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ジェマー・イスラミア(JI)
Al-Jama'ah Al-Islamiyyah

東南アジアにおけるイスラム国家樹立を目指し,インドネシアを中心に活動する武装勢力。

別称:
①Jemaah Islamiyah, ②Jema'ah Islamiyah, ③Jemaah Islamiya, ④Jemaah Islamiah,⑤Jamaah Islamiyah, ⑥Jama'ah Islamiyah

(1) 設立時期

1993年

(2) 組織・機構

ア 指導者,幹部等

(ア) アブ・バカル・バシール(Abu Bakar Ba'asyir)(服役中)

別名:
アブドゥス・ソマド(Abdus Somad)

「ジェマー・イスラミア」(JI)設立者。1938年生まれ。インドネシア・東ジャワ州ジョンバン出身の説教師。「ダルル・イスラム」(DI)((6)「沿革」参照)で活動していた1985年,スハルト政権によるイスラム過激組織に対する取締りを避けてマレーシアに逃亡,1993年,同国でDIメンバーだったアブドゥラ・スンカルとともにJIを設立した。1999年,スハルト政権崩壊を受けてインドネシアに帰国し,スンカルの死亡(1999年11月)後,最高指導者に就任した。2000年,JIとは別に公然組織「インドネシア・ムジャヒディン評議会」(MMI)を設立し,同組織の最高指導者としてシャリーアの施行を訴える演説などの宣伝活動を行った。2008年,最高指導者の権限に関する見解の相違などからMMIを脱退し,新たな公然組織「ジャマー・アンシャルット・タウヒッド」(JAT)(注1)を設立した。バシールは,公には,JIの存在及び自身がJIの幹部であることを否定している。国連安保理「アルカイダ」及び「タリバン」制裁委員会は,2006年4月,JIのために活動したとして,同人を制裁対象に指定した。

2002年に逮捕され,2005年3月,第1次バリ事件(2002年10月)における共謀罪で禁錮2年6か月の判決を言い渡されたが,同人が出所した後の2006年12月,インドネシア最高裁は再審において,同事件へのバシールの関与は認められないとして,一転して無罪判決を下した。

2010年8月,「アチェの武装集団」(「(6)沿革」参照)に関与していたとして逮捕され,テロ教唆の罪で禁錮15年の判決を言い渡された。その後も獄中から支持者を通じて宣伝活動を続け,2014年7月には,カリフ就任を宣言した「イラク・レバントのイスラム国」(ISIL)指導者アブ・バクル・アル・バグダディへの忠誠を表明した。

(イ) アブドゥラ・スンカル(Abdullah Sungkar)(死亡)

JI設立者。1937年生まれ。インドネシア・中ジャワ州ソロ出身。1970年代半ばにDIに加入した活動家で,1985年にマレーシアに逃亡。1993年,当時のDI最高指導者との対立からDIと決別して,同国でアブ・バカル・バシールとともにJIを設立した。1999年,スハルト政権崩壊を受けてインドネシアに帰国したが,同年11月に死亡した。

(ウ) アブ・ルスダン(Abu Rusdan)

別名:
トリクディン(Thoriqudin),ハムザ(Hamzah)

インドネシア・中ジャワ州クドゥス出身の説教師。1960年生まれ。1980年代後半にアフガニスタンで軍事訓練に参加し,1990年代にはインドネシア西部及び同国中部を統括する地域指導部「マンティキⅡ」の軍事部門指導者を務め,2002年にバシールの後を受け最高指導者に就任したとされる。

2003年4月,第1次バリ事件実行犯の隠避容疑で逮捕され,2005年に釈放された。JIには,「紛争地におけるムスリムを防衛する目的のみに武力を行使すべき」として,インドネシアにおけるテロの実行に反対し,組織再建に注力するJI主流派を率いているとされる(注2)。同人は,2016年2月にも,「民衆の支持」を得るため,JIは「一定の時点までは平和的」である必要があると語った(注3)。国連安保理「アルカイダ」及び「タリバン」制裁委員会は,2005年5月,JIのために活動したとして,同人を制裁対象に指定した。

(エ) ザルカシ(Zarkasih)

別名:
ズフロニ(Zuhroni),ヌアイム(Nuaim),ンバ(Mbah),アブ・イルシャド(Abu Irsyad)

