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第23回全国中学生人権作文コンテスト三重県大会入賞作品

津地方法務局長賞

『『枠』の無い社会へ、僕達にできること』
度会町立度会中学校 1年 福井 淑崇

僕は、数年前から月に数回、習い事の関係で名古屋を訪れている。静かな山村にある自分の家から、高速道路を通って車で二時間。降り立った場所は、広い道路に高層ビルが立ち並ぶ、東海地方の中心都市である。名古屋市は、他の大都市に比べて道路が広く、中心地にも緑が多い大変美しい街である。しかしそんな中に、周りの景色から、明らかに浮いていると思われる存在の人達がいた。世間では、彼らを“ホームレス”と、呼ぶ。都会の美しい公園の中、バブルの頃に作られたと思われる立派なオブジェの横に、その“ダンボールハウス”は、あった。初めて彼らを見た時、ぼくはまだ小学二年生で、社会における問題点を正しくとらえることなど難しく、このホームレスの問題を正確に理解することなど不可能に近かった。だから、彼らのことをなんだか精気が無く、何をかんがえているのかわからないような目をしていて、とても不気味で怖い。といったイメージを、持ってしまったのである。しかし、この『自分勝手なイメージ』こそ、『差別』の始まりだと気付いたのは、去年の夏のことだった。

僕は、母と名古屋の街で、花屋さんを探し歩いていた。お目当ての店が休みで、土地勘の無い僕達は、別の店を見つけるのに苦労していた。大通りを外れて、車も人通りも少ない細い道を歩いていると、向こうの方からホームレスらしき人が、リヤカーを引いてこちらの方へ進んできた。思わず、母も自分もなんとなく身構えたように緊張するのがわかった。ぎこちなく足早に通り過ぎようとした時、その人は僕達のすぐ後ろの方を、だまって指差したのだ。二人とも、想像もしていなかった展開であったので、多分相当びっくりしたような顔でちらりと後ろを振り返った。するとそこには、母が落とした大切な書類が入った封筒があった。はっとして、それを拾い上げた時にはもう、その人は僕達から遠ざかっていた。母はあわてて、
「ありがとうございます。」
と、言ったものの小さな声で、その人には届かなかったかもしれなかった。その時、母も僕も、同じように申し訳ないことをしてしまったというような表情で、思わず顔を見合わせた。僕がぽつりと、
「えー人やな。」
と言ったら、母も
「ほんとにね。」
と言い、親子で人を外見だけで判断してしまったことを、とても後悔した。

人は、自分の考える『枠』からはみ出た人達に対して、ある種の『違和感』を感じるものだ。自分でも気付かないうちに、各々が勝手に境界線を引き、なおかつ、その線からはみ出した人と自分達とを、違う枠の中にいると考えてしまう。その結果、生まれてくるものが『差別』なのでは、ないだろうか。障害者に対しての差別も、同和問題も、男女差別やハンセン病に対しての偏見など、今社会で起こっている様々な問題は全て、お互いを理解し認め合おうとしないことから生まれている。しかし、本来、人間は枠でくくられ、グループ分けされることなど、あり得ないはずだ。では、この『差別』をなくすためには、どうすれば良いのであろうか。それはやはり、お互いの違いを理解するための知識を、たくさん得ることから始まるのではないだろうか。それにはまず、例えば民族の違いであるとか、歴史の犯した過ちや、社会にはびこる間違った認識といったものを、正しく知ることであると思う。そして、お互いの違いを正しく理解したら、今度その違いを認め合い、尊重し合うことが大切だと思う。今僕は中学生だが、今こそ、そういった正しい知識を得る絶好の時期であると思う。例えばこの一学期の地理の授業で、アフリカの国境線はなぜ直線が多いのかと知った時、僕は歴史の中で行われた事実に大きな衝撃を受けた。ヨーロッパ諸国が、自分達の都合がいいように地図の上から勝手に引かれたその国境こそ、『植民地支配』であった。小学校では、習うことのない歴史の一ページである。これは、二度と繰り返してはいけない大きな過ちである。

