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ヒズボラ
Hizballah(注1)

レバノンにおいて活動するシーア派組織。

別称:
@Hizbollah,AHizbullar, BIslamic Jihad, CIslamic Jihad Organization, DRevolutionary Justice Organization, EOrganization of the Oppressed on Earth, FIslamic Jihad for the Liberation of Palestine, GOrganization of Right Against Wrong, HAnsar Allah, Followers of the Prophet Muhammed

(1) 設立時期

1982年頃

(2) 組織・機構

ア 最高指導者,幹部等

(ア) ハッサン・ナスララ(Hassan Nasrallah)

書記長。1960年生まれ。レバノン人。1975年に「アマル運動」(注2)に参加し,同組織のバーズーリーヤ支部幹部に就任した。1976年,イラク・ナジャフに留学した。帰国後,1979年に「アマル運動」の政治局員に任命された。

1982年,レバノン戦争に伴い「アマル運動」を離脱し,「ヒズボラ」の結成に参加した。1987年,「ヒズボラ」の「諮問評議会」メンバーに就任し,1992年,アッバース・ムーサウィー前「ヒズボラ」書記長の暗殺後,書記長に選出された。

米国財務省は,2012年9月,シリア政府による反体制派の弾圧を支援しているなどとして,同人を制裁対象に指定した。

(イ) ナイーム・カースィム(Naim Qasim)

副書記長。1953年生まれ。レバノン人。1975年,「アマル運動」の結成に参加し,1977年にレバノン大学教育学部フランス語学科を卒業した後,1982年,「ヒズボラ」の結成に参加し,1991年,副書記長に選出された。ナスララに代わり声明などを発表する場合もあることが多い。

イ 組織形態,意思決定機構

イスラム聖職者7人から構成される「諮問評議会」が,最高意思決定機関として,政策の決定,組織活動の全般的戦略及び政治的決定を行っている。同評議会の下には,「ジハード評議会」,「政治評議会」,「執行評議会」,「議員活動評議会」及び「法務評議会」の5つの評議会が設置されている。軍事部門である「イスラム抵抗」は,「諮問評議会」の直轄であるとされる。

このほか,「ヒズボラ」の政治思想及び活動を宣伝するテレビ局「アル・マナール」を保有している。

書記長は,組織の運営,監督及び指導並びに「諮問評議会」や各評議会議員の間の連絡調整に当たるとともに,「ヒズボラ」の活動方針表明の責任者である。

(3) 勢力

平時の戦闘員は,20歳から30歳代前半を中心に600人から800人程度であるが,非常時には2万5,000人程度の動員が可能とされる(注3)

(4) 活動地域

レバノン南部,ベッカー高原,同国首都ベイルート南部が主な活動地域である(注4)。また,イラン国内にも事務所や訓練施設を有している(注5)。2011年3月のシリア反政府運動発生以降,同国のアサド政権を支援し,反体制派との戦闘に参加させるため,数千人の戦闘員を同国に派遣しているとされる。

(5) 活動目的・攻撃対象

ア 活動目的

主たる目的は,中長期的には,レバノンにおけるシーア派主導のイスラム国家の樹立及びイスラエルの滅亡であるが,短期的には,レバノン国民議会での議席獲得を通じた合法活動の拡大である。

イ 攻撃対象

シーア派と対立する国内のキリスト教など各派,国内外のイスラエル権益などである。

(6) 沿革

ア 概況

「ヒズボラ」は,イスラエル占領下の1982年から1983年にかけて,「イスラミック・アマル運動」「イスラミック・アマル運動」(注6)と「ダアワ党」(注7)レバノン支部などの合併によって結成された。

「ヒズボラ」の存在は,その思想などが説明された「公開書簡」(1985年2月発表)において明らかになった。同書簡は,レバノンに駐留するイスラエル軍及びその同盟国に対し,武力による抵抗を宣言するとともに,その延長として,イスラエルの滅亡,(イラン革命を模範とした)レバノンでのイスラム国家の樹立,などを主張するものであった。