1962年生まれ。インドネシア・中ジャワ州プカロガン出身。1980年代後半にパキスタンで軍事訓練に参加した後,1993年,設立当初のJIに加入した。フィリピン・ミンダナオ島のキャンプで訓練を指導したほか,地域指導部「マンティキⅡ」の指導者を務めた後,2005年から2007年にかけて臨時の最高指導者を務めたとされる。2007年6月に逮捕され,複数のテロに関与していたとして禁錮15年の判決を受け服役していたが,2015年10月,服役態度が良好であるなどとして仮釈放された(注4)

(オ) ハンバリ(Hambali)

別名:
リドゥアン・イサムディン(Riduan Isamuddin),ヌルジャマン(Nurjaman)

1964年生まれ。インドネシア・西ジャワ州チアンジュール出身。2003年8月にタイで拘束された後,米国当局の勾留下にある。スハルト政権による取締りを避けて,1980年代中頃までにマレーシアへ移住し,同国でJIに加入した。1986年頃にアフガニスタンでの軍事訓練に参加した後,「アルカイダ」との関係を築き,JIでは「アルカイダ」との連絡役を務めていたとされる。弟のルスマン・グナワンは現在ISILで活動しているとされる(注5)。国連安保理「アルカイダ」及び「タリバン」制裁委員会は,2003年1月,JIの上級幹部としてJIのために活動したとして,同人を制裁対象に指定した。

(カ) ヌルディン・トプ(Noordin Top,Noordin Mohammed Top)(死亡)

1968年生まれ。マレーシア・ジョホール州出身。1998年頃JIに加入し,2001年後半,マレーシアでJIに対する摘発が展開されたことから,インドネシアへ逃亡した。第1次バリ事件(2002年)の後,独自にテロ実行グループ(通称「トプ・グループ」)を率い,インドネシアに潜伏しながら,米国系ホテルやオーストラリア大使館などに対するテロを実行した。2005年に作成された映像声明では,イラク及びアフガニスタンへの派兵に対する「報復」がこれらのテロの動機であることを明らかにした(注6)。2009年9月,中ジャワ州ソロ近郊において,警察当局の急襲を受け,死亡した。

(キ) ズルカルナエン(Zulkarnaen)

別名:
アリス・スマルソノ(Aris Sumarsono),ダウド(Daud)

1963年生まれ。インドネシア・中ジャワ州ジャカルタ出身。インドネシアの大学で生物学の学位を取得した。1980年代,インドネシア人で初めてアフガニスタンにおける軍事訓練に参加したメンバーの一人で,2003年8月にハンバリが拘束された後,JI軍事部門指導者を引き継ぎ,2003年の首都ジャカルタにおける米国系ホテル爆弾テロ事件に関与したとされる(注7)。「アルカイダ」の東南アジアにおける代表で,インドネシアにおいて,オサマ・ビン・ラディンのネットワークと直接コンタクトを持つ数少ない人物だったとされる。国連安保理「アルカイダ」及び「タリバン」制裁委員会は,2005年5月,同人を制裁対象に指定した。

イ 組織形態,意思決定機構

JIの組織形態は,1993年の設立時には,最高指導者直轄の四つの評議会のうち「マジェリス・キヤダー・マルカジヤ」が中央執行部として機能し,地域指導部を統括するほか,その下には,更に区分された地方支部が存在するといったヒエラルキー型のものであったとされる(注8)。その後,各国での摘発が進んだためこうしたヒエラルキー型の軍事組織は壊滅状態となり,インドネシアを中心に,地域責任者と数人のメンバーから成る緩やかなネットワークとなったと指摘される。

意思決定については,2007年に当時の最高指導者ザルカシが逮捕された際に,最高指導者及び中央執行部「マジェリス・キヤダー・マルカジヤ」が最高意思決定機関として存在していたことが明らかになった。その後,最高指導者に就任した者の存在は不明であったが,2009年には,強硬派の古参メンバーであるドゥルマティンが「アチェの武装集団」を組織しようとした際,元最高指導者のバシールに承認を求めたとされる。このため,組織は摘発により弱体化したとの指摘がなされている一方,構成員などの間では,長老格の者に指示又は承認を仰ぐという形での意思決定がなされているとの見方もある(注9)

