検察の在り方検討会議 第13回会議 議事録 第1 日 時  平成23年3月24日(木)  自 午前10時04分                        至 午後 5時25分 第2 場 所  法務省第1会議室 第3 議 題  1 提言案について  2 その他 第4 出席者 千葉座長,石田委員,井上委員,江川委員,郷原委員,後藤委員,佐藤委員,        嶌委員,高橋委員,但木委員,龍岡委員,原田委員,宮崎委員,諸石委員,        吉永委員 第5 その他の出席者 黒岩法務大臣政務官,事務局(神,土井,黒川) 第6 議事 ○千葉座長 予定の時刻となりましたので,検察の在り方検討会議の第13回会合を開会させていただきます。   先週の会議につきましては,3月11日に発生いたしました東北地方太平洋沖地震のため,開催を見合わせることになりました。このような未曾有の大地震と大津波により被災された皆様に,検討会議としても心からお見舞いを申し上げたいと思います。政府,自治体,国民の皆さんが一体となって,一刻も早くこの危機を乗り越えられるようお祈り申し上げております。   さて,本日の会合についてですが,郷原委員は所用により午後からの御出席となります。   まず事務局から配布資料の確認をお願いいたします。 ○事務局(黒川) 本日,皆様のお手元にお配りしております資料のうち,事務局で用意させていただいた資料は3点でございます。資料1は本日の議事次第,資料2は先週皆様に配布させていただいた「提言案に盛り込まれるべき内容の骨子」でございます。また,資料3は意識調査のうち前回の会合においてお伝えしたサーベイの自由記入欄について取りまとめたものでございまして,この資料には大まかな類型ごとの意見の数を集計して括弧書きで記載しております。そのほかに,皆様のお手元には,「提言案に盛り込まれるべき内容の骨子」に基づいた各委員の意見書,座長が作成した提言案のほか,本日の議事等に関連して石田委員,江川委員,宮崎委員がそれぞれ御準備された資料をお配りしております。本日の配布資料は以上でございます。 1 提言案について ○千葉座長 それでは,議事に入らせていただきます。   先ほども申し上げましたように,先週の会議は開催することができませんでしたが,委員の皆様には,私が作成しました「提言に盛り込まれるべき内容の骨子」を送付させていただき,それに基づいて皆様から書面で御意見をいただきました。骨子を送付させていただいた際に皆様に御連絡いたしましたが,私の方で,皆様から書面でいただいた御意見をも踏まえて,提言案を作成し,皆様のお手元に配布させていただきました。本日は提言の取りまとめに向けて,この提言案を軸にして御議論をいただきたいと思っております。   本日の議事の進め方でございますが,まずは私の方から提言案を取りまとめるに当たっての私の考え方と提言案の概要などについて御説明させていただきたいと思います。その後,皆様全員から順番に1人5分程度で提言案全体に関する概括的な御意見をいただきたいと思います。その後,さらに論点ごとに内容面で具体的な御意見を伺いたいと考えておりますので,お含みおきいただきたいと思います。   それでは,まず,提言案を作成するに当たっての基本的な考え方について,皆様に御説明をさせていただきます。私としましては,この検討会議が大阪地検特捜部による一連の事態を受けて,当時の柳田稔法務大臣の指示で設置されたものでありまして,その設置のいわば背景をまず念頭に置き,また,本検討会議は,失われた検察の信頼の回復と検察の再生を図るべく,幅広い観点から抜本的に検察の在り方を検討し,有効な改善策,改革案を法務大臣に提言して,その施策の実施に寄与することを役割・目的としている。こういう諮問の趣旨,これを念頭に置かせていただきまして,皆様に時間が許す範囲の御議論を尽くしていただいたた上,可能な限り全員の御意見の一致をみた内容で提言を取りまとめたいと考えております。   先ほどの諮問の趣旨から考えますと,この検討会議の提言が,これからの検察再生に向けたスタートということになると思います。この検討会議の提言だけで全てが解決をするということではございませんが,検察再生に向けたスタートに当たっては,きちんと提言を取りまとめ,早急に実施することができるようにしていくことが検討会議に課せられた責任でもあると思っております。   ただし,今後の検討について,この検討会議としても,様々な問題提起やそれに対する皆様の御意見などをきちんと引き継がせていただくことも念頭に置いていかなければならないと考えています。   私が作成した提言案におきましても,個々の論点について,特段の異論がなく,全員の御意見の一致をみたと考えられる内容については,そのまま提言の内容にさせていただいたつもりですし,それぞれの御意見が仔細に見れば異なる事項についても,その重要な点や趣旨においてはほぼ一致をしている,重なり合っている部分がある場合には,その限度において御意見の一致をみたと考えられますので,その旨を示しつつ,その限度で提言案に記載することにさせていただきました。   意見の相違がある論点については,多数決で決定するというのも一つの方法ではございますが,私としましては,可能な限り全員の御意見の一致をみた内容で提言を取りまとめ,それを公表することこそが,提言が国民に広く受け入れられるという観点のみならず,検察当局におかれましても提言を真摯に受け止め,自ら実行することを促すという観点からも,意味を持つのではないかと考えております。したがいまして,多数決ということではなく,できるだけ全員の意見の一致を図りながら提言を取りまとめたいと考えております。   また,提言案を作成するに当たりましては,これまでの会合で皆様から示された御意見をできる限り正確に記載したいと考えました。しかしながら,これまでの活発で密度の濃い議論の中で,各論点ごとに皆様から本当に多数の,しかもいろいろな角度から多彩な御意見が示されておりまして,その全てを具体的かつ詳細に記載するとした場合,提言書そのものが相当に膨大な量となってしまいます。また,先ほど申し上げましたように,それぞれの皆様の御意見を並列的に並べて報告をするだけでは,やはり検討会議としての任務を果たすことができないと考えますので,そういう意味でも全て詳細に記載できない部分もあろうかと思っております。   本検討会議の提言は,国民や検察当局に対する私たちのメッセージとして,できる限り簡潔で分かりやすいものであることが望ましいと思われます。そのため,私といたしましては,できるだけ多くの御意見を紹介しつつも,同じ類型の御意見については一定程度取りまとめるなどして,全体として,できる限り簡潔なものとなるよう努めたつもりでございます。また,提言の内容などを,それぞれの項目ごとに枠で囲いまして,その内容を見るだけでも,提言の概要が理解しやすいようにさせていただきました。   皆様の中には,これまでの御議論で示された御意見が記載されていないと思われるところもあるかもしれませんが,以上のような考え方によって提言案を作成させていただきました。このことについて,どうぞ御理解をお願いしたいと思います。   それでは次に,提言案の概要について説明をさせていただきます。お手元の提言案を参照していただければと思います。   第1においては,「検察の使命・役割」について,1ページから記載しております。検察の使命と役割については皆様から様々な御意見がございました。その中でも「検察の基本的使命・役割」として,被疑者・被告人の権利保障と事案の真相解明に努めることによりえん罪を防止し,真犯人の適切な処罰を実現する点にあるとの御意見があり,この点については皆様からも特に御異論がなかったことから,冒頭にその旨を記載させていただきました。   また,検察の基本的使命・役割に関しましては,公益の代表者としての検察官の役割,あるいは公訴官としての検察官の役割について,多くの委員の皆様から御意見がございました。このうち公益の代表者としての役割については,処罰の実現に偏してはならないという点が御議論の中で強調されていた点であったと思われ,この点についても皆様からの御異論がなかったことから,その旨を記載させていただきました。   さらに,公訴官としての役割についても様々な観点からの御指摘がございましたが,今般の一連の事態に鑑みますと,捜査段階においても,公訴官としての役割が軽視されることがないようにすることが重要であるとの点については大方の一致をみたと思われますので,その旨を記載しています。   その他,「検察の使命・役割」に関連する問題として,時代に応じた役割についての御議論がございました。この点につきましては4ページから記載してございます。この点についても,皆様から様々な御意見がございましたが,検察が時代に応じた役割を果たしていくためには,常に社会に目を向けその変化を感じとる能力を養い,独善に陥らないことが必要であるとの点につきましては,大方の一致をみたと思われますので,その点について記載させていただきました。   続いて,第2におきましては,「検察の組織とチェック体制」について,6ページから記載をしています。ここではまず1つ目の小柱の,「特捜部の存廃及びその組織の在り方」について記載しております。特捜部の存廃につきましては,廃止するまでの必要はないことについて大方の意見が一致したものの,その組織の在り方については様々な御意見がございました。具体的な結論を得るには至りませんでしたが,本検討会議としましては,現状を是とすることなく,これらの御意見を真摯に受け止め,特捜部の組織の在り方を見直すための検討を行うよう求めたいと考えております。   次に,7ページからは2つ目の小柱の,「検察における捜査・公判のチェック体制」について記載しています。この点につきましても様々な御意見がございましたが,皆様の御意見は特捜部内部において捜査・処分が自己完結する体制を改め,「横からのチェック」体制を構築すべきという点では概ね一致していると思われましたので,そのように取りまとめをさせていただきました。   さらに,公判段階におけるチェック体制についても,「引き返す勇気」を実効化するための組織的チェック体制を構築すべきという点については委員の皆様に御異論はなかったものと考えております。   さらに,9ページからは3つ目の小柱の,「監察体制の構築」について記載してございます。この点につきましては,まず監察体制を構築すべきことについては御異論がなかったと思います。この点,監察の在り方については,外部の第三者を含む監察機関を設置して監察を行うべきとの御意見もありましたが,これにつきましては,検察権行使の独立性への配慮等の理由から反対の御意見も示されておりまして,監察部署は検察内部に設置し,監察担当の検察官を配置して監察を行うという範囲で,委員の大方の一致をみたものと考えております。   そして,11ページからは4つ目の小柱の,「外部の目・外部の風」について記載してございます。外部の目や外部の風については,これを入れるべきということについても御異論がなかったと思います。その在り方については,外部機関に調査権限を認めるべきとの御意見もありましたが,これに反対の御意見もあり,結論的には監察状況や提言のフォローアップを含めて,第三者の意見・助言を得られるような仕組みを設けるべきという範囲で,皆様の御意見が一致しているものと考え,提言案に取り入れさせていただきました。   第3においては,「検察官の人事・教育・倫理」について,13ページから記載してございます。このうち,人事・教育については,大方の意見が一致し,又は大きな意見の対立のある部分はさほどなかったものと考えられ,皆様からいただきました御意見を私なりに整理して記載しました。   1つ目の小柱の,「人材開発・育成・教育の在り方の改革」におきましては,まず検察官の基礎的・基盤的能力の強化に取り組むために,検察官の教育・研修制度の見直しと充実を図るべきであるとして,具体的な方法として,辛口の研修の実施や検察官の職務能力チェックの仕組みの導入等,皆様からいただいた様々なアイデアや御意見を整理して記載をさせていただいております。   また,社会構造が複雑化し,分野ごとの専門性が深まる中で,検察は,組織として専門的知見を集積・蓄積するための人的・物的体制を整備すべきであり,そのための方策としてシンクタンク機能を有する分野別の専門委員会の設置や,他職経験者,専門家の採用等の提案を記載しております。   さらに,人材育成の観点からも幹部の役割は重要であることから,幹部研修を拡充するなど,幹部のリーダーシップの在り方を改革・改善するための方策を講ずるべきであり,そのための方法として,多面的評価の要素を取り入れた幹部研修の実施等の提案を記載しております。   次に,16ページから始まる2つ目の小柱の,「より適切な人事政策の推進」では,検察において適切な人事評価や人材登用により適材適所の人事配置を行うために,同僚や部下による評価も含めた情報を幅広く収集する仕組みを設けることを検討すべきであるとの提案を記載するとともに,組織における人材の多様化や全国的な見地での人事配置等を検討するべきであるとの提案を記載しております。   さらに,17ページから始まる3つ目の小柱の,「長期的な構想による組織的・継続的取組」では,人材開発等には組織としての地道で継続的な取組が必要であることから,上級幹部による構想の策定とその実施が必要であるとの提案を記載するとともに,検察庁職員に対する定期的な意識調査を実施するなどして,それを組織の不断の見直し等に活用すべきであるとの提案を記載しました。   そして,18ページから始まる4つ目の小柱の,「改革策推進のための人的資源の確保」では,検察庁職員の過剰な勤務状況を解消し,この改革策を積極的かつ確実に推進するためには,検事を始めとする検察庁職員の大幅な増員を行い,組織の充実を図るべきとの提案を記載しました。   また,19ページからですが,倫理につきましては,倫理規程等を作成する必要性や,明文化するべき内容についての考え方など,皆様から様々な御意見がございましたが,結論として,検察官が職務の遂行をするに当たって従うべき基本規程を明文化し,これを公表するべきであるとの点については大方の一致をみたことから,その旨を提言として記載しました。   そして,基本規程に盛り込むべき事項について,検察の基本的な精神や理念を表明する憲章的な規定を設けるべきであるとの点については大方の合意が得られたものと考えております。   これに加えて,職務上の行為規範となるような規定が必要であるとの御意見もございましたが,一方で禁止規範的なものでは検察官のモチベーションを低下させてしまうのではないかといった御指摘もあり,意見の一致にまでは至らない部分もございました。   そこで,これらの一連の御議論を踏まえ,20ページから21ページにかけて,基本規程に盛り込むべき事項についての皆様からの様々からの御提案の中から,大方の合意が得られたと思われるものを�@から�Gとして挙げさせていただきました。検察に対しては,この提言に記載した事項等の趣旨を踏まえて,また,この会議で出されました多くの御意見を参照していただいて,広く検察官が参加する議論,検討を経て基本規程を制定することを求めたいと考えております。   また,基本規程の実効化のための方策についても議論を行いましたが,研修や意識調査等を利用して基本規程の定着を図るべきであるとの御意見については皆様から特段の御異論はなかったと思われますので,これらの点を記載しました。   なお,基本規程の実効化のための方策として,違反に対する制裁措置を設けるべきであるとの御意見がございましたが,これについては合意にまでは至らなかったものと受け止めております。   第4においては,「検察における捜査・公判の在り方」について,23ページから記載しております。この分野に関しましては,特に取調べの可視化について,制度面,運用面を問わず極めて活発な御議論をいただきました。そこで,1つ目の小柱の,「検察における取調べの可視化の基本的な考え方」においては,本検討会議で取調べの可視化について取り上げた経緯や,この問題に関する議論の概略を紹介させていただいた上,大方の合意に至った全体的な方向性として,検察の運用面からも,法制度の面からも,被疑者取調べの可視化の範囲をより一層拡大すべきであることを記載しました。   次に,24ページから始まる2つ目の小柱の,「検察の運用による取調べの可視化の拡大」におきましては,検察の運用による可視化の拡大に関し,大方の一致をみたと考えられる範囲において,具体的な提言事項を記載しました。   具体的には,まず,特捜部における取調べの録音・録画の試行に当たっては,一つに,できる限り広範囲の録音・録画を行うよう努め,1年後を目途として検証を実施した上,検証結果を公表するべきこと,一つとして,その試行においては,原則として試行指針上の対象となり得る全件で試行を行うとともに,最高検においては積極的な運用が確実に行われるような方策を検討,実施するべきこと,一つとして,特別刑事部が取扱う独自捜査事件についても,特捜部に準じて取調べの録音・録画を試行するべきことを提言事項として掲げております。   また,知的障害によりコミュニケーション能力に問題がある被疑者等の取調べを録音・録画の試行の対象にすることについても,委員の皆様の大方の一致を得たところかと存じます。そこで,このような被疑者について取調べの録音・録音の試行を開始すべきであり,その試行に当たっては,事案の性質や被疑者の特性等に応じた様々な試行を行うべきことを記載しました。   26ページから始まる3つ目の小柱の,「新たな刑事司法制度の構築に向けた検討を開始する必要性」においては,まず本検討会議において,検察官が無理な取調べをする原因として,取調べ,供述調書に過度に依存した捜査・公判構造が指摘され,これを改めるべきとの御意見が共通の認識となっておりますことから,証拠収集方法の在り方を含め,この問題について国民の声と関係機関を含む専門家の知見等を反映しつつ,十分な検討を行う場を設け,早急に検討を開始するべきことを掲げました。   また,制度としての取調べの可視化を実現するための方策については,本検討会議における極めて活発な御議論が行われましたが,概ね次の三つの御意見に整理することができるのではないかと考えました。   第1は,被疑者の取調べ全般について,速やかに全過程の録音・録画を義務づける措置を講じるべきだとする御意見でした。第2は,録音・録画が取調べの機能に与える影響等についても,さらに精緻に調査・検討し,より専門的な場において,刑事手続全体の在り方をも踏まえて,可視化の具体的な在り方を検討するべきとする意見でございました。第3は,被疑者取調べの全過程の録音・録画を義務付けるのであれば,供述証拠,客観的証拠を獲得可能にする新たな捜査手法の導入等を同時に行うことが不可欠とする御意見でございました。   本検討会議においては,これらの御意見が一つに収れんされるまでには至りませんでしたが,この問題については,引き続き,先に述べた新たな検討の場において,関連する諸課題と併せて引き続き検討がなされることが望ましいとしておりまして,その際の検討のためにも本検討会議における議論の状況を記載したものでございます。   さらに,本検討会議として一定の結論を得るには至っておりませんが,新たな検討の場において関連する課題として議論・検討され得るものとして,参考人の取調べの可視化,証拠開示制度の在り方,弁護人立会権等についても本検討会議における議論の概要を記載したところでございます。   最後に,これらの諸課題について関係諸機関の協調の下,新たな検討の場を早急に設け,本格的な検討を開始することを強く求めて提言としております。   以上が,私がまとめさせていただきました提言案の概要でございます。至らぬ部分もあったかと思いますが,取りまとめるに当たっての私の考え方とその概略を御説明をいたしましたので,このことを念頭に置いていただき,御理解いただければと思います。   それでは,次に,皆様全員から,今申し上げましたこのような取りまとめの方向性,そして素材,素案,これにつきましても1人5分程度で御発言いただきたいと思います。今日は全員の皆様から概括的にまず御意見をいただきたいと思いますので,順次私の方から御指名をさせていただきたいと思います。また,後ほど各論点ごとに具体的な御意見をお伺いしたいと思いますので,まずはこの提言案全体についての概括的な御意見をいただければ幸いと思います。 ○原田委員 昨日いただいたばかりで細かいことは理解していない部分があろうかと思いますけれども,私は,自分の意見もおおむね取り入れられておりますし,全体として,この提言案に賛成でございます。細かい点はいろいろあろうかと思いますけれども,取りまとめの方針につきましても,先ほど座長からお話がありましたように,大方の意見が一致している部分を取り上げていくという方針に基本的に賛成でございます。   個別的な問題は後でということですが,これまでも述べてきました新たな検討機関を設けるという点について,若干,私の意見を補足したいと思います。どういう会議にするかということはこれから考えられればいいことですけれども,私のイメージは,私が関係した法制審議会の刑法全面改正の場合に,刑事法特別部会というのがありまして,その下に五つの小委員会がございました。この構成としては,委員は委員長を含めて3から4名程度ですが,実は幹事が10名以上おられまして,これらの方はそれぞれ若手の学者で実践部隊のような方々で,これらの方々が自由に議論をされておりまして,幹事だからしゃべらないというようなことは全然なくて,議論を動かしていったということがございます。確かに,日弁連としては,そういう会議を設けることが引き延ばしになるのではないかという御懸念を持つのもある意味よく分かりますが,日弁連の意見も十分に反映するような形で,委員あるいは幹事の構成を考えていくということで議論を進めていった方がいいのではないかと思っております。   重ねて申し上げますが,私の基本的スタンスは全面可視化に賛成でありますが,即時ということでなければ訴訟だというような解決方法は何年かかっても解決しないので,このような専門家会議を必ず4月からでも実施をして動かしていっていただくことが大事ではないかと思います。この点も提言案の中に取り入れられて書かれておりますので,そういう点でもこの方針に賛成でございます。 ○但木委員 私も原田委員の意見とほぼ同様でございます。ただ,私は検察に長い間携わった者として是非お願いがございます。それはやはり検察の再生というのは国民にとっても非常に大事なことでありますので,この在り方検討会議で是非検察の再生の道筋というのをお示しいただきたい。どうあっても皆さん方の御意見をまとめて,こういう方向だよということを是非お示しいただきたい。やはり検察がその方針に従って国民の信頼を得られるようなものになっていかなければならないんだというふうに思っております。そういう意味で,いろいろな御意見があることはよく分かりますけれども,ただ,どうか検察の再生の道をこの在り方検討会議として御提言をいただきたいと,これが私の切なる願いでございます。   2番目に,このまとめの中で検察にこういうことをやりなさいと,言ってみれば検察のプラクティスに依存している部分が幾つもございます。倫理規程の策定もそうですし,監察制度もそうです。私は,このようなことについて,検察が本当に真正面から取り組んで,世に公表してもらいたいと考えています。私は,現在,検察は世論からの批判を受けながらも,やはり変わっていくということをやっていかなければならない立場にあると考えています。   それから,もう一つ,これは原田委員がおっしゃったことであり,各論の部分でもっと詳しく申し上げたいと思いますが。日本の刑事訴訟法は,すばらしい刑事訴訟法としてそれなりに国民の安全を守ってきたと思います。しかし,その過程において非常に特異な,ほとんど世界でも特異な発達の仕方をしてきて,取調べによって本人の口から真実を言わせて,それを土台にして検察官調書をつくり,その検察官調書を土台にして精密な裁判が行われる。そのような緻密な司法をするため,身柄の問題,321条1項2号書面の問題,運用問題も,一つの運用の在り方として,これまで特異な発達をしてきたと思います。私はそれがやはり相当大きく行き詰ってきているのだろうと思います。やはり国民の信頼を受け,国民に支持されるような刑事手続というものを,この際本当に根本的に考えるべきではないかと思います。そして,時間をかけずに,多くの国民の意見を聞きながら,専門家と専門外の外部の意見というのをきちんと取り入れながら,新たな刑事手続を是非構築していただきたい,そういう場を設けていただきたいということをお願いして私の感想といたします。 (黒岩大臣政務官退室) ○嶌委員 僕も基本的にはこのたたき台に賛成です。やはりここの検討会議でどうしても考えなければいけないことは,この検討会議が立ち上げられた理由は,検察に対する不信というものが我々が想像する以上に大きく,これを払拭するためにはどうしたらいいかということをきちんと考えておく必要があるからであったと思います。そのためには,単なる意見の羅列ではなくて,この検討会で意見が一致したんだと,再生のためにこういう方向で一致したんだということをやはり強く打ち出すということがまず第一に必要なのではないかなと思います。もちろん細かなところで違った意見の部分があるかもしれませんけれども,それについては別の検討会を設けてそこで議論をしていくというような形にしながら,とにかく我々はこういう方向で再生することを一致したんだということを何としても強く打ち出すということが課せられた大きな役割なのではないかなと思います。   それから,今,但木委員が緻密な司法というものがある種日本の特色であって,それがある種の行き詰まりを見せてきているということを言われました。私は現場の人間ではないのでそういう細かいところはよく分かりませんけれども,国際社会全体を考えても,日本のやり方が特殊なやり方のままずっといけるとは思えないわけです。こういう国際化時代で犯罪も国際化してくるところになると,やはり今までの日本のやり方というものをもっといい方向に変えるという努力をする必要があるのではないのかなと思います。   それから,国民に再生を訴えるという形になるわけですから,一番最初に,提言案にも書いてありましたけれども,検察が一体どういう理念で生まれ変わろうとしているのかということを強く発信するということが僕は大事なのではないかなと思います。個別具体的には可視化の問題だとかあるいは人事の問題だとか監察の問題とかいろいろありましたけれども,それをまず述べる前に,検察は大きいスタンスでこういうふうに生まれ変わるんだということを非常に分かりやすく,きちんと国民に伝えるというメッセージをまず最初に出していただきたいなと思います。   細かなことについては幾つかありますけれども,例えば言葉の使い方をもう少しやさしくした方がいいのではないかなと思います。例えば,公訴官という言葉がありますけれども,恐らく一般の国民には公訴官と言われてもなかなか理解ができないのではないかなと思いますので,そういう幾つかの専門的な用語はもう少し分かりやすく変えた方がいいなということが1点目です。   それから,僕は,高橋委員が中心になってつくっていただいたアンケート,その結果というものはかなりの国民を説得していく上で,しかも検察内部の心情が出ているわけですから,あの結果内容というものをもう少し,本文の中でなくてもいいけれども出した方が,何となく我々が書いたものの裏付けにもなるのではないのかなと思います。しかも,千数百人の検事らがこういうアンケートに答えたということはやはりかつて例がないだろうと思いますし,今の検察官がどういうことを考えているかということが国民にも広く分かると思います。本文に入れると同時に,できれば資料も含めて公表した方が僕はいいのではないのかなと思っております。   それから,これは最後どうするのかという問題ですけれども,僕はやはり提言を出した後,1年以内に検証すること,検討会議の提言がどのように実現されたのかをつくった者の責任として検証するということも考えておいた方がいいのではないか,それを書き込んでおいた方がいいのではないかと思います。何か言いっ放しにしてそのままどうなったのか分からないということにならないような担保をどこかでとっておいた方がいいのではないかと考えます。   細かなことについてはまた述べる機会があれば申し述べたいと思います。 ○吉永委員 昨夜遅くに拝読したものですから,十分に読み込んでいることではないんですけれども,素人ですので,取りあえず一人の市民としてこの提言を読んだときにどう感じるかという視点で読ませていただきました。   一つ基本的に忘れてはいけないことは,この度まとめる提言というのは平常時に行う提言ではなくて,既にとんでもないことが起きて国民の信頼を喪失している非常時における提言であるということだと思うんですね。やはり,この不安を感じている,不信を感じているという市民に,取りあえず何が起きた,問題が起きたところは穴はちゃんとふさぎましたよと,それで一安心してもらうということがある。その先に信頼を再構築できる道筋をきちっと示せているかどうかということ。それと,その再構築したものが一時的なものでなく,それをずっと維持することができるための体制がきちんと整えられているだろうかと,そういうことがそろうと更なる崩壊が食い止められる。同時に,真摯にこの問題を受け止めているという姿勢,受け止めてきたという姿勢がちゃんと示せているかどうか。それから,起きた問題の核心について速やかに再発防止ができる措置がとられているかどうかという実感が持てるかどうか,そのことが再生の第一歩につながることに,この一歩で何だということになると,その先は更に難しくなってしまうのではないかなというふうに感じております。   そういう視点から提言を見てみたんですけれども,まず,この形です。この会議では,四つの柱についてずっと検討を重ねてきたはずです。その四つの柱について提言するべき内容というのを四角く囲って見せるというのは視覚的には分かりやすいというふうに思うんですが,何かこの四角がやたら四つじゃなくて多いんですよね。四つの柱に対して十四,五個の四角の囲みがある。これを見ているうちにこの四角がどこにくっついているのかがだんだん分からなくなってしまうんですね。この四角の部分が,例えばWe wantとかWe need等に相当するものならば,続くその部分,四角以外のところでBecauseというものが続かないといけない。なぜこれが必要なのかということを明確に示す。それと,この求めた提言を受けてこれからどう変わっていくのかという私たちが理解できることが明確でないと,四角とその下の文章というものが一緒になって出ていかない。見るとやはりこの柱が多すぎるということが一つと。