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長崎県人権啓発活動ネットワーク協議会
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活動紹介

人権作文コンテスト

最優秀賞(長崎県教育委員会教育長賞)

僕の色
長崎市立小島中学校 1年 岩永 晃宙

僕には父親がいない。

一番古い記憶を思い出しても父親の顔は出てこない。当たり前だ。生まれた時には父親はいなかったそうだから。

僕には家族がいる。

母親と母親の両親,つまり祖父と祖母だ。僕は祖父の事を「パパ」祖母の事を「お母さん」と呼ぶ。普通ではないかもしれないが僕にとってはこれが普通だ。

僕の祖父母は「おじいちゃん」「おばあちゃん」と呼ばれるのを嫌ったそうで,気づいたらそう呼んでいた。

小学校の時,同級生に「お父さんいなくて可哀想。」「お父さんがいなくてよく生きてきたね。」と言われたことがある。

「お父さんがいないってどんな気分?」と聞かれた事もある。どんな気分もなにも,いた事がないから分からない。いないのが普通なのだから。

僕は何不自由なく生きてきたし,不幸だと思った事がない。

父親がいたら楽しかったかもしれないと思ったことがある。でも今,不満があるわけでも不都合があるわけでもない。

僕の母親は「他所は他所,うちはうち。」とよく言う。

確かにそうだ。

僕の母親は,友達のお母さんとは違う仕事をしている。「普通」ってなんだろう。

スーツを着て朝から夕方まで働くのが普通なのか。制服を着てパソコンを打つのが普通なのか。エプロンをしてスーパーのレジに立つのが普通なのか。

僕の母親は「普通」の仕事をしていない。僕が学校から帰ってきたら家にいる。家が仕事場なのだ。夜はドレスを着てピアノを弾きに行く。その時は僕は祖父母の家に泊まる。僕にとってはそれが「普通」だ。

僕は毎日平凡に生きている。

朝起きてご飯を食べ,学校へ行き,部活でトランペットを吹き,家に帰る。毎日楽しく生きている。

不幸だと思った事は未だかつてない。

僕の母親は,僕が帰ってきた時に家にいる為に今の仕事をしているそうだ。「母親」の役目を果たす為に。僕に「おかえり」という為に。

そして,「父親」の役目を果たす為にピアノを弾きに出る。お金を稼ぎに行くのだ。

僕の母親は,僕にとって「両親」の役目を果たしてくれている。祖父母は僕を子どものように育ててくれる。時に優しく,時に厳しく,とても可愛がってくれる。

そうだ。僕には両親が二組もいるじゃないか。「普通」の二倍だ。

人と違う事におびえる時もある。

それを母親に言う度に,母親は「人と違うからなんだ。堂々としろ。」と言う。

そうか。母親にも「夫」がいない。でもそれを恥じている姿を僕は見た事がない。

世の中には色々な人がいる。十人十色という四字熟語そのものだ。

僕の人生は何色だろうか。

まだ何色なのか探っている途中だが,父親がいないからといって,暗い色と決めつけないでほしい。

僕の人生は間違いなく明るい色だ。

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