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アラビア半島のアルカイダ(AQAP)
Al-Qaida in the Arabian Peninsula

イエメンを拠点とするスンニ派過激組織。サウジアラビア政府及びイエメン政府並びに欧米権益に対するテロを実行。

別称:
@Al-Qaida of Jihad Organization in the Arabian Peninsula,ATanzim Qa'idat al-Jihad fi Jazirat al-Arab,BAl-Qaida Organization in the Arabian Peninsula(AQAP),CAl-Qaida in the South Arabian Peninsula,DAnsar al-Shari'a(AAS)(注1)

(1) 設立時期

2009年1月

(2)組織・機構

ア 指導者,幹部等

(ア) カシム・ヤヒヤ・マフディ・アル・リミ(Qasim Yahya Mahdi al-Rimi)

別名:
アブ・フレイラ・アル・サヌアニ(Abu Hureira al-Sana'ani),アブ・アマル(Abu Ammar)

最高指導者。1978年6月5日生まれ。イエメン・サヌア州出身。駐イエメン米国大使暗殺未遂事件(2001年6月)を含む大使館関係者や外国人要人などに対する攻撃に関与したとして,2002年にイエメンで逮捕された。2005年に禁錮5年の実刑判決を受け服役したが,2006年,ウハイシら22人とともに脱走した。2007年の「イエメンのアルカイダ」(AQY)設立時に軍事司令官に就任した。

イエメンでAQAP戦闘員のリクルート活動などに従事していたとされるが,2015年6月,最高指導者(当時)ナーセル・アブドゥルカリーム・アブドッラー・アル・ウハイシが死亡したことを受け,最高指導者に就任した。同年7月,最高指導者に就任して初となるビデオ声明を発出し,「アルカイダ」最高指導者アイマン・アル・ザワヒリへの忠誠を表明した。

国連安保理「アルカイダ」及び「タリバン」制裁委員会は,2010年5月,AQAPの幹部(senior leader)であるほか,テロ行為を指揮するなどしているとして,同人を制裁対象に指定した。

(イ) ナーセル・アブドゥルカリーム・アブドッラー・アル・ウハイシ(Nasir Abd al-Karim Abdullah al Wahishi)(死亡)

別名:
アブ・バシール・ナーセル・アル・ウハイシ(Abu Basir Nasir al-Wuhayshi),アブ・バシール(Abu Basir),アル・ワヒーシ・ナーセル・アブデルカリーム・サーレハ(Al-wahishi Nasser Abdelkarim Saleh)

前最高指導者。1976年10月1日生まれ。イエメンのアル・バイダ州出身。1990年代にアフガニスタンへ入国し,一時,「アルカイダ」最高指導者オサマ・ビン・ラディン(当時)の側近の一人として活動したとされる。アフガニスタン出国後,2001年にイランで拘束された。2003年にイエメン政府に身柄を引き渡された後,政治犯収容所に収監された。2006年,22人の囚人とともに同収容所から脱走し,2007年,AQYを設立して最高指導者に就任した。

サウジアラビアの「アラビア半島のアルカイダ」(現在のAQAPとは別組織)メンバーがAQYに合流した結果,2009年1月,現在の「アラビア半島のアルカイダ」(AQAP)が設立された。以後,同人はAQAP最高指導者を務めていた。

国連安保理「アルカイダ」及び「タリバン」制裁委員会は,2010年1月,AQAPの指導者であるほか,「アルカイダ」及びその指導層と直接的なつながりを持つなどとして,同人を制裁対象に指定した。

ウハイシは,AQAP最高指導者であると同時に,「アルカイダ」の幹部でもあったとみられており,2013年8月,「アルカイダ」最高指導者ザワヒリが,ウハイシを「総括責任者」(General manager)に任命したとの報道がなされた(注2)ほか,「アルカイダ」のナンバー2であるとの指摘もなされた(注3)

2015年6月12日頃,イエメン東部・ハドラマウト州都ムカッラで,空爆により死亡した。

(ウ) サイード・ビン・アリー・ジャービル・アル・シフリ(Said bin Ali Jaber al-Shihri)(死亡)

別名:
アブ・スフィヤン・アル・アジド・アル・シフリ(Abu Sufyan al-Azid al-Shihri),アブ・オサマ(Abu Osama),アブ・スフィアン・カダダーブ・マトルーク(Abu Sufian Kadhdhaab Matrook),アブ・サヤーフ(Abu-Sayaaf)

元ナンバー2。1973年9月17日生まれ。サウジアラビア・リヤド州出身。2000年にアフガニスタンで訓練を受けた後,同国で「アルカイダ」戦闘員の支援及びイラン・アフガニスタン国境周辺での地理案内などを行っていたとされる。2001年,アフガニスタンで拘束され,グアンタナモ米軍基地収容所に収容された。2007年11月,同収容所から釈放された後,サウジアラビアへ帰国し,同国政府による「更生プログラム」を受けた。その後,2008年にイエメンへ入国し,AQYに参加した。同年,イエメン首都サヌアの米国大使館付近で自動車を使用した自爆テロを指揮し,その後も外国人の誘拐及び殺害事件に関与したとされる。

AQAPが,2009年1月に設立された際に,ナンバー2となった。

国連安保理「アルカイダ」及び「タリバン」制裁委員会は,2010年1月,AQAPのナンバー2であるほか,米国との戦いを呼び掛けるなどしたとして,同人を制裁対象に指定した。

AQAPは,2013年7月17日,同人が米国の攻撃を受けて死亡した旨の声明を発出した。

(エ) ナーイフ・アル・カハタニ(Nayif al-Qahtani)(死亡)

1988年3月25日生まれ。サウジアラビア出身。イエメン及びサウジアラビアでAQAP地方組織間の連絡及び調整を担当したほか,イエメンでの作戦実行及び諸外国からの支援金調達などに従事した。また,AQAPの報道担当としての役割も担った。

