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イラク・レバントのイスラム国(ISIL)
The Islamic State of Iraq and the Levant

イラク,シリアを拠点に活動するスンニ派過激組織。「カリフ国家」を自称。両国政府やシーア派などスンニ派以外の宗派,他宗教の住民などを標的としたテロを実行。

別称:
①Al-Qaida in Iraq,②AQI, ③al-Tawhid, ④The Monotheism and Jihad Group,⑤Qaida of the Jihad in the Land of the Two Rivers(注1), ⑥Al-Qaida of Jihad in the Land of the Two Rivers, ⑦The Organization of Jihad's Base in the Country of the Two Rivers, ⑧The Organization Base of Jihad/Country of the Two Rivers,⑨The Organization Base of Jihad/Mesopotamia, ⑩Tanzim Qa'idat Al-Jihad fi Bilad al-Rafidayn, ⑪Tanzeem Qa'idat al Jihad/Bilad al Raafidaini, ⑫Jama'at Al-Tawhid Wa'al-Jihad, ⑬JTJ, ⑭The Islamic State of Iraq, ⑮ISI, ⑯Al-Zarqawinetwork, ⑰Al-Qaida Organization of Jihad in Iraq,⑱Daesh,⑲Daish,⑳Daash,㉑Al-Dawla al-Islamiyya fil-Iraq wal-Sham(注2),㉒The Islamic State in Iraq and the Levant,㉓ISIL,㉔The Islamic State of/in Iraq and the/al Sham,㉕The Islamic State of/in Iraq and Syria, ㉖ISIS,㉗Al-Dawlaal-Islamiyya,㉘The Islamic State,㉙IS

(1) 設立時期

2004年10月(「アルカイダ」最高指導者への忠誠を表明し,「イラクのアルカイダ聖戦機構」〈AQI〉(注3)の名称使用を開始)

(2) 活動目的・攻撃対象

ア 活動目的

独自のシャリーア解釈に基づくカリフ国家の「建国」とその発展やスンニ派イスラム教徒の保護を目標とする(注4)。同「国家」の支配地については,シリア北部からイラク中部にかけての地域に言及する一方で,究極的には,欧米諸国やイスラエルなどを打倒した上で,中東域外への影響力拡大の姿勢も示している(注5)(注6)(注7)

イ 攻撃対象

イラク,シリアの両国において,①政府,②治安部隊,③親政府系民兵組織,④クルド人勢力,⑤シーア派などイスラム教スンニ派以外の宗派,他宗教の住民-などを標的としてきた(注8)。このほか,酒類販売業者などISILが不道徳とみなす主体,インフラ設備,外国人を含むジャーナリスト,反体制派勢力などに対してもテロを実行してきた。

また,イラク駐留米軍の撤退(2011年12月)後も,声明を通じて,米国を標的としたテロの実行を警告してきた(注9)

さらに,イラクやシリアでのISILに対する空爆開始(イラク:2014年8月,シリア:同年9月)以降は,空爆に参加する欧米諸国などを標的としたテロの実行などを呼び掛けており,2015年以降には,掃討作戦などによって軍事的劣勢が強まるにつれ,これら欧米諸国やISIL掃討に関与する国々への攻撃姿勢を強めている(注10)

(3) 勢力

ISILの戦闘員数は,2015年の最盛期には約3万3,000人であったが,その後,減少が続き(注11)(注12) ,2017年12月時点では,1,000人未満になったとされる(注13)

(4) 活動地域

結成以降,主にイラクで活動していたが,2013年以降は,反政府運動が続くシリアにも活動を拡大させたほか,その周辺国においても,治安当局に対する襲撃事件などを実行した。

ISILは,2015年までにはシリア東部や北部,イラク北部など両国の多くの地域を支配した。その後,2017年末までに両国の全ての支配都市・町を失うなどしたが(注14) ,両国各地でテロを続けている。

(5) 組織・機構

ア 最高指導者,幹部

(ア) アブ・バクル・アル・バグダディ・アル・フッセイニ・アル・クライシ(Abu Bakr al-Baghdadi al-Husseini al-Quraishi)
別名:
アブ・ドゥア(Abu Du'a)
本名:
イブラヒーム・アッワード・イブラヒーム・アリー・アル・バドリー・アル・サマッライ(Ibrahim Awwad Ibrahim Ali Al-Badri Al-Samarrai)

最高指導者。1971年生まれ。イラク人であり,同国北部・サラーハッディーン県サーマッラーの出身とも指摘されている(注15)。名前にある「バグダディ」は,アラビア語で「バグダッドの人」を意味する。

同人は,イラク首都バグダッドの大学でシャリーアなどを学んだ後,バグダッドやサーマッラーのモスクなどでイマームを務めていたとされる。 2003年の米軍などによるイラク進攻後,スンニ派武装組織の結成に関与し,サラーハッディーン県やディヤーラ県などで武装闘争を行っていた。2004年には,駐留米軍に一時拘束されたとされる。 2006年には,同武装組織と共に,「イラク・イスラム国」(ISI,AQIが2006年10月に「建国」を宣言)(当時)に合流した。 2010年5月15日,ISI最高指導者アブ・ウマル・アル・バグダディの死亡を受け,最高指導者に就任し,以降,「預言者ムハンマドの子孫」などと自称するようになった(注16)。同人主導の下,ISIは,2013年4月9日に「イラク・レバントのイスラム国」(ISIL),2014年6月29日に「イスラム国」への名称変更を行い,同人のカリフ就任などを宣言した。以降,ISILは,同人を「カリフたるイブラヒーム」などと呼称している(注17)

国連安保理「アルカイダ」制裁委員会は,2011年10月,同人をISI(当時)の最高指導者として制裁対象に指定した。

(イ) アブ・ムサブ・アル・ザルカウィ(Abu Musab al-Zarqawi)(死亡)

本名:
アフマド・ファディル・ナザル・アル・ハレイレ(Ahmad Fadil Nazal al-Khalayleh)

AQIの設立者で元最高指導者。ヨルダン生まれ。名前にある「ザルカウィ」は,アラビア語で「(ヨルダンの)ザルカ(町)の人」を意味する。2003年3月に米軍主導の「イラクの自由作戦」が開始された後,イラク入りし,2004年10月にオサマ・ビン・ラディンに対して忠誠を誓い,イラク国内外で数々のテロに関与した。2006年6月,イラク東部・ディヤーラ県都バクバ近郊で,米軍の空爆を受けて死亡した。

(ウ) アブ・アイユーブ・アル・マスリ(Abu Ayub al-Masri)(死亡)

別名:
アブ・ハムザ・アル・ムハージル(Abu Hamza al-Muhajir)

AQI元最高指導者,ISI元「首相」など。エジプト人であり,同国のイスラム過激組織「ジハード団」に所属していたとされる。名前にある「マスリ」は,アラビア語で「エジプトの人」を意味する。

2006年6月にAQI最高指導者ザルカウィが死亡したことを受け,最高指導者に就任した。同人主導の下,AQIは,同年10月,ISIの「建国」を宣言するとともに,組織名称も,事実上,AQIからISIへと変更した。同人は,イラク人アブ・ウマル・アル・バグダディをISI最高指導者に据え,自身は,ISIの「首相」として組織を背後から指導したとされる(注18)。2010年4月,イラク西部・アンバール県ハディーサで,駐留米軍及びイラク軍による合同作戦を受けて死亡した。

(エ) アブ・ウマル・アル・バグダディ(Abu Omar al-Baghdadi)(死亡)

別名:
アブ・アブドッラー・アル・ラシド・アル・バグダディ(Abu Abdullah al-Rashid al-Baghdadi)

ISI元最高指導者。イラク人。2006年10月,ISI「建国」時に最高指導者に就任した。2010年4月,イラク北部・サラーハッディーン県都ティクリート郊外で,駐留米軍及びイラク軍による合同作戦を受けて死亡した。

(オ) アブ・ムハンマド・アル・アドナニ(Abu Mohammed al-Adnani)(死亡)

本名:
タハ・スブヒ・ファラハ(Taha Subhi Falaha)
別名:
アブ・ムハンマド・アル・アドナニ・アッシャーミ(Abu Muhammad al-Adnani ash-Shami)

ISILの前報道担当及びシリアにおける責任者であったほか,欧米諸国などへの攻撃計画を担当する対外作戦部門の責任者であったとされる。 1977年,シリア生まれ。

同人は,2003年以降,イラクで駐留米軍などに対する武装闘争に参加し,2005年頃から2010年頃まで,同国治安当局によって拘留されていたが,釈放後にシリアへ移動し,後に「ヌスラ戦線」(当時)の指導者となるアブ・ムハンマド・アル・ゴラニの下で,ISI(当時)の活動に参加していたとされる。

ISILの報道担当として,同指導部による重要な声明を発出しており,2014年5月には,「アルカイダ」最高指導者ザワヒリを非難する声明を発出したほか,同年6月には,カリフ制の施行や「イスラム国」への名称変更などを宣言した。

2016年9月,米国国防総省は,米軍主導の有志連合が同年8月にシリア北部・アル・バーブ付近で実施した空爆によって同人が死亡したことを確認したと発表した。

(カ) アブ・アル・ハッサン・アル・ムハージル(Abu al-Hassan al-Muhajir)

ISILの報道担当。2016年12月,ISILの公式な報道担当として初めて声明を発出し,「イスラム国」の「敵」に対する攻撃を呼び掛けるなどし,2017年4月の声明では,イラク,シリアにおける「敵」に対する抗戦のほか,欧米及びロシアのムスリムに向けて居住地でのテロを呼び掛けた。

(キ) オマル・アル・シシャニ(Omar al-Shishani)(死亡)

別名:
タルクハン・タユムラゾヴィッチ・バティラシヴィリ(Tarkhan TayumurazovichBatirashvili)

シリア北部などを統括していたISILの司令官とされる。1986年生まれ。ジョージア北東部のパンキシ渓谷(注19)を出身とするチェチェン系の同国人とされ,名前にある「シシャニ」は,アラビア語で「チェチェンの人」を意味する。

同人は,過去,ジョージア軍に所属していたとされるが,2012年頃にシリアに渡航し,反体制派武装組織「ジャイシュ・アル・ムハジリーン・ワル・アンサール」(JMA)の指導者となり,ISI(当時)などと連携して政府軍などに対する攻撃を実行した。2013年半ば,最高指導者バグダディに忠誠を誓い,事実上,JMAを離れる形でISILに合流し,その後,ISILの司令官に就任したとされる。

2016年3月,米軍主導の有志連合による空爆を受けて死亡した(注20)

(ク) アブドルラフマン・ムスタファ・アル・カドゥリ(Abdulrahman Mustafa al-Qaduli)(死亡)

別名:
ハッジ・イマン(Haji Iman)

元副指導者で,欧米諸国などへの攻撃計画を担当する対外作戦部門のメンバーであったとされる。同人は,2004年にAQIに加入し,最高指導者ザルカウィ(当時)の副官として,また,イラク北部・モスルにおける司令官として活動していたとされる。

2016年3月,イラクにおける米軍特殊部隊による作戦を受けて死亡した。

(ケ) アブ・ムハンマド・アル・シマリ(Abu Muhammad al-Shimali)

別名:
ティラド・アル・ジャルバ(Tirad al Jarba)

出入国管理・兵站(たん)部門の幹部とされる。1979年11月20日,イラク生まれであるが,国籍はサウジアラビアとされる。

同人は,2005年にAQIに加入し,ISILの出入国管理・兵站(たん)部門において,トルコ経由でシリア入りする「外国人戦闘員」(FTF)の各種支援を担当し,さらに,欧州や北アフリカ,アラビア半島からシリア,イラクへの密輸や資金移動,物流などを調整しているとされる。

国連安保理「アルカイダ」制裁委員会は,2015年9月,同人を制裁対象に指定した。

なお,ロシア軍が2017年9月にシリア東部・デリゾールで行った空爆によって同人が死亡したことが報じられた(注21)

(シ) グルムロド・カリモフ(Gulmurod Khalimov)

戦闘員リクルート部門の幹部とされる。1975年5月14日,タジキスタン生まれ。同国では,内務省特殊部隊の司令官であったが,2015年5月頃,シリアに渡航してISILに加入したとされる。

国連安保理ISIL及び「アルカイダ」制裁委員会は,2016年2月,同人を制裁対象に指定した。

なお,ロシア軍が2017年9月にシリア東部・デリゾールで行った空爆によって同人が死亡したことが報じられた(注22)

