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イラク・レバントのイスラム国(ISIL)
The Islamic State of Iraq and the Levant

イラク,シリアなどで活動するスンニ派過激組織。「カリフ制国家」を自称。両国などで,政府や,シーア派などイスラム教スンニ派以外の宗派,宗教の住民などを標的としたテロを実行。

別称:
①Al-Qaida in Iraq,②AQI, ③al-Tawhid, ④The Monotheism and Jihad Group,⑤Qaida of the Jihad in the Land of the Two Rivers(注1), ⑥Al-Qaida of Jihad in the Land of the Two Rivers, ⑦The Organization of Jihad's Base in the Country of the Two Rivers, ⑧The Organization Base of Jihad/Country of the Two Rivers,⑨The Organization Base of Jihad/Mesopotamia, ⑩Tanzim Qa'idat Al-Jihad fi Bilad al-Rafidayn,⑪Tanzeem Qa'idat al Jihad/Bilad al Raafidaini, ⑫Jama'at Al-Tawhid Wa'al-Jihad, ⑬JTJ, ⑭The Islamic State of Iraq, ⑮ISI, ⑯al-Zarqawinetwork, ⑰Al-Qaida Organization of Jihad in Iraq,⑱Daesh,⑲Daish,⑳Daash,㉑Al-Dawla al-Islamiyya fil-Iraq wal-Sham(注2),㉒The Islamic State of/in Iraq and the Levant,㉓ISIL,㉔The Islamic State of/in Iraq and the/al Sham,㉕The Islamic State of/in Iraq and Syria, ㉖ISIS,㉗Al-Dawlaal-Islamiyya,㉘The Islamic State,㉙IS

(1) 設立時期

2004年10月

(2) 組織・機構

ア 最高指導者,幹部等

(ア) アブ・バクル・アル・バグダディ・アル・フッセイニ・アル・クレイシ(Abu Bakr al-Baghdadi al-Husseini al-Quraishi)

別名:
アブ・ドゥア(Abu Du'a)
本名:
イブラヒーム・アッワード・イブラヒーム・アリー・アル・バドリー・アル・サマッライ(Ibrahim Awwad Ibrahim Ali Al-Badri Al-Samarrai)

最高指導者。1971年生まれ。イラク人であり,同国のサラーハッディーン県サーマッラー市出身とも指摘されている(注3)。名前にある「バグダディ」は,アラビア語で「バグダッドの人」を意味する。バグダッドの大学でシャリーアなどを学んだ後,同市やサーマッラー市のモスクなどでイマームを務めていたとされる。2003年の米軍などによるイラク進攻後,スンニ派武装組織の結成に関与し,サラーハッディーン県やディヤーラー県などで武装闘争を行っていた。2004年には,駐留米軍に一時拘束されたとされる。2006年には,同武装組織とともに,「イラク・イスラム国」(ISI)(当時)に合流した。2010年5月15日,ISI最高指導者アブ・ウマル・アル・バグダディの死亡を受けて,ISI最高指導者に就任し,以降,「預言者ムハンマドの子孫」などを自称するようになった(注4)。同人主導の下,ISIは,2013年4月9日に「イラク・レバントのイスラム国」(ISIL),2014年6月29日に「イスラム国」への名称変更を行い,バグダディのカリフ就任などを宣言した。以降,ISILは,バグダディを「カリフ・イブラヒム」などと呼称している(注5)

国連安保理「アルカイダ」制裁委員会は,2011年10月,同人をISI(当時)の最高指導者として制裁対象に指定した。

(イ) アブ・ムサブ・アル・ザルカウィ(Abu Musab al-Zarqawi)(死亡)

本名:
アフマド・ファディル・ナザル・アル・ハレイレ(Ahmad Fadil Nazal al-Khalayleh)

「イラクのアルカイダ」(AQI,ISIへの名称変更前の呼称)の設立者で元最高指導者。ヨルダン生まれ。名前にある「ザルカウィ」は,アラビア語で「(ヨルダンの)ザルカ(町)の人」を意味する。2003年3月に米軍主導の「イラクの自由作戦」が開始された後,イラクへ入国し,2004年10月に「アルカイダ」のオサマ・ビン・ラディンに対して忠誠を誓い,イラク国内外で数々のテロに関与した。2006年6月,米軍の空爆で死亡した。

(ウ) アブ・アイユーブ・アル・マスリ(Abu Ayub al-Masri)(死亡)

別名:
アブ・ハムザ・アル・ムハージル(Abu Hamza al-Muhajir)

AQI元最高指導者,ISI元「首相」など。エジプト人であり,同国の「ジハード団」に所属していたとされる。名前にある「マスリ」は,アラビア語で「エジプトの人」を意味する。2006年6月,AQI最高指導者であったザルカウィの死亡後,最高指導者に就任した。同人主導の下,AQIは,同年10月,ISIの「建国」を宣言するとともに,組織名称も,事実上,AQIからISIへと変更した。マスリは,イラク人アブ・ウマル・アル・バグダディをISI最高指導者に据え,自身は,ISI「首相」などに就任しつつ,同組織を背後から指導したとされる(注6)。2010年4月,駐留米軍及びイラク軍による合同作戦で死亡した。

(エ) アブ・ウマル・アル・バグダディ(Abu Omar al-Baghdadi)(死亡)

別名:
アブ・アブドラ・アル・ラシッド・アル・バグダディ(Abu Abdullah al-Rashid al-Baghdadi)

ISI元最高指導者。イラク人。2006年10月,ISI「建国」時に最高指導者に就任した。2010年4月,駐留米軍及びイラク軍による合同作戦で死亡した。

(オ) アブ・アブドラ・アル・ハッサニ・アル・クレイシ(Abu Abdullah al-Hassani al-Quraishi)

「首相」。2010年5月,ISI「首相」であったマスリの死亡を受けて,同ポストに就任し,以降,ISILにおいても「首相」の地位にあるとされる。

(カ) アブ・ムハンマド・アル・アドナニ(Abu Mohammed al-Adnani)(死亡)

別名:
アブ・ムハンマド・アル・アドナニ・アッシャーミ(Abu Muhammad al-Adnani ash-Shami)

ISILの前報道担当及びシリアにおける責任者であったほか,西側諸国などへの攻撃計画に責任を有する対外作戦部門の責任者であったとされる。1977年頃シリアで生まれたが,国籍はイラク。2003年以降,イラクにおいて,駐留米軍などに対する武装闘争に参加し,2005年頃から2010年頃まで,治安当局に拘留されていたとされる。釈放後,シリアに渡り,後に「ヌスラ戦線」の指導者となるアル・ファテフ・アブ・ムハンマド・アル・ゴラニの下で,ISI(当時)の活動に参加していたとされる。

ISILの報道担当として,同指導部による重要な声明を発出しており,2014年5月には,「アルカイダ」最高指導者ザワヒリを非難する声明を発出したほか,同年6月には,カリフ制の施行や「イスラム国」への名称変更などを宣言した。

2016年9月,米国国防総省は,米軍主導の有志連合が8月30日に実施した空爆により,同人が死亡したことを確認したと発表した。

(キ) アブ・アル・ハッサン・アル・ムハージル(Abu al-Hassan al-Muhajir)

ISILの報道担当。2016年12月,ISILの公式な報道担当として初めて声明を発出し,「イスラム国」の「敵」に対する攻撃を呼び掛けるなどした。

(ク) オマル・アル・シシャニ(Omar al-Shishani)(死亡)

別名:
タルクハン・タユムラゾヴィッチ・バティラシヴィリ(Tarkhan TayumurazovichBatirashvili)

シリア北部などを統括していたISILの司令官とされる。1986年生まれ。ジョージア北東部のパンキシ渓谷(注7)を出身とするチェチェン系の同国人とされ,名前にある「シシャニ」は,アラビア語で「チェチェンの人」を意味する。過去,ジョージア軍に勤務していたとされる。2012年頃にシリアに渡航し,反体制派武装組織「ジャイシュ・アル・ムハジリーン・ワル・アンサール」(JMA)の指導者となり,ISI(当時)などと連携して政府軍などに対する攻撃を実行した。2013年半ば,ISIL指導者バグダディに忠誠を誓い,事実上,JMAを離れる形でISILに合流し,その後,同組織の司令官に就任したとされる。

2016年3月,米国国防総省は,米軍主導の有志連合が同月に実施した空爆により,同人が死亡したことを確認したと発表した(注8)

(ケ) アブ・ムスリム・アル・トルクマニ(Abu Muslim al-Turkmani)(死亡)

本名:
ファデル・アハマド・アブドラ・アル・ヒヤリ(Fadel Ahmad Andullah al-Hiyali)
別名:
アブ・ムタズ・アル・クラシ(Abu Mutaz al Qurashi)

元副指導者で,イラクでの作戦を統括する司令官だったとされる。また,ISILの諮問評議会メンバーで,シリアとイラク間における武器・人員などの移動を統括していたとされる。2015年8月,米軍の空爆で死亡した(注9)

(コ) アブドゥルラフマン・ムスタファ・アル・カドゥリ(Abdul Rahman Mustafa al-Qaduli)(死亡)

別名:
ハッジ・イマン(Haji Iman)

元副指導者で,財政を担当していたほか,西側諸国などへの攻撃計画に責任を有する対外作戦部門のメンバーであったとされる。2004年にAQIに加入し,当時の最高指導者ザルカウィの副官として,また,イラク北部・モスルにおける司令官として活動していたとされる。

2016年3月,米国国防総省は,米軍特殊部隊が同月に実施した作戦により,カドゥリが死亡した事を確認したと発表した。

(サ) アブ・ムハンマド・アル・シマリ(Abu Muhammad al-Shimali)

別名:
ティラド・アル・ジャルバ(Tirad al Jarba)

出入国管理・ロジスティック部門の幹部とされる。1979年11月20日,イラクで生まれたが,国籍はサウジアラビアとされる。2005年にAQIに加入し,現在はISILの出入国管理・ロジスティック部門において,欧州や中東諸国などからトルコを経由した外国人戦闘員の移動を担当しているとされる。また,欧州,北アフリカ及びアラビア半島からシリア,イラクへの密輸や資金移動,物流などを調整しているとされる。

国連安保理「アルカイダ」制裁委員会は,2015年9月,同人を制裁対象に指定した。

(シ) グルムロド・カリモフ(Gulmurod Khalimov)

戦闘員リクルート部門の幹部とされる。1975年5月14日,タジキスタン生まれ。タジキスタンでは,内務省特殊部隊の司令官だったとされるが,2015年5月頃,シリアに渡航しISILに加入したとされる。

国連安保理ISIL及び「アルカイダ」制裁委員会は,2016年2月,同人を制裁対象に指定した。

(ス) トゥルキ・ムバラク・アブドラ・アハマド・アル・ビナリ(Turki Mubarak Abdullah Ahmad al-Binali)

宗教警察責任者であるほか,外国人戦闘員のリクルーターとして,湾岸諸国出身者をリクルートするネットワークを率いていたとされる。1984年9月3日,バーレーン生まれ(注10)。ISILの宗教的権威とも指摘され,同人の著述がISILによる2014年の「イスラム国」設立に用いられたとされる。

国連安保理ISIL及び「アルカイダ」制裁委員会は,2016年4月20日,同人を制裁対象に指定した。

イ 組織形態,意思決定機構

ISILは,AQIと称されていた2006年10月,「『首長』(emir)を頂点とする『イラク・イスラム国』(ISI)を建国した」と宣言し,組織名称も,事実上,AQIからISIへと変更した。以降,同組織は,「国家」を自称するとともに,「首相」,「戦争相」,「情報相」といった閣僚ポストを設置するなど,国家を模した組織形態をとってきた。その後,2013年4月9日,ISIからISILへと名称の変更を宣言したほか,さらに,2014年6月29日には,ISILから「イスラム国」への名称変更及び最高指導者アブ・バクル・アル・バグダディのカリフ就任などを宣言した。

2016年7月,ISILの広報部門「アル・フルカン・メディア」が発出した「カリフ国の構造」と題する動画によると,「イスラム国」には,カリフの下,カリフを補佐する「シューラ評議会」と「弁務官委員会」が設置されている。

「シューラ評議会」については,知識や技能を備えた人物がメンバーに選任され,「国家」の意志決定などにおいてカリフを補佐するとされる。「弁務官委員会」は,カリフによって任命され,「イスラム国」に設置された「官庁」,「州」及び「局・委員会」の運営を代行するとされる。

「官庁」は,「弁務官委員会」の監督の下,イスラム教徒の権利擁護を任務とし,「州」については,イラクからシリアにまたがる地域を複数の管区に分割して「州」と位置付けているほか,両国以外の地域においても,「州」を称する関連組織が設立されている。これら「州」には,カリフによって「知事」が任命されており,「知事」は,重要事項については「弁務官委員会」に照会する一方で,それぞれの地域における日常的な活動については,各「州」に一定の裁量が与えられているとされる(注11)。また,「局・委員会」は,「弁務官委員会」の監督の下,各分野の専門家が担当しているとされる(注12)

