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中学生人権作文コンテスト

いじめをなくすために、今

僕は小学校六年まで福岡県に住んでいました。そこで、僕が体験したことです。五年生のころ、僕の友だちのA君が、同級生のK君の靴を隠したり、からかったりしていることがよくありました。最初は僕もあまり気にしていませんでしたが、K君のことを「なんだかかわいそう」と思うようになりました。

ある日僕は勇気をだして先生に「K君がいじめにあっています」と報告しました。初め先生は、「じゃれ合っているだけだろう」と、「いじめ」とは思ってくれませんでした。でもその後「いじめ」と分かり、A君は、先生に注意され、その日一日は反省した様子で過ごしていました。しかし、次の日学校に行くと、いじめは前以上にエスカレートしていて、蹴ったりたたいたりするようになりました。しかも、「死ね」「うざい」「消えろ」などの言葉が飛び交うようになり、そんな日々が続きました。

それは六年生になっても続きました。僕はそのいじめを止めることができず、毎日、見て見ぬ振りをしていました。今思うと、自分がとても恥ずかしいです。本当の友だちなら止めるべきなのに。それだけではなく、いじめられているK君に声一つかけることができずにいました。心の中ではA君に、「やめろよ」と言おうと思っていたけど、なぜか、勇気が出ませんでした。次にいじめられるのが自分になるのが恐くて、言えなかったのです。

そんな日々が続く中、僕の気持ちを大きく変える出来事がありました。父の死です。そのときのことは、今でも忘れることができません。聞いたときには頭の中が真っ白になりました。最初は信じることができませんでした。一週間も二週間も学校に行けず、ただ、ぼーっと過ごしていました。いろんなことを考え、徐々に、「死」というものの悲しさ、つらさ、「死」という意味の重さがわかってきました。そして、時間はかかりましたが、「命は一瞬にして消え、二度と戻ってこないものだ。だから命を大切に、今を大切にしなければならない」と深く受け止めることができるようになりました。そして、周りの子たちは、僕のような経験がないから、「死ね」とか、軽々しく言えるのだろうと思い、この気持ちを伝えなくてはならないと考えました。僕が強くならなくてはと思いました。

こんな気持ちになったとき、僕には時間がありませんでした。母の実家がある徳島への引っ越しが一週間後に決まっていたのです。落ち込んでいる暇は無いと思い、学校に行った僕はA君に言いました。「いじめなんかやめろよ。いじめたって喜ぶ人はいないし、悲しむ人がいるだけだろ。自分だってほんとは嫌だろ。『死ね』とか『消えろ』とか言葉の意味の重さを知らないのに、言うなよ」と言いました。父親の突然の死、そのあと僕が考えたことも伝えました。

友だちは、黙って聞いてくれました。僕の言葉にうなずいて、そのあと、K君のところへ行き、「ごめん。言葉の重さも知らずに言って、本当にごめん。ぜったいに死ねなんてことは言わない。そして、いじめは絶対にしない。ほんとうにごめん」とあやまりました。K君はとても優しい笑顔で「いいよ」と一言言いました。僕も、K君に言いました。
「今まで助けてあげられなくてごめん。」
K君は笑顔で、「ありがとう」と言ってくれました。今まで自分の中でもやもやしていた気持ちが、スーっと晴れました。

今も時々耳にする暴言。冗談半分で言っているかもしれません。しかし、いつ、いじめにつながるかわかりません。他人を傷つけることで自分のストレスを晴らそうとしているのでしょう。関係ないふりをしようとする自分がいます。楽な考え方をする自分がいます。そんな時、亡くなった父の顔や、K君の優しい笑顔を思い出します。あの時の自分のように強い気持ちを持とう。「やめろよ」と一言言う。すると、また気持ちがスーっとしてきました。

父の分も頑張って生き抜こうと決めた僕にとって、正しいことを素直に認め、悪いことを否定できる強い意志を持つことが目標です。そして何よりも、命を大切に、今を大切にしていきたいと思います。

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