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和歌山県人権啓発活動ネットワーク協議会
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和歌山放送賞 温かな支えの輪

光洋中学校 三年 植地 真央

私は最近、高齢化社会や介護の問題などについてよく耳にします。先日も男性の平均寿命が80歳を超え、男女とも世界一を更新したことがニュースで取り上げられていました。確かに今のお年寄りは長生きで、そしてとても若々しく思います。私の曽祖父と曽祖母もそれぞれ91歳、86歳と高齢ですが、健在で二人だけで生活しています。私達が家を訪れると二人共、大変嬉しそうに迎えてくれます。おばあちゃんはお手製のとても美味しいご飯を作ってくれたり、おじいちゃんとは昔の話や私自身の幼い頃の話をしたりして毎回楽しい一時を過ごしています。今は穏やかな毎日を送っていますが、九年前におじいちゃんは山で転落し、腰の骨を折る大怪我をしました。当時も80歳をすぎていて、寝たきりになる恐れが十分にありましたが、懸命なリハビリのおかげで何とか歩くことが出来る様になりました。しかし今でも生活するには二本の杖が必要不可欠です。家の中で移動することでさえ、見ていて大変そうです。ベッドで横になっていて起き上がろうとする時には、まず布団をめくって起き上がりやすい様にします。そして上着や大好きなタバコ、二本の杖などを渡して初めて歩き出せる様になります。このとき私はおじいちゃんが転ばない様に、床にある座布団やコンセントコードを端に寄せながら進みます。おじいちゃんが椅子に辿り着くまでサポートする私は、いつも緊張しながら支えていて、おじいちゃんが椅子に無事に座ると本当に安心します。そしておじいちゃんは毎回、私に「ありがとう、真央」と言ってくれます。体が不自由な人を優しく支える事は当然だと思います。しかし今の社会全体で考えてみると、どうなのでしょうか。

おじいちゃんと病院やリハビリ、買い物へ一緒に行っていた頃に車椅子用障害者スペースを利用する事がありました。しかしそこを利用したい時に限って、全て駐車されていてとても困ってしまった経験があります。本当に体の不自由な人だけが駐車していたら仕方がないですが、明らかに健康でそのスペースに置く必要のない人が車から降りてきたのです。正直、私は目を疑い、とても胸が痛みました。それにその人は一切悪びれる様子もなかったのです。本来、障害者用駐車場は店や病院の入口に最も近い場所に設けられていて、スペースを広くとられています。これは、車のドアを大きく開けて乗せる必要があるからです。普通の駐車場では隣りの車に、ドアを当てる恐れがあって、大きく開けられず、乗り降りが難しくなってしまいます。また、雨や風の強い日は更に困難が重なります。私も身内に車椅子を利用する者がいなければ、知らないままだったかもしれません。しかし誰もが当然の様にそのスペースを利用するのではなく、本当に利用したい人の為に空けておくべきだと思います。安易に車を停める人達は、「自分が楽したい」、「雨に濡れたくない」という気持ちを持つ自己中心なのです。先日も若い母親と幼い子どもが障害者用スペースに駐車して、車に乗り込む姿を見ました。あの子どもは、それが当たり前に成長してしまうのでしょうか。私は人を思いやれないのは悲しい事だと思います。たとえ雨が降っても荷物が多くても、健康な体があるなら我慢しなければいけないはずです。一人一人がルール守り、思いやる心があれば、全ての人々が不自由を無くして心まで傷つく必要はないでしょう。本当の意味での豊かな社会とは、物が溢れて裕福な暮らしをするだけではないのです。心が貧しくなっては寂しすぎます。でも心掛け一つで現状は変えられるはずです。小さな事かもしれませんが、その第一歩を私は今日から実践しようと思います。どんな場面でも自然に、自分より相手を思いやる事が出来る、そんな人になれる様に努力していきたいです。

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