このように僕達は、これからも色々な事を学んでいく。その中で正しい知識を身に付け、理解することが、僕達ができる差別をなくす第一歩ではないだろうか。そして、それと共に、このように正しい知識を学ぶことができる環境に感謝したい。世界の中には、正しい知識を得る機会がない子供達が多く存在している。このことを深く胸に刻み、自分に与えられた学ぶ機会を大切にし、差別に異議を唱えることができる人間になりたい。そして、こんな風に思えるのも、あの時僕の中にあった偏見をあっさりひっくり返してくれた、あのホームレスの人のおかげなのである。

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三重県人権擁護委員連合会長賞

『本当の優しさ』
亀山市立中部中学校 2年 伊藤 由希

昨年、「人権」という課題と向き合った時「人権」の意味すらわからず、辞書を開いて調べたのをよく覚えています。

人権とは、「人間が生まれながらに持つ生命・幸福・自由・追求の権利」と書かれていました。それが、あまりにも漠然としていたので、自分にとって一番身近な問題として感じられた「いじめ」について取り上げ、深く考えさせられる機会となりました。

その結果、どこか他人ごとのように感じていた「人権問題」について、真剣に考え、いじめに対して消極的だった自分を見直すきっかけになりました。

そして、「いじめ」を直視する勇気をもつことと、私達学生の学校生活を楽しく過ごす権利を奪っては、いけない。奪われもいけない。ということを心がけてきました。自分にできる事として正しく、行動していると満足していました。しかし、それは、思い上がりにすぎなかったと気が付いた出来事が起こったのです。

足を痛めて入院していた祖父を家族みんなでお見舞いに行った時の事でした。
「ジュースが飲みたい。」
と言った弟に、私は付き添い、父母達は先に病室へむかいました。私はジュースを買った後、弟の手をひき、エレベーターに乗りました。ドアが閉まる寸前にかけ込んできた一人の男の人がいました。
「何階ですか?」
と声をかけようとした瞬間、その人に手首がないことに気が付き、声をかけられずじまいになってしまったのです。見てはいけないという思いがあり、目のやり場に困ったそんな私とは無関係に弟は、
「なんで、このおじさん手がないの?」
と私に問いかけました。私は思わず、
「しぃーっ」
と弟の口をおさえてしまいました。後で、考えてみると、弟の素朴な言葉より、私のとった行動の方がよっぽど、その男の人を傷付けてしまっていたに違いありません。それは、ある意味、差別だったのかもしれません。

しかし、男の人は、優しく笑って答えてくれました。
「最初は、君みたいにちゃんとあったんやに。でも、大きな事故をしてなくなってしまったんや。君も気ぃ付けなあかんよ。こんなんになるの嫌やろ・・・。」

恥ずかしいことに、目をそむけようとしていた私とは違って弟は、じっとまっすぐ男の人を見つめ、
「うん、わかった。」
とうなずきました。エレベーターを降りた後もその人は「事故の原因は自分にある事。最初は、手首を失ってしまったという事実を受け入れられなかった事。そして、自分の子供までもが遠ざかってしまった事・・・。」などを私に話してくれました。それは、きっと、言葉では、言い表せられない程、悲しい出来事だったはずなのに、話してくれた表情からは現実を受け入れ、自信を持って生きようとする力強さを感じました。

一度はあきらめていた、子供とのキャッチボールも、今では脇と片手を使い上手にできるようになったそうです。その様子を、手振り、身振りで説明してくれました。

ずっと、うなずくことしかできなかった私ですが、最後は、笑顔で弟と手を振ることができました。この時の私は、エレベーターの中で声をかけられなかった私とは違い、心からその人にエールを送ったのでした。

私は、結局何もわかっていなかったのかもしれません。「人権問題」の中のほんの一部である「いじめ」に対しての正義感だけで、満足して、基本的な人に対する優しさを忘れていた様な気がします。

見かけだけで、その人を不幸だと判断して、無意識のうちに同情してしまったことが、ある意味「人権侵害」になるのだということを、弟の正直なたった一言から学ぶことができました。

私達は、数多い身体障害者の人達が、それぞれ自分の運命を受け入れ、精一杯生きているということを忘れてはならないし、その人達は、決して同情を求めているのではなく、自然体で受け入れられることを望んでいるのだということを理解しなければならないのです。それが、本当の優しさなのでしょう。

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