国連安保理「アルカイダ」及び「タリバン」制裁委員会は,2010年5月,イエメンでの多数のテロ行為を実行したほか,在イエメン米国大使館爆破計画(2008年9月)にも関与したなどとして,同人を制裁対象に指定した。

2010年12月,「イエメン南部で政府軍との戦闘により死亡した」と報じられた。

(オ) イブラヒーム・ハッサン・ターレア・アル・アシーリー(Ibrahim Hassan Talea al-Asiri)

別名:
イブラヒーム・ハッサン・ターレア・アシーリー(Ibrahim Hassan Tarea Aseeri),アブ・サーレハ(Abu Saleh),アボッサラ(Abosslah),アブ・サラーハ(Abu-Salaah)

爆弾の専門家と称される(注4)。1982年4月18日又は19日生まれ。サウジアラビア・リヤド州出身。2003年にサウジアラビア・キング・サウード大学化学学部を中退。2009年8月のムハンマド・ビン・ナーイフ・サウジアラビア内務次官(現内相)爆殺未遂事件では,アシーリーが製造したとされる爆発物を使用して,弟のアブドッラー・アル・アシーリーが自爆攻撃を実行した。また,米国航空機爆破テロ未遂事件(2009年12月)やイエメン発米国行き航空貨物から爆発物が発見された事案(2010年10月)に使用された爆発物もアシーリーが製造したとされる。

国連安保理「アルカイダ」及び「タリバン」制裁委員会は,2011年3月,AQAPの戦闘員で,AQAP内での爆弾製造の第一人者であるなどとして,同人を制裁対象に指定した。

(カ) アンワル・ナーセル・アブドッラー・アル・アウラキ(Anwar Nasser Abdulla al-Aulaqi)(死亡)

幹部。1971年4月21日又は22日生まれ。米国ニューメキシコ州出身で,米国とイエメンの二重国籍者。平易な英語を用いたインターネットでの説法を通じ,過激思想を拡散するとともに,2010年7月,AQAPの発行する英語機関誌「インスパイア」において,西側諸国のムスリムなどに対し「ジハード」を呼び掛けた。

また,アウラキは,米国テキサス州陸軍基地銃乱射事件(2009年11月)の容疑者ニダル・マリク・ハサンから,同事件前に電子メール16件を受信し,電子メール2件を返信したが,同返信では,テロを奨励するような内容は確認されていないとされる。

国連安保理「アルカイダ」及び「タリバン」制裁委員会は,2010年7月,AQAPのリーダーであるほか,同組織のためにリクルートを行うなどしてきたとして,同人を制裁対象に指定した。

2011年9月,イエメン国内において空爆を受けて死亡した。米国司法省は,2013年5月,2009年以降の海外における米国の対テロ作戦で,米国国籍者であるアウラキを標的として殺害したことを認めた(注5)

(キ) イブラヒーム・サルマン・ムハンマド・アル・ルバイシ(Ibrahim Salman Mohammed al-Rubaish)(死亡)

幹部。1979年7月19日生まれ。サウジアラビア・ブライダ市出身。2006年12月,グアンタナモ米軍基地収容所からサウジアラビア政府に引き渡されたが,後にイエメンに逃亡し,AQAPに参加した。2011年12月,シーア系派武装勢力「フーシー派」に対する「ジハード」を宣言したほか,アウラキの追悼ビデオにおいて,同人の「教え子」たちに対し報復を呼び掛けた。

米国国務省は,2014年12月,同人がAQAPの作戦計画に助言を与える立場であるほか,2013年以降,シャリーアにのっとり同組織の攻撃を正当化する権限を有する幹部である旨指摘した。

2015年4月14日,AQAPは,ルバイシが同13日,空爆により死亡した旨を発表した。

(ク) イブラヒーム・アル・バンナー(Ibrahim al-Bannah)

1965年生まれ。エプト出身。AQAPの広報部門「アル・マラヒム」責任者及び文書偽造専門家とされる。

(ケ) ハリス・ビン・ガジ・アル・ナダリ(Harith bin Ghazi al-Nadhari)(死亡)

幹部。2013年8月に自身の写真を付けた録音声明の配信を開始した。2014年11月には,「イラク・レバントのイスラム国」(ISIL)の最高指導者アブ・バクル・アル・バグダディによるものとされる音声声明(注6)が配信された直後,同最高指導者が同年6月に施行を宣言したカリフ制国家の正当性を認めず,同人を名指しで批判する声明を発出した。

2015年2月5日,AQAPは,ナダリが同年1月31日,空爆により死亡した旨を発表した。

(コ) オスマン・アハメド・オスマン・アル・ガムディ(Othman Ahmed Othman Al-Ghamdi)

1978年6月5日生まれ。サウジアラビア出身。2000年,アフガニスタンの「アルカイダ」キャンプに赴き,「タリバン」とともに戦闘に加わったとされる。その後,サウジアラビアを経てイエメンに渡りAQAPに参加したとされる。

国連安保理「アルカイダ」制裁委員会は,2011年6月,AQAPの資金調達,武器管理及びテロ計画に関与したなどとして,同人を制裁対象に指定した。

(サ) アンデルス・カメルーン・オステンスビク・ダレ(Anders Cameroon Ostensvig Dale)

ノルウェー出身。2008年にイエメンへ渡航して以降,数回にわたりノルウェーとの間を往来したとされる。イエメンでは,自爆ベルトや自動車爆弾などの製造に関与したとされる。

国連安保理「アルカイダ」制裁委員会は,2014年9月,各国でのテロ実行に関与する可能性があるとして,同人を制裁対象に指定した。

(シ) ナセル・ビン・アリ・アル・アンシ(Nasser bin Ali al-Ansi)(死亡)

幹部。2014年頃より声明に登場するようになり,2015年1月には,フランス週刊紙「シャルリー・エブド」社襲撃テロ事件について,犯行を自認するビデオ声明を発出した。

アンシは,AQAPの幹部であると同時に,「アルカイダ」の「副総括責任者」(deputy general manager)であった可能性も指摘された(注7)

2015年5月7日,AQAPは,アンシが米国の空爆により死亡した旨を発表した(注8)

