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ホーム > 各種行事 > 第57回(平成21年度)中学生人権作文コンテスト結果 >

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優秀賞「私の伝えたいこと」

堺市立原山台中学校 三年 米田 安祐美

最近、テレビや新聞からたびたび伝えられている、いじめ問題。今、この瞬間も、どこかでいじめは行われ、被害者はその辛さに、 もがき苦しんでいるのだろう・・・。そうは思ってはいても、いじめ問題について深く知ろうとしたり、周囲の人達と自分の意見を話し合ったりすることはされているだろうか。また、何か少しでも、自分ができることを考えてみたりしたことがあるだろうか。

ふと、そんなことを思い返してみると、自分は積極的に行動できていなかったと思う。その理由は、多分、幸い現在私の周りでは、いじめがないからなのだろう。しかし、今の時代、いじめはいつ誰の身に襲うか分からない、不安に包まれたものになっている。だからこそ、私達は、この愚かな行為について、もう一度よく考えてみる必要があると思う。 私は、小学生の頃、いじめに遭ったことがある。何故そうなったのか、原因は今でも全く分からない。もしかしたら、自分でも気付かぬ内に、相手を不快な思いにさせてしまっていたのかもしれない。また、私が相手から受けた心の傷より、もっと酷いことをしてしまっていたのかもしれない。いずれにしろ、もう今となっては、原因を知ることはできないけれど、かわりに分かることがある。それは、やはり「いじめの愚かさ」だ。

朝、学校に着いて、友人に挨拶をしても、「おはよう。」のたった一言が返ってこなかった。放課後、いつものように一緒に帰ろうとしたら、別の友人と二人でさっさと私を置いて帰って行ってしまった。突然の出来事で、何が起こっていたのか分からなかった。だが、それから何日も続く、私への冷たい態度を察し、ようやく「いじめに遭っている」という事実に気付いた。いつの間にか、周囲が自分から離れていき。一人ぼっちになるのではないか・・・。そう考えると、とても怖くて、寂しくて、なんだか悲しくなった。そして、きちんと話し合って仲直りしたい、という自分の気持ちを伝えないといけないと思った。だから、何度も話しかけようとした。しかし、あきらかに自分を避ける態度に気付いたとき、そこから先に一歩踏み出す勇気が私にはなかった。

だんだん、学校へ行きたくないという思いが強くなり、同時に、心配してくれていた友人までをも信じられなくなっていた。今、思うとあの頃の私は、自分の居場所が分からず、自暴自棄になっていたのだろう。

そんな私の話を真剣に聞いて、優しい言葉をかけてくれたのは母だった。とはいえ、初めは、母までをも信じられなくて、一人で部屋にこもっていた。しかし、毎日いつも変わらず喋りかけてくれる母のおかげで、それまで冷えきっていた私の心は、どんどん溶けていった。また、得体の知れない、とてつもなく大きな力がどこからか湧き上がってきた。そして、ついに私は、友人に全てを打ち明けることができた。友人は、何も言わず、ずっと私の隣にいてくれた。言葉は無かったけれど、友人の気持ちをしっかり受けとった。友人の優しさが嬉しくて、とても身にしみて、涙があふれた。

それからも、友人は私のことを気にかけてくれていた。そんな友人のおかげもあってか、私へのいじめは何事もなかったかのように終わりを告げた。

私が、自分の体験から学んだことは何だろうか。やはり、周囲の人達と協力し、生きていくことの大切さではないだろうか。自分以外の誰かと共存している時点で、一人で生きているのではない。また、一人でならできないことも二人でならできる、ということがたくさんあるだろう。だから、人間は支え合って生きていくべきだと思う。それが、私の体験のように、絶望のどん底から救ってくれる希望の光になるかもしれない。もしも、皆が皆、優しさをもって支え合っていけるなら、私達が生きるこの二十一世紀を、いじめなどなく、平和で明るい社会へと創っていくことができるのではないか。そのためにも、一人一人が周囲の人達との結び付きを強め、お互いが信じ合えるよう、信頼関係を築いていくとよいと思う。

これからは、周囲の人達を今まで以上に大切にしていきたい。また、決していじめなんておきない、皆が平和に暮らしていける社会を自分達自身で創っていきたい。

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