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クルド労働者党(PKK)
Partiya Karkeran Kurdistan

トルコ南東部を中心に活動する分離主義組織。クルド人国家の樹立を主張してきた。

別称:
①the Kurdistan Freedom and Democracy Congress,②the Freedom and Democracy Congress of Kurdistan,③KADEK(注1),④Worker's Party of Kurdistan,⑤the People's Defense Force,⑥Halu Mesru Savunma Kuvveti,⑦Kurdistan People's Congress,⑧People's Congress of Kurdistan,⑨KONGRA-GEL(注2)

(1) 設立時期

1978年,左翼系武装組織「民族解放軍」から「クルド労働者党」(PKK)に名称を変更。

(2) 組織・機構

ア 最高指導者,幹部等

(ア) アブドラ・オジャラン(Abdullah Ocalan)(服役中)

設立者で象徴的指導者。1948年4月4日トルコ生まれ(注3)。1970年代,トルコ・アンカラ大学に在学中,左翼系武装組織「民族解放軍」(注4)の指導者に就任した。1978年,同組織の名称を「クルド労働者党」(PKK)に変更し,同国南東部での「クルド人国家の樹立」に向けて活動した。

1980年にトルコを出国し,シリアなどに滞在したほか,イタリア,ギリシャなどで庇護申請を行ったが,認められず,アフリカなどで潜伏場所を探していたところ,1999年2月,ケニアで拘束された。

同人は,同年6月,トルコ領域の一部を分離させるために計画的な行動を実行するなどしたとして,アンカラの治安裁判所から死刑を言い渡された。同年8月には,獄中から「和平イニシアチブ」を発表した。2002年10月,トルコでの死刑廃止(同年8月)に伴い,終身刑に減刑され,現在は,マルマラ海のイムラル島で服役中である。

服役後の同人は,PKKメンバーに対し,トルコ政府との対話を獄中から訴えてきたが,PKKとトルコ政府の武力衝突が拡大したことから,同人の統率力が低下しているとの指摘もあった。しかし,PKKは,2013年3月,トルコ政府と合意したオジャランの指示に基づき,停戦を宣言したことや,2015年2月には,オジャランによる武装解除決定を目的とした会議開催の提案を歓迎し,同会議へのオジャランの出席を要求したことなどから,今なお,同人はPKKに対し影響力を保持しているとみられている。

(イ) ムラット・カラユラン(Murat Karayilan)

服役中のオジャランに代わる事実上の指導者(注5)。1954年(又は1950年)6月5日生まれ。トルコ国籍。「クルド社会連合」(KCK)(注6)幹部委員会議長。オジャランの「和平イニシアチブ」を受け,トルコ政府に対し,「PKKに対する軍事作戦の停止を条件として,武装解除及び対話に応じる」などと表明したが,「自衛のために抵抗する」との姿勢を堅持している。

(ウ) フェフマン・フセイン(Fehman Huseyin)

別名:
バホズ・エルダル(Dr.Bahoz Erdal)

PKKの軍事部門とされる「人民防衛軍」(HPG)元指導者(注7)。シリア国籍。PKK内部における有力な強硬論者としてテロを主導していたが,カラユランらと対立したため,2009年2月にPKK指導部から排除された。

2016年7月,トルコメディアは,同人がシリア北部で殺害されたと報じた(注8)

(エ) ジェミル・バイク(Cemil Bayik)

設立メンバーの一人で,KCK幹部委員会共同議長(注9)

イ 組織形態,意思決定機構

トルコ,イラク及びイランにまたがるカンディール山地のイラク側に設立されたKCK幹部委員会が,PKKに対する指導部としての役割を担っているとされる。1999年8月のオジャランの「和平イニシアチブ」以降,カラユランらはトルコ政府との対話を求めてきたが,PKK軍事部門とされるHPGは,2004年2月,PKKの主導権を掌握し,テロを実行した。