小柱がやたらできてしまっているということですよね。小柱が多くなってしまうと拡散していってしまうんですね,枝分かれしてしまうと。枝が多くなるとどさくさに紛れてこんなのがあったのかという小枝が紛れ込んでいたりなんかすることもある。相互の関係が見えにくくなってしまうので,同時なのかどっちが優先なのかということの判断がつかなくなってしまう。それによっては様相が変わってしまうおそれもある。これはやはり四つの柱にしっかりと呼応してまとめる方が,一市民の私としては分かりやすいと思います。   それで,Becauseに相当する部分に関しては,提言についてきちんとリンクしていかないとその中に一致が見られなかった部分があったりとか,別にまとめて方向性を示すものがあったりとか,ここは何か多様な意見があったというものがあったりすると,一体何が言いたいのか明確になっていかなくなって,読めば読むほどよく分からなくなってしまったりすることが出てくるので,ここはちゃんと整理した方が私としては有り難いな,読む方としては有り難いなと思いました。   また,一致がみられなかった部分とか多様な意見がまだ十分に出た状態であるという,整理されていないという部分に関しては,一括して方向性を示せるものは示す,それからほかに持ってきたバトンというのを落としたりしまい込んだりしないで,さらに検討を進めるものはどれというふうな形で整理した方が分かりやすいかなというふうに思います。   例えば,検察の使命と役割というのを読んでみたんですけれども,1として検察の基本的な使命と役割があって,2として時代の変化に応える検察と,結構離れたところに2つ分かれているんですよ。そうすると,基本的な使命とそれに基づく役割というのは不動のものでないと私たちは安心感がなくなってしまいます。ところが,2では21世紀の価値観を感得し,時代に応じて役割を果たしていくべきであると。常に現実の社会に目を向けて変化を感じ取っていけということが書いてある。ということは,これは,もちろん新しい時代の変化に対応するのは重要なんですが,21世紀の価値観を検察が感得する,感じ取る,これをじゃあそれでよしとするものはどこにあるのかというのも分からない。こういうすごく幅があると,どういうふうにフォローアップしていいかも分からないのかなというふうに感じています。検察が自分たちで感じた価値観で役割を変化することも可ということにしてしまうと,それこそ独善的で傲慢じゃないかと感じ取られてしまう部分もあるかなというふうにもちょっと危惧しました。   それから,表現について,四角囲みに置いた部分では,曖昧だったり解釈によって幅が出てしまうという表現は避けるべきだというふうに思います。明確にすることによってフォローアップすることが可能になるんですけれども,そこが明確でないと何をフォローアップしていいかということも分からなくなって,結局しっかりとチェックすることが不可能になっていってしまう。例えば検察の組織とチェック体制についてなど,特捜部を廃止するまでの必要性はないがとされているが,これもよく分からない。廃止するまでのというのは何。それでも現状を是とはしないと。そもそもこの会議の発端になった特捜部について,これでは余りにも心もとない表現ではないかなと思います。廃止するまでの必要がないから存続しちゃうのか,廃止するまでの必要はないけれども縮小するのか,現状を是とせず強化するのか,存在が必要であるならば,それは特捜部のどんな機能が存続の必要性を感じて私たちはこれを書いたのかということを明らかにしないと,この1点だけで何なんだろうというふうに引いてしまう。せっかくの提言が大変に惜しいことかなというふうに感じております。   あと,個々のことに関してはまた午後ということですので,そのとき話します。 ○後藤委員 座長がこれをまとめられるのには,随分と御苦労されたと思います。それは有り難く思います。実際この議論に加わっている者としてはその御苦労がよく分かります。けれども,もしも,私がこの議論に加わっていなくて,外からこの結論だけを,もしこのとおりの結論が出たとして,それを見たとしたらどう感じるか想像すると,非常によくやってくれたというふうには必ずしも評価しないのではないか,かなり不満を感じるのではないかと思うのです。   それはなぜかというと,結局,差し当たり何がどう変わるのかがはっきりしていない,やや精神論的なものが中心になっているというふうに受け取ると思うのです。   意見が分かれているところを多数決で決めるというのは確かに適切ではないと思います。ですから全員一致のものを目指すという目標は,基本的に正しいと思います。けれども一人でも反対したらできないということになると,みんなが拒否権を持つことになって,結論としても何も言えないことになりかねないので,もう少し工夫できないかという気がします。   具体的には,倫理規範の部分と特に可視化の部分の問題です。そこでもう少し踏み込んだことを言えないものだろうか,それをもう少しはっきり言えれば確かにこれで検察は変わるのだという期待を持たせられるものにならないかという,これが一つです。   それから,私は何度か,検察以外の裁判所とか弁護士会などに対しても一定の提言をしたらどうかということを申し上げてきました。確かにほかの方々は余りそういうことをおっしゃっていないし,それは恐らくこれは検察に対する提言だからというお考えなのだと思います。ただ,私は検察の仕事は検察官だけでできることではなくて,その周りの人たちがそれをどう支えるかも非常に重要だと思います。ですから,私は,検察以外の人々に向けても何らかのことを言った方がよいのではないかと思います。その具体的な中身は,骨子に対する私の意見の中で文章で例を挙げていますので御覧いただければ有り難いです。   ほかの委員の方たちが,いや,それは我々の任務ではないということで消極的であればあきらめますけれども,皆さんがそれぞれどういうふうにお考えなのか確かめていただけたら有り難く存じます。 ○江川委員 私は議論に加わっていた者なので,確かに御苦労は分かるのですけれども,これを読んだときに,率直な感想を申し上げると,落胆しております。やはり,国民の目から見て,本当にこれは変わると,検察は変わるという希望を感じる明確なメッセージが本当は求められているんだと思うんですね。取り分け,今この大災害の中でいろいろなところでいろいろな問題が出ていて,日本は本当に大丈夫なのかと,こういう中で出される提言なんですね。   今日,私のツイッターのタイムラインにこんなコメントが出ていました。「とにかく戦後日本がいまだ経験したことのない社会状況が訪れてきているのだ。これに今までのやり方を多少変えた程度で対応しようとすること自体間違っている。これからは,今までの慣習を思い切ってやめ,全く新しいことを始める勇気が必要だと思う。」この検察の問題に関しても同じだと思います。今回の提言案を見ますと,特捜部は存続,可視化の問題は曖昧,ちょっと先送りっぽいニュアンス,そして検察官の大幅な増員,科学捜査の体制を入れよう,あとは倫理に関しても監察チェックにしても自主的にやってくださいということでは,どうなんでしょうか。結局これだと,ちょっと言葉はきつすぎるというか適切ではないかもしれませんけれども,まるで火事場泥棒みたいじゃないですか。焼け太りみたいな感じじゃないですか。こういうことを見せられた国民が,果たしてこれで,ああ,検察これで変わるというふうに思うでしょうか,希望を持つでしょうかというふうに思いました。   確かに,私の意見も,あるいは言葉も盛り込まれております。でも,意味がくみ取られていないという部分も少なくありません。率直に言って,検察官調書というのはこういうふうにつくられるのかというふうに思うこともあるぐらいであります。それはどういうところかというと,例えば,外の目,外の風を入れようということを私は繰り返し申し上げてきました。それはどういうことかというと,検察というのは窓のない非常に強固なとりでというふうに例えられると思うんですね。その強固なとりでに少し窓を開けましょうよということなんですね。ところが,これの中で見ていると,その窓は全然開かず,検察官がときどきとりでの中から出てきて御意見拝聴しますという感じではないですか。全然外の目が届かない,外の風が中に吹き込まないということだと思うんですね。   特にやはりこれ明確なメッセージということでいうと,可視化の問題,これは午後から詳しく申し上げますけれども,そういった国民が,ああそうか,これをやはりやるんだというふうにならないと,これは私は検察の信頼回復という私たちの一番大事な役割ですよね。その第一歩をつくるということの使命を果たしたことにならないのではないかなというふうに思います。   今日,お配りした中に,私の裁判の傍聴記が入っております。この間の前田検事の初公判,そして第2回公判を傍聴してきました。大災害の報道があふれている中で,ほとんど報じられていませんけれども。私は愕然としたんですね。それは何かというと,結局検察側と被告人,前田検事の利害がぴったり一致しちゃって,つまり,あの事件の捜査・公判には特に問題はないというような前提で裁判が行われております。結局,前田元検事がいろいろ何か非常に分かりにくい説明をしたり弁明をしたりしても,全然検察官は追及しないんですよ。本当にこれははっきり言って茶番だと思いました。これを見てよく分かったのは,この間の最高検の検証も結局身内で身内を調べるというだけにとどまったんですね。アドバイザーの方いらっしゃいましたけれども,それは出来上がったものに対して意見を言うわけで,やはり外の目,外の風が吹き込んだことにはならないということなんですね。   今回の公判活動も,これは本来だったら弁護士が検察官役でやった方が,私はそういう制度が本当はあればよかったのになというふうに思いますけれども。とにかく検察が検察官を起訴して追求するというのは結局こういうことなんだなと。真実が明らかになるわけでもない,村木さんが言っていた何でこんな調書ができちゃったのかということが明らかになるわけでもない。それどころか,その調書がどんどん,数書いておきましたけれども,ものすごい,98点ですか,数えてみたら,それぐらい採用されているんですよね。そんな裁判が行われていて,ああ,これは検察が検察自身を監察したりチェックしたりすることというのがいかに難しいかということを感じました。   ですから,そういう中で,もちろん心ある方いっぱいいらっしゃると思いますよ。だけれども,やはりそれをこれはおかしいよという外の目,外の風というのを本当に入れないと変わることにはならないんじゃないかなというふうに思います。 ○石田委員 いろいろな立場の意見を取りまとめるということの難しさというのをこの提言案を拝見して改めて認識したところです。内容はともかく御苦労なことであるなというのが第一印象であります。   全体的に私の意見は少数意見で,一人も賛成をしていただけないところの項目がたくさんあります。やはり現場の弁護士の弁護実務の感覚とこういう議論では相当な乖離があるという実感を改めてしておりますし,これが改革の提案ということになってくると,恐らく刑事弁護の一線でやっている弁護士の落胆は極めて大きいものではないかと思います。   そこで,この提言の目玉となる検察における捜査・公判の在り方についての項目でありますが,この提言案は3点の意見の両論が併記をされていて,あと制度論については十分な検討の場で議論してくださいという丸投げという感をどうしても否めません。一体,ほかの方々も述べられましたが,何を変えようとしているのかというメッセージが全くこれでは分からないのではないかと思います。検察改革に向けての取調べの外部検証問題を我々は議論をしたはずでありますから,捜査手法の問題が必要であれば,それは別の場で議論されるべき問題であり,切り離して議論すべき問題であるというふうに考えます。したがって,同時に同じ場で新たな刑事手続というような表題のもとに議論される問題として丸投げすべき問題ではないというふうに思います。   検察の取調べを改革するための具体的方向性と,その期限を明確に明示した形での議論の場ということであれば賛成はできますけれども,こういった形での十分な検討を行う場という議論の場を設置することには私としては賛成をいたしかねます。   捜査の進展に比較して取調べの改革が大幅に遅れているという認識というのは既に述べたのでここでは繰り返しませんけれども,これが一般的な認識なのではないでしょうか。したがって,特にこの両論併記の部分に対しては反対であります。詳しいことはまた後から述べたいと思います。   それから,先ほども誰かおっしゃいましたが,提言案の中で意見の一致をみなかったという表現のところがたくさんあります。この意見の一致をみなかったという部分について,提言案に盛り込むことが果たして必要なのかどうか。意見の一致をみていないところは議事録を見れば分かるわけで,それがもう公表されているわけですから,そこを書き込むと本当にこれを読んだ人が分からなくなってしまうと思います。この点はちょっと迷っているんですけれども,もう少し考えてみたいと思います。   それから,構成の仕方でありますが,検察の独自捜査に対する提言をしているのか,あるいは全体的な検察の捜査あるいは公判の在り方あるいは組織問題として提言をしているかというところが不明確な部分があるのではないかと思います。本件の問題というのは検察の独自捜査に限った問題ではありませんので,どの部分に対する提言なのかということをもう少し分けて,我々が読めばある程度は分かりますが,もう少し一般に提示するのであれば分けるべきではないかと思います。   総論的な部分は以上のとおりでありまして,また具体的なことは後ほど述べたいと思います。 ○井上委員 私は,最初の方で何人かの委員がおっしゃったように,座長が取りまとめられた提言案は,大筋において,この会議におけるこれまでの議論を適切に反映し,具体策や詳細な点については意見が分かれたところを含めて,ぎりぎり大方の意見が一致する限りにおいて的確にまとめて表現されていると思います。内容においてもの足りないという御意見がありましたけれども,検察の改革と,それを通じた検察に対する国民の信頼回復のために有意義な内容になっていると考えています。   委員の皆さんも十分認識されておられるように,これまでの会合においては少なからぬ論点について委員の間で大きな意見の対立がありましたが,どこまでいってもその間の溝は埋められないようにも見えたところでも,大づかみでみれば一致し,あるいは同じ方向の考え方になっているという点をよく把握されてまとめられているのではないかと思います。ぎりぎり折り合えるところではないのかというふうに拝読して思いました。これをまとめられたことについては感謝をしたいと思います。   囲みの部分以外の記述の細かな部分については,幾つかの点で,私がこれまで述べてきた意見からすればもの足りない点もないわけではありません。また,既に何人かの方が机の上にペーパーを出しておられる点や,あるいは,例えば他の機関にも意見を言うべきではないかとの後藤委員の御意見,切り離して議論するべきであるという石田委員の御意見などに関しましては,後で議論になれば,私としても意見を申し上げる用意はあります。   ただ,これだけ多様で個性的な論客ばかりの顔ぶれの会議体で全体としてまとまりのある意見集約をするには,これは嶌委員がおっしゃったことに同感ですが,それぞれが小異というと叱られるかもしれませんが,意見の違うところは違うとして,やはり大きなところで一致する,大同につくという姿勢でぎりぎり折り合えるところで合意するということでなければならないのではないかと思っています。   この囲み以外の部分にいろいろ書くな,意見が分かれたところを書くなという御意見もありましたけれども,そうしてしまいますと,石田委員の名前を出して申し訳ないのですが,御自分で誰も賛成されなかったとおっしゃった,そういうところも,論点としてもは出てこなくなるのですよ。もちろん議事録を詳しく読めば書かれていることなので,それに譲ればいいのかもしれません。しかし,今後この提言案で設置すべきだとされている会議体にしろ,あるいはそれ以外のところにしても,この検討会議における議論で示された意見を参考にして議論していただくことが有用だと思いますので,いろいろな意見が出たことを要約して書いておくことは意味があるのではないかと考えます。 ○佐藤委員 この検討会議も12回の会合を重ねたわけですけれども,課題が多岐にわたっている上に,それぞれの課題は切り離し難く関連している,そういうものを議論してきたと思います。したがって,何か一つをその中から切り出して提言するということはそもそも非常に難しい,そういうテーマであったんだろうと思います。また,先ほど来お話が出ているように,意見が大きく分かれているものが少なくなかった。私は一時期これはもう提言することができないなと思いましたよ。これほど意見が分かれていて,もし意見が対立したままでいくということであれば,それはそれで一つのこの会議の姿としてあってもいいのではないかとすら考えたこともございました。このような中で,何とか今日出されましたように提言案がまとめられ得たということにつきましては,僭越ではございますけれども,座長の労を多といたしたいと思います。これにはまた,意見は食い違っていても,各委員が冷静に議論をすることに努められたという成果でもあったのではないかと思う次第であります。   翻って考えますと,今回扱ったテーマというのは,他の行政機関に関するものと違って,刑事司法に関することであり,これは法秩序の維持ということと人権の保障ということが直結するテーマでありますだけに,軽々に変えればいいというものでは本来ないのだと思います。したがって,12回の議論は重ねたとはいえ,わずか4か月の,しかも必ずしも専門家集団によって議論するということで作られた会議でもないという中で,そういう軽々に変えるべきでない問題について一体何を提言できるのか,またすべきなのかという観点に立ちましたときに,私はこの案にありますように,結局,今回の検察をめぐる問題,特に特捜部をめぐる問題について,国民に対して問題の所在は何であったのかということを明確にし,そしてこれを解決するためには何が検討されなければならないのかという論点を明確にしたという意味においては,大変大きな意味があったと思います。また,先ほど申し上げたような経緯に鑑みますと,これができたということは非常に大きいのではないかと思います。したがって,この案をたたき台として何とか提言としてまとめることができるならば,私はこれは大変なことではないかなと思います。   しかし,いずれにしましても,結局は法務検察がこの提言を受けてどこまで自分の身を切ってでも今回の事件に端を発した検察問題をめぐる議論の出口として実行するのかということにかかってくるわけで,最終的には法務検察の覚悟とやる気いかんだということだと思います。   ただ,それにはもっと方向性を明確に示すべきものがあるということであれば,先ほど来お話が出ていますけれども,別途の会議で更に議論を深めていくということも必要かもしれません。   なお,1点だけ感想を申し述べれば,私はこの検討会議で一つ大きく欠けていたなと思うことがございます。それはヒアリングなんですけれども,大変参考になるヒアリングが続けられたと思いますけれども,結局現在の刑事司法制度のもとで99.9%有罪が生じている,そのこと自体が問題だという議論は別論でございますけれども,しかしその背景には多くの捜査において適正な取調べによってその有罪が立証されているということがあるわけで,にも関わらず,そういう捜査によって有罪となった人たちについて検事の調べがどうであったのかというヒアリングは一切なされなかった。大変不幸なことで気の毒な結果となった人たちのその話は大変貴重でありましたし,傾聴しなければならないものでありましたけれども,制度をどうするかということを論ずるときに,その一方が欠けていたということは,私は非常に残念なヒアリングであったと思います。提言案はそのことが大いに反映されているなと思いますので,案を確定するときにはそれを踏まえて策定していくべきではないかと思います。 ○高橋委員 まず,これだけ隔たりのある,隔たりのない部分もございましたが,隔たりのある部分が明確になって,原田委員の言葉を借りますとガチンコでやってきた中で,議論をまとめてどこまでは大体一致をみて,どこが一致をみなかったかということで出すしかないわけでありますございますけれども,そういう意味では大変座長が御苦労されて,そのまとめを作っていただいたなと感じております。議論の整理をするという意味では非常に私はうまくまとめていただいたなと思うんですが,実はそれプラス幾つかの視点が最終的に今後作り込んでいく上で重要だと思います。一つが,特に吉永委員が言われた,これを一般国民として一人一人が読んだときにどう見えるのかという意味からいくと,確かに一つ,中身の問題とは別にまとめ方としての表現としてメッセージ性が弱いとか分かりにくいとかという部分は全くおっしゃるとおりなので,それはうまく表現をもっとまとめて作り上げていくことは,分かりやすくするということは必要だろうなと思います。その御意見は,結局一般国民から見て検察がこれで本当に変わるのかどうなのかはっきり分かるんだろうかという視点での御意見は何人かの方からありましたので,私はもう一つの別の視点から申し上げたい。私は,もっと大事なことは実効性の視点だろうと思います。本当にこれで検察の組織は変わるのかということですね。変わるように見えるのかではなく,本当に変わるのかということがもっと重要なのではないかと思います。   実はこの中で書かれているかなりの部分が,極論すると内部のプラクティスの問題と但木委員おっしゃいましたが,正にそのとおりでありまして,極端なことを言えば,検察が,やったように見せるだけ見せてやるのをやめたと思えば,そのようにできてしまうものが圧倒的に多いんですよ。ですから,それを全部細かく書いてやらない限り,もう手足を縛ってやらせるということができないような内容のものが圧倒的に多いわけですよね。だから,実効性を上げるためには検察の組織の方々自身がこうやって変わろうよと,つまり検察の方々自身がこう変わるというイメージを持って,そこに向かって変革するという行動につながるのかということが実は最も大事だと私は感じております。   今まで多くの組織の改革,組織変革のようなものに携わったり,あるいは見てきたりする立場からしますと,大体どんな組織でもそうですけれども,全員が賛成するような改革案は何の改革にもなっていない改革案なんですね。かといって1人2人しか賛成しないような改革案は絶対実現できなんですね。これは独裁者じゃない限り無理ですから。そうすると,必ずその中には改革をするんだと,これだよといってやろうとする旗を振る人たちと,それに抵抗する一般的にいう守旧派というのが必ず組織の中に存在するわけなんですね。私はこれは検察の場合もきっと同じなんだろうと思います。   ですから,この提言案が,改革派という言い方をすると変ですけれども,改革を進めようという前向きな人たちにとってのイメージとなり得るもので,かつその方々が改革・変革をしようとするときの根拠になる,ほら,こう言ってるじゃないかといって説得し,新しい検察の組織ができるというような実効性ですね,これをつけるということが非常に重要なことではないのかなというふうに思います。   そういう意味からは,中身を具体的に言いますと,もちろん幾つか具体的な部分ではありますけれども,そういう意味からこれを表現とか含めてブラッシュアップしていくということを前提に考えれば,この方向で是非,今回アンケートでも例えば出てきているものでも,コメント欄を見ても,やはり幹部のリーダーシップも変えなければいけないというような意見は中からもたくさん出てきているわけですね。それから,例の前回のときも申し上げましたけれども,セクハラ・パワハラの問題も,それを感じるというのは若手の方にも結構いるし,なおかつ,それを直訴すると不利に扱われると思っている人が少なからず結構多いというようなこと。この辺りを見ても,やはり相当の変革へのエネルギーも一部の人たちにたまっているなという気もしますので,そこに火をつけられるような形に是非最後まとめていただきたいなと思います。 ○龍岡委員 私は,この提言案については,全体的に会議の議論を反映していて,よくまとめられているのではないかと思います。私の意見につきましても,この会議で述べてきたこと,あるいは骨子案についての意見の中に書いたところなども含めまして適宜取り入れられておりまして,内容的には特に異論がないというふうに申し上げたいと思います。   結局,検察がこの会議で取りまとめました事項,提案,あるいはここでいろいろ議論されたことが今後どのように正面から受け止められて,それが実行に移されていくかということが非常に大事だと思います。検察官一人一人が真摯に受け止めてくれるかどうか,それが検察が変わっていくかどうかの一つのポイントだろうと思います。   今,委員の中でいろいろ御意見があった中で,外部に対するアピールという面では分かりにくいのではないかという点について,確かにこれを私も読ませていただきまして,非常によく分かるところと,部分的に見ますと非常に分かりにくいところ,専門家が見ても少し分かりにくいなというところがあります。この検討会議の第一の目的は,やはり検察に対するメッセージなのではないか。その点から考えますと,この提言案は非常によくまとめられていると思います。そこで,あとは外に対してもアピールしていかなければならない,検察がどのように変わっていくべきか,それをどういうふうに期待しているかということを,この検討会議として一般に対してもアピールしていかなければならない。とすると,いろいろな方から,高橋委員が申されましたし,吉永委員などからも御意見ありましたけれども,表現,構成の方法について工夫する必要はあるのかなということは感じます。   例えば,両論併記,三論併記的なところがありますけれども,これは確かに分かりにくくなるかもしれない。意見が一致したところはその旨明確にした上で,いろいろな意見があるところについては,注書にして注の中で分けて書くというような工夫もあり得るだろうと思います。それから,先ほどどなたかが言われましたように,資料を添付するということもあろうと思います。私は,検察の方々に対しては,検討会議の議事録をよく読んでいただきたい,この検討会議でどんな議論がされたということをよく読んで,それぞれが考えていただけたらと思います。議事録を全部読むのは大変でしょうから,最もポイントとなるところはこの提言の中にまとめていき,必要なところについては,例えば,検討会議の何回目でどういう議論があったというようなことを注記するというような方法もあり得るのではないかと思います。一方,一般の国民の方々に訴える面については,もう少し簡潔な分かりやすいものにする,二つの方法も考えられるのではないだろうかと思います。   そのほか,いろいろ個々的にはまだ申し上げたいことがありますけれども,これについては,後でまた述べさせていただきます。私は,しばしば申し上げましたように,この検討会議で議論されたことを検察がどういうふうに受け止められるかが大事であり,結局意識改革の問題ではないかと思います。その点をどこかまとめの中で,改めて強調していただければと思います。 ○宮崎委員 提言案を一読した感覚で言いますと,今日のこの部屋のように寂しい,寒いというのが率直な感覚でありますね。先ほどからメッセージ性がないという意見が出ていますけれども,中身がないからメッセージ性がないという具合に私は思っています。   今回一番肝心な課題は,要するに取調べの在り方の改革であったはずです。要するに供述に対する誘導・強制が行われている,これを何とかしなければならない,こういうことが最大の課題であったわけであります。これについては運用について若干触れていますが,これについてはまた後で述べますけれども。制度についての提言については,可視化について意見がまとまらなかった。要するに可視化を直ちに実施すべきである,もちろん直ちにといいましてもこれで全事件やるというわけではなくて,段階的な実施に現実的にはなるわけでありますけれども,これについての意見がまとまらなかったということで,またそれに対する意見が書いてあるわけです。ところが,その取りまとめとして何が書いてあるかというと,新たな議論の場を設けると。そこの議論の場では捜査・公判の在り方,捜査証拠収集の在り方,全てのものがごった煮のようになって入っているわけですね,議論すべき内容として。ということは,これは可視化に反対する,要するに新たな捜査手法と同時でなきゃならないとか,慎重に議論するという意見と同じなわけですね。結局,言い換えてみれば,可視化に賛成するか反対するか,可視化の直ちの実施に賛成するか反対するか,こういう意見が大きく分かれて,取りまとめとして結局先送りする方向でこの議論がまとまったということの結論付けているわけであります。私はそういう取りまとめには反対ですし,そういう合意はないと考えています。やはりこういう何年かかるか分からないごった煮のような新たな議論の場に可視化を委ねていれば,何十年かかるか分からない,このように考えています。   我々は,捜査構造を抜本的に改革するということもこの新たな場になっていますが,従来,代替的捜査手法と可視化というこの議論だけでも我々は6年間ぐらい何の議論もなく引き延ばされてきたわけであります。まして,これからこういう抜本的な改革までやる,こういう大きな場で可視化をやりましても,今までの議論の経過から見ますと,恐らくなかなかまとまらないということになろうと思います。そうしますと,大方のさほどの異論のない可視化,例えば知的障害のある方だとかあるいは少年事件の,特に年少の少年事件の可視化をどうするとか,こういうことも全て先送りされてしまう議論の場に移るというわけであります。しかも,こういう我々は今までの議論の場でありますけれども,法曹三者が可視化と新たな捜査手法について協議しておりますからという形で,何となく国会の質問においても隠れみの的に使われてきた,ここで協議してますから今しばらくお待ちください,こういうことでずっと行われてきたわけであります。私は今回の取りまとめはこの隠れみのをまた与えるだけだと,このように考えておりますから,到底賛成することはできません。   私はこの取りまとめ,皆さんの全員一致の意見の中で取りまとめをしたい,こういう気持ちは私も持っていますけれども,新たな巨大な隠れみのを与えるだけのそういう提言については到底賛成できない,これが私の意見であります。 ○諸石委員 この座長の取りまとめていただいた提言案について,これを基本的に評価する,これに賛成であるという御意見と,そうではないという御意見がいろいろあったと思います。