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新人民軍(NPA)
New People's Army

「フィリピン共産党」の軍事部門。フィリピン農村部及び山間部において,治安部隊への攻撃のほか,資金獲得を目的とした企業恐喝・襲撃を実行。

別称:
Bagong Hukbong Bayan

(1) 設立時期

1969年3月29日

(2) 指導者・幹部等

ア ホセ・マリア・シソン (Jose Maria Sison)

設立者。1939年生まれ。フィリピン・イロコス・スル州出身。フィリピン大学卒業後,インドネシア留学を経て文学の大学教員を務めていた際,マルコス政権に抵抗する共産主義運動に関与する中で,「フィリピン共産党」(CPP:Communist Party of the Philippines)の前身である旧「フィリピン共産党」(PKP:Partido Komunista ng Pilipinas)に加入。親中国派の指導者として,衰退していたPKPを再興する形で1968年にCPPを,翌1969年3月に「新人民軍」(NPA)を設立した。マルコス政権下の1977年,戒厳令により投獄されたが,1987年,アキノ政権により釈放された。以降,オランダでの亡命生活を維持しつつ(注1),1992年のラモス政権下で合法化されたCPPに加え,CPPを含む共産主義勢力の統一合法組織「民族民主戦線」(NDF)を基盤として活動している。NPAのみならずCPPの全下部組織を統率しているとされる一方,長年の海外滞在を続ける中,近年はNPAに対する指導力を失っているともされる。

イ フィデル・アグカオイリ(Fidel Agcaoili)

2016年10月,ルイス・ハランドニの後任としてNDFの和平交渉パネル団長に就任した。オランダに居住している(注2)

(3) 勢力

フィリピン国軍高官は,2015年第1四半期時点の勢力を4,092人(戦闘員に限れば約2,800人)としている(注3)

(4) 活動地域

ルソン地方,ビサヤ地方,ミンダナオ地方北部及び東部の一部(注4)

(5) 活動目的・攻撃対象

ア 活動目的

「毛沢東主義」を思想的基盤とし,「米帝国主義とその反動的同盟者に対する農民戦争」を標ぼうして,武力によるフィリピン国家権力の奪取及び段階的な社会主義の実現を目的とする。

イ 攻撃対象

地雷及び小火器を用い,治安部隊や政府系民兵を襲撃している。また,「革命税」の徴収と称して企業恐喝を行い,支払を拒否された場合には,当該企業が経営する農園,鉱山,伐採場,バス会社などを襲撃し,機器や火器を略奪するなどの暴力行為に及んでいる。このほか,治安当局者などの誘拐も実行している。

(6) 沿革

1930年,アジア各地で共産党が誕生したのと同時期に,CPPの前身組織PKPが発足した。1960年代,中国とソ連の関係悪化や構成員である学生のイデオロギー的対立等により,PKPは内部分裂し,親ソ連派が弱体化したため,親中国派が,1968年12月,PKPを再興する形でCPPを,翌1969年に同党の軍事部門としてNPAを設立した。

1972年にマルコス政権が発令した戒厳令の下,CPP及びNPAは,シソンやその他の幹部が拘束され,勢力を大幅に減少させた。一方,1979年頃,フィリピン南部・ミンダナオ島で分離主義を標ぼうして武力による反政府活動を展開していた「モロ民族解放戦線」(MNLF)(注5)と連携し,同国中部・ビサヤ地方で支配地域を拡大した。また,1980年代には,農村部を中心に支持拡大を図り,マルコス政権打倒を標ぼうしてプロパガンダで説得するのと同時に,暴力で脅し,非党員をリクルートし,徐々に勢力を拡大,1987年にはメンバーが2万5,000人になったとされる(注6)

1986年のマルコス政権崩壊後,コラソン・アキノ政権下での恩赦により,CPP及びNPAの指導者が投降,政界や国軍に参加した。また,政府との和平交渉の失敗,多数のメンバー離脱,内部抗争などでイメージを悪化させ,NPAは大衆の支持を失い,弱体化した。

1992年に発足したラモス政権は,CPPを合法化し,幹部多数を釈放するとともに,和平交渉を開始した。しかし,フィリピン政府が1999年に米国との軍事訓練を再開すると,NPAは武力攻撃を再開し,交渉は頓挫した。その後,NPAは,1995年に約6,000人にまで減少していた勢力を2001年までに約1万2,000人に回復させたとされる(注7)

