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滋賀県人権啓発活動ネットワーク協議会
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KBS京都放送賞

障害者と僕

立命館守山中学校1年 辻 巧実

僕が、体に障害を持つ人について考えるようになったきっかけは、小学五年生の時に読んだ「五体不満足」という一冊の本との出会いです。また、同じ時期に、障害を持つ二人の友だちと同じクラスになりました。そして、中学生になった今、障害を持つ人、その人たちへの接し方について、戸惑いを感じていることもあります。そのことを、これから書きたいと思います。

僕が今まで読んだ本の中で、一番感動し、印象に残っているのが、乙武洋匡氏の「五体不満足」という本です。何気なしに本屋に行った時、「五体不満足」という聞き慣れない言葉を見つけました。その本を手にした時、何より衝撃的だったのが、手足の無い作者が電動車いすに乗って、笑顔で写っている写真でした。

この本に出会い、僕が気付いたことは、不自由な体でも、前向きな考え方や強い意志を持って、「満足」と言える生き方をしている人がいるということです。また、障害を持つ人を特別視したり、同情したり、差別したり、いじめたりすることは決して良いことではなく、同じ人間・仲間として、正しく理解して、その人に合わせた接し方をすることが大切だと思うようになりました。

この本と出会った同じ時期に、僕は、小学五年生・六年生の二年間、障害を持つ二人の友だちと同じクラスになりました。一人はダウン症で、もう一人は足が不自由で松葉づえを持っていました。正直言って、初めて二人に出会って、同じクラスになった時は、どのように接したらいいのか分かりませんでした。知らず知らずのうちに避けていた時もあったと思います。そのような時に、偶然に、「五体不満足」という本を読んで、自分の考え方や、二人への接し方が少しずつ変わっていったように思います。特別に意識することなく、普通に接して、どうしても一人でできないことがあって困っているところを見かけたり、手伝ってほしいと言われれば、自然に手伝うようになりました。障害を持つ人がいるクラスにとっては、特に、遠足やバス旅行、修学旅行、運動会などの大きな行事は、誰が同じグループになるのか、どのような係や役割をしてもらうかなどを決めるのが大変なのですが、僕のクラスは、意外にすんなり決まるようになっていきました。理由はよく分かりませんが、なぜか僕は、いつも二人と同じグループでした。遠足や旅行では、行動範囲がどうしても限られたりもしましたが、時計係などをやってもらって、協力して楽しい思い出づくりができました。運動会でも、組体操は少し苦労しましたが、リレーでは、みんなより短い距離を走る二人を普通に大声で応援したりして一致団結していました。

中学生になった今、「五体不満足」という本に出会い、障害を持つ二人の友だちに接していた時と同じでいるかと言えば、正直、少し戸惑っている時があるように思います。

中学校へバスや電車に乗って通学することになり、体の不自由な人やお年寄りを見ると席を譲ったりしています。しかし、時々、重度の知的障害のある人と同じ電車になることがあって、その時は、戸惑っています。一度、大きい声を出して、急に近づいてこられたことがあり、びっくりして、どのように接したらいいか分からず、怖いという気持ちを持つようになってしまい、知らず知らずのうちに同じ車両になることを避けたり、一緒になったら距離を置くようになってしまいました。これを「差別」というのか、今の僕には、よく理解できません。これから、そのような人にも自然に正面から向き合えるように、自分自身が成長していかないといけないと思います。

ヘレン・ケラーが「障害は不便である。しかし、不幸ではない。」と言っているように、「五体満足」か「五体不満足」かによって、「幸福」か「不幸」かは決まりません。何が「満足」で、何が「不満足」なのかは、それぞれの人によって感じ方が違うので、もしかしたら、「五体満足」や「五体不満足」という言葉そのものが正しくないのかもしれません。

今、少し戸惑いを感じていることもありますが、これから、自分なりに成長して、街や電車で、障害を持つ人と一緒になった時に、特別視したり、避けたり、差別したり、からかったりすることを許さず、その人の良いところを見つけて、自然な形で接し、協力できるようになろうと思います。


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