(3) 勢力

500人から数千人程度とされる(注10)。なお,刑期満了等により服役中の元メンバーら多数が出所しているとみられる(注11)

(4) 活動地域

インドネシアのジャワ島,中スラウェシ州ポソなどに最大の勢力を有し,ポソには,リクルート及び訓練の拠点を築いたとされる。また,マレーシアやフィリピン南西部にも依然としてメンバーが残存・潜伏しているとされる。

(5) 活動目的・攻撃対象

ア 活動目的

「宣教」及び「ジハード」によって,インドネシア,マレーシア,フィリピン南部,シンガポール及びブルネイを含む東南アジア地域にイスラム国家を樹立すること。

イ 攻撃対象

2000年代初頭は,インドネシアを含む東南アジア各国の政府やキリスト教徒に対して,イスラム主義者への「弾圧」や宗教紛争の「報復」を動機としたテロを行っていたとされる。

2002年,国際的観光地のバリ島でナイトクラブなどに対する同時自爆テロ(第1次バリ事件)を実行した後,「トプ・グループ」がインドネシア国内で米国やオーストラリアなど外国権益に対する大規模テロを続発させた。ただし,JI内部では,第1次バリ事件以降,「外国権益を標的とした大規模テロは,一般人に被害が及ぶためイスラム教徒からの支持を失うことにつながる」との批判が起こり,テロの実行に関して意見の相違があったとされる。

近年は,元最高指導者のアブ・バカル・バシールが,自国政府及び治安当局を「イスラム法の施行を阻む背教的圧制者」であるとして,これらに対するテロを唆す発言を繰り返している(注12)

(6) 沿革

前身は,インドネシア独立戦争時,インドネシア革命軍とともにオランダ支配に抵抗した「ダルル・イスラム」(DI)である。DIは,インドネシアが1949年に独立した後も,イスラム国家樹立を目指し,政府軍に対する武力攻撃を継続した。1968年に誕生したスハルト政権がDIの取締りを強化したため,スンカルやバシールらDI活動家の一部は,1985年,マレーシアへ逃亡した。スンカルは,1993年,当時のDI最高指導者との対立からDIと決別し,バシールとともにJIを設立した。スンカルらは,1998年のスハルト政権崩壊を契機にインドネシアに帰国した。スンカルが1999年に死亡した後,バシールが最高指導者に就任した。

2002年10月12日には,インドネシアのバリ島で,202人の死者(うち邦人2人)を出した連続爆弾テロ(第1次バリ事件)を実行した。その後の当局の摘発で,同事件の主な実行犯が逮捕されたほか,国連安保理「アルカイダ」及び「タリバン」制裁委員会は,同月25日,JIを制裁対象に指定した。

第1次バリ事件後,ヌルディン・トプは,テロ実行グループを形成し(通称「トプ・グループ」),2003年,ジャカルタの米国系ホテルに対する自爆テロを実行した。「トプ・グループ」は,引き続き,2004年に在インドネシア・オーストラリア大使館に対する自爆テロを,2005年に再びバリ島で同時自爆テロ(第2次バリ事件)を,2009年にジャカルタの米国系ホテルに対する同時自爆テロを実行した。しかし,その後の摘発で「トプ・グループ」は,トプ以下主要メンバーが逮捕され,又は,死亡するなどして弱体化し,以降,同グループによるテロは発生していない。

一方,第1次バリ事件に関与したとして指名手配されていた強硬派の古参メンバー,ドゥルマティンは,別のイスラム系NGO「KOMPAK」幹部のアブドゥッラー・スナタとともに,2009年,インドネシア西部のナングル・アチェ・ダルッサラム州に設置したキャンプに人員を集め(通称「アチェの武装集団」),訓練を開始した(注13)。同キャンプでは,新たな要員の育成に加え,インドネシア国内の他の過激組織・活動家との横断的な連携が図られたが,当局が2010年2月に開始した一斉摘発で100人以上が逮捕され,同年3月にドゥルマティンが死亡したことで(注14),同集団はほぼ壊滅した。

バシールは2008年にJAT(前述)を設立し,2014年7月にはJATのメンバーにISILに忠誠を誓うよう命じたが,これに反対した同人の息子を含む主要幹部ら多数がJATを離脱し,新組織「ジャマー・アンシャルシ・シャリーア」(JAS)を設立した。また,JIについても,組織としてはISILを支持していないとされる(注15)

