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オホーツク地域人権啓発活動ネットワーク協議会
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全国中学生人権作文コンテスト

全国の中学生を対象とした人権作文コンテストは,次代を担う中学生が人権問題についての作文を書くことによって,人権尊重の重要性,必要性についての理解を深めるとともに,豊かな人権感覚を身につけることを目的として,実施しています。

平成29年度は,第37回目のコンテストとなります。

(図)作文題材・応募校一覧

優秀賞(釧路人権擁護委員連合会長賞)(1/2)
優秀賞(釧路人権擁護委員連合会長賞)(2/2)
特別賞(北海道教育委員会教育長賞)
奨励賞(1/3)
奨励賞(2/3)
奨励賞(3/3)

優秀賞(釧路人権擁護委員連合会長賞)(1/2)

『光の種』

網走市立第二中学校 三年 濟木 あかね

戦争―。それは、ずっと昔、今の私たちの祖父母が、もしかしたらもっと昔の人たちが経験した過去。その過去を、今の私たちはたくさんのところで知ることができます。しかし、そのすぐ知れる手軽さゆえに、本当にその恐ろしさを、悲惨さを、理解できているのでしょうか。ただ「習った」だけで、「学べて」いないのではないでしょうか。

私は、七月下旬頃に網走の姉妹都市である沖縄県糸満市との友好交流事業として行なわれている、糸満市への中学生派遣事業に参加しました。初めての沖縄、初めての友だち、たくさんの初めてに囲まれ、少し浮かれた気分で、遠い沖縄の地に足をつけました。しかし、私はこの旅でとても大切なことを学んだのです。

私たちは、教育委員会の久保田さんに沖縄戦についてのお話を聞きました。最初、私は軽い気持ちで聞き始めたのですが、聞けば聞くほど、私の胸の中は暗くなっていきました。まだ小さい赤ちゃんを背負ったお母さんが、本当ならその子を護るためにいるお母さんが、爆弾を抱えてアメリカ兵に向かってゆく。自分がいつ死ぬのか、いつ終わるのかということを考え、暗いガマの中で怯えながら暮らしている。「助けて」「死にたくない」そんな声を上げることさえできずに亡くなってゆく人たち。私は、浮かれていた私が、戦争について軽く考えていた私が、恥ずかしくなりました。―これが、戦争。これが、「傷つけ合う」ってことなんだ。

それから、私たちは平和祈念資料館を訪れました。その中には、たくさんの戦争に参加させられた方の遺品が展示されていました。それは、まるで物言わぬ主人たちに代わり、私たちへ語りかけているようでした。一つ一つ丁寧にショーケースの中に保管されているそれは、何も知ろうとしなかった私を責め立て、戦争という悲惨すぎる過去の実感をもたらせました。本当に、遅すぎる実感と後悔が思い出したかのように私に押し寄せました。

資料館には、遺品だけではなく、多くの写真も展示されていました。日本兵だけではなく、女性、子ども、お年寄り―。たくさんの方々が戦争によって削られ、擦りきれ、犠牲となってゆく様子が生々しく描かれていて、私は耐えられずその写真の前から逃げ出してしまいました。彼らの虚ろな目が、平和の中でぬくぬくと生きている私に、何かを訴えかけているように感じました。

彼らは、何を感じ、何を伝えたかったのでしょうか。どう思い、そんな地獄に身を投じ、果てていったのでしょうか。

私が今まで習ってきた「センソウ」と、今回の旅で学んだ「センソウ」とは、似て非なるものでした。自分がいつ死ぬのかを考える日々。人が死んでも何も感じない、涙も出ない世界。生き地獄。そんな言葉が当てはまるような世界について語っていた久保田さんは、何を思い、話をしてくださったのでしょうか。私には、とても想像できません。