このほか,2004年頃から「クルド解放のタカ」(TAK)(注10)を名のる組織がイスタンブールを中心に自爆テロなどを実行している。

(3) 勢力

4,000人から5,000人程度。このうち3,000人から3,500人はイラク北部で活動しているとされる(注11)。このほか,トルコ及び欧州に数千人規模の支持者を有しているとされる。メンバーの大半はトルコ系クルド人である。

(4) 活動地域

イラク北部のクルド人居住地域に活動拠点を置き,①トルコ南東部の郊外,②同国西部の都市部,③地中海やエーゲ海沿いの観光地-などでテロを継続してきたほか,欧州及び中東でもテロ支援活動を行っているとされる。また,PKKのシリアにおける関連組織「民主統一党」(PYD)は,2012年以降,シリア北部のクルド人居住地域の多くを事実上の支配下に置いたとされる(注12)

(5) 活動目的・攻撃対象

ア 活動目的

設立当初は,トルコ南東部での「クルド人国家の樹立」を掲げてきた一方,近年,「クルドの文化や言語を保護する」として,同国内での自治権獲得に向けた取組を強化している。

イ 攻撃対象

主な攻撃対象は,トルコ政府及び同国治安部隊である。しかし,時には,活動方針をめぐり敵対関係にあるクルド系政党や,PKKに非協力的な民間人を狙ったほか,TAKを名のる組織は,トルコ国内の観光地も標的にするなどと主張している。

(6) 沿革

PKKは,1978年,マルクス・レーニン主義を標ぼうする分離・独立組織として,左翼系武装組織「民族解放軍」から名称を変更して設立された。1984年,トルコ政府に対するテロを初めて実行し,1990年以降,同国においてテロを頻発させた。1993年及び1995年には,欧州におけるトルコの外交・商業施設に対するテロも実行している。米国国務長官は,1997年10月,同組織を「外国テロ組織」(FTO)に指定した。

PKK最高指導者オジャランは,1999年2月に拘束された後,同年8月,獄中から「和平イニシアチブ」を発表した。同「イニシアチブ」は,PKKメンバーに対し暴力の停止を命じるとともに,トルコ政府に対し対話を求めることを内容とするもので,2000年1月のPKK「党大会」において支持が決定された(注13)。その後,PKKは,2002年4月の「党大会」で,「クルド自由・民主会議」(KADEK)へ名称を変更し,「クルド人の権利を保護するため非暴力的活動を行う」ことを宣言した。

PKKは,2003年11月,「コングラ・ゲル」(KONGRA-GEL)へ名称を変更した後,改めてテロの停止を宣言したものの,PKKの軍事部門とされるHPGは,2004年2月,PKKの主導権を握り,同年6月,「和平イニシアチブ」を破棄するとともに,イラク国内の拠点から越境してトルコ東部及び西部でテロを実行した(注14)

こうした事態を受け,オジャランは,改めて「和平を訴える」として,組織名をPKKに戻し,組織再編を行ったとされる。また,事実上のPKK最高指導者であるカラユランも2005年6月,トルコ政府に対し,PKKに対する攻撃を停止すれば停戦及び武装解除の上で「対話に応じる」などと宣言した。しかし,トルコ政府は,武装解除の条件として幹部を含む全メンバーの恩赦を求めるPKKの要求には応じず,PKKによる一方的な停戦宣言は容認できないとの立場を堅持した。そのため,PKKは,トルコ治安部隊に対し,「自衛」と称してテロを繰り返した。

2009年8月,HPGを率いるフセインがカラユランによって解任された後,オジャランは,「トルコ政府との和平に向けたロードマップを公表する用意がある」などと宣言した。一方,トルコ政府も同年11月,国内のクルド人などの権利を拡大する旨発表し,両者の対話も期待されたが,トルコ政府がPKKに対する従前の立場を堅持している上,PKKが同年12月に同国中北部・トカット県においてトルコ兵7人を殺害したことから,対話の実現には至らなかった。