(3) 勢力

2014年の最盛期には約3万3,000人であったが,その後,減少傾向が続き,2016年12月時点では,過去最低水準の約1万2,000人~1万5,000人と指摘されている(注13)(注14)

(4) 活動地域

AQIの結成以降,主にイラクで活動していたが,2013年以降は,反政府運動が続くシリアにも活動を拡大させた。また,その周辺国においても,同組織によるとみられるテロや治安当局に対する襲撃事件などが発生した。

ISILは,2015年以降,支配地域を減少させているが(注15),イラクでは,北部・モスルに最大の拠点を有し,首都バグダッドを含めたほぼ全土で活動が見られる。シリアでは,北部・ラッカが「イスラム国」の首都とされるなど,西部海岸地域の一部を除くほぼ全土で活動している。また,レバノンやトルコなどの周辺国や欧州などにおいても,ISILが関与したテロ事件が発生するなど,同組織の活動が見られる。

(5) 活動目的・攻撃対象

ア 活動目的

独自のシャリーア解釈に基づくカリフ制国家の「建国」や,スンニ派イスラム教徒の保護を目標とする(注16)。同「国家」の支配地については,シリア北部からイラク中部にかけての地域に言及する一方で,究極的には,欧米諸国やイスラエルなどを打倒した上での,中東域外への影響力拡大の姿勢も示している(注17)(注18)(注19)

イ 攻撃対象

イラク,シリア両国において,①政府,②治安部隊,③親政府系民兵組織,④クルド人勢力,⑤イスラム教スンニ派以外の宗派,宗教の住民-などを標的としてきた(注20)。このほか,酒類販売業者などISILが不道徳とみなす主体,インフラ設備,外国人を含むジャーナリスト,他の反体制派組織などに対してもテロを実行してきた。

また,イラク駐留米軍の撤退(2011年12月)後も,声明を通じて,米国を標的としたテロの実行を警告してきた(注21)

さらに,イラクやシリアでのISILに対する空爆開始(イラク:2014年8月,シリア:同年9月)以降は,空爆に参加する欧米諸国などを標的としたテロの実行などを呼び掛けており,2015年以降には,掃討作戦などによって相次いで支配地域を失うなど,軍事的劣勢が強まるにつれ,これら欧米諸国やISIL掃討に関与する国々への攻撃姿勢を強めている(注22)

(6) 宣伝活動

ISILは,インターネットを駆使した宣伝活動において,アラビア語だけに限らず,英語,フランス語なども用いて,中東地域外の幅広い地域からも戦闘員を募ってきた。また,同組織は,実態以上の存在感を示すべく宣伝活動を行ってきたとされ,拘束した者を処刑する模様や,惨殺した遺体などを画像や動画で頻繁に公開することで,敵対関係にある組織や勢力の恐怖感を煽り,その戦意喪失を図ってきたとされる。

2016年7月にISILが発出した「カリフ国の構造」と題する動画(注23)によると,「イスラム国」には,広報活動を管理・監督する「中央広報庁」が設置されており,同庁の傘下には複数の広報部門が存在しているとされる。これら各部門は,犯行声明や活動状況の紹介など組織の宣伝を目的とした情報を,文書,音声,画像,動画の形に編集し,それぞれの部門が有するソーシャル・メディア・アカウント(注24)などに掲載してきた。また,ISILの各管区組織である「州」にも独自の広報部門が存在し,各組織の活動等について,それぞれ声明を作成し,独自に有するソーシャル・メディア・アカウントに掲載してきた(注25)

ア 「アル・フルカン・メディア・ファウンデーション」(Al Furqan Media Foundation)

最高指導者バグダディなど幹部による声明などを掲載している。

イ 「アル・ハヤト・メディア・センター」(Al-Hayat Media Center)

外国語専門の広報部門と指摘されており,オンライン英語機関誌「ダービク」(Dabiq)(注26),同「ルーミヤ」(Rumiyah)(注27)などを作成して掲載している。これら機関誌では,自組織の主張や方針,犯行声明だけに限らず,支配地の住民に対する支援活動の模様と称する内容なども掲載している。

「ダービク」第1号から第15号の概要は下表のとおり。

発行年月日 表紙タイトル・主な項目・我が国に関する言及
第1号 14. 7. 5
タイトル: カリフ国家の再来
項目:
  • ○ 本誌について
  • ○ 速報:カリフ制国家宣言
  • ○ 速報:世界は二つの陣営に分かれた
  • ○ 統率力はアブラハムの軌跡から来た
  • ○ 智慧の言葉
  • ○ 特集:ヒジュラ(移住)からカリフ制国家まで
  • ○ 「イスラム国」ニュース
第2号 14. 7.27
タイトル: 洪水
項目:
  • ○ 序文
  • ○ カリフ国へのムスリムの義務について
  • ○ ガザ情勢について
  • ○ 「イスラム国」を取るか,洪水を取るか
  • ○ ヒジュラとジハード
  • ○ ムバハラ後の洪水
  • ○ 「イスラム国」ニュース
第3号 14. 8.29
タイトル: ヒジュラの呼び掛け
項目:
  • ○ 序文
  • ○ 大いなる戦い以前のイスラム国
  • ○ 「イスラム国」レポート
  • ○ 智慧のコーナー
  • ○ ヒジュラとジハード
  • ○ フォーリー(米国人の人質)の血はオバマの手に
  • ○ フォーリーのメッセージ
  • ○ アル・ハヤト・メディア・センターから読者へのメッセージ
第4号 14.10.12
タイトル: 失敗した十字軍
項目:
  • ○ 序文
  • ○ まさに,主は常に警戒深くあられた
  • ○ 奴隷状態の再来
  • ○ 「イスラム国」レポート
  • ○ 十字軍の最期に関する考察
  • ○ 特集:ソトロフ(米国人の人質)から母へのメッセージ
  • ○ 私のビデオ・メッセージの裏にある真実の話(ジョン・キャントリー)
第5号 14.11.21
タイトル: 留まり,拡大する
項目:
  • ○ 序文
  • ○ 殉教者ヨハネからの教訓
  • ○ アンバール州の戦い
  • ○ 仲間の団結
  • ○ アイン・アル・イスラムの戦い
  • ○ カリフの貨幣
  • ○ 留まり,拡大する
  • ○ もし私が今米国大統領だとしたら(ジョン・キャントリー)
第6号 14.12.29
タイトル: 「ワジリスタンのアルカイダ」(内部からの証言)
項目:
  • ○ 序文
  • ○ 「イスラム国」兵士への忠告
  • ○ ザワヒリ等の智慧の空虚さ
  • ○ 「イスラム国」レポート
  • ○ 「ワジリスタンのアルカイダ」(内部からの証言)
  • ○ メルトダウン(ジョン・キャントリー)
第7号 15. 2.12
タイトル: 偽善から背教へ
項目:
  • ○ 序文
    シリアにおける邦人殺害テロ事件(15.1.20~2.1)に触れ,「日本国民・権益はカリフの兵士や支援者の標的である」旨主張
  • ○ 背教者であるパイロットの焼殺
  • ○ 「イスラム国」指導者への忠告
  • ○ イスラムは戦争のない平和主義的な宗教ではない
  • ○ 「イスラム国」レポート
  • ○ 信者の中の男たち
  • ○ 我らの姉妹たちへ
  • ○ アブ・ウマル・アル・バルジキとのインタビュー
  • ○ 怒りの工場(ジョン・キャントリー)
第8号 15. 3.30
タイトル: シャリーアのみがアフリカを治める
項目:
  • ○ 序文
  • ○ 「シャームのアルカイダ」の同盟者
  • ○ 歴史のページから(初代カリフの刮目すべき姿勢)
  • ○ 「イスラム国」レポート
    チュニジアにおける銃撃テロ事件(15.3.18)に触れ,「十字軍連合に参加する国々」として日本等を名指し
  • ○ 信者の中の男たち
  • ○ 我らの姉妹たちへ
  • ○ 遅延,最も危険な異端行為
  • ○ チュニジア国会議員殺害者とのインタビュー
  • ○ パラダイム・シフト(ジョン・キャントリー)
第9号 15. 5.21
タイトル: 彼らは策謀し,また,アッラーも策謀する
項目:
  • ○ 序文
  • ○ 「シャームのアルカイダ」の同盟者(パート2)
  • ○ アッラーの理想のためのジハードの砦
  • ○ 多神崇拝陰謀論
  • ○ 「イスラム国」レポート
  • ○ サフワ(覚醒評議会)を刈る
  • ○ 我らの姉妹たちへ:女奴隷か売春婦か
  • ○ 「そしてアッラーは最高の策士」である
  • ○ ヤルムーク・キャンプ関係者とのインタビュー
  • ○ パーフェクト・ストーム(ジョン・キャントリー)
第10号 15. 7.13
タイトル: アッラーの法か,人間の法律か
項目:
  • ○ 序文
  • ○ 「シャームのアルカイダ」の同盟者(パート3)
  • ○ 一神教と両親たちに対する我らの義務
  • ○ ホラサンのためのファトワ
  • ○ 歴史のページから(ラマダン月の遠征,戦闘そして勝利)
  • ○ 米国のクルディスタン
  • ○ 名誉はジハードにあり/バルカン半島の人々へのメッセージ
  • ○ コーカサスのキャラバンはペースを上げる
  • ○ 智慧:ワラー(忠誠)とバラー(否認)
  • ○ 信者の中の男たち
  • ○ 我らの姉妹たちへ:彼らはお互いに合法的な配偶者同士ではない
  • ○ アッラーの法か,人間の法律か
  • ○ 元「ヌスラ戦線」構成員とのインタビュー
第11号 15. 9. 9
タイトル: 部族連合との戦いから「十字軍連合」との戦争へ
項目:
  • ○ 序文
  • ○ 「シャームのアルカイダ」の同盟者(パート4)
  • ○ シーア派のマフディー
  • ○ ワラーとバラー,米国民族主義との戦い
  • ○ イスラムの家を放棄することの危険性
  • ○ 信者の中の男たち
  • ○ 我らの姉妹たちへ:戦いのないジハード
  • ○ 部族連合との戦いから「十字軍連合」との戦争へ
    「十字軍連合」の一員として日本等への攻撃を呼び掛けたほか,ボスニア,マレーシア及びインドネシアの日本の外交使節を攻撃対象の一つとして名指し
  • ○ リビア派遣部隊責任者とのインタビュー
第12号 15.11.18
タイトル: 正義のテロ
項目:
  • ○ 序文
  • ○ 「イエメンのアルカイダ」の同盟者
  • ○ ムジャヒディンへの助言:聞いて従え
  • ○ 「シャームのアルカイダ」の同盟者(結び)
  • ○ 我らの姉妹たちへ:2人,3人,それとも4人
  • ○ 「イスラム国」による軍事作戦
    バングラデシュにおける邦人殺害事件(15.10.3)に関し,「『十字軍連合』の一員である日本の市民を標的とした」旨主張
  • ○ 主のお恵みがあれば言及せよ
  • ○ ベンガルにおけるジハードの復活
    「日本国民・権益はカリフの兵士や支援者の標的である」旨主張
  • ○ 共にいると思うが,心は離れている
  • ○ パラダイム・シフト:パート2(ジョン・キャントリー)
  • ○ 信者の中の男たち
  • ○ アブ・ムハリブ・アル・スマリとのインタビュー
第13号 16. 1.19
タイトル: ラーフィダ(シーア派の蔑称)
項目:
  • ○ 序文
  • ○ 不信仰のイマームを殺害せよ
  • ○ 軍事レポート
  • ○ 智慧
  • ○ 信者の中の男たち
  • ○ 我らの姉妹たちへ:イフダードについての助言
  • ○ ラーフィダ
  • ○ 「ホラサン州」知事に対するインタビュー
第14号 16. 4.13
タイトル: 背教の同胞団
項目:
  • ○ 序文
  • ○ ベルギーにおける殉教の戦士たち
  • ○ 西洋の不信仰のイマームを殺害せよ
  • ○ 信者の中の男たち
  • ○ 恥の血(ジョン・キャントリー)
  • ○ インタビュー(ベンガルにおけるカリフ制の戦士たちの長)
第15号 16. 7.31
タイトル: 十字架を砕け
項目:
  • ○ 序文
  • ○ 人類の創造
  • ○ なぜ我々はお前たちを憎むのか,なぜお前たちと戦うのか
  • ○ 私はどのようにしてイスラムに改宗したか
  • ○ 十字架を砕け
  • ○ インタビュー(アブ・サアド・トリニダーディ)
  • ○ 剣によって
    「異教徒の地への武力行使は正当なもの」と主張する中,日本やベトナムでの戦争を例示し,オバマ米大統領の広島及びベトナム訪問を非難

