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オウム真理教について

2017年5月24日 更新

1 設立時期について

1984年(昭和59年)2月

2 組織・機構

(1) 最高指導者,幹部等

 ア 麻原彰晃こと松本智津夫(以下「麻原」)
 オウム真理教(以下「教団」)の教祖・創始者。1955年(昭和30年)3月2日,熊本県八代郡(やつしろぐん)金剛(こんごう)村(そん)(現八代市)で出生。熊本県立盲学校を卒業後,鍼灸師として生計を立てたり,千葉県船橋市内で医薬品の販売業を営んでいたところ,仙道,仏教,ヨーガなどに傾倒し,1984年(昭和59年)2月,「オウム神仙の会」を設立した。1987年(昭和62年)7月頃,名称を「オウム真理教」に改め,「最終解脱」を果たしたと吹聴して,信徒に「尊師」,「グル」と呼称させ,上命下服の位階制度を確立した。
 その後,1990年(平成2年)2月施行の衆議院議員総選挙に落選したことなどを契機に教団の武装化を進め,松本サリン事件,地下鉄サリン事件などを引き起こし,1995年(平成7年)5月に殺人及び殺人未遂容疑で逮捕,その後13事件で起訴され,2006年(平成18年)9月に死刑判決が確定した。現在,東京拘置所に収容されており,2013年(平成25年)5月には,二女が3回目の再審請求を申し立てたものの,2014年(平成26年)6月,東京地方裁判所は同請求を棄却した。同月,麻原の弁護人が東京高等裁判所に即時抗告したが,2015年(平成27年)3月に棄却され,同年5月には最高裁判所への特別抗告も棄却された。なお,同年4月に,二女は4回目の再審請求を行っている。

 イ 上祐史浩(以下「上祐」)
 教団の主幹者。大学院在学中の1986年(昭和61年)8月,「オウム神仙の会」に入会し,1987年(昭和62年)5月に出家した。1992年(平成4年)12月,「尊師」に次ぐ位階の「正大師」に認定(男性の弟子の中では1番目)され,1993年(平成5年)9月,「ロシア支部長」に就任した。地下鉄サリン事件後に帰国し,教団の「緊急対策本部長」に就任したものの,1995年(平成7年)10月,国土利用計画法違反事件に係る有印私文書偽造などの容疑で逮捕され,懲役3年の実刑判決を受けた。1999年(平成11年)12月に出所した後,教団に復帰し,観察処分を免れるため,「宗教団体・アレフ」(2003年〈平成15年〉2月に「宗教団体アーレフ」に,2008年〈平成20年〉5月に「Aleph」に改称)の設立を表明した。その後,2007年(平成19年)5月,麻原の意思を実現するためには,“別団体”を作って観察処分を免れる必要があると考え,一部の信徒を引き連れて「ひかりの輪」の設立を表明した。

 ウ 二ノ宮耕一
 教団の幹部構成員。1986年(昭和61年)5月に「オウム神仙の会」に入会,同年10月に出家。1994年(平成6年)6月,教団が導入した組織機構(「省庁制」,後述)の中で,東日本の信徒の管理等を行う「東信徒庁」に所属し,1995年(平成7年)4月,「正大師」に次ぐ位階の「正悟師」に認定された。
 現在,同人は教団運営に関与する唯一の正悟師として,全国各地の教団施設を不定期に訪れて説法会を開催したり,新規信徒の獲得に向けた勧誘活動への取組強化を指導するなどしている。

(2) 組織形態,意思決定機構
 現在,教団の中心的内部組織として,「Aleph」の名称を用いて活動する集団及び「ひかりの輪」の名称を用いて活動する集団が存在し(後記(6)参照),いずれの集団も,「オウム真理教の教義を広め,これを実現する」との共同目的を有しており,麻原の意思に従い,また,麻原の意思を推し量りながら,組織運営に係る決定を行って活動している。