今の日本は、日本国憲法によって「平和主義」を掲げており、戦後七十二年が経った今も、その誓いは破られていません。沖縄も復興し、今日も大勢の観光客で賑わっています。もう、戦争の爪跡なんてない−。そう思いがちですが、忘れないでください。この国で、悲惨な戦争があったということを。「戦争は、あの沖縄戦はまだ終わってなんかいないんだよ。」お話の最後にそうつぶやいた久保田さんの悲しそうな声を、私は忘れられません。

沖縄には、こんなことわざがあるそうです。
「意地ぬ出じらぁ手引き、手ぬ出じらぁ意地引け」
これは、「腹が立ったら手を引け、手が出そうになったら心落ちつけ」という意味だそうです。この言葉を聞いたとき、私ははっとしました。もう物言わぬ人となってしまった方たちが、平和な今を生きる私たちに投げかけたかった言葉は、これなのではないでしょうか。

人間、腹が立てば怒ります。それはあたり前、何の不思議もありません。暴力をふるってしまうことも、心ない言葉を浴びせてしまうこともあるかもしれません。しかしそれをするのは「平和」なのでしょうか。私はそう思いません。やる人はその場の勢いでしょう。しかし、やられた人は「傷つき」ます。これを「戦争」と言わずして何と言うのでしょう。今日の平和は、多くの犠牲によって成り立っています。そのことを、忘れないで。彼らは、私たちにそう訴えかけていたのだと思います。―戦争は、二度としてはならないのだから。

今、私の手の中には、そんな先人たちの想いがこめられた、光の種があります。その種は、たくさんの人たちによって受け継がれ、守られてきました。これを育み、芽吹かせることが私たちの使命ならば、いがみ合っている時間はありません。さぁ手を取り、輝かしい未来を創りませんか?―戦争のない未来を。

優秀賞(釧路人権擁護委員連合会長賞)(2/2)

『みんなを笑顔に』

北見市立上常呂中学校 三年 竹下 綾乃

みなさんは「障害」と聞いたときに何を思い浮かべますか。「障害者」を見たときに何を感じますか。障害を持たない人と同じように接していますか。中には普通の人と違う、変なことをする、気持ち悪い、そう感じる人もいると思います。障害を持って生まれてきた彼らが、自分なりに頑張って行動していても、周りから軽蔑するような視線を向けられることはあると思います。障害者が身近にいる私には、このような気持ちを持っている人がいることがとても悔しいです。

私にはダウン症の弟がいます。弟は周りの人よりも発達が遅い部分があり、読み書きや話すことが得意ではありません。なので弟の話を聞くときには、時間をかけて「いつ」「どこで」「誰と」などたくさん質問して、気長に待たなければなりません。自分たち家族だけでなく、先生やクラスの人にもたくさん迷惑をかけていると思います。

少し前までの私は、弟が障害者であることが恥ずかしいし、面倒を見るのも大変なので嫌でした。普通の人と同じでいてほしいと思っていました。人前でも大声を出して走り回ったり、思い通りにならなくて座り込んだりもします。私が小学生の頃には、変なことを言う私の弟を面白がってまねをしてからかわれたりもしました。私はとても恥ずかしくなり、悔しくもなりました。「どうして私の弟が?」「なんでみんなと違うの?」と思いました。でも、私がこんなことを考えるのは間違っていたのです。誰よりも辛く、大変な思いをしているのは弟でした。みんなができることができない、自分の言いたいことが伝わらない。みなさんにこの辛さを分かってあげることはできますか。私には全てを分かってあげることはできません。だからこそ、もっと深く障害について学んで、できる限りの支援をしてあげようと思っています。

私は昔、テレビでこんな言葉を耳にしたことがあります。「欠点だって自分の一部なんです。」障害が欠点だとは言いません。ただ、弟が障害によって苦しい思いをしていたとしても、障害は弟の一部であり、なによりも障害があるからこそ家族をつなげてくれたと思っています。家族みんなで支援するために協力できたのだと思います。