アロヨ政権は2001年,ノルウェー政府の仲介によりNPAと停戦合意し,2004年1月,和平交渉を再開したが,交渉は同年8月に決裂した。さらに,「テロとの闘い」の下,フィリピンと米国の軍事協力関係が緊密化するにつれ,NPAは反米武装闘争路線を強化するとともにアロヨ政権打倒を標ぼうし,2005年に治安部隊や重要インフラに対する攻撃を再開したほか,2007年には外国企業出資の鉱山を襲撃した。こうした動きに対し,アロヨ政権は,2006年2月,非常事態宣言を発令し,NPAを同国における治安上の最大の脅威と位置付けて掃討作戦を強化した。

フィリピン国軍の報告(2012年1月)では,NPAは,2011年の1年間で,計12億ペソ(約24億円)相当の企業財産及び公共インフラに対する被害を与えたとされる。中でも,企業恐喝を目的とした鉱山3か所に対する同時襲撃事件(2011年10月,ミンダナオ島・北スリガオ州)は,同様の襲撃では過去最大規模であったとされる。同事件では,我が国企業が出資する鉱山も襲撃された。同報告によると,NPAは,大衆の支持を失いつつあるため資金調達を恐喝に頼るようになっており,恐喝の対象を遠隔地の住民などにまで拡大しているとされた。

米国国務長官は2002年8月,母体のCPPとともにNPAを「外国テロ組織」(FTO)に指定した。

(7) 最近の主な活動状況

ア 概況

2010年の政権交代により,NPAはベニグノ・アキノ政権と和平交渉を再開したが,両者の隔たりは大きく,2013年4月,フィリピン政府は,和平交渉を断念すると発表した。

その後,NPAは,治安部隊への襲撃を続発させ,2014年3月には,南ダバオ州で警察署を襲撃して警察官3人を殺害し,応援に駆けつけた軍の車両が,NPAが仕掛けた地雷に接触し,兵士7人が死亡する事件が発生した。また,2015年11月には,マスバテ州にある国軍兵士が利用する施設2か所で手りゅう弾や爆弾を爆発させ,兵士6人が死亡した。

2016年6月に発足したドゥテルテ政権は,CPP及びNPAなどとの対話方針を掲げ,同年8月22日,ノルウェーのオスロで和平交渉が再開された。また,7月25日,政府がNPAに対する一方的停戦を宣言すると(注8),CPP及びNPAも8月下旬,政府に対する一方的停戦を宣言し(注9),その後NPAによるとされるテロ攻撃はほぼ停止されている。

イ 鉱山を標的化

NPAは,2007年後半から,ミンダナオ島中部及び東部を中心に,外国資本の鉱山への襲撃を頻発させるようになった。この背景として,2005年1月に同国で成立した鉱業法により,フィリピンにおける外資全額出資の鉱山開発が可能になったことが指摘されている。同国では,「同法により鉱山開発が促進されれば先住民の権利や自然環境が脅かされる」として抗議運動が起こり,NPAはこれに便乗してきた。最近では,NPAの広報担当が声明(2012年3月)で,2011年10月に襲撃された日系鉱山などを名指しし,「環境破壊を続ける」鉱山への襲撃を「制裁」として正当化する主張を行った。

ウ 日系企業も標的に

NPAは,1980年代以降,フィリピン国内の日系企業や邦人を標的に,資金獲得を目的としたものとみられる誘拐や襲撃を行っている。2003年1月には,我が国の総合商社マニラ支店長誘拐事件(1986年)への関与を認めた。

最近では,前述のとおり,2011年10月に,ミンダナオ島・北スリガオ州において,約200人のNPAの一団が,我が国企業出資のニッケル鉱山を含む3か所の鉱山を同時襲撃し,重機に放火するなどした。また,同月には,同島コンポステラ・バレー州において,約25人のNPAの一団が日系企業のバナナ農園を襲撃し,トラックが燃えるなどの被害があった。さらに,2014年1月には,10~15人のNPAメンバーが日系企業の青果倉庫を襲撃し,警備員から武器や無線機などを奪った上,施設に放火して逃走する事件があったほか,同年12月にも,約20人のNPAメンバーが同じ日系企業のバナナ農園を襲撃し,農園の警備員の武器等を奪った上,農園の警備強化のため配置されていた国軍兵士2人を宿泊小屋から拉致し,奪った農園のトラックで逃走する事件があった。このほかにも,同島では,NPAによる外資系の農園を標的とした襲撃が散発した。