「ルーミヤ」第1号から第5号の概要は下表のとおり。

発行年月日 主な項目・我が国に関する言及
第1号 16. 9. 5
項目:
  • ○ 序文
  • ○ イスラムの信仰とムスリムの社会
  • ○ 中央苦情処理局長へのインタビュー
  • ○ 信徒の中の男たち
  • ○ 邪悪な学者は呪われている
  • ○ ズー・アル・ヒッジャの10日間の美徳
  • ○ 不信仰者の血はあなたにとってハラールである。よってその血を流せ
第2号 16.10. 3
項目:
  • 序文
  • ○ 重要な覚書
  • ○ グルシャン攻撃の殉教者たち
    バングラデシュ・ダッカにおける襲撃事案(2016.7.1)で死亡した日本人らを「不信仰者」と言及
  • ○ 正義のテロ戦術
  • ○ イスラムの信仰とムスリムの社会
  • ○ 勝利への道筋
  • ○ 受難者に対する差し迫った勝利の喜ばしい知らせ
第3号 16.11.11
項目:
  • 序文
  • ○ これぞアッラーとその使徒が我らと交わした約束
  • ○ 正義のテロ戦術
  • ○ 信徒の中の男たち
  • ○ イスラムの信仰とムスリムの社会
  • ○ 勝利への道筋
  • ○ ダービクでの重大な激戦に向けて
  • ○ 不道徳な学者の正体を暴く責務
  • ○ 祈りを通したジハード
第4号 16.12. 7
項目:
  • 序文
  • ○ 「私が言ったことを,やがて思い出すでしょう」
  • ○ 「トリポリ州」知事へのインタビュー
  • ○ 偽善と偽善者に関する論文
  • ○ 実にアッラーは私を祝福してくださる
  • ○ 死への戦いの誓約
  • ○ 忍耐後の勝利の話
  • ○ 未亡人の婚姻は認められたスンナである
第5号 17. 1. 6
項目:
  • 序文
  • ○ 二次的な殺りく
  • ○ 正義のテロ戦術
  • ○ シナイの宗教警察の長へのインタビュー
  • ○ 正義の炎
  • ○ ジハードの道程
  • ○ 勝利への道筋
  • ○ 邪悪な学者の特徴

ウ 「アル・ナバア」(Al Nabaa)

世界各地のISIL関連勢力などによるテロの「成果」などを掲載した週刊誌を掲載している。

エ 「アジュナド・メディア・ファウンデーション」(Ajnad Media Foundation)

アラビア語の宗教歌(ナシード)を掲載している。

オ 「アル・バヤーン」(Al-Bayan)

ISILによる各地での活動状況などをアラビア語,英語及びロシア語などで放送するラジオ局とされる。放送した内容をインターネット上に掲載している。

カ 「アル・ヒンマ・ライブラリー」(Al Himmah Library)

ISIL戦闘員や支持者らに対する思想・理論教育の教材となるような刊行物を作成している。

キ 「アーマク通信」(Aamaq News Agency)

世界各地のISIL関連勢力などによるテロの「成果」などを速報的に「報道」するほか,特定地域における一定期間の「成果」を取りまとめたインフォグラフィックを作成・発表している。

このほか,ISILは,自組織に参加してきた外国人戦闘員や支持者(注28)のソーシャル・メディア・アカウントなどを通じて,各広報部門が作成した宣伝物を拡散してきたほか,これら戦闘員や支持者らの一部は,独自に宣伝物を作成し拡散してきたとされる。

なお,ISILのプロパガンダは,最盛期であった2015年8月には1か月で700件以上発出されていたものの,同年後半以降は減少傾向にあるとされる。また,ISIL関連のアカウントが相次いで閉鎖されたことなどを受け,ISILは,匿名の通信サービスをますます利用するようになり,ダークウェブに情報を掲示するようになったとされる(注29)

(7) 沿革

ア 「ジャマート・アル・タウヒード・ワル・ジハード」(JRTJ)としての活動

ISILの前身組織は,ザルカウィが設立及び主導した「ジャマート・アル・タウヒード・ワル・ジハード」(JTJ)である(注30)。ザルカウィは,1999年,アフガニスタンへ入国,2000年頃,同国西部に訓練キャンプを設立した。同人は,欧州に亡命したヨルダン人,パレスチナ人,シリア人らを戦闘員として同キャンプに呼び寄せ(注31),JTJの勢力を拡大した。多数の国・地域出身の戦闘員が同組織に加わったことから,ザルカウィの活動目的は,ヨルダン王制打倒からイスラエル及びユダヤ人に対する攻撃へと変化していったとされる。

2003年3月,イラクに対して米軍主導の「イラクの自由作戦」が開始された後,ザルカウィは,当時滞在していたシリアからJTJ戦闘員を率いてイラクに向かい,同年8月にバグダッドで,在イラク・ヨルダン大使館に対する爆弾テロを実行したほか,国連事務所に対する自爆テロを実行し,セルジオ・デ・メロ国連事務総長特別代表(イラク担当)ら22人を殺害した。ザルカウィは,欧州の人的ネットワークを通じて,イラクでの「ジハード」に志願する者を数多く集め,同国に外国人戦闘員を流入させる上で大きな役割を果たしていたとされる。

2004年に入ると,イラク駐留米軍に対する自爆テロを頻発させたほか,同年5月に米国民間人らを殺害したことを始め,数々の外国人誘拐・殺人事件に関与した。また,シーア派主導の政府や米軍に反発するアンバール県のスンニ派の部族長から支持を得ることにも成功し,同県を拠点として活動を拡大した。

イ 「イラクのアルカイダ」(AQI)としての活動

ザルカウィは,2004年10月17日,「アルカイダ」のオサマ・ビン・ラディンに忠誠を誓う声明を発出(注32)し,「イラクのアルカイダ聖戦機構」(注33)の名称を使用し始めたため,JTJは,AQIなどと称されるようになった。米国国務長官は,同月,イラク国内の混乱を扇動することで自由かつ多元的なイラクの存立を脅かすことを目的としているとして,AQIを「外国テロ組織」(FTO)に指定した。また,国連安保理「アルカイダ」及び「タリバン」制裁委員会は,同月,AQIを制裁対象に指定した。

AQIは,2004年10月26日,邦人1人を誘拐(同月30日,遺体で発見)し,当時イラクに派遣されていた我が国自衛隊の撤収を要求したほか,同年12月にはシーア派巡礼者が多数訪問するナジャフ県ナジャフやカルバラー県カルバラーでの爆弾テロを,2005年には北部モスルで,簡易手製爆弾(IED)などを使用して1か月間に約570回の攻撃を実行した。しかし,AQIは,米軍や治安部隊を攻撃するに際し民間人に被害が及ぶことを全く意に介さず,無関係な民間人にも犠牲が広がったことから,従前AQIを支持していた部族長や地元住民の反発を招いた。「アルカイダ」ナンバー2(当時)のアイマン・アル・ザワヒリは,2005年7月,ザルカウィに宛てた書簡の中で,シーア派住民に対する無差別テロなどに苦言を呈したとされる。

AQIは,2006年1月,スンニ派の連合組織「ムジャヒディン諮問評議会」(MSC)(注34)(注35)の設立を宣言し,スンニ派勢力の結集に努める一方,同年2月,シーア派の聖地とされる中部サーマッラーのアル・アスカリ・モスク(注36)を爆破し,シーア派とスンニ派の宗派対立をあおった。AQIは,MSCの名で同テロを自認する声明を発出し,MSCの活動を通じたスンニ派勢力の影響力拡大を図ったものの,AQIによる無差別テロが際立って目立つこととなり,元々AQIを支持していたアンバール県でもAQIに対する地元部族の反発が高まった。

イラク国外でも,2005年8月,イスラエル・アカバ湾で米軍艦に対してロケット弾を発射し,同年11月,ヨルダンの首都アンマンのホテル3か所に対する連続爆弾テロを実行したほか,同年12月,レバノンからイスラエルに向けて複数のロケット弾を発射した。

ウ 「イラク・イスラム国」(ISI)としての活動

AQIは,2006年6月,最高指導者ザルカウィが米軍の空爆で死亡した後,後継の最高指導者にアブ・アイユーブ・アル・マスリを指名した。また,AQIは,同年10月,ISIの「建国」を宣言し,組織名称も,AQIからISIへと事実上変更(注37)したほか,イラク人のアブ・ウマル・アル・バグダディがISI最高指導者に,マスリがISI「首相」などに就任した。

2009年には,バグダッドにおいて,シーア派住民地区における連続爆弾テロ(4月),司法省や県政府施設などを狙った連続自爆テロ(10月)及び財務省や内務省などの政府施設を狙った連続爆弾テロ(12月)などを実行し,400人以上を殺害,約1,400人を負傷させたほか,シーア派住民に対する攻撃も継続した。

他方,ISIは,2006年頃から,駐留米軍,イラク治安部隊,「覚醒評議会」などによる大規模な掃討を受けたほか,支配地で極端な解釈によるシャリーアを施行したことや,その過激な主張などから,地元住民や他のスンニ派武装勢力の離反を招いた。2010年頃までには,アンバール県などの拠点も喪失し,著しく勢力を減退させた。2010年4月には,バグダディとマスリが駐留米軍などの掃討を受けて死亡した。

しかし,2011年12月の駐留米軍の撤退以降,ISIは,現最高指導者アブ・バクル・アル・バグダディの下,徐々に勢力を回復させた(注38)。その要因としては,①政府側の掃討能力の低下,②駐留米軍に拘留されていたISIの元戦闘員が釈放され,その一部が同組織に合流したこと,③ISIがシーア派主導の政府に不満を高めるスンニ派からの支持回復や犯罪活動などによる資金源の拡大を図ってきたこと-などが挙げられるとされる。さらに,ISIは,シリアでの反政府運動発生(同年3月)以降,同国における関連組織として「ヌスラ戦線」(現「ファテフ・アル・シャーム戦線」〈JFS〉)の結成を支援するなどして同運動への関与を開始し,その結果,イラク,シリア両国間での人員や物資の往来を活発化させたとされる。

エ 「イラク・レバントのイスラム国」(ISIL)としての活動

ISIは,2013年4月,①ISIからISILへの名称変更,②「ヌスラ戦線」の統合,③ISILのシリアへの活動拡大-などを宣言した。しかし,「ヌスラ戦線」が同統合を拒否したことから,以降,ISILは,「ヌスラ戦線」とは事実上別組織のまま,シリアでも本格的に活動を開始し,政府軍や親政府系民兵組織,自治権の確立を目指して活動するクルド人勢力などに対する攻撃を行った。

シリアにおいて,ISILは,軍の基地に対しても自爆を伴う攻撃を実行し,時にはこれを占拠するなど,高い戦闘力を示して,反体制派中,有力組織の一つとなったほか,北部のラッカ県や東部のデリゾール県などに事実上の支配地を構築した。同組織は,当初,政府側やクルド人勢力との戦闘では,他の反体制派組織と共闘し,支配地では,生活物資の配給などを通じて地元住民からの支持獲得を図った。その一方で,同組織は,①他組織に対してISIL指導者への忠誠を強要し,これに従わない組織を「背教者」などと称して攻撃対象としてきたこと,②他組織から支配地や武器などの奪取を試みてきたこと,③支配地で独自の極端な解釈によるシャリーアの施行を進めてきたこと-などから,他組織や地元住民から反発を招いた。

イラクでは,2013年4月以降,北部のスンニ派が多数居住する地域で,シーア派主導の同国政府に不満を抱く住民と治安部隊との衝突が発生・拡大した。こうした中,ISILは,再び高まった宗派間の緊張を背景に,政府の信用失墜・弱体化を企図して治安当局に対するテロや,シーア派からの報復による宗派間抗争の再燃を企図して同派住民を標的としたテロを頻発させた(注39)。同組織は,同年7月,バグダッド市郊外の刑務所を襲撃し,同組織の元戦闘員を含む収監者数百人を脱獄させたほか,西部・アンバール県において,訓練キャンプを含む拠点を再び構築したとされる(注40)

オ カリフ制の施行,「イスラム国」への名称変更

ISILは,2006年10月以降,「国家」を自称してきたところ,2014年6月29日,①同「国家」名のISILから「イスラム国」への変更,②同「国家」におけるカリフ制の施行,③ISIL最高指導者バグダディのカリフ就任-などを宣言した。また,「イスラム国」の支配地に関して,シリア北部・アレッポ県からイラク中部・ディヤーラー県までの地域について言及する一方,「世界の全イスラム教徒がカリフ(バグダディ)に忠誠を誓わねばならない」,「全ての首長国,集団,国家,組織の合法性は,カリフ(バグダディ)の権威及びカリフ軍(ISILの戦闘部隊)の到着・拡大をもって無効となる」などと,支配地・影響力の拡大も示唆した。