(ス) ハリド・サイード・バタルフィ(Khalid Batarfi)

幹部。イエメン系サウジアラビア人とされる(注9)。治安当局に拘束された2011年3月当時,アビヤン州及びアル・バイダ州における軍事部門責任者だったとされる(注10)。以降,収監されていたが,2015年4月2日,AQAPがイエメン東部・ハドラマウト州都ムカッラの刑務所を襲撃した際,脱走した。以後,声明に登場するようになり,ISILを批判したり,西側諸国での「単独ジハード」を呼び掛けるなどしている。

(セ) シャウキ・アリ・アフメド・アル・バダニ(Shawki Ali Ahmed al-Badani)

幹部。1981年1月1日又は1982年1月1日生まれ。イエメン・サヌア州出身。2012年5月に首都サヌアの軍事パレードリハーサル会場で起きた自爆テロに関与したとされる。また,米国政府は2013年8月にテロへの警戒のための措置として中東及びアフリカの21か国の在外公館(大使館及び領事館)を閉鎖したが,そのきっかけとなった事案にも関与していたとされる。

イ 組織形態,意思決定機構

AQAPは,「アルカイダ」の組織形態に倣っているともされ,評議会や軍事部門,メディア部門を有しているとされるが,詳細は不明である。

「アルカイダ」前最高指導者ビン・ラディンの隠れ家から押収された書簡などによると,前最高指導者ウハイシは,「アルカイダ」幹部から,イエメン政府や同国治安部隊ではなく,米国を標的とすることに集中するよう指示を受けたり,引き続き指導者の地位に留まるよう指示を受けるなど,戦略や人事面で「アルカイダ」の指示を仰いでいたことが示されている。また,2015年1月のフランス週刊紙「シャルリー・エブド」社襲撃テロ事件の犯行を自認した声明(同月14日)でも,「アルカイダ」最高指導者ザワヒリの指示により実行した旨述べ,AQAPが「アルカイダ」の指示を受けていることが示唆された。

(3) 勢力

約1,000人(注11)

(4) 活動地域

現在の活動範囲は,北部を除くイエメンのほぼ全域。ハドラマウト州都ムカッラなどを拠点に,これら州やアビヤン州,シャブワ州,アル・バイダ州,ターイズ州,イッブ州などの同国東部及び南部のほか,マーリブ州など中部などでテロを実行している。

(5) 活動目的・攻撃対象

ア 活動目的

AQAPの活動目的は,@イエメン及びサウジアラビア両政府の打倒,A両国内に存在する欧米諸国権益の排除,Bイスラム国家の樹立-とされる。

AQAPは,2009年1月23日付けの声明の中で,アラビア半島,パレスチナ,ソマリア,イラク及びアフガニスタンを始めとする全ての「イスラムの地」での「ジハード」に対する支援を宣言した。

イ 攻撃対象

(ア) イエメン及びサウジアラビア両国政府,特に要人,軍・情報・治安機関

シフリは,2009年4月に発出した声明において,「聖なる土地からユダヤ人や十字軍とその支援者(であるイエメン及びサウジアラビア政府)などの不純な存在を一掃することは,我々の義務である」などと主張した。また,AQAPは,サウジアラビア・ジッダでの同国内務次官ムハンマド・ビン・ナーイフ王子(当時。現在は皇太子兼内務大臣)爆殺未遂事件(2009年8月)やイエメン・アデンの治安当局に対する襲撃事件(2010年6月)などを実行した。その後も,イエメンのムハンマド・アハマド国防相暗殺未遂事件(2011年8月及び9月,2012年5月及び9月)や,イエメン南方軍司令官カタン少将暗殺事件(2012年6月),イエメン首都サヌアの国防省施設に対する襲撃事件(2013年12月)など,軍・情報・治安当局関係者に対する暗殺事件を多数実行した。

(イ) 欧米諸国権益

最高指導者(当時)ウハイシは,2009年1月23日発出のビデオ声明において,「欧米諸国がイスラエルに対する支援を停止し,パレスチナにおけるイスラム教徒への迫害が終了するまで,我々の地では欧米人を見つけ次第殺害し,欧米権益を破壊する」などと宣言した。

AQAPは,2009年12月,米国航空機爆破テロ未遂事件の犯行を自認したほか,2010年4月には駐イエメン英国大使に対する自爆テロ事件を引き起こした。また,同年10月,イエメン発米国行き航空貨物からの爆発物発見事案について犯行を自認した。さらに,2012年4月には,新たにAQAPが開発した金属不使用の爆発物による航空機爆破テロ計画を,米国情報・治安当局が阻止していたと報じられた(注12)

2015年に入ってからは,フランス週刊紙「シャルリー・エブド」社襲撃テロ事件(1月)について犯行を自認しているところ,アシュトン・カーター米国国防長官は,同年4月,「AQAPは,米国を含む西側諸国を攻撃する意思を有している」と述べている。

(ウ) イエメン国内のシーア派系武装勢力「フーシー派」

AQAPは,「フーシー派」がイエメン情勢の不安定化に乗じて活動を活発化させるようになって以降,「フーシー派」への敵意を強め,攻撃を繰り返している。AQAPの幹部ルバイシ(2015年4月死亡)は,2011年12月,ウェブサイトに掲載された音声声明において,「我々は,シーア派の反乱勢力がサアダ州ダマジ地区で,数か月にわたって我々の人々を支配していることに悲しみを覚えている」などと述べ,「フーシー派」に対する「ジハード」を宣言した。

2014年9月,「フーシー派」が首都サヌアを占拠し,イエメン南部への侵攻を開始したことを契機に,AQAPは,「フーシー派」に対する攻撃を繰り返したほか,同国内のスンニ派イスラム教徒に対し,「フーシー派」への攻撃を呼び掛けた。また,2015年4月には,インターネット上に,サーレハ前大統領の顔写真とともに「フーシー派」指導者アブドゥルマリク・アル・フーシーの顔写真を掲載し,殺害又は拘束した者に賞金を出すとする声明を発出した。