また、弟は人の感情に敏感で、悲しんでいる時には近くに来て「大丈夫?」と声をかけて心配してくれます。その時の笑顔は私を元気づけてくれました。弟は障害を持ち、まだ小学生なのにたくさんの苦労がありました。だからこそ誰かの心の痛みを分かってあげられるのではないでしょうか。そんな弟だからできる事があるのではないでしょうか。私は弟が成長したら、この笑顔でたくさんの人を励ましてあげられるような、力を発揮できるような仕事に就いてほしいです。

そして、私は弟や弟のように障害を持った人たちが力を発揮できるような環境をつくり、支援していきたいです。自分は自分のままで良いのだと思えるような差別のない社会をつくっていきたいです。

いつまでもハンデに負けず、笑顔で頑張ってね。

特別賞(北海道教育委員会教育長賞)

『障害者が過ごしやすい未来のために』

清里町立清里中学校 三年 堀川 凌平

僕は片耳が聞こえません。

障害者の人権問題について調べている時、ネット上で「障害者は殺されるべきだ」という記事を見つけました。その理由というのは汚い、迷惑、1人じゃ何も出来ないのに生きているだけでお金がかかるというものでした。また、それに対しての反応が、否定よりも共鳴の方が圧倒的に多かったので僕はとても驚き、悲しい気持ちになりました。

昨年、神奈川県の知的障害者福祉施設で知的障害者をナイフで切りつける事件がありました。死者は19人、負傷者も29人いました。ですが、ネットの反応は「犯人よくやった」などで、ひどいという書き込みは1つもありませんでした。

この2つの例のように日本では障害者への理解が少なかったり、障害者と健常者を分けようとする人がいるということがわかると思います。

ですが、もちろんこれは許されることではありません。障害者は他の人と違う部分はありますが、それ以外は他の人と何も変わりありません。なのに、なぜ差別するのだろうと僕は思いました。障害者だって自分で望んで障害者になっている訳ではないのに、それを受け入れてほしくて頑張っているのに、その努力を否定する人に僕はとても腹が立ちました。

僕も右耳が聞こえなくて不便に感じることがあります。例えば、電話を取る時。左利きなので左手で電話を取ります。でも、相手に「メモとって」と言われると左手を使うために右手に持ち替える必要があります。するととても書きづらいのです。他にも、広い場所や、人混みの中で名前を呼ばれると相手がどの方向から自分の名前を呼んでいるのかわからなくなります。

ですが、それに対してみんなはこの障害を補ってくれる(どの方向から呼ばれているのか迷っている時、近くにきて肩をたたくなど)のでとても過ごしやすいです。

僕は、補えない障害などないと思います。足の動かない人でも車椅子を使ったり、喋られない人でも手話を使うことで解決できます。もちろん、自分の力で出来ないことの重さで他人の手を借りるかは決まってきます。ですが、手を借りた相手がそれを負担や迷惑だと思うか、快く受けるかはとても大きな差だと思います。

皆さんは障害を持っている有名人を知っていますか。例えば、アイフォンを作ったスティーブジョブズさんや、ウィンドウズやマイクロソフトの創業者であるビル・ゲイツさん、日本人でいうとニコニコ動画発の歌手である米津玄師さんや魚博士で有名なさかなクンなどです。この方たちは自閉症や発達障害を持っていますが、その代わりに突出した能力を得て活躍しています。突出した能力とは、一度見た景色を絶対に忘れない程の記憶力や、自分の好きな事や気になる事であれば、いくらでものめり込んでいける、また、それをいつまでも続けられる集中力などです。うらやましいですね。

このように、障害を持っていても社会進出する権利は誰にでもあります。たとえ自閉症でもネットを使って動画を上げたり、重い障害を持っていても家族や周りの人の支えがあれば公務員にだってなれるかもしれません。

これからの社会には障害者がもっと自由に、そして平等に色々な場面で活躍できる環境が必要だと僕は思います。そのためには1人1人が障害者を尊重したり、バリアフリーのものを沢山作る事も必要だと思います。障害者への理解が進んでいるアメリカでは障害者に対して必要な配慮はするが、決して過度な配慮はしないというようにしているそうです。つまり、特別扱いしない。障害者の気持ちになって寄り添うことが平等につながるのだと思います。