(ス) トルキ・ムバラク・アブドッラー・アフマド・アル・ビナリ(Turki Mubarak Abdullah Ahmad al-Binali)(死亡)

宗教警察責任者であったほか,FTFのリクルーターとして,湾岸諸国出身者をリクルートするネットワークを率いていたとされる。1984年9月3日,バーレーン生まれ(注23)。 ISILの宗教的権威とされ,同人の著述がISILによる2014年の「イスラム国」設立に用いられたとされる。

2017年6月,米国主導の有志連合は,声明を発出し,シリア東部・マヤディーンで同年5月に実施した空爆によって同人が死亡したと発表した。

イ 組織形態,意思決定機構

ISILは,AQIと称されていた2006年10月,「『首長』(emir)を頂点とする『イラク・イスラム国』(ISI)を建国した」と宣言し,組織名称も,事実上,AQIからISIへと変更した。以降,同組織は,「国家」を自称し,「首相」,「戦争相」,「情報相」といった「閣僚」のポストを設置するなど,国家を模した組織形態を採ってきた。その後,2013年4月9日,ISIからISILへと名称の変更を宣言し,さらに,2014年6月29日には,ISILから「イスラム国」への名称変更及び最高指導者アブ・バクル・アル・バグダディのカリフ就任などを宣言した。

「カリフ国家の構造」と題する動画を説明する画像

2016年7月にISILが発出した「カリフ国家の構造」と題する動画(上画像参照)によると,同組織の標榜する「イスラム国」には,「カリフ」の下,「カリフ」を補佐する「シューラ評議会」と「弁務官委員会」が設置されている。

「シューラ評議会」のメンバーは,知識や技能を備えた人物が選任され,「国家」の意思決定などにおいて「カリフ」を補佐するとされる。「弁務官委員会」のメンバーは,「カリフ」によって任命され,「イスラム国」に設置された「官庁」,「州」及び「局・委員会」の運営を代行するとされる。

「官庁」は,「弁務官委員会」の監督の下,「ムスリムの権利擁護」を任務とし,「州」については,イラクからシリアにまたがる地域を複数の管区に分割して「州」と位置付けているほか,両国以外の地域においても,「州」を称する関連組織が設立されている。これら「州」には,「カリフ」によって「知事」が任命され,「知事」は,重要事項については「弁務官委員会」に照会する一方で,それぞれの地域における日常的な活動については,各「州」に一定の裁量が与えられているとされる(注24)。また,「局・委員会」は,「弁務官委員会」の監督の下,各分野の専門家が担当しているとされる(注25)

(6)宣伝活動

ISILは,インターネットを駆使した宣伝活動において,アラビア語のみならず,英語やフランス語など多言語を用いて,中東域外の幅広い地域からも戦闘員を募ってきた。また,同組織は,実態以上の存在感を示すべく宣伝活動を行っており,拘束した者を処刑する模様のほか,惨殺した遺体などを画像や動画で頻繁に公開することで,敵対関係にある組織や勢力に恐怖感を植え付け,戦意喪失を図ってきたとされる。

2016年7月にISILが発出した「カリフ国家の構造」と題する動画によると,同組織の標榜する「イスラム国」には,広報活動を管理・監督する「中央広報庁」が設置されており,同庁の傘下に複数の広報機関が存在しているとされる(注26)。これら各機関は,犯行声明や活動状況の紹介など組織の宣伝を目的とした情報を文書や音声,画像,動画の形に編集し,それぞれの機関が有するソーシャル・メディア・アカウント(注27)などに掲載してきた。また,ISILの各関連組織である「州」にも独自の広報部門が存在し,各組織の活動について,それぞれ声明を作成し,独自に有するソーシャル・メディア・アカウントに掲載してきた。

ア 「アル・フルカン・メディア・ファウンデーション」(Al Furqan Media Foundation)

最高指導者バグダディなど幹部による声明などを掲載している。

イ 「アル・ハヤート・メディア・センター」(Al-Hayat Media Center)

外国語専門の広報機関とされ,オンライン英語機関誌「ダービク」(Dabiq)(注28),同「ルーミヤ」(Rumiyah)(注29)などを作成して配信している。これら機関誌には,自組織の主張や方針,犯行声明などが掲載されている。

「ダービク」第1号から第15号の概要は下表のとおりである。

発行年月日 表紙タイトル・主な項目・我が国に関する言及
第1号 14. 7. 5
タイトル: カリフ国家の再来
項目:
  • ○ 本誌について
  • ○ 速報:カリフ国家宣言
  • ○ 速報:世界は二つの陣営に分かれた
  • ○ 統率力はアブラハムの軌跡から来た
  • ○ 知恵の言葉
  • ○ 特集:ヒジュラ(移住)からカリフ国家まで
  • ○ 「イスラム国」ニュース
第2号 14. 7.27
タイトル: 洪水
項目:
  • ○ カリフ国家へのムスリムの義務について
  • ○ ガザ情勢について
  • ○ 「イスラム国」を取るか,洪水を取るか
  • ○ ヒジュラとジハード
  • ○ ムバハラ後の洪水
  • ○ 「イスラム国」ニュース
第3号 14. 8.29
タイトル: ヒジュラの呼び掛け
項目:
  • ○ 大いなる戦い以前のイスラム国
  • ○ 「イスラム国」レポート
  • ○ 知恵のコーナー
  • ○ ヒジュラとジハード
  • ○ フォーリー(米国人の人質)の血はオバマの手に
  • ○ フォーリーのメッセージ
  • ○ 「アル・ハヤート・メディア・センター」から読者へのメッセージ
第4号 14.10.12
タイトル: 失敗した十字軍
項目:
  • ○ 正に,主は常に警戒深くあられた
  • ○ 奴隷状態の再来
  • ○ 「イスラム国」レポート
  • ○ 十字軍の最期に関する考察
  • ○ 特集:ソトロフ(米国人の人質)から母へのメッ セージ
  • ○ 私のビデオ・メッセージの裏にある真実の話
    (ジョン・キャントリー)
第5号 14.11.21
タイトル: とどまり,拡大する
項目:
  • ○ 殉教者ヨハネからの教訓
  • ○ アンバール州の戦い
  • ○ 仲間の団結
  • ○ アイン・アル・イスラムの戦い
  • ○ カリフの貨幣
  • ○ とどまり,拡大する
  • ○ もし私が今米国大統領だとしたら(ジョン・キャ ントリー)
第6号 14.12.29
タイトル: 「ワジリスタンのアルカイダ」(内部からの証言)
項目:
  • ○ 「イスラム国」兵士への忠告
  • ○ ザワヒリらの知恵の空虚さ
  • ○ 「イスラム国」レポート
  • ○ 「ワジリスタンのアルカイダ」(内部からの証言)
  • ○ メルトダウン(ジョン・キャントリー)
第7号 15. 2.12
タイトル: 偽善から背教へ
項目:
  • ○ 序文
    シリアにおける邦人殺害テロ事件(15.1.20~2.1)に触れ,「日本国民・権益はカリフの兵士や支援者の標的である」と主張
  • ○ 背教者であるパイロットの焼殺
  • ○ 「イスラム国」指導者への忠告
  • ○ イスラムは戦争のない平和主義的な宗教ではない
  • ○ 「イスラム国」レポート
  • ○ 信者の中の男たち
  • ○ 我らの姉妹たちへ
  • ○ アブ・ウマル・アル・バルジキとのインタビュー
  • ○ 怒りの工場(ジョン・キャントリー)
第8号 15. 3.30
タイトル: シャリーアのみがアフリカを治める
項目:
  • ○ 「シャームのアルカイダ」の同盟者(パート1)
  • ○ 歴史のページから
  • ○ 「イスラム国」レポート
    チュニジアにおける銃撃テロ事件(15.3.18)に触れ,「十字軍連合に参加する国々」として日本などを名指し
  • ○ 信者の中の男たち
  • ○ 我らの姉妹たちへ
  • ○ 遅延,最も危険な異端行為
  • ○ チュニジア国会議員殺害者とのインタビュー
  • ○ パラダイム・シフト(ジョン・キャントリー)
第9号 15. 5.21
タイトル: 彼らは策謀し,また,アッラーも策謀する
項目:
  • ○ 「シャームのアルカイダ」の同盟者(パート2)
  • ○ アッラーの理想のためのジハードの砦(とりで)
  • ○ 多神崇拝陰謀論
  • ○ 「イスラム国」レポート
  • ○ サフワ(覚醒評議会)を刈る
  • ○ 我らの姉妹たちへ:女奴隷か売春婦か
  • ○ 「そしてアッラーは最高の策士」である
  • ○ ヤルムーク・キャンプ関係者とのインタビュー
  • ○ パーフェクト・ストーム(ジョン・キャントリー)
第10号 15. 7.13
タイトル: アッラーの法か,人間の法律か
項目:
  • ○ 「シャームのアルカイダ」の同盟者(パート3)
  • ○ 一神教と両親たちに対する我らの義務
  • ○ ホラサンのためのファトワ
  • ○ 歴史のページから(ラマダン月の遠征,戦闘そし
    て勝利)
  • ○ 米国のクルディスタン
  • ○ 名誉はジハードにあり/バルカン半島の人々への メッセージ
  • ○ コーカサスのキャラバンはペースを上げる
  • ○ 知恵:ワラー(忠誠)とバラー(否認)
  • ○ 信者の中の男たち
  • ○ 我らの姉妹たちへ:彼らはお互いに合法的な配偶者同士ではない
  • ○ アッラーの法か,人間の法律か
  • ○ 元「ヌスラ戦線」構成員とのインタビュー
第11号 15. 9. 9
タイトル: 部族連合との戦いから「十字軍連合」との戦争へ
項目:
  • ○ 「シャームのアルカイダ」の同盟者(パート4)
  • ○ シーア派のマフディー
  • ○ ワラーとバラー,米国民族主義との戦い
  • ○ イスラムの家を放棄することの危険性
  • ○ 信者の中の男たち
  • ○ 我らの姉妹たちへ:戦いのないジハード
  • ○ 部族連合との戦いから「十字軍連合」との戦争へ
    「十字軍連合」の一員として日本などへの攻撃を呼び掛けたほか,ボニア,マレーシア及びインドネシアの日本の外交使節を攻撃対象のつとして名指し
  • ○ リビア派遣部隊責任者とのインタビュー
第12号 15.11.18
タイトル: 正義のテロ
項目:
  • ○ 「イエメンのアルカイダ」の同盟者
  • ○ ムジャヒディンへの助言:聞いて従え
  • ○ 「シャームのアルカイダ」の同盟者(結び)
  • ○ 我らの姉妹たちへ:2人,3人,それとも4人
  • ○ 「イスラム国」による軍事作戦
    バングラデシュにおける邦人殺害事件(15.10.3)に関し,「『十字軍連合』の一員である日本の市民を標的とした」と主張
  • ○ 主のお恵みがあれば言及せよ
  • ○ ベンガルにおけるジハードの復活
    「日本国民・権益はカリフの兵士や支援者の標的である」旨主張
  • ○ 共にいると思うが,心は離れている
  • ○ パラダイム・シフト:パート2(ジョン・キャントリー)
  • ○ 信者の中の男たち
  • ○ アブ・ムハリブ・アル・スマリとのインタビュー
第13号 16. 1.19
タイトル: ラーフィダ(シーア派の蔑称)
項目:
  • ○ 不信仰のイマームを殺害せよ
  • ○ 軍事レポート
  • ○ 知恵
  • ○ 信者の中の男たち
  • ○ 我らの姉妹たちへ:イフダードについての助言
  • ○ ラーフィダ
  • ○ 「ホラサン州」知事に対するインタビュー
第14号 16. 4.13
タイトル: 背教の同胞団
項目:
  • ○ ベルギーにおける殉教の戦士たち
  • ○ 西洋の不信仰のイマームを殺害せよ
  • ○ 信者の中の男たち
  • ○ 恥の血(ジョン・キャントリー)
  • ○ インタビュー(ベンガルにおけるカリフの戦士たちの長)
第15号 16. 7.31
タイトル: 十字架を砕け
項目:
  • ○ 人類の創造
  • ○ なぜ我々はお前たちを憎むのか,なぜお前たちと戦うのか
  • ○ 私はどのようにしてイスラムに改宗したか
  • ○ 十字架を砕け
  • ○ インタビュー(アブ・サアド・トリニダーディ)
  • ○ 剣によって
    「異教徒の地への武力行使は正当なもの」と主張する中,日本やベトナムでの戦争を例示し,オバマ米国大統領の広島及びベトナム訪問を非難

