中学生人権作文コンテスト
生きること
四月のある日、私の家に一本の電話がかかってきました。その電話の相手は、ある男の子のお母さんでした。一年前の春、私は体調を崩して大阪の病院に入院していました。その病院にはたくさんの小さな子供たちが入院していました。そのときに一緒に入院していたのがその男の子でした。男の子は、私と同じ心臓の病気を持っていました。年はまだ一歳でした。出会った当時、男の子は個室にいましたが、病室と集中治療室とを行き来する状態で、私は直接に男の子の顔は見たことはありませんでした。けれど、そのお母さんにはすごくお世話になりました。入院中、母が病院に来るまでの間、一人になる私を心配して、毎日私の病室まで来て話しかけてくれたり、細々とした身の回りのことを手伝ったりしてくれていました。
電話は、男の子が亡くなったという知らせでした。私は涙があふれてきました。悲しいという気持ちもありましたが、どこかに怖いという気持ちもありました。同じ病気の子が亡くなったことで、自分ももしかしたらあの子のように死んでしまうんじゃないかという気持ちになってきたのです。
でも、その電話が伝えてくれたのは、悲しい知らせだけではありませんでした。お母さんは、「佑季ちゃんは、心臓病の子供を持つ私たちの希望の星なのよ。」と言ってくれました。
入院している子は、みんな小さい子ばかりです。私のように十三歳まで元気でいられる子は、多くはありません。けれど、今、私は高浦中学に通っています。今年は移動がつらくなって、車いすを使っていますが、友達や先生に手助けしてもらいながら、勉強もみんなと一緒の教室でできています。私のこの学校生活が同じ病気を持つお母さんたちの目標や励みになっていると言ってくれたのです。
お母さんは、自分の子供を亡くしたばかりで、傷ついているにもかかわらず、わざわざそのことを伝えてくれたのです。その気持ちを思うと、今度はうれしくて涙があふれてきました。電話をもらったときは、涙でよく話せませんでしたが,あとから送ったメールの返信に、「佑季ちゃんが一番死というものを怖いと思っていると思う。でも、怖がらずに息子の分まで生きて、夢を叶えてね。応援するからね」とありました。
初めに電話をくれたとき、お母さんは、母に「佑季ちゃんは普段、学校でやりたいことを本当は我慢していると思う。だから、佑季ちゃんが何か夢とか、やりたいことが見つかったら教えてほしい。息子の分まで夢を叶えてほしい。その夢を息子の夢だと思って応援するからね」と言ってくれたそうです。あのお母さんがそんな風に思っていてくれるんだと思うと、私ももっともっとがんばらなければ、と思いました。
五月、私は修学旅行に行ってきました。一緒に旅行に行ったクラスの子、なかでも同じ班になった人たちは、いつも私を気遣ってくれました。こちらから何も言わなくてもご飯を持ってきてくれたり、スロープの道を選んで長い距離を歩いたり、自分も疲れているだろうに、「大丈夫?」と声をかけたりしてくれました。みんなと一緒に過ごした三日間は、中学校生活の大きな思い出になっています。
人はいつかは亡くなってしまうけれど、亡くなってしまうからこそ、一日一日を大切にしていかなければならないと思います。本当は私も健康に生まれてきたかった。けれど、病気だからこそ、命に限りがあると知ることができたのだと思います。今のこの瞬間は一度しかないということを、だからこそ、今、大切に生きなければいけないということを、みんなにも知ってもらいたいのです。自分から命を捨てたり、自分勝手な理由で人をいじめたり、だれにもしてほしくありません。私は自分のためにも、支えてくれているたくさんの人のためにも一生懸命生きていきたいです。