3 勢力

(1) 信徒
 ア 国内
  出家信徒約300人
  在家信徒約1,350人
 イ 国外
  ロシア人信徒ら約460人

(2) 拠点施設
 ア 国内
  15都道府県下33か所
 イ 国外
  ロシア連邦内に数か所

(3) 資産
  2016年(平成28年)10月末時点の資産額(現金・預貯金・貸付金)は約9億1,000万円。
________________

4 活動地域

日本,ロシア連邦

5 活動目的・攻撃対象

(1) 活動目的
 教祖である麻原及び麻原の説く教義への絶対的帰依を培い,現行憲法に基づく民主主義体制を廃し,麻原を独裁的主権者とする祭政一致の専制政治体制を我が国に樹立すること。
(2) 攻撃対象
 上記の活動目的の実現にとって障害となるあらゆる勢力。

6 沿革

(1) 教団は,1987年(昭和62年)頃から本格的な布教・宣伝活動を開始し,独自の出家制度を確立した上,在家信徒が出家する際には,不動産や預貯金などの全財産を寄進させたほか,1992年(平成4年)1月,コンピュータ販売,飲食業などを営業目的とする会社を設立し,活発な営業活動を展開した。
 こうして獲得した潤沢な資金を基に教団は,山梨,静岡の両県に「サティアン」と称する大規模施設群のほか,活動拠点を全国各地に建設した。また,米国・ニューヨーク,ロシア・モスクワ,ドイツ・ボンなど海外にも進出して勢力拡大を図るとともに,教団内部に我が国の行政機構を模倣した省庁制度を導入して組織体制の整備を図った。
 その間の1990年(平成2年)2月施行の衆議院議員総選挙では,政治団体「真理党」を設立して麻原以下幹部信徒25人が立候補したものの全員落選した。また,同年10月には,熊本県阿蘇郡波野村(なみのそん)の大規模施設建設をめぐり,国土利用計画法違反などで複数の幹部信徒らが逮捕・起訴された。
 これらを「警察権力,行政,議会,住民等が一体となった弾圧」と捉えた麻原は,目的のためには殺人をも肯定する独自の教えを説き,サリンなどの化学兵器や自動小銃の研究・開発及び製造などの武装化を進め,麻原を独裁者とする祭政一致の専制国家体制を樹立するという政治上の主義を推進する上で障害となるあらゆる勢力を排除・抹殺するとの方針を採るに至った。
 教団は,かねてから松本支部・道場(当時)存続の障害と捉えていた長野地方裁判所松本支部の裁判官を付近住民と共に殺害する目的で,1994年(平成6年)6月27日,松本市内の同裁判官宿舎付近でサリンを噴霧し,8人を死亡,143人を負傷させた。さらに,1995年(平成7年)3月20日,首都中心部を混乱に陥れ,教団に対する強制捜査の矛先をそらす目的で,東京・霞ケ関駅を通過する地下鉄3路線の車両内において実行犯5人が所持していた袋からサリンを同時に発散・気化させ,12人(麻原に対する判決による)を死亡,3,000人以上を負傷させた。
 その後,警察当局は,全国の教団施設に対する一斉捜索を実施し,麻原を始め教団幹部の多くが逮捕・起訴された。また,教団に対する宗教法人の解散命令や破産宣告が下され,「サティアン」などの施設は破産管財人の管理下に置かれた。
 公安調査庁長官は,1996年(平成8年)7月11日,破壊活動防止法に基づき教団の解散指定処分請求を公安審査委員会に行ったが,同委員会は,1997年(平成9年)1月31日,「団体の危険性が消失したとはいえないが,今後ある程度近接した時期に,暴力主義的破壊活動に及ぶ明らかなおそれがあるとまでは認められない」としてこれを棄却した。