(6) 沿革

2001年の米国同時多発テロ事件後,アフガニスタンで「アルカイダ」の軍事訓練を受けていた多くのサウジアラビア人は,米軍主導の連合軍によるアフガニスタン派兵に伴い帰国した。その中でも,1990年代後半に「アルカイダ」最高指導者ビン・ラディンによりリクルートされて訓練を受けた者らが中心となり,2004年3月,サウジアラビアで「アラビア半島のアルカイダ」(現在のAQAPとは別組織)を設立した。しかし,同組織は,サウジアラビア治安部隊の取締りの強化(注13)により幹部が死亡したことなどから,同国での拠点を失っていった。

一方,イエメンでは,首都サヌアの政治犯収容所から2006年2月に脱走したウハイシを始めとする「アルカイダ」関係者らの一部が,2007年,AQYを結成した。AQYは,在イエメン米国大使館に対する自爆テロ(2008年9月)を始め,米国権益の排除を目的としたテロを行った。

前述の「アラビア半島のアルカイダ」メンバーがAQYに合流した結果,2009年1月,現在の「アラビア半島のアルカイダ」(AQAP)が設立された。

国連安保理「アルカイダ」制裁委員会は,2010年1月,AQAPを制裁対象に指定した。また,米国国務長官は,同月,AQAPが多数のテロ事件を自認しているとして,「外国テロ組織」(FTO)に指定した。

AQAPは,2011年7月,ビン・ラディン死亡後に「アルカイダ」最高指導者に就任したザワヒリに対し忠誠を誓う声明を発出した。また,ザワヒリは,2012年9月12日発出の声明において,AQAPを「アルカイダ」の「支部」組織として名指しした(注14)

(7) 最近の主な活動状況

ア 概況

(ア) 米国航空機爆破テロ未遂事件

2009年12月,米国デトロイト・メトロポリタン空港に着陸直前の米国ノースウエスト航空253便(アムステルダム発)の機内で,ナイジェリア人のウマル・ファルーク・アブドゥルムタラブが爆発物を起爆させ,同人の衣服及び航空機の壁に着火,同人及び乗客2人が負傷した。同人は,下着の股間部分に縫いつけた袋の中に粉末(四硝酸ペンタエリスリット〈PETN〉)を封入し,注射器に入った化学物質を同粉末に注入した。

AQAPは,同年12月,ウェブサイト上で,同事件の犯行を自認した上で,犯人のウマル・ファルーク・アブドゥルムタラブを「立派で裕福なナイジェリア人の若者がアラビア半島への不正な侵略に対し応えてくれた」などと称賛した。

同人は,2012年2月,米国ミシガン州デトロイトの連邦地裁で,国際テロを実行した罪などにより終身刑の判決を言い渡された。同裁判の起訴状などによると,同人は,2009年8月,暴力的な「ジハード」に参加するためにイエメンに渡航し,そこでAQAP幹部アンワル・アル・アウラキ(2011年9月死亡)と共謀して,米国内で米国機を爆破させるとの計画を立て,爆発物を受け取った上で犯行に及んだとされる。

(イ) 駐イエメン英国大使に対する自爆テロ事件

AQAPは,2010年4月,イエメン首都サヌア市で,出勤途上の駐イエメン英国大使の車両に対する自爆テロを実行し,同大使の警護担当者など3人を負傷させた。イエメン当局は,2009年3月にサヌア市近郊で発生した韓国人の車両に対する自爆テロとの類似性を指摘している。

(ウ) イエメン発米国行き航空貨物からの爆発物発見事案

2010年10月,英国イーストミッドランズ空港に駐機中の米国国際物流会社UPSの航空貨物機内及びアラブ首長国連邦(UAE)ドバイ空港の荷物集配所において,米国向けの航空便荷物から爆発物,四硝酸ペンタエリスリット(PETN)が発見された(注15)。AQAPは,同年11月,ウェブサイトに掲載された英語機関誌「インスパイア」特別号で,同爆発物発見事案について,「爆発物に要した費用は4,200米国ドル,6人以下の少人数で準備期間は僅か3か月である」,「我々が今回成功と言えるのは,我々が製造した爆発物が空港の厳しいセキュリティーチェックを通過したこと及び欧米諸国が防犯対策として数十億ドルを負担しなければならなくなったことである」などと主張し,その成果を誇示した(注16)

(エ) 「アラブの春」以降進行しつつあるイエメン国内での領域支配

AQAPは,2011年,イエメンが,反政府運動により政情不安に陥る中,同国南部において活動を活発化させ,同組織のフロント組織とされる「アンサール・アル・シャリーア」(AAS)を名のり,同年5月,アビヤン州都ジンジバル市を占拠して「イスラム首長国」の設立を宣言し,それ以降,同州及びシャブワ州で支配地域を獲得・拡大した。これら支配地域は,2012年6月,同国軍により奪還されたものの,AQAPは,「(首都)サヌアや他の都市で,軍・治安当局関係者に対する攻撃を行う」と宣言し,首都サヌアやアビヤン州及びアデン州を始め,イエメン南部全域で爆弾,銃撃などによる攻撃を活発化させた。そして,2015年4月2日,サウジアラビア主導の連合軍がシーア派系武装勢力「フーシー派」に対して空爆を行う中,東部・ハドラマウト州都ムカッラ市を占拠した。AQAPは,それ以降,ムカッラ市の占拠を維持しつつ,アデン市の一部地域やジンジバル市などを占拠する動きを見せた。

(オ) フランス週刊紙「シャルリー・エブド」社襲撃テロ事件(注17)