「ルーミヤ」第1号から第13号の概要は下表のとおり。

発行年月日 主な項目・我が国に関する言及
第1号 16. 9. 5
項目:
  • ○ イスラムの信仰とムスリムの社会
  • ○ 中央苦情処理局長へのインタビュー
  • ○ 信徒の中の男たち
  • ○ 邪悪な学者は呪われている
  • ○ ズー・アル・ヒッジャの10日間の美徳
  • ○ 不信仰者の血はあなたにとってハラールである。
    よってその血を流せ
第2号 16.10. 3
項目:
  • ○ 重要な覚書
  • ○ グルシャン攻撃の殉教者たち
    バングラデシュ・ダッカにおける襲撃事件(2016. 7.1)で死亡した日本人らを「不信仰者」と言及
  • ○ 正義のテロ戦術(パート1)
  • ○ イスラムの信仰とムスリムの社会
  • ○ 勝利への道筋
  • ○ 受難者に対する差し迫った勝利の喜ばしい知らせ
第3号 16.11.11
項目:
  • ○ これぞアッラーとその使徒が我らと交わした約束
  • ○ 正義のテロ戦術(パート2)
  • ○ 信徒の中の男たち
  • ○ イスラムの信仰とムスリムの社会
  • ○ 勝利への道筋
  • ○ ダービクでの重大な激戦に向けて
  • ○ 不道徳な学者の正体を暴く責務
  • ○ 祈りを通したジハード
第4号 16.12. 7
項目:
  • ○ 「私が言ったことを,やがて思い出すでしょう」
  • ○ 「トリポリ州」知事へのインタビュー
  • ○ 偽善と偽善者に関する論文
  • ○ 実にアッラーは私を祝福してくださる
  • ○ 死への戦いの誓約
  • ○ 忍耐後の勝利の話
  • ○ 未亡人の婚姻は認められたスンナである
第5号 17. 1. 6
項目:
  • ○ 二次的な殺りく
  • ○ 正義のテロ戦術(パート3)
  • ○ シナイの宗教警察の長へのインタビュー
  • ○ 正義の炎
  • ○ ジハードの道程
  • ○ 勝利への道筋
  • ○ 邪悪な学者の特徴
第6号 17. 2. 4
項目:
  • ○ 敵の追跡を弱めるべきではない
  • ○ 祝福されたイスタンブールでの作戦に光を当てる
  • ○ 安全地帯
  • ○ ワラーとバラー,女性たちよ
  • ○ 軍事・秘密作戦
  • ○ 勝利への道筋
  • ○ 「ホムス州」軍事司令官へのインタビュー
  • ○ シャハーダを達成するための教友らの熱心さ
第7号 17. 3. 7
項目:
  • ○ 「イスラム国」の建国
  • ○ あなた自身ではなくアッラーを信頼せよ
  • ○ アッラーのしもべの中で知識のある者だけがアッラーを畏れる
  • ○ 彼らが決して私に伝えなかったこと
  • ○ 言葉と行動の中で
  • ○ 預言者や教友の時代における多神教徒の否定
  • ○ あなたの配偶者の肉体は有害である
  • ○ 軍事・秘密作戦
第8号 17. 4. 5
項目:
  • ○ 不信仰者の財産を奪い取れ
  • ○ アッラーの真実の約束
  • ○ 「イスラム国」の建国
  • ○ それから最後の結果は彼らのものとなる
  • ○ 預言者が悩んだように
  • ○ 健康であることを喜び,病気で試せ
  • ○ 圧制者の裁定を求める者
  • ○ 集団で多神教徒らと戦え
  • ○ 信徒の中の男たち
  • ○ 軍事・秘密作戦
第9号 17. 5. 4
項目:
  • ○ 好戦的なキリスト教徒に関する裁定
  • ○ それから最後の結果は彼らのものとなる
  • ○ 女性は家での夫の世話役
  • ○ 彼らは自らの書き物を奪う
  • ○ 忍耐強くあれ,アッラーの約束は正に真実である
  • ○ 「イスラム国」の建国
  • ○ 軍事・秘密作戦
  • ○ 正義のテロ戦術(パート4)
  • ○ ミスルのカリフ国家の指導者へのインタビュー
  • ○ シャアバーン月における啓発
第10号 17. 6. 7
項目:
  • ○ 預言者が悩んだように
  • ○ 重要な覚書
  • ○ 支援者たれ
  • ○ 「イスラム国」の建国
  • ○ 信徒の中の男たち
  • ○ 軍事・秘密作戦
  • ○ 東アジアのカリフ国家の兵士たちの指導者へのインタビュー
  • ○ 「タリバン」運動について
第11号 17. 7.13
項目:
  • ○ ムジャヒディンのための重要なアドバイス
  • ○ 我々のアッラーへの旅
  • ○ 我らが「部族連合」を見たとき
  • ○ 「イスラム国」の建国
  • ○ 戦利品の裁定
  • ○ 軍事・秘密作戦
  • ○ 信徒の中の男たち
  • ○ あなた方の価値と国家の敵を知りなさい
第12号 17. 8. 6
項目:
  • ○ ムスリムの社会
  • ○ 殉教者のメモ
  • ○ 不信仰者に対する宣教に関する裁定
  • ○ ムジャヒディンのための重要なアドバイス
  • ○ ラッカの軍事司令官へのインタビュー
  • ○ アッラーの家における女性
  • ○ 軍事・秘密作戦
第13号 17. 9. 9
項目:
  • ○ 人定法ではなくシャリーアによる支配
  • ○ 忙しくなる前に余暇を有効活用せよ
  • ○ イマームのポジション
  • ○ ムジャヒディンのための重要なアドバイス
  • ○ 偽善者の性格
  • ○ ヒジュラ
  • ○ 軍事・秘密作戦

ウ 「アル・ナバア」(Al Nabaa)

世界各地のISIL関連勢力などによるテロの「成果」などを掲載した週刊誌を配信している。

エ 「アジュナド・メディア・ファウンデーション」(Ajnad Media Foundation)

アラビア語の宗教歌(ナシード)を配信している。

オ 「アル・バヤーン」(Al-Bayan)

ISILによる各地での活動状況などをアラビア語や英語,ロシア語などで放送するラジオ局とされる。放送した内容をインターネット上で配信している。

カ 「アル・ヒンマ・ライブラリー」(Al Himmah Library)

ISIL戦闘員や支持者らへの思想・理論教育の教材となるような刊行物を作成している。

キ 「アーマク通信」(Aamaq News Agency)

世界各地のISIL関連勢力などによるテロの「成果」などを速報的に「報道」するほか,特定地域における一定期間の「成果」を取りまとめたインフォグラフィックを作成・発表している。

このほか,ISILは,自組織に参加してきたFTFや支持者(注30)のソーシャル・メディア・アカウントなどを通じて,各広報機関作成の宣伝物を拡散してきたほか,これら戦闘員や支持者らの一部は,独自に宣伝物を作成し,拡散してきたとされる。

なお,ISILのプロパガンダについて,1日平均の発出件数は,最盛期とされる2015年中旬で約30件であったが,2017年12月時点では最盛期に比して90%減少したとされる。

(7) 沿革

ア 「ジャマート・アル・タウヒード・ワル・ジハード」(JTJ)としての活動

ISILの前身組織は,ザルカウィが設立及び主導した「ジャマート・アル・タウヒード・ワル・ジハード」(JTJ)である(注31)。同人は,1999年にアフガニスタンへ入国し,2000年頃に同国西部に訓練キャンプを設立した。同人は,欧州に亡命したヨルダン人やパレスチナ人,シリア人らを戦闘員として同キャンプに呼び寄せ(注32),JTJの勢力を拡大した。多数の国・地域出身の戦闘員が同組織に加わったことから,同人の活動目的は,ヨルダン王制打倒からイスラエル及びユダヤ人に対する攻撃へと変化していったとされる。

2003年3月,イラクに対して米軍主導の「イラクの自由作戦」が開始された後,同人は,当時滞在していたシリアから戦闘員を率いてイラクに向かい,同年8月にバグダッドで,在イラク・ヨルダン大使館に対する爆弾テロを実行したほか,国連事務所に対する自爆テロを実行し,セルジオ・デ・メロ国連事務総長特別代表(イラク担当)ら22人を殺害した。ザルカウィは,欧州の人的ネットワークを通じて,イラクでの「ジハード」に志願する者を数多く集め,同国にFTFを流入させる上で大きな役割を果たしていたとされる。 2004年に入ると,同人は,イラク駐留米軍に対する自爆テロを頻発させたほか,同年5月の米国市民殺害を始め,数々の外国人誘拐・殺人事件に関与し,さらに,シーア派主導の政府や米軍に反発するイラク西部・アンバール県のスンニ派の部族長から支持を得ることにも成功し,同県を拠点として活動を拡大した。

イ 「イラクのアルカイダ」(AQI)としての活動

ザルカウィは,2004年10月17日,オサマ・ビン・ラディンに忠誠を誓う声明を発出(注33)し,「イラクのアルカイダ聖戦機構」の名称を使用し始めたため,JTJは,AQIなどと称されるようになった。米国国務長官は,同月,イラク国内の混乱を扇動することでイラクの存立を脅かそうとしているとして,AQIを外国テロ組織(FTO)に指定した。また,国連安保理「アルカイダ」及び「タリバン」制裁委員会も,同月,AQIを制裁対象に指定した。

AQIは,2004年10月26日,邦人1人を誘拐(後に遺体で発見)し,当時,イラクに派遣されていた我が国自衛隊の撤収を要求したほか,同年12月には,シーア派巡礼者が多数訪問する同国中南部・ナジャフ県都ナジャフや中部・カルバラー県都カルバラーでの爆弾テロを,2005年には,北部・ニナワ県都モスルで即席爆発装置(IED)などを使用して1か月間に約570回の攻撃を実行した。しかし,同組織は,米軍や治安部隊を攻撃するに際し,民間人に被害が及ぶことを全く意に介さず,無関係な民間人にも犠牲が広がったことから,従前から同組織を支持してきたスンニ派の部族長及び地元住民の反発を招いた。「アルカイダ」ナンバー2のアイマン・アル・ザワヒリ(当時)は,2005年7月,ザルカウィに宛てた書簡の中で,シーア派住民に対する無差別テロなどに苦言を呈したとされる。

AQIは,2006年1月,スンニ派の連合組織「ムジャヒディン諮問評議会」(MSC)(注34)(注35)の設立を宣言し,同派の勢力結集に努める一方で,同年2月にはシーア派の聖地とされる北部・サラーハッディーン県サーマッラーのアル・アスカリ・モスク(注36)を爆破し,シーア派とスンニ派の宗派対立をあおった。同組織は,MSCの名で同爆破テロを自認する声明を発出し,MSCの活動を通じてスンニ派勢力の影響力拡大を図ったものの,同組織による無差別テロが際立って目立つこととなり,元々支持者の多かった西部・アンバール県でも地元部族の反発が高まった。

AQIは,イラク国外においても,2005年8月,イスラエル・アカバ湾で米軍艦に対してロケット弾を発射し,同年11月にはヨルダン首都アンマンのホテル3か所に対する連続爆弾テロを実行し,さらに,翌月にはレバノンからイスラエルに向けて複数のロケット弾を発射した。

ウ 「イラク・イスラム国」(ISI)としての活動

AQIは,2006年6月,最高指導者ザルカウィが米軍の空爆で死亡した後,後継の最高指導者にアブ・アイユーブ・アル・マスリを指名した。また,同組織は,同年10月,ISIの「建国」を宣言し,組織名称もISIへと事実上変更(注37)したほか,イラク人のアブ・ウマル・アル・バグダディがISI最高指導者に,マスリがISI「首相」などに就任した。

ISIは,2006年頃から,駐留米軍,イラク治安部隊,「覚醒評議会」などによる大規模な掃討を受けたほか,支配地で極端な解釈によるシャリーアを施行したことや,その過激な主張などから,地元住民や他のスンニ派武装勢力の離反を招いた。その後,2009年には,首都バグダッドでシーア派や政府施設を狙った連続爆弾テロなどを相次いで実行したが,2010年頃までには,アンバール県などの拠点も喪失し,著しく勢力を減退させた。同年4月には,アブ・ウマル・アル・バグダディ及びマスリが駐留米軍などの掃討を受けて死亡した。

