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ジャイシュ・アル・ムハジリーン・ワル・アンサール(JMA)
Jaysh al-Muhajireen wa’l-Ansar,Army of Migrants and Supporters

別称:
シャームの地におけるコーカサス首長国 Caucassus Emirate in Bilad al-Sham
アル・ムハジリーン旅団 Katibat al-Muhajireen

国連制裁対象(2015年8月6日)

主な活動地域

シリア

組織の概要

「ジャイシュ・アル・ムハジリーン・ワル・アンサール」(JMA)(注)は,2012年半ばに結成された武装組織であり,代々チェチェン人が主導してきたが,2015年8月頃に指導部が再編成され,現在の指導者は,アル・ムウタシム・ビッラー・アル・マダニなるサウジアラビア人とされる。勢力は1,000人以上(自称)とされ,戦闘員の中には,ロシア・北コーカサス地方を拠点とするイスラム武装組織「コーカサス首長国」のメンバー多数が加わっているとされる。結成後,シリア政府の打倒などを掲げ,政府軍などに対する攻撃を実行してきた。

設立者であるオマル・シシャニは,2013年半ば,「イラク・レバントのイスラム国」(ISIL)指導者アブ・バクル・アル・バグダディに忠誠を誓い,事実上,JMAを離れる形で,ISILに合流し,同組織の司令官に就任したとされる。その際,JMA戦闘員の多くは,既に「コーカサス首長国」指導者ドク・ウマロフ(当時)に忠誠を誓っていたことなどから,バグダディへの忠誠を拒否し,JMAに残留したとされる。

オマル・シシャニに次いで指導者となったサラーハッディーン・アル・シシャニは,「コーカサス首長国」のシリアにおける「代理人」として,同指導者ドク・ウマロフ(当時)から,コーカサス地方出身の戦闘員を統括する役割を与えられたとされる。JMAは,ウマロフの死亡(2014年3月に死亡が発表)後,その後任として「コーカサス首長国」の指導者となったアリアシャブ・ケベコフに忠誠を誓ったとされるほか,自組織がシリアにおける「コーカサス首長国」の支部であるとして,「シャームの地におけるコーカサス首長国」を自称しているとされる。

JMAは,当初,ISILと「ヌスラ戦線」との対立には中立な立場であったとされ,政府軍などに対する攻撃において,両組織との連携も見られた。こうした中,当時指導者であったサラーハッディーンは,両組織の争いの仲介役に選ばれ,仲裁を行ったものの奏功しなかったとされる。その後,JMAは,ISILが忠誠を誓うよう度々脅迫してきたことなどから,次第にISILとの距離を置くようになったとされる。

一方で,JMAは,「ヌスラ戦線」などと緊密に連携し,2015年4月頃には,同「戦線」を含む複数のイスラム主義組織とともに,連合体「闘いの勝利連合」を結成し,北西部・イドリブ県で,政府軍などに対する攻撃を実行した。また,指導部が再編された直後の同年9月には,「ヌスラ戦線」への忠誠を表明した。同指導部の再編には,「ヌスラ戦線」や「アルカイダ」との繋がりを有する著名な聖職者らが重要な役割を果たしたとされる。

米国国務長官は,2014年9月24日,JMAを特別指定国際テロリスト(SDGT)に指定した。

国連安保理「アルカイダ」制裁委員会は,2015年8月6日,JMAを制裁対象に指定した。

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