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モロ民族解放戦線(MNLF)
Moro National Liberation Front

主な活動地域

フィリピン(南部・ミンダナオ島各州,南西部・スールー州など)

組織の概要

「モロ民族解放戦線」(MNLF)は,フィリピン南部における独立国家建設を標ぼうし,1968年頃,フィリピン大学講師のヌル・ミスアリとイスラム知識人サラマト・ハシムらを中心に設立された組織である。現在,主要派閥として,ミスアリが率いる派閥,ユソフ・ジキリ元下院議員が率いる派閥,アブル・ハイル・アロント・ミンダナオ開発局議長が率いる派閥がある。

マルコス政権が戒厳令を発出した1972年以降,フィリピン南部で国軍を標的とした武力攻撃を実行した。設立当時,軍事部門「バンサモロ軍」(BMA)に戦闘員約3万人を擁したとされ,フィリピン南部(ミンダナオ島中部)やフィリピン南西部(スールー州,バシラン州)で活動していた。

1976年には,フィリピン政府との停戦協定(「トリポリ協定」)に合意したが,同協定に規定された自治権付与の手続などに関して政府と対立したほか,交渉方針や組織内の汚職問題などをめぐって,内部対立が顕在化した。こうした対立により副議長のハシム及び支持者は,1978年,独自の指導部を形成して離反し,「モロ・イスラム解放戦線」(MILF)を設立(1984年)したほか,その後も,メンバーの一部が離反して1991年に「アブ・サヤフ・グループ」(ASG)を設立した。一方,MNLFは,1996年に最終和平協定(「ジャカルタ協定」)に調印し,ミスアリはムスリム・ミンダナオ自治地域(ARMM)長官に就任した。

同合意後,路線対立から,2001年,反ミスアリ派がミスアリの議長解任を決定し,同人はARMM長官の地位も失った。これに反発したミスアリ支持者らは,同年11月,スールー州ホロ島で武装蜂起したが,国軍に鎮圧され,ミスアリは反乱罪容疑で拘束された(2008年4月に釈放)。

MILFとフィリピン政府との和平枠組み合意にMNLFが反発する中,2013年9月には,ミスアリ派がミンダナオ島サンボアンガ市で,住民約200人を人質に立て籠もり,国軍などと衝突する事件が発生した。同事件に関与したとして,ミスアリは反乱罪で指名手配されたが,2016年6月に発足したドゥテルテ政権下でMNLFミスアリ派との和平推進が図られ,同年10月,ミスアリに対する逮捕状が効力停止となり,翌11月にはマラカニアン宮殿で大統領とミスアリが面会した。こうした中,同派は,ASGによって拘束された人質の解放交渉を担うなどし,政府への協力姿勢を見せている。

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