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熊本県人権啓発活動ネットワーク協議会
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「今私達に出来ること」

特別賞(熊本日日新聞社賞)

植木町立五霊中学校3年 福田頌子

「わあ、ひろいなあ。」

これが菊池恵楓園に着いた時の第一印象でした。住宅が立ち並び、園内にうっそうと生い茂る木々でセミが大合唱しています。

ここが塀に囲まれた空間とはとても思えませんでした。

7月19日。私たちは先日生き方講演会でお話ししていただいた阿部さんのところにお礼文を持っていきました。この日は阿部さんご自身が園内を案内して下さるということでどんなお話しがきけるのだろうかという思いを抱いていきました。園内はとても広く私たちは自転車を借りて移動しました。

まずはじめに私たちは旧監禁室へ連れて行ってもらいました。ガラス戸をあけて中に入ると少しほこりっぽく、ろうの中は暗くてよく見えません。小さな窓が一つだけあり、外から見ると金網のフェンスが監禁室全体をおおっています。今はコンクリートなどで補強も少ししてありますが、冬になるとマイナス13度になることもあったそうです。ここで阿部さんから聞いたお話は当時の外国と日本の考え方のちがいでした。外国では患者さんは丁寧に看病しなさいという考えでした。しかし日本ではそういう人たちは世の中のじゃまになるから世間から隠してしまおうという考えだったそうです。療養所という名の下で患者さんを隔離し、世間からひき離したのです。そこで自分たちの奴隷のように働かせ、反抗したり、脱走したりしようとすればすぐに監禁室行きです。私はこの話を聞いて、日本はなぜこんな過ちをしてしまったのだろうととてもショックを受けました。と同時に、もう二度と間違った考えによって苦しむ人がでないでほしいと強く思いました。

その後資料館などでパネルを見たり途中のベンチなどで休んだりして、阿部さんが最後に連れていって下さったのは納骨堂でした。小さな家ぐらいの納骨堂は立派でしたが、どこかひっそりとしていてさびしい様子でした。

母から次のような詩を聞いたことがあります。
「もういいかい お骨になっても まあだだよ」
この詩はハンセン病患者の方がよまれた詩だそうです。自分が死んで骨になってもまだ同じお墓に入れてもらえず、納骨堂では今もたくさんの方が家族の迎えを待っています。もうお骨になられた方は自分では家に戻れません。もう今はただ家族の迎えを待つことしかできないんです。だから私は願います。一日もはやくあなたの家族を迎えにきて下さい。声にならない声で呼び、最後まで家族の下に帰るという夢をもち続けた家族を見離さないで下さい、と。

同じお墓に入れたからうつるなんてことはありません。ハンセン病にかかってしまったことは恥なんかではありません。それはうわさに過ぎません。

こんなことになってしまったのも、私たちがハンセン病を正しく理解していなかったからです。ハンセン病は治ります。後遺症などが残ることもありますが、外見だけでこわい病気と言われたり、うつると言われてはたまったもんじゃありません。もっときちんと理解するべきです。

最後に阿部さんは私たちにこう言われました。
「今はいろいろな情報があるけれど、その情報の中でどれが正しくどれが間違っているかを自分たちで判断しなければいけない。そのために今あなたたちは学んでいるんだよ。」

菊池恵楓園を後にするとき、私はここになかったものを見つけました。住宅もきれいな庭もスーパーもあったし恵楓園内になかったもの。それは自由です。まわりの人と自由に関わることをゆるされず、決められた範囲の中で監視されながら生活しなければならない毎日。考えただけで息がつまりそうです。

今、私たちにできることは学ぶことです。学ぶことで人はお互いを理解し合えるのではないでしょうか。

そしてそれこそが正しく知られていなかったことで、差別されたり世間から切り離されてしまった方々へ私たちができる償いであり、もう二度とこのようなことがおきないようにする一番の近道だと私は思います。

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