本文へジャンプメニューへジャンプ
長崎県人権啓発活動ネットワーク協議会
育てよう,一人一人の人権意識
‐思いやりの心・かけがえのない命を大切に‐ここからメニューです
人権イメージキャラクター
人KENまもる君
人KENあゆみちゃん

ホーム > 活動紹介 > 人権作文コンテスト > 長崎県大会入賞作品一覧 >

ここから本文です
活動紹介

人権作文コンテスト

最優秀賞(長崎地方法務局長賞)

特攻隊について学んで
 松浦市立青島中学校 1年 小山 陽楽

人の「命」を何だと思っていたのだろう。これが,今年,「特攻隊」について学んだ私の,強い想いである。また一つ,ずっと問い続けていきたいことが心の中に生まれた。

戦争中は,人が人として扱われない。「平和」な世の中では,人を一人でも殺すと,犯罪者として逮捕される。しかし,戦争中に同じことをすると,その人は名誉なことをしたと勲章をもらう。しかも,たくさん殺せば殺すほど,称えられる。まさに,人が人として生きられないのが「戦争」なのである。

学校で「特攻隊」について学ぶ機会を得た私は,今夏,「知覧特攻平和会館」に連れていってもらった。そこで,その違いが「教育」から生まれていることを知った。私たちは,「人を殺すことは人としてしてはならないこと。命を大切に。」と教わる。一方,戦争中は,「お国のために命をかけて尽くすことは当たり前。名誉なこと。」と教えられていたのである。何とも恐ろしい。

出撃三十分前も,そして二十分前になっても,仲間と笑顔で語らう隊員たち。それはまさに「軍事教育のなせる業」と語り部の方が言っておられた。だが,果たして,本当に心底,そう思っていたのだろうか。

「特攻」に征く日時は,前日か当日に教えられた。なぜなら,「『平静』が保てなくなるから」とのこと。写真の中の笑顔を見つめると胸が苦しくなった。笑顔の裏には,苦しみ,悲しみ,そして,家族や恋人,残される子どもたちへの愛が隠されていることが,手記や手紙から伝わってきたからだ。

本当は誰だって,たとえ,お国のためだって「死」を選びたくはなかったはずなのだ。実際,「特攻」前夜,三角兵舎の中で,毛布を頭からかぶり,声を殺して泣いていた隊員も多かったと聞いた。そして,その思いは,想像しようにも私には想像できない,そう簡単に分かるはずもないことだと思った。

「早く征かなければ……。」

残された家族に「日本」の将来を託し,「願い」をもって征った隊員たち。

終戦から七十二年。今,日本は「平和」だと言われている。確かに「戦争」はしていない。でも本当に「平和」なのだろうか。

「お前,死ね!」

私の通う学校でも,残念なことに,よく耳にする。時には,上級生が下級生に言っている時だってある。

「何でそんなこと言うの?」

と,私が問うと,
「冗談,冗談。本当に冗談が通じないよね。」
と,言われるか,
「はい,はい。」
と,流されるかのどちらかだ。

私は,母の転勤がきっかけで,昨年の四月から生まれた所を離れて生活している。せっかく出会った仲間に,わずか十五人の,でも大切な仲間に,「冗談」でもそんな言葉使ってほしくないし,そんなの決して「冗談」にはならないと考える私がいる。

だが,私がその思いを伝えれば伝えるほどそう願えば願うほど,仲間の心が私から離れていくのを感じる日々。「どうしようもないのかな……。余計なお世話だよね……。」そう思い始めていた頃に,「特攻」の平和学習が始まった。「特攻」をするということは,「死」を意味する。まだまだやりたいことがたくさんあっただろうに,日本が戦争という道を選ばなければ,もっともっと家族と仲間と笑って生きることができただろうに。生きたくても生きられなかった戦争時代の人々。それに比べて,私たちはどうだろう……。考えると恥ずかしくなってきた。

私たちは,本当は,毎日笑って生きることができる状況にある。なのに,それができないのはなぜか。自分たちで「幸せ」をこわしていること,自分たちで勝手に問題をつくって,壁をつくって生きていることに気がついた。

私は決めた。嫌がられたっていい。冗談が通じない,余計なお世話だと思われたっていい。平和学習を表面だけの,言葉だけのものにしたくない。恐れるもんか。私は,何度でも何度でも問い続ける。
「お前死ね!」
との仲間の言葉に,
「なんでそんなこと言うの?」
「人の命を何だと思っているの?」
と。自分で考えて,自分で行動し,自分で責任をとることのできる「自由」な「平和」な世の中に感謝しながら。そして,自分自身にも問いかける。仲間たちが「お前死ね。」と言ってしまうのはなぜか。仲間の思いに寄り添いながら,私に何ができるか。本当の「平和」な世の中への第一歩として「平和」な青島小中学校を,「一人一人の命が輝く学校」を私は目指す。もう二度と人が人として生きられない時がこぬように。人が人として幸せに生きられるこの時がいつまでも続くように。

このページの先頭へ