しかし,2011年12月の駐留米軍の撤退以降, ISIは,現最高指導者アブ・バクル・アル・バグダディの下,徐々に勢力を回復させた(注38)。さらに,同組織は,シリアでの反政府運動発生(同年3月)以降,同国における関連組織として「ヌスラ戦線」(現「タハリール・アル・シャーム機構」〈HTS〉)の結成を支援するなどして同運動への関与を開始し,その結果,イラク,シリアの両国間での人員や物資の往来が活発化したとされる。

エ 「イラク・レバントのイスラム国」(ISIL)としての活動

ISIは,2013年4月,①ISIからISILへの名称変更,②「ヌスラ戦線」のISILへの統合,③シリアへの活動拡大-などを宣言した。しかし,「ヌスラ戦線」が同統合を拒否したことから,以降,ISILは,「ヌスラ戦線」とは事実上別組織のまま,シリアでも本格的に活動を開始し,政府軍や親政府系民兵組織,自治権の確立を目指して活動するクルド人勢力などに対する攻撃を行った。

シリアにおいて,ISILは,軍の基地に対しても自爆を伴う攻撃を実行し,ときにはこれを占拠するなど,高い戦闘能力を示したことで,シリアの反体制派勢力の中で有力組織の一つになったほか,北部・ラッカ県や東部・デリゾール県などに事実上の支配地を構築した。同組織は,当初,アサド政権軍やクルド人勢力との戦闘で他の反体制派組織と共闘し,支配地では生活物資の配給などを通じて地元住民からの支持獲得を図ったものの,次第に他勢力や地元住民からの反発を招くようになった。

2014年1月,ISILが他勢力のメンバーを殺害したとされる事件を契機に,「自由シリア軍」(FSA)や「ヌスラ戦線」などとの間で本格的な衝突が発生し,同衝突は,北部や東部の反体制派支配地域の全域に拡大した。 ISILは,当初,同衝突により一定の打撃を受けたが,その後は,各地で反撃に転じ,他勢力から新たに支配地を奪取したほか,敵対する勢力や地元部族を降伏させ,自組織に統合するなどして勢力を一層拡大させたとされる。さらに,同組織は,同年7月以降,反体制派支配地域に点在する政府軍施設や北東部のクルド人勢力の支配地に対する攻撃も活発化させた。

イラクでは,2013年4月以降,スンニ派が多数居住する北部で,シーア派主導の中央政府に不満を抱く住民と治安部隊との衝突が発生・拡大していた。ISILは,宗派間の緊張の高まりを背景に,宗派間抗争の激化や中央政府の信用失墜・弱体化を図るため,シーア派や治安当局に対するテロを頻発させた(注39)。さらに,同組織は,同年7月,首都バグダッド郊外の刑務所を襲撃し,自組織の戦闘員を含む収監者数百人を脱獄させたほか,西部・アンバール県に訓練キャンプを含む拠点を再構築したとされる(注40)

ISILは,首都バグダッドに向けて南侵し,バグダッドから北方約100キロ地点にまで迫ったほか,同年8月初めには,イラク北部のクルディスタン地域政府(KRG)の管轄地域への侵攻も開始し,KRGの中心都市であるアルビル県都アルビルに迫った。こうした事態を受け,米国などは,同月以降,KRG管轄地域を含む北部などで,ISILなどを標的とした空爆を行った。その後,同組織は,同空爆の支援を受けた治安部隊やKRGの治安組織「ペシュメルガ」などの攻撃を受け,北部における占拠地の一部を失った。

オ カリフ制の施行,「イスラム国」への名称変更

ISILは,2006年10月以降,「国家」を自称してきたところ,2014年6月29日,①同「国家」名のISILから「イスラム国」への変更,②同「国家」におけるカリフ制の施行,③最高指導者バグダディのカリフ就任-などを宣言した。また,「イスラム国」の支配地に関して,シリア北部・アレッポ県からイラク東部・ディヤーラ県までの地域について言及する一方,「世界の全イスラム教徒がカリフ(バグダディ)に忠誠を誓わねばならない」,「全ての首長国,集団,国家,組織の合法性は,カリフ(バグダディ)の権威及びカリフ軍(ISILの戦闘部隊)の到着・拡大をもって無効となる」などと,支配地・影響力の拡大も示唆した。

(8) 最近の主な活動状況

ア 概況

(ア) イラク

ISILは, 2015年3月には,治安部隊やシーア派主体の民兵組織などの攻撃を受け,北部・サラーハッディーン県都ティクリートを失ったが,西部・アンバール県では依然として軍事的な優位を保ち,同年5月に県都ラマディの主要部を新たに占拠した。しかし,その後は,「ペシュメルガ」や治安部隊,シーア派主体の民兵組織などの攻勢を受け,同年12月までには,ISILが「首都」と称するシリア北部・ラッカとイラク・モスルを結ぶ要衝シンジャールやラマディの主要部を失った。

2016年に入っても,有志連合の空爆支援などを受けた治安部隊やシーア派主体の民兵組織などによるISIL掃討は続き,ISILは,同年4月以降,西部・アンバール県のヒート,ルトバ,ファルージャを相次いで失った。さらに,治安部隊は,同年10月,同国におけるISIL支配下の最大の都市である北部・ニナワ県都モスルの奪還作戦を開始した。

2017年に入ると,治安部隊やシーア派主体の民兵組織の攻勢を受け,ISILの支配地の喪失が加速した。ISILは,北部では,モスル(7月)を皮切りに,相次いで拠点となる都市・町を喪失し,12月にはイラクにおける全ての支配都市・町を失った。

ISILは,支配都市・町を失いつつも,首都バグダッド一帯や北部・サラーハッディーン県都ティクリート郊外,南部・ジーカール県都ナーシリーヤなどで,治安部隊やシーア派主体の民兵などを標的としたテロを相次いで実行した。また,同組織は,拠点からの撤退前にIEDを広範に設置していたとみられ,同組織の支配から解放された都市や町では,これらIEDの爆発事案が相次いで発生した。

(イ) シリア

2015年に入り,ISILは,米軍の空爆支援などを受けたクルド人勢力の攻勢を受け,1月には,2014年下旬からほぼ大半を制圧していたシリア北部のクルド人の町アイン・アル・アラブから撤退したものの,同月以降,首都ダマスカス付近を含む同国南部や中部で活動を活発化させ,5月には,アサド政権側の支配下にあった同国中部・ホムス県の要衝パルミラを占拠した。同組織は,その後も,アサド政権軍や他の反体制派勢力,クルド人勢力などと各地で戦闘を継続したが,同年9月には,ロシアがアサド政権への軍事支援を強め,シリアでの空爆を開始したほか,同年11月以降は,フランス首都パリにおける連続テロ事件の発生を受け,米国などがISILに対する空爆を強化した。

2016年に入ると,ISILは,3月にロシアなどの支援を受けたアサド政権軍によってパルミラを失ったほか,8月には米国などの支援を受けたクルド人勢力主体の「シリア民主軍」(SDF)やトルコの支援を受けた反体制派勢力による作戦を受け,北部・アレッポ県のマンビジ及びジャラーブルスを失い,10月にはダービクを失った(注41)。さらに,同年11月には,SDFが,「イスラム国」の首都とされる北部・ラッカの制圧作戦を開始した。

2017年に入ると,ロシアの支援を受けたアサド政権軍や米国などの支援を受けたSDFの攻勢を受け,シリアでもISILの支配地喪失が加速した。ISILは,北部・アル・バーブ(2月)を皮切りに,北部・ラッカ(10月)など拠点となる都市・町を相次いで喪失し,12月には,シリアにおける全ての支配都市・町を喪失した。

こうした中,ISILは,シリア東部のイラクとの国境付近などで,SDFなどに対して散発的にテロを繰り返す一方,中部・ハマ県の北部では,アサド政権軍が他のイスラム過激組織に攻勢を強める中,双方の間隙を突く形で支配地を獲得した。なお,ISILは,レバノンとの国境沿いのシリア南西部・カラムーン地域の一部を支配しつつ,レバノン軍やアサド政権軍のほか,シーア派組織「ヒズボラ」と衝突してきたが,2017年8月下旬,これら三者との間で撤退に合意し,同地域にいたISIL戦闘員とその家族ら600人以上が,アサド政権軍に先導され,シリア東部に移動した。

(ウ) レバノン

首都ベイルートでは,2014年1月,シーア派組織「ヒズボラ」の拠点がある地区で,自動車を用いた爆弾テロが発生(5人が死亡)し,ISILが,「『ヒズボラ』によるシリアのアサド政権への支援に対する報復である」などと犯行を自認した。

2015年には,11月に首都ベイルート南郊に位置する繁華街で連続自爆テロが発生(少なくとも43人が死亡)し,ISILが初めて「ISILレバノン」名で犯行声明を発出したほか, 2016年6月,住民の多くがキリスト教徒とされる北部の町アル・カーアの教会前で発生した連続自爆テロ事件(市民5人死亡)などでも,ISILの関与が疑われている。

2017年には,ISILによるとされるテロ事件の発生は見られなかったが,8月に,ISILによって送り込まれたとされるレバノン人による軍幹部殺害テロ計画が摘発されるなど,ISIL関連のテロ関連事案の摘発が相次いだ。

(エ) トルコ

2014年1月,トルコ南部・キリス県で,ISIL戦闘員とみられる者らがトルコ軍の車両を銃撃し,7月には,南東部・シャンルウルファ県で,ISIL戦闘員によるとされる自爆テロ(30人以上死亡)が発生し,10月には,首都アンカラの中央駅付近で,ISIL戦闘員によるとされる連続自爆テロ(約100人死亡)が発生した。

2016年にも,ISIL関係者によるとされるテロが頻発し, 1月には,西部・イスタンブールの観光地で自爆テロ(外国人観光客12人死亡)が発生したほか,6月には,イスタンブールのアタチュルク国際空港で,シリア渡航経験のある中央アジア出身者らによる銃撃・自爆テロ(47人死亡)が発生するなどした(注42)。また,トルコがシリア国内に地上部隊を越境させて同国領内で戦闘を行うなど,シリア情勢への関与を強めた8月以降,ISILは,幹部による声明や機関誌などを通じてトルコへの攻撃姿勢を明確に表明するようになった(注43)

こうした中,2017年に入ると,年初からISILによるテロが発生し,西部・イスタンブールのナイトクラブで発生した銃乱射テロ(注44)(外国人客ら39人が死亡)では,初めてISIL名の犯行声明が発出されたが,その後,ISILによる大規模なテロは発生していない。他方,ISILの退潮が進む中で,逃亡者を含め,シリアからトルコに越境するISIL関係者が増加し,国内におけるISIL関連の摘発事案が増加したとされる(注45)

(オ) イラン

2017年6月,首都テヘランの国会事務所建物内及びイマーム・ホメイニ廟(びよう)周辺で,複数の武装集団による銃撃・自爆テロ(17人死亡,52人負傷)が発生し,ISIL名の犯行声明が発出された。治安当局は,同テロを受けて国内各地におけるテロ対策を一層強化し,ISIL関連のテロ関連事案の摘発が相次いだ。

(カ) シリア,イラク以外でISILの「州」を称する関連組織が設立

ISILが,2014年6月に「カリフ国家」である「イスラム国」の「建国」を表明して以降,シリア及びイラク以外の中東,北アフリカなどの各地では,既存のイスラム過激組織などが相次いで同組織への忠誠を表明し,中には,「イスラム国の領土」として複数の「州」を称する関連組織が設立される動きが見られた。2015年には,西アジアや西アフリカなどでも同様の動きが見られ,ISILは,シリアやイラク国外でその影響力を更に拡大させた。なお,2016年以降,新たな「州」の設立は発表されていない。