(2)  教団は,同決定を契機に拠点施設の再建・拡充や信徒獲得に向けた活動を活発化させ,パソコン販売や出版などの事業 で得た潤沢な資金を背景に拠点施設を次々に確保した。これにより,地域住民との対立が激化し,関係自治体などから教団に対する新たな規制措置を求める声が相次いだことなどから,1999年(平成11年)12月3日,「無差別大量殺人行為を行った団体の規制に関する法律」が成立(同月27日施行)し,公安調査庁長官は,同月27日,公安審査委員会に対して教団を3年間の観察処分に付する旨の請求を行った。
 これに対し,教団は,1999年(平成11年)12月29日に広島刑務所を出所した上祐史浩を中心とする運営体制を確立し,観察処分を免れるため,外形上,麻原の影響力を払拭したかのように装う,いわゆる“麻原隠し”を計画し,その手始めとして,2000年(平成12年)1月18日,一連の事件における複数の教団幹部の関与を認める見解を表明するとともに,事件補償等連絡会の設置,教団名の「宗教団体・アレフ」への改称などを公表したが,2000年(平成12年)1月28日,公安審査委員会は,教団が将来再び無差別大量殺人行為に及ぶ危険性があり,その活動を継続して明らかにする必要があるとして,3年間の観察処分を決定した。

(3) 教団は,同決定以降,外形上,麻原の影響力を払拭したかのように装いながらも,麻原を絶対的帰依の対象とし,殺人をも肯定する危険な教義を維持しつつ,同人の説法や過去の言動に基づき,その意思を推し量りながら修行や勧誘活動に取り組んだ。この間,2000年(平成12年)7月には,ロシア人信徒のグループが麻原奪還を目的に日本国内での連続爆破テロを計画し,自動小銃や手製爆弾などを用意していたところをロシア連邦保安庁(FSB)に逮捕される事件(シガチョフ事件)が発生した。
 こうした事実から,2003年(平成15年)1月23日,公安審査委員会は,公安調査庁長官の請求に基づき,松本・地下鉄両サリン事件の首謀者である麻原が現在も教団に対し絶対的ともいえる影響力を有し,かつ,教団が無差別大量殺人行為につながる危険な教義や政治目的を放棄したと認めることはできないとして,観察処分の期間の更新(1回目)を決定した。

(4) 教団は,同決定以降,上祐主導の下,更なる“麻原隠し”として,麻原のビデオや麻原の脳波を注入するとされるヘッドギアの使用禁止などを打ち出した。これら一連の“麻原隠し”の動きは,麻原を強く信奉する古参信徒らの反発を受け,収入の減少や信徒の脱退を招いたことなどから,上祐 は,“麻原隠し”の撤回を余儀なくされ,2003年(平成15年)10月中旬,“長期修行入り”を名目に一旦は指導部から退いたものの,2004年(平成16年)11月頃から,自らの考えに賛同する者と共に一派(以下「上祐派」)を形成し,再度,“麻原隠し”を重視した活動を始めた。これに対し,麻原を前面に出して活動することが麻原に対する真の帰依であるとする多数派(以下「主流派」)が反発し,上祐も,麻原がかねて教団の維持・発展のために,オウムの実態や麻原の影響力を隠した「別団体」を組織し,教団本体との間で役割分担をしながら活動することを求めていた旨主張するなど,次第に麻原の取扱いをめぐる路線対立が尖鋭化していった。
 こうした事実から,2006年(平成18年)1月23日,公安審査委員会は,教団が麻原及び麻原の説く教義に対する傾倒を深めており,絶対者である麻原の存在が団体の存立の基盤をなしていると認定して,観察処分の期間の更新(2回目)を決定した。