2015年1月7日,フランス首都パリで,アルジェリア系フランス人兄弟サイド・クアシ容疑者及びシェリフ・クアシ容疑者が,週刊紙「シャルリー・エブド」社を襲撃し,12人(警察官2人,同紙編集者ら8人,同紙社訪問者1人,ビルメンテナンス員1人)が死亡,11人が負傷した。その後,2人は,8日,同国北部・エーヌ県のガソリンスタンドを襲撃し,食料やガソリンなどを奪った上で,9日,同国北部・セーヌ・エ・マルヌ県の印刷会社へ立て籠もり,治安当局によって射殺された。シェリフ・クアシ容疑者は,印刷会社に立て籠もった際,メディアのインタビューに対し,「シェリフ・クアシはイエメンのアルカイダに送り込まれた」,「イマームのアンワル・アル・アウラキから資金を得た」などと発言したとされる(注18)。同紙社襲撃について,AQAPは,同14日,ビデオ声明を発出し,「アルカイダ」最高指導者アイマン・アル・ザワヒリの指示に基づき,標的を選定し,計画を練り,資金調達を行ったなどと犯行を自認した。

イ 他勢力との関係

(ア) 「イラク・レバントのイスラム国」(ISIL)

AQAPは,2014年9月,「イスラム・マグレブ諸国のアルカイダ」(AQIM)との共同声明を発出し,イラク及びシリアで対立するイスラム武装勢力に和解と共闘を呼び掛けた。AQAPはその後,単独でも声明を発出し同様の主張を繰り返した。しかし,同年11月,同組織は,イスラム武装勢力間の和解と共闘を訴えつつも,ISIL最高指導者アブ・バクル・アル・バグダディが宣言したカリフ制国家の正当性を否認し,同人を批判する内容の声明を発出した。2015年に入ってからは,3月20日に首都サヌア市のモスクで起きた自爆テロ事件(ISIL「サヌア州」が犯行を自認)に関して,AQAPが,関与を否定するとともに,「我々は,無実のムスリムを危険にさらすモスクや市場,公共の場での攻撃を避けるようにとするザワヒリ師の指針に従っている」と主張したことに対し,ISILが英語機関誌「ダービク」第8号(2015年3月30日)の中で「偽善」と批判したり,ISILの報道担当アブ・ムハンマド・アル・アドナニが,10月13日,「アルカイダ」最高指導者アイマン・アル・ザワヒリを暗に批判する声明を発出したことに対し,AQAPがAQIMとの共同声明を発出して,「(ISILは)イスラム共同体の敵にではなく,ムスリムの胸に矢を放っている」などと批判するなど,両組織は非難の応酬を繰り広げた。

(イ) 「アル・シャバーブ」

AQAPナンバー2のシフリ(当時)は,2010年2月発出の声明において,ソマリアを拠点に活動する「アル・シャバーブ」について,「あなたたち(『アル・シャバーブ』)からの自軍の兵をイエメンに派遣するという申出を断ったが,その気持ちに感謝する。世界規模の不信仰者の長である米国との来る戦闘に際し,協力しようではないか」と発言した。同声明以降,幹部の死亡を追悼する声明を互いに発出し合うなど,両組織の連携がうかがわれるようになった。

AQAPからの「アル・シャバーブ」に対する支援としては,2011年7月,「アル・シャバーブ」幹部がイエメンでAQAPの軍事訓練を受けたとされるほか,2012年7月,ソマリアの「プントランド」で「アル・シャバーブ」向けとされる武器を積載した船が摘発された。

他方,イエメン内務省は,2012年3月,「アル・シャバーブ」からのAQAPに対する支援として,「『アル・シャバーブ』戦闘員約300人がイエメンに上陸した。このうち数人をアデン州などで逮捕した。逮捕された者は,AQAPに合流してイエメン南部でテロを実行予定であった旨供述した」と発表した。

(ウ) 「イスラム・マグレブ諸国のアルカイダ」(AQIM)

ウハイシが,2012年5月及び6月付けでAQIM最高指導者のドルークデルに宛てて作成した書簡とみられる文書が,マリ北部・トンブクトゥ市で発見された。その中で,ウハイシは,むち打ち刑などの厳格なイスラム的刑罰の執行の回避や,シャリーアの段階的な施行を勧めているほか,資金集めの方法として誘拐の奨励,スパイ活動防止のための組織防衛の徹底,メディアの活用などを助言している。

AQAPとAQIMは,2014年9月,イラク及びシリアで対立するイスラム武装勢力に和解と共闘を呼び掛けるとともに,対米攻撃を訴える声明を共同で発出したほか,2015年11月,ISILを批判する声明を共同で発出するなど,プロパガンダ活動において協力関係にあることを示した。

ウ 資金獲得活動

主に,強盗及び身代金目的の誘拐により,資金を得ているとされる。

エ リクルート活動

活動地域の部族民に対して働き掛けを行っているほか,イエメン国内のモスクや神学校などでもメンバーの獲得を行っているとされる。

オ プロパガンダ活動

AQAPは,インターネットを通じて過激思想の伝ぱを図るとともに,欧米諸国でのテロ実行を呼び掛けている。

(ア) 英語機関誌「インスパイア」(Inspire)

AQAPは,メディア部門「アル・マラヒム」を通じてオンライン英語機関誌「インスパイア」(注19)を配信し,この中で,欧米諸国における自発的なテロ実行を呼び掛けるなどして,西側諸国に居住するイスラム教徒の過激化を狙った活動を活発に行っている。特に,同機関誌中の「オープン・ソース・ジハード」部分については,自動小銃などを用いたテロを紹介するのみならず,台所にある身近な材料などを用いた爆弾の作成方法(注20)などを紹介するものとして注目されている。

「インスパイア」第1号から第14号の概要は次のとおり。

発行年月日 概要・注目記事
第1号 10. 7.11
  • ○ 米国航空機爆破テロ未遂事件の犯人ウマル・ファルーク・アブドゥルムタラブ称賛
  • ○ 「オープン・ソース・ジハード」

