最高検察庁裁判員公判部 森本和明検事からのみなさんへのメッセージ
国民が刑事裁判に参加する裁判員裁判が平成21年5月21日から実施されていますが,裁判員の方々はとても熱心かつ誠実に裁判に取り組んでおられると受け止めています。私は,裁判員裁判に検察官として立会したり,傍聴した経験から,主張・立証が分かりやすいものとなり,証人尋問や被告人質問で,裁判員の方々から様々な角度からの鋭い質問がなされたり,判決で,被害の深刻さ,被害者やその遺族の心の痛みが重く受け止められ,被告人の更生への期待・不安や犯罪防止の意識が明確に示されるなど,国民の健全な感覚が刑事裁判に反映されることの意義を感じています。
検察官は,裁判員裁判で,犯罪事実と重要な情状事実を主張し,その証明に必要な証拠を提示して立証し,証拠の評価や証拠から犯罪事実等が認定できる根拠を述べたり,被告人にいかなる重さの刑を科すべきかについて意見を述べます。裁判員裁判では,こうした検察官の主張・立証が国民の常識にかなったものとして裁判員に理解されるかが問われており,捜査・公判に臨む検察官の公正さ,誠実さが検証されることにもなると思います。
検察官がその職責を十分に果たすためには,国民の常識を踏まえ,基本に忠実に捜査・公判の職務を行うことが必要です。
捜査では,検察官は,証拠物,犯行現場の痕跡その他の客観的証拠を重視して,客観的事実を柱にし,犯人と被害者等の関係や事件の背景事情等も視野に入れながら,事件の核心と全体像をとらえて真相を探り,証拠を十分に集めて吟味し,真相を解明することを求められています。被疑者が真犯人であることの根拠を確認した上で,事件を最もよく知る被疑者から十分に話を聞き,真相を語ってもらうことが重要です。検察官は,真相を解明してこそ,裁判員が適切に心証を形成できる事実を主張・立証できることになります。
公判では,検察官は,裁判員に分かりやすく主張・立証するとともに,検察官が主張する事実を証明するのに最良の証拠を厳選して効率よく迅速に立証することを求められています。しかも,検察官は,重要な点を漏らさず,的確に主張・立証しなければなりません。検察官の主張・立証が国民の常識にかなうものでなければ,裁判員の理解は得られないでしょう。検察官は,裁判員が事件をどう見るか,どういう疑問を抱くかという視点も踏まえ,裁判員が適切に心証を形成できるよう,的確に主張・立証する必要があります。
検察官は,真相を解明し,国民の常識にかなった適切な主張・立証をするためには,法律家たる捜査官・公訴官として,「法を知ること」,「証拠を知ること」のほか,「人を知ること」が大切であると思います。刑事事件は犯人が被害者その他の人とのかかわりの中で起こしたことですので,犯人の心理や行動を理解する必要がありますし,被害者の視点からも事件をとらえ,被害の深刻さを実感し,被害者や被害者を亡くした遺族の心の痛みを受け止めることが重要です。私は,以前,東京地検の本部係として,凶悪重大事件の発生直後の犯行現場に臨場し,惨状や殺害された方の御遺体を目の当たりにするたびに,どの方も「ほんとは,もっと生きたかっただろうに…。」と実感したことを今でも忘れません。また,検察官は,被疑者から話を聞くとき,被疑者をよく知り,理解することが必要であり,そうしてこそ,被疑者も検察官に心を開いて真相を語ってくれるのです。
検察官は,裁判員裁判で重大な役割を担っています。公益の代表者として公正さ・誠実さを保ち,国民の常識を踏まえて,職責を果たしていかなければならないと思います。