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ホーム > 各種行事 > 第56回(平成20年度)中学生人権作文コンテスト結果 >

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大阪法務局長賞「いじめ」

泉南郡岬町立岬中学校 三年 釣野 彩夏

私は小学生のとき、いじめにあっていました。その頃のことを思い出してみると、毎朝学校に着くまでの道のりを泣きながら通っていたことを思い出しました。家から学校までは、約二十分。そんなに辛いのにどうして休まなかったのか、その理由だけが思い出せません。そこで父と祖母なら何か覚えているかもしれないと思い、聞いてみました。

クラスの子が急に冷たくなって、教室に入るとあからさまに嫌そうな顔をする子がいる。と言った私に「行きたくないんやったら休み。でも、自分でよく考えるんやで。」と父は言ったそうです。祖母はただ黙ってうなずくのみ。

話を聞くうちにそのときのことを思い出しました。もっと優しい言葉をもらえるとばかり思っていた私は、父の言葉を聞いてすごく落ち込みました。ですが、負けず嫌いだった私は考えた末に通い続けたのです。

とても辛い日もありました。学校の帰り道ガードレールに、私の名前と死ね、アホ、など点々と書かれているのを見つけたときには、涙が溢れて止まらなくなりました。そのとき一緒に帰っていた友達が、昨日Aちゃんが書いてるのを見た、と教えてくれました。

Aちゃんは一時仲が良く、遊んだこともある女の子。どうしてそんなことをされるのか全く身に覚えがなく、ただ呆然とするしかなかったです。家に帰ってずっと考え込んでいましたが、一人では抱えきれなくなり祖母に相談すると「誰がやったかわかってるし、先生に相談して何とかしてもらい。」そう言われました。私はとても悩みました。なぜなら「チクッた。」と言われ、いじめがひどくなるかもしれないと考えたからです。ですがこのままでは何も解決しない、とも考えた私は悩んだ末に先生に相談しました。

先生は私の話を聞いて、すぐに話し合いの場を設けてくれました。話し合いのとき先生は、何も聞けずにいる私の代わりに「何でこんなことしたん。」とAちゃんに質問してくれました。するとAちゃんは「特に理由はない。何となくむかついたから。」そう答えて泣き始めたのです。その後先生が「怒らんから本当のこと言って。」と言っても、Aちゃんは首を横に振って泣くばかり。私もどうしたら良いかわからず、ただ黙っていました。

最後にAちゃんは謝ってくれ「良いよ。」と言って、私は許しました。ですが、こんな話し合いで納得できるわけもなく、Aちゃんとはそれっきり会話らしい会話をすることもありませんでした。

その後いじめはなくなり、少しずつ友達が増えました。とても嬉しかったです。

その頃仲良くなったBちゃんとある日、話をしていました。最初、テストの話をしていたのですが、突然Aちゃんの話になりました。 その内容はAちゃんがいじめられていたというものです。いつ頃のことか聞いてみると私がいじめられる少し前のこと。それを聞いて私は、いじめは連鎖する、という言葉を思い出していました。Aちゃんがいじめられたことが私と直接関係あるかはわかりません。ですがいじめられ、心に大きな傷を負った人がその過去に負けて、誰かをいじめてしまうこともあるそうです。もしかしたらAちゃんも被害者だったのではないか、誰にも言えず一人で悩んでいたのではないかと思うと、どうして気付いてあげられなかったんだろうと悔やしかったです。

いじめは本当に些細なことがきっかけで始まります。気が弱そう、喋り方が変わっている、それを個性として認められない人がいるからいじめがあるんじゃないのか、と最近思うのです。ですが私達に他者をいじめて良い権利はありません。

しかし、日本の社会は画一的で、個性というものは無視されてしまいがちのように思います。ましてや、個性の強い人にはとても辛い環境でしょう。ですが私達は、その中で生きていかなければならないのです。社会集団の中で生きていていじめがなくなることはない。ならば、いじめを回避するのではなく、そのいじめに向き合い、どう対応していくかがこれからの私達の課題なのではないかと思います。

そして私は、いじめの過去を忘れようとするのではなく、それに向き合って今の私にできることをしたいと思います。

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