(8) 最近の主な活動状況

ア 概況

(ア) イラク

スンニ派が多数居住する西部・アンバール県では,2013年12月末以降,シーア派主導の同国政府に不満を抱くスンニ派住民と治安部隊との衝突が発生・拡大した。ISILは,同混乱に乗じて,スンニ派部族民兵,旧フセイン政権時代の軍関係者,旧「イラク・バアス党」関係者などから成る他のスンニ派武装勢力と共に,2014年1月以降,同県ファルージャ市などを占拠したほか,同年4月までに,同県の広い範囲を占拠した。さらに,同組織などは,同年6月以降,スンニ派が多数居住する同国北部でも攻勢を開始し,ニーナワー県都モスルやサラーハッディーン県都ティクリートを含む北部の広い地域も占拠した。ISILなどは,占拠したモスルで,駐モスル・トルコ総領事館員らを拘束した(同年9月に全員解放)ほか,同地の銀行からは多額の金銭を,軍関連施設からは軍事物資を略奪したとされる。さらに,同組織などが占拠した地域では,複数の刑務所からISILの元戦闘員を含む数千人の囚人が脱走し,その一部が同組織に合流したとされる。

同攻勢により,治安部隊の多くが敗走する中,ISILなどは,首都バグダッドに向けて南進し,同市から北方約100キロメートルのサラーハッディーン県サーマッラー市周辺などに迫った。また,同年8月初めには,北東部のイラク・クルド自治政府(KRG)の管轄地域へも侵攻を開始し,同自治政府の中心都市であるアルビル県都アルビルに迫った。

こうした事態を受け,米国などは,同年8月以降,KRG管轄地域を含む北部などで,ISILなどを標的とした空爆を行った。その後,同空爆の支援を受ける形で,治安部隊やKRGの民兵組織「ペシュメルガ」などは,北部におけるISILなどの占拠地を一部奪還したほか,2015年3月には,治安部隊やシーア派民兵組織などが,ティクリートを奪還した。

一方,ISILは,西部・アンバール県では依然として軍事的な優位を保ち,同年5月に県都ラマディの主要部を新たに占拠したが,その後は,治安部隊やシーア派民兵組織などがISILに対する攻勢を強め,同年11月,「ペシュメルガ」などが,ISILが「首都」と称するシリア北部・ラッカとイラク・モスルを結ぶ要衝シンジャールを奪還したほか,同年12月には,治安部隊などが,ラマディの主要部を奪還した。

2016年に入っても,有志連合の空爆支援などを受けた治安部隊やシーア派民兵組織などによるISIL掃討は続き,同年4月に西部・アンバール県ヒートが,同年5月には同ルトバが,また,同年6月には同ファルージャが相次いで奪還された。さらに,イラク政府は,同年7月以降,同国におけるISIL支配下の最大の都市である北部・ニーナワー県都モスルの奪還に向け,同地周辺への攻勢を強化し,同年10月にモスルの奪還作戦を開始した。

こうして相次いで支配地を失ったISILは,首都バグダッドのシーア派居住地域などのほか,モスルの奪還作戦に参加する治安部隊などに対する自爆攻撃など,イラク各地において大規模テロを実行し,徹底して抗戦する姿勢を示したほか(注41),北部・キルクーク県や西部・アンバール県などでも,奪還作戦のかく乱を企図した襲撃などを実行した。

(イ) シリア

ISILに対する他の反体制派組織の不満が高まる中,2014年1月,ISILが他組織のメンバーを殺害したとされる事件を契機に,ISILと,「自由シリア軍」(FSA)や「ヌスラ戦線」など他の反体制派組織との間で本格的な衝突が発生し,同衝突は,北部や東部の反体制派支配地域の全域に拡大した。

ISILは,当初,同衝突により一定の打撃を受けたとされるが,その後は,各地で反撃に転じ,他組織から新たに支配地を奪取したほか,敵対する組織や地元部族を降伏させ,自組織に統合するなどして,勢力を一層拡大させたとされる。さらに,同組織は,同年7月以降,反体制派支配地域に点在する政府軍施設や,同年9月以降は,北東部などのクルド人勢力の支配地に対する攻撃も活発化させた。

こうした中,ISILは,2015年1月,米軍の空爆支援などを受けたクルド人勢力の攻勢を受け,2014年下旬からほぼ大半を制圧していたシリア北部のクルド人の町アイン・アル・アラブから撤退した。北部における支配地域の一部を失ったISILは,同月以降,首都ダマスカス付近を含む同国南部や中部で活動を活発化させ,同年5月には,政府側支配下にあった同国中部・ホムス県の要衝パルミラを占拠し,その後,世界遺産であるパルミラ遺跡の一部を破壊するなどした。

その後も,ISILは,アサド政権軍や他の反体制派勢力,クルド人勢力などと各地で戦闘を継続したが,同年9月には,ロシアがアサド政権への軍事支援を強め,シリアでの空爆を開始したほか,同年11月以降は,フランス・パリにおける連続テロ事案の発生を受け,米国などがISILに対する空爆を強化した。

ISILは,2016年に入ると,3月には,ロシアなどの支援を受けたアサド政権軍によって中部・ホムス県の要衝パルミラを失ったほか,同年8月には,米国などの支援を受けたクルド人勢力主体の「シリア民主軍」(SDF)によって北部・アレッポ県マンビジを喪失した。また,トルコの支援を受けた反体制派勢力による作戦を受け,同年8月に北部・アレッポ県ジャラーブルスを,同年10月には同ダービクを失った(注42)。さらに,同年11月には,米国などの支援を受けた「シリア民主軍」(SDF)が,「イスラム国」の首都とされる北部・ラッカの制圧作戦を開始した。

他方,ISILは,各勢力によって支配地が失われる中,首都ダマスカス郊外や中部・ホムス県など,アサド政権支配地などで大規模な自爆テロを実行したほか,同年12月には,北部・アレッポ県都アレッポで反体制派勢力に対するアサド政権側の攻撃が激化する中,中部・ホムス県の要衝パルミラに侵攻し,再度,同地を占拠した。

(ウ) レバノン

首都ベイルートでは,2014年1月,シーア派組織「ヒズボラ」の拠点が置かれた地区で自動車を用いた爆弾テロが発生(5人が死亡)し,ISILが,「『ヒズボラ』によるシリアのアサド政権への支援に対する報復である」などと犯行を自認した。さらに,レバノンに潜伏していたシリア反体制派組織の幹部(注43)がレバノン当局に拘束された(同年8月)ことを受け,ISILや「ヌスラ戦線」などは,同幹部の釈放を要求し,レバノン領内に侵入し,同国北東部の町アルサルを占拠した。両組織などは,レバノンのスンニ派聖職者などによる調停を受け入れ,アルサルからシリアに撤退したが,その際,ISILと「ヌスラ戦線」は,それぞれ拘束していたレバノン治安部隊の隊員複数を連れ去ったとされ,ISILは,同年9月,そのうちの1人を殺害する映像をインターネット上に公開した。

2015年には,1月,レバノン北東部のシリア国境付近の村ラス・バールベックで,ISILとみられる武装集団が同国軍部隊を越境攻撃し,同国軍兵士8人が死亡した。また,同年11月には,同国首都ベイルート南郊に位置する繁華街で自爆テロが発生(少なくとも43人が死亡)し,ISILが初めて「ISILレバノン」名で犯行声明を発出した。

2016年に入ると,3月,北東部の村ラス・バールベック近郊で,ISILとみられる武装集団が同国軍部隊と交戦したほか,北東部の町アルサル近郊では,ISILと「ヌスラ戦線」との衝突が発生し,ISIL側14人と「ヌスラ戦線」側18人が死亡した。また,6月には,住民の多くがキリスト教徒とされる北部の町アル・カーアで,連続自爆テロ事件が発生し,市民5人が死亡したほか,12月には,北部の町ベカー・サフリンの軍事施設において,同国軍兵士が銃撃される事件が発生しており,いずれも,ISILの関与が疑われている。

なお,レバノンでは,ISILが同国内に拠点を構築する可能性についても指摘されている(注44)(注45)

(エ) トルコ

2014年1月,トルコ南部のキリス県で,ISILの戦闘員とみられる者らがトルコ軍の車両を銃撃した。また,ISILは,同年3月までに,シリア北部・アレッポ県にあるトルコの飛び領地「スレイマン・シャー霊廟」(注46)の周辺地域を制圧したとされ,同月21日,同飛び領地からのトルコ軍の撤退を要求していたところ,2015年2月,トルコ軍は,同霊廟を警備していた同国軍兵士約40人を救出した。

さらに,同年7月,同国南東部・シャンルウルファ県で,ISIL戦闘員によるとされる自爆テロが発生し,30人以上が死亡したほか,同年10月には,首都アンカラの中央駅付近で,ISIL戦闘員によるとされる連続自爆テロが発生し,約100人が死亡した。7月の自爆テロを受け,トルコ軍はシリアのISIL拠点に対する空爆を実施したほか,トルコ国内のISIL関係者らを相次いで摘発した。

2016年に入ってもISIL関係者によるとされるテロが頻発し,1月には,同国西部・イスタンブールの観光地で自爆テロが発生し,外国人観光客12人が死亡したほか,6月には,イスタンブールのアタチュルク国際空港においてもシリア渡航経験のある中央アジア出身者らによるテロが発生し,47人が死亡するなどした。また,トルコがシリア領内に地上部隊を越境させて同国内で戦闘を行うなど,シリア情勢への関与を強めた8月以降,ISILは,幹部による声明や機関誌などを通じてトルコへの攻撃姿勢を明確に表明するようになった(注47)。こうした中,2017年1月には,イスタンブールのナイトクラブで銃乱射事件が発生し,外国人客ら39人が死亡した。同事件に関しては,初めて「ISILトルコ」名の犯行声明が発出された。

このほか,トルコ各地には,戦闘員の募集などを目的としたISILのネットワークが存在するとの指摘もある(注48)

(オ) シリア,イラク国外で「州」を称する関連組織が設立

ISILが,2014年6月に「カリフ制国家」である「イスラム国」の「建国」を表明して以降,シリアやイラク国外の中東,北アフリカなどの各地では,既存の過激組織などが相次いでISILへの忠誠を表明し,中には「イスラム国の領土」として複数の「州」を称する関連組織が設立される動きが見られた。2015年には,西アジアや西アフリカなどでも同様の動きが見られ,ISILは,シリアやイラク国外でその影響力を更に拡大させた。

ISILは,「州」として認定する手続について,①ISIL最高指導者への忠誠表明,②最高指導者による当該忠誠の受入れ,③ISILによる「州」指導者の指名,④ISILと各「州」との間の直接的な連絡ルートの確立-などとした上で,「これら条件は,たとえ今後,忠誠を表明する組織が,これまでに忠誠を表明して州として忠誠を受け入れられた組織よりも強力な組織であったとしても,例外なく適用される」としている(注49)

以下は,同組織の「州」を称する主な関連組織を取りまとめたものである。

<ISIL関連組織>

ISIL関連組織の図

<ISIL関連組織>

活動開始年月 名称 主な活動地 前身組織など 備考
2014年9月 「アルジェリア州」 アルジェリア 「イスラム・マグレブ諸国のアルカイダ」(AQIM)から分派  2014年9月,元AQIM幹部がISILに忠誠を表明し,新組織「アルジェリアのカリフ国家の戦士」を設立。現在は,「アルジェリア州」の名で活動
2014年11月 「シナイ州」 エジプト北東部・シナイ半島 「アンサール・バイト・アル・マクディス」
(ABM)
 シナイ半島で治安機関などを標的とした襲撃を多発させているほか,首都カイロでもテロを実行。2015年10月のロシア旅客機墜落事件で犯行声明を発出
2014年11月 「バルカ州」
「トリポリ州」
「フェザーン州」
リビア 「イスラム青年のシューラ評議会」ほか  「バルカ州」の前身組織は,「イスラム青年のシューラ評議会」。「トリポリ州」及び「フェザーン州」の前身組織については,不明。また,「フェザーン州」については,特段の活動は確認されず
2015年1月 「ホラサン州」 アフガニスタン 「パキスタン・タリバン運動」(TTP)から分派  2015年1月までに,TTP元幹部らが同組織からの離脱とISILへの忠誠を表明
2015年3月 「西アフリカ州」 ナイジェリア 「ボコ・ハラム」  2015年3月,かつて「アルカイダ」(特にAQIM)と関係が深いと見られていた「ボコ・ハラム」がISILへの忠誠を表明し,「西アフリカ州」と改称
2015年3月 「サヌア州」 イエメン 不明  2015年3月,イエメン首都サヌアのモスクで発生した自爆テロについて,犯行声明を発出
2015年4月 「ハドラマウト州」 イエメン 不明  2015年4月,イエメン東部・ハドラマウト州タリムの軍検問所及び政府関連施設を襲撃した旨の犯行声明を発出
2015年5月 「ナジュド州」 サウジアラビア 不明  2015年5月,サウジアラビア東部・カティーフのモスクで発生した自爆テロについて,犯行声明を発出
2015年6月 「コーカサス州」 ロシア南部・北コーカサス地方 「コーカサス首長国」から分派  2015年6月までに,「コーカサス首長国」元幹部の多くがISILへの忠誠を表明する中,ISILも同月の声明の中で,「コーカサス州」の設置を表明
2015年8月 「アル・ヒジャーズ州」 サウジアラビア 不明  2015年8月,サウジアラビア南部・アブハの治安機関施設内にあるモスクで発生した自爆テロについて,犯行声明を発出
2015年9月 「アデン・アブヤン州」 イエメン 不明  2015年9月,シーア派系武装勢力「フーシー派」を攻撃した旨の犯行声明を発出
2015年10月 「バーレーン州」 サウジアラビア 不明  2015年10月,サウジアラビア東部・カティーフのモスク付近で発生した銃撃テロについて,犯行声明を発出