以下は,ISILの「州」を称する主な関連組織を取りまとめたものである。

<ISIL関連組織>

ISIL関連組織の図

〈主なISIL関連組織の現状〉

活動開始年月 名称 主な活動地 前身組織など 備考
 2014年 9月 「アルジェリア州」 アルジェリア 「イスラム・マグレブ諸国のアルカイダ」(AQIM)から分派 2014年9月,元AQIM幹部がISILに忠誠を表明し,新組織「アルジェリアのカリフ国家の戦士」を設立。「アルジェリア州」名で活動していたが,治安当局の取締りを受けて活動は低調
2014年11月 「シナイ州」 エジプト北東部・シナイ半島 「アンサール・バイト・アル・マクディス」(ABM) シナイ半島で治安機関などを標的とした襲撃を多発させているほか,首都カイロでもテロを実行。2015年10月のロシア旅客機墜落事件で犯行声明を発出。エジプト治安当局などに対するテロを活発に展開
2014年11月 「バルカ州」「トリポリ州」「フェザーン州」 リビア 「イスラム青年のシューラ評議会」ほか 「バルカ州」の前身組織は,「イスラム青年のシューラ評議会」。「トリポリ州」及び「フェザーン州」の前身組織については不明。また,「フェザーン州」については,特段の活動は確認されず。2017年に入り,活動を再開
 2015年 1月 「ホラサン州」 アフガニスタン 「パキスタン・タリバン運動」(TTP)から分派 2015年1月までに,TTP元幹部らが同組織からの離脱とISILへの忠誠を表明。治安当局などに対するテロを活発に展開
 2015年 3月 「西アフリカ州」 ナイジェリア 「ボコ・ハラム」 2015年3月,かつて「アルカイダ」(特に,AQIM)と関係が深いとみられていた「ボコ・ハラム」がISILへの忠誠を表明し,「西アフリカ州」と改称。治安当局などに対するテロを継続
 2015年 3月 「サヌア州」 イエメン 不明 2015年3月,イエメン首都サヌアのモスクで発生した自爆テロについて,犯行声明を発出。現在,同「州」名での活動は見られず
 2015年 5月 「アル・バイダ州」 イエメン 不明 2015年5月,イエメン南部・アル・バイダ州ラダアのシーア派系武装勢力「フーシー派」検問所を攻撃した旨の犯行声明を発出。「フーシー派」に対する攻撃を継続
 2015年 5月 「ナジュド州」 サウジアラビア 不明 2015年5月,サウジアラビア東部・カティーフのモスクで発生した自爆テロについて犯行声明を発出。現在,同「州」名での活動は見られず
 2015年 6月 「コーカサス州」 ロシア南部・北コーカサス地方 「コーカサス首長国」から分派 2015年6月までに,「コーカサス首長国」元幹部の多くがISILへの忠誠を表明する中,ISILも同月の声明の中で,「コーカサス州」の設置を表明。北コーカサス地方の治安当局などに対するテロを維持
 2015年 8月 「アル・ヒ ジャーズ州」 サウジアラビア 不明 2015年8月,サウジアラビア南部・アブハの治安機関施設内にあるモスクで発生した自爆テロについて,犯行声明を発出。現在,同「州」名での活動は見られず
 2015年 9月 「アデン・アブヤン州」 イエメン 不明 2015年9月,「フーシー派」を攻撃した旨の犯行声明を発出。イエメン治安部隊などに対するテロを実行するなど,活動を維持
2015年10月 「バーレーン州」 サウジアラビア 不明 2015年10月,サウジアラビア東部・カティーフのモスク付近で発生した銃撃テロについて,犯行声明を発出。現在,同「州」名での活動は見られず

 

こうした「州」を称する関連組織には,ISILが定めた手続(注46)に沿って設立されたとみられるものがある一方で,組織実態や設立過程が明らかになっておらず,テロ事件の犯行声明において初めて組織名が確認されたものなども存在している。また,関連組織の存在が確認されていない国で発生したテロ事件について,ISILを名のる犯行声明が発出される事案も確認されている(注47) 。このほか,ISIL側から「州」として認定されていないものの,ISILへの忠誠や支持を表明した主な組織又は個人としては以下のものがある。

a 東南アジア

(a) 「アブ・サヤフ・グループ」(ASG)幹部(フィリピン)

2014年7月,ASG幹部イスニロン・ハピロン(注48)がISILへの忠誠を表明した。

(b) 「ジャマー・アンシャルット・タウヒッド」(JAT)(インドネシア)

2014年7月,JATの設立者であるアブ・バカル・バシールが刑務所内で仲間と共に,ISILへの忠誠を誓うことを表明し,JATメンバーにもこれに従うように命じた。

(c) 「バンサモロ・イスラム自由戦士」(BIFF)(フィリピン)

2014年8月にISILへの忠誠を表明した。これについて,BIFF報道担当アブ・ミスリ・ママは,政治部門副議長シェイク・イスマエル・アブバカルがISIL最高指導者バグダディとの間で,勢力の合流について合意したと述べた。

(d) 「マウテ・グループ」(フィリピン)

「マウテ・グループ」指導者オマル・マウテ及びアブドゥッラー・マウテの兄弟が,2015年又は2016年にISILに忠誠を誓ったとされる。

b アフリカ

(a) 「アル・シャバーブ」幹部(ソマリア)

2015年3月,「アル・シャバーブ」の宗教的指導者とされるシェイク・ハッサン・フセイン・アブ・アルマンがISIL支持の発言を行ったほか,同年10月,同組織幹部でプントランドを拠点とする精神的指導者とされるアブドゥル・カディル・ムミンがISILへの忠誠を表明し,「アル・シャバーブ」から離脱した。

(b) 「アル・ムラービトゥーン」幹部(マリなど)

2015年5月,「アル・ムラービトゥーン」幹部のアドナン・アブ・アル・ワリド・サハラウィが,同組織指導者を名のり,ISILへの忠誠を表明した。ただし,同組織設立者のモフタル・ベルモフタルは,サハラウィによるISILへの忠誠表明は同組織を代表するものではなく,同組織は従前どおり,「アルカイダ」最高指導者ザワヒリに忠誠を誓う旨表明した。

(c) 「イスラム・マグレブ諸国のアルカイダ」(AQIM)傘下組織(マリなど)

2015年7月,AQIM傘下組織のうち,「アル・グラバー旅団」が,また,同年9月には「アル・アンサール旅団」の一部勢力及び「ジャマーアト・ハマート・ダウワ・サラフィーヤ」が,それぞれISILに忠誠を表明した。

イ 他勢力との連携

ISILは,政府軍,シーア派,クルド人勢力などとの戦闘では,他のスンニ派勢力と一時的に連携することもあるが,基本的には,他勢力との間で,権力を共有するといった対等な関係を結ぶことはないとされる。 ISILは,2014年6月,カリフ制の施行などを発表したが,その際,同組織の活動地域では,政府に限らず,他のいかなる組織の正当性も認めない姿勢を示した。

(ア) 「アルカイダ」

「ジャマート・アル・タウヒード・ワル・ジハード」(JTJ)最高指導者であったザルカウィは,2004年10月,オサマ・ビン・ラディンに忠誠を誓う声明を発出した。これを受け,オサマ・ビン・ラディンは同年12月,ザルカウィに対し,「二つの河の地におけるアルカイダの指導者」との称号を授けた。この結果,JTJは「イラクのアルカイダ」(AQI)などと称されるとともに,イラクにおける「アルカイダ」関連組織として認識されるようになったほか,ザルカウィ自身も「アルカイダ」幹部として知られるようになった。

「アルカイダ」のザワヒリは,2005年7月,ザルカウィに宛てた書簡の中で,①イラクから米国人を排除し,②イスラム国家を樹立し,③イラク近隣の世俗国家に紛争を拡大し,④イスラエルと戦う-という4段階の「ジハード」戦略を示した。また,ザワヒリは,2006年6月,AQI(当時)最高指導者ザルカウィが米軍の空爆で死亡した後,同人の「殉教」を称賛し,復讐(しゆう)を宣言する声明を発出したほか,同年12月には,ISIの「建国」宣言を支持する姿勢を示した。

しかし,AQI(ISI)は,常に「アルカイダ」指導部の意に従って活動してきたわけではなく,シーア派住民や他のスンニ派組織などに対する攻撃をやめるように求めた同指導部の助言を度々無視していたとされる(注49)

ISI(当時)最高指導者バグダディは,2011年5月,オサマ・ビン・ラディンの死に哀悼の意を表するとともに,「アルカイダ」との連帯を表明し(注50),同年8月には,同人殺害に対する報復を行う旨宣言した。しかし,ISIは,「アルカイダ」の後継指導者となったザワヒリに対しては,祝福は表明したものの,同人への忠誠を示す声明は発出しなかった。一方,ザワヒリは,2012年9月に発出した声明において,ISIを「アルカイダ」の「支部」組織として名指しした。

ISIが2013年4月,「ヌスラ戦線」(当時)との統合などを宣言した際,ザワヒリは,同年5月の書簡を通じて,これら宣言の撤回を求め,それぞれ,ISIの活動をイラクに,「ヌスラ戦線」の活動をシリアに限定する「裁定」を両組織指導者に発したとされ,「ヌスラ戦線」を事実上シリアにおける「アルカイダ」支部として認めた。これに対して,ISILは,その後の声明で,ザワヒリの「裁定」を「罪悪」などと非難し,同「裁定」に従わない意向を表明した。

2014年1月以降,ISILは,シリアにおいて,「ヌスラ戦線」や他の反体制派勢力と本格的に衝突した。ザワヒリは,同衝突の停止を呼び掛けたが,ISILはこれに応じる姿勢を見せず,「アルカイダ」は同年2月,「『アルカイダ』総司令部」名の声明で,ISILとの事実上の関係断絶を表明した。ザワヒリは,その後も,ISILに対してシリアからの撤退などを呼び掛けたが(注51),ISILは,同年4月及び5月に発出した声明を通じて,「アルカイダ」指導部を非難するとともに,もはや「アルカイダ」の支部ではないなどと主張した(注52)

2015年に入っても,ISILは,シリアで,「ヌスラ戦線」などとの戦闘を継続した。こうした中,ザワヒリは,同年9月に発出した二つの声明で,バグダディのカリフとしての正統性を明確に否定する一方で,シリア及びイラクの「全ての戦闘員」に対し,「十字軍」との戦いを優先し,「協力し,互いに調整」するよう呼び掛けた(注53)

その後も,ザワヒリは,ISILに対し,「ムジャヒディンの結束を妨げている」などと繰り返し批判を強めたが,ISILは,シリアで「ヌスラ戦線」や他の反体制派勢力との戦闘を継続し,「アルカイダ」の活動が各地で「失敗した」と主張するなどし(注54) ,2017年に入ってもこうした対立姿勢を継続した。

(イ) 「ヌスラ戦線」(現「タハリール・アル・シャーム機構」〈HTS〉)

ISI(当時)は,2011年3月にシリアで反政府運動が発生した後,同国における関連組織として,アブ・ムハンマド・アル・ゴラニを指導者とする「ヌスラ戦線」(当時)の結成を支援したとされる。

ISIは,「ヌスラ戦線」との関係を秘匿してきたが,2013年4月,「ヌスラ戦線」との統合などを宣言した際,バグダディは,「ヌスラ戦線」がISIの支援を受けて結成された組織であるなどと両組織の関係について述べた(注55)

これに対して,ゴラニは,自組織の結成におけるISIの役割は認めつつも,今後も独立した形態を維持するとしてISIとの統合を拒否し,「アルカイダ」最高指導者ザワヒリへの忠誠を表明した。また,ザワヒリも,ゴラニとバグダディ両者に宛てた同年5月の書簡(前述)において,バグダディに前記宣言の撤回を求め,それぞれ,ISILの活動をイラクに,「ヌスラ戦線」の活動をシリアに限定する「裁定」を発し,「ヌスラ戦線」を事実上シリアにおける「アルカイダ」支部として認めたとされる。しかし,ISILは,その後の声明で,同「裁定」に従わない意向を表明し,両組織の関係は悪化していった(注56)

ISILが2014年1月以降,シリアの反体制派勢力と本格的に衝突したのに対し,「ヌスラ戦線」は,当初,ISILと他勢力の双方に向けて衝突の停止を呼び掛けた(注57)。ゴラニは,同年2月に発出した声明で,ISILが停戦のための仲裁などを受け入れない限り,同組織をシリア及びイラク両国から排除すると警告した(注58)。これに対して,ISILは,同年3月の声明で,「『ヌスラ』は,裏切りと反逆の作戦を開始した」などと同警告に応じない姿勢を示したほか,同年5月の声明では,ゴラニを「卑劣な裏切り者」などと批判した。