「ヒズボラ」の指導者層の多くは聖職者であったことから,「ヒズボラ」は,活動開始当初,レバノン国内のモスクを活動の拠点にしていた。こうした聖職者の多くは,1960年代から1970年代にかけて,イスラム教シーア派の聖地であるイラクの都市ナジャフで教育を受け,バーキル・サドル(注7参照)や前イラン最高指導者であるホメイニ師などが説く急進的なイスラム思想に影響を受けていたとされる。

イ テロ関連動向

「ヒズボラ」は,1982年の結成以降,イスラエルや欧米の権益に対するテロを実行してきた。1980年代には,国連レバノン暫定隊の米仏軍司令部爆破事件,在レバノン米国大使館爆破事件,トランス・ワールド航空機乗っ取り事件などを引き起こした。また,1990年代には,レバノン南部のイスラエル軍治安警戒地域でのイスラエル軍車列に対する自爆テロ事件を引き起こしたほか,在アルゼンチン・イスラエル大使館爆破事件やユダヤ文化センター爆破事件にも関与したとされる(注8)。さらに,レバノン南部の「安全保障地帯」に駐留するイスラエル軍や親イスラエル民兵組織「南レバノン軍」(SLA)(注9)に対するロケット砲攻撃を実行した。

2000年5月,イスラエル軍が「安全保障地帯」から23年ぶりに撤退した後,「ヒズボラ」は,第2次インティファーダ(パレスチナ人による対イスラエル抵抗運動)に呼応して,イスラエルに向けて頻繁にロケット砲攻撃を行ったほか,パレスチナ支援を理由として,イスラエル軍機に対し,対空砲による攻撃を繰り返すなどした。特に,イスラエル占領下のゴラン高原北端のシェバア農場地区(注10)に駐留するイスラエル軍駐屯地に対し,迫撃砲やロケット砲による攻撃を行うなどした。

「ヒズボラ」は,2004年3月,「ハマス」(注11)の精神的指導者ヤシンの死亡などを受け,レバノン国境に駐留するイスラエル軍に対する攻撃を繰り返した。ラーセン国連事務総長特使(レバノン問題担当)は,2005年10月,レバノン人,非レバノン人武装勢力の解散及び武装解除を要求する安保理決議第1559号(注12)の履行状況に関する報告書において,シリアからレバノン領内に流入するパレスチナ過激組織の増加を懸念するとともに,「国軍以外の組織が武器を所持することは,民主的な政治参加(注13)と相容れない」として,改めて「ヒズボラ」に対し武装解除を要求したが,「ヒズボラ」は同要求を拒否した。

さらに,2006年7月,「ヒズボラ」は,レバノン南部の国境地帯で,イスラエル軍に対し大規模攻撃を行い,イスラエル軍兵士8人を殺害し,同2人を拉致した。その後,イスラエル軍は,2000年5月の撤退以来となる本格的な侵攻を開始し,レバノンに対する海上封鎖,ベイルート空港に対する空爆などを実行した。これに対して「ヒズボラ」は,レバノン南部からイスラエル領内に多数のロケット弾を撃ち込むなどして反撃した。その後,両者の紛争は,2006年8月の国連安保理決議第1701号に基づく戦闘停止まで34日間にわたり続いた。「ヒズボラ」は,この戦闘により疲弊したとされていたが,2007年11月,レバノン南部において,イスラエルへの侵攻を想定した大規模な軍事演習を実施し,戦闘能力の回復を示した。

こうした中,2008年2月,シリア首都ダマスカスにおける自動車爆弾の爆発により,「ヒズボラ」軍事部門最高幹部イマード・ムグニヤが死亡した。「ヒズボラ」は,同月,「イスラエルによる犯行」との声明を発表し,書記長ナスララは,ムグニヤの葬儀での演説において,イスラエルへの報復を示唆した。