その後,PKKは,2013年3月,オジャランの指示に基づき停戦を宣言したほか,同年5月,トルコ領内からイラク北部に向けた戦闘員の段階的な撤退を開始した。しかし,それ以降も,トルコ南東部や東部では,同国治安部隊とPKKとの間で衝突が発生したことなどから,オジャランは,2015年2月,トルコ政府に対して民主的改革の実施を要求する一方で,PKKに対しては,武装解除を決定するための会議を開催するよう呼び掛けた。同呼び掛けを受け,PKKは,同年3月,オジャランの提案を歓迎する旨の声明を発表したが,バイクは,「我々の指導者(オジャラン)なしでの(武装解除の)決定を行うことはない」などと,会議へのオジャランの出席を要求するなどした。

一方,TAKを名のる組織は,2004年頃から都市部を中心にテロを実行してきた。2005年には,新たな戦術として自爆テロを採用し,トルコ経済に打撃を与えるために観光地を狙った攻撃を実行したほか,2008年2月,同組織のウェブサイト上で,トルコ政府などに対するテロを頻発させる旨表明し,観光地やホテルにおける爆弾テロや,外国人観光客の誘拐を実行した。このほか,TAKを名のる組織は,同年7月,ドイツ(当時)の親PKK放送局「ロジ・テレビ」(Roj-TV)を非合法化したドイツ政府への「報復」として,トルコ東部のアララト山でドイツ人観光客3人を拉致した(同月,解放)。

(7) 最近の主な活動状況

ア 概況

PKKは,2015年7月,トルコ南東部・シャンルウルファ県で,「イラク・レバントのイスラム国」(ISIL)関係者によるとされるクルド人を標的とした自爆テロへの報復として,警察官2人を殺害した。同事件を契機として,トルコ政府は,その後,イラク北部やトルコ南東部でPKKに対する空爆を断続的に実施したほか,トルコ各地でPKKの拠点を摘発し,戦闘員多数を殺害・拘束した。一方,PKKは,同国軍による空爆などを受け,同月,「政府との停戦はもはや意味を失った」とする声明を発出し,トルコ南東部などで,同国治安部隊などを標的としたテロ攻撃を実行するなどしたため停戦は破たんした。

これ以降,トルコ治安当局は,PKKに対する掃討作戦を進める一方,PKKは,南東部を中心として,治安当局などを標的としたテロ攻撃を頻発させており,2015年7月の停戦崩壊以降,2016年12月までに,PKKによる攻撃で1,000人以上が死亡したほか,治安当局による掃討作戦において,PKK戦闘員1万人以上が,殺害・拘束されたとされる(注15)

また,TAKを名のる組織は,2011年8月,トルコ軍のバスに対する爆弾テロを実行した際,犯行声明において「我々の戦士は,トルコ全土において自らの任務(同様の攻撃)を行う用意がある」などと主張した。また,同年9月に,アンカラ中心部において,自動車爆弾によるテロを実行した際も,その犯行声明において「今次テロは一連のテロの始まりにすぎない」,「大都市は我々の主要な攻撃対象である」などと主張した。さらに,2015年12月,イスタンブールのサビハ・ギョクチェン空港での爆弾テロ事件では,治安当局による対PKK作戦に対する「報復」とした上で,「今後,外国人観光客の安全にTAKは責任を持たない」などと主張した。その後も,TAKを名のる組織は,首都アンカラやイスタンブールで大規模な爆弾テロを続発させる中,同年6月のイスタンブールでの警察車両を標的とした爆弾テロに関する犯行声明では,外国人観光客に対し,「我々のターゲットではないが,トルコはもはや安全な国ではない」などと改めて警告した。