(7) 最近の主な活動状況

ア 概況

2009年のジャカルタ同時爆弾テロ事件以降,JIによるとみられる大規模テロは確認されていない。

一方,2015年12月には,東ジャワ州モジョクルトで,クリスマスから新年にかけて首都ジャカルタなどで爆弾テロを計画した容疑で,JIの爆弾専門家とされる3人が逮捕された。また,2016年3月には,JI内の若年世代の一部から成る通称「ネオJI」の軍事指導者とされる男(34歳)が摘発された(注16)。「ネオJI」は,2002年の第1次バリ事件実行犯らが所有していた武器を引き継いだほか,従来のJIよりも高性能な武器を保有していたとされるが(注17),摘発された男が拘束中に死亡したことなどから,同組織の活動実態については不明な点が多い。

イ 他勢力との連携

(ア) 「インドネシア・ヒラル・アフマル協会」及び「ヌスラ戦線」(現「ファテフ・アル・シャーム戦線」)

2011年にインドネシアでNGOとして活動を開始した「インドネシア・ヒラル・アフマル協会」(Hilal Ahmar Society Indonesia:HASI)は,JIによって資金調達の手段として利用されており,JIの人道支援部門の役割を果たしているとされる(注18)。HASIはシリアへの人道支援を掲げて寄付を集める傍ら,「ヌスラ戦線」(現「ファテフ・アル・シャーム戦線」)とつながりを有し,JIメンバーに軍事訓練を受けさせ,実戦に参加させるため,これらメンバーをシリアに送り出しているとされる(注19)

(イ) その他

1980年代後半から1990年代初めにかけてアフガニスタンでの軍事訓練に参加したJIメンバーがインドネシア国外の組織との関係を構築し,フィリピン南部を拠点とする「アブ・サヤフ・グループ」(ASG)や,かつてフィリピン政府と武力衝突を繰り返していた「モロ・イスラム解放戦線」(MILF)との間で協力関係が構築されたとされる。

MILF指導部内では,2003年頃から,JIによる無差別テロへの批判が高まり,2005年には,MILF支配地域内のテロリスト掃討についてのフィリピン政府との協力合意に至ったとされる。2015年1月には,フィリピン南部・ミンダナオ島のMILF支配地域内で,JIの古参幹部ズルキフリ・ビン・ヒル(通称マルワン)が,治安部隊の掃討作戦で死亡した。当局は,ズルキフリがMILF分派組織「バンサモロ・イスラム自由戦士」(BIFF)などの保護下で,同組織のメンバーらに対し,爆弾製造・使用の訓練を施していたと指摘している。

このほか,第1次バリ事件の資金を含め,2002年頃まで「アルカイダ」から資金援助があったとされる(注20)

ウ 資金獲得活動

メンバーからの寄附のほか,強盗などによる資金獲得が指摘されている。米国財務省は,JI幹部の子弟らが,留学先のパキスタン・シンド州カラチ市で,インドネシア人及びマレーシア人留学生から成るグループ「アルグラバ」を結成し,1990年代末から2003年にかけて,事実上のJIのパキスタン細胞として,「アルカイダ」訓練キャンプへ渡航するJIメンバーへの便宜供与やインドネシアへの送金などを行っていた旨指摘している(注21)

エ リクルート活動

インドネシア国内には,JIの関与が指摘されるイスラム学校が数十校存在しており,同校出身者のネットワークを始め,同郷,親族,刑務所内で知り合った人間関係などがリクルートに利用されてきたとされる。