こうした「州」を称する関連組織には,ISILが定めた手続に沿って設立されたとみられるもののほか,組織実態や設立過程が明らかになっておらず,テロ事件の犯行声明において初めて組織名が確認されたものなども存在している。

また,関連組織の存在が確認されていない国で発生したテロについて,ISILを名のる犯行声明が発出される事案も確認されており,2015年3月には,チュニジアにおける銃撃テロ事件において,「ISILチュニジア」名の犯行声明(注50)が,同年10月には,バングラデシュにおける邦人殺害事件において,「ISILバングラデシュ」名の犯行声明が出された。さらに,同年11月には,レバノンでの自爆テロにおいて,「ISILレバノン」名の犯行声明が出されたほか,同月,シリアへの渡航歴があるとされる者などが関与したフランス・パリにおける連続テロ事案において,「ISILフランス」名の犯行声明が出された。

2016年には,「州」を称する関連組織の設立は見られなかったものの,引き続き,関連組織の存在が確認されていない国で発生したテロについて,ISILを名乗る犯行声明が発出される事案が相次いで確認され,ISILの脅威が世界各地に拡散している状況が浮き彫りとなった。同年1月には,インドネシア首都ジャカルタで発生したテロ事件において,「ISILインドネシア」名の犯行声明が,同年3月には,ベルギー首都ブリュッセルで発生した連続テロ事案において,「ISILベルギー」名の犯行声明が出された。また,同年4月には,フィリピン南部・バシラン島において,イスラム過激組織「アブ・サヤフ・グループ」(ASG)のうち,ISILに忠誠を誓う一派が国軍と衝突した事件で,「ISILフィリピン」名の犯行声明が出されたほか,ソマリア首都モガディシュで「アフリカ連合ソマリア平和維持部隊」(AMISOM)の車両を爆破したとする「ISILソマリア」名の犯行声明が出された。さらに,同年8月には,フィリピン南部・ミンダナオ島で発生した刑務所襲撃事件で,「ISIL東アジア」名の犯行声明が,また,同年12月には,ヨルダン南部・カラクで発生した警察当局への銃撃事件などで「ISILヨルダン」名の犯行声明が出されたほか,2017年1月には,トルコ西部・イスタンブールで発生した銃乱射事件で,「ISILトルコ」名の犯行声明が出された。

このほか,ISILへの忠誠などを表明したにも関わらず,ISIL側から「州」として認定されていない組織などもある。以下はそうした組織のうちの主なものである。

a 「アブ・サヤフ・グループ」(ASG)幹部

2014年7月,フィリピンのASG幹部イスニロン・ハピロンがISILへの忠誠を表明した。

b 「ジャマー・アンシャルット・タウヒッド」(JAT)

2014年7月,インドネシアを活動地域とするJATの設立者であるアブ・バカル・バシールが刑務所内で仲間と共に,ISILへの忠誠を誓うことを表明し,JATメンバーにもこれに従うように命じた。

c 「バンサモロ・イスラム自由戦士」(BIFF)

2014年8月,フィリピンのBIFFが,ISILへの忠誠を表明した。これについて,王道担当アブ・ミスリ・ママは,BIFFの政治部門副議長のシェイク・イスマエル・アブバカルがISIL最高指導者バグダディと勢力の合流について合意したと述べた。

d 「アル・シャバーブ」幹部

2015年3月,ソマリアで活動する「アル・シャバーブ」の宗教的指導者とされるシェイク・ハッサン・フセイン・アブ・アルマンがISIL支持の発言を行ったほか,同年10月,同組織幹部でプントランドを拠点とする精神的指導者とされるアブドゥル・カディル・ムミンがISILへの忠誠を表明し,同組織から離脱した。

e 「アル・ムラービトゥーン」幹部

2015年5月,「アル・ムラービトゥーン」幹部のアドナン・アブ・アル・ワリド・サハラウィが,同組織指導者を名のり,ISILへの忠誠を表明した。しかし,その翌日,「アル・ムラービトゥーン」設立者のモフタル・ベルモフタルは,サハラウィによるISILへの忠誠表明は「アル・ムラービトゥーン」を代表するものではなく,同組織は従前どおり「アルカイダ」最高指導者ザワヒリに忠誠を誓うと表明した。

f 「イスラム・マグレブ諸国のアルカイダ」(AQIM)傘下組織

2015年7月,アルジェリア,マリなどの数か国にまたがって活動するAQIM傘下組織のうち,「アル・グラバー旅団」が,また,同年9月には「アル・アンサール旅団」の一部勢力及び「ジャマーアト・ハマート・ダウワ・サラフィーヤ」(DHDS)がそれぞれISILに忠誠を表明した。

g 「ウズベキスタン・イスラム運動」(IMU)

2015年8月,IMU最高指導者ウスマン・ガジィがISILへの忠誠を表明した。

イ 他勢力との連携

ISILは,政府軍,シーア派,クルド人勢力などとの戦闘では,他のスンニ派組織と一時的に連携することもあるが,長期的には,他組織との間で,権力を共有するといった対等な関係を結ぶことはないとされる。ISILは,2014年6月29日,カリフ制の施行などを発表したが,その際,同組織の活動地域では,政府に限らず,他のいかなる組織の正統性も認めない姿勢を示した。ISILは,これまで,イラク,シリアにおいて,ほかのスンニ派組織に対しても自組織の指導者への忠誠を強要し,従わない組織を「背教者」などと称して攻撃対象にしてきたとされる。

(ア) 「アルカイダ」

「ジャマート・アル・タウヒード・ワル・ジハード」(JTJ)最高指導者であったザルカウィは,2004年10月,「アルカイダ」最高指導者のオサマ・ビン・ラディン(当時)に忠誠を誓う声明を発出した。一方,同年12月,ビン・ラディンは,同声明を受け,ザルカウィに対し「二つの河の地におけるアルカイダの指導者」という称号を授けた。この結果,JTJは「イラクのアルカイダ」(AQI)などと称されるとともに,イラクにおける「アルカイダ」関連組織として認識されるようになったほか,ザルカウィ自身も「アルカイダ」幹部として知られるようになった。

「アルカイダ」のアイマン・アル・ザワヒリは,2005年7月,ザルカウィに宛てた書簡の中で,①イラクから米国人を排除し,②イスラム国家を樹立し,③イラク近隣の世俗国家に紛争を拡大し,④イスラエルと戦う-という4段階の「ジハード」戦略を示した。

また,ザワヒリは,2006年6月,AQI(当時)最高指導者ザルカウィが米軍の空爆により死亡した後,同人の「殉教」を称賛し,復讐を宣言する声明を発出したほか,ビン・ラディンも同年7月にアブ・アイユーブ・アル・マスリをザルカウィの後継者として認め,「ジハード」の継続を求める声明を発出した。さらに,ザワヒリは,同年12月,ISI「建国」宣言を支持する姿勢を示した。

しかし,AQI/ISIは,常に「アルカイダ」指導部の意に従って活動してきたわけではなく,シーア派住民や他のスンニ派組織などに対する攻撃を止めるようにとの同指導部の助言を度々無視していたとされる。「アルカイダ」指導部がザルカウィ宛に送ったとされる2005年12月11日付けの書簡では,シーア派に対する攻撃といった慎重を要する課題については「アルカイダ」指導部の指示に従うよう求めていたとされるが,その後も,シーア派への攻撃は続いた。

ISI(当時)最高指導者アブ・バクル・アル・バグダディは,2011年5月,ビン・ラディンの死に伴い,同人への哀悼の意を表するとともに,「アルカイダ」との連帯を表明した(注51)。さらに,同年8月には同人殺害に対する報復を行う旨を宣言した。しかし,ISIは,「アルカイダ」の後継指導者となったザワヒリに対して祝福は表明したものの,同人への忠誠を示す声明は発出しなかった。他方,ザワヒリは,2012年9月に発出した声明において,ISIを「アルカイダ」の「支部」組織として名指しした(注52)

ISIが2013年4月,「ヌスラ戦線」(当時,現「ファテフ・アル・シャーム戦線」〈JFS〉)との統合などを宣言した際,ザワヒリは,同年5月の書簡を通じて,これら宣言の撤回を求め,ISIの活動をイラクに,「ヌスラ戦線」の活動をシリアに,それぞれ限定する「裁定」を両組織指導者に発したとされるほか,「ヌスラ戦線」を,事実上,シリアにおける「アルカイダ」支部として認めたとされる。これに対して,ISILは,その後の声明で,ザワヒリの「裁定」を「罪悪」などと非難し,同「裁定」に従わない意向を表明した。

2014年1月以降,ISILは,シリアにおいて,「ヌスラ戦線」を含むほかの反体制派組織との間で衝突を本格化させた。ザワヒリは,同衝突の停止を呼び掛けたが,ISILはこれに応じる姿勢を見せず,「アルカイダ」は,同年2月,「『アルカイダ』総司令部」名の声明で,自組織とISILとの事実上の関係断絶を表明した。ただし,ザワヒリは,その後も,声明を通じて,ISILに対して,シリアからの撤退などを呼び掛けた(注53)が,これに対して,ISILは,同年4月及び5月に発出した二度の声明を通じて,「アルカイダ」指導部を非難するとともに,自組織がもはや「アルカイダ」の支部ではないなどと主張した(注54)

2015年に入っても,ISILは,シリアで,「ヌスラ戦線」を含むほかの反体制派組織との戦闘を継続した。こうした中,ザワヒリは,同年9月に発出した二つの声明において,ISILを批判し,バグダディのカリフとしての正統性を明確に否定する一方で,シリア及びイラクの「全ての戦闘員」に対し,「十字軍」との戦いを優先し,「協力し,互いに調整」するよう呼び掛けた(注55)

こうしたザワヒリの呼び掛けがあったにもかかわらず,2016年も,ISILは,シリアにおいて「ヌスラ戦線」や他の反体制派組織との戦闘を継続させた。このため,ザワヒリは声明において,ISILを含むシリアのイスラム過激組織間の争いを停止するよう呼び掛けるとともに,ISILについて「ムジャヒディンの結束を妨げている」などと繰り返し,批判を強めた。一方,ISIL側も,「アルカイダ」の各地における活動が「失敗した」と主張するなどし(注56),同組織との対立姿勢を維持した。

(イ) 「ヌスラ戦線」(「ファテフ・アル・シャーム戦線」〈JFS〉)

ISI(当時)は,2011年3月にシリアで反政府運動が発生した後,同国における関連組織として,アル・ファテフ・アブ・ムハンマド・アル・ゴラニを指導者とする「ヌスラ戦線」(当時,以下同様)の結成を支援したとされる。米国国務省は,2012年12月,「ヌスラ戦線」がISIと同一の組織であるとして,外国テロ組織(FTO)指定におけるISIの項目に,別称として,「ヌスラ戦線」の名称を追加した。

ISIは,「ヌスラ戦線」との関係を秘匿してきたが,2013年4月,「ヌスラ戦線」との統合などを宣言した際,バグダディは,「ヌスラ戦線」がISIの支援を受けて結成された組織であるなどと両組織の関係について述べた(注57)

これに対して,ゴラニは,翌日に声明を発出し,自組織の結成におけるISIの役割は認めつつも,今後も独立した形態を維持するとして同統合を拒否したほか,「アルカイダ」最高指導者ザワヒリへの忠誠を表明した。また,ザワヒリも,ゴラニとバグダディ両者に宛てた同年5月の書簡(前述)において,バグダディに前記宣言の撤回を求め,ISILの活動をイラクに,「ヌスラ戦線」の活動をシリアにそれぞれ限定する「裁定」を発したとされるほか,「ヌスラ戦線」を,事実上,シリアにおける「アルカイダ」支部として認めたとされる。しかし,ISILは,その後の声明で,同「裁定」に従わない意向を表明し,その後,両組織の関係は悪化していった(注58)

ISILが2014年1月以降,他の反体制派組織との間で衝突を本格化させたのに対し,「ヌスラ戦線」は,当初,ISILと他組織の双方に向けて,衝突の停止を呼び掛けた(注59)。ゴラニは,同年2月に発出した声明で,ISILが停戦のための仲裁などを受け入れない限り,同組織をシリア及びイラク両国から排除すると警告した(注60)。これに対して,ISILは,同年3月の声明で,「『ヌスラ』は,裏切りと反逆の作戦を開始した」などと同警告に応じない姿勢を示したほか,同年5月の声明では,ゴラニを「卑劣な裏切り者」などと称した。

