フロントページ > 国際テロリズム要覧 (Web版) > 国際テロ組織 > アハラール・アル・シャーム・イスラム運動

アハラール・アル・シャーム・イスラム運動
Harakat Ahrar al Sham al Islamiya, Ahrar al Sham, Movement of the Free People of Islamic Syria, Battalions of the Free People of Syria, Kataib Ahrar al-Sham

主な活動地域

シリア(中部から北部など)

組織の概要

「アハラール・アル・シャーム・イスラム運動」は,2012年1月に結成を宣言したスンニ派武装組織であり,シリア政府の打倒やイスラム国家の樹立などを活動目標にしているとされる。設立者及び当初の指導者はハサン・アブード(別名,アブ・アブドラ・アル・ハマウィ,2014年9月死亡)で,現在の指導者は,アリ・アル・オマル(別名,アブ・アンマール・アル・オマル,2016年11月就任)とされる。

同組織は,主にシリア北部から中部を活動地域とし,勢力は北部のアレッポ県だけで5,000人(自称)とされる。戦闘員の大多数はシリア人とされるが,ロシア・北コーカサス地方やリビア,チュニジアなどの出身者も擁しているとされる。中東・湾岸諸国などにおける個人や非政府組織(NGO)などからの寄附を通じて活動資金を得ているとされる。

結成当初は,シリア軍の車列などに対する小規模な襲撃を実行していたが,次第に,他組織と連携して,軍や政府の施設を攻撃,占拠するなど,反体制派内でも有力組織の一つになったとされる。

同組織の結成には,アフガニスタンなどからシリアに派遣された「アルカイダ」のメンバーも関与したとされ,これらメンバーの中には,その後,同組織の幹部になった者もいるとされる。このうち,アブ・ハレド・アル・スーリは,アブードと共に同「運動」を結成し,その後も同組織において幹部の地位にあったとされるが,同時に,スーリは,「シリアにおける『アルカイダ』の代理人」とも称され,2013年には,「アルカイダ」指導者アイマン・アル・ザワヒリから,関係が悪化していった「ヌスラ戦線」と「イラク・レバントのイスラム国」(ISIL)の仲裁役に任じられていたとされる。スーリは,2014年2月,他の武装組織による襲撃を受けて死亡した。

同組織は,政府軍との戦闘では他の反体制派組織などと連携しているとされ,2013年11月に他のイスラム主義組織と共に「イスラム戦線」(IF)なる連合体を結成し,アブードがIFにおける政治部門の指導者に就任したとされる。また,2015年には,「ヌスラ戦線」を含む複数のスンニ派武装組織と共に,3月に「ジャイシュ・アル・ファテフ」を,4月頃に「闘いの勝利連合」を,さらに7月には「アンサール・アル・シャリーア」なる連合体をそれぞれ結成し,北西部・イドリブ県や北部・アレッポ県,中部・ハマ県などで,政府軍などに対する攻撃を実行した。

2016年1月には,「ヌスラ戦線」を中心に,「ジャイシュ・アル・ファテフ」加盟組織の「完全な統合」に向けた協議が行われたとされるものの,同組織は,同「戦線」と「アルカイダ」との関係性を理由に反対したとされる。同「戦線」は,同年7月,「アルカイダ」からの離脱と「ファテフ・アル・シャーム戦線」(JFS)の設立を表明したが,この際,「アハラール・アル・シャーム・イスラム運動」は,これを祝福する一方で,「アルカイダ」からの離脱を「証明」するよう求めたとされる。

また,同組織は,同年10月,「ジュンド・アル・アクサ」がISILと関係を有している旨非難し,双方の対立が再燃した(注)

こうした中,現指導者のオマルは,同年12月,声明を発出し,反体制派間の争いや支援の減少などによってシリア革命が弱まっているとし,全ての反体制派勢力や市民の団結を訴えるなどした。

このページの先頭へ

ADOBE READER

PDF形式のファイルをご覧いただくには、アドビシステムズ社から無償配布されているAdobe Readerプラグインが必要です。