私は基本的にこの取りまとめに賛成でございます。いろいろな問題をよくまとめていただいた。これに不満があるとすれば,委員の間で基本的に意見が違う,そういうものを何とか一つの合意にまとめていこうとすると,誰もが100%満足ではない,そういう不満を残す。そういう中でこれを全員一致でのものにしていこうということは,何とかそういう結論をいろいろな意見があったけれども,一つのまとまった結論を出すという努力をして,それができたということに意味があるわけでございます。   全員一致ということを逆手にとりますと,例えば,私が1人でこれについては反対であると最後まで言い続けたら,14人が賛成であっても全員一致にはならないわけでございます。逆に言うと,多数が少数に屈服するということでない限り全員一致はないと,そういうことになるか,あるいはもう結論は出なかったということで御破算にするかしかなかろうと思います。そうならないためには,何とかそういういろいろな考え方があり,いろいろな意見があったけれども,その共通点として一つの意見を取りまとめようということで努力をし,みんながそれなりに譲り合って,問題はあっても何とかまとめようと,こういうことになったときに初めてそれができるのだろうと思います。   ですから,もし全員一致というのが少数の方が反対したら,多数がしぶしぶそれに応ずるという形でのそういう全員一致ではない。それぞれが何とかして一つの結論をまとめようじゃないかという気持ちになって努力したときに初めてできる。それができなければ結論が出せなかったという結論というか,そういうものも一つの意味があるかもしれないと佐藤委員おっしゃいました。そういうこともあるかもしれないと思います。   今回の問題は,大阪地検の問題に端を発したわけですが,それを単に一検事,一地方検察庁の問題ではなくて,日本の検察全体の問題,さらに刑事司法全体の問題の中で何が根本的な問題かということを考えて,それを直していく,よりよい刑事司法にもっていこうということだと思います。   やはり,そのためには,21世紀にふさわしいとか,あるいは諸外国の例を,グローバルスタンダードから見てもその方向に合っている,そういうような日本の刑事司法にしていきたいというのが考え方であって,大阪地検の話がそろそろ人のうわさも何やらで忘れられたら忘れられる,これも下火になる,そんなものであってはならないということがこの基本だと思います。   日本の刑事司法というのは取調べ中心主義だとか調書中心主義だとか,あるいは犯情による量刑の差が大きいとか幾つかの特徴があります。また,その中で99.9%という有罪率,これに対する評価もいろいろあろうかと思います。その中でもしこの調書中心主義を改めて,そのために可視化というのが一つの有力な材料であるということは恐らく皆さんの共通の認識である。ただそれをやるためにそれだけでできるのか,あるいは日本の主観主義刑法というもの,あるいは精密司法というものに対してメスを入れるものとの関係をどうするかということが議論の分かれ目なのだろうと思います。   検察改革をやるわけですが,どんな改革であっても一つの改革だけでできるものではないので,多くの改革の積み重ねであります。あらゆる改革というのはメリットとデメリットと両方があるので,下手な進め方をしてデメリットが表面化してしまうとそれだけで国民の信頼を失って大きな目的自体が達成されなくなる。この可視化というのが大事な問題であるけれども,それだけが全てではないということも忘れてはならないと思います。   また,可視化というものには法改正を必要とするものと運用でできるものとある。それについて,法改正につながる基本的な問題というのは次の別の機会の検討に譲って,検察がその気になったらできるもの,運用でできるもの,これは試行という言葉と合うのだと思いますが,そのできる範囲でまずやっていく。そこで問題点を見つけ,改善し,広げていく。全体の法改正についてもいろいろな切り口があると思いますが,その指導精神を可視化の充実ということにもって,それをやるためにはどうしたらいいかということで法改正をやっていく。こういう考え方というのは私は非常に合理的であり,現実的であると思っております。   多分違う御意見がいろいろとあろうと思いますけれども,その辺について何とか一つにまとめて結論を出そうという気持ちに皆さんがなっていただけると私は信じておりますけれども,もしそうならなかった場合にどうするのかなというのがちょっと心配で,結局多数決で決めるのか,結論を出さないで散会するのか,そういったことも考えて,そういうことにならないためには何とかして全員一致にもっていくという努力を全員がこれからやっていく必要があると思います。 ○千葉座長 皆さんからそれぞれ概括的な御意見をいただきました。私の試案といいましょうか,それについて大変貴重ないろいろな御意見をいただいたところだと思います。   今,それぞれから概括的な御意見をいただきましたが,何か更に付言する,あるいはそれぞれの御意見に対するまた御意見などございましたら,この際,お聞かせいただければと思いますが,よろしゅうございますか。   それでは,冒頭申し上げましたように,この検討会議を法務大臣の指示の下で作っていただきまして,そして,ここで検察の信頼の回復と検察の再生を図るための改善策を取りまとめ,そして,法務大臣の施策に反映できるようにしてほしいという御趣旨でこの会議を開かせていただいたところだということでございますので,できるだけ全員の皆さんの御意見を集約できる部分を集約をして,大臣に提言をさせていただき,大臣の下でそれを生かして施策をしっかり実施いただくということが役割ではないかと思っております。   ただ,御指摘をいただきましたように,国民の皆さんもやはり読んでいただいたりするわけですので,文章等を分かりやすくする,あるいはもう少しメッセージ的に何を言っているんだということが分かるように工夫をすべきであるとの御意見は至極もっともなことであろうと思います。そこで,そういう点については,私なりにもう少し整理をしたいと思っております。   ただ,このままでは取りまとめには賛成できかねるという御意見があったこともお聞かせをいただきましたので,午後,個別の問題につきまして,また少し御意見をいただいて,全体としてこの取りまとめの方向をどうするかということをまた諮らせていただきたいと思います。 ○嶌委員 僕も十数回この議論に出て,最初の2,3回というのは,皆さん全然意見が違うなと,しかもほとんどお互いに議論するということもなくて,書面で出すだけだったものですから,本音のところがよく分からなかったわけです。それが何回か議論をしてきて,ある程度まとまってきたのかなという感じを受けました。ところが,今日聞いてみると,必ずしも本音がまだ全部出てなかったのかということに思い至ったわけです。   僕は,法曹界における検察と弁護士界の長い議論だとか慣習だとか,そういったようなことについてはほとんど素人なわけです。したがって,吉永委員も言ってましたけれども,僕の立場というのは国民というか友人や知人がこの問題についてどう考えているかということを広く聞いたり,国際社会から見たらどうなるか,その中でどういうメッセージを出せば国民や国際社会にも納得させられるかなというような視点から物を申してきたつもりだし,そういう視点でまとめれば受け止められるのかなというつもりできたわけです。   今日のこれまでの議論を聞いてきて,幾つか,午後の議論の素材にもしていただきたいと思うのですけれども,やはり多く,三つぐらいあると思うんですけれども,一つはやはり可視化の問題も含めて今までの検察というのは具体的な事実に基づく証拠というものではなくて,もちろんそういうこともしているんでしょうけれども,基本的には何かある種のシナリオを作って,そこに当てはめていく。そういう手法がかなり広く行われていたんだなと。そういうことは,国民はほとんど分からなかったわけです。しかし,ここ1,2年でえん罪の話が幾つか出てきて,そしてそういうものに共通するものというのは,ある種のシナリオを作って,しかもそれによって取調べも過酷であったために,本人は仕方なく途中で認めてしまうが,しかし,後で供述をひっくり返すというようなことがある。そういったときに,国民はどっちが正しいのかなということが分からないまま今日まで来てしまったというのが僕は一般の実感なのではないかなと思うのです。それについて,やはりここでもう一遍そういうようなことがないようなちゃんとした取調べをしたらいいんじゃないかという機運が盛り上がっている,そういう中の大きな手段として可視化の問題が僕は取り上げられているのかなというのが一つですね。この問題について,全ての議論が一致するところまではいかないけれども,一体どこまで我々はそこに迫ったのかという点をある程度出しておくことが必要だし,もしできない部分については,今後の議論としていついつまでにやるというようなことにしておけば,僕は相当議論は前進したということになるんじゃないのかなという感じがするわけです。   それからもう一つは,最高検の検証にもありましたけれども,今回の事件はなぜ起こったのかといったときに,最高検の検証をそのまま見ると,やはり大阪地検という一部の組織の特殊性みたいなところに事件の問題の本質があったというふうに読み取れるような部分が多かったわけです。それに対して,一般の人は,そうなのかなと,これは日本の刑法そのものも明治時代の法律がずっとそのまま使われているような部分がたくさんあるというようなこともあって,やはり古い体質とかそういうようなものが相当根付いていたんじゃないのかなと。そういう意味で言えば,これは一部の大阪地検の古い組織あるいは古い体質ということだけではなくて,もうちょっと全般に広げて検察全体の体質や中身というものも考え直したらどうなのかなということもやはり大きなテーマだったと思うのです。そして,その議論についても,相当ここで議論が出されてきて,ある種の結論というかある種の課題・対策も出てきたのではないのかなと思います。   それともう一つは,今の一部の組織というだけではなくて,日本の検察の使命というかそういうものが一体どういう使命で行われてきたのかということに対しても,何となく我々はアプリオリに検察の正義という言葉でずっと見てきたけれども,果たして検察の正義と言われるようなものというのは,時代によってやはり変わるのではないかと,そして時代によって次々と変わっている事態というのは,企業社会においても,前にも言いましたけれども,相撲界においても歌舞伎界においても,あるいは恐らく今回の地震によって共同体の在り方だとか我々のライフスタイルだとか,そういったものも全部変わっていくきっかけになるのではないのかなと思うのです。僕はやはり検察の新しい時代の使命というのは何なのかということも問われていたのではないのかなと思います。私は,それらを以前に書面で出した「検察憲章」の私案で記しましたので,是非よく読んでいただきたいと思います。   まだもうちょっと幾つかあるかもしれませんけれども,こういうような大きな疑問にきちんと答えるというところでは,そんなに大きな違いはないのかなと思います。もちろん残された問題もあって,その問題を別の機関に投げると,実はもう既に6年も議論をしてきたなんていうことは僕は知りませんでしたけれども,そういう体質の中にまた持ち込んでしまっては困るというのは非常によく分かります。そういう意味で言うと,一体何と何を次の議題にし,そしていつ解決してもらうのかというようなこともこちらから注文をつけておくということが大事なのかなと思うのです。   そして最後に,やはりメッセージということは僕も言いましたけれども,やはり四つの課題に対して,吉永委員が言ったようにちょっと小枝が多すぎて焦点が少しぼけるところを何となく感じるわけです。この辺はもう少しコンパクトにまとめて,読んだ人がさっと分かるようなそういう書きぶりに少し変えた方がいいのではないのかなと思いました。   以上が今日の皆さんの意見を聞いていたことと,それから十数回の意見を聞いていた僕の感想です。そういうようなことが午後の何か最終的な取りまとめのきっかけになればと思って感想を述べました。 ○後藤委員 補足ですけれども,今回のきっかけになった事件で一番大変な思いをされたのは村木さんですね。だから,村木さんが私たちの提言を御覧になって,完全に満足されないにしても,御自分の経験が検察の改革のために生かされたというふうに納得してもらえるようなものになることを私たちは目指すべきだと思います。そういう観点からすると,例えばこれは後の問題ですけれども,可視化の問題などについてももう少し踏み込んだことを言う必要があるのではないかというのが私の意見です。 ○江川委員 ほんの一言。先ほどメッセージ性という言葉がありましたけれども,私がそれを言ったのは,言葉を書き換えるとか分かりやすく表現するとか,あるいは構成をどうするかという問題ではなくて,こういう例えば可視化などの問題に関していうと,これをやるんだという決意だとか決断とかそういうものがちゃんとなければ,先ほど宮崎委員が中身がないからメッセージ性がないんだというふうにおっしゃいましたけれども,それをやるんだという決意のほどが全然感じられないと。その決意があるのかどうかというところをやはりきちっと出すというところがメッセージ性なんだというふうに思います。 ○千葉座長 それでは,皆さんから大変大事な御意見を概括的にいただきましてありがとうございます。これも踏まえつつ午後の議論をさせていただいた上,また皆さんからいろいろな御意見いただければというふうに思います。   では,ここで一旦休憩にさせていただきたいと思います。午後1時に再開させていただくということにしたいと思いますので,よろしくお願いいたします。 (休憩) (郷原委員入室) ○千葉座長 それでは,議事を再開させていただきます。まずは,午前中の議論に出席できなかった郷原委員から,私が一応作成させていただきました提言案素案につきまして,概括的な部分で何か御意見をいただければと思います。 ○郷原委員 遅れまして申し訳ありませんでした。私,この間意見書も出させていただきましたけれども,非常勤なんですけれども,総務省の関係で震災の関係の情報の収集と提供とかコーディネートの関係でずっとバタバタしていまして,どうしても昨日から今日にかけては大阪で所用がありまして遅れてしまいました。   まず,この前も意見書に書かせていただいた今回の提言書の取りまとめの時期について,私の意見を改めて述べさせていただきます。   本当に想像できないような大変な震災で世の中が大混乱し,全く何がどうなるか分からないという状況なわけですが,果たしてこういう状況において,少なくとも震災前においては社会的にも極めて重大な問題であったこの検察の在り方の問題の提言を取りまとめて公表するということが適切なのかどうか,私は極めて疑問です。もちろん議論自体は,会議自体は粛々とやって議論をまとめていくということが必要なわけですが,この検察をめぐる議論というのは日本社会全体の問題でもあります。この提言を世の中に対して示して,そして社会に受け止めてもらわないといけない。今の時期が果たしてそういうことができる状況なんだろうか。そういう意味で,私は,少なくとも公表の時期はしばらく遅らせるという措置をとる必要があるんじゃないかということで先日の意見書を書かせていただきました。その点についてはまた御議論いただければと思います。   それから,昨日送られてきたこの提言案についての全体的な印象なんですけれども,この提言というのは在り方検討会議として取りまとめた提言でなければならないと思います。しかし,全体として内容面においても表現においても,極めて,私が23年間慣れ親しんだ法務検察的な表現であり,それをここでの議論とすり合わせたというような感じが非常にします。落ち着いてこれを読んでみると,そういう作成経過であるということは明白だと思います。そういう意味で,本当にこの検察の在り方検討会議が独自に,自主的に作成した提言と言えるのだろうかという点がまず第一に疑問です。   それから,全体として意見が対立している部分については,対立しているというふうにそのまま書いて,そして少なくとも意見の一致をみたというところについてはその旨書いてあるという,会議の議論の中身に忠実にということだと思うんですが,まだ意見をもう少し議論をすれば一致をみることもできるのではないかと思える部分が相当あるんじゃないかと思います。今日,そして場合によっては来週月曜日という会議の中で更に議論されるのかもしれませんけれども。この内容では,言ってみれば,全体として見ると検察が今考えている改革案を後押しした,そして,今後,この中で設けるべきだとされている別の制度面についての検討の場に基本的にお任せするというような内容にすぎないのではないか。そういう面で,まず全体としてこの検察の在り方検討会議が目指すもののレベルにはまだなっていないのではないかというのが私の印象です。   個別の問題については,また後ほど意見を述べさせていただきます。 ○千葉座長 ありがとうございました。それはまたこれからの議論も踏まえながらまた議論させていただければと思います。   それでは,少し個別の論点について御意見がございましたらお伺いをしたいと思います。まずは,四つの柱のうち,「検察の使命・役割」について御議論いただきたいと思います。この議論に当たりましては,提言の取りまとめの大詰めの段階にきていることを踏まえまして,私の方で作成させていただいた提言案に基づいて,可能な限り具体的な議論をしていただければ有り難く思います。   また,議論していただくに当たりましては,可能でありますなら,異なる御意見についてもできる限りの御理解をいただきまして,一定の接点などを視野に入れつつ御意見をいただければ幸いと思っております。   それでは,「検察の使命・役割」という部分につきまして御意見がおありの方はお出しいただきますようお願いいたします。 ○江川委員 2点。1点は表記の問題なんですけれども,2ページ目の真ん中辺の「しかし」のパラグラフの中に個人名が3人,前田,大坪,佐賀の3名の名前が書いてありますけれども,これ呼び捨てにするのはどうかという感じはします。一応無罪推定もあるわけですし,特に無罪を主張している人もいることもあるので,前田恒彦・元大阪地検特捜部検事とすればいいんじゃないかなというふうに思います。   それから,4ページの「時代の変化」のところなんですけれども,箱の下の文章の7行目,「人権意識が高まり」の後なんですけれども,ここに「手続の透明性と情報公開が求められ」というのを入れるべきではないか。21世紀にどういうふうな状況なのかというと,正にここのところがないと今の改革を求める国民の声というか雰囲気というのが出ないのではないかなと思いました。 ○石田委員 この内容自体は特に異論はありません。しかし,いきなりこの項目から入っていますが,いわゆる総論的なはしがきみたいなものは考えられないのかということです。このような議論をしなければならなくなるに至った経緯,例えば,この検討会議の意義とか役割あるいは設立に至った経緯と諮問内容など明確に目的意識をはっきりさせた上で,やはりここにも書かれていますが,今,検察が抱えている問題はどういうものなのかということを,抽象的にではなくて,もっと具体的に抽出した上で,それをはしがきの方にもっていって,この問題をどういうふうに解決するのがいいのかということを議論したということを明確にすることが必要ではないかと思います。   ですから,ここの中に書いてあるもののそういった部分を抽出した上で,むしろはしがきの方にもっていった方が分かりやすいのではないかと思います。 ○嶌委員 僕はこの第1回目からずっと言っていますけれども,今,この時代にこの検察の使命と基本精神というんですかね,これは非常に重要だと思っておりました。今,石田委員が言ったようなはしがき的なことも僕が最初3月15日に出した文章の中に入れているつもりです。なぜこういうことをやってきたかということを10行か15行で書き,そして,最初に一番そういうことが大事だということで,僕は検察憲章という言葉を使って8項目にわたって書いたわけです。今,江川委員がおっしゃった公開性とか透明性とか,そういったようなこともその中に入っているわけです。8項目はいらないにしても,何かこういうものを5,6項目きちっとまとめて書くことによって,検察の在り方検討会議の全体的な精神なり方向というのがきちっと見えてくるのではないかなと思うのです。だから,ここは少し重視していただきたいと思います。   それから,四角の中に書いてある中で,検察官は公益の代表者として処罰の実現に偏してはならないことを明記するべきであるとありますけれども,これはこれでいいんですが,同時に,検察というのは公正な捜査とか公正な裁判の実現を目指すという言葉もあった方がいいのではないのかなという感じがします。いただいたいろいろな資料を見ると,検察官というのは,ただ罪を追い求めるだけではなく,全ての証拠を出して公正な裁判を目指すというところに検察官としての高い倫理観とかそういうものがあるのではないかなと思います。全体として何かそういう罪を求めることに偏してはならないとかそういう言葉はあるんだけれども,もうちょっと大きく公正な捜査とか公正な裁判を目指しているというのも検察官の役割だということを述べた方が全体の心情とか基本精神にはマッチしているという感じがいたします。   それからもう1点,後ろの方に倫理というところで八つぐらい項目が書いてありますが,この倫理の問題と,僕が言った憲章という問題が結構だぶるところがあります。僕は六つか七つの言葉にしたわけですけれども,それをうまく取りまとめて一つにした方が僕はいいのかなと思います。倫理と書いてあるところは倫理・教育・研修とかそういう形でまとめた方が,憲章とか倫理というようなものが二つに分かれちゃうと,何となくそこがばらついて見えるのかなという感じを受けました。 ○郷原委員 後の方の23ページの可視化のところにも関連するんですけれども,そもそも今回の議論をする前提として,検察にはどういう問題があるのか,特捜検察の問題は何なのかということについて,1ページの下から2番目のパラグラフの最後のところは,大阪地検特捜部においてこういう問題が発生した。それが組織内で重要な役割を任されていた検事らが不祥事の当事者となっているから偶発的に一過性のものではないと,こういう書き方になっているんですが,確かに大阪地検の問題が今回の議論の発端になっていたことは間違いないと思うんですが,決してここでの議論はそれだけではなかったはずです。大阪地検の問題も小堀さんをヒアリングで呼んで確認したようなほかの事件もあったわけですし,名古屋地検特捜部の問題もあった。それに,これは私が途中でまとめさせていただいてペーパーも出しましたけれども,少なくとも東京地検特捜部に関しても過去にいろいろな問題が指摘されてきて,それは決して大阪地検の今回の特捜部の問題と共通の問題がないとは決して言えない。そういう前提でこの検察の在り方を議論し,可視化の問題を議論してきたという前提だったと思います。ですから,やはりここにはそういう書き方をすべきではないか。あたかも大阪地検の問題だけが今回の反省材料,この議論の前提だという書き方は適切ではないと思います。それは23ページのところも同じです。可視化の前提の議論も同じだと思います。   それから,4ページのところに,検察が21世紀の価値観をというところで書いてある部分ですが,これについては私もいろいろ意見を言わせていただきました。この最後のところ,「なお」というところの3行目に,「現代社会において検察が果たすべき役割を見直す必要があるとの問題提起もなされた。」と書いてあります。要するに刑事罰の機能とほかの行政罰とか民事とかそういうものの関係を見直すべきだという議論,もしそういう議論をするとすると確かにこれはなかなかこの場だけでできる話ではないということは分かるんですが,私がここで意見として言わせていただいたのは,少なくとも刑罰の適用について様々な分野,一つの法律の適用について,刑事罰を適用するのはどのような悪質重大な事案なのか,それについての基本的な考え方をしっかり示す,そのための様々な情報を得て,法律については実質的な理解,様々な知見というものが重要なのではないかということを申し上げたわけで,それは,別に特に異論があったとは思いませんし,ある意味では当たり前のことなのではないかと思うんですね。罰則の適用についての専門家である検察官が個別の問題についてこれはいいこれは悪いと言っているだけじゃなくて,その分野全体にきちんと適合するような考え方を持っていないといけない,そこのところは少なくとも異論がなかったと思いますので,ここに書いていただけないかと思います。   その先に刑事罰というものを全体としてどう位置付けるかという話はこれはもっともっと大きな話だと思うんですが,その問題とはちょっと違うのではないかと思います。 ○但木委員 いろいろな御意見が出ましたので,私も公益の代表者というのと,それから公正という言葉が必要だということについては,何かどこかにあった方がいいのかなという気がします。それは確かに太字でどこかに何かの形で検察官の非常に大きな目指すべきものとしてあるのかなという気がいたしました。   それから,肩書きと氏名の順番についてですが,肩書きを先に記載し,その後に名前を記載することは,名前を呼び捨てにすることとなって形がよくないということについては,そのように直された方がいいと思います。   あとはいろいろな御意見があって,座長にお任せしたいと思います。 ○吉永委員 この部分が一番最初に,前文があるにしても最初に目にする部分であり,一番国民との共有をしっかりしないといけない部分だろうと思います。そのため,一見して分かる書き方がいいかなというふうに思うんです。「処罰の実現に偏してはならない」といっても,やはりどういうことかなとすぐにはなかなか分かりづらい感じがしました。処罰の実現に偏しているということがどこかにあるわけだからこういうふうに書くわけで,そうすると,やはり訴訟の勝敗にこだわるというようなところを避ける,それをやめましょうというようなこととか。例えば次の「冷静な証拠評価や法律問題の検討等の役割」,これもやはり冷静ではない部分があるとするならば,やはり「決しておごることなく」みたいな言葉を入れることによって分かりやすくなる。何をしようとしているのか,何が問題だったのかというようなことが分かりやすくなるかなというふうに思います。 ○嶌委員 さきほど言い忘れましたが,吉永委員と同じく,やはりここの部分はすごく重要だと思っています。4ページに,例えば,「独善や傲慢に陥らないように」と書いてありますが,こういう言葉よりも,僕は自分が書いた中では,「検察官は高い倫理と品性を備え,自らが持つ権力に対し謙虚である」というようなものの言い方の方が一般にはなじみがあるし,分かりやすいのではないかなと思います。 ○井上委員 吉永委員がおっしゃった,例示された最初の3つ目の○ですが,これは「公訴官として」というところに力点がある文章だと思います。ただ,確かに「公訴官」というのは,一般の人が聞いて分かりにくい言葉だと思いますので,分かりやすいように丁寧に書く必要はあるかと思います。要するに,捜査官として処罰の方向に向かうだけでなく,公訴官として冷静に判断すべきだというところに力点がある文章なので,それが分かるような表現にすればいいのではないかと思います。 ○吉永委員 構成についてですが,使命・役割を最初に書いて,次に検察の組織とチェック体制がくるんですよね。むしろここのところが最初にくるのであれば,ここに教育とか倫理というものをつなげることによって,このことをこういうふうに担保するという流れがあれば,ここに掲げたものをこういうふうに担保してこういうふうに教育して,こういう筋を通しますよというのが並びとしては分かりやすいかなと思います。検討としてはこういう1,2,3の順番だったんですけれども,ちょっとそんなことも考えたんですが,いかがでしょうか。 ○後藤委員 先ほど但木委員がおっしゃった公正さというのは非常に重要な項目ではないかと思います。例えば2番目の○のところで,当事者としても飽くまで公正な訴訟活動をするべきだというような内容が入るのがふさわしいと思います。 ○高橋委員 先ほどの郷原委員のお話の後段の部分と関連して,私も同感なんです。そもそも,例えば特捜部はどういう事件をやるのかという大前提として,自分たちの役割というのをどう定義するかという自己定義の問題というのは議論されていたと思います。ただ,私が思ったのは,特捜部の部分に入れた方がいいのかこっちの方に入れた方がいいのか,前半に入れちゃうと,特捜といいますか独自捜査の部分とそれ以外の部分でニュアンスが少し違うような気もするので,どっちがいいのかなと思ったんですが。やはりそれだったら郷原委員が言われるように,こっちの冒頭の部分でいわゆる自己定義ですよね,自分たちの果たす役割の自己定義をもう一回するという表現がどこかにあった方がいいのではないかなと思います。それにおっしゃられたように,その辺は大体合意もとれているのではないかなと,そんな感じがいたしました。 ○井上委員 郷原委員と高橋委員が言われた内容がまだよく分かりません。例えば社会的紛争とか大規模事故などの解決や解明について,刑事司法がどこまでの使命を負うのかということなら,極めて大きな問題であり,郷原委員が言われたとおりだと思います。これに対して,特定の罪種について個別の事件が起こったときに,検察としてこれに手を出すのか出さないのか,あるいは証拠上犯罪に当たると思われる場合であっても手を出さない基準を設けるべきだという趣旨だとすると,意見がかなり分かれるところだと思います。そのような判断を適正にするためには検察官の視野を広 げるべきだという文脈であれば分かりますが,個々の事件について何か方針を立てて,犯罪には当たるものの,それに手を出さないようにすべきだという趣旨であれば,十分議論をしなければ,意見が一致したとはとても言えないと思います。 ○郷原委員 その点は,私が何回もここで意見を言ってきたつもりですけれども,伝統的な犯罪である殺人とか強盗とか放火では,発生した以上は,絶対にそれは犯人を突き止めないといけない。処罰をするということは社会的に当たり前のこととされているわけですが,世の中の様々な違法行為,罰則が付いている違法行為の全てが刑事罰の対象になるとは誰も思ってないと思うんですね。飽くまでそれは法律の執行のための手段として罰則があるわけで。それでは,それについて基本的にどういう考え方をするのかということの一つのスタンダードとか考え方というのは,やはりこれからきちんと検察が世の中に対して示すことを目指していくべきではないかということを何回も申し上げたと思います。 ○井上委員 郷原委員がそのような御意見だということは分かっているのですが,新しい犯罪とおっしゃるけれども,従来から経済事犯,あるいは横領罪とか背任罪といった刑法犯についても,社会状況や経済状況を踏まえ,どこかで線引きをするという判断を常に求められてきたと思いますし,また罰則が付いている場合にそれを検察の判断で線引きするということが果たして適切かどうかということは問題であったので,それは,一般の事件であっても,新しい形と言われる事件であっても,それほど違わないのではないかと思います。郷原委員のおっしゃっていることは分かっているつもりですが,そのような御意見ばかりではないと思います。逆に,検察だけの判断で線引きをすることになれば,検察の独善に陥ってしまうおそれもあるわけです。そういうことではなく,検察権あるいは捜査権は社会の実情を踏まえて行使しなければならないので,それを正しく判断するために,目を広く開きなさい,特に郷原委員がおっしゃっているような新しい型のものについては,社会のスタンダードみたいなものを常に吸収しながらやっていきなさい,そういった文脈であれば分かるのですけれども。 ○郷原委員 私の言っている意味は,個々の検察官が自分だけの了見,自分の考え方だけで決めるのではなくて,もう少し一般的な考え方を組織として確立しないといけないということを言っているんです。 ○井上委員 その組織としてというのも,検察だけで決めていいのかという点からは,やはり郷原委員とは違う意見もあり得ると思います。 ○郷原委員 少なくともこれまでは個々の検察官が全ての刑事事件について権限を持っているという前提で,個々の検察官に委ねられていたわけです。だから,それをもう少し世の中に対してきちんと説明ができるような検察,そして,一般論であれば,これは正にもう一つ私が言いたいのは法務省なんです。法務省刑事局の方もそれに対してしっかりしたバックアップ体制がとれるようにしたらどうかということを言っているんですけれども。 ○高橋委員 今のお話なんですけれども,現実問題として今回の村木事件の問題の一つは,要は,特捜としては,あの事件が係長レベルで終わるぐらいの事件だったらやらなかったはずである。だけれども,大玉までいけそうだからやるんだという発想が明確にありましたよね。それが問題だというメッセージが必要だと思います。つまり,今,決まってるわけではないが,何となく共有されている概念として,独自捜査としてやるからには社会的な地位の高い人間の刑事責任を問える事件ならやるけれども,そうじゃなければやらないというスタンダードが明確に存在していると,現実問題として。というようなことが背景にあるんじゃないかと。そんなのでいいのかということがどこかに言わなくていいのかなということだと思うんですよね。   だから,今回のそれとは別に何か社会的な重大性でも何でもいいですけれども,考えてもっと違う形で,もう既にあるわけですから,というふうに見えるわけですから,それじゃないふうにしないといけないので。ないのではなく,何かそういうものが全員に共有されているかどうかは分かりませんが,ある部分の人たちに一定程度共有されているものがあったのであり,それは変えなければいけないという文面が必要ではないかと思います。 ○郷原委員 私の考え方は基本的に高橋委員と近いと思います。要するに特捜部的な個々の検察官の考え方が大玉取りですよね,そういった考え方だけに委ねていてはいけない。それよりも世の中に対して,しっかり通用する,もう少し一般的なきちんと説明が可能な考え方を目指していかないといけないのではないかということですから,基本的に同じだと思います。 ○井上委員 私もそこはずれていないと思います。郷原委員がおっしゃったのは,新しい型の犯罪だから特にそういう問題が生じているということでしたけれども,経済事犯でも刑法犯でも,そういう大玉取りというのがあるとすれば,同じ問題があると思います。今回の事件がそうであったかは別としてですね。個々の検察官がその都度バラバラに判断をしては困るというのはおっしゃるとおりです。ただ,新しい型の犯罪だけどこで線を引くのかという判断をすべきだというのは違うのではないということを申し上げただけです。 ○江川委員 私は,基本的には高橋委員と郷原委員の考えがかなり共通しているんですけれども。ただ,さきほど高橋委員が言われた中でちょっと言い過ぎかなと思ったところが,今回の事件は村木さんがいなければやらなかったかというと,それはそうでもないと思うんですね。つまり,むしろ郵便法の方から始めていって積み上げていったところなので,やらないというのはちょっと言い過ぎかなと思うんですが。ただ,やはり何とか大玉をねらいたいというのは今回の事件で明らかにそうだったし,それから村瀬さんなんかの事件を聞いても,やはりあれも係長の事件だったのに部長,局長までやったわけですよね。だから,そういうふうに現場の事件なのにもかかわらず,何か大玉ねらいというか,政治家ねらいや官僚ねらいというのはやはりあったというところでは一致しています。 ○嶌委員 今の大玉ねらいとかいろいろ言われているんだけれども,一般の人は特捜がやったら結果として大玉の人が捕まるケースが多いかもしれないけれども,特捜というのはそういう大玉とか小玉とかそういうようなことで捜査をしているとは余り思っていないんじゃないかなというふうに僕は思うんですよね。むしろ社会全体にとってこれは新しい問題で,これは社会全体にとってもここは正しておかなきゃいけないというようなことについて取り上げる。甲21の事件なんかは,あれはわざわざ特捜部長が会見したんじゃないかと思うんですけれども。要するにこれからの社会の中で,あれがいいかどうかは別ですよ,いいかどうかは別だけれども,これからの社会の中でそういうグレーな部分というものを余りグレーのまま置いておいて,お金もうけをするというようなことは必ずしもよくない。ああいう会見したことがよかったかどうかということは,後で随分問題になりましたけれども。僕は,一つの問題提起だったと思います。   何か余り特捜というものの位置付けを大物ねらいだとかそうでないとかそういうような判断をする必要はなくて,もう少し社会全体を公正にしていくだとか,あるいは21世紀的な価値である人権だとか自由とか,最近は環境なんていうこともありますけれども,そういうようなことをやはりきちんとしていく,そういう組織なんだと。いわゆる窃盗犯とか何とかというようなことだけじゃなくて,もうちょっと大きな価値観を歪めるような問題を検察,特に特捜というものがやるんだということで僕はいいのではないのかなというふうに思っているんですよね。だから,そこの論争というのは聞いていて非常に違和感を感じるんですね。   こんなことを言うと申し訳ないけれども,後ろから11ページのところに,僕は検察憲章をずっと書いたんですけれども。大体そういったようなことを書いたつもりなんですよね。だから,公正な裁判だとか,あるいは公開性だとかいろいろなことをずっと書いたというのは,正に21世紀の新しい検察が何を目標にするのか。そういう中でかつてあったような問題点を克服していくという前文的な意味が検察の憲章の中にあるというふうに思っているんですよね。それが余りにも検察の役割は何かというふうに小さくまとめちゃうと,かえっておかしくなっちゃうんじゃないかなという印象を僕は持ちますけれどもね。 ○江川委員 今,ちょっと私,違和感を感じたのは,そうなると検察が新しい価値観をつくっていくということになりかねないと。さっき甲21の件を出されましたけれども,それは賛否あったのは,特にこういう形で検察がむしろこういうものはだめなんだという価値観をつくっていくこと自体に対してこれでいいのかという声だったと思うんですね。だから,むしろそれが問題なんじゃないかなと。だから,郷原委員や高橋委員が言われているのは,余り検察がこっちの方向を目指せとこういうふうにやるんじゃなくて,むしろ社会が求めているのは何なのかという,どの範囲のことをやはり検察がお金かけてやらなきゃいけないのか,人手かけてやらなきゃいけないのかというのをもうちょっと社会の方に聞きなさいと。今は検察が決めて社会にこれだぞ,これが正義だぞというふうに示そうとしているというところが問題なんじゃないかなという気がするんです。 ○嶌委員 甲21の事件にしても甲16の事件にしても,検察が新しい価値観を決めようとしてああいう問題が起こったというふうには僕は思いません。でも,あの問題というのはやはり何か世の中おかしいなと,新しいものをつくるベンチャーというより,法の抜け穴的な部分を突いて非常に金もうけ主義みたいなものにどんどん走っている。それは,新しいベンチャー精神ではない。これは一体何なのかなと。そして,実際に灰色なのか白なのかグレーなのかそこがよく分からないという思いがあったわけですよね。それを最後に判断するのは裁判所ですよね。 ○江川委員 いや,だから金もうけ主義に走っているのが良くないなという雰囲気は分かるんですね,そこのところはいいんですけれども。それを検察が正すのだというところが果たしていいのかどうかという。 ○嶌委員 それは法に触れる部分があるとすれば,警察なり検察が正すのが当たり前でしょう。 ○江川委員 法に触れるところがあればですよ。でも,その法に触れるところを探してやるということがいいのかどうかということなんじゃないですか。 ○嶌委員 法に触れるところがあるかどうか探すのが警察や検察の役割じゃないですか。 ○江川委員 いや,でもそれはターゲットが先に決まるというのはどうかと思いますよ。 ○嶌委員 もちろんそうだけれども,ターゲットを先に決めたというわけじゃなくてね。 ○千葉座長 ちょっと今の御議論を聞かせていただいても,ここはまだまだ非常に深い議論につながっていく部分ではないかなという気がいたします。ただ,お話があったように,「検察の使命・役割」というのが一番最初,今回のテーマとして大変重要なところであるので,そこをもう少しきちっと明確にするべしというのは共通に今,皆さんお出しいただけているのかなと思います。ちょっとそれの御意見引き取らせていただきながら,どういう整理をさせていただくか,検討させていただければと思います。   それでは,先ほどお話がありましたとおり,導入部分といいましょうか,「はじめに」という言葉になるのか分かりませんが,そのような部分が当然必要になろうか思います。今日,皆さんから御意見を出していただき,そしてその方向を見つつ,私が,きちっとメッセージが伝わるようなものとして書かせていただきたいと考えておりますので,是非皆さんからまた御示唆をいただければ大変有り難いと思います。御指摘いただいた部分は,できるだけメッセージが出るようにさせていただければと思いますので,そこの部分は御理解をいただければと思っております。   それでは,お出しをいただいた御意見については,でき得る限り可能な部分は本文のところに盛り込ませていただいてはいる部分かと思いますが,それが少し不明確である,あるいはもう少し分かりやすくという御趣旨も含まれていたかと思いますので,そこはまたこの提言案を更にブラッシュアップをするという中に,またできる限り生かさせていただくようにしたいと思います。この点につきましては,取りあえずここまでにさせていただき,次のテーマに入らせていただきたいと思います。   次が,「検察の組織とチェック体制」ということになります。先ほどの御意見で,この使命,役割と倫理などが本当はつながっていた方が良いという御意見等もあり,またちょっとつながり方は最後にまた御議論いただく必要があるのかもしれませんが,一応これまでの区分けに従いまして「検察の組織とチェック体制」という部分に入りたいと思います。   これもまた先ほど申し上げましたように,かなりの部分が共通認識になっているかと思います。異なる御意見もありますが,接点あるいはお互いの認識を更に共有,深めていただくということも念頭にしていただいて,御意見をお出しいただければと思っております。 ○江川委員 二つあるんですが。一つは特捜部のところで,「特捜部を廃止するまでの必要はないが」というのは,さっきどなたかからも出てましたけれども,この表現がどうなのか。しかも大事なのは,特捜部が大事なんじゃなくて,例えば,汚職事件や大型の経済犯罪とか脱税事件とか,そういう事件をやる部署が必要だという認識なのではないでしょうか。だから,特捜部は今のままでもいいよと,まだこれぐらいだったらいいよと言ってるような感じがするんですよね。そうじゃなくて,私は全廃した方がいいと今でも思っていますけれども,それが私しかいないというのはよく自覚しているところでもあるんですが。ただ,皆さんの議論を聞いていても,さっき言ったような,そういう部署を残すというか存続しているということは大事なんだけれども,今の現状がいいわけじゃないよと,こういうことなんじゃないかなというふうに思うので。ここのところで書き方を工夫していただきたいというのが1点。   それから,11ページの「外部の目,外部の風」の前のところの上の3行,「検察の運営全般について外部の有識者から意見・助言を求める仕組みの中で」云々かんぬんで「意見・助言を得る」。これ,意見・助言を得るだけだと外の目や外の風が入ったことにならないんですね。つまり,とりでから出てきて,いろいろ御意見拝聴ということになりかねない。だから,やはりここのところで,私は二重のチェック体制ということを言っていますけれども,その外側の方にいる部分の人たちが意見・助言をするだけじゃなくて,何らかの聞取り調査とか,調査というとみんなガッと身構えちゃうので言葉はいろいろ考える必要があるかもしれませんけれども,やはり聞取りぐらいはできないと,この間の貝塚の事件だって結局なかなか調査もできないわけですよね。だから,ある一定の聞取りができる,そして意見も言うというそういう感じぐらいはせめてしないといけないんじゃないかなという感じがしました。 ○吉永委員 今の江川委員の最初のところと重なるんですけれども,私もこの部分が一番分かりにくいかなという気がします。「特捜部を廃止するまでの必要はないが」とスタートしたら,普通は縮小するという形になるんですよね。でも,これはそこにいかないんですよ。これはちょっと不思議な書き方です。廃止するまでの必要はないだけれども存続させるということであるならば,存続する理由は何なのかということを明記しないといけないと思います。その後,それが明記されないまま特捜部の組織の在り方を見直すための検討を行うと言われても,どう検討していいか分からないと思いますので,廃止はしないけれども何のために存続するのか,存続の理由,その必要とされる機能は何なのかというところを,ここを書いておかないとまずいんじゃないかなという気はしております。 ○郷原委員 私も基本的に同じ意見なんですけれども。この6ページの下から3行目の「特捜部の機能は必要であり」と書いてあるんですけれども,「特捜部の機能は必要であり」といったら,特捜部という名前の捜査セクションの機能が必要であるという意味に受け取られてしまうんですね。ここでの議論はそうではなくて,特捜部が果たしてきたような機能,取り分け検察の独自の捜査というのもやはり一定の必要性があるんじゃないかというところぐらいまではおおむね異論はなかったのではないか。しかし,それではその特捜をどうしていくのかということはいろいろ意見があって,私は名称を変えるべきではないかというふうに言いましたけれども,それについても余り異論はなかったんじゃないかというふうに思います。これだと,特捜部という組織はそのまま残ることが前提になるように思えるんですね。ですから,ここはちょっとかなり注目される部分だと思いますし,今のままではだめだということがはっきりメッセージとして表に出ないといけないと思うんですね。 ○石田委員 この特捜部の組織の問題は,以前も申し上げましたが,一つは独自捜査をすることの是非の問題と,今までのような特捜的な取調べの是非の問題というふうに分析することができます。特捜部の存在があってもいいよという一方,今までの特捜部ではだめだということを言うのであれば,一つは独自捜査についてはそれほど異論がないということをまず言うこと。それから,これまで特捜部がやってきたような捜査には問題があったという二つに分析した上で,この表題のところも掲げるべきではないかと思います。 ○佐藤委員 2点です。先ほど,郷原委員が言われたところと関係します。1点目は,6ページの正に指摘をされた部分,これを受けて次,7ページにいきますと,4行目の最後から,「特捜部の名称を変更するべきとの意見があった」云々とあって,一応そこに表現はされていると。ただ,次に「一方」,結局は「一方」以下に書いてあることを検討すればいいというか足りるというか,そういうような表現になって,これ多分「一方」じゃないと思うんですね。つまり,名称を変えた方がいいとか,あるいは再編すべきだ,そういうことで名称,組織,体制編成,人員配置等いかにあるべきかについて法務検察当局は検討すべきだということでつながっている話で,決して一方ではないなと思います。   2点目は,2番目の7ページの囲みの中の「特捜部が行う独自捜査事件については云々で,『横からのチェック体制』を構築するべきである。具体的には」云々と書いているんですが,これは決して余り具体的ではないなと。それで,その証拠に次のページにいきますと,縷々その必要性が,この会議における検討経過,意見が紹介をされておりまして,これは非常に論理的に,また非常に正確にその経過を表現されていると思います。例えば,真ん中3つ目の段落のところに,「特捜部に所属する検察官のみが担うため,いわば『一人二役』を兼ねることとなる。」と,そういうようなことがきて,次の段落の最後の部分に,「独自捜査が抱える構造的問題が露呈したもの」,「チェック体制を確立することが極めて重要」だと。次の段落で,「特捜部内部において捜査・処分が自己完結する体制を改め」云々と。そして先ほど言った「具体的には」とくるんです。そこを読みますと,「特捜部に所属しない検察官が起訴・起訴の判断に参画し,公訴官的な視点から」云々ということで,相変わらず具体的ではない。私はそこは「具体的には」と表現するのであれば,「特捜部に所属しない検察官が起訴・不起訴を行うこととするなど,公訴官的な視点から」云々とつなげていくことによって,この文章は完結するのではないか。しかもそれは,ここでの議論が正確に表現されたことになるのではないかと思いますので,そのように修文していただくことを希望します。 ○但木委員 皆さんのおっしゃることはそのとおりだと思います。特捜部という名前を残すか残さないかという問題も含めて,まず自分たちがこれから何をやろうとしているのかなということを検察自身がもう一度考えて,独自捜査というのを自分たちはどういうものとして今後権限行使していくのかということをちゃんと検討してほしい。検討して,それにふさわしい名前が何かということも検討してほしい。それが特捜部であれば,私は別に反対しませんけれども。   それから,名古屋地検特捜部をつぶすかつぶさないか,あるいはどうするんだという問題についても,そういう仕事をやる部隊として東京とか大阪とかあるいは名古屋にこういう部隊を置きます,その人員が大体本当に足りるのか足りないのか,このような問題は,在り方検討会議で分かるわけがないので,やはり検察内部で検討してもらう必要があると思います。ですから,これまで検察が果たしてきたいろいろな役割を考えた上で,我々は独自捜査でこれから何をやっていくかということをよく考えて,それでどの部隊を,どういう名称で,どの程度置くのかということをしっかり考えた上で,世にきちんと公表するということだろうと思うんですね。それによって検察がどういう姿勢でこれから臨んでいくのかというのがはっきりしていくと思います。   今度の事件は,初めは別に大物ねらいでも何でもなかったというのは江川委員が言われたとおりで,通常のやるべき事件だったと思います。この事件を特捜部が捜査したことも全く問題がなかったと思いますが,僕も,途中からは大物志向というのが出てしまったという疑いは極めて強いと思っています。   だから,今後の独自捜査をやるときにそっちに向いちゃうということはやめた方がいいよというメッセージはどこかにあった方がいいのかなということは私は思います。やはり特捜も,法と証拠に基づいて,自分のアンテナの中にかかってきたものをやらなきゃいけない。高橋委員と僕はほとんど同じですが,違うところは,やはり検察は余り物事を政治的に考えて,処罰規定に触れるけれどもやめようかなというのは余りやらない方がいいと思います。僕はそれは立法問題できちんと解決しないといけなくて,おっしゃるように管制官の問題なんかを刑事罰でやったらいいのかどうかというのはすごい大問題です。そういう問題はやはりきちんと立法で解決してほしい。やはり検察は,法と証拠に基づいてアンテナがかかったものを淡々粛々ときちんとやるということが大事であると私自身は思っています。 ○郷原委員 先ほど,佐藤委員から言われた具体性がないというところ,私も全く同意見でして,8ページの一番最後の「具体的には」の後の,「特捜部に所属しない検察官」が一体どういうふうに参画して,どういうふうにチェックするのか,全くこれだけではイメージがわきません,前半は。   後半に,「後記の分野別の専門委員会に所属する検察官の専門的知見や『経験知』を活用するべきである。」と書いてあるんですが,この「経験知」というのは,私が言い出したことをここに書いていただいたのは有り難いんですけれども,これは一体どういう意味なのか。チェックとして「経験知」がどう活用されるのか全然分からないです。私がここで提示した事例というのは,少なくとも同じような独自捜査の中で過去の事例を活用すれば,明らかに今回のような間違いは起きなかったと思える事例があったということ。これは決裁の縦のラインがちゃんとそういうものも踏まえて決裁をしていないといけないという話なんですね。こういうように,ふわっと,どこかに「経験知」がありますね,というだけでは,恐らく何のチェックにもならないと思います。   それから,そのページの下の「引き返す勇気」に関して,「調書の任意性が否定された場合には」というところがあるんですが,「高検,捜査担当部署及び公判担当部署がその後の処分に関する協議を実施することなど」,これ今でも当然そうではないかと思うんですね。特捜部の事件で調書の任意性が否定されれば,例えば今回の大阪の事件だって,こういうようなメンバーの方々で当然どういう形か分かりませんけれども,十分な検討が行われた上で,最終的にこの事件をどうするかということが決められたはずですから,これ自体は何も新しいことを決めたわけでもないということではないかと思います。何かここで新しいことを言うのであれば,それに関して「横ぐし」的な,第三者的な立場のチェックがどう働くのかということを言わないと意味がないのではないかと思います。   それから,10ページから11ページにかけて,監察担当の検察官という話が出てくるんですが,これは,ここでの議論ではそこまでいってなかったと思いますけれども,この監察担当の検察官というのは誰が選任するのかというところが非常に重要なんじゃないかと思います。要するに,余り厳しいこと言ってくれないような人を指名しようと思えばいくらでもできるわけでして,そこにある程度の人選の客観性を持たせなければ,恐らく監察担当の検察官はほとんど機能しないのではないか。その点に関して外部者のチェックが必要だという石田委員の意見などもあったわけですが,それはやはり外部者ではまずいという意見の方が確かに強かった。だから,外部者ではなく,内部の監察担当の検察官だとすれば,その人選についてどうやって客観性を保つかということを考えないといけないし,場合によっては,その検察官は外部から,例えば弁護士の中から一定の期間任期付きで採用した検察官ということもあり得るかもしれません。そこのところが一番重要なのではないか。そこについて何か書いておかなければほとんど意味がないのではないかという気がします。 ○石田委員 ですから,私はこの組織問題については,9ページ以下の記述というのは極めて不満ではありますが,それはそれとして。この7ページの2の「検察における捜査・公判のチェック体制」という表題,それから3の「監察体制の構築」という表題のことですが,よく読んでみると,2の問題は先ほどから議論になっている検察の独自捜査に関連する捜査・公判のチェックの体制のことが書いてあって,その3以下は我々の議論としても,これは独自捜査に限らず,全ての検察の扱う事件についての監察体制の問題であるし,「外部の目・外部の風」の問題もそのようであるというふうに理解をしております。   ですから,やはりそのところはちゃんと明確に表題としても,あるいは文章としても,特に監察体制の問題は独自捜査の問題に限らず,全ての検察捜査に当てはまる問題として提言をするということを明示しておくべきだろうと思います。 ○後藤委員 3の「監察体制の構築」のところで,外部の意見を得るという場合に,やはり個別の事件についての情報がないと,単に検察官から報告を伺うというだけになってしまうと思いますので,個別の事件について情報を提供することが必要と思います。先ほど,江川委員がおっしゃったのは,聞き取りができるような権限を与えるということで,それも一つの例だと思います。そういったことを何らかの形で盛り込む,この囲みの中にするか,外にするかはともかく,個別の事件についての情報が得られるような仕組みが必要だということは書いていただきたいと思います。   それから,これは,この監察体制がどういう種類の問題に対する対処の方策としてイメージされているのかに関係しますが,もしも倫理規範への違反のようなものも対象としてここで扱うのだとすると,外部者の関与というのはもっと直接的なものが望ましいと思います。この点については,後で倫理のところでまた話題になると思いますので,そこでもう少し詳しく申します。 ○高橋委員 同じくこの監察の話なんですけれども,「内部からと外部からとを問わず」ということになっておりまして,外部からの場合の話は,外部の目を入れてちゃんと実効性があるようにしなさいというお話で,またそうだと思います。もう一つの部分で内部の話なんですが,これは是非できれば,サーベイの結果なども少しリファーしていただいたらいいのかなと思うんですね。つまり,例えばパラハラとかいう,不適切なというのもありましたけれども,特にパワハラ,セクハラなんかもその典型ですが,そういうものを実際コメント欄の中にも,それに近い叱責と指導が区別がついていない人がいるんじゃないかみたいな,そんな話も一部にあったような感じがするので。やはり一方で重要なのは,それを直訴すると不利な扱いになると思っている若手が平均点ぐらいだったと思うんですよね。あのポイントを少しリファーしていただいて,内部からの監察の部分でも内部の人間が全く安心して通報できるというような仕組みというのを是非,具体的にどうしたら皆さんが安心してそう言えるようになるのかというのは中で検討していただかないといけないと思うんですが,その部分は何か表現があった方がいいのかなと,サーベイの結果もリファーしながらですね,そんな感じがいたしました。 ○井上委員 高橋委員にその趣旨を伺いたいと思います。これまでの石田委員などの議論からすると,ここでいうところの「監察」というのは,捜査の過程で検察職員が被疑者等に違法・不当な行為をした場合に,不当ではないかと訴えていく道が余りなくて,きちんとした答えが返ってこないということから,それに対応するためのものであると読んでいました。ここでいう「監察」というのが,セクハラとかパワハラが起こったときに内部の人がどこかに訴えて改めてもらうということも含んでいるのか。その点を明らかにしていただければ,今の議論は整理できると思います。セクハラとかパワハラも含んでいるという趣旨なんですか。 ○千葉座長 それは必ずしもはっきりしていないですね。 ○井上委員 この内部の通報・申立てというのも,例えば,同僚の検察官が被疑者等に対していけないことをやっているのを察知した人が,こういう部署に言っていくということを意味すると私自身は読んだのですけれども,必ずしもそうじゃないということなんですか。そうだとすると,高橋委員の議論はここに入ってくるのですが,もし私がいま言ったような意味ならば,高橋委員の議論は後の方の話ではないかという感じがします。そこの整理をしていただきたい。 ○千葉座長 今の内部と外部,それから監察ということと外からのチェックという,その問題は,切り口が縦横なものですから,そこは少し分かりやすいように整理をさせていただきます。 ○石田委員 監査の対象をどういうふうにするかという問題だと思うんですよね。 ○千葉座長 そうですね。 ○高橋委員 ただ,パワハラ,セクハラ系のものも微妙なのは,上から,何でそんなやつの口を割られないんだといって怒鳴られたってパワハラだという,こうなるとこれはやはり捜査に関わることになるだろうというところはあります。 ○井上委員 その場合も切り口が違い,捜査に関わるとすると,パワハラを受けている人の問題じゃなく,そういうことを言われて無理に取調べをした場合,その取調べを受けている人についての問題なんです。それに対して,パワハラを受けている人の問題というのはどこの職場でもある問題であり,切り口が違うと思います。 ○高橋委員 それはおっしゃるとおりなんですけれども,ただどこの組織でもそれは外部に不利益を受けない形でちゃんと訴えられるような仕組みというのをどこの組織も最近つくっているわけです。監察という部門の中に二つに分けて組織をつくるのか,あるいはまた全然別のところにつくるのかは別にしても,表現はお任せいたしますので,表現的に両方とも何らかの形では是非担保していただきたいというふうに思います。 ○嶌委員 前から言っている公訴官という言葉の問題が,若干気になります。これは多分,普通の人は分からないと思うので,僕は正しいのかどうか分かりませんけれども,例えば,捜査官とは別の視点で公正な捜査とか裁判を目指す公訴官とか,何かそういうような修飾をつけてもらうと,公訴官というのはそういう意味なのかなと分かるのではないかと思います。   それからもう一つ気になったのは,「引き返す勇気」というふうに書いてあるんだけれども,これもここの中で使われている用語で,一般には「引き返す勇気」というのはなかなか分かりにくいと思うので,これなんかも例えば,起訴とか起訴内容を見直す引き返す勇気とか,そういうふうにもうちょっと具体的に修飾語をつけてもらうと意味がはっきりしてくるのかなというふうに思います。 ○但木委員 監察官の任命をどういうふうにするんだということをどなたかが言われました。やはりそれは少し書いておいた方がいいんじゃないかなと思うんですね。それは,やはり例えばさいたま地検が,さいたま地検の中の総務部長を,お前が担当だといって監察だとやったのでは,皆さんが考えているような効果は期待できないとまでは言いませんけれども,やはりドラスティックな効果というのは出てこないだろう。