僕は、障害者への差別をなくすためにはもっと社会全体が障害者に対してオープンであることが大切だと思います。それによって人々の障害者への見方が変わり、障害者の人権を守ることにつながると思います。

奨励賞(1/3)

『いじめがなくなる日』

網走市立第一中学校 二年 川上 唯

今、「いじめ」の問題は、とても深刻で重大な社会問題になっているのが現状だ。

私は、最近テレビのニュースなどで「いじめが原因で自殺」というのを目にするのが多くなった。そして、その被害者のほとんどが中学生だと知って、「いじめ」を身近に感じた。だから私は、いじめについて考えてみることにした。

まず、いじめはかつて、”弱いもの”いじめとして存在していた。この場合、力の強い者が力の弱い者に対してしていた、理不尽な行為の事を示している。だが、今のいじめはもっと残酷だ。昔と違い暴力などの直接的なものだけでなく、インターネット関係のものを通して起きているのがほとんどだ。インターネット上で悪口の書き込みがエスカレートしていき、自殺までおい込んでしまうのだからとても怖い。他にも、仲間外れや陰口、菌扱いなどがあってそれらは、相手に対しての、「思いやり」や「優しさ」といった基本的である人権意識が欠けているからだと思う。いじめの定義とは非常に難しく、いじめかどうかの判断は、表面的・形式的にすることなくいじめられた本人にしか分からないのだと思う。

もちろん、いじめている人が一番悪いが、それと同じくらい悪いのは「観衆」と「傍観者」だ。「観衆」というのは、いじめてる行為を面白がって見ていたり、はやしたてたりしている人のことで、「傍観者」は、それらを見て見ぬふりをしている人のことだ。いじめを見ている周りの人の中には、「助けなくちゃ」と思っている人もいると思う。でも、口出しすると今度は自分がいじめのターゲットにされるかもしれないという恐怖心に負けてしまっている人がほとんどだ。”なるべく関わりたくない”という気持ちが強く、無関心な態度をとりだす人も出てくるだろう。そうすると、いじめられている被害者の人は、一人にされ、とても孤独になってしまう。そして、最悪、自殺してしまう。

私は、この世界のいじめられて、「死にたい」と思っている人に少しでも長く生き続けてほしいし、自殺なんて選択を選ばないでほしい。いじめを完全になくすことができなくても、一人でも多くの人が「いじめ」というワードを出すことすらなくなるような世界にしていきたい。周りの人が気づいてあげることはとても重要だし、「大丈夫?」の一言で救われる人もいるかもしれない。

今、いじめられている人には、一人じゃないと気づいてほしい。周りにはきっと助けてくれる人はいるから、思いきってSOSを出してほしい。最終的には、自分自身が立ち上がらなくては解決しないのかもしれない。それは難しいことだけど、その「勇気」を振り絞るきっかけは、いくらでもつくっていけると思う。

いじめについて、調べてみると、とても胸にささる印象的な言葉があった。それは、
「人は生きていれば必ず、だれかに支えられるだけでなく、だれかを支えている。もしあなたがいなくなれば、あなたに支えられるはずだった大勢の人を悲しませることになる。」
という言葉だ。今がどれほど辛かったとしても生きていれば、きっとそのうち、「生きていて良かった」と思える日が来ると思うからだ。

逆に、今いじめている人は、大人になればいじめたことなど忘れているであろう。いじめられた人は死ぬまで忘れられないのに。その「人をいじめた」という罪悪感を一生背負いながら生きていくのは、絶対良いことではないと思うし、いつかきっと別の形で自分の元に返ってくるものだと思う。だから、やはり人をいじめてはいけないのだと思う。

ニュースがきっかけで、いじめについて考えてみて、他人事ではないのだということをあらためて知った。だから、これからはもっと周りを見て、人の心の痛みに気づけられるような人になりたい。そして、この世界から「いじめ」がなくなる日がいつか、来たらいいなと思う。

奨励賞(2/3)

