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中学生人権作文コンテスト

北海道での経験から

僕は小学校三年から六年まで、北海道で暮らしていました。四国を遠く離れて、北海道で暮らしたことによって、四国では経験できない、多くのすばらしい経験をすることができました。

たとえば、北方領土問題などは、こちらにいると遠い世界の話ですが、一番近い国後島までの距離を目の当たりにすると、身近な問題として迫ってきます。

また、日本は単一民族国家であると、新聞やテレビなどのマスメディアで、あたり前のようにいわれたりしますが、それは、大きな間違いなのです。北海道には、もともとアイヌの人たちが住んでいました。そして独自の文化をもって生活しています。それなのに簡単に「単一民族」などと言われたら、どうでしょうか。もし僕だったら、無視されて、自分の存在がなくなったような気持ちになるだろうと思います。こういうことを考えることができるようになったのも、北海道で暮らしたからこそだと思います。

北海道では、学校で、アイヌの人たちの歴史や文化などを勉強します。自然を大切にし、自然と共に生きてきたことも知りました。また、アイヌ語の中には、トナカイ、ラッコなど日本語の中に生きている言葉もあります。ユーカラという独自の素晴らしい口承の文化を持っています。

また、そのようなアイヌの人たちが、和人から迫害され、土地を奪われ、住み慣れた土地から追い出されたこと。和人たちは、アイヌとの交易を独占した上で、自分たちに有利になるような条件を勝手に作って、アイヌの人たちに押しつけたこと、不満を募らせて抵抗するアイヌの人たちを武力で圧倒し、また、アイヌのリーダー、シャクシャインをだまし討ちにするなど、アイヌの迫害された歴史も知りました。

当時小学生だった僕は、まず、なぜそんなことをしたのかと、疑問を持ちました。同じ人間どうしなのにと、憤りも持ちました。

学習を深める中で心に強く残ったアイヌの人たちの問題ですが、実際の生活でも、忘れられない、すばらしい出会いがありました。

彼と出会ったのは、僕が転校してすぐのことでした。小学校の三年からずっと同じクラスだった僕たちは次第に親しくなり、休みの日には互いの家を行き来し、時には泊まりがけで遊んだりする本当に仲のよい友達になりました。彼も、彼のお父さんやお母さんも本当に明るく朗らかな良い人たちでした。転校していったばかりの頃から、僕に優しく、本当によくしてくれました。今でも感謝の気持ちでいっぱいです。そして彼らはいつまでも僕の自慢の友達です。

しょっちゅう行き来するうちに、彼と彼の家族が、アイヌの人たちだということを知るようになりました。とは言っても、彼らの暮らしは、僕たちと何ら変わることはありません。でも、彼のおじいさんは純粋なアイヌの暮らしをしていたそうです。僕たちが知り合った時、そのおじいさんはもう亡くなっていましたが、彼は、そのおじいさんのことを、とても尊敬し、誇りに思っていると語っていました。

徳島に帰ってきて、アイヌの人と友達だったと言うと、「それは、えらいね。」と言われることが、一度ならずありました。「転校生の僕に親切にしてくれたのは、友達や友達の家族なのに。」と思うと、「えらいね」の言葉の中に、アイヌの人たちに対する偏見があるんだと気付きました。「そんな人たちとも親しくしてあげるなんてえらいね。」と。僕たちと何ら違っていないのに、どうしてそんな偏見を持つのでしょうか。徳島から遠く離れた北海道に住むアイヌの人たちですが、もっときちんと理解すれば、きっと今までと違った見方をすることが出来ると思います。そして、偏見を捨てて欲しいと強く思います。

僕は北海道で暮らした経験から、人権問題について視野を広げ、今までと少し違った見方ができるようになりました。アイヌの人たちに対する偏見をなくすために、僕の経験が生かせるといいと思います。

でも、徳島にいても人権問題を深く考えている人はたくさんいます。僕の通う学校では、人権学習に取り組み、人権を守ることの大切さを学んでいます。また、文化祭では毎年人権劇を行うなどして、人権に対する理解を深めています。

僕も、人を大切にし、思いやりを持てるように努力していきたいと思います。そして、これから出会うたくさんの人に対しても、お互いの文化や歴史を尊重し合えるようにしていきたいと思っています。友達と過ごした北海道の経験を生かすためにも。

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