やはりそれは地検の監察をするんだったら,例えば,監察官を地検に送るという制度にするんだったら,その任命は高検か最高検か,どこかがやってくれなければだめだろうと思うんですね。あるいは地検の監察をするのはもう高検だとして,高検の中の専門官をつくるか。つまり,当該監察の対象とするところの人間が,そこの長の任命を受けたという形での監察というのは,ちょっと僕はどうかなという気がするので,やはりそれなりに誰が任命するのかということについては少なくともその組織に属さない,あるいはそれを監督する長が独自にやれと。つまり,監察対象になっているところの親玉はこっちには指揮できないぞというふうにしておかないとだめだなというふうに思っているので,それを何かどこかで表していただいた方がいいのではないかなと思います。 ○佐藤委員 自慢にもなりませんけれども,警察は監察が充実していて,その経験から申し上げます。恐らく私の知るところでは,行政機関で監察体制が充実しているのは警察と国税庁,それから自衛隊ではないかなと思います。特に国税庁の場合にはそれが顕著だと思います。監察官はエリートなんですよね。国税庁の職員としても優秀で,かつ,将来,全国的にも幹部に登用されるという候補者が監察官になるようなことが非常に多いんですね。警察もいろいろな問題が起きたときに,公安委員会からその点を鋭く指摘されまして,監察官の格を上げて,人事上も国税庁にならったような,そういう人事運用をすると。そういうことによって,例えば内部の投書だとか外部からの苦情なんかも大変来るようになったんですね。したがって,先ほど但木委員が言われたように,誰が任命するかということとの関わりにおいて,監察官をキャリアパスとの関係でどういう位置付けにするかということは大変重要だなと思います。 ○石田委員 但木委員の危惧が高じると私の意見のようになるわけですが。いわゆる外部というと,皆さん方,抵抗あるかもしれませんが,先ほど郷原委員もおっしゃったように,監察官の任命を,幸いにして今は例えば判検交流がありますから,そういう判事を長年経験された方とか,弁護士から検事になった人もいるわけですから,そういう人たちを積極的に監察の分野に登用していけば私の意見に近くなるという感じはします。   それから,ここに外部の有識者から意見・助言を入れる仕組みというのは,これは仮に個別的な問題も意見を入れるとなってくると,例えば刑事訴訟法の47条の訴訟書類の問題等も出てまいりますので,ちょっと細かい技術的な問題になりますけれども,その辺りの問題もクリアをしておかなければいけないなと思います。 ○千葉座長 ありがとうございます。今,大分皆さんから御意見いただきましたが,一つ,大体共通かなと思いますのは,この監察につきましては,誰が任命するか,具体的なところまではここで結論ということではありませんけれども,少なくとも同じ組織内の上司が任命するというような形では後で監察の実は得られないのではないかと,こういうところは共通に皆さん感じておられるところではないかと思われますので,任命の仕方については,この提言の中にもそういう視点でやるようにということなどは盛り込んでいく必要があると感じております。   それでは,「検察の組織とチェック体制」についてもいろいろな形で御意見をいただきました。全てここで賛成ですか反対ですかとお尋ねするべき問題ではございませんけれども,かなり共通に,皆さん胸に置いていただいている,そういう部分ではないかと思っておりますので,言葉の使い方,あるいはそれを分かりやすくするということなども合わせまして,またこれも今日の御意見をどういう形で提言に生かしていけるか,引き取らせていただければと思っておりますので,よろしくお願いしたいと思います。 ○宮崎委員 それはそれでいいんですが,いわゆる最高検の検証報告書によると,検事長の指揮事件というまとめについて,これはそのような方策の意義を否定するものではないという形でまとめていらっしゃるんですが,検事長が指揮した事件を本当にきちっと引き返すことができるのかどうかという疑念もかなりの方から提起されていたというように思います。したがって,公判部との相互チェックとかいう点も頭の片隅において文章を作っていただいた方がいいのではないかと。最高検の検証報告書がいいことを前提にするというのは,必ずしもこの検討会議の雰囲気ではなかったように思いますので,一応申し上げたいと思います。 ○千葉座長 私も,ここでの御議論の中で最高検の検証につきましては自らやってみようといったことについて否定することではないけれども,到底これで良かったというものではないと,あるいはこれで改革が本当に十分に進むかということについては不十分ではないかということが皆さんからの御意見の中では多かったように思いますので,今の御指摘も十分踏まえながら,分かるような表現を工夫をさせていただきたいと思います。それでは,この部分につきまして,一旦ここで区切らせていただきまして,次に進ませていただきたいと思います。   それでは次に,「検察官の人事・教育・倫理」の部分について御意見をいただいてまいりたいと思いますので,これも先ほど申し上げましたような相互の御意見の違いや,あるいはまたできるだけ共有化させていただくことのできるような,そんなことも念頭に置いていただきまして,御意見を頂戴してまいりたいと思います。   先ほど御意見の中で,むしろこの部分が使命・役割とある意味ではつながっていくのではないかという御意見もいただきました。これも十分頭に置かせていただきながら議論をしてまいりたいと思いますので,よろしくお願いをしたいと思います。いかがでしょうか。 ○江川委員 ページにすると14ページになるんでしょうか,上から4行目の終わりからですね。「成功体験だけではなく」,「失敗事例についても組織的に分析・研究し」というふうにありますけれども。やはりこういうときにも「外の目・外の風」が必要なのであって,ここにも外部の識者を交えて組織的に分析,研究する仕組みをつくり,その結果を研修等により云々というふうにしていく必要があるのではないかと思います。理由は,先ほども言いましたけれども,検察が検察の調査をやっても全てきちっと調査しきるとは限らなくて,この間の最高検の調査が非常に不十分なものであった,あるいは,この間の前田元検事の裁判がこのフロッピーディスクは余り重要な証拠でもなかったという認識を言って,にもかかわらず改ざんしているのは何でだという,そこのところが十分詰められないという,そういう問題があったりするので,そこのところはやはり外部の人が外部の視点でこういう人にはもうちょっと聞いた方がいいんじゃないかとか,あるいは検察官は例えば村木さんだとか,あるいは「凛の会」ほかの関係者に聞きにくいというこういう状況があるならば,そういう人が代わっていろいろ聞いて,それを総合的に調査して,どこに問題があったか分析して,みんなで共有化しましょうねと,そういうふうにした方がいいのではないかなと思います。   それから,ほかの点については別に文句というわけではないんですけれども,さっきもちょっと言ったように,科学的な捜査に対応できるような体制整備とか,それから人を増やすとか,そういうのは別に反対はしませんけれども,この後に続く捜査の問題で可視化がちゃんとできないのに,これをやればこれはもう焼け太りというふうに多くの人は見るのではないかということは意見として申し上げます。 ○石田委員 今の御意見にも関連しますが,構成の問題として,こういう順番で議論をしていたことは確かですが,その議論の順番で答申もその順番で書く必要は毛頭ないわけで,分かりやすく,しかもアピールできるようにということが必要なのではないかと思います。そういう観点からいきますと,まずこの倫理の問題につきましては,先ほどもお話がありましたように,やはりこれは検察の役割などに関わる問題なので,そちらとくっつけて議論をするべきではないか,それで書くべきではないかというのが第1点です。   それから,あと人事等の問題は,これは総括的な組織等の問題でありますので,むしろ「捜査・公判の在り方」の後にもってきた方がいいのではないかと思います。   それから,19ページ以下の「検察官の倫理」の項ですが,基本規程の内容の例示として8項目が記載されています。職務執行の指針となるべき事項というふうな形で表現をされておりますが,そうであればもう少し具体的な事項も例示として挙げるべきではないかと思います。少なくとも取調べを行うに当たっては,供述の任意性について疑念を抱かれるような方法を用いてはならないといったような基本的な内容については,是非ともその例示として入れておくべきではないかと思います。 ○後藤委員 5の「検察官の倫理」のところですけれども,私はここでもう少し外部の意見を入れるということを盛り込んでいただけないかと思います。一つは,策定の過程です。規範策定の過程で外部の意見を聞く,典型的にはパブコメを求めるような方法です。そういうものをして外の意見も聞きながら作ってくださいということを入れていただけないでしょうか。   もう一つは,倫理規範の違反を外部からも指摘できるし,それがあったときに外部の人も加わって判断することが必要と思います。例えば,弁護士会の綱紀懲戒のような制度が分かりやすいと思います。検察についても同じようにできるかどうかはともかくとして,倫理違反について外部の人も指摘できるし,外部の人も入ってそれを審査するという仕組みを考える必要があるのではないか。それをどこかに盛り込めないかと思います。   21ページのところで,実効性について制裁措置を設けるべきだという意見があったとあります。私もそういうことを言ったかもしれません。しかし,今の段階では,私は制裁措置自体は,懲戒権者に任せればよいと思います。倫理違反があったかどうかを何らかの委員会なりが審査して,それを懲戒権者に報告して,あとの判断を委ねるような仕組みの方が現実性があるのではないかなと思いますので。ですから,もし私の意見をとって入れていただけるとすれば,制裁措置というよりは,外部の人の意見を聞いて,懲戒権者に報告できるような制度も視野に入れて考えほしいという趣旨を入れていただけないかと思います。   あとは,細かい表現の点ですが,ちょっと皮肉な見方をすると,先ほど,郷原委員がおっしゃった,書き手の法務・検察的なスタンスが垣間見えてしまっているところがあるかと思います。最初の1の1行目の最後に「批判的な外部の方」という表現があります。この文脈で丁寧語を使うのはおかしいので,「外部の講師」とかの表現の方がよいでしょう。   それから次は,もう少し深刻ですけれども,17ページの2の説明の2行目のところ,法務省の人事の在り方です。これは端的に言うと,法務省の主要な幹部職員が検事で占められているという問題だと思いますが,何かそこがすごくぼかされてしまっている感じがします。この「在り方の問題」というのは,主としてその問題だということをここに入れていただけないかと思います。 ○江川委員 その点,賛成です。 ○郷原委員 16ページの一番上のところに,「検察,取り分け同じ目標に向かっていわば一つの船に乗って進んでいるとも言うべき特捜部」という言葉があるんですけれども,これは多分若狭弁護士のヒアリングで出てきた言葉だと思いますけれども。何かこれを見ると,それを肯定してしまっているように思えるんですね。もう特捜部というのは一つの船に乗って進むんだということを前提にして,その後,書いてあることはその中の船長さんと乗組員の関係を書いているんですね。ここで書いている同じ目標というのが特定の人間の検挙だとか特定の具体的成果を目指している,みんながそういう方向に向かって進んでいるということだとすると,それ自体が問題じゃないかと思うんですね。ですから,この表現は非常にミスリーディングだし,そのこと自体の問題を指摘する言い方にしないといけないと思いますし,少なくともこの表現は,やめた方がいいんじゃないかと思います。   それから,今,後藤委員も言われた17ページの最後の法務省と検察庁の関係,非常にぼかした言い方である上に,将来的に検討が必要であるとの意見も出されたと書いてあるんですけれども,この意見を個別化だったら将来的になんていうことは誰も言ってないわけで,直ちにやるべきだということですから。これ二重にぼかす必要は全くなく,もっと具体的に書いて,ただ確かに具体的に書くと人事の問題ですからすぐには無理かもしれないということが出てきてもしょうがないかなと。どちらかにすべきだと思います。   それから,19ページの大幅増員という話が出てくるんですが。これは確かに裁判員裁判で現場が大変だという話は出てきてましたし,それはそれで何とかしないといけないということは分かるんですが,だからといって検察全体の人員を大幅に増やすべきだという意見であったかどうか,私はちょっとそういう意見が出ていたかどうか記憶にありませんし,むしろ現場が大変なのであれば,トータルの人件費を見直しをするとか,あるいは上の方の人たちをもう少し有効に活用できないかとか,そういう話になるのが普通だと思うんですね。このまま現場が大変だから,この機会に検察庁職員の大幅な増員を行うといったら,完全に焼け太りの話で,世の中の理解は絶対得られないと思うんですね。もう少し個別的にどうするのかということを書かないといけないのではないかと思います。 ○嶌委員 僕も今のところの検事の大幅な増員というところは抜かした方がいいと思うんですね。こういうのがあるとかえって誤解を生む。要するに,これが言いたいためにあるんじゃないかというふうにも思われてしまうので。要するに人数が足りないとか何とかという問題は,中に多少書いてもいいかもしれないけれども,それも例えばデータがありましたよね。ああいうデータをもう少し使ったらどうなのかなというふうに思います。そのほかのところでも,せっかくとったデータをもうちょっと活用できるところは,例えばさっきの14ページ,15ページぐらいの専門性の向上というようなところでも,あそこのところのデータでハイテクなどの使い方に関して非常にまだ不慣れであるとか弱いというような意見が随分あったと思うんですけれども,そういうのは率直に出してそういうところを強化するというふうにした方がいいのではないのかなというふうに思います。   それから,先ほど吉永委員も言ってましたけれども,僕もこの倫理のところは1となるべく,くっつけて書いた方が何かすっきりするなというふうに思います。 ○吉永委員 重なる部分だけれども,どうしても言いたいんですけれども。4番の改革施策推進のための人的確保というのは,これはそんなに議論したかなという気もしますし,確かに大変だろうということは分かるけれども,今のご時世では,だから人員を増加しましょうという流れはなかなか世の中的にも認められない。人的資源と書いてあるんですけれどもね,この人的資源というのは数と質と資源の向上というのはあるかと思うんですが,ここはもう数ですよね,増員を行うと。では,数がいっぱいいれば今回のことがなかったかというと,そういう問題でもないと思います。質の向上ということに関しては,様々な方策が立てられているわけですから,この一文があると結局ここがものすごく目立ってしまって,なるほど,やはりこれもこういうことを認めたのかということになると,本当に全ていろいろなことを詰めてきたことがここで全て疑念を持って見られるようなところではないかなというふうに思いますので,ここは私もちょっと削除してもらった方が我々の姿勢としても有り難いかなという気がします。 ○江川委員 この問題についてなんですけれども,先ほど,後藤委員が法務省人事のお話をされましたよね。それをもう少し具体的に書くということ。それから,やはりここにも皆さん,検事さんいらっしゃるように,法務省の中にたくさん検事さんがいらして,一斉に引き上げられちゃうと多分今度は法務省の仕事が回らなくなるというのもあるんでしょうけれども,やはりなるべく御実家に戻っていただいて,そちらの方で活躍していただくというのも大事で。そうすると,むしろ検事さんの数は増えるわけですね,検察官の数は。ですから,やはり人数を増やすというよりも適正配置という感じで,この法務省人事の在り方云々というところはもっと具体的に書いて,それに続けて,例えば本当に足りないんだったら増やさなきゃいけないので,それを一文入れることはやぶさかではないんですけれども,適正配置と,それから人員の見直しみたいな感じでそこに入れ込んで。この箱で人を増やせというのはやはりやめた方がいいんじゃないかなという気はします。 ○龍岡委員 今のお話とはつながらないんですけれども,16ページの2の「より適切な人事政策の推進」のところの囲みの中の最初の○には情報収集する仕組みを設けることを検討するべきだと書いてあります。これに対し,その本文のところでは,真ん中ぐらいのところに,「より適切な人事評価とこれに基づいた幹部人事とを行うことを検討するべきである。」と書いてありますので,これを囲みの中にも入れるべきではないだろうかと思います。例えば,「人事評価においては,被評価者について,同僚や部下による評価も含めた情報を幅広く収集する仕組みを設けるなどして,より適切な人事評価とこれに基づいた幹部人事を行うことを検討すべきである。」と,こういうふうに入れた方がよろしいのではないかと思います。 ○原田委員 先ほどの法務省の人事の在り方のところですが,この記載であれば賛成ですが,いろいろ御意見があるように,検察官の排除というような意見だということになってきますと,やはり大方の方はどうお考えか分かりませんけれども,やはり法務省の,特に刑事局は検察官でなければいけないところもあるのです。この御理解はなかなか難しいかもしれないのですけれども,検察という大きな組織を持っておりまして,この最高検以下の検察に対して,例えば可視化の問題でも不満を押さえてあるところをやらせなければならないわけです。そういうときに法曹資格もない,要するに取調べもしたことがない人に取調べのことをいろいろ言ってもらいたくないという気持ちはあるのです。良い悪いは別ですけれども。これを押さえつけるのに一般職というか一般公務員でいいというようなことではとてもこれは機能しないのじゃないか。普通の行政庁とは大きく違って,検察という大組織を押さえ込むという要素が法務省にはありますので,そのためにはやはりある程度検察官が主流になってやらなければとてもこの大組織をコントロールするということは,可視化一つもできないと思いますね。   だから,そういう問題をお考えの上で人事配置を変えるとおっしゃるなら分かるけれども,この程度抽象化されないで,もっと具体的に書くと言うなら僕のような意見も当然反映させていただきたいと,こういうふうに思っています。 ○但木委員 法務省と検察庁の職員の関係について,検事でなければできない仕事というのはあると思うんですよ。それまで撤退してしまえというのは僕はちょっと無茶だなと思います。だけれども,検事じゃなくてもできるものというものたくさんあるんですね,そこは本当は必然性はないので,僕はそこは撤退した方がいいなと前から思っていました。それは少しずつ始まっているような気がするんですね。だけれども,本当はそういうけちくさい話じゃなくて,もうちょっと自由な話じゃないかという気がしているんですね。例えば,僕はもう20年ぐらい前から弁護士さんから法務省に来てくれと言い続けているんです。正に司法全体のことをやる司法法制部に参事官で,是非弁護士さんにお出でいただきたいと言ったけれども,なかなか来ないんですよ。今も来ない。これはもっと自由であってほしい。さっき石田委員の話もあったけれども,もっと自由であっていいんだと。それで,その中で本当に適材適所,つまり,そのセクションはこの人がいいなというのはそれはいいところは資格者が占めたらいいし,そうじゃないところはそう。だから,硬直化した人事を変えなさいというならまあ分からなくはないけれども,余りここを本当にやるんだったらこれでは全然足りないし,それが本当に在り方検討会議がそこまでやるのかと。例えば,刑事局の中でもっと検事は減らすべきだとか,それと我々在り方検討会議が一番最初に始めたところの出発点と余りにも距離があって,やや桶屋だなと思いながら,桶屋はどの辺かなという限度をお考えいただきながら表現をしていただければという感じがいたします。 ○高橋委員 人員体制の話です。私は,今回の意見書の中にそれを書いたんですけれども,一つは,今回のサーベイではっきりしてきたということでちょっと意見を言うのが遅くなったんです。やはり土日も休めないのが常態化しているとか,メンタルの問題なんかを見ると,少なくとも第一線でやっている若手,中堅クラスは,ほかの組織を含めて見ても,結構やばいなという感じがしますね。これメンタルで最悪の事件,問題になったら取り返しつかないことが起き得るなということですよね。それから,そういう意味からいって,今回の事件の直接的な背景といえるかどうかは別にしても,ただやはり大阪が繁忙感が一番あの中でも強かったみたいなのも背景の一つになっている可能性もあるということはあると思うので。   私は,おっしゃるように,箱ごと全部大幅に増やせという表現はいかにも,江川委員もおっしゃったようなこともあるなと思うんですが。実際に現場に出ている第一線の検察官の人員体制をきっちり拡充しなさいというぐらいの表現でとどめておけば,是非それは入れていただきたいなと,そんなふうに思います。 ○佐藤委員 今の高橋委員の議論の続きになりますけれども。私もこの案の表現を拝見したときに,かなり明確に書いてるなとは思いましたけれども,また一方で,確かにこのことを正面きって議論はしておりませんけれども,しかし,ここで盛んに提言されたこと,すなわち,検察官はもっと世間を知るために研修として一般常識を涵養すべく企業なり,他の行政機関に出向して学ぶべきだとか,あるいは専門的知識を身に付けるために研修・勉強をやるべきだ,あるいは監察体制を強化すべきだ,あるいは特捜部を実質的に高検等が,その是非は別にして,指揮するなどの体制をつくるべきだとある。ところで,その人どこから持ってくるんですかというのが,これは言っていないけれども,それだけのことをやれというんだったらば,論理必然,体制強化は必要ですよね。ですから,私は,これ,えらいはっきり書いてるなとは思いましたけれども,しかし突き詰めていけばこうなるよねとは思いました。   ですから,私,こだわるわけではありませんけれども,名古屋地検のことを申しますのは,この間も申し上げましたけれども,やはり先ほど言ったような特捜に関する体制を強化しようとしたら,人的資源をどこに求めるかというと,再編・合理化しかないと。最低,再編・合理化はやるべきだと。しかし,それで足りない部分というのは出てくるでしょう。それはこれだけのことをやれと提言するなら,その手当てはそれは法務省が必要とするものはやりなさいよと,やれるように世間は応援すべきだということ,これは当然含まれているんじゃないでしょうかね。それをやらないでこれだけのことをやれというんだったら,私がここの機関の長だったら冗談言うなよと思いますね。 ○郷原委員 現場が非常に忙しいから何とかしないといけないということはもう全く同じ意見なんですけれども。しかし,やはりそれじゃあ全体として本当に余剰人員というのはいないのかということは,もっと徹底的に内部で検討しないといけないと思うんですね。特捜部存廃問題も,特捜部の組織の在り方問題もそうだと思うんです。今までは事件があるかないか分からないけれども,30人,40人の検事が正に待ち状態みたいなことで1年間仕事をしていた,本当にそれでいいのか。やはり日常的に仕事を持ちながらやる必要があるんじゃないかという考え方もあると思いますし。それから,全国の地検の体制,決裁官というのは,小さな地検であっても,本当に検事正,次席という体制である必要があるのかとか,いろいろなところで組織としての合理化の余地があるかないかをまだまだ徹底的に検討してみる必要があると思うんですね。その上でやはりこれはもうどこをたたいても出てこない,どうしてもこれは現場をちゃんとするためには人が必要だというのであれば,その上で,検察あるいは法務省から提案すべき問題であって,そういう検討を経ることなく人員の大幅増ということをここで打ち出すのは,私は今の世の中の状況からすると理解が得られないんじゃないかと思います。 ○石田委員 私はどちらかというと,佐藤委員の御意見の方に共感を持ちます。実際にいろいろな事件を弁護しているときに,検察官めちゃめちゃ忙しいことはどこの地方に行っても,また東京でもそう感じるんですね。これは一つには身柄事件は土日もない,それが1件や2件じゃない,かなりの件数を扱っていて,もう時間と日に追われてやっていらっしゃる。そして,我々がいろいろなことを言うわけです。もしこれがかなりの大幅な録音・録画ということになってくれば,余計に検察官に対するプレッシャーというのが出てきて,それこそ事件も減らさなければいけない,そうなると検察官の増員が必要になってくる。   一方,これは話があったかもしれませんけれども,私はこれには反対だったんですけれども,ものすごく法曹人口を増やしたわけですよね。そのときに財界の人たちは,一つは,これちょっと議論が離れますが,企業が法曹資格の人を採用するとか,そこの中には判検事も増員するという話もあったわけなんですよね。それが全くおろそかにされていて,今のような状況になっている。これはやはり今の問題が起こったことの一つの遠因には,そういった法曹人口をこれだけ増やしたにもかかわらず,検察官をそんなに採用していないという,法務省なのかどこなのか知りませんけれども,そういった政策にあるのではないかと思います。したがって,それは焼け太りという表現にはちょっと当たらないのではないかというふうに私は思います。 ○後藤委員 今の人員増の部分,私も何らかの形でこれは入れたいと思います。実際ヒアリングでも,サーベイの結果でも,負担感は非常に強いと思います。合理化だけでこれに対処するのは無理ではないか。しかも,この提言を実現しようとすると,今のままの人数でやれというのは精神主義になってしまうのではないかと思います。この限りでは佐藤委員と意見が一致するのですけれども。ここから先は,意見が違うかもしれません。   一つは,現在の文案では,これが目立って見えて,それこそ焼け太りではないかと見えてしまうのも確かです。その原因は,一つは形として4という独立の項目にしているのが目立つという問題と,もう一つは,合理化をまず徹底してやりなさいという部分を入れないとやはり社会の納得が得られないだろうということと,さらにもう一つは,ほかの部分でもう少し思い切った大胆な改革をはっきり求めないと,よいことだけ言ってあげたようにとられてしまうのではないかと思います。ですから,ほかの部分,例えば可視化のところでもう少し踏み込んだことを言えば,ここが焼け太りという印象がなくなるのではないかと思いますが。 ○井上委員 今の御発言の前半部分については,珍しく後藤委員と意見が一致するのですけれども,司法制度改革の際に量的にも質的にも法曹のパワーアップを図るべきだという理念がありました。そのときには裁判官も検察官もやはり必要な人数は増員するべきで,それも含めて法曹人口を増やしていこうというアイデアだったのですけれども,どうも財政問題なのかどうなのか,余り裁判官と検察官は増えない。ロースクールの学生,特に優秀な学生と話しますと,裁判所にも検察にも行きたいという人が確実に増えているのですが,志望どおりにはなかなか就職できない状況にあります。石田委員が言われるように,それが遠因になっていることは確かだと思います。   ただ,この書き方について,焼け太り的に見えるのはよくないというのは,そのとおりだと思います。そこまでは後藤委員に同感なんですけれども,後半部の,意見もまとまってないようなところまで踏み込んでというところは,話が飛んでいる感じがします。それは後でまた議論できればと思います。 ○後藤委員 これは対立ではなくて,今,この状況でもロースクールでは検察官志望者がすごく多いのです。検察官になりたいと一所懸命考えている人たちは多いのに,なれる人は少ないというのは,非常にもったいない状況だと思います。 ○宮崎委員 検察希望者が多いかどうかというのは検察人員を増やすかどうかという議論とは直接結び付かないのですが。私も珍しくここではやはり一定の増員は必要だと,このように考えているので,検察を応援したいと思います。   私は大阪ですから,大阪地検特捜部が僅か9名ぐらいで体制を敷いていたんですが,大阪の地元の新聞を見ていますけれども,やはり多くの事件を摘発してきていたわけですね。中にはえん罪くさいものも少なからずあると思いますが。ただ,そういう意味で,私はヒアリングのときに僅か10名弱でやっていたのか,少なすぎるという感じはとても持ちました。この脆弱な体制も今回の事件の遠因になっているのではないかと思っています。要するに,じっくりと捜査をできる体制ではなかった,だからこそ,無理して調書をとる手法に頼ったのではないかなという疑いを持っています。   それともう一つは,やはり今回,我々はそういう取調べに頼らないというか,調書主導の捜査を少し見直そうじゃないかということを言っているわけですが。そのためにはやはり専門知識を持った方々を大いに採用しようと。ITにしろ,DNAを含め,科学的知識を持った人,あるいは金融工学に詳しい人も専門職の人も大いに採用して,検察が幅広い知識を持つべきだとこういう具合に申し上げてきたわけでありますから,そういう意味での人材の手厚い措置はいるのではないかと,このように思っているわけであります。   少し外れるかもしれませんけれども,この前,韓国に我々は視察に行きましたけれども,韓国の検察の手厚い体制を見てびっくり仰天したというのが正直なところです。最高検の隣にとてもすばらしいビルがあるので何かなと思ったら,それは日本で言う科捜研,これを韓国検察は,しかもとても大規模なものを持っているというか,そこで様々な人材をプールしている。強力な捜査体制を敷いているわけであります。私もこの場でいろいろ注文をつけた以上,これに見合う人員の体制は必要ではないかと思っております。   ただし,その表現ぶりについては,今の厳しい財政状況の中でどう訴えるかというのはまた工夫がいるのではないかと思いますが,実態はそうだろうという認識を申し上げておきたいと思います。   それとあと,研修ですけれども,我々は検察の風土を変える研修が必要だと,こういう議論をしてきましたし,そのためには幹部の意識をやはり改めていただくことが極めて重要だと。いくら部下の研修をしても,それをチェックする幹部がよくなければならないのではないかと言ってきたのですが。例えば16ページの本文下からでありますが,「既に幹部になった者に対しても,同様の研修の実施を検討するべきである。」とあるだけで,やはり幹部の研修を重視すべきだという線が全体的に薄いのではないのかなと。