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ホーム > 各種行事 > 第56回(平成20年度)中学生人権作文コンテスト結果 >

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優秀賞 支えあう心

明星中学校 3年 長谷川 智大

私は幼稚園の年少の時、初めて体が不自由な女の子と出会った。彼女は、足が不自由だった為、足を固定する装具をつけていた。最初に私がそれを見た時は、何だかロボットのように見えたが、その時の担任の先生が「彼女は歩く為に大きめの靴をはいていますが、
皆さんがはいている靴と同じですよ。」と話してくれた。もちろん彼女は、まわりのみんなと同じように歩いたり、走ったり、運動する事はできなかったが、彼女はいつもニコニコしていて、決して泣いたりしない強い子だった。もちろんその頃の私には、彼女の苦しみや悲しみを考える事はできなかった。ただ、かわいそうだなあというぼんやりとした思いしかなかった。

年少組だった頃は、毎日彼女の母親がそばについていて、彼女の手助けをしていた。今から思うと、これは幼稚園の方針だったのかもしれないが、彼女が体が不自由だという理由で何もしないで見学させるという事はなかったように思う。同じ事が出来ない時には何か代わりの事をみんなのそばで先生としていた。例えばかけっこの時は、同じ距離をゆっくり歩いていたし、プールにだって装具をつけて入っていた。私の幼稚園は同じクラスに年長児から年少児までいたので、そのうちに母親の代わりに年長の子供達が自然に彼女の手助けをするようになった。私達同級生も、手伝ったり、待ったりする事があたり前になっていた。

そんな彼女との幼稚園生活の中で、私が今でもとても印象に残っている出来事がある。それは年長の時の、幼稚園での最後の運動会だ。年長の運動会では、年長児全員参加の、クラス対抗リレーという種目があった。足の速い子も遅い子も全員でたすきをつなぎ、どこの組が優勝できるかを競う種目で、運動会のメイン・イベントだった。ルールは一人がコースを一周し次の子にたすきを渡すという簡単なものだったが、私のクラスには問題があった。「彼女がどう参加するのか。」だった。当然彼女が、同じ距離を走る事は難しかったし、彼女が一生懸命歩いても遅れをとってしまう。中には「どうせこのクラスはべべだ。」という子もいた。でも最後にはやっぱりみんなで走ろうという事になった。「彼女も一緒に走ってクラスのたすきをつなげたい。」たった五才の私達の中にもそんな思いがあった。そこで先生が考えていたのは、彼女は半周だけ走って、その後クラスで一番速い子が一周半走るという方法だった。

運動会の日、順番に種目が進んでいき、クラス対抗リレーの順番になった。ピストルの「パン!」という音でリレーが始まった。いよいよ彼女の順番が来た。彼女はタスキを受け取り歩き始めた。他のクラスの子にぬかれても、彼女は懸命に歩いていた。周りで見ていた保護者や先生達も私達も必死で彼女を応援した。リレーの結果は、やっぱり私達のクラスが最下位だったが、みんなが彼女に大きな拍手を送り、彼女は息をきらしながらニコニコしていた。その後、誰も彼女を責めなかった。私達は彼女のがんばりから多くを学んだ。

私はその後、彼女と同じ小学校に入学した。小学校になると幼稚園とは違い、自分でできる事は自分でしなければならなかった。しかし、彼女には味方がいた。友達である。幼稚園で一緒だった友達はもちろん、新しくできた友達も彼女の不自由な身をいたわり、困っている時は助け、なるべくみんなと同じように接していこうと努力した。その手助けに彼女は懸命に答え、友達としゃべって笑い、行事にはなるべく出るようにした。そのかいもあったのか彼女の足は学年が上がるにつれてどんどんよくなっていき、卒業する頃にはみんなと同じ速さで歩けるようになる所まで、回復していた。

今日でも、体が不自由だからという理由で自分達とは違うと見たり、生活からはじきだしてしまうというあってはならない事があるようだ。しかし、私はそれはまちがっていると思う。体が不自由な人達は不自由という大きな壁に立ち向かい、闘っている。それを差別したりする権利は私達には全くない。以前に比べると、体の不自由な人達が自由に生活できるように世の中は段々変わってきている事は事実だが、まだ足りない事がたくさんある。その中で最も大切な事は「人々の支え」だ。助けが必要な人にも手をさしのべ、協力していく事が今の社会にもっとも必要だと思う。

「人権」それは一人一人の人間が必ず持っているもの。それを侵される事はこれからも決してあってはならない事だと私は思う。

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