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ジェマー・イスラミア(JI)
Al-Jama'ah Al-Islamiyyah

国連制裁対象(2002年10月25日)

米国FTO(2002年10月23日)

主な活動地域

インドネシア,フィリピン(南西部),マレーシアなど

組織の概要

「ジェマー・イスラミア」(JI)は,1993年,アブ・バカル・バシール及びアブドゥラ・スンカル(1999年11月死亡)がマレーシアで設立したイスラム過激組織である。勢力は500~数千人程度とされる。2000年代前半,主にインドネシアでテロを活発化させ,特に,JI分派組織「トプ・グループ」は,欧米権益などを対象に自爆テロなどを続発させた。2007年1月の警察との衝突,同年6月の最高幹部逮捕などで大きな打撃を受け,2009年以降,JI及びその分派組織による大規模テロは確認されていない。

1990年代に作成されたJIの組織マニュアル「ジェマー・イスラミアの闘争のための一般的ガイドライン」(PUPJI)によると,JIの目標は,「イスラム国家樹立」とされ,これを達成するために宣教,教育,ヒジュラ(移住),「ジハード」を実施することとされた。

PUPJIでは組織形態も定められており,アミール(最高指導者)の下,執行機関である「マジュリス・キヤーダ」,組織管理やアミール選出を行う「マジュリス・シューラ」,アミールの諸決定を正当化する「マジュリス・ファトワ」,組織統制や懲罰を行う「マジュリス・ヒスバ」の4評議会を置くと規定された。執行機関の下にある地域部門「マンティキ」は,かつてはマンティキⅠ(管轄:サバ州を除くマレーシア及びシンガポール),同Ⅱ(スラウェシ島を除くインドネシア),同Ⅲ(フィリピン南部,サバ州及びスラウェシ島),同Ⅳ(オーストラリア)をそれぞれ所掌するものとされ,各マンティキには,階層構造を有する下部組織が置かれていた。

1998年のスハルト政権崩壊を契機に,バシールらは,インドネシアへ帰国(1999年)した。2000年5月,インドネシア西部・北スマトラ州メダンのキリスト教会を標的に,同組織初とされるテロ(爆弾テロ)を実行した。同年以降,宗教間紛争が勃発した同国中部・中スラウェシ州ポソの拠点化に傾注し,同地でリクルート活動や訓練を継続したほか,キリスト教徒へのテロを続発させた。また,2000年8月に首都ジャカルタのフィリピン大使公邸で爆弾テロを,同年12月にはフィリピンの首都マニラで同時爆弾テロを実行した。さらに,フィリピン南部・ミンダナオ島に訓練キャンプを設立し,他の過激組織メンバーらと共に訓練を行った。

2001年12月及び2002年8月には,シンガポールにおいて,米国大使館,イスラエル大使館,米海軍基地などへのトラック爆弾テロ,米軍人及びその家族が利用するシャトルバス,米艦船,アメリカンスクール,地元権益への攻撃を計画したなどとして,JIメンバー計30人が拘束された。2002年10月には,インドネシア中部・バリ島で,202人(うち邦人2人)が死亡する連続爆弾テロ(第1次バリ事件)を実行した。これらの事案は,2001年9月の米国同時多発テロ事件を受けた米軍主導のアフガニスタンにおける武力行使への反発が背景にあったとみられている。

第1次バリ事件後,JIメンバーであったヌルディン・トプは,独自のテロ実行グループを形成し(通称「トプ・グループ」),2003年8月,ジャカルタの米国系ホテルに対する自爆テロを実行した。同グループは,2004年9月に在インドネシア・オーストラリア大使館に対する自爆テロを,2005年10月にバリ島で同時自爆テロ(第2次バリ事件)を実行したが,マレーシア人爆弾専門家アザハリ・フシンの死亡(同年)で打撃を受け,2009年7月にジャカルタの米国系ホテルに対する同時自爆テロを実行した後,トプ以下主要メンバーの殺害・逮捕によって,グループは壊滅したとされる。

一方,JI指導部内では,第1次バリ事件などの無差別暴力がJIのイメージを損なったとする反省が生じ,「紛争地におけるムスリムを防衛する目的のみに武力を行使すべき」との考え方が強まったとされる。その後も,ポソでのテロ活動は継続したが,2007年1月の警察との衝突でJIメンバー14人が死亡し,同年6月に臨時最高指導者ザルカシや軍事指導者アブ・ドゥジャナが逮捕されるなどの大打撃を受けたことで,同年,事実上,テロ活動を停止したとされる。

2008年,パラ・ウィジャヤントがJI最高指導者に就任した。2010年に入り,JI中央司令部は,武器の製造・使用能力の構築を目的に,休眠中のメンバーを招集し,軍事組織の再建を始めたとされる。また,2011年,JI中央司令部は,「宣教」のための公然組織及び軍事関連を所掌する秘密組織を設置し,後者については,PUPJIに依拠したピラミッド型の構造を採用したとされる。具体的には,総合司令官(アミール・マジュフル・ビトナ)の下,地域部門(ビトナ。旧「マンティキ」に相当。現在は1部門のみ),旅団(コディマ。2個設置),大隊(トリア),中隊(イソバ。1大隊につき3個設置),小隊(ロディバ。村レベルで設置),分隊(コビヒソ),細胞(リババ)を設置したとされる。

2012年以降,軍事・戦闘技術の獲得を目的に,シリアの「ヌスラ戦線」(「タハリール・アル・シャーム機構」〈HTS〉)にメンバーを派遣してきたとされるが,2014年5月に中ジャワ州クラテンで武器工場が摘発されたことを機に18人以上のメンバーが逮捕され,武器調達などの活動は打撃を受けたとみられている。また,2019年6月から7月には,西ジャワ州などで,最高指導者パラ・ウィジャヤントら重要幹部が逮捕された。同人らの逮捕後,JIが国内のアブラヤシ農園を通じて資金を調達し,JIメンバーに多額の給与を払っていたことが判明するなど,組織の経済基盤が依然損なわれていない可能性が指摘されている。

なお,JIは,自組織への合流を拒否する者を誰であれ不信仰者とみなしているとして,ISILを非難する論陣を張っているとされる。

このほか,注目されるJI幹部・メンバーの動向としては以下のものがある。

①第1次バリ事件に関与したとして指名手配されていた古参メンバーのドゥルマティンは,2009年,別のイスラム系NGO「KOMPAK」幹部アブドゥッラー・スナタらと共に,インドネシア西部・アチェ州に設置したキャンプに人員(通称「アチェの武装集団」)を集め,訓練を開始した。同訓練には,「JIはジハードを放棄した」としてJIから離脱した者らが参加していたとされる。しかし,当局が2010年2月に開始した一斉摘発で100人以上が逮捕され,同年3月にはドゥルマティンが死亡したことで,同集団はほぼ壊滅した。

②元臨時最高指導者アブ・ルスダン及びザルカシは既に釈放され,テロを否定する姿勢を保っているとされる。

③元中央司令部メンバーであるアブ・フスナことアブドゥルラヒム・ビン・トティブは,2015年8月,ISIL関連組織「カティーバ・アル・イマーン」を設立したとされる。

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