このほか,PKKのシリアにおける関連組織「民主統一党」(PYD)は,2012年以降,シリア情勢の混乱に乗じて,同国北部におけるクルド人居住地域の多くを事実上の支配下に置き,自治権の確立を目指して活動しているとされる。同組織は,2014年1月以降,ISILとの衝突を本格化させた。特に,ISILが,同年8月初めに,イラクのクルド自治政府(KRG)管轄地域へも侵攻を開始した際には,同国に戦闘員を派遣してKRGを支援したとされるほか,同年9月以降は,PYD支配地に対しても攻撃を強めたISILとの間で,シリア北部の要衝地アイン・アル・アラブ(クルド名:コバニ)などをめぐり,大規模な戦闘を交えた。PKKは,この時,トルコのクルド人に対し,シリアへ渡航し,ISILからアイン・アル・アラブを防衛するのを助けるよう呼び掛けるなどの支援を行ったとされる(注16)。また,PYDは,2016年3月,事実上の「自治区」の設立を宣言し,シリア北部の複数の勢力圏に「連邦制」を導入するとした(注17)

イ 資金獲得活動・リクルート活動

(ア) 資金獲得活動

PKKは,麻薬取引により活動資金の多くを得ているとされる(注18)。米国財務省は,2008年5月,外国麻薬中心人物指定法(Foreign Narcotics Kingpin Designation Act)に基づき,20年以上にわたり麻薬取引に関与してきたとして,PKKを重大な麻薬取引者(significant narcotics trafficker)に指定した。

また,近年,PKKは,トルコ国内やドイツ(注19),イタリア(注20)などに所在するクルド人居住地域において,麻薬取引以外にも金品の強要などにより多額の資金を得ているとされる(注21)。ドイツ・カールスルーエの連邦検察局は,2012年4月,2007年6月から2010年3月までPKKの欧州資金調達責任者であったトルコ国籍のアブドゥッラー・S(当時45歳)が逮捕されたことを明らかにした。このほか,2013年2月,フランス及びスペイン両国で,PKKの資金調達を目的とした金品の強要事案に関連したテロ関連捜査が共同で行われ,フランス南西部でクルド人17人が,スペインで6人が逮捕された(注22)

しかし,2015年7月の停戦崩壊後,PKKは,欧州での資金獲得活動を強めたとされる(注23)

(イ) リクルート活動

PKKは,トルコ南東部のクルド人貧困層や同国西部の都市部に移住したクルド人若年層などをを主な対象にリクルートを行っているとされるほか,シリア及びイランのクルド人などもリクルートしているとも指摘されている(注24)