しかも,研修の目的が文化を変えようという観点からの研修という視点が抜けているのではないかなと思います。   したがって,研修の目的,何のために研修をするのかということについて,是非とも入れていただいて,幹部の研修が極めて重要だということも力説をしていただければと。そうするとパワハラ的な点もなくなってくるのではないかと思うところであります。   それとあと,もう一つは18ページの下の方ですが,「検察の組織としての課題を洗い出すために,検察庁職員に対し,定期的に,その意識や執務状況等に関する調査を実施するべきである。」と,これは今回,高橋委員のもとでされたサーベイのことを指して,今後とも継続的にするということを言っているんですが。ここに検察庁職員に対し,是非とも外部の協力を得てとか,今回もいわゆる上司に秘密が漏れないというのか,そういうサーベイだったからこそ多くの協力を得られたわけでありますから,その点をきちっと明確にしていただければと,このように思っているところであります。   それとあと,検察官倫理について,策定に当たって外部の人の意見を聞いた方がよいということについては,私も賛成であります。 ○高橋委員 今の宮崎委員の幹部の研修の部分は全く同感でございまして,ここに人材育成の役割というのは強調されていまして,それはそのとおりなんですが,ただそれだけではなく,リーダーシップの在り方全般というようなイメージで,特に無罪になった場合にキャリアに影響を受けるとか,あるいは直訴したら云々という辺りも含めて,本当にそうなるかどうかは別にして,そういう印象を与えているということ自体はやはりリーダーシップに問題があるわけでありますから,育成以外の部分も含めて広くリーダーシップの在り方を変革していくために既に幹部になった人も含めてそういうことをやりましょうというのはもう少し言っていただいた方がいいかなと,そんなふうに思いました。 ○郷原委員 先ほどからの検事の増員の話,増員派が随分多いようですので,ちょっと改めて言わせていただきたいんですが。私も最終的に増員が必要であれば増員という意見を出すのは別に構わないと思うんですが,そのためのハードルの問題です。一つは,先ほど申し上げたように,まず徹底した合理化をすること。それと,捜査手法などについてもまだまだ合理的に捜査をするということはいろいろ考える余地があると思うんです。この場でも申し上げましたけれども,相手方の組織にもっと徹底して自主的に事実を解明させるというやり方も可能ですし,検察事務官の活用の仕方とかいろいろなことを考えていけば,検事の数だけの問題ではない。そういう努力を経た上で,どうしても増員が必要であればということだと思います。   それと,本当に検察官がみんな例外なく忙しいと石田委員はおっしゃるんですけれども,それは石田委員のような手ごわい弁護士を相手にすると,なかなかひまにはならないということでありまして,みんながみんなそういうわけではないということも言えると思います。   それから,大阪地検特捜部は検事の数が9人しかいないから,だからできないということは私はないと思うんですね。9人といったら野球の1チームほど立派な組織です。むしろ逆に,過去に私は自分の著書にも書いていますけれども,大規模な捜査体制を長期間応援も含めて維持して,これだけの体制でやってきたんだから,だから無理にでも捜査の結果を出さないといけないんだというプレッシャーにつかったような事例もあるというふうに私思っています。数が多ければいいというもんじゃないということだけは是非言っておきたいと思います。 ○江川委員 人員のことなんですけれども,すみません。確かに高橋委員や佐藤委員なんかの話を聞くとそうだなというふうにすごく思うんですね。ただ,その一方でやはりこれ全体を見たらどこに力点を置いているのかというのをやはり混同してもらっては,誤解してもらっては困るというところをきちっと書いてほしいということと。   それから,村木さんの事件が人手が足りないから起きたというのは,これは私は因果関係は認められないと思うんですね。この事件の背景にもそういうのがあるからという書きぶりは反対です。ただ,貝塚の事件なんかはそれはあるなと思いました。つまり,堺支部の方が人手が足りなくて次から次へと応援にいく中でああいう改ざんみたいなことが起きたということはやはりある,あるいはチェックがちゃんとできなかったというのはあると思うんですね。ですから,いろいろな事件全体を見てくとそういう問題があるということはやはり指摘はできると。だから,そういう問題をなくすために必要な人材は確保するというそういうことがやはり必要なのかなと思います。 ○吉永委員 今,何となく法曹界に深く根を下ろしている方は,人員増に対してやさしい御理解があるんだなというふうに思うんですが。私なんかが見ると,実際に余剰人員がいるのかどうかとかそういうのが見えないわけです。確かにこれだけの仕事をこれだけ求めるのには大変だなとは思います。だけれども,いろいろな組織が問題があったときに,それを増員で解決した組織というのは余りないんですよね。取りあえず本当に必要なときはそのときに改めて考えればいい問題なのかなというふうに思います。   確かにサーベイの結果を見ると皆さんがお疲れなんだなという,これ逆噴射とかなんかあったら困るなという恐れは確かにあるんですけれども。ただ,行列のできる店というのが,おいしいから行列ができる場合と,手順が悪いとか段取りが悪くて行列ができる場合と両方あるわけですよね。だから,そこら辺のところをきちっとどういう状況でこんなに詰まっているのかということをもう一歩考えた上で。もし人員増の内容を盛り込むのであれば,ピーク時に合わせるというよりは,我々が理解できるように,本当にそこの検察官がどういう状況であるのかということが国民にも分かるような一文が必要だというふうに思いますし,時期的に,まるでバーターのようなというのはやはりなかなか十分な理解が得られないままスタートするというマイナスの要因を生むかなと,そこら辺がちょっと注意深く必要かなというふうに思いました。 ○但木委員 私の話はまた元へ戻りまして,幹部の問題です。今度,検察が本当に根っこから改革ができるのか,新しい方向へ向けられるのかというのは,幹部の人たちの意識改革がどれだけできるかということに本当にかかっているんですね。だから,もちろん人材育成のための幹部教育とかいうこともありますけれども,実は日々の事件のやる中で決裁官がどういう態度で接するかということが若い検察官に非常に大きな影響を与えるだろうなと思っています。やはりこれが本当に検察にとって改革になれるかなれないかの,言ってみれば割と中核的な問題なので,宮崎委員といつも意見は一緒ですけれども,これについても全く一緒でありまして,高橋委員とも一緒で,是非そこは深く書いてもらいたいという気がいたします。 ○千葉座長 ありがとうございました。今,皆さんの御意見,基本的な精神はほぼ共通ではないかと感じます。突然,増員と書くと,本当に焼け太りという御指摘がありましたけれども,せっかくこういう議論を皆さんにしていただいた結果として受け止める側,国民の目から見て,何だ,焼け太りを決めてたのかという受け止めになるようでは,これは私の取りまとめ案がちょっと大変皆さんのお心に沿ってなかったということでもあろうかというふうに思います。ここは,ほぼ皆さんの認識というのが共有化されているかというふうに受け止めますので,そういう誤解を招かないように,それから吉永委員の御指摘のように,やはりまずは初めに増員ありきというだけではなくて,人員配置,適正配置等々含めて検討することも含みながら,ここはまとめておいた方がいいと思いますので,よろしゅうございましょうか。それでは,ここで一旦休憩をとらせていただきます。 (休憩) ○千葉座長 それでは,議事を再開させていただきます。   「検察の捜査・公判活動の在り方」について御議論をいただきたいと思います。これも先ほどから申し上げておりますように,それぞれの御意見,ほかの御意見もいろいろ念頭に置いていただいて,共通化できるということなども意識をしていただきながら御意見を頂戴できればと思います。 ○江川委員 何かいつもいつも最初に当てていただいてすみません。言い出しっぺみたいになるのかもしれませんが,ここが今回の提言の肝の部分だと思うんです。ここに中身が込められるかどうかで,本当それこそメッセージ性が出てくるのかどうかというところになるんだというふうに思います。その割に,これが非常に一番大事なところが曖昧になっているという感じがします。これ可視化の問題も,録音・録画を拡大すべきであると言っているけれども,具体的には別のところを設けてやってくれと。そこもまた全員一致じゃなければだめだと言い出したら,これは永遠にできない可能性があるというふうに思うと,この内容ではだめだというふうに思います。ただ,いろいろな委員がほかの捜査手法とか,いろいろなことをおっしゃっている。あるいはそれ以外にもいろいろな論点が出てきました,保釈とか2号書面の問題とか。そういったいろいろな問題について,きちんと検討しなければいけないというのもまたそうだと思うんです。ですから,問題を幾つかちゃんと分ける。これで言うと箱ですよね。箱をまず可視化,録音・録画を全過程の録音・録画に向けて対象事件や方法など,具体的な検討を開始するというのをまず一つの箱できちんと入れる。その上でこの24ページの二つ目の箱の問題でいくわけですが,これ特捜部,独自捜査の問題のところが,これやりかけたので途中でやめろというわけにもいかないですし,あるいは実際に可視化をやれと言っても,明日からすぐできるという問題じゃなくて,いろいろな準備をしたりしなきゃいけない間に,特捜部の人たちがやっている事件というのをちゃんとウォッチしていくというのは大事かなというふうに思うので,これ入れることは全然やぶさかではないのですが,○の1,2,3はこれは一つの箱でいいと思うんですね。   もう一つ,知的障害の方などのケースというのは,これは箱を分けるべきではないかなというふうに思います。これも知的障害の方なども確かにどういう人たちを対象とするのかとか,いろいろな検討しなきゃならないところはたくさんあると思うんです。だから,いきなり法制化というのは無理だとしても,向かうべきところはそちらの方向だということを示すためにも,例えば知的障害によりコミュニケーション能力に問題がある被疑者等の取調べにおいても,取調べの録音・録画を行うべきである。そのために,まずはこうした試行を行うべきであるという,そういう順序かなというふうに思います。   その上でいろいろな問題点について,27ページの箱ですよね。これに取調べの可視化をくっつけると,ほかのいろいろな論点がうまくいかなければ,結局,人質状態になってしまうというところがあるので,これは例えば,可視化の問題をその後いろいろな検証したりすること,あるいはより良いものにしていくために話し合うのは別に全然構わないんですけれども,ここで可視化をやるかやらないかを決めるというのは私は違うのではないかなというふうに思います。つまり可視化をやる,法制化する,そのための準備を進めるというのをまず出して,そして幾つかの,例えば特捜のケースをどうするのか,知的障害者のケースどうするのか,そしてその他のいろいろな問題,代替捜査手法のことも含め,あるいは今後の刑事裁判はどういうふうにあるべきかというのをきちんとやるべきである。同時並行的に幾つか進めて,結論が出てきたものからやっていくという形にすべきじゃないかなと思いました。 ○宮崎委員 この可視化につきましては,今日の朝,午前も申し上げたとおり,極めておかしい取りまとめになっているということは申し上げたところであります。基本的にはそういうことでありますが,各論について若干申し上げます。まず運用による取調べの可視化の拡大について取りまとめの枠がありますが,ここで1年後をめどとして検証を実施した上で,その検証結果を公表すべきであるという,これは議論があったんだろうかと思います。もちろん,我々の中ででも,この検察の在り方検討会議の提言がどのように実施されているか検証しようという意見は様々ありましたけれども,こういう取調べの運用について,試行に当たって,1年後をめどとして検証を実施するという議論があるならば,私はそこで何を検証するのかということが議論されなければならないと思います。どうも本文を読んでいると,弊害があったかなかったかということでありますが,私から見れば,消極的に運用すれば弊害はあるのだろうと,嫌々やれば。だけど,可視化を導入している諸外国はそういういろいろ様々な取調べ上の工夫をして可視化に対応しているわけであります。そのためには研修だとか,あるいはそういう取調べ手法などを開発して対応しているわけであります。単に取調べがやりにくくなりましたかという検証では,今までの取調べに慣れている人たちはやりにくくなりましたと言うに決まっているわけであります。私は,1年後をめどとした検証というものが突然出てきたように思いますので,これは恐らく,逆に言えば可視化のスケジュールが延びるための一つの方策ではないかと思っているわけでありまして,こういう検証というのも可視化をやるという,進めるという前提で,どういう検証があるべきかということをまず議論すべきではないのかなと思います。   それから,知的障害によりコミュニケーション能力に問題がある被疑者の取調べにおいても試行すべきであると。これは恐らく,この委員の中で異論のなかったところでありますが,ここでコミュニケーション能力に問題がある,あるいは誘導されやすい,あるいは非常に強圧的な取調べに弱いとされている少年についての項目が抜け落ちていると思うわけであります。これについては,多くの委員の方々もさほど異論がなかったところであります。もちろん,少年については件数が多いとか,あるいは19,18,この辺の少年は大人と変わらないじゃないかとか,様々な意見があります。私は,やろうという姿勢があれば年齢を限定すればいい,14,15,16と,こういう年齢を限定すればいいわけであります。件数が多いというならば,窃盗事件とか過失犯とか,そういうものを除けばいいわけであります。そういう意味で,前向きの姿勢であれば,少年などもコミュニケーション能力に問題があるということで,ここで様々な試みができるはずであります。障害があるから,はい,外しましょうということで,全部外していくということでは事態は進まない,このように思います。このまとめは,総論では要するに可視化を進めよう,拡大しようと,こういうことの大方の委員の合意があったわけでありますから,そういう合意がとれる範囲内で,少年,あるいは全く言葉を解しない外国人なども入るのかもしれませんけれども,その中で,いわゆる治安の面から見てもさほど問題がないと大方の委員が合意するような方々について,積極的に試行をするという姿勢が必要なのではないかと思っています。   それから,制度としての可視化についてでありますが,このまとめでいきますと,「新たな刑事司法制度の構築に向けた検討を開始する必要性」というところに入り込んでいるわけであります。我々は刑事司法制度の構築に向けた検討を開始するということについては異議がない。それは例えば,今回でも人質司法だとか,あるいは調書裁判を何とか変えていこうと,こういう観点からそういう幅広い検討を開始するということについては別段異論はないわけでありますが,そこに無条件で可視化を入れ,いろいろな問題を全部議論すると,こういうことになるというのは極めておかしいと考えています。特に,ここの本文の意見書の中でも,私はこの可視化の意見の中でア,イ,ウと三つに分類していただいているわけであります。私の立場から見ると,イとウはどう違うのかよく分からないわけであります。イとウはほとんど同じではないか。だから,結局意見は大きく二つに分かれた,こういうことにまとめるのが本来的なこと。様々な意見がありますから,様々なニュアンスで分けることはできるわけでありますけれども,大きく分けると,この二つになるのではないかと,このように思っています。   そこで,この問題について,合意に至らなかった。だから,別の場でというんだけれども,この合意に至らない一つの意見は,すぐ可視化を実施しましょうよ。もちろん,今すぐといっても段階的な実施でありますけれども,全過程可視化を実施しましょうよという意見と,慎重派と意見が二つに分かれて,慎重に別の場で議論をしようという方にほとんど異論を見ない形でまとめられているというまとめ自体,私としては納得ができないわけであります。   もちろん,可視化に当たって様々な御意見があります。暴力団犯罪はどうするか,あるいは組織犯罪はどうするのか,こういう意見もありました。我々も暴力団犯罪とか,そういう組織犯罪について今すぐ直ちに法律改正もなく実施せよとか,そういう代替的捜査手法の議論をしなくていいと言っているわけではない。ただ,だけど暴力団はどうするんだ。組織犯罪はどうするんだという議論の中に,それでない単純な,あるいは供述弱者の可視化,それから単純な犯罪行為についてまで全て議論を先送りする,こういうまとめについては到底承服できないし,そのようなまとめではメッセージ性はほとんどない,このように考えているわけであります。   私としては,決して過激なことを言っているつもりではないと主観的には認識をしておりますので,皆様方の十分な御理解を賜りたいなと,このように思っています。 ○郷原委員 まず23ページの真ん中の「このような事態に鑑みると」の後のところ,これは先ほども申し上げた一番最初のところと同じです。大阪地検の問題だけが前提ではないというこの表現をここに加えるべきだということです。   それから,24ページの上から5行目の「取調べの機能が毀損されかねない」ということが突然出てくるんですけれども,これは正に,今,宮崎委員がおっしゃるとおりで,これはどういうことなのかを正に議論をしないといけないことであって,私は可視化によって生じる弊害の大部分は組織犯罪だと思います。会社が上位者のことを供述できなくなる。そこの点については,確かにそういう弊害はあるということは異論がないんであれば,それを具体的に書けばいいし,一般の知能犯について,組織犯罪でもない知能犯について可視化によってどういう弊害があるのか。この辺はなかなか簡単には理解できないところですし,もう少しここは必要であれば,もうちょっと詰めた議論をして具体的に書くべきではないかと思います。   それから,25ページに結局上のところですね。第2パラグラフで「録音・録画を積極的に試行する」ということを提言すると書いてあるんですけれども,積極的に試行するというのは提言なのかな。提言というのは普通もう少し具体的なもので,積極的に試行するんだったら,せいぜい提案か助言ぐらいの話じゃないかと思うんです。ですから,この積極的に試行するというだけではなくて,何をどうするのかということは最低限ここでもう少し具体化しないと,提言に値しないんではないか。そういう意味で,ここで議論をした中で,確か私が申し上げたのは,試行の対象をもう少し明確化すべきだということを申し上げたつもりです。例えば,龍岡委員もおっしゃっていた勾留した段階の原始供述は最低でも可視化をするということも一つの非常に重要なことだと思いますし,あるいは公判で立証に使う予定の調書については,その作成過程を可視化するというような具体的な考え方を書いておかないと試行ということに値しないと思うんです,積極的にというだけでは。   それで,その次に26ページに4行目のところに「捜査体制の下におけるチームとしての責任ある判断」,これ確か私が言ったことをここに書いていただいているという感じがするんですが,単にチームとしての責任ある判断ということを言うだけであれば今までと余り変わらないわけで,重要なことはチーム内でこういう基本的な考え方で,ここまで可視化をやろうというような基本ルールを示すということだと思うんです。そうじゃないと,何となく責任持って判断しましょうというだけでは意味がない。チームということの意味がないんじゃないかと思います。   それから,可視化の問題に関連するんですが,私,確か立会事務官をもっと活用したらどうかと。立会事務官に責任を持たせて,しっかり取調べ状況を記録させたらどうかということを提案したつもりなんですが,特にこの点については異論はなかったと思うんですが,この点はいかがなんでしょうか。私は可視化の問題と併せて立会事務官が本当に責任持って,独自の責任を持って取調べ状況を記録すること。しかも,そのラインが検察官に依存するんじゃなくて,事務官は事務官の独自のラインで報告体制をつくること,これは不当・違法な取調べを防止する有力な手段になるんじゃないかと思っています。 ○後藤委員 まず,1のところで運用面,制度面両方で,一層拡大すべきであるというふうにまとめられれば,それは一つの意味があるとは思います。けれども,ここをもう少し進めたところで大方の一致が得られないものだろうかをもう少し追求したいのです。最終的な形として,原則的には取調べの全過程を録音・録画するのが一番良いという考え方はかなり一致しているのではないかと思います。それを例えば,最終的な目標とか理想という形で,ここの囲みの中に入れるというような,もう少し積極的な書き方ができないものだろうかというのが一つです。   それから,2番目の運用による拡大の部分ですけれども,試行して1年をめどにして検証するという点は,私たちの間で必ずしもこういう合意をしていたかどうかは私には分からないです。これは座長のアイデアなのかとも思いました。検証するのは悪いことではないのですけれども,もしもそういう検証を我々が提案するのであれば,検察官だけで検証するのではなくて,そこに外部の人も加えて検証するようにしないと客観性が不十分ではないか。それから試行の方法の中に取調べの全過程を録音・録画してみるという形での試行も含めないと本当の検証の意味はないと思います。実際にそれをやってみないで,弊害があるとかないとか議論することになってしまいますので。実際,現在の文案でも26ページの説明を見ますと,知的障害のある方などについて取調べの全過程を含む云々というふうに,ここでは例として書いています。これをこっちの囲みの中の,どこにするかは問題ですけれども,囲みの中に,試行の中で全過程の録音・録画の試みも入れるべきだということを盛り込めないだろうかと思います。   それから細かいですけれども,4番目の知的障害云々の部分で,「被疑者等」となっていますね。この「等」の付き方が私には疑問です。原文の「等」は,参考人を入れるという意味で書いてくださったのではないかと思います。「知的障害等」と前の方に付く方が,この文章の意味としては理解しやすいように思いますだとすると,この「等」の付く場所が違わないかという問題です。   それから,この運用の部分の問題です。可視化の目的について当事者的な視点がやや強く出過ぎている感じがします。23ページのところでは,例えば,「任意性・信用性等についての立証方法を検討することを主な目的として」というふうに書いていますね。それから,26ページのところでも「取調べ状況の立証に資する」というふうに書いています。これらは,検察官的な立場で書いているわけです。逆に,29ページのところの先ほどのア,イ,ウの三つに書かれた部分で,アの可視化にいちばん積極的な意見のところでは,えん罪の防止ということを書いています。これは逆に,弁護人的な当事者的発想になっています。もう少し客観的な,例えば裁判所から見ても,取調べ過程を判断しやすいようにすることに可視化の意味があると思います。現在の文案では,可視化の目的がやや当事者的な視線で捉えられ過ぎてはいないか,説明の部分でそういう問題を感じます。   それから,3の新たな検討の場の話です。今まで何人かの委員もおっしゃったと思いますけれども,この文案のここだけを見ると,制度としての取調べの可視化自体も新たな検討の場に委ねるのだという意味に見えます。しかし,1のところでは,既に,はっきりと拡大せよと言っています。そうすると,1のところと3のところで平仄が合っていないことになるのではないか。つまり,1のところで,もし我々がこれをはっきり言うのであれば,3のところは全く方向を定めないお任せではないはずです。そうすると,例えば制度としての取調べは「可視化を含む」ではなくて,「可視化を前提とする」というふうにしないと全体の趣旨が非常に曖昧になってしまうのではないかと思います。 (黒岩大臣政務官入室) ○井上委員 これではインパクトが弱い,もっと強くというのは,おっしゃっている方々のお立場からはよく分かるのですが,これだけ大きな意見の違いがある論点で本当にまとまるのか,ぎりぎりどの辺で合意ができるかという視点から考えることが,この段階に来れば欠かせないと思うのです。そのような観点で見た場合,可視化というのは先決問題でみんな一致しており,それを前提としていろいろな条件を考えるというところまで果たして意見が一致しているのかは大いに疑問があります。   その上で,制度化については本格的な検討をできるだけ早く,適切な場をつくって開始すべきだという意見を私は何度も申し上げたのですが,それが先延ばしじゃないかとか,丸投げじゃないかとか,責任逃れじゃないかという受け取り方ををされていて,非常に心外です。積極的な提案をしたつもりですから。無理な取調べが行われるということがあるとすると,その前提として,但木委員もおっしゃっているように,供述証拠とそれを得るための取調べというものに大幅に依存してきたこれまでの運用というか,全体的な構造があるので,それを改めていく必要があるということは,多分そんなに異論はないと思うのです。それを改めていかないで,そういう構造があることを前提にしながら取調べの録音・録画,特に全過程の録音・録画をいきなり入れるということになると,これまで果たしてきた刑事司法の機能が大きく,あるいは実質的に阻害されるおそれがあるという懸念が事実として存在することは間違いないわけで,それが当たっているかどうかは確認しないといけない。この点について,宮崎委員のペーパーだったと思いますが,我が国は治安が非常に良いので,新たな捜査手法を考える必要はないのではない,立法事実はないとおっしゃっているのですけれども,むしろそういう治安が良い状態が悪くならないかというのが懸念されているところだと思うのです。その点をは確認すると同時に全体的な構造を変えていきながら,取調べに代替する,供述あるいはその他の証拠を得る仕組みというものを考えていくということでなければ,無責任だろうということは,もう何度も繰り返して申し上げているところです。もう一つは,制度化するとすれば,基本法の改正や立法を伴うので,この検討会議で決められる事項ではないだろうと思います。もちろん,この会議でいろいろな意見が出て,それを踏まえて議論してもらいたいということはできるのですけれども,ここで一つの方向性を出すとか,そういうことは立法問題についてはできないだろうと思います。では,こういう方向でやってくださいよということで止めていいのかということなのです。そこで,できるだけ早くそれに適した場をつくって正面から議論してほしいと提言するのは積極的な意味があると思います。6年も法曹三者で協議してきて何も進まなかったじゃないかという御意見もありましたが,そういう枠組みの中で議論する限り,何も解決しないと思います。三者の枠組み ではない別の枠組みで本格的に議論をして,懸念していることは杞憂で根拠はない,あるいは代替策なんて要らないということになれば,録音・録画だけ立法化するということもできるだろうし,そういった問題がやはり関連するのであれば,一緒に議論して対応しないといけない。私は,そういうふうに思っているのです。宮崎委員の立場からすると,イもウもそれとは異なるわけですから,同じ穴のムジナに見えるかもしれませんが,イとウでは立場が違って,多分,私なんかはイに属すると思っているのですけれども,そういうふうに意見が結構分かれているところでまとまるのかというと,強引にどこかに持っていこうとすれば,恐らくまとまらない。まとまらなくてよいのかということなのです。またある方向でまとまったとしても,それだけでは,それで終わってしまう。だから,次のステップに向けて,我々のメッセージとして,できるだけ早くそういう場をつくって正面から議論してほしいということは,積極的な意味があると思います。   それから,知的障害の問題については,大きな方向では恐らくそんなに意見の違いはないというのはそのとおりかもしれませんが,知的障害の方というのは,私もそれほど詳しくはないのですけれども,いろいろな方がおられて,いろいろな事情を抱えておられるので,最初から一律に全部というのは無理で,試行の中で幅広くいろいろな事情に応じていろいろやってみて,その上で,その実績を踏まえて制度化というのを考えていくというのが適切ではないかと思います。   もう一つ,少年については,確かに一部の方から意見は出たのですけれども,それを正面から捉えて突っ込んだ議論をしたわけではないと思うのです。知的障害の方々と重なる部分もあるのですけれども,少年事件特有の問題はいろいろあって,かなり多様なものですから,もしそれを取り上げるとすれば,その関係の人々から事情を聴いたり,突っ込んだ検討をした上でないと方向性は出せないと思うのです。したがって,少年事件については,まず試行として知的障害の方について幅広くやってもらった上での話ではないかと思っています。 ○郷原委員 今,井上委員が言われるのは治安の悪化,治安の悪化ということを言われるんですけれども,ここで可視化について書かれているところと違うと思うんです。ここは特捜部,特別刑事部の事件,それに知的障害者のことが書いてあるだけで,治安の問題は,私は基本的に警察の問題であって,検察独自捜査というのは別の問題だと思うんです。検察独自捜査の捜査手法としてどうあるべきかということをこの問題,ここで議論していかないといけない問題だと思うんですが,そういう意味で考えたときに,確かに企業犯罪の中で組織犯罪の場合に下の者から上の者,関与についての供述がとりにくくなるというところはあるんですが,そういった具体的なことを言われるんであれば分かるんですが,それ具体的に詰めていかなきゃだめだと思うんです。それをここで議論をしないで,その次の場をつくったら可視化の弊害が消えるかどうかがわかるというのは,私全く理解できないです。ここでの議論というのは,少なくとも11月から相当な回数をかけて相当な時間をかけてやってきたわけで,この後,別の場をつくったとしても,どこにつくるか分かりませんけれども,内閣府につくるのか,法務省につくるのか。普通に考えたら,そういう有識者も入れた議論の場というのはこれだけの時間を使って検討をするなんていうことは,なかなか困難だと思うんで,ここでできることはここできちんと議論するということが必要だと思うんです。何か最初から先送りありきのような議論だとしか思えないんですね,今おっしゃるのは。