『障害と意見文』

 清里町立清里中学校 三年 木村 澪

あなたは障害者のことをどう思いますか。そもそも興味はありますか。最近のニュースやTV番組は障害者に関することをやっていない気がします。もっと世の人々は障害者のことを知り、関心を持ち、理解をするべきです。なぜなら、今の日本の社会は障害者にとって生きづらいからです。なぜなのか、障害者に関するリアルな意見と事実を述べようと思います。そして、障害を持つ私の妹のことも交えていこうと思います。

なぜ、日本の社会は障害者にとって生きづらいのか、理由を簡単に言うと、差別をする人が未だに多いからです。差別にも種類があります。例えば、障害者への差別軽蔑の言葉を平気で使ったり、理解がされず「親が悪いんだ」と言ったり、心の中で見下していたり偏見を持ったりです。幼稚園、学校、職場、病院や公共の場、本当に色々な場所で差別されています。 そこで、もっと差別について掘り下げてみようと思います。そもそも、なぜ差別があるのでしょうか。私は、障害についての知識と理解が足りないからではないかと考えています。知識がないから理解ができないとも言えます。私の妹は発達障害で、コミュニケーションをとることが苦手な人です。けれど、私よりも明るく、フレンドリーな人なんです。決してコミュニケーションが全くとれないわけではありません。障害者に対してマイナスイメージの固定概念を持つ人がいると思います。しかし、それは間違いです。障害といっても、人によってその障害は異なりますし、障害者も一人の人間なので個性というものがあります。人は十人十色です。友達を作るとき、相手のことを知ろうと会話をしますよね。それと同じことをしてください。もし、言葉が通じなかったとしても、心は通じるはずです。私と妹も長い付き合いだからというのもありますが、言葉が通じないところがあっても、お互い仲良く生活しています。なので、彼らを知り、理解するためにも、そんな固定概念は捨ててほしいです。きっと考え方は変わります。

差別の原因はこれだけではないと思います。そのもうひとつは、人は自己中心的なところがあるということだと考えます。人生は自由に歩むものなので、自己中心的なところは誰にだってあります。けれど、自己中心的に差別するのはだめです。例えば、対応が面倒臭いと思って無視をしたり、雑に扱うことです。つまり、自己中心的に差別する人というのは、自分の生きやすいように除外しようとする人のことを言います。薄情な考え方だと思いませんか。私はこういう人は増えないでほしいです。なぜ、このような自己中心的な差別をするのでしょうか。それは先ほどのように、知識と理解が足りないからです。

それでは、障害者についての知識を持ち、理解するためにはどうしたら良いのでしょうか。私が最も良いと思う方法は、実際に障害者と交流することです。ボランティアに参加するのもひとつの手段です。どんな形でもいいので交流を持ってみることが大切だと思います。交流を持たずに、相手を理解するのは不可能なことです。こうして、たくさんの人々がオープンな気持ちで接してあげられるようになれば、障害者にとって生きやすい社会をつくることにつながるのではないでしょうか。

さて、ここまでたくさんのことを述べていきましたが、私も差別をしていたときがありました。私がまだ小学生だったときに、話が通じあって楽しそうに会話する兄弟を比べて羨ましく思い、
「普通に会話ができる妹がよかった。」
と、ふと言ってしまったことがありました。あれは差別する発言だったということを親を通して気づきました。あのときの私は自己中心的でした。私は、妹の明るく純粋で、フレンドリーなところが好きです。むしろ私が見習いたいぐらいです。そんな妹を持ってよかったと、今では思います。障害者だからといって、なんでも否定すると、その人の本当の良さが見えなくなってしまいます。そんな社会を無くすため、障害者の生きやすい社会にするために、国民である私達が理解し、もっといろんな障害者に目を向けるべきです。私達が変わらなければ何も変わらない。ということが分かってくれたら幸いです。

奨励賞(3/3)

