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鳥取県人権啓発活動ネットワーク協議会
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鳥取県人権擁護委員連合会長賞作品

自分の弱さ

私は小学校二年生の時、転校をしました。以前の家の近所に同級生のAさんが住んでいました。Aさんには生まれつきの障がいがありました。いつも違う教室で先生と一対一の授業をしていました。Aさんは、話すことが好きでしたが、口が回りにくく、人前で話すのは苦手でした。字をきれいに書けなかったり、落ち着きがなくなることもありましたが私は別に何とも思わず、一緒に遊んでいました。

ある日私は、下校中にAさんと大ゲンカをしてしまいました。その日は雨が降っていました。私は、新品のお気に入りのかさを差していました。Aさんは学校から借りた物を差していました。Aさんは私のかさを見て、

「それ貸して。」
と言いました。当時はまだ幼かった私は、新品のかさを貸すことがどうしてもできませんでした。いやだと言って先に帰ろうと歩き出したら、急にかさがバキッといってこわれました。後ろを振り向くと、Aさんが立っていました。Aさんは、かばんで私のかさをなぐりかさの骨を折ってビニール部分も破ってしまいました。お気に入りのかさをこわされ、腹が立った私はAさんを置いて走って帰ってしまいました。

その日の夜、Aさんのお母さんが家に来られました。私が帰った2時間後、Aさんは泣きながら帰宅したそうです。いつもは私と一緒に帰っているからAさんはトラブルなくスムーズに帰っていたとその時知りました。以前は、お母さんかお姉さんと一緒に行き帰りしていたそうですが、私と一緒に帰る事が楽しいとAさんは言っていたようです。それを聞いて私はAさんに悪いことをしたなという思いも生まれましたが、怒りもまだ半分ありました。

実はそのケンカ以前にも、私はAさんにたたかれたりした事がありました。私は、

「Aさんは障がい者だから…。」
と、怒らないでいました。それが今回のケンカで、

「一緒に帰ってあげてるのに、なぜこんな事されるのか。」
という思いが心のどこかに生まれていました。

その後、私はいやいやAさんと毎日登下校していました。Aさんと遊ぶ事もなくなりました。そんな中私の転校が決まりました。Aさんを含め、私の友達がお別れ会をしてくれました。Aさんは私に、

「一年生の時から遊んだり、登下校してくれてありがとう。とてもうれしかった。いろいろ迷惑かけてごめんね。」
と泣きながら言いました。

私は、その時初めてずっと怒っていたことを後悔しました。思いおこせばAさんは毎日別れる時に

「ありがとう。ごめんね。」と言っていました。一緒に帰っただけで私はAさんにごめんと言わせていたのです。私はAさんの事を障がい者だからと下に見て、傷つけていました。Aさんが人に暴力をふったりする時には、必ず相手にも原因がありました。私も反省しなくてはいけない部分がたくさんあったのに、Aさんを見下す気持ちから謝ることをしませんでした。謝るのは人として重要なことです。私は最低なことをしたと、やっとAさんに謝りました。

みなさんも人を下に見てしまうことはありませんか?

下を作らないと生きていけない人は弱い人だと思います。相手が、障がいを持っていようが、高齢者だろうが、運動音痴だろうが、どんな人にもできる事、できない事があります。私は、そういう一つ一つの個性を認めて尊重できる人になりたいです。

とは言うものの、今私自身、見下している人なんていないと言うとうそになります。無意識に特定の人だけを強く攻めたり、冷たくしてしまいます。

でもそういう自分の弱さの裏で傷つく人がいるかもしれません。それは、すごくいやです。少しのことから意識して思いやりのある行動をしていきたいです。

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