両組織は,シリア東部のデリゾール県などで戦闘を交え,同年1月から7月までの間に,双方の戦闘員数千人が死亡したとされる。ISILは,特に,同年6月以降,「ヌスラ戦線」が有していた支配地の多くを奪取したとされる。米国国務省は,同年5月,FTO指定におけるISILの項目を改訂し,別称として加えていた「ヌスラ戦線」の名称を削除した上で,新たに単独の組織として「ヌスラ戦線」をFTOに指定した(注61)

ISILは,同年6月,カリフ制の施行などを宣言したが,これに対して,「ヌスラ戦線」の複数の幹部は,それぞれ,インターネット上などで,同宣言を非難する声明を発出した。さらに,「ヌスラ戦線」は,同年8月8日,声明を通じて,「我々とState(ISIL)は,行動や実践面で異なるだけでなく,教義において異なる」などと主張した。

2015年に入っても,両組織は,シリア北部・アレッポ県などで戦闘を継続したが,ゴラニは,同年5月に放映されたアル・ジャジーラとのインタビューで,「ヌスラ戦線」にとって,ISILが主要な脅威である旨述べたほか(注62),同年6月に放映された同テレビ局とのインタビューでは,当面の間,ISILとの衝突が継続するとの見通しを表明した(注63)

また,2016年に両組織は,レバノンとの国境付近のシリア南西部・カラムーン地域やヨルダンとの国境付近の南部・ダルアー県などで戦闘を交えた。こうした中で,「ヌスラ戦線」は,ISILとのイデオロギーの明確な相違を主張するなどし,同組織を批判した(注64)ほか,米軍の空爆等によってISIL幹部が殺害された際などには,同事案を祝福する声明を発出し,ISILへの敵意を表明するなどした(注65)

(ウ) イラク国内勢力

ISILは,2014年1月以降,イラクにおける攻勢において,ほかのスンニ派過激組織に加えて,シーア派主導であるとして同国政府に不満を抱くスンニ派部族民兵や旧「イラク・バアス党」関係者,旧フセイン政権時代の軍関係者などから成る武装組織とも連携してきたとされる。これら組織は,治安部隊が撤退した北部や西部において,ISILに協力する形で支配地の維持や防御にあたってきたが,その多くは,世俗的な性質が強く,政府の打倒という点ではISILと利害が一致する一方,カリフ制国家の樹立などを活動目標とする同組織とは,究極的には相容れないとされる。

a 「ナクシュバンディア教団信者軍」(JRTN)

「ナクシュバンディア教団信者軍」(JRTN)は,2006年12月,旧「イラク・バアス党」関係者や旧フセイン政権時代の軍関係者などを主体とし,同「党」体制の復活やスンニ派の保護などをその活動目標に掲げて結成されたスンニ派武装組織である。JRTNは,民間人を無差別に殺害するISILとは一線を画す姿勢を示してきたが,ISILなどが2014年1月にイラクで攻勢を開始して以降は,同組織とも連携し,治安部隊などに対する攻撃を活発化させたとされる。JRTNの実質的な指導者イザト・イブラヒム・アル・ドゥーリとされる人物は,同年7月,ISILなどを称える声明を発出し,「誇りと感謝,愛を込めて彼らに特別な敬礼をする」などと語った。他方で,JRTNは,世俗的な性質が強く,民族主義などを思想上の基盤とするため,究極的には,ISILとは相容れないとされ,同年6月以降,イラク北部などでは,ISILとの間で散発的な衝突が発生したとされるほか,ドゥーリとされる人物は,2015年5月の声明で,「これ以上彼ら(ISIL)と関係が深くなることはない」などと述べた。

b 「イラク革命者総軍事評議会」(GMCIR)

「イラク革命者総軍事評議会」(GMCIR)は,スンニ派部族民兵などの連合体で,旧「イラク・バアス党」関係者や旧フセイン政権時代の軍関係者などが主導しているとされる。シーア派主導であるとしてイラク政府の打倒と,同国に対するイランの影響力の排除などを活動目標に掲げているとされる。2013年夏頃に存在が明らかとなった。ISILなどが2014年1月にイラクで攻勢を開始して以降は,同組織とも連携し,治安部隊などに対する攻撃を活発化させたとされる。他方で,GMCIRは,世俗的な性質が強く,民族主義などを思想上の基盤とするため,究極的には,ISILとは相容れないとされ,支配地の統治方針などをめぐり,同組織との間で意見の相違も生じているとされる。

c 「アンサール・アル・イスラム」(AI)

スンニ派過激組織「アンサール・アル・イスラム」(AI)は,シーア派住民に対する無差別テロを繰り返すISILとの思想上の違いなどから,同組織との連携を拒否する姿勢を示してきたとされる。AIは,ISILとの間で,度々,小規模な衝突も繰り返しており,AI指導者は,「アルカイダ」最高指導者ザワヒリに対して,ISILとの衝突の仲裁を求めていたとされる。その一方で,AIは,ISILなどが2014年1月にイラクで攻勢を開始して以降は,同攻勢に呼応する形で,治安部隊に対する攻撃を実行したとされる。

(エ) シリア国内勢力

ISILは,2013年にシリアへも活動を拡大させた後,当初は,他の反体制派組織と連携してきたとされる。その一方で,ISILは,①他組織に対してもISIL最高指導者への忠誠を強要し,これに従わない組織を「背教者」などと称して攻撃対象としてきたこと,②他組織から支配地や武器などの奪取を試みてきたこと,③支配地で独自の極端な解釈によるシャリーアの施行を進めてきたこと-などから,次第に,他組織や地元民からの反発も招くようになったとされる。

ISILは,2014年1月以降,他組織との間で衝突を本格化させ,支配地を奪取したほか,敵対する組織や地元部族を降伏させて自組織に統合するなどして,勢力を拡大させた。

a 「アハラール・アル・シャーム・イスラム運動」

「アハラール・アル・シャーム・イスラム運動」は,2012年1月に結成されたイスラム主義武装組織であり,政府側などとの戦闘では,ISILとも連携していたとされる。また,同「運動」は,2013年6月頃,ISILを含む他組織と共同で,アレッポ市の反体制派支配地の運営にあたっていたとされる。同「運動」の幹部であったアブ・ハレド・アル・スーリ(2014年2月死亡)は,「シリアにおける『アルカイダ』の代理人」とも称され,2013年には,「アルカイダ」最高指導者ザワヒリから,関係が悪化していったとされるISILと「ヌスラ戦線」両指導者の仲裁役に任じられていたとされるが,同「運動」は,2014年1月以降,ISILと本格的な衝突を繰り返しているとされる。

b 「ジャイシュ・アル・ムハジリーン・ワル・アンサール」(JMA)

「ジャイシュ・アル・ムハジリーン・ワル・アンサール」(JMA)は,2012年半ばの結成以降,ISI(当時)とも共闘関係にあったとされる。JMAの設立者であったオマル・シシャニは,2013年半ば,ISIL最高指導者バグダディに忠誠を誓い,事実上,JMAを離れる形でISILに合流し,同組織の司令官に就任したとされる。一方,JMA戦闘員の多くは,バグダディに忠誠を誓うことを拒否し,JMAに残留したとされる。

JMAは,当初,ISILと「ヌスラ戦線」との対立には中立な立場であったとされ,当時指導者であったサラーハッディーン・アル・シシャニは,両組織の争いの仲裁を行ったとされる。その後,JMAは,ISILによる忠誠の強要を拒否する中でISILとの距離を置くようになった一方,「ヌスラ戦線」との連携を緊密にしていったとされる。

c 「ジュンド・アル・アクサ」

「ジュンド・アル・アクサ」は,オサマ・ビン・ラディンやアイマン・アル・ザワヒリと近い関係にあったとされるシェイク・アブドゥル・アジズ・アル・カタリが「ヌスラ戦線」から離脱して設立した組織とされ,従来から「ヌスラ戦線」と連携してきたとされる。同組織は,同「戦線」らと共に連合体「ジャイシュ・アル・ファテフ」に加盟していたものの,2015年10月に発出した声明において,ISILの方針を受け入れず,正統な「カリフ国家」と認めない旨断言する一方で,同組織との戦闘は望まない旨表明し,同連合体から離脱した。その際には,同連合体に加盟する「アハラール・アル・シャーム・イスラム運動」の政策や戦術を非難していたともされる。

こうした中,「ジュンド・アル・アクサ」は,2016年10月,「アハラール・アル・シャーム・イスラム運動」から,ISILと協力関係にある旨指摘され,同「運動」との対立が再燃した。同月,「ジュンド・アル・アクサ」は,「ファテフ・アル・シャーム戦線」(JFS)に忠誠を表明し,同組織に合流したものの,旧「ジュンド・アル・アクサ」勢力の一部は,その後もISILとの協力関係を維持していると指摘されている(注66)

ウ 資金獲得活動

ISILは,その活動資金の多くを,イラク国内での恐喝や密輸などの犯罪活動から入手し,海外からの献金に頼らない態勢を作り上げていたとされる(注67)。さらに,シリアやイラクで事実上の支配地を獲得した後は,石油などの経済資源の収奪・密売や,地元民などに対する「課税」などでも資金を入手したとされるが(注68),2015年以降,支配地が縮小するにつれて,収入も減少傾向にあるとされる(注69)

(ア) 経済資源の収奪・密売など

ISILは,過去,イラクにおいて,石油業者に対する恐喝などで入手した国内供給用の燃料などの一部を入手し,それを周辺国で密売するなどして利益を得ていたとされる。シリアやイラクで事実上の支配地を獲得した後は,両国で複数の油田地帯などを占拠し,同地帯で産出される原油などを密売して利益を得たとされるが(注70),2015年には,米軍などによる石油関連施設への空爆などの影響により,原油密輸による収入は減少し(注71),2016年も引き続き減少傾向にあるとされる(注72)。このほか,ISILは,支配地で,銀行から金銭などを略奪したとされるほか(注73),遺跡などからの古美術品の略奪・密輸に関与するなどして資金を入手したとされる(注74)(注75)

(イ) 恐喝,「課税」など

ISILは,イラクで,企業や商店などに対する恐喝を通じて資金を入手してきたとされる(注76)。また,シリアやイラクで事実上の支配地を獲得した後は,地元民などを対象とした「課税」によっても資金を入手しているとされる。その形態には,①地元民への直接「課税」(キリスト教徒など非イスラム教徒に対する「人頭税」)(注77),②商業活動に対する「課税」(注78),③現地で活動する人道支援団体に対する「課税」,④「通行料」の徴収(注79)-などが挙げられる。このほか,支配地で行われる密輸活動を黙認する見返りに密輸業者から利益の一部を徴収するなどして資金を入手したとされる。なお,ISILは,2015年以降,支配地の縮小に伴って石油収入や税収が減少し(注80),組織の財政状況が悪化したことから,支配地の住民からの収入を増加させるため新たな税金や罰金を設定したとされる(注81)

(ウ) 資金提供

ISILは,AQIと称されていた頃,「アルカイダ」の資金ネットワークや中東地域における海外支援者などから送られる資金提供に依存していたが,その後,資金提供への依存度は低下していったとされる。ただし,その後のISILによるシリアへの活動拡大や中東地域での宗派間の緊張の高まりを背景に,海外支援者からの資金提供は増加したとの指摘もなされている。こうした資金は,表向き,慈善活動資金や難民支援活動資金などを装う形で収集・送金されたとされる(注82)

(エ) その他

ISILは,このほか,身代金目的の誘拐(注83),人身売買,強盗,偽造品の密売などの犯罪活動によっても資金を得てきたとされる。特に,シリアへの活動拡大後は,同国において,対立する反体制派組織の関係者やその家族を身代金目的で誘拐したとされる。

エ リクルート活動

ISILは,イラク国内で,刑務所を襲撃して元戦闘員を奪還したり,シーア派主導として同国政府に不満を抱くスンニ派から戦闘員を募集してきたとされる。また,シリアへの活動拡大後は,資金力を背景に,他の反体制派組織に比して高額な報酬を支払うなどして,同国人や同国に流入してきた外国人を戦闘員として吸収してきたとされる(注84)(注85)

シリアには,反政府運動発生後,反体制派への参加を目的に多数の外国人が流入しており(注86),ISILは,これら外国人の積極的な吸収を図ってきたとされる。同組織は,反体制派の中でも,最も多くの「外国人戦闘員」を引き付け,「外国人戦闘員」への依存度も高いとされ,戦闘員の約半数が外国人との指摘(注87)もある。特に,2014年6月にカリフ制の施行などを宣言して以降,外国人による同組織への参加が一層加速したとされる。

他方,2015年以降は,国境管理の厳格化などによって,シリアに流入する「外国人戦闘員」の数が大幅に減少したとされるほか(注88),支配地の縮小に伴う財政状況の悪化から,戦闘員に支払う報酬も減少したとされ(注89),こうした動きなどを受けてISILの勢力も大幅に減少した旨指摘されている(注90)

このほか,ISILは従来から,支配地において宗教学校を立ち上げたり,レクリエーション活動を主催するなどして,若年層に対する影響の浸透も図ってきたとされ,シリア及びイラクでの劣勢が強まる中,多くの若年層を兵士として採用し(注91),これら「少年兵」が「スパイ」を処刑する動画を度々インターネット上に配信するなどして宣伝活動に利用してきたほか,自爆テロ要員としても活用してきたとされる(注92)