両組織は,シリア東部・デリゾール県などで戦闘を交え,同年1月から7月までの間に,双方の戦闘員数千人が死亡したとされる。ISILは,特に,同年6月以降,「ヌスラ戦線」が有していた支配地の多くを奪取したとされる。

ISILは,同年6月,カリフ制の施行などを宣言したが,これに対して,「ヌスラ戦線」側は,同宣言を非難する声明を発出するとともに,同年8月,声明を通じて,「我々とState(ISIL)は,行動や実践面で異なるだけでなく,教義においても異なる」などと主張した。

2015年に入っても,両組織は,シリア北部・アレッポ県などで戦闘を継続したほか, 2016年には,レバノンとの国境付近のシリア南西部・カラムーン地域やヨルダンとの国境付近の南部・ダルアー県などでも戦闘を交えた。こうした中で,「ヌスラ戦線」は,ISILが主要な脅威であるとするとともに(注59),ISILとのイデオロギーの明確な相違を主張した(注60)

2017年に入り,2016年7月から「ファテフ・アル・シャーム戦線」(JFS)を名のっていた「ヌスラ戦線」が,複数の反体制派勢力と共にHTSを結成して自組織を発展的に解消した後も対立は続き,ISILは,機関誌「ルーミヤ」第8号(4月)で,HTS軍事総司令官であったゴラニを「裏切り者である」と名指しで批判したほか,12月には,シリア北西部・イドリブ県などでHTSから支配地を奪取するなどした。

(ウ) イラク国内勢力

ISILは,2014年1月以降,イラクでの攻勢において,他のスンニ派過激組織に加え,シーア派主導であるとしてイラク中央政府に不満を抱くスンニ派部族民兵や旧「イラク・バアス党」関係者,旧フセイン政権時代の軍関係者などから成る武装組織とも連携してきたとされる。これら組織は,治安部隊が撤退した北部や西部において,ISILに協力する形で支配地の維持や防御に当たってきたが,その多くは,世俗的な性質が強く,政府の打倒という点ではISILと利害が一致する一方,カリフ国家の樹立などを活動目標とするISILと究極的には相容れないとされる。

a 「ナクシュバンディア教団信者軍」(JRTN)

「ナクシュバンディア教団信者軍」(JRTN)は,2006年12月,旧「イラク・バアス党」関係者や旧フセイン政権時代の軍関係者などを主体とし,同「党」体制の復活やスンニ派の保護などをその活動目標に掲げて結成されたスンニ派武装組織である。JRTNは,民間人を無差別に殺害するISILとは一線を画す姿勢を示してきたが,ISILが2014年1月にイラクで攻勢に出て以降は,ISILとも連携し,治安部隊などに対する攻撃を活発化させたとされる。 JRTNの実質的な指導者イザト・イブラヒム・アル・ドゥーリとされる人物は,同年7月,ISILをたたえる声明を発出し,「誇りと感謝,愛を込めて彼らに特別な敬礼をする」などと語った。他方で,JRTNは,世俗的な性質が強く,民族主義などを思想上の基盤とするため,究極的には,ISILとは相容れないとされ,同年6月以降,イラク北部などでは,ISILとの間で散発的な衝突が発生したとされるほか,ドゥーリとされる人物は,2015年5月の声明で,「これ以上,彼ら(ISIL)と関係が深くなることはない」などと述べた。

b 「イラク革命者総軍事評議会」(GMCIR)

「イラク革命者総軍事評議会」(GMCIR)は,スンニ派部族民兵などの連合体で,旧「イラク・バアス党」関係者や旧フセイン政権時代の軍関係者などが主導しているとされる。シーア派主導であるとしてイラク中央政府の打倒や同国に対するイランの影響力の排除などを活動目標に掲げているとされ,2013年夏頃に存在が明らかとなった。 ISILが2014年1月にイラクで攻勢に出て以降は,ISILと連携し,治安部隊などに対する攻撃を活発化させたとされる。他方で,GMCIRは,世俗的な性質が強く,民族主義などを思想上の基盤とするため,究極的には,ISILとは相容れないとされ,支配地の統治方針などをめぐって意見の相違も生じているとされる。

c 「アンサール・アル・イスラム」(AI)

スンニ派過激組織「アンサール・アル・イスラム」(AI)は,シーア派住民に対する無差別テロを繰り返すISILとの思想上の違いなどから,ISILとの連携を拒否する姿勢を示してきたとされる。AIは,ISILとの間で小規模な衝突を繰り返しており,AI指導者は,「アルカイダ」最高指導者ザワヒリに対し,ISILとの衝突の仲裁を求めていたとされる。その一方で,AIは,ISILが2014年1月にイラクで攻勢に出て以降は,同攻勢に呼応する形で,治安部隊に対する攻撃を実行したとされる。

(エ) シリア国内勢力

ISILは,2013年にシリアへ活動を拡大させた後,当初は反体制派勢力と連携してきたとされる。その一方で,ISILは,①他勢力に対してもISIL最高指導者への忠誠を強要し,これに従わない組織を「背教者」などと称して攻撃対象としてきたこと,②他勢力から支配地や武器などの奪取を試みてきたこと,③支配地で独自の極端な解釈によるシャリーアの施行を進めてきたこと-などから,次第に,これら勢力や地元民からの反発を招くようになったとされる。

a 「アハラール・アル・シャーム・イスラム運動」

「アハラール・アル・シャーム・イスラム運動」は,2012年1月に結成されたイスラム主義武装組織であり, 2013年6月頃には,ISILを含む他組織と共同で,シリア北部・アレッポの反体制派の支配地の運営に当たっていたとされる。 2014年に入ると,同「運動」は,ISILとの関係が悪化したことから,ISILと本格的に衝突した。

同「運動」の幹部であったアブ・ハレド・アル・スーリ(2014年2月死亡)は,「シリアにおける『アルカイダ』の代理人」とも称され,2013年には,「アルカイダ」最高指導者ザワヒリから,関係が悪化していったとされるISILと「ヌスラ戦線」の両指導者の仲裁役に任じられていたとされる。

b 「ジャイシュ・アル・ムハジリーン・ワル・アンサール」(JMA)

「ジャイシュ・アル・ムハジリーン・ワル・アンサール」(JMA)は,2012年半ばの結成以降,ISI(当時)とも共闘関係にあったとされる。JMAの設立者であったオマル・シシャニは,2013年半ば,ISIL最高指導者バグダディに忠誠を誓い,事実上,JMAを離れる形でISILに合流し,ISILの司令官に就任したとされる。一方,JMA戦闘員の多くは,バグダディに忠誠を誓うことを拒否し,JMAに残留したとされる。

JMAは,当初,ISILと「ヌスラ戦線」との対立には中立な立場であったとされ,指導者サラーハッディーン・アル・シシャニ(当時)は,両組織の争いの仲裁を行ったとされる。その後,JMAは,ISILによる忠誠の強要を拒否する中でISILと距離を置くようになり,「ヌスラ戦線」との連携を緊密にしていったとされる。

c 「ジュンド・アル・アクサ」

「ジュンド・アル・アクサ」は,オサマ・ビン・ラディンや「アルカイダ」最高指導者ザワヒリと近い関係にあったとされるシェイク・アブドゥル・アジズ・アル・カタリが,「ヌスラ戦線」から離脱して設立した組織とされ,従来から「ヌスラ戦線」と連携してきたとされる。「ジュンド・アル・アクサ」は,「ヌスラ戦線」らと共に連合体「ジャイシュ・アル・ファテフ」(征服軍の意,2015年3月結成)に加盟していたものの,2015年10月に発出した声明において,ISILの方針を受け入れず,正統な「カリフ国家」と認めない旨断言する一方で,ISILとの戦闘は望まない旨表明し,「ジャイシュ・アル・ファテフ」から離脱した。

こうした中,「ジュンド・アル・アクサ」は,2016年10月,「アハラール・アル・シャーム・イスラム運動」から,ISILと協力関係にある旨指摘され,同「運動」と対立した。同月,「ジュンド・アル・アクサ」は,「ヌスラ戦線」の改名組織「ファテフ・アル・シャーム戦線」(JFS)に忠誠を表明し,JFSに合流したものの,旧「ジュンド・アル・アクサ」勢力の一部は,その後もISILとの協力関係を維持したとされる(注61)

ウ 資金獲得活動

ISILは,従来,その活動資金の多くをイラク国内での恐喝や密輸などの犯罪活動から入手し,海外からの献金に頼らない態勢を作り上げてきたが(注62),シリアやイラクで事実上の支配地を獲得した後は,石油などの経済資源の収奪・密売や地元住民などに対する「課税」などでも資金を入手したとされる(注63)。2015年以降,支配地が縮小するにつれて収入も減少し(注64),2017年4~6月の月間平均収入は約1,600万米ドルとなり,2015年の同時期に比して80%以上減少したとされる(注65)

(ア) 経済資源の収奪・密売など

ISILは,過去,イラクにおいて,石油業者に対する恐喝などで国内供給用の燃料などの一部を入手しており,それらを周辺国で密売するなどして利益を得ていたとされる。同組織は,シリアやイラクで支配地を獲得した後,両国で複数の油田地帯などを占拠し,同地帯で産出される原油などを密売して利益を得たとされるが(注66),2015年には,米軍などによる石油関連施設への空爆などの影響から,イラクの石油地帯のほとんどを喪失し(注67), 2017年には,シリア東部の油田地帯も失った。このほか,同組織は,支配地で,銀行から金銭などを略奪したとされるほか(注68),遺跡などからの古美術品の略奪・密輸に関与するなどして資金を入手したとされる(注69) (注70)

(イ) 恐喝,「課税」など

ISILは,イラクで,企業や商店などに対する恐喝を通じて資金を入手してきたほか(注71),シリアやイラクで事実上の支配地を獲得した後は,地元住民などを対象とした「課税」によっても資金を入手しているとされる。その形態には,①地元住民への直接「課税」(キリスト教徒など非イスラム教徒に対する「人頭税」)(注72),②商業活動に対する「課税」(注73),③現地で活動する人道支援団体に対する「課税」,④「通行料」の徴収(注74)-などが挙げられる。このほか,支配地で行われる密輸活動を黙認する見返りに,密輸業者から利益の一部を徴収するなどして資金を入手したとされる。

(ウ) 資金提供

ISILは,AQIと称していた頃,「アルカイダ」の資金ネットワークや中東地域における海外支援者などから送られる資金提供に依存していたが,その後,支配地を確保・拡大していくにつれて,「課税」や石油関連収入への依存を高め,海外支援者からの資金提供への依存度は低下していったとされる。ただし,同組織によるシリアへの活動拡大や中東地域での宗派間の緊張の高まりを背景に,海外支援者からの資金提供自体は増加したとの指摘もなされており,表向き,慈善活動資金や難民支援活動資金などを装う形で収集・送金されたとされる(注75)

(エ) その他

ISILは,身代金目的の誘拐(注76)や人身売買,強盗,偽造品の密売など犯罪活動によっても資金を得てきており,特に,シリアへの活動拡大後は,同国において,対立する反体制派勢力の関係者やその家族を身代金目的で誘拐したとされる。他方,ISILは,自己鋳造通貨「ディナール」と他通貨との交換を強要し,市中からの資金の吸い上げも図った。

エ リクルート活動

ISILは,イラク国内で,刑務所を襲撃して元戦闘員を奪還してきたほか,シーア派主導としてイラク中央政府に不満を抱くスンニ派から戦闘員を募集し,さらに,シリアへの活動拡大後は,資金力を背景に,反体制派勢力に比して高額な報酬を支払うなどして,同国人や同国に流入してきた外国人を戦闘員として吸収してきたとされる(注77)(注78)

シリアには,反政府運動発生後,反体制派勢力への参加を目的に多数の外国人が流入しており(注79),ISILは,これら外国人を積極的に吸収し,特に,2014年6月にカリフ制の施行などを宣言して以降,FTFの同組織への参加が一層加速したとされる。他方,2015年以降は,国境管理の厳格化などによって,シリアに流入するFTFの数が大幅に減少したとされるほか(注80) ,支配地の縮小に伴う財政状況の悪化から,戦闘員に支払う報酬も減少したとされ(注81) ,2017年11月には,FTFの流入はほぼ停止したとされる(注82)

