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ホーム > 各種行事 > 第57回(平成21年度)中学生人権作文コンテスト結果 >

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関西テレビ放送賞「いのち」

寝屋川市立第十中学校 一年 山田 紗由季

昨年の十月、母方の祖父が脳梗塞で倒れた。祖母から連絡が入り、急いで山口県へと車を走らせた。みんな無言で、車の中は重苦しい雰囲気に包まれていた。これほど、山口県までの道のりが長いと感じられたことはなかった。

大阪を出て、八時間後に祖父が救急車で運び込まれた病院に着いた。すぐに病室に案内され、医師から祖父の病状の説明を受け、「延命治療はどうするかを家族でしっかり話し合い、考えてください。」と言われた。その時の私には「延命治療」というものが何なのかよく分からなかった。

それから、祖母と私の両親、そして静岡県から駆けつけた叔父が、祖父の《いのち》について話し合い始めた。みんなが祖父のことを愛し、大切に思う気持ちは一緒なのだが、「延命治療」に対する考え方が違っていたために、医師に伝えなければならない祖父の《いのち》の答えがなかなかでない。

目の前では、病気と闘っている祖父がいる。でも、そのそばで祖父の《いのち》を決めなければいけない。何て残酷なのだろうかと思った。

だが、私は「早く元気になって。」と祈ることしかできなかった。

医師への回答期限を一日延ばしてもらった。その後、何時間も祖父の《いのち》をみんなが考えた。そして母が私に、
「これまでのおじいちゃんの生き方を見てきて、きっとおじいちゃんは延命治療を望まないと思う。おじいちゃん自身が持っている力で一生懸命に闘い、力尽きてもそれはおじいちゃんの寿命としておじいちゃん自身、そしてお母さんも素直に受け入れたいと思う。だから延命治療はしないことに決めたから。」と言った。

私は母からどんな言葉が出てきても納得できたと思う。それはみんなが祖父のことを一番に考え、悩み苦しんで出した《いのち》の答えだと分かっていたからだ。

翌日、医師に《いのち》の答えを伝えると医師は短く、
「わかりました。」
と一言だけ答えた。重い一言だった。

その後、祖父は一進一退を繰り返し、言葉と体の自由をうばわれ、寝たきりの状態になってしまった。残された聴力を活かして、周りの音や声を敏感に聞いている。特に祖母の声には、よく反応し笑い話の時には目元が笑い、悲しい話の時には涙を流す、そこには、しっかりと祖父の《いのち》が生きている。精一杯生きている。

そして最近、筋力がおとろえたために、食事ができないので、胃に直接栄養を送る胃ろうが合わなくなり、さ骨近くの動脈から高カロリーの栄養を補給している。

祖父が倒れたことで、当たり前だった平穏な生活が変わり、祖母は毎日バスや電車を乗り継いで、祖父を見舞っている。また母は毎日同じ時間に祖母へ電話をかけ、祖母の様子を聞きながら、祖母の健康を気づかっている。祖父が私たちを愛し、家族を守り、支えてくれたように、みんなが祖父の《いのち》を想っている。

私が中学生になったこともあり、父母と三人で、《いのち》について話す機会をつくった。父母が考える《いのち》の尊さや臓器移植について、そして父母が望む《死》のむかえ方など、難しい内容だったけれども、父母の口から父母の言葉で、大事な話しが聞けて、よかったと思っている。また、十三才の今の私の考えも話すことができた。とても貴重な時間だった。

今まで単に《いのち》は大切だなと思っていたが、真正面から、《いのち》に向き合うことはなかった。今回《いのち》を真面目に深く、考えれば考えるほど、《死》も同じくらいに、考えなくてはいけないと強く思い考えた。

そして、高齢化が進んでいる日本社会が、老若男女すべての人達の人格や生き方を尊重し、温かく受け止めてくれる、社会であるように願い、私自身も人を想いやる気持ちを、忘れないように、これからをすごしていきたいと思う。

ずっと続いてきた《いのち》、これからも続く《いのち》。《いのち》のバトンをつなぎ、祖父から学んだ《いのち》を大切にしていきたい。

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