年月日 主要テロ事件,主要動向等
78年  左翼系武装組織「民族解放軍」から「クルド労働者党」(PKK)に名称を変更。最高指導者にアブドラ・オジャランが就任
80年  オジャランがトルコから出国し,レバノン国内にPKKの訓練キャンプを設立
84. 8  トルコ南東部でテロを開始し,警察官2人を殺害
91. 8  トルコ軍がイラク北部のPKK訓練キャンプを急襲
95. 3  トルコ軍がPKK掃討のためにイラク北部に越境
98.10  シリア政府が同国内に滞在していたオジャランを国外に追放
99. 2  トルコ当局がオジャランをケニアで拘束
99. 6  トルコの裁判所がオジャランに対して死刑判決
99. 8  オジャランが,獄中から「和平イニシアチブ」を発表し,トルコ政府に対話を要求
00. 1  PKK「党大会」がオジャランによる「和平イニシアチブ」を支持
02. 4  「クルド自由・民主会議」(KADEK)に名称変更
03.11  「コングラ・ゲル」(KONGRA-GEL)に名称変更
04. 2  PKK軍事部門の「人民防衛軍」(HPG)がPKKの主導権を掌握
04. 6  オジャランの「和平イニシアチブ」を破棄し,トルコ東部及び西部でテロを実行(このほか,7月のヴァン県知事襲撃事件や8月に発生したイスタンブールのホテル2か所などを狙った爆破事件などに関与とも)
05. 4  「クルド労働者党」(PKK)に名称を変更
05. 6  PKKの事実上の指導者カラユランが,トルコ政府に対し,PKKへの攻撃停止と対話を要求
07. 5.22  トルコ首都アンカラの商業施設で自爆テロを実行し,8人が死亡,約100人が負傷
07.12  トルコ軍が,イラク北部のPKK基地及び同戦闘員に対する空爆などを開始
08. 1. 3  トルコ南東部・ディヤルバクル県で,同国軍部隊を標的とした自爆テロを実行し,5人が死亡,約110人が負傷
08. 2  「クルド解放のタカ」(TAK)を名のる組織が,トルコに対するテロを増大させる旨宣言
08. 7. 8  トルコ東部のアララト山でドイツ人観光客3人を誘拐(同月,解放)
08.10  トルコとイラクとの国境沿いの検問所でトルコ軍兵士15人を殺害したほか,トルコ南東部・ディヤルバクル県でも警察官を襲撃し殺害
09. 2  カラユランがPKK軍事部門「人民防衛軍」(HPG)を率いるフェフマン・フセインを解任
09. 8  オジャランが「トルコ政府との和平に向けたロードマップ」を公表する旨宣言
09.11  トルコ政府は,国内のクルド人などの権利を拡大する旨発表
09.12  トルコ中北部・トカット県で,同国軍兵士7人を殺害
10. 6.22  トルコ・イスタンブールで,同国軍の輸送バスを標的とした爆弾テロを実行し,5人が死亡,12人が負傷
10.10.31  イスタンブール中心部で,警察官を標的とした自爆テロを実行し,邦人1人を含む32人が負傷
11. 5. 4  トルコ北部・カスタモヌ県で,国会議員選挙遊説で移動中のエルドアン首相の車列を襲撃し,警察官1人が死亡,同1人が負傷(同首相は空路を利用しており乗車していなかった)
11. 7.14  ディヤルバクル県で,同国軍部隊を襲撃し,同国軍兵士13人が死亡,同7人が負傷
11. 9.20  アンカラ中心部で,自動車爆弾によるテロを実行し,民間人4人が死亡,同33人が負傷。TAKが犯行声明を発出
11.10.19  トルコ南東部・ハッカリ県で,同国軍駐屯地2か所を攻撃し,同国軍兵士24人が死亡,同約20人が負傷
12. 6.19  ハッカリ県で,同国軍の前哨基地3か所を攻撃し,同国軍兵士8人が死亡,同19人が負傷
12. 8.12  トルコ東部・トゥンジュリ県で,トルコ国会議員ヒュセイン・アイギュン氏(「共和人民党」所属)を誘拐し,同月14日に解放。国会議員の誘拐は初
12. 8.20  トルコ南東部・ガジアンテプ県の警察署付近で自動車爆弾によるテロを実行し,市民ら8人が死亡,同60人が負傷
13. 5  トルコ領内からイラク北部に向けた戦闘員の段階的な撤退を開始
13. 6.20  ハッカリ県で,同国軍幹部が乗ったヘリコプターを銃撃し,同機体の一部を損傷させたが,死傷者なし