 〜ママの台所で爆弾を作ろう〜

  • ・ 「容易に入手可能な材料で,爆弾製造が可能」
  • ・ 「これらの材料を購入しても,不審感を持たれることはない」
  • ・ 「敵に家宅捜索されても,容易に隠すことができる。爆弾探知犬は,これらの材料で作った爆弾を認識できない」
  • ・ 「製造には1日から2日しか要しない。この爆弾により,少なくとも10人を殺害可能である」
  • ・ 「1か月を費やせば,より大きく,より殺りく的な爆弾を製造でき,その威力は一度に数十人を殺害することが可能」
第2号 10. 10. 11
  • ○ イスラム教過激説教師アンワル・アル・アウラキの論文
  • ○ AQAPのナンバー2に対するインタビュー
  • ○ 「オープン・ソース・ジハード」

〜究極の人刈り機〜

  • ・ 「前後に鉄の刃を何枚も溶接したピックアップトラックで混雑した狭い空間に赴き,フルスピードで通行人を殺害し,車が動かなくなれば銃を乱射する,という『殉教作戦』の実行」を呼び掛け。
  • ・ 「同作戦の対象国は,@イスラエル,米国,英国,カナダ,オーストラリア,フランス,ドイツ,デンマーク,オランダ,Aイスラエルのパレスチナ占領及びアフガニスタン並びにイラクへの米国の侵略を政府又は大衆が支援している国,B預言者ムハンマドの冒とくに際立った役割を果たしている国」と主張。

〜アスラル・アル・ムジャヒディン2.0extras〜

  • ・ 「秘密にしたい電子ファイルを暗号化して通信し,コンピュータから完全削除するためのソフトウェア『ムジャヒディンの秘密』の使用法」を紹介。
第3号
(特別号)
10. 11. 20
  • ○ 「イエメン発米国行き貨物からの爆発物発見事案(2010年10月)で,要した費用は4,200米国ドルにすぎない」と主張。
第4号 11. 1. 16
  • ○ イスラム教過激説教師アンワル・アル・アウラキの論文
  • ○ 2010年12月11日にスウェーデン・ストックホルムで発生した自爆テロの犯人タイヤル・アブドルワハブ・アル・アブダリの声明
  • ○ 「オープン・ソース・ジハード」

〜ビルの破壊〜

  • ・ 「ビルの低層階の角部屋を借り,ガスボンベ又はガス管からガスを漏出させてビルを破壊することが可能」と主張。

〜AK47を用いた訓練〜

  • ・ 「AK47(カラシニコフ自動小銃)の概要」を紹介。
第5号 11. 3. 29
  • ○ 編集者「『アルカイダ』は『アラブの春』を肯定」
  • ○ AQAP軍事司令官カシム・アル・リミのインタビュー
  • ○ 「オープン・ソース・ジハード」

〜AK47を用いた訓練〜

  • ・ 「AK47の扱い方」を紹介。
第6号 11. 7. 18
  • ○ オサマ・ビン・ラディン追悼
  • ○ 「オープン・ソース・ジハード」

〜AK47を用いた訓練〜

  • ・ 「AK47の射撃法」を紹介。

〜過酸化アセトンを使った爆弾製造法〜

  • ・ 「過酸化アセトンは製造が容易で,材料も入手し易い」,「ただし,同物質は不安定なので,扱いに注意が必要。大量に製造することなく,製造後数日以内に使用すべき」と主張。
第7号 11. 9. 27
  • ○ 米国同時多発テロ事件10周年特集
  • ・ 「同事件は米国が半世紀にわたってイスラエルを支援してきたことへの報復である。世界各国の数百万人のイスラム教徒は同事件を祝賀した」,「同事件は,ごく僅かな人数で約3,000人の米国人を殺害した,歴史に例のない壮挙である。その標的が,経済力の象徴たるビルとペンタゴンであったことも特筆される」と主張。
第8号 12. 5. 2
  • ○ イエメン・アビヤン州における2012年4月の戦闘で戦死した者たちの追悼
  • ○ 「オープン・ソース・ジハード」
第9号 12. 5. 2
  • ○ アンワル・アル・アウラキ及びサミル・カーンの追悼
  • ○ 編集者「我々の目的は,英語圏でのジハード呼び掛け及びテロのノウハウ提供」
  • ○ 「オープン・ソース・ジハード」

〜殉教への道〜

  • ・ 「標的の選定や準備などオペレーション実施のスケジュール」を紹介。

〜爆弾に点火するのはあなたの自由〜

  • ・ 「火災,爆弾の爆発は大きな成果につながる」と主張。
  • ・ 「火炎瓶や時限装置の製造法」を紹介。
  • ・ 「標的とする国は,『テロとの闘い』に関与した国々で,米国,英国,イスラエル,NATO加盟国及びこれらの同盟国である。イスラム教徒に被害が及ばない地を選定すべき」と主張。
第10号 13. 2. 28
  • ○ 「アルカイダ」プロパガンダ担当アダム・ヤヒイェ・ガダーンからの寄稿
  • ・ 米国やその同盟国(特に,フランスと英国)の本土及び他国でのこれら国々の権益に対する戦闘を優先するよう発言。
  • ○ イスラム教を冒とくした者を「お尋ね者」(WANTED)として攻撃対象に列挙
  • ・ 過去,預言者ムハンマドの風刺画を掲載したデンマークのユランズ・ポステン紙やフランスのシャルリー・エブド紙関係者を含む11人の名前と写真(うち女性2人は名前のみ)を掲載。
  • ○ 「オープン・ソース・ジハード」
  • ・ 停車中の車に火を点ける方法を紹介。
  • ○ 「アルカイダ」の相談員によるQ&A