(5) 同決定以降,上祐は,次回の期間更新を免れるため,前記主張に沿った“別団体”を組織することとし,2007年(平成19年)3月に「宗教団体アーレフ」から脱退し,同年5月に「ひかりの輪」の設立を表明した。
 その後,主流派は,2008年(平成20年)5月20日,その中心的集団である「宗教団体アーレフ」の名称を「Aleph(アレフ)」に変更するとともに,その規約などを改定し,麻原への絶対的帰依を明示的に強調する“麻原回帰”路線を推し進めた。
 こうした事実から,2009年(平成21年)1月23日,公安審査委員会は,“麻原回帰”を進める「Aleph」についてはもちろん,“麻原隠し”を進める「ひかりの輪」についても,「松本に対して帰依し,松本の説くオウム真理教の教義に従う者によって,観察処分を免れ,松本の意思を実現することを目的として組織されたものであると認められ,その後の活動状況などを考慮しても,『ひかりの輪』は,依然として,松本及び同人の説くオウム真理教の教義を共通の基盤としつつ,被請求団体(教団)の重要な一部を構成しているものと認められる」と認定して,観察処分の期間の更新(3回目)を決定した。

(6) 教団は,同決定以降,主流派においては,麻原の写真等を施設内の修行道場の祭壇等に再び掲げ始めたり,危険な教義を含むとして自主回収していた教材を再び使い始めたりするなど,“麻原回帰”を徹底したほか,組織拡大に向けた勧誘活動を活発に展開し,上祐派においては,真実は麻原に帰依しながらも,観察処分を免れるため,更なる“麻原隠し”を推進しつつ,「ひかりの輪」が「脱麻原」であることを社会にアピールするための宣伝活動を積極的に展開した。
 こうした事実から,2012年(平成24年)1月23日,公安審査委員会は,両サリン事件の首謀者である麻原が,教団の活動に絶対的ともいえる影響力を有していると認定した上で,教団の危険性については,(1)麻原を「尊師」,「グル」と尊称し,麻原を帰依の対象としていること,(2)殺人を暗示する危険な教義を説いた教材を保管していること,(3)幹部信徒の中に両サリン事件を正当化する者が存在すること,(4)マインド・コントロールの手法を用いた修行を行わせ,自己の意思を捨てて教団の教義に絶対的に従う意識を扶植していること,などを認定し,観察処分の期間の更新(4回目)を決定した。

(7) 主流派は,同決定以降も,信徒に対して麻原への絶対的帰依を求める文言の記載された詞章を繰り返し唱和させる修行に取り組ませるなど,麻原への絶対的帰依を更に徹底させる指導を行い,教団名を秘匿したヨーガ教室へ参加した者に対して教団の教義等を扶植するとともに,地下鉄サリン事件は国家によるでっち上げなどとの陰謀論を信じ込ませるなどして,組織的かつ積極的に組織拡大に向けた勧誘活動を行った。さらに,児童向け教材を使用するなどして未成年者に対しても麻原への帰依を扶植したほか,同派は,年3回,在家信徒を対象とした集中セミナーを実施して参加費やイニシエーション(秘儀伝授)料などを徴収したり,出家信徒を一般の企業などに就労させて給与を全額布施させるなどして,多額の資金を獲得した。
 上祐派においては,各種メディアを積極的に活用し,従前同様,「脱麻原」の宣伝活動を展開した一方で,従来の出家制度や修行体系を維持し,上祐が麻原のイニシエーションを継承する旨述べて導入,実施してきた宗教儀式については,様々な外形的変更を加えつつも,エネルギー移入を目的とする本質部分を維持しながら実施した。
 こうした事実から,2015年(平成27年)1月23日,公安審査委員会は,教団について,(1)麻原が現在も教団の活動に影響力を有していること,(2)地下鉄・松本両サリン事件に関与した者が現在も構成員であること,(3)同事件当時に教団の役員であった者が現在も役員であること,(4)麻原の説く殺人を勧める「綱領」を保持していること,(5)組織として危険な体質を保持していること,(6)閉鎖的かつ欺まん的な組織体質を維持していること―などを認定し,観察処分の期間の更新(5回目)を決定した。
した。

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