13. 7. 3  ディヤルバクル県の2か所で同国軍の基地を襲撃,死傷者なし
14. 3.20  トルコ南部・ニーデ県で,治安部隊の検問所を襲撃し,同部隊員3人が死亡
14. 7.13  トルコ南東部・シャンルウルファ県ケイランピナル町で,同町長の車列を自動車爆弾などで襲撃し,警察官3人,同市長の護衛,運転手の計5人が負傷
14. 8.24  トルコ南東部・シュルナック県の火力発電所で,同所建設作業員の中国人3人を誘拐。同年10月10日,3人とも解放
15. 2.16  シュルナック県で,PKKとみられる武装集団が現金輸送車を襲撃し,約680万米国ドルを強奪
15. 4.11  トルコ東部・アール県で,PKKとみられる武装集団が同国軍部隊を襲撃し,同国軍兵士4人が負傷
15. 7.25  シュルナック県の発電所で,作業員15人を誘拐
15. 8. 2  アール県で,同国軍の前哨基地を標的とした自爆テロを実行し,同国軍兵士2人が死亡,同31人が負傷
15. 9. 6  ハッカリ県で,同国軍の車列を標的とした爆弾テロを実行し,同国軍兵士16人が死亡,同6人が負傷
15.10.12  シュルナック県で,同国軍部隊を襲撃し,同国軍兵士1人が死亡,同4人が負傷
15.11.11  トルコ南東部・マルディン県で,警察車両を標的とした爆弾テロを実行し,民間人1人が死亡,警察官1人が負傷
15.12.23  イスタンブールのサビハ・ギョクチェン空港で爆発があり,清掃員1人が死亡,同1人が負傷。TAKを名のる組織が犯行を自認
16. 1.13  ディヤルバクル県で,警察施設を標的とした自動車爆弾によるテロを実行し,5人が死亡,39人が負傷
16. 2.17  アンカラで,軍車両を標的とした爆弾テロを実行し,29人が死亡。TAKが犯行声明を発出
16. 3.13  アンカラの官庁や大使館などが集まる中心地にあるバス停付近で,自動車を利用した自爆テロを実行し,37人が死亡,120人以上が負傷。TAKが犯行声明を発出
16. 4.27  トルコ北西部・ブルサで,モスクの入り口付近で自爆テロを実行し,8人が負傷。TAKが犯行声明を発出
16. 5.24  トルコ東部・ヴァン県で,PKKが設置した路肩爆弾の爆発により,軍兵士5人が死亡
16. 6. 7  イスタンブール中心部で,警察車両を標的とした自動車爆弾によるテロを実行し,11人が死亡,36人が負傷。TAKが犯行声明を発出
16. 8. 1  トルコ南東部・ビンギョル県で,警察車両を標的とした爆弾テロを実行し,警察官6人が死亡,4人が負傷
16. 8.15  ディヤルバクル県スクルル村で,警察署を標的とした自動車爆弾によるテロを実行し,8人が死亡,45人が負傷
16. 8.26  シュルナック県ジズレで,警察署付近で自動車爆弾によるテロを実行し,警察官11人が死亡,78人が負傷
16. 9.12  トルコ東部・ヴァン県の同国与党・公正発展党支部の前に設置された警察検問所付近で,自動車爆弾による爆弾テロを実行し,50人が負傷
16.10. 6  イスタンブールのイェニボスナ地区で,警察署の前でバイクに仕掛けた爆弾を爆発させ,10人が負傷。TAKが犯行声明を発出
16.10. 9  ハッカリ県シェムディンリ地区で,治安部隊の検問所を標的としたトラックによる爆弾テロを実行し,兵士10人と民間人5人の計15人が死亡,27人が負傷
16.11. 4  ディヤルバクル県の警察署付近で,自動車爆弾による爆弾テロを実行し,警察官2人を含む11人が死亡,約100人が負傷。TAK及びISILが犯行を主張
16.11.24  トルコ中南部・アダナ県アダナ市で,県知事庁舎付近で爆弾テロを実行し,2人が死亡,33人が負傷。TAKが犯行声明を発出
16.12.10  イスタンブールのサッカースタジアム付近で,自動車爆弾による爆弾テロ及び自爆テロを実行し,警察官36人を含む45人が死亡,150人以上が負傷。TAKが犯行声明を発出
16.12.17  トルコ中部・カイセリ県で,兵士を乗せた公共バスを標的とした自動車爆弾による爆弾テロを実行し,少なくとも兵士14人が死亡,55人が負傷。TAKが犯行声明を発出

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