでも 、信じられないような話をよく耳にする。お年寄りが先に入ったお風呂は汚いと言って入らない、お年寄りの作った食事は口に合わないといって食べない、お年寄りの手を握るとバイ菌が移ると言って握手しない、等々。なぜ、そのような事件や出来事が起こるのだろうか。

それは、若者が高齢者としっかり向き合っていないからではないだろうか。お年寄りのことを理解し、もっと温かい目で見てやさしい態度で接しながら、お互い共存していくことが大切なのではないだろうか。高齢者のもつすばらしい知恵や洞察力、優しさ、数々の生活体験など学ぶべきことは多い。それに、人生の大先輩である祖父母の言葉や態度には重みがある。確かに、若い人に比べて体力的にも、能力的にも、外見的にもだんだんと衰えている面があることは否めない。しかし、ぼくは祖母や祖父との関わりを通して高齢者の存在の大きさをつくづくと感じる。おばあちゃんやおじいちゃんからほっと安心する瞬間を与えられたり、元気をもらったりするのだ。あと数年したら、今度はおばあちゃんやおじいちゃんから頼られる存在になりたい。それまで、ぼくとおばあちゃんのあいさつ言葉は続くだろう。

「ただいま。」

「お帰り、疲れたろう。」

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