もっと具体的に取調べにおいて,どういう場合にどういうふうに弊害が生じるのかということを言ってもらわないと全く納得はできません。私は少なくとも自分で実務をやってきて,録音されて録画されて恥ずかしいような調べはやってこなかったつもりですし,それは具体的に全て全く弊害がないかと言われたら違うと思います。もうちょっと詰めた議論をしないと,せっかくここで可視化について議論した意味がないと思います。 ○井上委員 1点だけ,制度の問題として立法化ということを考え,刑事訴訟法を改正するということになれば,検察だけの問題ではないかもしれない。そういう意味で申し上げているということと,もう一つ,懸念が表明されていることは事実なので,それには事実的根拠があるのかどうかを確認しないと,先に進まないだろうということを言っているのです。 ○郷原委員 ここで確認したらいいじゃないですか。 ○井上委員 どうやって確認するのですか。 ○郷原委員 それは必要であれば,もっと具体的に何が問題になっているのか。 ○井上委員 そのためには,関係者を呼んで事情を聞くとかといったことを積み重ねないといけないわけで,立法論に結び付くとすれば,この場ではできないと思うのです。 ○郷原委員 いや,立法論の問題じゃなくて。 ○井上委員 私は立法論の話をしているのですよ。 ○郷原委員 ここは立法論の話じゃないんですよ。 ○井上委員 いや,立法論の話をするのであれば,それに向けた適切な場をつくって議論しましょうということを申し上げているのです。 ○郷原委員 立法論を別にしてここで何が言えるかということを議論しているわけじゃないですか。 ○井上委員 そこがずれていると思うのです。 ○佐藤委員 私は,井上委員が言われた最後の2点のことについて補足的に申したいと思います。   まず少年の問題について,私も,これが議論の対象になった経緯はこの場ではなかったと思います。それと,もしそれを議論するということであれば,私は家庭裁判所や最高裁の意見を聞かなければ,この問題については結論を出すことはできない,そういう性格の問題だと思いますので,もし議論するのであれば,そういう観点からまた申し述べたいと思います。   それから,知的障害者の問題なんですけれども,確かに前回か前々回に,何人かの方からこういう人について可視化を推進すべきだというような発言があったことはそのとおりだと思いますけれども,この問題について私も発言したことはございませんし,それをテーマとしてどのようにすべきかという形での議論がされたとは記憶しておりません。しかし,今,現に話題になっておりますので,この点について申し述べたいと思いますが,まず,特捜部の問題を議論するのがこの会議の主テーマであったはずです。そこから特捜部に限らないすそ野があるということで検察問題一般について問題の所在というものを求めて議論が深まってきたということだと思いますが,知的障害者が特捜部の捜査対象になるということは,まず考えにくいと思います。   百歩譲って,検察一般としてその対象者を捜査することはあり得るという観点から議論するとしても,この障害者というのは,一体どういう人が障害を受けているのかという判断というか,認定というのはそもそも非常に難しいですし,進行する捜査のどの時点でそれが判明するかという時間的な推移の問題もありますし,実際にそれを判断するときには専門家に聞かなければなりませんが,直ちにそういう専門的な知識のある人を得ることができるというわけでもない。このように,障害者の取調べについては様々な問題があると思います。   それともう一つ考慮しなければいけないのは,今日も秋葉原の事件についての判決があったようですけれども,無差別通り魔殺人事件などは,こういう人によって起こされた事件が多々あるわけですし,また記憶に新しいところでは横断歩道橋から,そこをたまたま通っていた幼児を車道に投げ捨てたとか,いろいろな事件があって,国民はそういう事件が発生したときにはものすごく不安におののくことになりますし,被害者と被害者家族は大変な憤りを持つことになります。そういうものを受けて捜査は展開されていく。これがこの種の方たちと関わる事件に多く見られるケースなんです。   それに加えて,実際に判決がありますと,被害者ないし被害者家族は,その有罪を認定された人の犯した罪の大きさや重さと実際に科せられる刑の軽さ,これのかい離に対して大変な憤りを持っています。それと,もうやりきれない気持ちを持っている。そういう人,ケースが多い。そうだとすると,ここの26ページの最後の行ですけれども,下から4行目になお書きで「その試行に当たっては」云々とありますけれども,「研究者や障害者団体の方々らの意見を十分に聴取して検討することが望ましい。」とありますけれども,私はこの中にもう一つ加えるべきものがあると思います。それは,被害者,被害者家族の方々です。これらの方々からの意見を必ず聞かなければならない。そういう対象の人々,捜査対象の人々ではないかと思います。   冒頭において,今回,取調べでいろいろ問題があったという被疑者であった人のヒアリングがございました一方で,そうでない立場の被疑者であった人についてのヒアリングが行われなかったことに対して疑問を呈しましたけれども,この知的障害者に関わる制度をどうするかというときには,私はこういう被害者,被害者家族である人たちの意見を必ず聞かなければいけないと,そう信じております。ですから,この問題について,これをここでさらっと話が出たからということで方向性を決定するということについては,私は大変な疑問を抱くということを申し述べておきたいと思います。 ○龍岡委員 今の佐藤委員の御意見に関連してまず申し上げますけれども,知的障害者の問題,それから少年の問題,ここで一応議論にはなったと思います。私も少年のことについては言及したことがございます。ただ,これも一律に全面可視化という議論までした覚えはありません。いろいろなケースがあるでしょうから,そのケース,事案を見ながら適切な場合には試行の中でも取り入れていくということは考えられるんじゃないだろうか。いろいろなケースがありますだけに,いきなり一律に取り入れるということについては疑問があるというふうに思います。   それから,運用の面から申し上げますと,試行はできるだけ柔軟かつ弾力的に広くやっていこうということが最高検の説明の中でも示されたわけですから,これは是非やっていただきたいと思います。例えば,先ほどお話がありましたけれども,全過程についてもやってみるというのも試行のやり方としてはあり得るんじゃないだろうかと思います。そういったことをいろいろやりながら問題点を把握していくということは大事であって,問題点が把握されると,その解決法というのも当然議論になってくるわけです。そういう意味で,先ほど郷原委員と井上委員との議論がありましたけれども,私はやはり運用の中で試行をきちんとやって問題点を検証していくということが非常に大事で,そのようにして運用を広めていく中で,最終的には恐らく制度化が必要になってくる,立法問題になってくるんじゃないだろうかと思います。これは井上委員が前から指摘されているとおりで,私も適切な場において十分議論していくことが必要ではないだろうかと思います。可視化の問題は,これだけ切り離してというわけにもいかないところがありますから,ここにありますように,新たな刑事司法制度の構築に向けた検討というのを行う必要がある。その中で可視化の問題についても十分議論して,できるのであれば制度化していくということが必要ではないかというふうに思います。そういう意味で,運用の面と制度化の面とは一応区別していいんじゃないだろうかと思います。この提言案の中で,制度面についてのいわば立法面も含めて取り入れられていただいたのは,これは一つの方向性を示すものとして意義があるんではないだろうかと思います。それを実質化するためにどういう形でやっていくかは,これは専門の場で検討していただくということではなかろうかと思います。とにかく,やれるところから一歩一歩試行していって広げていくということを,最高検の指針の中に示されたわけですから,それを契機として,それを更に広げていくという方向で後押しをしていくということも,これは大きな役割,この会議としての役割ではないだろうかと思います。オール・オア・ナッシング的な議論だけではなくて,段階的な議論というのが必要ではないだろうかというふうに思います。 ○原田委員 私も少年の点に言及した覚えがありますが,確かに龍岡委員も言われたように,それについて全面的な議論というのは,それ以後なされていなかったと思います。やはり知的障害の場合も少年の場合も,全面可視化で優先順位として検討すべきであるというふうには思っておりますが,少年の場合は,私も柏事件とか,調布事件という大きな事件に関わってきたんですが,実際は家庭裁判所に送致するまでは警察の調書がほとんどで検事さんは家裁に送るために1枚書くぐらいなもんですね。そのくらいで,家庭裁判所に入ってきて,そこで調べて,逆送になって初めて検察が深く関与してくる。こういうことを考えますと,この問題は警察における可視化,あるいは家庭裁判所における可視化という,ここでは議論の対象になっていない部分が大きなスペースをとる問題ですので,その辺りはよく考えてみれば慎重に考えるべき要素がたくさんあるんじゃないかなと,こんなふうに考えております。 ○但木委員 まず少年の問題については,今,原田委員や龍岡委員が言われたとおりで,本当言うと,検事というのはほとんど少年の調べしていないんですね。ほとんど警察と家庭裁判所が関与するのであって,逆送した事件だけが検事が調べるという,そういう構造になっている。逆送される少年というのはほとんどの場合,暴力団の配下で暴走族のリーダーとかそういうのが逆送になってくるんですね。もちろん,深刻な殺人事件とかもありますけれども,それはまた裁判員裁判の対象になってしまう。そういう意味で,僕はこの前何にも意見言わなかったんですけれども,本当は少年事件というのは余り検察官は関与していないし,それが録音・録画になじむ事件というのは本当に少ないんじゃないかなと思います。もちろん,殺人とか裁判員裁判対象事件は別にしまして。ただ,知的障害者の問題は,僕は検察官として録音・録画できる条件があるときはやった方がいいなと思っています。それはなぜかというと,ものすごく取調べが難しくて心証がとりにくいんです。それはある意味で,供述と証拠とを突き合わせて,本当に客観的証拠で裏付けられるような事件しか起訴しないんですが,それでも例えば,決裁官だって一体どういうふうに言っているのかなということが分からないと決裁もしにくいと思いますし,それから,まして裁判官から見た場合にどんなふうな調子で物を言っていて,その心証が正しいのかなというのを確かめるためには,本当は知的障害者の場合は録音・録画しておいた方がいい。ただし,知的障害者の場合は,自白しているからといって,これは有罪の証拠ですというわけにいかないんです。すごく迎合することがありますから,その中で本当に信用できるのかどうかというのは,すごく難しい。その吟味の材料として,僕は条件に合ったら録音・録画をした方がいいと思います。ただし,この領域は非常に微妙な領域なので,本人が録音・録画に対してすごく反発を感じる場合や両親が嫌だと言っている場合,あるいは精神医学者がだめだと言っている場合とか,いろいろ条件が難しいことも本当なんです。ですから,全部について録音・録画できるのかと言われると,それはそういうわけにはいかないんだけれども,ただ,私は正直言うと,録音・録画できる条件がある知的障害者について,検察官が起訴するかどうかを決定する心証を得るためにも,それからそれを決裁するためにも,それから裁判官に心証をとってもらうため  にも,僕は録音・録画をした方がいいと率直に思います。私自身の経験から言うと,調書をとる場合に,物語調書はとれないんです。そんな整合性がある供述をするわけではないですから。問い答えしかとらないんだけれども,問い答えでも,本当に生の問答をそのまま表せるか,これは難しいんですね。だから,僕はそういう意味で言ってみれば,検察が今,前を向いていますということを最高検は言ったんですから,それは条件があるところは録音・録画をやった方がいい。それで,少年の問題も,さっき言った暴走族のリーダーなんかは録音・録画をしなくていいけれども,しかし,そうじゃなくて,防御能力がない子が逆送事件で検事が調べざるを得ない場合だって,それはあるんです。そういうときには,そうだなと,これは問題あるなと思った瞬間から録音・録画の可能性を考えるべきだと思います。私は知的障害者ですと証明書を持って来るわけじゃないわけですから。それは,その段階からでいいんですが,そういうことをしてやった方が僕はいいなと思っています。ただし,少年というふうに明示的にやるかというと,僕は案件が非常に少ないのと,今言ったようなことで余り対象になる人が本当は少ないけれど。そういうときは積極的なマインドでやってもらいたいというふうに注文をつけたい。   一番本論の方ですが,そこまで在り方会議の本分ではないと言われるかもしれないけれども,大阪の事件を見ていると,幹部が余り証拠をちゃんと吟味しないで,もうこれは社会的名声があるやつだな,ここをターゲットにしろと言って,本当ならば主任検察官が客観的に違う資料を持っているんだから,いや,それはできませんよと,そういう筋じゃないんですと言うべきなのに,それをやらないで,客観的な証拠を無視して,言ってみれば,検察官へお前こういう筋書きでとれというので,その筋書きに従って,また一人一人検察官独立して自分の良心でやるべきなのに,それもちゃんと調べないで,上司が言ったとおりの内容の調書を作ってしまう。これがこの事件の本当に悲しい部分なんです。僕は何でそんなことが起きるかと言えば,日本の刑事手続というのは余りにも調書に依存してきた。真実そうで,良い面というのは微に入り細にわたり心理の内容まで調書に書いてありますから,すごく緻密な判断ができるんです。量刑についても。そういう面では調書裁判というのは優れた面もあって,これまではそれが成功してきた。だけれども,もうそういう時代ではない。今までは誰も傍聴人がいないんで,検事と判事と弁護士と被告人しかいないから,プロだけで裁判をやっていた。だから,調書を証拠として出して,傍聴人がいなければ何が行われているか分からなくてもよかったんです。あとは,裁判官が記録を精密に緻密に読んで,それで判決をしてきた。だからこそ,検事調書を同意しないなというときには保釈しないわけです。その証人尋問が終わるまでは罪証隠滅のおそれがあると考えてきた。だから,そういう日本の刑事手続がどう見ても世界の中で非常に特異になってきてしまったという現実があると思うんです。それで,実は裁判員裁判だって,そういう意味で普通の国になろうということで,裁判員裁判という,陪審でもない,参審でもない,何か非常に曖昧ですけれども,日本的な,しかし普通のことをやろうよということでやった。私は普通の刑事手続にしようよということが大事だと思うんです。今度の事件に真っすぐ向かっての答えは,僕は多分それだと思うんです。公判中心主義にしましょう。つまり,公判で白か黒かをちゃんと分かるようにしましょう。それから,調書に余りに依存するということはやめましょう。もちろん,普通の国がやっている捜査手法を入れなければならないかもしれません。しかし,日本の刑事訴訟は,普通の裁判でやりましょうという,そういう時代に入っている。皆さんは,それは引き延ばしだと言いますけれども,検察官の取調べだけ録音・録画しましょうという法制度をつくることが本当にいいのでしょうか。多分,この在り方委員会から出るとすれば,そういう法制度をつくることになると思いますが。それに意味がないとは申しませんけれども,そうではなくて,全ての,つまり刑事手続全体というものを普通の国の普通の手続にしていくということをやるべきではないだろうか。可視化の問題がすごい大事だというのは分かります。それが効果があるのも分かります。本件について可視化が無意味だとは言いません。だけれども,それは,刑事手続全体を普通の手続にしていく中で検討されるべきだと思います。検討する場で,いや,どうも最高検がさぼっていて,録音・録画も全然やっていないんだと,これはもう何としてでも検察の録音・録画を法制化しなければいけないという意見になってしまえば,それはそれで先行したらいいんです。だけれども,僕は,全体を検討する中で,可視化を先行させるべきかも含めてちゃんと検討してもらいたい。この事件で応答するとすれば,私はそれが正道じゃないかというふうに思います。   重ねて言いますが,今は,先延ばしするというような時期ではないんです。もう裁判員裁判で角は曲がってしまった。角は曲がってしまった後の話を今しているわけで,だから,私は,全体を変えようということで,是非少なくともそこの場で検察の可視化を一番最初にやれという結論なのは全然構いません。だけれども,それも含めて,ちゃんと日本の刑事手続の現状というのをみんな十分認識した上でやってほしいということと,私はそのときは警察もちゃんと参加してもらい,裁判所も参加してもらい,それから一般市民の人も,それから財界もみんな参加してもらって,多くの広い意見をできるだけスピーディーに聞いて,3年なら3年でやるという目標を立ててやってもらいたいなと思います。これは私からのお願いでもあります。 ○嶌委員 但木委員が熱弁を振るったんで言いにくいんですけれども,基本的に僕は但木委員がおっしゃっていることに賛成です。しかも,その精神というのですか,それは正にそのとおりで,そういう方向で僕はこの問題を考えるべきだというふうに思います。ただ,皆さんが可視化の問題について,座長の提言案には反対だとか何とかというふうにおっしゃるんだけれども,余りこの問題についてずっと追っていない僕なんかからすると,どこが反対なのかよく分かりません,はっきり言って。要するに,僕も国際会議だとか,あるいは省庁の会議だとか,そういうところでよくコミュニケをつくったり,共同声明を作るときを取材していますけれども,最後はワーディングが問題になるわけですよね。どういうワーディングを作るかというところで,それぞれが思惑を込めながら妥協できるワーディングを作るわけです。しかし,作ったワーディングというものもそれなりの拘束があって,例えばサミットで決めた話というのは1年以内に大体実現していくというケースが多いし,1年以内にできない場合も,その翌年にはほぼ実現していくというようなケースが多いわけですよね。そういうことの全体を考えますと,僕は提言案に書かれていることというのは,そう的外れなことは書かれていないというふうに思うわけです。   まず検察の可視化の基本的な考え方という中で,被疑者の取調べの録音・録画は検察の運用面からも,法制度の面からも,今後,より一層,範囲を拡大すべきであるというふうに書いてあるのは,そのとおりでいいんじゃないのかなと僕は思うし,できればここに全過程というような言葉,原則として全過程を含めてというようなことを運用で考えればいいんじゃないのかなというふうに思うんです。そういうふうに言ったときに,どれほど問題になるのかなというのが僕にはいま一つよく分かりません。   それから,24ページには,検察の運用面からも,法制度の面からも,被疑者取調べの可視化の範囲をより一層拡大するべきであるというようなことが書いてありますけれども,これなんかもそのとおりだなというふうに思います。これは四角の中に入っていないから,これは除いてもいいですけれども,次の2の「検察の運用による取調べの可視化の拡大」というところでも,特捜部における取調べの録音・録画の試行に当たっては,できる限り広範囲の録音・録画を行うように努め,1年後を目途として検証を実施した上,その検証結果を公表すべきであると。これなんかも1年後ということを言ったかどうかということは僕もはっきり覚えていませんけれども,1年後ぐらいを目途にして,こういうことを検証するということは非常に大事なことだなと思いますし,できる限り広範囲の録音・録画を行うということも決して反対すべきことではないなと思います。   それから,2番目に,特捜部における前記試行については,原則として,試行方針上の対象となり得る事件の全件で試行を行うとともにというふうに書いてあるわけです。そして,それを積極的に行うように実施するべきであるというふうに書いてあるわけです。   それから,3番目には,特別刑事部が取り扱う独自捜査事件についても,特捜部に準じて取調べの録音・録画を行うことを試行すべきであるというように書いてある。だから,特捜部以外の事件についてもやりましょうということをここで言っているんだろうと思うんです。今,問題になっている知的障害の問題については4番目に書いてありますけれども,僕はこの問題の具体的なことは分かりませんけれども,つまり物事をきちんと判断できない人だとか,あるいは少年でうんと年の若い少年が実際に物事を自分できちんと判断できないときに,親がついているとか,弁護士がついているということができないとすれば,全面可視化を行って,裁判所で,後で判断するときの材料にするということは,僕は人権上もこれは非常に大事なことなんじゃないのかなと思います。判断できない人のことについて,調書もなかなかとりにくいというようなときには可視化をしておいて,後で弁護士,あるいは検事,あるいは裁判官が合議して考えるというのは,普通の人が考えたら当然の考え方なんじゃないのかなというふうに思います。   その後,四角の下のことにはいろいろありますけれども,例えば,取調べの録音・録画についていろいろ問題があった場合には,問題点の検討に資するようにするだとか,あるいは初期の録音・録画を努める場合に,後ろの方の4行目か5行目に書いてありますけれども,身柄拘束の初期の段階の取調べ,主要な供述調書の作成に係る取調べ等,いろいろな事案について様々な試行を行いというふうに書いてあるわけですよね。こういうようなことを考えると,僕は基本的にこういうことを実際に,この1年間様々な事件で全過程の可視化を含め,様々な段階でいろいろなやり方を試行していくということは,決して後ろ向きの話ではないなと思います。そして,そこで出てきた問題点をもう一回1年後ぐらいにここで報告してもらうと同時に,あるいは別の会議でもっと具体的な法律論を検討するというようなことが僕はあってもいいんではないのかなというふうに思います。   それから,次の四角の中に書いてあることは制度をどうするかというようなことが書いてあるわけですけれども,それはここで出てきたような問題を考えた上で,6年間議論してきたようなところで結論を出していくのか。あるいはもうちょっと司法制度全般から物事を考えるのか,よく分かりませんけれども,そこは司法制度というか,これからの司法の在り方,あるいは検察の在り方が時代とともに大きく変わってきたんだということを念頭に置きながら,どこでやるかということも考えたらいいんじゃないのかなと思います。ここでどこでやるかということまで議論すべきなのかどうかということは分かりませんけれども,僕はここに書いてあることは基本的には,様々な種類の試行を重ねつつ,いろいろな範囲にわたってやりましょうよということだと思います。できれば,できるものは全面可視化も含めた試行をやったら僕はいいのではないかなと思いますけれども,そういうところから問題点を洗い出して次の段階に進むような,そういう提言にしたらいいんではないのかなと思います。   一つだけ感想を申し上げますと,解説の部分が非常に長いんです。多分,これは意見がすごくあって,僕らには分からないけれども,恐らくそれを論争した弁護士界,検察の人たちのことを考えてこういう長い文章になっているんじゃないかなと思いますけれども,一般の人はこの長い文章を読んで,どこが問題かということはなかなか分からないですよね。むしろ,そういう意味で言うと,この解説の部分というのはもっと短くして,余り細かなことは書かない方が僕はいいんではないのかなというのは,これは単なる感想ですけれども,そういうふうに思いました。 ○吉永委員 どこが対立しているのかなというのを考えていたんですけれども,最初の1の部分のここの四角の囲みの部分においては何も問題がない,皆さんの合意もあるというふうに思います。1の可視化を進めていくということについては。 ○江川委員 異論がある。 ○後藤委員 私が言ったのは,例えば,そこで理想ないし最終目標としては全過程の可視化が望ましいという趣旨を入れられないかということです。 ○嶌委員 入れるか入れないかということは方向性の問題だよね。 ○吉永委員 それは方向性としては拡大ということであり,可視化に向かっていくのだということは少なくとも問題ないのではないか。そうすると,その後の次のところで新たなというところだと思うんですけれども,3のところ,取調べ及び供述調書に過度に依存したというところの四角の囲みの中に,制度としての取調べの可視化を含むというこの一言があると,またここの中で制度として議論すると,三者が6年かかってもできなかったことがまたここで蒸し返されるのかという話だと思うんですけれども,ただ,本当にこの可視化のところを方向性を明確にして,最終的には全過程可視化ということがもし入れられるのであれば,これによって,つまりなぜ供述調書に過度に依存した体質が生まれたかというと,結局は,これをやればなくなるという関係性にもあるんじゃないかと思う。可視化することによって依存できなくなるわけだから,そうすると自然にある種の体質,供述調書に過度に依存できなくなるということにつながっていくのかなというふうに思うんです。ですから,ここをできれば制度としての取調べの可視化を含むということをここに入れなくても,ここで一つ決めているのに,ここにもう1個入れるからここに何か含みがあるんじゃないかということになっていくのではないのかな。6年かかって三者でやっても詰まらなかったということは,6年かかった時間をかけて三者がそれぞれの立場で言っているから,それは当然ながら詰まっていかないわけで,新たな検討の場というのは,それはそれぞれの立場を超えて国民の立場で何が必要かという,そういう観点の検討の場をつくって,それで新たな刑事司法制度の構築,こういうことをそこで議論していくという形にすれば,さすがに6年はかからないんじゃないかという気がします。   それと,それはもう時間切ってもいいと思います。1年の試行と言っているわけだから,それと同時に,そういう方向性であるならば,2の試行する範囲というものを最大限に広げるべき,広げて試行して1年後にそれを検討できるような体制をとっていくべきなのではないかなというふうに思います。そのことによっては知的障害者の問題とか,それから参考人の問題。それから任意の取調べの場合なんかも,それは全てのケースでというと問題が出るんですけれども,本人が望むケースにおいては何の問題もないという話でしたので,そこで本人が望むケースにおいては任意の取調べとか参考人の場合も録音を可にしてもいいのではないかという,そういうところを広げていけば,ここのところがもうちょっとホップ・ステップ・ジャンプ的になっていけるのではないかと思います。   それともう一つ,可視化において問題の取調べがどうもそこの中で取調べは機能しなくなるのではないかというときに,今まではいつも取調べのやり方を工夫するみたいな,そういう観点だったんです。私たちも新たな刑事司法制度といったときに何が含まれるのかということに関して,みんな国民は余りよく分かっていないです。突然,ここに新たなと言われても,新たな内容は何なんだということですよね。ここは明確に書いていただかないと,例えば司法取引であるとか,それから潜入捜査であるとか,通信傍受ですか,そういうことでも何かそういうこと,新たなというところのイメージは提供されないと,私たちは何となくよく分からないままに新たなものに移行してしまうというおそれがあるので,そこだけが気になるところです。 ○高橋委員 先ほど嶌委員もちょっと言われましたが,私も基本的な考え方としては但木委員の御意見に非常に全くそのとおりだというふうに思います。というお話を進めていく前に,1個だけ最初に細かいことでもないんですが申し上げておきますと,是非知的障害の方のお話は入れてほしいなと思います。もちろん,特捜部で知的障害ということはまずないと思うんで,かといって,これは検察の在り方なので,検察の中での知的障害の方の部分というのは一つ,例えば運用でやるという部分の具体的な目玉として是非このぐらいは入れてほしいなという感じはします。ただ,そこで誤解があってはいけないのは,細かくここで決めることはできないと思うんですが,さっき佐藤委員のお話にもありましたけれども,秋葉原とか幾つかありましたけれども,過去のその手の重大事件は具体的にこういうこと,病名を申し上げてどうかと思いますが,アスペルガーとかその系統の話,つまり発達障害の話が多いんですよね。発達障害は知的障害ではないので,発達障害というのは,例えばアスペルガーとかADHDというのは知的障害を伴わないものですから,そこは意味していないと思うんですね。知的障害というのは,それとは別で,例えばいわゆる自閉症というのは知的障害を伴う場合の発達障害ですから入るかもしれませんけれども,明確に知的障害というものを定義すれば十分入れられるのではないかというふうに考えています。   それからもう一つ,一番大きいポイントになるんですが,宮崎委員からイとウの違いがよく分からないというふうな御発言もありましたが,アの意見の方にはそう見えるのかもしれませんが,イの意見の人間としては全然違うという部分もございます。ただ,イの書き方が最初にデメリットをよく精査してからみたいなところから始まるので,これを見ていただくと,29ページで,第二に,録音・録画が取調べの機能に与える影響等についても更に精緻,ここから入っちゃうんですよね。だけど,ここはもし,これが私の意見とか,あるいは但木委員の意見とかの部分がイという表現であるとすれば,ここから入るのではなく,そもそも今回の事件は例え話で言えば,ものすごい仕事上の,あるいは家庭の問題か分かりませんけれども,めちゃめちゃストレスを抱えている人が,それが原因で胃潰瘍になっちゃいました。じゃあ,その胃潰瘍を切りましょうといって切っただけでストレスが変わらなかったら何の問題も起きないです。解決にならないですよねという部分に近いと思うんです。つまり,今の刑事司法制度全体が世の中の枠組みに合っていない。その矛盾が密室で行われている取調べに集中してぎゅっと出ちゃったということなので,そこの可視化をするかどうかということも含めて,可視化も含めてですけれども,全然違う枠組みに変えるんだという意見と,それと今の枠組みの中で,もし可視化するんだったらば,武器1個取り上げられるから,バランスをとるために別の武器をくれなかったら治安守れないよという議論とは全く質が異なると思うんです。