オ 支配地における活動

ISILは,シリアやイラクの支配地(注93)で,地元行政機関の要職に自組織の戦闘員を配置したり,地元部族指導者に対して影響力を行使するなどして統治を行ってきたほか,道路,電気,郵便,ダム,路線バスなどのインフラ機能の運営にも関与してきたとされる(注94)。また,特に,都市部などでは,独自の司法,警察機関(注95)を設けて,極端な解釈によるシャリーアの施行を行い,同法に背いた者に対しては,即決の裁判と体刑や処刑(注96)などによる処罰を行ってきたとされる(注97)(注98)。イラク・モスル市では,2014年6月,市民に向けて,「市憲章」と称する独自の規則などを発表(注99)したほか,同市やシリア北部・ラッカ市などでは,独自に制定した教育カリキュラムに基づいた授業を行うよう教育機関に要求したとされる。このほか,自組織の支配に抵抗する可能性があるとみなす地元有力者などを殺害してきたほか,独自の検閲組織を立ち上げて,地元報道機関に対して自組織による検閲を課してきたとされる。

また,軍事的劣勢が強まって以降は,支配地の住民や戦闘員に対し,移動やインターネットの利用に関する制限を強めるなど,統制を強化してきたとされる。

ISILは,イスラム教スンニ派以外の住民に対しては,改宗や「人頭税」の支払いなどを強要し,これに従わない者を殺害又は追放する一方で,追放された者の資産をスンニ派住民に分配するなどして支持の獲得も図ってきたとされる。また,イラクやシリアにおいて,少数派宗教であるヤジディ教に属するクルド系住民の男性多数を殺害したほか(注100),女性や児童を拘束し,「戦利品」などと称して人身売買の対象としたり,自組織戦闘員との性行為を強要してきたとされる(注101)。同組織は,オンライン英語機関誌「ダービク」第4号(2014年10月)において,「奴隷制の復活」と称する記事を掲載し,「異教徒の家族を性的な奴隷とすることは,シャリーアの確固たる解釈として認められる」などと主張したほか,自組織の戦闘員に向けても,異教徒の女性を性的な「奴隷」として扱うことを奨励しているとされる(注102)

このほか,ISILは,宗教,宗派に関わらず,自組織が偶像崇拝の対象になっているとみなす寺院,霊廟,古代文化財などを破壊してきた。

カ 訓練活動

ISILは,シリアとイラク両国内の支配地に,それぞれ独自の訓練施設を有しているとされる(注103)。これまでに,ビデオ声明を通じて,シリア首都ダマスカス郊外にある「ザルカウィ・キャンプ」と称する訓練施設のほか,イラク北部・ニーナワー県や同国西部・アンバール県などの訓練施設を公開してきた(注104)。このほか,ISILは,少年を対象とした複数の訓練施設を運営しているとされ(注105),同施設では,少年らが,各種の火器を用いた訓練を受けたり,シャリーアを学んでいるとされる。

ISILは,これら施設において,高度な戦闘訓練や思想的な教化を行ってきたとされる(注106)ものの,2015年以降,相次いで支配地を失う中,こうした訓練施設の数も減少しているとみられる。

キ 武器,弾薬の獲得

イラクでは,2003年のイラク戦争開始以降,また,シリアでは,2011年の反政府運動発生以降,いずれも,軍事物資への「需要」が増加し,インフォーマル経済を通じた武器の密輸が横行した結果,武器や弾薬が氾濫してきたとされる。ISILは,同状況を背景に,①密輸ネットワークなどを通じた購入,②密輸ネットワークを独自に運営しての入手,③他の武装組織からの購入又は略奪,④軍,治安部隊などからの略奪-などにより武器や弾薬を入手してきたとされる。特に,ISILは,2014年6月のイラク北部での攻勢以降,占拠した軍施設などにおいて,米軍からイラクに提供されていた軍用車両などを含む大量の軍事物資を略奪したとされる。国連安保理は,同年11月,ISILが「通常の軍隊とも十分に対抗できる程度の武器や弾薬を保有している」旨指摘した(注107)

ク 生物化学兵器などをめぐる動向

ISILは,これまで,生物化学兵器の製造・入手にも関心を有してきたとされ,爆発,投てき,投下などといった手段による生物化学兵器の製造を企図してきたとされる。

イラク駐留米軍は,2004年11月,アンバール県ファルージャ市で,JTJが有していたとみられる生物化学兵器の製造施設を発見した。同施設には,インターネットからダウンロードしたとみられる化学兵器の製造解説や炭疽菌や血液病原体などについて書かれたノートが発見された。また,ISI(当時)幹部アブ・アイユーブ・アル・マスリは,2007年2月に発出した声明で,化学者に向けて,細菌を用いた実験を呼び掛けたとされるほか,同組織は,同年,塩素ガスを用いた爆弾の実験を行ったとされる。

イラク国防省は,2013年6月,イラク国内3か所の施設でサリン・ガスやマスタード・ガスの製造を行っていたとされるISILの細胞組織(5人)を摘発したと発表した。同省報道官によると,逮捕された5人は,イラク国内で,シーア派の祭礼時に合わせて,同派住民を標的に,遠隔操作のラジコン飛行機による化学物質の散布などを企図していたとされる。

ISILなどは,2014年6月,バグダッド北方にある旧フセイン政権時代の化学兵器生産施設を占拠したが,同施設には,化学兵器製造用の原料が保管されていたとされる。ただし,同占拠を受けて,記者会見を行った米国国務省は,施設内に残っている物質は全て古く,取扱いが困難であるため,同物質を基に化学兵器を製造することは不可能であると指摘した(注108)

他方,同年以降,ISILがシリアやイラクでの戦闘において,塩素ガスやマスタード・ガスなどの化学兵器を使用したとする指摘が複数なされている(注109)(注110)。これら化学兵器を用いた攻撃の多くは,イラク北部・モスル周辺で実行されたとされており(注111),今後,同地やISILが「首都」とするシリア北部・ラッカの奪還作戦が進展するに伴い,ISILが新たに化学兵器を使用した攻撃を実行することが懸念されている。