年月日 主要テロ事件,主要動向等
93年  アブドゥラ・スンカルが,「ダルル・イスラム」(DI)と決別し,マレーシアで「ジェマー・イスラミア」(JI)を設立
99年  スンカルとアブ・バカル・バシールが,スハルト政権崩壊(1998年5月)を受けて,インドネシアに帰国
00. 8. 1 駐インドネシア・フィリピン大使公邸爆弾テロ事件
 インドネシア首都ジャカルタの駐インドネシア・フィリピン大使公邸で爆弾が爆発し,2人が死亡,大使を含む20人が負傷
00.12.24 キリスト教会同時爆弾テロ事件
 ジャカルタなどの国内7都市のキリスト教会で爆弾が爆発し,17人が死亡,100人が負傷
00.12.30 リサール・デー爆弾テロ事件
 「モロ・イスラム解放戦線」(MILF)メンバーと連携し,フィリピンのマニラ首都圏5か所でほぼ同時に爆弾を爆発させ,22人が死亡
02.10.12 第1次バリ事件
 インドネシア中部・バリ島のナイトクラブなど2か所で連続して爆弾が爆発し,邦人2人を含む202人が死亡,約300人が負傷
02.10.18  インドネシア警察当局は,「キリスト教会同時爆弾テロ事件」(2000年)やメガワティ副大統領(当時)暗殺計画に関与した疑いで,最高指導者バシールを逮捕
03. 8. 5 米国系ホテル爆弾テロ事件
 「トプ・グループ」(通称)が,ジャカルタの米国系ホテル前で自動車爆弾を爆発させ,12人が死亡,約150人が負傷
03. 8.11  タイ警察当局は,作戦部門責任者ハンバリを逮捕
04. 4.30  インドネシア警察当局は,刑期を終えたバシールを反テロ法違反の容疑で逮捕
04. 9. 9 在インドネシア・オーストラリア大使館爆弾テロ事件
 「トプ・グループ」が,ジャカルタの在インドネシア・オーストラリア大使館前で,自動車に積んだ爆弾で自爆テロを実行し,10人が死亡,邦人1人を含む180人以上が負傷
05. 5.28  JIメンバーとみられる者が,インドネシア中部・中スラウェシ州ポソの市場で,爆弾を爆発させ,22人が死亡
05.10. 1 第2次バリ事件
 「トプ・グループ」が,バリ島の飲食店3か所で同時に自爆テロを実行し,邦人1人を含む20人が死亡,約90人が負傷
07. 6. 9  インドネシア警察当局は,インドネシア西部・ジョグジャカルタ特別州及び中ジャワ州で,臨時最高指導者ザルカシ及び軍事部門指導者アブ・ドゥジャナを反テロ法違反容疑で逮捕
08.11. 9  第1次バリ事件(2002年)主犯格のムクラス,イマム・サムドラ及びアムロジの死刑を執行
09. 1.13  JIシンガポール支部メンバーが,同支部責任者カスタリ(2009年4月1日逮捕)が主導したとされる「チャンギ国際空港爆破計画」(2002年)への関与を自供
09. 7.17 ジャカルタ同時爆弾テロ事件
 「トプ・グループ」が,ジャカルタの米国系ホテル2か所で同時に自爆テロを実行し,7人が死亡,邦人1人を含む約50人が負傷
09. 9.17  インドネシア警察当局は,インドネシア西部・中ジャワ州でトプを含む「トプ・グループ」主要メンバー4人を射殺
10. 2.22  インドネシア警察当局は,インドネシア西部・ナングル・アチェ・ダルッサラム州で,「アチェの武装集団」(通称)の軍事訓練キャンプを摘発
10. 3. 9  インドネシア警察当局は,インドネシア西部・バンテン州で,「アチェの武装集団」首謀者ドゥルマティンを射殺
10. 8. 9  インドネシア警察当局は,バシールを,「アチェの武装集団」の活動に関与していたとして,反テロ法違反容疑で逮捕
11. 6.16  インドネシアの南ジャカルタ地裁は,「アチェの武装集団」への関与において,テロを教唆した罪で,バシール被告に禁錮15年の判決(確定)
14. 7 インドネシアの刑務所に収監中のバシールが,「イラク・レバントのイスラム国」(ISIL)への忠誠を誓うことを表明
15. 1.25  重要古参幹部ズルキフリ・ビン・ヒルが,フィリピン南部・ミンダナオ島で,同国治安部隊の掃討作戦により死亡
15.12.21  インドネシアの国家警察長官は,クリスマスから新年にかけて首都ジャカルタなどでの爆弾テロを計画した疑いで,東ジャワ州モジョクルトでJIメンバーらを逮捕したと発表
16. 3. 8  JI内の若年世代の一部から成る通称「ネオJI」の軍事指導者とされる男(34歳)が逮捕

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