このほか,ISILは,従来から,支配地において宗教学校を立ち上げ,レクリエーション活動を主催するなどして,若年層への影響力の浸透も図ってきたとされる。また,同組織は,シリア及びイラクでの劣勢が強まる中,多くの若年層を兵士として採用し(注83) ,これら「少年兵」が「スパイ」を処刑する動画を度々インターネット上に配信するなどして宣伝活動に利用してきたほか,自爆テロ要員としても活用してきたとされる(注84)

2017年に入り,ISILの軍事的劣勢が強まり,人的損失が増大する中,同組織は,女性などの非戦闘員に対しても戦列に加わるよう求めた。

オ 支配地における活動

ISILは,シリアやイラクの支配地(注85)で,地元行政機関の要職に戦闘員を配置し,地元部族指導者に対して影響力を行使するなどして統治を行ってきたほか,道路,電気,郵便,ダム,路線バスなどのインフラ機能の運営にも関与してきたとされる。また,主に都市部などでは,独自の司法,警察機関(注86)を設け,シャリーアの施行を行い,これに背いたとされる者に対しては,裁判を実施し,処刑(注87)などによる処罰を行ってきたとされる(注88)(注89)。同組織は,イラク北部・モスルでは,2014年6月,市民に向けて,「市憲章」と称する独自の規則などを発表(注90)したほか,シリア北部・ラッカなどでは,独自に制定した教育カリキュラムに基づいた授業を行うよう教育機関に要求したとされる。このほか,同組織は,抵抗する可能性があるとみなした地元有力者などを殺害してきたほか,独自の検閲組織を立ち上げて,地元報道機関に対する検閲を課してきたとされる。

また,軍事的劣勢が強まって以降は,支配地の住民や戦闘員に対し,移動やインターネットの利用に関する制限を強めるなど,統制を強化してきたとされる。

ISILは,イスラム教スンニ派以外の住民に対して,改宗や「人頭税」の支払などを強要し,これに従わない者を殺害し,又は追放する一方で,追放された者の資産をスンニ派住民に分配するなどして支持獲得も図ってきたとされる。また,同組織は,少数派宗教であるヤジディ教に属するクルド系住民の男性多数を殺害したほか(注91) ,女性や児童を拘束し,「戦利品」などと称して人身売買の対象としたり,戦闘員との性行為を強要してきたとされる(注92)(注93)

このほか,ISILは,宗教,宗派にかかわらず,偶像崇拝の対象になっているとみなす寺院,霊廟(びよう),古代文化財などを破壊してきた。

カ 訓練活動

ISILは,シリア及びイラク両国内の支配地に,それぞれ独自の訓練施設を有しているとされる(注94)。これまでに,ビデオ声明を通じて,シリア首都ダマスカス郊外にある「ザルカウィ・キャンプ」と称する訓練施設のほか,イラク北部・ニナワ県や同国西部・アンバール県などの訓練施設を公開してきた(注95)。このほか,ISILは,少年を対象とした複数の訓練施設を運営しているとされ(注96) ,同施設では,少年らが,火器類を用いた訓練を受けているほか,シャリーアを学んでいるとされる。

ISILは,これら施設において,高度な戦闘訓練や思想的な教化を行ってきたとされるものの(注97)(注98), 2015年以降,相次いで支配地を失う中,こうした訓練施設の数も減少しているとみられる。

キ 武器,弾薬の獲得

イラクでは,2003年のイラク戦争開始以降,また,シリアでは,2011年の反政府運動発生以降,いずれも,軍事物資への「需要」が増加し,インフォーマル経済を通じた武器の密輸が横行した結果,武器や弾薬が氾濫してきたとされる。

ISILは,こうした状況を背景に,①密輸ネットワークなどを通じた購入,②密輸ネットワークを独自に運営しての入手,③他の武装組織からの購入又は略奪,④軍,治安部隊などからの略奪-などの手段で武器や弾薬を入手してきたとされる。特に,同組織は,2014年6月のイラク北部での攻勢以降,占拠した軍施設などにおいて,米軍からイラクに提供されていた軍用車両などを含む大量の軍事物資を略奪した。国連安保理は,同年11月,同組織が,通常の軍隊とも十分に対抗できる程度の武器や弾薬を保有している旨指摘した(注99)

他方,ISILの使用する武器や弾薬の90%近くは,ワルシャワ条約機構(1991年解散)に加盟していた国が製造したものであったとされ,中国製43.5%,ルーマニア製12.1%,ロシア製9.6%などとされる(注100)

ク 生物化学兵器などをめぐる動向

ISILは,これまで,生物化学兵器の製造・入手も企図してきたとされる。

イラク駐留米軍は,2004年11月,アンバール県ファルージャで,JTJが有していたとみられる生物化学兵器の製造施設を発見した。同施設では,インターネットからダウンロードしたとみられる化学兵器の製造解説や炭疽(そ)菌や血液病原体などについて書かれたノートが発見された。また,ISI(当時)幹部アブ・アイユーブ・アル・マスリは,2007年2月に発出した声明で,化学者に向けて,細菌を用いた実験を呼び掛けたとされるほか,同組織は,同年,塩素ガスを用いた爆弾の実験を行ったとされる。

イラク国防省は,2013年6月,同国内3か所の施設でサリン・ガスやマスタード・ガスの製造を行っていたとされるISILの細胞組織(5人)を摘発したと発表した。同省報道官によると,逮捕された5人は,イラク国内で,シーア派の祭礼時に合わせて,同派住民を標的として,遠隔操作のラジコン飛行機による化学物質の散布などを企図していたとされる。

ISILは,2014年6月,バグダッド北方にある旧フセイン政権時代の化学兵器生産施設を占拠したが,同施設には,化学兵器製造用の原料が保管されていたとされる。ただし,同占拠を受けて記者会見を行った米国国務省は,施設内に残っている物質は全て古く,取扱いが困難であるため,同物質を基に化学兵器を製造することは不可能であると指摘した(注101)

他方,同年以降,ISILがシリアやイラクでの戦闘において,塩素ガスやマスタード・ガスなどの化学兵器を使用したとする指摘が複数なされている(注102) (注103) 。これら化学兵器を用いた攻撃の多くは,イラク北部・モスル周辺で実行されたとされる(注104)

年 月 日  主要テロ事件,主要動向
03. 3  アブ・ムサブ・アル・ザルカウィが「アル・タウヒード・ワル・ジハード」を率いてシリアからイラクに入国
03. 8. 7  イラク首都バグダッドで,在イラク・ヨルダン大使館を標的とした爆弾テロを実行し,19人が死亡
03. 8.19  バグダッドで,国連事務所を標的とした自爆テロを実行,国連事務総長特別代表を含む22人が死亡,邦人1人を含む100人以上が負傷
04. 3. 2  バグダッド及び南部・カルバラーで,シーア派の宗教行事を標的とした爆弾テロを実行し,計約140人が死亡,数百人が負傷
04. 7.20  イラク南部・サマワに派遣中の自衛隊を撤収させるよう要求する声明を発出
04.10.17  ザルカウィがオサマ・ビン・ラディンに忠誠を誓い,「ジャマート・アル・タウヒード・ワル・ジハード」から「イラクのアルカイダ聖戦機構」(「イラクのアルカイダ」〈AQI〉)に名称変更
04.10.26  イラクで邦人男性を誘拐した上で48時間以内に同国から自衛隊を撤収させるよう要求。同人は,同月30日にバグダッドにおいて遺体で発見
05. 8.19  イスラエル・アカバ湾で,米国艦船に向けてロケット弾を発射
05.11. 9  ヨルダン首都アンマンのホテル3か所で,連続爆弾テロを実行し,60人が死亡,100人以上が負傷(ヨルダン史上最大のテロ事件)
06. 1.15  スンニ派連合組織「ムジャヒディン諮問評議会」(MSC)の設立を宣言
06. 6. 7  米軍の空爆でザルカウィがイラクで死亡
06. 6. 8  ザルカウィの後継者としてアブ・アイユーブ・アル・マスリが就任
06.10.15  「イラク・イスラム国」(ISI)の「建国」を宣言し,最高指導者にアブ・ウマル・アル・バグダディが就任
07. 2. 3  バグダディがイラク駐留米軍の掃討作戦に対抗するテロ攻撃の実施を表明
08. 3.27  イラク北部・タル・アファルで,自動車爆弾を用いた爆弾テロを実行し,152人が死亡,約150人が負傷
08. 8.14  イラク北部・モスル近郊で,自動車爆弾を用いた連続自爆テロを実行し,少なくとも400人が死亡,約1,500人が負傷
09. 8.19  バグダッド中心部で,外務省や財務省などの政府施設を標的とした連続自爆テロを実行し,95人が死亡,約600人が負傷
09.10.25  バグダッド中心部で,司法省や県知事事務所などの政府施設を標的とした連続爆弾テロを実行し,少なくとも140人が死亡,約700人が負傷
09.12. 8  バグダッド中心部で,財務省や内務省などの政府施設を標的とした連続爆弾テロを実行し,127人が死亡,約450人が負傷
10. 4. 4  バグダッド中心部で,エジプト,ドイツ,スペイン及びシリアの各大使館を標的とした連続爆弾テロを実行し,30人が死亡,約220人が負傷
10. 4.18  イラク駐留米軍及びイラク軍による合同作戦でアブ・ウマル・アル・バグダディ及びマスリが死亡 
10. 5.15  ISI最高指導者にアブ・バクル・アル・バグダディが就任
10.11. 2  バグダッドのシーア派住民地区で,連続爆弾・襲撃テロを実行し,約90人が死亡,約200人が負傷
11. 1.18  イラク北部・ティクリートで,警察官募集事務所に集まった志願者を標的とした自爆テロを実行し,少なくとも60人が死亡,約100人が負傷
11.11.28  バグダッドなどで,刑務所などを標的とした連続爆弾テロを実行し,少なくとも24人が死亡,約30人が負傷
11.12.18  イラク駐留米軍の撤退完了
11.12.22  バグダッドのシーア派住民地区などで,連続爆弾テロを実行し,約60人が死亡
12. 3.20  バグダッド,カルバラーなどで,治安機関施設などを標的とした連続爆弾テロを実行し,約50人が死亡,約250人が負傷
12. 4.19  バグダッド,北部・キルクークなどで,治安機関施設などを標的とした連続爆弾テロを実行し,約40人が死亡,約150人が負傷 
12. 6.13  バグダッド,中部・ヒッラなどで,シーア派の巡礼者などを標的とした連続爆弾・襲撃テロを実行し,少なくとも59人が死亡,約200人が負傷
12. 7.23  バグダッドなどで,シーア派の巡礼者,イラク軍などを標的とした連続爆弾・襲撃テロを実行し,少なくとも107人が死亡,約270人が負傷
12. 9. 9  バグダッド,南東部・アマラなどで,シーア派の住民などを標的とした連続爆弾・襲撃テロを実行し,少なくとも100人が死亡,約360人が負傷  
12.12.16
 ~17
 バグダッド,キルクークなどで,治安機関施設などを標的とした連続爆弾テロを実行し,少なくとも67人が死亡
13. 4. 9  ISIから「イラク・レバントのイスラム国」(ISIL)への名称変更や「ヌスラ戦線」の統合,シリアへの活動拡大などを発表
13. 7.21  バグダッドで,二つの刑務所を襲撃し,看守など26人が死亡したほか,ISILメンバーを含む収監者少なくとも500人が脱走
13. 8.10  バグダッド,キルクークなどで,シーア派居住地区などを標的とした連続爆弾テロを実行し,少なくとも74人が死亡,数百人が負傷
13. 8.28  バグダッドのシーア派居住地区などで,連続爆弾テロを実行し,少なくとも82人が死亡,180人以上が負傷
13. 9.30  バグダッドのシーア派居住地区などで,連続爆弾テロを実行し,少なくとも55人が死亡,120人以上が負傷
14. 1  イラクで,他のスンニ派武装勢力と共に,制・アンバール県ファルージャなどを占拠。その後,同年4月までに同県の広域を占拠。シリアでは,他の反体制派組織との衝突が本格化
14. 6  イラク北部で,他のスンニ派武装勢力と共に攻勢を開始。モスルを含む北部の広域を占拠。この際,在モスル・トルコ総領事を含む同国総領事館員らを拘束(同年9月20日に全員解放)
14. 6.29  ISILから「イスラム国」への名称変更や,カリフ制の施行,バグダディのカリフ就任などを宣言
14. 8  イラク北部のクルディスタン地域政府(KRG)管轄地域に侵攻を開始
14. 8. 5  他のシリア反体制派勢力と共に,レバノン領内に侵入し,治安部隊との戦闘の末,同国北東部の町アルサルを占拠(同月7日にはシリア領内に撤退)
14. 8.17  シリア北部・アレッポ付近で,邦人男性1人が(17日までに)ISILとみられる武装集団に拘束
14.10.13  イラク東部・ディヤーラ県で,クルド民兵組織を標的とした自爆テロを実行し,58人が死亡
14.10.14  バグダッドで,シーア派国会議員などを標的とした自爆テロを実行し,同議員を含む25人が死亡
15. 1  シリア北部のクルド人の町アイン・アル・アラブから撤退
15. 1.20  ISILに拘束されたとみられる邦人男性2人の動画がインターネット上で公開。同月24日,拘束されたとみられる邦人男性のうち1人が,2月1日には,残る1人が殺害されたとみられる動画が,それぞれインターネット上で公開
15. 3  ティクリートから撤退
15. 3.20  シリア北東部・ハサカ県都ハサカで,クルド系住民の祭事を標的としたISIL戦闘員によるとされる自爆テロなどが発生し,49人が死亡
15. 4. 8  アンバール県で,スンニ派部族民ら約300人を殺害
15. 5  アンバール県都ラマディの主要部を占拠
15. 5  シリア中部・ホムス県の要衝パルミラを占拠。その後,世界遺産であるパルミラ遺跡の一部を破壊
15. 7.17  ディヤーラ県で,シーア派住民を標的とした自爆テロを実行し,約130人が死亡
15. 7.27  モスルで,ISILに反発する市民ら少なくとも120人を殺害
15. 8.13  バグダッドで,シーア派住民を標的とした爆弾テロを実行し,少なくとも76人が死亡
15.12  ラマディの主要部から撤退
15.12.10  ハサカ県で,クルド系住民を標的とした爆弾テロを実行し,少なくとも50人が死亡
16. 1.31  シリア首都ダマスカス郊外のシーア派霊廟(びよう)付近で,自爆テロなどを実行し,少なくとも70人が死亡
16. 2.21  ダマスカス郊外のシーア派霊廟(びよう)付近や中部・ホムス県で,自爆テロなどを実行し,計200人近くが死亡
16. 2.28  バグダッドで,シーア派住民を標的とした自爆テロを実行し,少なくとも78人が死亡
16. 3.25  イラク中部・バービル県イスカンダリヤで,サッカーの試合を標的とした自爆テロを実行し,少なくとも29人が死亡
16. 3  パルミラから撤退
16. 5.11  バグダッドで,シーア派住民などを標的とした複数の自爆テロなどを実行し,計100人近くが死亡
16. 5.23  シリア北西部・ラタキア県で,アラウィー派住民を標的とした複数の自爆テロなどが発生し,計150人近くが死亡
16. 6  ファルージャから撤退
16. 7. 3  バグダッドで,シーア派住民を標的とした自爆テロを実行し,323人以上が死亡
16. 7.27  シリア北東部・カミシュリで,クルド人住民を標的とした自爆テロを実行し,少なくとも44人が死亡
16. 8  シリア北部・マンビジから撤退
16. 8.14  シリア北西部・イドリブ県で,反体制派勢力の戦闘員を標的とした自爆テロを実行し,少なくとも32人が死亡
16. 8.30  米軍主導の有志連合によるシリアでの空爆で,報道担当アドナニが死亡
16.11.24  ヒッラ郊外で,シーア派巡礼者を標的とした自爆テロを実行し,約80人が死亡
16.12  パルミラを再占拠
17. 2.16  バグダッドで,自動車爆弾による爆弾テロが発生し,59人が死亡,66人が負傷
17. 3  パルミラから再撤退
17. 7.10  イラクのアバディ首相が,ISILによって2014年6月以降支配されていたモスルの解放を宣言
17. 9.14  イラク南部・ジーカール県都ナーシリーヤの飲食店及び検問所で,自爆及び銃撃によるテロが相次いで発生し,少なくとも84人が死亡,93人が負傷
17.10.20  クルド人勢力を中核とする「シリア民主軍」(SDF)が,シリア北部・ラッカの解放を宣言
17.11. 4  シリア東部・デリゾール県で,ユーフラテス川東岸に集まっていた避難民に対し,自動車爆弾による自爆攻撃を行い,100人が死亡,140人以上が負傷
17.11.17  イラク治安部隊及びシーア派主体の民兵組織によるアンバール県ラワの奪還を受け,同国における全ての支配都市・町を喪失
17.11.19  アサド政権軍によるデリゾール県アル・ブカマルの奪還を受け,同国における全ての支配都市・町を喪失

