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中学生人権作文コンテスト

明日のために

私は、幼稚園から小学校の間、いじめを受けていました。暴力といったものではありませんが、長い間、私にとってはとても苦しくてつらい日々でした。

幼稚園のとき、静岡県から引っ越してきた私は、なかなか人の輪に入ることができず、一人でいることが多かったです。そして、友達がいない私は、陰で「暗い。」「目つきが悪い。」などといった悪口を言われるようになりました。そして、幼稚園での自分の居場所がなくなっていることに気づき始めたのです。何とかしようと友達に話しかけたりしても、軽く流されたり、無視をされたりしていました。その頃は「無視」が「いじめ」だと気づいていませんでした。もし気づいていたら、幼い私はどれだけ傷ついたか、考えるだけでも心が痛くなってきます。

そして、自分がはっきりといじめられていると気づいたのが、小学二年生のころでした。でも、その友達には、自分のつらい気持ちを打ち明けることは出来ませんでした。いつ、誰が、自分のことを傷つけてくるかわからないと、考えていた私は、自分の気持ちを隠すことで自分を守っていたのかもしれません。そのときのつらさは、両親にも話してはいません。たぶん、自分以外の人間を、信じることができずにいたのだと思います。でもその反面、私は、誰かにこのいじめを気づいてほしいという思いもありました。この苦しさや、何もかも嫌だという思いを、わかってほしいとも思っていました。そして、とうとうそんな思いを家庭訪問のときに、先生と親にぶつけたのです。多分あのときが、自分の思いを他人に話した最初の出来事だったと思います。その後、いじめは陰をひそめ、楽しい学校生活がもどってきました。これらの体験から、つらい思いは、決して一人で抱え込まず、周りにいる両親や先生に打ち明けることが大切なことだとわかりました。

しかし、高学年になると、またあの悪夢のような生活が始まりました。二年生のときよりひどいいじめです。クラス全員の女子で、私を仲間外しをしてきました。ときには聞こえるように、悪口を言う人もいました。私は休み時間になると、地獄のような教室でいるのがいやで、毎日、男子と外でサッカーをして遊んでいました。その時間が私には、一番楽しい時間でした。私は何度も学校を休もうとしたことがあります。でも、休むといじめをしている人に負けたような気がして、休みませんでした。人の心の痛みもわからない人には、絶対に負けたくなかったからです。その時の私は、いじめから逃げずに、いじめを自分の力でなくしたいと思っていました。

中学生になると、気がつけば私の周りからいじめが消えていました。何故だろうと考えると、一つの答えが浮かびました。それは、「いじめと戦うことで、自分自身が成長したんだ。」ということです。それと、中学校に入ってからできた友達の存在です。特に部活動の仲間に出会えたことは、本当に感謝しています。自分のことをわかってくれる人と出会うことで、自分に自信がもてるようになってきました。今でも、時々くじけそうになるときがありますが、そんなときは「絶対に負けるものか。」という思いを、心の外に押し出せるようになってきました。

この世の中には、私と同じような思いをしている人がたくさんいると思います。いじめを受けたときに、いじめから逃げる道を選ぶ人、逃げずにいじめと戦う人の二つに、分かれると思います。でも、必ずいじめは解決できるので、いじめと逃げずに戦う道を選んでほしいです。私にも、自分のことがわかってくれる人がいたから、いじめを受けている人の周りにも、必ずわかってくれる人がいるはずです。まずは、家族や先生に相談すること、そして、わかってくれる仲間を探すことです。それが、今いじめを受けている人が、まず初めにすることだと思います。その後に、いじめと戦えば、かならずいじめから抜け出せます。

私にはいつも心に置いている言葉があります。「いじめと戦い、毎日違う明日を迎えよう。」という言葉です。そして、いじめを受けることになっても、昔のような弱い心には絶対になりません。明日のために、仲間と共に強い心で立ち向かいます。同じ明日は二度と来ないから、少しずつでも楽しい明日に変えて生きたいです。

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