〜米国及びフランスの大統領,英国首相などの暗殺方法を問う質問〜

  • ・ 式典やパーティー,選挙期間中が狙い目。
  • ・ 難易度の低い標的として,ブッシュ米国前大統領やサルコジ前フランス大統領,ブレア元英国首相等を列挙。
第11号 13. 5. 30
  • ○ 「ボストンマラソン爆弾テロ事件」を特集
    • ・ 実行犯ツァルナエフ兄弟は,「インスパイア」の全ての内容に鼓舞されテロを実行。
    • ・ 同テロを「単独のジハード」の実例として,「誰」,「なぜ」,「どこで」,「いつ」,「どのように」に着目し評価。
    • ・ 米国に居住するムスリムに対し,「ボストンでの爆破はムスリムの青年の可能性を明らかにした」などと指摘した上で,次の攻撃を実行するよう呼び掛け。
第12号 14. 3. 17
  • ○ 米国が軍事,経済,社会の面で衰退し,世界の指導者ではない旨主張
  • ○ 「オープン・ソース・ジハード」
    • ・ テロの標的として,米国,英国,フランスのスポーツイベント会場や観光地などを列挙。
    • ・ 新たな自動車爆弾の作り方を特集し,同爆弾を使用した「単独ジハード」を呼び掛け。
第13号 14. 12. 24
  • ○ 米国の力の柱である「経済」に注目し,米国経済に対する「単独ジハード」を呼び掛け
  • ○ 「オープン・ソース・ジハード」
    • ・ テロの標的として,米国民間航空機及び米国財界人などを列挙。
    • ・ 新たな爆弾として,非金属のプラスチックや臭いの排出を防ぐシリコン等を使用するなど,空港のセキュリティを通過可能な爆弾を紹介。
第14号 15. 9. 9
  • ○ 米国を始めとする西側諸国での「単独ジハード」を呼び掛け。
  • ○ フランス週刊紙「シャルリー・エブド」社襲撃テロ事件への関与を主張
  • ○ 前最高指導者ナーセル・アル・ウハイシの死亡に関して,対米テロの決意を表明
  • ○ 「オープン・ソース・ジハード」
    • ・ テロの標的として,米国財界人などを列挙。
    • ・ 「最小のコストで最大の効果を得る作戦」として,「暗殺の仕方」を紹介。

(イ) その他

「アル・マラヒム」は,2011年12月,同年9月に殺害されたアンワル・アル・アウラキの生涯や事績を特集したビデオ「宣教への殉教者」を発表し,西側諸国居住のイスラム教徒に対し,「ヒジュラ(聖遷)(注21)」又は「ジハード」のいずれかを選択するよう呼び掛けた。具体的には,米国テキサス州陸軍基地銃乱射事件(2009年11月)の容疑者ニダル・マリク・ハサンらの例に倣う(西側諸国でテロを行う)か,アフガニスタン,イラク,ソマリア,イエメンなどの「前線に赴いて兄弟たちに加わる」ことを推奨した。