年 月 日  ISIL関連組織などによる主要テロ事件,主要動向
14. 9.21  アルジェリア北部・ティジ・ウズ県で,フランス人登山家が誘拐され,同月24日,殺害。同日,「アルジェリアのカリフ国家の戦士」が犯行声明を発出 
15. 3.18  チュニジア首都チュニスで,武装集団が国会議事堂近くにあるバルドー博物館を襲撃し,外国人21人を含む22人が死亡,44人が負傷(邦人3人死亡,3人負傷)。同月19日,ISIL名の犯行声明が発出
15. 3.20  イエメン首都サヌアで,モスク2か所を標的とした自爆テロがあり,140人以上が死亡。同日,「サヌア州」が犯行声明を発出
15. 5.22  サウジアラビア東部・東部州カティーフ県で,シーア派モスクを標的とした自爆テロがあり,20人以上が死亡,100人以上が負傷。同日,「ナジュド州」が犯行声明を発出
15. 6.26  チュニジア北部・スース県で,リゾート・ホテルへの襲撃があり,外国人38人が死亡。同日,ISIL名の犯行声明が発出
15.10. 3  バングラデシュ北西部・ロングプールで,邦人が襲撃され死亡。同日,ISIL名の犯行声明が発出
15.10.10  トルコ首都アンカラで,ISIL戦闘員によるとされる連続自爆テロが発生し,約100人が死亡
15.10.31  エジプト北東部・シナイ半島で,ロシア機が墜落し,乗客・乗員224人全員が死亡。同日及び11月4日,「シナイ州」が犯行声明を発出
15.11.12  レバノン首都ベイルート南郊で,シーア派住民などを標的とした自爆テロを実行し,少なくとも43人が死亡。ISIL名の犯行声明が発出
15.11.13  フランス首都パリ郊外の競技場や同中心部のレストラン,劇場などで,銃撃や自爆などによるテロが相次いで発生し,130人が死亡,約350人が負傷(「フランス・パリにおける連続テロ事案」)。翌日,ISIL名の犯行声明が発出
16. 1.13  アフガニスタン東部・ナンガルハール州都ジャララバードで,パキスタン領事館付近で自爆テロが発生した直後に武装した2人組が同領事館を襲撃し,アフガニスタン治安部隊隊員7人が死亡,パキスタン人外交官を含む11人が負傷。同日,「ホラサン州」が犯行声明を発出
16. 1.14  インドネシア首都ジャカルタのショッピングモール付近で,銃撃や自爆によるテロが発生し,4人が死亡,26人が負傷。同日,ISIL名の犯行声明が発出
16. 3.22  ベルギー首都ブリュッセルの空港及び地下鉄駅で,相次いで自爆テロが発生し,32人が死亡,邦人2人を含む340人が負傷(「ベルギー・ブリュッセルにおける連続テロ事案」)。同日,ISIL名の犯行声明が発出
16. 4. 9  フィリピン南部・バシラン島で,同国国軍部隊と「アブ・サヤフ・グループ」(ASG)の衝突が発生し,国軍兵士18人が死亡。13日,ISIL名の犯行声明が発出
16. 5.23  イエメン南部・アデンで,軍基地付近の新兵採用施設を標的とした自動車爆弾による自爆テロが発生し,34人が死亡。その後,軍基地でも爆発が発生し,7人が死亡。同日,「アデン・アブヤン州」が犯行声明を発出
16. 6.27  イエメン東部・ハドラマウト州ムカッラで,国軍を標的とした4件の爆弾テロが発生し,軍兵士ら43人が死亡。同日,「ハドラマウト州」が犯行声明を発出
16. 6.27  レバノン北部・アル・カーアで,相次いで自爆テロが発生し,5人が死亡,19人が負傷。ISILが関与したとの指摘
16. 6.28  トルコ西部・イスタンブールのアタチュルク国際空港で,銃撃及び自爆テロが発生し,47人が死亡,200人以上が負傷。ISILが関与したとの指摘
16. 6.28  マレーシア西部・セランゴール州プチョンで,飲食店を標的とした手りゅう弾による爆弾テロが発生し,8人が負傷。ISILが関与したとの指摘
16. 7. 1  バングラデシュ首都ダッカで,武装集団が主に外国人が利用するレストランを襲撃し,30人以上を人質に。翌2日,治安部隊が邦人1人を含む13人を救出したものの,邦人7人を含む20人以上が死亡。2日,ISIL名の犯行声明が発出
16. 7. 4  サウジアラビア西部・ジッダ,同マディーナ,東部・カティーフの3か所で,相次いで自爆テロが発生し,少なくとも4人が死亡,7人が負傷。ISILが関与したとの指摘
16. 7.23  アフガニスタン首都カブールで,抗議活動中のハザラ人に対する自爆テロが発生し,少なくとも80人が死亡,230人が負傷。同日,「ホラサン州」が犯行声明を発出
16. 8.27  フィリピン南部・ミンダナオ島マラウィで,武装集団が拘置所を襲撃し,拘留中の23人が脱走。29日,ISIL名の犯行声明が発出
16.10.24  パキスタン南西部・バルチスタン州都クエッタで,武装した3人が警察の訓練施設を襲撃し,63人が死亡,160人以上が負傷。翌25日,「ホラサン州」が犯行声明を発出。また,26日,「ラシュカレ・ジャンヴィ・アルアラミ」がISILと協力して襲撃を実行した旨主張
16.11.21  カブールのシーア派宗教施設で自爆テロが発生し,宗教行事「アルバイーン」に参集していた市民少なくとも32人が死亡,64人が負傷。同日,「ホラサン州」が犯行声明を発出
16.12. 5  リビアのISIL関連組織が占拠していたリビア中部・シルトが統一政府側によって制圧
16.12.11  エジプト首都カイロで,コプト教会を標的とした爆弾テロが発生し,25人が死亡,49人が負傷。13日,ISIL名の犯行声明が発出
16.12.18  ヨルダン南部・カラクで,巡回中の警察当局に対する銃撃が発生し,さらに,観光施設に立て籠もる事件が発生し,10人が死亡,34人が負傷。20日,ISIL名の犯行声明が発出
17. 4. 9  エジプト北部・タンタ及びアレクサンドリアのコプト教会で,爆弾が爆発し,少なくとも47人が死亡,130人以上が負傷。ISIL名の犯行声明が発出
17. 5.22  英国中部・マンチェスターのコンサート会場入口で,男が自爆し,22人が死亡,120人が負傷。ISIL名の犯行声明が発出
17. 5.23  フィリピン南部・ミンダナオ島マラウィで,ISIL支持武装勢力が市街地を占拠。以後,同国軍による戦闘作戦の終了(10月23日)までに武装勢力約920人,治安部隊165人,市民47人が死亡
17. 6. 7  イラン首都テヘランで,武装集団が国会事務所建物及びホメイニ霊廟を同時に襲撃し,17人が死亡,52人が負傷。ISIL名の犯行声明が発出
17. 8.17
 ~18
 スペイン北東部・バルセロナ中心部のランブラス通りで,通行人に車両が突入し,14人が死亡,130人以上が負傷。翌18日,同国北東部・カンブリスで,通行人に車両が突入し,1人が死亡,6人が負傷。翌19日,ISIL名の犯行声明が発出
17. 9.15  英国首都ロンドン南西部・パーソンズグリーン駅で,地下鉄車両内に置かれた爆発物が爆発し,30人が負傷。ISIL名の犯行声明が発出
17.10. 4  リビア西部・ミスラタ県都ミスラタで,3人組の武装集団が裁判所を襲撃した際に自爆するなどし,4人が死亡,40人以上が負傷。「トリポリ州」が犯行声明を発出
17.11. 5  アデン州で,武装集団が治安機関本部庁舎を襲撃し,人質を取って立て籠もるなどし,少なくとも35人が死亡。「アデン・アブヤン州」が犯行声明を発出

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