『「どうして」か考える』

遠軽町立遠軽中学校 二年 原田 萌衣花

ある日、私はおばあちゃんの家に遊びに行った。おばあちゃんの家は二世帯住宅で、九十八歳のひいおじいちゃんも一緒に暮らしている。ひいおばあちゃんは半年前に亡くなり足が不自由なひいおじいちゃんは普段、施設で生活している。だが、私が遊びに行ったときはたまたま自宅に戻ってきている日だった。すると、おじいちゃんがキッチンに立って何かを作っていたので私は気になっておじいちゃんに「何を作っているの?」と聞いた。するとおじいちゃんは「カレーだよ」と言った。しかし、まな板の上にはさつま揚げとたまねぎ。カレーの材料にしては少ないし、お肉やじゃがいもはなかった。不思議に思った私は「お肉やじゃがいもは入れないの?」と聞いた。おじいちゃんは「ひいおじいちゃんが喉につまらないように工夫しているんだよ」と言った。そう言われてお鍋を覗くと、さつま揚げをお肉代わりにしたり、野菜を小さく切ってひいおじいちゃんが食べやすいようにしていたことに気づいた。私は、それを見た時細かいところにまで気を配らなきゃいけない大変さに驚いた。

そうして出来上がったカレーはお肉やじゃがいもは入っていないもののとても美味しそうだった。おじいちゃんは自力で歩けないひいおじいちゃんをベッドまで迎えに行った。その間私はおばあちゃんとカレーをお皿によそって準備して待っていた。そしてひいおじいちゃんが席についた。するとひいおじいちゃんはテーブルに準備されたカレーを見て、大きく手を振り「いらない」と言った。私は驚き、おじいちゃんを見た。すると、おじいちゃんはいらないのかと怒ったような悲しいようなそんな表情でカレーを下げていた。その光景を見た私はひいおじいちゃんのことをひどいと思った。あんなに工夫をして作ってくれたカレーを「いらない」という一言で片付けてしまうひいおじいちゃんが信じられなくて、私はそのカレーを食べながらなぜひいおじいちゃんがカレーを「いらない」と言ったのかを考えた。でも結局分からず、ひいおじいちゃんが寝たあと、おばあちゃんに聞いてみた。するとおばあちゃんは「最初にカレーを食べたいと言ったのはひいおじいちゃんなんだよ」と言った。私は驚いた。おばあちゃんは続けた。「九十八にもなると、自分が何を言ったのかも忘れちゃうから仕方ないんだよ」と。そう言われて私は改めて考えてみた。私は普段、家族や友達、先生などが言った言葉を「どうしてその言葉を言ったのか」と考えているか。

もし、ひいおじいちゃんのように、「いらない」と言われたとする。もしその相手がひいおじいちゃんではなくて友達だったら私はまず「どうして」ではなく「ひどい」と思うだろう。そして、その友達がどうして「いらない」と言ったのか理解せずに怒ってしまうと思う。しかし、それは良くない。「なぜ」こう言ったんだろう。「どうして」こう言われたんだろう。と、一回考えてみることが大切なんじゃないかと思う。

私がこのことに気づくことができたのは、この作文を書くにあたって「人権」について考えたからである。この作文を書くまでは、「人権」など考えたこともなく生きてきたが、今、振り返ってみると「人権問題」は身近にあるものだと感じた。例えば、障がい者問題。

私のクラスには障がいを持った子がいる。

その子は移動するときは一人、休み時間も一人。これは私のクラスだけではなく、全国でも、世界でもあることだと思う。これは、差別だと私は思う。普通とは少し違うけれど同じ学校に通うクラスメイトである。このような差別がなくなることは難しいと思うけれど、少なくすることはできると思う。

他にも、女性の差別問題や、いじめ問題などがあるが、これも同じく苦しんでいる人を少なくする方法はあると思う。だから私は、できることから直していき、いずれかは人権問題が一つでもなくなるように心がけていきたいと思った。

家族や友達など,自分と関わる全ての人々の人権を守るために大切なことは何か,作文を通して一緒に考えてみませんか?


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釧路地方法務局北見支局  〒090-0017 北見市高砂町14番14号
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