年月日 主要テロ事件,主要動向等
09. 1. 23  最高指導者ウハイシを始めとする幹部らが,ウェブサイト上で,「アラビア半島のアルカイダ」(AQAP)設立を宣言
09. 3. 15  ソマリアで訓練を受けたとされる武装要員が,イエメン・シバーム市で,韓国人観光客の団体に写真撮影を装って接近した後に自爆し,韓国人4人及びイエメン人ガイド1人が死亡
09. 3. 18  イエメン首都サヌア近郊で,同月15日のテロで犠牲になった韓国人4人の遺体を引き取るため同国を訪れていた遺族らを護送する車列を狙って自爆テロを実行するも,死傷者なし
09. 6. 14  イエメン北部・サアダ州で,駐在外国人の集団を襲撃し,ドイツ人7人,英国人1人及び韓国人1人を拉致。翌15日,そのうちのドイツ人2人及び韓国人1人の遺体が発見
09. 8. 27 サウジアラビア内務次官爆殺未遂事件
 サウジアラビア・ジッダ市で,アブドッラー・アル・アシーリー(AQAPメンバーのイブラヒーム・ハッサン・アル・アシーリーの弟)が同国内務次官ムハンマド・ビン・ナーイフ王子のオフィスで自爆し,同王子が負傷
09. 12. 25 米国航空機爆破テロ未遂事件
 米国デトロイト・メトロポリタン空港に着陸直前の米国ノースウエスト航空253便の機内で,ナイジェリア人のウマル・ファルーク・アブドゥルムタラブが爆弾を起爆させ,同人の衣服及び航空機の壁に着火,本人及び乗客2人が負傷。同月28日,AQAPがウェブサイトで犯行を自認
10. 4. 26  サヌアのノクム地区で,ティモシー・トーロット駐イエメン英国大使の車列を狙って自爆テロを実行し,警備員ら3人が負傷
10. 6. 19  イエメン南部・アデン州アデン市で,イエメン政府情報機関の地方本部を襲撃し,少なくとも治安関係者20人が死亡
10. 7. 1  「アルカイダ」関連組織で初となる欧米諸国のイスラム教徒など向けの英語機関誌「インスパイア」(Inspire)をインターネットで配信
10. 9. 3  米国UPS貨物機がアラブ首長国連邦(UAE)・ドバイ近郊で墜落し,機長及び副操縦士の2人が死亡。11月5日,ウェブサイト上で犯行を自認
10. 10. 29 イエメン発米国行き航空貨物からの爆発物発見事案
 英国イーストミッドランズ空港に駐機中の航空機内とUAE・ドバイの荷物集配所で,イエメン発米国向け航空貨物から爆発物を含んだ計2個の航空便荷物が発見。11月5日,AQAPが犯行声明を発出
11. 5. 28  イエメン南部・アビヤン州都ジンジバル市がAQAPのフロント組織とされる「アンサール・アル・シャリーア」(AAS)によって陥落。AASは,30日までに,「イスラム首長国」設立を宣言
11. 7. 26  AQAPは,「アルカイダ」の新指導者アイマン・アル・ザワヒリに忠誠を誓う声明を発出
11. 8. 30  アビヤン州で,ムハンマド・アハマド国防相の乗った車に対する爆弾テロを実行し,警備に当たっていた兵士2人が死亡
11. 12. 12  AQAP幹部のイブラヒーム・アル・ルバイシが,イエメン北部のシーア派系部族勢力「フーシー派」に対する「ジハード」を宣言
11. 12. 20  AQAPのメディア部門「アル・マラヒム」は,アンワル・アル・アウラキの生涯や事績を特集したビデオ「宣教への殉教者」を発表
12. 2. 25  イエメン東部・ハドラマウト州都ムカッラ市の大統領宮殿入口で,自動車爆弾による自爆テロを実行し,治安要員など28人が死亡。AQAPが犯行声明を発出
12. 3. 4  アビヤン州のイエメン軍基地に対し,自爆テロを含む攻撃を実行。兵士ら185人が死亡,73人が人質として連れ去られた(人質は4月29日に解放)。AQAPは6日,同事件を含む複数のテロ事件についての犯行声明を発出
12. 3. 18  イエメン南部・タイーズ州で米国人英語教師を射殺。AASが同日,AQAPが22日,犯行声明を発出
12. 3. 28  アデン市でサウジアラビア人外交官を誘拐
12. 3. 31  イエメン南部・ラフジ州のイエメン軍基地を攻撃し,双方で30人が死亡
12. 4. 9  アビヤン州ラウダル町を占拠するために攻撃を開始。15日まで攻撃を続けるが,イエメン軍がAQAPを撃退。AQAP側183人,軍・住人39人が死亡
12. 4. 22  イエメン西部・フダイダ州で,国際赤十字社のフランス人職員を誘拐(7月14日解放)
12. 5. 7  AP通信が,「AQAPが新たに開発した金属を使わない爆発物による航空機の爆破テロを計画していた」,「米国情報・治安当局が同計画を阻止していた」などと報道
12. 5. 12  サヌアで駐イエメン・ブルガリア大使誘拐未遂
12. 5. 21  サヌアのアル・サビーン広場で,軍事パレードのリハーサル中に自爆テロを実行し,約120人が死亡。AASは「国防相が第一の標的であった」との犯行声明を発出
12. 6. 15  イエメン当局が南部アビヤン州のAQAP拠点を奪還
12. 6. 18  アデン市で,対AQAP軍事作戦を指揮していたイエメン南方軍司令官カタン少将に対し,ソマリア人自爆要員が自爆テロを実行。同少将が死亡したほか,兵士4人が負傷。AQAPが犯行声明を発出
12. 6. 23  イエメン当局がシャブワ州のAQAP拠点を奪還
12. 7. 11  サヌアの警察学校に対する自爆テロを実行し,10人が死亡,15人が負傷
12. 8. 4  アビヤン州ジャアル市で,政府に協力してAQAP排除に加わった部族指導者宅で自爆テロを実行し,55人が死亡
12. 9. 1  サヌアで,国防相の車列に対する爆弾テロを実行し,警備兵ら13人が死亡
12. 10. 16  サヌアで,国防省顧問の元イラク軍准将を殺害
13. 5. 8  ラフジ州で,空軍幹部(大佐)3人を殺害
13. 7. 11  イエメン南部・アル・ダーリア州で,同国南部の分離独立運動「南部運動」最高評議会のムハンマド・ファドル・ジュバリ副議長を殺害
13. 9. 30  ハドラマウト州で,イエメン軍基地を襲撃し,少なくとも軍兵士4人が死亡。AQAPは,10月6日,「米国と共闘する治安本部や協力者は至る所で我々の標的である」などとする犯行声明を発出
13. 10. 6  サヌアで,在イエメン・ドイツ大使館に勤務するドイツ人男性1人を殺害
13. 10. 18  アビヤン州の軍基地に対し,自動車爆弾及び銃撃戦による攻撃を実行し,少なくとも兵士7人が死亡
13. 12. 5  サヌアの国防省施設に対する自動車爆弾及び銃撃戦による攻撃を実行し,外国人医療関係者を含む50人以上が死亡。AASは6日,犯行声明を発出。また,AQAPは23日,攻撃目標は国防省であり,病院関係者でなかった旨の声明を発出
14. 4. 2  アデン市の軍施設の門付近で自動車爆弾を爆発させた後,同施設内に侵入し銃を乱射し,軍兵士6人が死亡。AQAPが犯行声明を発出
14. 6. 26  ハドラマウト州サユーン市で,空軍施設に併設された空港を襲撃し,兵士を含む11人が死亡
14. 7. 4
  〜5
 ハドラマウト州とサウジアラビア南部ナジュラン州が接する国境地点のワディアで,自動車爆弾を爆発させ,イエメン軍及びサウジアラビア軍の兵士各1人が死亡。また,その後,サウジアラビア治安部隊を銃撃し,同部隊員3人が死亡。5日,ナジュラン州シャルラで,ワディアから逃亡してきた戦闘員2人が,治安関連施設に立て籠もった後に自爆
14. 8. 7  サユーン市,イエメン軍車両を襲撃し,兵士14人を拉致した後に殺害。AASが犯行声明を発出
14. 9. 20  イエメン南部・ダーリア州で,「フーシー派」の商社員1人が誘拐され殺害。AASが犯行声明を発出
14. 10. 9  サヌアで,「フーシー派」の検問所を標的に自爆し,少なくとも同派戦闘員等47人が死亡。AQAPが犯行声明を発出
14. 10. 21  イエメン南部・アル・バイダ州ラダー市で,「フーシー派」を襲撃し,同派約30人が死亡。AQAPが犯行声明を発出
14. 12. 3  サヌアの駐イエメン・イラン大使公邸付近で,自動車爆弾を爆発させ,イエメン軍兵士2人を含む3人が死亡
14. 12. 6  イエメン南東部・シャブワ州で,人質となっていた米国人ジャーナリスト1人及び南アフリカ人教師1人が死亡。AQAPが犯行声明を発出
15. 1. 14  フランス週刊紙「シャルリー・エブド」社襲撃テロ事件(1月7日)について,犯行声明を発出
15. 4. 2  ムカッラの治安当局本部や警察署,刑務所,銀行などを襲撃し,占拠。刑務所から,AQAP幹部ハリド・サイード・バタルフィを含む受刑者300人以上が脱走
15. 6. 12頃  ムカッラで,最高指導者ナーセル・アル・ウハイシが,空爆により死亡
15. 8. 22  アデン市タワヒ地区を占拠
15. 12. 2  ジンジバル市及びジャアル市を襲撃し,占拠(ただし,ジャアル市については,その後撤退したとも)

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