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中学生人権作文コンテスト

十四歳のスタート

僕の兄は、もうすぐ二十歳になります。でも、大学生でもなければ、仕事に行っているわけでもありません。僕の兄は重度の自閉症です。自閉症というのは、生まれつきの脳の障害で、ケガやインフルエンザの様に、手術や薬などで治る病気ではなく、一生治らない障害です。しかも、兄は文字の読み書きや、言葉によるコミュニケーションがとれないため、喜びや悲しみを表現するスベもありません。そんな兄が自立をめざして、福祉施設に入ったのは、十八歳になった時でした。その時父や母は、期待と不安でいっぱいだったようです。「自分の意志を家族以外に伝えられんのに、フラストレーションで苦しまんやろうか。」「いやいや、今まで家ではできんかった社会参加ができるようになるし、人の役に立つ兄ちゃんの姿が見れるかもしれん…。」「やっぱり、親だけの育て方とちがって、専門の人やったらもっともっと兄ちゃんの自立の幅が広がるにちがいない。」と、毎晩毎晩、夜おそくまで話し合っていました。

二週間に一度、福祉施設から兄が家に帰ってきます。仕事で遅くなった父のかわりに、僕が兄をお風呂に入れる時が一番大変です。兄は一人で服を脱ぐことができないので、まず兄の服を脱がせるところから大変の始まりです。お風呂の中では、兄の大きな体を洗うのがひと苦労です。そんな大変さをいつも忘れさせてくれるのが、兄の大きな笑顔です。お風呂の中で気持ちよくなった兄は、いつも「ありがとう」の言葉のかわりに笑顔をくれます。そんな笑顔をみていると、うれしくなるのです。

次に大変なのが、食事です。「おいしい」と感じる味覚や「お腹いっぱい」という感覚が鈍いため、何も言わなければ、永遠に食べ続けます。「いただきます」も「ごちそうさま」の言葉もなく食べ続ける兄に、仕方がないとわかっていても、父も母も僕も弟も心が折れそうになります。そんな時、兄は僕の食べる真似をするのです。僕がごはんを食べれば、兄もごはんを食べます。僕がおかずを手にすれば、兄も同じようにおかずに手を伸ばします。そんな姿がおかしくなって、いつのまにか家族が笑っているのです。兄にはきっと、みんなを笑顔にする不思議な力があるのかもしれません。

兄がいる施設では、年に一度、大きなお祭りがあります。僕たち家族は、できる限り参加し、障害者やお年寄りの人たちとの交流を深めています。先日、そのお祭りに参加している時に驚いたことがありました。舞台でバンドの人たちが音楽や歌を披露していた時、観客である障害のある人も、そうでない人もお年寄りも、介護士さんの人も、どの人も笑顔だったのです。あたたかい空気が流れ、やさしい時間がゆったりと過ぎる中で僕は、僕にできることを初めて発見しました。介護士さんや施設の職員でなくても、障害がある人やお年寄りの人たちに、何かできるのではないかと感じるようになったのです。僕の横でじっと音楽を聴きながらリズムをとる兄。時々「こんな兄がいなければ。」と、うとましく思ったことを後悔しました。兄がいたから障害がある人と接点をもつことができたし、今こうして兄の話をすることができるのです。

兄を支えていたはずの僕が、今逆に兄に支えられていることに気がつきました。

人には、生きる権利があります。でも、ただ「生きる」というだけではなく、「どう生きるか」が大切なのではないかと思うようになりました。

今、自分にできることは「自閉症」についてもっともっと学び、僕にしかできない支援をすること、兄の人生に一つでも多くの笑顔をつくることです。

二十歳の兄は、社会の中で自立のスタートをきりました。

そして、僕は兄の笑顔を原点に、十四歳の人生の始まりです。

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