年月日 主要テロ事件,主要動向等
68.12.26  ホセ・マリア・シソンが「フィリピン共産党」(CPP)を設立
69. 3.29  シソンがCPPの軍事部門として「新人民軍」(NPA)を設立
79年  「モロ民族解放戦線」(MNLF)と共同で,フィリピン中部・サマール島の8割以上を支配下に置く
86.11.15 総合商社マニラ支店長誘拐事件
 フィリピン・マニラ首都圏郊外で,我が国の総合商社マニラ支店の邦人支店長を誘拐(1987年3月31日に解放)
90. 5.29  フィリピン中部・ネグロス島で,我が国の民間援助団体派遣員を誘拐(同年8月2日に解放)
95. 9  脱退した反シソン諸派が「革命的労働者党」(RWP)を結成
97年  マニラの都市部テロ実行部門を脱退した反シソン派が,「アレックス・ボンカヤオ旅団」(ABB)を結成
00. 3. 1  分派のABBが,マニラ首都圏マカティ地区で,ガソリン値上げに抗議して,ペトロン社及びシェル社の社屋,フィリピンエネルギー省の庁舎などを襲撃
02. 8. 9  米国国務長官は,CPP及びNPAを「外国テロ組織」(FTO)として制裁対象に指定。これに対し,シソンはアロヨ政権への新たな攻撃を呼び掛け
02.10  欧州連合(EU)は,CPP及びNPAを制裁対象に指定
02.12  定例のクリスマス停戦を4日で破棄し,フィリピン政府への攻撃強化を宣言
03. 1.28  フィリピン政府は武装解除及び組織の解散を条件に恩赦を提案するが,NPA側は投降を拒否
04. 2  ノルウェー首都オスロで,フィリピン政府との和平会合を再開
04. 9.29  NPAの暗殺部隊が,マニラ首都圏ケソン市で,元CPP中央委員でRWP議長のアルトゥロ・タベラを殺害
05. 2  フィリピン南部・ミンダナオ島各地で,フィリピン国軍兵士46人と警察官14人を殺害
05.11  各地でフィリピン国軍部隊を襲撃し,23人の兵士を殺害
06. 2.24  アロヨ大統領は,NPAと国軍の反乱者がクーデターを企てたとして,非常事態を宣言
06. 6.17  アロヨ大統領は,新たなNPA掃討作戦の実施を宣言
07. 4~ 5  議会選挙に向け,NPAと国軍の衝突が各地で激化
07. 8.18  オランダ当局は,フィリピン政府の要請によりシソンを殺人容疑で逮捕。証拠不十分により,9月13日に釈放
07.10. 9  フィリピン北部・ルソン島で,オーストラリア企業が所有する鉱山を襲撃
07.12.31  ミンダナオ島で,オーストラリア及びスイス企業が所有する鉱山を襲撃
08. 3. 6  ミンダナオ島で,カナダ,英国,ノルウェー企業による合同出資の鉱山を襲撃
08. 6  ミンダナオ島で,世界最大の鉱山企業「BHPビリトン社」(本社オーストラリア)が所有する鉱山を襲撃
08. 7  ミンダナオ島で,オーストラリア及びスイス企業が所有する鉱山を襲撃
08.11.25  ミンダナオ島で,我が国商社の青果生産会社を襲撃
09. 9. 4  フィリピン政府は,NPA側が政府側の努力に応じないとして,再開予定の和平会合の延期を発表
09.11.11  ミンダナオ島で,木材伐採場を襲撃
10. 2.15  「民族民主戦線」(NDF)は,同年6月に任期満了を迎えるアロヨ政権との対話を拒否
10. 2.20  フィリピン西部・パラワン島で,真珠養殖場を襲撃
10. 9. 4  CPPは,ミンダナオ島全土での治安当局に対する攻撃の強化を宣言
10.12. 3  フィリピン政府とNPAは,和平交渉に向けた公式会合を2011年2月に再開すると発表
11.10. 3  ミンダナオ島北スリガオ州で,我が国企業出資の鉱山を含む3か所のニッケル鉱山を同時襲撃し,重機に放火するなどして,操業が一時停止
12. 3.28  NPAミンダナオ地域広報担当のホルゲ・マドロスは,我が国企業の出資する鉱山などを名指しし,北スリガオ州クレバーで操業するニッケル鉱山が「環境破壊」を止めない限り,新たな攻撃を仕掛ける旨の声明を発出
13. 3.29  NPAミンダナオ地域広報担当のホルゲ・マドロスは,我が国企業を含む外資系青果企業を名指しで非難した上で,フィリピン政府に対する武装闘争を継続する旨の声明を発出
14. 1.17  ミンダナオ島ブキドノン州で,我が国企業所有の青果倉庫を襲撃し,警備員から武器や無線機を奪った上,施設に放火して逃走。同月23日,犯行を自認する声明を発出
14.12. 2  ミンダナオ島北ダバオ州で,我が国企業所有のバナナ農園を襲撃し,警備員から武器等を奪った上,国軍兵士2人を拉致し,農園のトラックを奪って逃走。翌3日,犯行を自認する声明を発出
16. 4.16  ミンダナオ島ダバオ市で,NPAメンバーらが警察官5人を拉致(同月25日に解放)
16. 8.28  CPP及びNPAが暫定的停戦を宣言

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