年月日 主要テロ事件,主要動向等
03. 3  アブ・ムサブ・アル・ザルカウィが「アル・タウヒード・ワル・ジハード」を率いてシリアからイラクに入国
03. 8. 7  イラク首都バグダッドで,在イラク・ヨルダン大使館を標的とした爆弾テロを実行し,19人が死亡
03. 8.19  バグダッドで,国連事務所を標的とした自爆テロを実行,国連事務総長特別代表を含む22人が死亡,邦人1人を含む100人以上が負傷
04. 3. 2  バグダッド及びカルバラー市で,シーア派の宗教行事を標的とした爆弾テロを実行し,計約140人が死亡,数百人が負傷
04. 7.20  イラク南部・サマワ市に派遣中の自衛隊を撤収させるよう要求する声明を発出
04.10.17  ザルカウィが「アルカイダ」最高指導者オサマ・ビン・ラディンに忠誠を誓い,「アル・タウヒード・ワル・ジハード」から「イラクのアルカイダ聖戦機構」(「イラクのアルカイダ」〈AQI〉)に名称変更
04.10.26  邦人男性を誘拐した上で48時間以内に自衛隊を撤収させるよう要求。同人は,同月30日にバグダッドにおいて遺体で発見
05. 8. 19  イスラエル・アカバ湾で米国艦船に向けてロケット弾を発射
05.11. 9  ヨルダン首都アンマン市内のホテル3か所で,連続爆弾テロを実行し,60人が死亡,100人以上が負傷(ヨルダン史上最大のテロ事件)
06. 1.15  スンニ派連合組織「ムジャヒディン諮問評議会」(MSC)の設立を宣言
06. 6. 7  米軍の空爆でザルカウィが死亡
06. 6. 8  ザルカウィの後継者としてアブ・アイユーブ・アル・マスリが就任
06.10.15  「イラク・イスラム国」(ISI)の「建国」を宣言し,最高指導者にアブ・ウマル・アル・バグダディが就任
07. 2. 3  バグダディが駐留米軍の掃討作戦に対抗するテロ攻撃の実施を表明
08. 3.27  イラク北部・モスル近郊のタルアファルで,自動車爆弾を用いた爆弾テロを実行し,152人が死亡,約150人が負傷
08. 5.13  イラク北部・アルビル近郊のマハムールで,「クルド民主党」(KDP)事務所を標的とした自爆テロを実行し,約50人が死亡,約70人が負傷
08. 8.14  モスル近郊のカハターニーヤで,自動車爆弾を用いた連続自爆テロを実行し,少なくとも400人が死亡,約1,500人が負傷
09. 4.24  バグダッドのシーア派居住地区で,連続自爆テロを実行し,60人が死亡,120人以上が負傷
09. 8.19  バグダッド中心部で,外務省や財務省などの政府施設を標的とした連続自爆テロを実行し,95人が死亡,約600人が負傷
09.10.25  バグダッド中心部で,司法省や県知事事務所などの政府施設を標的とした連続爆弾テロを実行し,少なくとも140人が死亡,約700人が負傷
09.12. 8  バグダッド中心部で,財務省や内務省などの政府施設を標的とした連続爆弾テロを実行し,127人が死亡,約450人が負傷
10. 1.25  バグダッド中心部のホテル3か所で,連続爆弾テロを実行し,少なくとも36人が死亡,約70人が負傷
10. 4. 4  バグダッド中心部で,エジプト,ドイツ,スペイン及びシリアの各大使館を標的とした連続爆弾テロを実行し,30名が死亡,約220人が負傷
10. 4.18  駐留米軍及びイラク軍による合同作戦でバグダディ及びマスリが死亡
10. 4.17  バグダッド中心部で,イラク軍新兵募集事務所を標的とした自爆テロを実行し,少なくとも59人が死亡,100人以上が負傷
10. 5.15  ISI最高指導者にアブ・バクル・アル・バグダディが就任
10.11. 2  バグダッドのシーア派住民地区で,連続爆弾・襲撃テロを実行し,約90人が死亡,約200人が負傷
11. 1.18  イラク北部・ティクリートで,警察官募集事務所に集まった志願者を標的とした自爆テロを実行し,少なくとも60人が死亡,約100人が負傷
11.11.28  バグダッドなどで,刑務所などを標的とした連続爆弾テロを実行し,少なくとも24人が死亡,約30人が負傷
11.12.18  イラク駐留米軍の撤退完了
11.12.22  バグダッドのシーア派住民地区などで,連続爆弾テロを実行し,約60人が死亡
12. 3.20  バグダッド,カルバラーなどで,治安機関施設などを標的とした連続爆弾テロを実行し,約50人が死亡,約250人が負傷
12. 4.19  バグダッド,北部・キルクークなどで,治安機関施設などを標的とした連続爆弾テロを実行し,約40人が死亡,約150人が負傷
12. 6.13  バグダッド,中部・ヒッラなどで,シーア派の巡礼者などを標的とした連続爆弾・襲撃テロを実行し,少なくとも59人が死亡,約200人が負傷
12. 7.23  バグダッドなどで,シーア派の巡礼者及びイラク軍などを標的とした連続爆弾・襲撃テロを実行し,少なくとも107人が死亡,約270人が負傷
12. 9. 9  バグダッド,南東部・アマラなどで,シーア派の住民などを標的とした連続爆弾・襲撃テロを実行し,少なくとも100人が死亡,約360人が負傷
12.10.27  バグダッドのシーア派住民地区などで,連続爆弾・襲撃テロを実行し,少なくとも40人が死亡,約100人が負傷
12.12.16
  ~17
 バグダッド,キルクークなどで,治安機関施設などを標的とした連続爆弾テロを実行し,少なくとも67人が死亡
13. 3. 4  イラク西部・アンバール県の対シリア国境付近で,シリア側から避難していた同国軍部隊とそれに同行していたイラク軍部隊を襲撃し,両軍兵士合わせて49人が死亡
13. 4. 9  ISIから「イラク・レバントのイスラム国」(ISIL)への名称変更や「ヌスラ戦線」の統合,シリアへの活動拡大などを発表
13. 7.21  バグダッドで,2つの刑務所を襲撃し,看守など26人が死亡したほか,ISILメンバーを含む収監者少なくとも500人が脱走
13. 8.10  バグダッド,キルクーク県などで,シーア派居住地区などを標的とした連続爆弾テロを実行し,少なくとも74人が死亡,数百人が負傷
13. 8.28  バグダッドのシーア派居住地区などで,連続爆弾テロを実行し,少なくとも82人が死亡,180人以上が負傷
13. 9.30  バグダッドのシーア派居住地区などで,連続爆弾テロを実行し,少なくとも55人が死亡,120人以上が負傷
13.12. 4  キルクークで,警察施設を襲撃し,10人が死亡
14. 1  イラクで,他のスンニ派武装勢力とともに,アンバール県ファルージャ市などを占拠。その後,同年4月までに同県の広域を占拠。シリアでは,他の反体制派組織との衝突が本格化
14. 4.25  バグダッドで,シーア派組織による政治集会を標的とした爆弾テロを実行し,31人が死亡
14. 6  イラク北部で,他のスンニ派武装勢力とともに攻勢を開始。モスルを含む北部の広域を占拠。この際,在モスル・トルコ総領事を含む同国総領事館員らを拘束(同年9月20日に全員解放)
14. 6.29  ISILから「イスラム国」への名称変更や,カリフ制の施行,バグダディのカリフ就任などを宣言
14. 8  イラク北東部のクルド自治政府(KRG)管轄地域に侵攻を開始
14. 8. 5  他のシリア反体制派組織とともに,レバノン領内に侵入し,治安部隊との戦闘の末,同国北東部の町アルサルを占拠(同月7日にはシリア領内に撤退)
14. 8.17  シリア北部・アレッポ付近で,邦人男性1人が(17日までに)ISILとみられる武装集団により拘束
14. 8.23  キルクークで,自動車を用いた爆弾テロを実行し,31人が死亡
14.10.13  イラク東部・ディヤーラー県で,クルド民兵組織を標的とした自爆テロを実行し,58人が死亡
14.10.14  バグダッドで,シーア派国会議員などを標的とした自爆テロを実行し,同議員を含む25人が死亡
14.11. 2  バグダッド郊外で,シーア派巡礼者を標的とした爆弾テロを実行し,23人が死亡
14.12. 1  アンバール県で,シリアとの国境にあるイラク軍の検問所を襲撃し,16人が死亡
15. 1  シリア北部のクルド人の町アイン・アル・アラブから撤退
15. 1.20  ISILに拘束されたとみられる邦人男性2人の動画がインターネット上で公開。同月24日,拘束されたとみられる邦人男性のうち1人が,2月1日には,残る1人が殺害されたとみられる動画が,それぞれインターネット上で公開
15. 3  ティクリートから撤退
15. 3.20  シリア北東部・ハサカ県都ハサカで,クルド系住民の祭事を標的としたISIL戦闘員によるとされる自爆テロなどが発生し,49人が死亡
15. 4. 8  アンバール県で,スンニ派部族民ら約300人を殺害
15. 5  アンバール県都ラマディの主要部を占拠
15. 5  シリア中部・ホムス県の要衝パルミラを占拠。その後,世界遺産であるパルミラ遺跡の一部を破壊
15. 5. 8  ディヤーラー県で,ISILとみられる武装集団が刑務所を襲撃し,看守ら16人が死亡,収監中のISIL戦闘員ら40人以上が脱走
15. 6. 1  イラク中部・サラーハッディーン県都サーマッラー近郊で,治安部隊の基地を標的とした自爆テロを実行し,38人が死亡
15. 7.17  ディヤーラー県で,シーア派住民を標的とした自爆テロを実行し,約130人が死亡
15. 7.27  モスルで,ISILに反発する市民ら少なくとも120人を殺害
15. 8.13  バグダッドで,シーア派住民を標的とした爆弾テロを実行し,少なくとも76人が死亡
15. 9.14  ハサカ県で,クルド人勢力の拠点などを標的とした爆弾テロを実行し,少なくとも32人が死亡
15.11.13  バグダッド近郊で,ISILの戦闘員とみられる者がシーア派民兵の告別式を標的とした自爆テロを実行し,21人が死亡
15.12  ラマディの主要部から撤退
15.12.10  ハサカ県で,クルド系住民を標的とした爆弾テロを実行し,少なくとも50人が死亡
16. 1.31  シリア首都ダマスカス郊外のシーア派霊廟付近で,自爆テロなどを実行し,少なくとも70人が死亡
16. 2.21  ダマスカス郊外のシーア派霊廟付近や中部・ホムス県で,自爆テロなどを実行し,計200人近くが死亡
16. 2.28  バグダッドで,シーア派住民を標的とした自爆テロを実行し,少なくとも78人が死亡
16. 3.25  イラク中部・バービル県イスカンダリヤで,サッカーの試合を標的とした自爆テロを実行し,少なくとも29人が死亡
16. 3  パルミラから撤退
16. 4.30  バグダッド郊外で,シーア派の巡礼者を標的とした爆弾テロを実行し,少なくとも23人が死亡
16. 5. 1  イラク南部・サマワで,爆弾テロを実行し,少なくとも33人が死亡
16. 5.11  バグダッドで,シーア派住民などを標的とした複数の自爆テロなどを実行し,計100人近くが死亡
16. 5.23  シリア北西部・ラタキア県で,アラウィー派住民を標的とした複数の自爆テロなどが発生し,計150人近くが死亡
16. 6. 7  イラク中部のシーア派聖地カルバラで,自爆テロを実行し,10人が死亡
16. 6  ファルージャから撤退
16. 7. 3  バグダッドで,シーア派住民を標的とした自爆テロを実行し,323人以上が死亡
16. 7.27  シリア北東部・カミシュリで,クルド人住民を標的とした自爆テロを実行し,少なくとも44人が死亡
16. 8  シリア北部・マンビジから撤退
16. 8.14  シリア北西部・イドリブ県で,反体制派勢力の戦闘員を標的とした自爆テロを実行し,少なくとも32人が死亡
16. 8.30  米軍主導の有志連合による空爆により,報道担当アドナニが死亡
16. 9. 5  ラタキア県タルトゥースで,自爆テロ等を実行し,少なくとも35人が死亡
16.10. 3  ハサカ県で,「シリア民主軍」(SDF)メンバーの結婚式を標的とした自爆テロを実行し,少なくとも34人が死亡
16.11.24  ヒッラ郊外で,シーア派巡礼者を標的とした自爆テロを実行し,約80人が死亡
16.12  パルミラを再占拠
16.12.22  イラク北部・モスルで,自爆テロを実行し,少なくとも25人が死亡
年月日 ISIL関連組織等による主要テロ事件等
14. 9.21  アルジェリア北部・ティジ・ウズ県で,フランス人登山家が誘拐され,同月24日,殺害。同日,「アルジェリアのカリフ国家の戦士」が犯行声明を発出
15. 3.18  チュニジア首都チュニスで,武装集団が国会議事堂近くにあるバルドー博物館を襲撃し,外国人21人を含む22人が死亡,44人が負傷(邦人3人死亡,3人負傷)。同月19日,「ISILチュニジア」名の犯行声明が発出
15. 3.20  イエメン首都サヌアで,モスク2か所を標的とした自爆テロがあり,140人以上が死亡。同日,「サヌア州」が犯行声明を発出
15. 5.22  サウジアラビア東部・東部州カティーフ県で,シーア派モスクを標的とした自爆テロがあり,20人以上が死亡,100人以上が負傷。同日,「ナジュド州」が犯行声明を発出
15. 6.26  チュニジア北部・スース県で,リゾート・ホテルへの襲撃があり,外国人38人が死亡。同日,「ISILチュニジア」名の犯行声明が発出
15.10. 3  バングラデシュ北西部・ロングプールで,邦人が襲撃され死亡。同日,「ISILバングラデシュ」名の犯行声明が発出
15.10.10  トルコ首都アンカラで,ISIL戦闘員によるとされる連続自爆テロが発生し,約100人が死亡
15.10.31  エジプト北東部・シナイ半島で,ロシア機が墜落し,乗客・乗員224人全員が死亡。同日及び11月4日,「シナイ州」が犯行声明を発出
15.11.12  ベイルート南郊で,シーア派住民などを標的とした自爆テロを実行し,少なくとも43人が死亡。「ISILレバノン」名の犯行声明を発出
15.11.13  フランス首都パリ郊外の競技場や同中心部のレストラン及び劇場などで,銃撃や自爆などによるテロが相次いで発生し,130人が死亡,約350人が負傷。同月14日,「ISILフランス」名の犯行声明が発出
16. 1.13  アフガニスタン東部・ナンガルハール州都ジャララバードで,パキスタン領事館付近で自爆テロが発生した直後に武装した2人組が同領事館を襲撃し,アフガニスタン治安部隊隊員7人が死亡,パキスタン人外交官を含む11人が負傷。同日,「ホラサン州」が犯行声明を発出
16. 1.14  インドネシア首都ジャカルタのショッピングモール付近で,銃撃や自爆によるテロが発生し,4人が死亡,26人が負傷。同日,「ISILインドネシア」名の犯行声明が発出
16. 3. 7  チュニジア南東部・メドニン県ベンゲルダン市で,軍の兵舎などへの襲撃があり,民間人を含む19人が死亡。ISILが関与したとの指摘
16. 3.22  ベルギー首都ブリュッセルの空港及び地下鉄駅で,相次いで自爆テロが発生し,32人が死亡,邦人2人を含む340人が負傷(「ベルギー・ブリュッセルにおける連続テロ事案」)。同日,「ISILベルギー」名の犯行声明が発出
16. 4. 9  フィリピン南部・バシラン島で,同国国軍部隊と「アブ・サヤフ・グループ」(ASG)との衝突が発生し,国軍兵士18人が死亡。13日,「ISILフィリピン」名の犯行声明が発出
16. 4.19  エジプト北東部・北シナイ県シェイク・ズウェイド市で,警察車両が襲撃され,警察官3人が死亡,8人が負傷。同日,「シナイ州」が犯行声明を発出
16. 5.23  イエメン南部・アデンで,軍基地付近の新兵採用施設を標的とした自動車爆弾による自爆テロが発生し,34人が死亡。その後,軍基地でも爆発が発生し,7人が死亡。同日,「アデン・アブヤン州」が犯行声明を発出
16. 6.27  イエメン東部・ハドラマウト州ムカッラで,国軍を標的とした4件の爆弾テロが発生し,軍兵士ら43人が死亡。同日,「ハドラマウト州」が犯行声明を発出
16. 6.27  レバノン北部・アル・カーアで,相次いで自爆テロが発生し,5人が死亡,19人が負傷。ISILが関与したとの指摘
16. 6.28  トルコ西部・イスタンブールのアタチュルク国際空港で,銃撃及び自爆テロが発生し,47人が死亡,200人以上が負傷。ISILが関与したとの指摘
16. 6.28  マレーシア西部・セランゴール州プチョンで,飲食店を標的とした手りゅう弾による爆弾テロが発生し,8人が負傷。ISILが関与したとの指摘
16. 7. 1  バングラデシュ首都ダッカで,武装集団が主に外国人が利用するレストランを襲撃し,30人以上を人質に。翌2日,治安部隊が邦人1人を含む13人を救出したものの,邦人7人を含む20人以上が死亡。2日,「ISILバングラデシュ」名の犯行声明が発出
16. 7. 4  サウジアラビア西部・ジッダ,同マディーナ,東部・カティーフの3か所で,相次いで自爆テロが発生し,少なくとも4人が死亡,7人が負傷。ISILが関与したとの指摘
16. 7.23  アフガニスタン首都カブールで,抗議活動中のハザラ人に対する自爆テロが発生し,少なくとも80人が死亡,230人が負傷。同日,「ホラサン州」が犯行声明を発出
16. 8.27  フィリピン南部・ミンダナオ島マラウィで,武装集団が拘置所を襲撃し,拘留中の23人が脱走。29日,「ISIL東アジア」名の犯行声明が発出
16. 8.29  イエメン南部・アデンで,新兵が集まっていた広場を標的とした自動車爆弾による自爆テロが発生し,少なくとも54人が死亡,約70人が負傷。同日,「アデン・アブヤン州」が犯行声明を発出
16.10.24  パキスタン南西部・バルチスタン州都クエッタで,武装した3人が警察の訓練施設を襲撃し,63人が死亡,160人以上が負傷。翌25日,「ホラサン州」が犯行声明を発出。また,26日,「ラシュカレ・ジャンヴィ・アルアラミ」がISILと協力して襲撃を実行した旨主張
16.11.21  アフガニスタン首都カブールのシーア派宗教施設で自爆テロが発生し,宗教行事「アルバイーン」に参集していた市民少なくとも32人が死亡,64人が負傷。同日,「ホラサン州」が犯行声明を発出
16.12. 5  リビアのISIL関連組織が占拠していたリビア中部・シルト市が統一政府側によって制圧
16.12.10  イエメン南部・アデンで,軍基地を標的とした自爆テロが発生し,少なくとも兵士50人が死亡,約70人が負傷。同日,「アデン・アブヤン州」が犯行声明を発出
16.12.11  エジプト首都カイロで,コプト教会を標的とした爆弾テロが発生し,25人が死亡,49人が負傷。13日,「ISILエジプト」名の犯行声明が発出
16.12.18  ヨルダン南部・カラクで,巡回中の警察当局に対する銃撃が発生し,さらに,観光施設に立て籠もる事件が発生し,10人が死亡,34人が負傷。20日,「ISILヨルダン」名の犯行声明が発出
17. 1. 1  トルコ西部・イスタンブールのナイトクラブで,銃乱射事案が発生し,外国人客ら39人が死亡,69人が負傷。翌2日,「ISILトルコ」名の犯行声明が発出

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