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滋賀県人権啓発活動ネットワーク協議会
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BBCびわ湖放送賞

パンの耳のひとりごと

立命館守山中学校3年 村上 絵理奈

今朝、なに気なく私は朝食にでてきた食パンを食べているときに、そのパンの耳を残そうとしました。その時、フッとあるお話を思い出しました。

それは、幼い頃私がパンを食べているときに、いつもお母さんが話してくれていた、「パンの耳のひとりごと」というお話です。幼い頃の私は、固くて色もなんだか黒くフワフワしていないパンの耳があまり好きではありませんでした。だから、パンを食べるときはいつも白くフワフワした部分だけ食べ、パンの耳は残していきました。そんな時、母が、

「パンの耳がひとりごとを言っているよ!その声が聞こえない?」

と言いました。そして母は少しパンの気持ちになりきって私にこう言いました。

「どうしてー?!私(パンの耳)のことを嫌がるの?食べたくないって言うの?さっきまで、皆(食パンのまん中のフワフワした所)と一緒の小麦粉だったんだよ?でも、食パンの型に押し込まれて、焼かれてしまって、たまたま型のすみっこに行ったから、少し茶色になって少し固くなってしまったんだよ…。それなのに皆、悲しいことを言うね。」

幼い頃の私はそのパンの耳の気持ちを聞いて少し心が揺らぎました。

私はこのお話を思い出し、今朝、自分がしてしまった「パンの耳を残す」という行為は、小さいことではありますが、この社会にある差別の問題とよく似ていると思いました。

例えば人種差別の問題で考えてみると、皆心を持った同じ人間なのに、肌の色が黒か白どちらかということだけで差別され奴隷にされてしまったりします。完全におかしなことです。人間には様々な人種があって当然のことで、肌の色が白色であろうと黒色であろうと、区別はあってもどちらが良くて悪いとか、どちらが優秀であるとか、差別されるものではありません。あくまでも人間に種類の違いがあるというだけのことだと思います。また、昔の男尊女卑のように、本人には責任がなくどうすることも出来ない理由によって差別されるという現実があります。そんなことは絶対にあってはならないはずです。他にも出身や貧富の差などのたくさんの差別が存在します。このような、根拠がなく、絶対にあってはならないはずの「差別」というものは、なぜ、いつの時代にもあり、ずっと無くならず、今の社会の中に、身近にあるのでしょうか。そして「差別」というものが起きる原因とは一体、何なのでしょうか。少し考えてみました。

差別の起こる原因。それは、「その時その場所での権力者の都合」だと思います。結局は他の人より上に立ちたいと思ってしまう人の身勝手さによって起こっているのです。すごく悲しいことだと思います。

私は、何の根拠もないのに自分の勝手や都合によって、その一人の人間を差別する権利は誰にもないと思います。今の私達や社会はもう少し相手の気持ちを理解し分かり合うことが必要だと思います。全ての人と人との間の壁を無くし、一人ひとりの命と存在を尊重し、相手の幸せを考え合うことから第一歩が始まり、そのつながりの輪が全世界に広がれば思いやりのある、皆の住みやすい幸せな世の中になると思います。

私は、パンの耳の話をきっかけに「差別」というのを少し知ってすごく、この問題は難しいものだなと思いました。本当に差別をするということは、ひどく残念なことだと思います。また、差別は色んな事件を引き起こす大変危険な原因だと思います。よく考えて見るとイジメや、戦争などの争い事は必ず「差別」が発端です。だから、「差別」を無くすということは全ての争いを解決するカギだと思います。

相手の気持ちを理解し分かり合ったり、一人ひとりを尊重したり、相手の幸せをお互いに考え合ったりすることは実際すごく難しいことだと思います。でも、私達、今生きている皆が成長するためにもこれらの事を一生けん命考え、実行していかなければならないと思います。「一人が皆のために、皆が一人のために」そんな世の中になれば本当に素敵だなと思います。私は皆で、このような思いやりにあふれた素晴らしい世界をつくっていきたいです。


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