ですから,なら具体的にはイの場合でも,そうは言っても,私は但木委員も言われたとおり,率先して,まずは検察ができる限りの可視化を運用面で進めながら,一方で同時に,根本的に刑事司法の在り方を変えるような検討をすべきであるというような感じでいけば何とかいけるんじゃないのかな。なおかつ,そこで重要なのは,宮崎委員も言っておられたように,過去,たなざらしだったじゃないかというのもおっしゃるとおりだと思うんです。これは特に司法の分野だけじゃなく,行政もみんな日本の行政の問題の一つは大体そこですから,いわゆる分かって,要するに,社会保険庁の問題はその典型ですよね。絶対問題になることは分かっていても手をつけないで変えなかったということ。これは何なんだという話が過去の日本の行政で何度も起きてきたわけなんで,今度こそ,この提言  には抜本的な改革を考えるべきだし,それは例えば2年でも何でもいいんですけれども,具体的に期限を切って,早急に,あるいはさっき吉永委員が言われたように三者だけでやるんじゃなく,国民の観点から含めて早急に何年以内に全体の枠組みを変えるべきだという,そういう検討をすべきだ。その中に全面可視化みたいな話も含めてみたいな言い方をしながら,で,一方で検察は運用でやるべきだと。その中に,例えば知的障害みたいな話が1個具体論で入るみたいになったら何とかならないかなと。何かそんな感じもして聞いておりました。 ○江川委員 私と但木委員,あるいは高橋委員との違いというか,出発点が違うところは,検察という組織をどれだけ信頼しているかどうかということだと思うんです。私も検察全体が全員が但木委員のような方だったら,これでいいと思うんです。でも,実際問題,郵便不正事件,あるいはその後,幾つかの事件,あるいはその前にあった事件などを見ると,残念ながらそうではないと。そういう中で,じゃあ,別の組織をつくって,例えば,関係機関も入れてやりなさいといったときに,結局同じような状況に陥るという,そういう懸念は今までの経験則からしてものすごく強いんです。ですから,これはやるんだというのをちゃんとしっかり1回示すということが大事だと思うんです。一番最初の箱の中で非常に違和感があるのは,検察の運用面からも法制度の面からも,今後より一層その範囲を拡大すべきである。運用面で言うと,今は裁判員裁判の中でごく一部録音・録画をしているというのはあるのでこの表現でいいんだと思うんですけれども,法制度の面で録音・録画をやるというような法制度は今あるんでしょうか。ないと思うんですけれども,にもかかわらず,今後より一層って,今より一層今あるんだけれども一層ということなんですね。そこにものすごく違和感を感じるんです。だから,運用面で一層努力しましょうというんならいいんです。それは別に反対しません。ですが,これは最終的なゴールとしては法制度,法制化するんだと。あるいはなぜそうなのかというと,いろいろな議論の中で法制化しないとできない部分だってあるじゃないかという話もあったと思うんです。それから,実際,この間の笠間検事総長の記者クラブでの話なんかを真意をそんたくするに,そんなに言うなら法制化してくれよということも,それでちゃんとやってくれれば,自分たちはそれの範囲内で一生懸命やるよということをおっしゃっているんじゃないかなというふうに思うんです。そういう意味では,ここを録音・録画の法制化に向けてスタートするんだということが運用面と併せて入っていく必要があるんじゃないかなというふうに思います。   それから,可視化とは何ぞやということなんですけれども,恐らく人によってちょっとずつイメージが違っているのかもしれないなというのはあるんです。単にビデオを撮るということが可視化というふうに思っている方もいらっしゃるし,私なんかはプロセスを明らかにすることが可視化だと思っているので,一部だけとるというのは可視化となじまないと思うんです。ですから,言葉の使い方で言うと,可視化という言葉はいろいろな意味合いを持って受け止められるので,そのところは厳格にする必要があるのではないかなというふうに思います。   それから,幾つか文章の点で言うと,23ページの(1)のパラグラフです。箱の下の一番最初のパラグラフの下から3行目,「最高検の検証結果においても,必ずしも相当とは言い難い誘導等により」云々かんぬんとうたわれるものも「少なからず存在するとされた。」という,非常に弱い,一生懸命弱めて弱めてという感じなんですよね。だから,さっき但木委員もおっしゃったように,これは問題あったということははっきりちゃんと打ち出さないと検察をおもんぱかっているかもしれませんが,非常に曖昧模糊とした言い方になっていると。こんな問題が多い調書が起きたのはどうしてかということをちゃんと言っていかないといけないなというふうに思います。   それから,さっき郷原委員の方から検察事務官の話がありました。最終的にちゃんと法制化を目指すにしても一定期間準備とか,いろいろ議論しなきゃいけないことがあるので,すぐできることの一つとして検察事務官がしっかり記録をとるということはあると思うんです。ですから,例えば録音・録画を行っていない部分については,検察事務官が詳細な記録を作ると。そして,その事務官が立ち会わずに取調べを行った場合には,その時間帯をちゃんと記録に残しておくとか,そういうようなことも必要なのではないかなと。それを大体26ページの辺りに入れたらどうかなというふうなことは思いました。   それから,知的障害の件なんですけれども,先ほど佐藤委員の方から被害者の話がありました。被害者がこういう刑罰の軽さに憤慨すると。だから被害者も入れるべきだということなんですが,これは刑罰の問題じゃなくて,さっき後藤委員がおっしゃったように裁判所,あるいは裁判員にいろいろな経過をきちんと見せて判断材料を増やしてもらうという,そこがポイントなんだと思うんです。それで,事実についての認定を間違わないようにということの材料なわけなので,これは刑罰とは余り関係というか,全然関係ない話だというふうに思いますので,そこのところはむしろ逆に感情がそこに入らない方が,事実は何だったのかということなので,望ましいのではないかなというふうに思いました。   それから,28ページの2つ目かな,「しかし」から始まるパラグラフで,先ほども前の方で申し上げましたけれども,最近どんな変化があるのかというときに人権意識,それからグローバル化,高度情報化だけではなくて人権意識の高まりの後に,人々が手続の透明性や情報公開を求めているんだという,そこのところはしっかり明記しておくべきではないかなというふうに思います。繰り返しになりますけれども,これは提言なんですから,我々はこういう社会を目指すんだというところだと思うんです。そういうときには可視化の問題,透明化をちゃんとしていくんだということをそれを法制化していくということをもうちょっとしっかりやっていくべきじゃないかなというふうに思いました。 ○諸石委員 今,江川委員が具体的な細かいことをるるおっしゃいました。中には,なるほどということも,あるいは検察事務官が検事とは独立して何かとるとかいうような,ちょっとえっというようなのもありましたけれども,それを一々反論とか議論すると,これは時間がないと思います。だから,それについて何も言わなければ反論がなかったということではありませんよということだけ申し上げておきたいと思います。   本論ですが,私は座長のおまとめいただいた提言案の全体,特にこの第4の「検察における捜査・公判の在り方」,ここのところはいろいろな考え方の中にあって,その共通点を何とか切り出そうということで,よく考えた案だと思って,私は立派なものができたと評価をいたしました。   今日,来てみると,評価をする人と全く評価しない人とが割合くっきりと分かれて,それがなぜそうなるのかなということが,何でこれが評価できないのかなというのが,いささか腑に落ちなかったのです。先ほど江川委員が非常に正直にというか,おっしゃっていただいた。但木委員を除いてはというか,検事・検察を余り信用しておらぬのだと。 ○江川委員 ここにいらっしゃる方は別だと思います。 ○諸石委員 ここに書いてあるけれども,それの言葉の裏を読めば別の機関でやるということになってそっちへまた問題を投げてしまう。ほかのものと一緒だというとは,それにかこつけてやらないとか,そういう裏の意図があるのじゃないかという御心配かと想像します。したがって,ここでの取りまとめは,そういう逃げ道の全くない,これとこれとこれをやりますと書いたのでないとだめだというような,そういうイメージなのかなと思いました。私は,こういう取りまとめ,全体として非常にいろいろな考え方がある中である結論を出していくというものについては,それまでの検討の過程でのここまで書いてあるのだったら,それについてはまずはそこに書いてあるとおりに理解するというところからスタートする。もうちょっとこれにニュアンスをつけてくれとか,あるいは運用で1年後にやったときにこういうことも報告をしてくれとか,そういうことはまだ修正の余地はあると思います。運用としては,これは検察庁でできることをやる。しかし,そこで少年の話,知的障害者,供述弱者の話については,これだって,いろいろな条件があったら全部が全部できるわけじゃない。ただし,パターンとして,それはこういう録音・録画に向いている。だから,それをやろうじゃないかということだと思います。ただ,そうなると,今度は逆に言うと,それはやらなくちゃいかぬ,やらなければ違法・不当だと,こんな話になってくると,あらゆる細かい条件を詰めなくてはいけない。そんな話ではなかろうと思います。最終的には,これは制度化をして法律になる。この可視化という問題もそうですし,それを実現するためには日本の刑法の実体法,それから刑事司法手続全部を見直していかなくてはいけない。それの方向性として可視化,取調べに頼らない公判中心のもの,もっと主観主義的刑法から客観的なもの,そういう流れ,そういったものを試行していくのだと,こういう中で,それを単に今まで6年待ったのに,更にあと無期限にプラスするのかということにはならないのではないかと思います。じゃあ,それについて例えば何年を目途にしてくれとか,あるいは可視化についてもうちょっとここで言葉を強くしてくれと,そういうふうな御意見であれば議論の余地があると思いますが,ただ,こういう取りまとめの構造ではなくて,何とか何とかを確実にやるという,極めて例外を許さない端的な断言のようなものを求めて,そのためには,この  まとめをベースに議論をしてもしようがないということであれば本当に議論してもしようがない。ただ,私は先ほどからの議論を伺っていて,全員がそうではなくて,このまとめをベースにこれにもうちょっと何とか自分の意見をそれぞれの立場から述べて,もっと良くして国民に応えることができるのではないかと思っておられる方も多いと思います。このまとめをベースにして,これに対して自分は文章として,ここはこれだけ入れられないかと。それも何行も何ページもこれ入れてくれと言われたら,これはもう話にならないわけで,例えば,そこのところについて方向性をもうちょっと明確にできないかとか,そういうふうなほかの人が聞いても,うん,それならいいだろうと思うような修正を提案があれば,この席でなり,あるいはその後,読み返して意見をお出しいただいて,それを座長が取りまとめてやっていただくと,こういうことをすれば,私は何とか結論が出せるのではないか,こう思っております。ただ,そうじゃなくて,自分の主張が入らない限りはそういう取りまとめに断固反対するとおっしゃる方がたくさんだったら,そういう努力をしても無駄だと思うのです。私はそうではないと読んでいるのですが,その辺はどんなものでしょうか。 ○宮崎委員 私は基本的な考えは述べましたので,今日,資料を配布しておりましたのを紹介し忘れていましたので,この前,韓国に行きましたときに,いろいろ資料の説明を受けました,韓国語で。それで,これ何ページかな。19ページの資料で「映像・録画の業務処理指針」という題名から始まっているものを3時の休憩のときに配らせていただきました。見ていただければと思います。   それともう一つは,2回目になりますが,韓国視察についてのメモというものもお手元に配付させていただきました。先ほどから捜査に支障がある。これは議論しないと分からないんじゃないかと。こういうことを議論を長時間やってみようということですが,韓国は日本法の系統を引く,割と主観的な刑法でありますけれども,そこではなぜ可視化が実現したか。弁護士の立会権がなぜ実現したかというと,韓国の大法院のいわゆる大法廷判決である日突然,導入されたわけでありまして,弊害を調べてからとか,そういうことでもなく,突然導入された。それでも検察は一生懸命ぶつぶつ言いながらも対応している。こういうことで,それで治安が悪くなったという話は聞いていないということを簡単にメモでまとめました。   それから,あと嶌委員が新たな立法を検討するのに別の機関を設置して,そこで議論するというのはごく普通のように思えると,こういう御意見を言われました。私もそれはそうだろうと思います。ただ,だけど,そこで一体何を議論するかというと,抜本的,構造的変革の議論をする。あるいは捜査手法を議論する。極めて我々ずっと半世紀近くか1世紀近くかやってきたこの刑法全体を,あるいは刑事訴訟法全体を議論しましょうと,こういうことですから,これはやり方いかんによっては何十年もかかる場になるわけであります。それをいや,但木委員は3年で年限決めてやればいいじゃないか。だけど検察・警察・法務省はみんな但木委員みたいな人だろうかと,こういうことで我々は過去の6年間を引き合いに出しているわけです。したがって,基本的に別の場で議論をすると,立法課題については。これを無条件で放り投げて,一体どうなるんだろうかと,これは問題の先送りだと,こういうことを申し上げているわけです。 ○石田委員 この提言案の23ページ以降がこの提言のエッセンスだと理解をしております。そして,特に録音・録画の問題について,23ページは主に運用の問題,それから27ページ以下は法制度を目指している記述であると理解ができるのではないかと思います。   そこで,午前中に,私はある一定程度の具体的な方向性とその期限を明示しなければ丸投げになってしまうのではないかという危惧を申し上げました。そこで具体的な記述を,じゃあどうすればいいのかということですが,一つの提案として,今日,座長提案に対する私見というペーパーを配布していただいておりますが,その2ページ以降に一つの修正案というものを示させていただきました。   第1番目の23ページ以下の「検察における取調べの可視化の基本的な考え方」についてというこの枠組みの部分は,次のように書かれています。「被疑者の取調べの録音・録画は,検察の運用面からも,法制度の面からも,今後,より一層,その範囲を拡大するべきである。」。この部分の「より一層,その範囲を拡大するべきである。」という部分を「全過程の録音・録画などを指向」,この指向は目指し,指さし向かうというその字ですが,「などを指向して積極的に拡大していくべき」というふうに改める。この理由については,皆さん方議論されているところですので,時間の関係もありますので申し上げません。   それから,27ページの枠組みの部分。「取調べ及び供述調書に過度に依存した捜査・公判の在り方を抜本的に見直し,制度としての取調べの可視化を含む新たな刑事司法制度を構築するため,」,「十分な検討を行う場を設け,早急に検討を開始するべきである。」のうちの,この「制度としての取調べを含む新たな」という文章を「取調べの過程の外部検証制度を指向した」というふうに改めたらどうかと考えます。   それから,期限の問題のこれが先送りではないかという議論がありますが,我々としてはこれを直ちに一定の期限を決めて検討すべきだというメッセージを強烈に打ち出すべきだと思います。したがって,「早急に」の部分を「直ちに」というふうに改める。それから,「場を設け検討を開始するべきである。」という部分を「場において検討し,今年度中」,今年度中は無理かもしれませんが,これは検討の余地がありますが,「今年度中に,具体的法制化の答申することを求めるべきである。」といったような内容にすべきではないかと思います。   大阪の事件は新たな捜査手法ではなくて,刑事訴訟の基本を逸脱したところから始まっています。したがって,「新たな」ではなくて,まず刑事訴訟の本来の姿に立ち返るための取調べの外部検証制度を創設することについては,これは大方の一致しているというのではないでしょうか。ですから,このような問題を直ちに検討し,期限を限って法制化すべき方向性を明示すべきであると考えます。   それから,26ページの3に「積極的に可視化の試行」というふうに書かれておりますが,その1次基準としては,先ほどもお話がありましたが,「被疑者・弁護人の請求を勘案すべきこと」という1行を入れるべきではないかと思います。   それから細かいことですが,27ページに「その背景として,従来の実務において,被告人や証人が公判廷で虚偽の供述をしたような場合であっても,必ずしも証人を厳しく偽証罪に問うという運用はなされておらず」という事実認識ですが,これは誤解を招く記述ではないかと思います。私の考えとしては,ここは外した方がいいかと思いますが,もし入れるとすれば,私の事実認識としては次に書きましたけれども,「被告人や証人,取り分け取調検察官等が」というふうに入れないと公平を欠くのではないかと思います。本件に限らず,この種の最大の問題点は,取調検察官が法廷で取調べ状況について虚偽供述をしてきたことにあることは客観的事実であると思います。そのことを明示すべきだと思います。   以上の観点から立って,括弧書きの部分だけではなくて,更に本文を書き改めることを提案をしたいと思います。   それから,先ほど言いましたように,両論併記の部分は,私としてはここは削除すべきではないかと思います。両論をどの意見が多数であったかを明示することなく並列的に列記することは,私としては強く反対をいたします。特に,この点についてはどのような議論をなされたかは議事録が公開されているのですから,あえて記載する必要はないと思いますし,無用な混乱を一般に与えることになるのではないかと思います。   私見からすれば,取調べへの弁護人の立会権と任意性・特信性の立証を客観的証拠に限るという制度を採用すれば,問題のほとんどが解決されると思いますが,これはなぜか皆さんの賛同を得られませんでしたので,この会議の場では問題の提起にとどめざるを得ないというふうに考えております。 ○郷原委員 今,石田委員がおっしゃった部分,私もこの表現は非常に問題だと思いました。27ページの下から6行目です。「被告人や証人が公判廷で虚偽の供述をしたような場合であっても」ではなくて,「裁判所が信用性を否定した場合でも」ということだと思うんです。虚偽の供述をしたということがはっきり認定されたわけじゃないし,逆に言えば,調書が信用できるのか,法廷供述が信用できるのか,どっちが本当なのか分からないわけです。裁判所は一方で調書は信用できるということを言っているんだけれども,しかし,それについて信用できないと言われた供述について偽証罪に問われると言ったらそうではないということだと思うんです。その中に,今,石田委員が言われたような検察官の証言が信用できないと言われたものも含むという意味だと思うんです。ここはその表現を改めた方がいいんじゃないかと思います。   それから,先ほど来の議論で,運用の問題と制度の問題を整理すべきだという整理をしていただいたんですけれども,確かにそのとおりだと思います。この書き方がどうも運用の問題と制度の問題が一見して分かりにくいんです。私もざっと読んだだけで,どこが制度の問題でどこが運用の問題なのかがよく分からなかったぐらいなんで,一般の人はなおのこと分からないと思うんです,これを読むと。なぜかというと,まず最初に,第4は「検察における捜査・公判の在り方」という大きなテーマであるのに,そこに一番最初に,運用の面からも,法制度の面からもと書いてあって,最初に運用の話が出てくるんですけれども,そこは特捜部の話なんです。ほとんどが特捜部の話で,それにこの知的障害の話がくっついている。その後に今度は制度の問題が出てくるんですけれども,この制度の問題とこの前の運用の問題,特捜とか特刑の問題とがどういう関係になっているのか分からないから,何となく前の話が後ろの制度の問題で先送りされているような印象をどうしても持ってしまう。ですから,これ,第4ということでひとまとめで書かれているんですけれども,私はかなり違うことじゃないかと思うんです。今,当面問題になった今回の会議の発端になった特捜検察の問題と,そこからそれを考えるに当たって根本的に制度の問題を立法で解決していくべきだという但木委員がおっしゃる意見とはかなり次元の違うものなのに,それがひとまとめで書かれているので分かりにくいんじゃないか。一般の人にも分かりやすいように,もうちょっとここは整理した書き方をした方がいいんじゃないかと思うんです。   それから,先ほどの検察事務官の立会事務官のことについて異論があるという話で,異論については出ていなくても必ずしも反対意見がないとは限らないと諸石委員がおっしゃったんですけれども,私はよく分からないんですけれども,何が問題なのか。私は実務的に考えても,立会事務官の活用というのは特に弊害があるとは思えないんですが,問題があるんであれば具体的におっしゃっていただきたいと思うんですが。 ○佐藤委員 私の発言について御意見もあったのでそれも含めて2点申したいと思います。   まず,先ほど石田委員が言われた違った意見を併記していることについてですけれども,私は物によりますけれども,その記載は必要ではないかなと思います。といいますのは,先ほども申し上げましたけれども,この件に関する問題の所在がどこにあるのか,そして,その問題を解決するための論点としてはどういうものがあるのかということを明らかにしておくという意味があるものについては,併記しておく意味が大きいだろうと思いますので,全てがそうだとは申しませんけれども,私はそういうものについては記載しておくべきだろうと思います。   二つ目は,知的障害の関係ですけれども,私ももちろん専門家じゃございませんので分かりませんけれども,発達障害と精神障害の違い,それから,精神障害と知的障害の違いというのは非常に微妙であるし,なかなか判定・認定というのは困難だというものだと聞いております。また人によりますけれども,そういう障害を抱えているということを知られたくないという人も少なからずいるし,また知られるべきではないと考えている障害者の団体もあると聞いておりますが,したがって,実際,警察においても非常にこの問題は悩ましい問題になっているし,苦労している対象者なんです。それで,確かに意見にございましたように,録画を撮っておいた方が将来のために良いというケースは私はあると思います。それはあると思いますけれども,しかし,一方でそういう人だからということではないんですけれども,実例としてあり,ないしはあり得ることは,例えば,取調べにおいて性的犯罪の被害者について思いもよらぬ発言をするといったことです。そういうことがあったり,あるいは自分の家族についてそういうような発言をするというケースがあったりして,これが必ずしも真実とは思えないような,仮に真実であっても非常に傷付けるというような発言があり得るということを考えますと,録画をどの時点から,また本当に撮るべきかどうかという判断は非常に難しい,実務的な悩ましい問題があるだろうと思います。その意味で,先ほどの指摘したところに書いてある専門家の意見を聞く,あるいは研究者の意見を聞くというのは,これはもう必須だろうと思うんです。   もう一つ,被害者等の被害者家族の意見を聞いた方がいいと申し上げる趣旨は,事件の被害者の方は,そういう人たちは自殺を図る方も結構いる,そういう人たちについての追跡調査,調査というのはおかしいですけれども,そういうことに関心を持っていろいろ調べているという人もいるようなんですけれども,そういう人たちの発言の中には,カメラを向けると演じてしまう人がいるということを知って,被害者家族たちは事件の真相を知りたい。何で自分の子供がそんな被害に遭ったのかという真相を知りたいという欲求が非常に強いときに,真相を語ることを妨げるような,また,そういう捜査の進め方をした捜査機関に対して,非常な怒りを向けるということが実際にあるんです。ですから,私は何も刑罰との関わりの問題ではなくて,結局,捜査の進め方についての話になってくるので,試行する,ないしは,ましてや制度化をするというときには,そういう方々の御意見というものを聞いておくことは,これは必要だという意味で申し上げたのであります。 ○井上委員 意見を併記することについて,こういう議論があったということは議事録を見れば分かると石田委員はおっしゃっいましたが,なかなかそこまで見ていただけないという部分があるので,重要な点は書いておいた方がいいと思います。そうしないと,アも出ないことになってしまうのですよ。ただ,書き方については,こういう意見もあったとか,こういう意見が分かれたというところはポイントを落とすとか,注にすることも考えられると思います。そういうところは工夫をして,めり張りをつけてはどうかと思います。   もう一つ,一番最初の基本的な考え方のところなのですが,制度面を含めて,全体を通じる考え方を示しておくことは非常に重要だと思います。丸投げ論に対する一つの抑えにもなると思うのです。確かに,江川委員がおっしゃるように,表現が制度についても拡大するというふうに読めて,既に存在するものを拡大するように見えてしまうのですけれども,私はこれを読んだときは,運用を拡大していって,その先に制度化があるという趣旨かなと思ったのです。そうでないと,郷原委員がおっしゃったように,後ろがつながってこないので,そうだとすれば,この表現が良いかどうかというのは工夫の余地があると思います。その場合に,全過程というところまで完全に一致しているかは疑問なので,「拡大した」いう方がよいと思うということと,もう一つ,さっき申したことですけれど,法曹三者の間で6年も話してきたが何も進歩がなかったたということについては,私が理解している限りにおいては,6年間,可視化の議論ばかりやっていたのではないと思います。もちろん,可視化の問題もやったけれど,主に,裁判員制度の実施に向けて三者でいろいろ話し合った。だから,ちょっと割り引いて見ないといけないのと,例えば司法制度改革審議会をつくるときも,それまで法曹人口の問題などを議論するときに法曹三者にずっと任せてきたところ,平行線で全然進まなかったという背景事情があり,その反省の上に審議会が設けられたのでした。そういう状態だと,また同じことになってしまう。ですから,法曹三者だけに任せないで,適切な場をつくる。期限を切るかどうかというのも検討の余地があると思います。そして,こういうふうにかなりはっきり表明すれば,これを無視して何もやらない,放り投げということにはならないと思うのです。 ○江川委員 先ほど,佐藤委員の方がおっしゃったことの中で,いろいろ悪口とかそういうのもあるじゃないかというお話がありましたけれども,可視化というとビデオを撮ったものがすぐ一般の人たちの目に触れるというイメージを持っている方もいらっしゃると思うんですけれども,撮ることと,それから一般の人が目に触れるという間には幾つもの段階があって,そこは取扱いのやり方を注意して,一般の人たちにそういったものが流れないようなプロテクトをしておく仕組みをつくっておけばいいのではないかというふうに思うんです。   それから,可視化のやり方というのは何もビデオを撮るだけではなくて,音声の場合もありますし,それから例えば韓国での取調室みたいに,いかにもカメラで撮っていますよというんじゃなくて,非常に普通の取調室でそういう圧迫感がない,あるいは演じるというか,意識することのないような,そういう環境というのは幾らでも工夫ができるわけですから,そこのところはそういう具体策を決める中でいろいろな懸念を取り入れて,むしろ被害者というよりも警察の方からどういう懸念があるのかということを聴取して,それを対策の中に生かしていくということなんじゃないかなというふうに思いました。   それから,意見の併記なんですけれども,これは分かりにくいと。だから,そこのところは除いて本文出して,もしどうしても意見がいろいろなことがあったよというのを残したいというんだったら,後ろに資料編みたいなのをつけるとかして,こういう意見が大勢だったけれども,こういう意見もあったとか,それは何か提言の資料みたいなもんだと思うんです。提言というのは,なるべく分かりやすいものでなければならないというふうに思います。 2 その他 ○千葉座長 ありがとうございました。4つの柱につきまして,皆さんから本当に熱心な御議論をいただきまして,いろいろまだまだ不足のところ,あるいは意見がなかなか一致し得ないという部分がありますが,私も最後までこの検討会議としてきちんとしたメッセージを伝えられるよう皆さんの意見をできるだけ集約をさせていただきたいと思います。まだ時間がありますので,その努力は続けさせていただきたいと思います。もうこれで意見の一致が見られないので終わりということでは,責任を全うできないと思っておりますので,今日,御議論いただきましたが,できればというか,まだまだこういう点の手直しが必要だ,あるいはこういう表現ではどうだろうかということも含めまして,これはもう大変ですけれども,明日3月25日金曜日の午後6時ごろまでを目途として,文書なりをお出しいただければ,今日,言い尽くせていない部分,あるいは更に読んでいただいて気が付く部分などがあれば,お出しいただければと思っております。それをまた踏まえて,今日の御議論も踏まえて,私も更に何とか終着点を見出す努力をさせていただきたいと思っておりますので,よろしくお願いをしたいと思います。   それから,本日いただいた御意見の中に,何か突然中身がスタートをするという御意見もありました。当然のこと,先ほど申し上げましたように,今日の御議論,それから更にいただくものを踏まえて,こういう検討会議としては趣旨と,そしてどこに向いてこういう提言をまとめたのだというようなことを初めの言葉として私が責任を持って作らせていただきたいと思っておりますので,どうぞよろしくお願いをしたいと思っております。   今日は,そういう意味で,まだ最後ではございませんので,どうぞ,最後まで皆さんの御助力・御協力をいただければ大変有り難く思いますので,よろしくお願いをしたいと思います。   次回は定例日ではございませんけれども,大変もう大詰めでございますので,3月28日月曜日午後1時30分から開催をいたしまして,今日の御議論も踏まえて,何とかまとめまでいくことができたらと思っておりますので,どうぞよろしくお願いをしたいと思っております。   それでは,これをもちまして本日の会合を終わらせていただきます。お疲れ様でございました。 −了−