レバノン政府は,「ヒズボラ」戦力の抑制を目的として,同年5月,「ヒズボラ」の軍事部門がレバノン南部等で運用しているとされる軍事用有線通信網に対する実態調査及び「ヒズボラ」に近いとされるベイルート空港治安責任者の更迭を決定し,これを契機として,「ヒズボラ」などの親シリア派野党勢力は,反シリア派の政権与党勢力と衝突した(双方で計80人以上が死亡)。両勢力は,同月,アラブ連盟の仲介により,カタール首都ドーハで和解交渉を行い,@武力衝突を停止し,政治的紛争解決のための武器使用を禁止すること,A新内閣の閣僚配分について,与党16,野党11及び新大統領の指名枠3とすること-などを柱とする合意に達したが,親シリア派は,閣僚の3分の1超を獲得したため,事実上の拒否権を有することになった。

ウ 政治活動

「ヒズボラ」は,イスラエルに対する攻撃を行う一方,1992年以降,レバノン国内で合法政党として政治活動を行っている。同年8月から9月にかけて,レバノン内戦後初めて行われた国民議会選挙(一院制,定数128)において,公示の直前に「ヒズボラ選挙綱領」を発表し,「シオニストの占領及び帝国主義の影響下からのレバノンの解放」及び「政治的宗派主義の廃止」という目標を掲げ,12議席を獲得した。

「ヒズボラ」は,2000年の国民議会選挙において,同年5月に「イスラエル軍をレバノン南部から撤退させた」などと主張して,立候補者11人全員を当選させた。また,2005年に実施された国民議会選挙では,「アマル運動」と連合して35議席を獲得したほか,幹部のモハメド・フネイシュをエネルギー・水資源相として初めて入閣させた。

エ その他の活動

「ヒズボラ」は,これまでにイスラエルとの捕虜交換に応じてきた。2004年1月29日,ドイツ及び国際赤十字社の仲介により,イスラエル国内に収容されている「ヒズボラ」メンバー23人及び同メンバーの遺体59体並びにヨルダン川西岸で収監されていたパレスチナ人活動家400人及びアラブ人活動家12人と引換えに,レバノン国内で拘束されていたイスラエル人1人を解放し,イスラエル軍兵士の遺体3体を返還した。ナスララは,この捕虜交換を受け,同日を「自由の日」とし,その成果を「『ヒズボラ』のみならず,アラブ世界の勝利」として大々的に宣伝した。また,「ヒズボラ」は,2007年10月,イスラエル軍兵士の遺体1体と引換えに「ヒズボラ」メンバーの遺体2体の引渡しを受けた。

「ヒズボラ」は,多数の機関誌,セミナー,講演,金曜礼拝,ラジオ及び自らが運営するテレビ局「アル・マナール」の放送を通じてイデオロギーの普及及び拡散を図ってきた。特に,「アル・マナール」については,広報窓口のみならず,イスラエルに対する「非武力闘争の武器」と位置付け,放送内容を拡充していった。

また,「ヒズボラ」は,1982年以降,医療施設や学校の運営,社会インフラの整備等,包括的な福祉及び教育活動も独自に展開してきた。

(7) 最近の主な活動状況

ア 概況

2009年6月に行われた国民議会の総選挙で「ヒズボラ」などの親シリア派が敗北した一方,反シリア派は同選挙で勝利した。これを受け,シリア軍の即時撤退を求めるなど反シリア派とされ,2005年2月に爆弾テロで死亡したラフィーク・ハリーリ元首相の次男であるサアド・ハリーリ氏が首相に就任し,同年11月に内閣を組織した。同内閣は,挙国一致内閣として,政治的安定のため「ヒズボラ」を含む親シリア派も入閣させたが,「ヒズボラ」及びその支持勢力の閣僚11人が,ハリーリ元首相暗殺事件の真相究明を目的とするレバノン特別法廷(STL)への対応をめぐり,2011年1月,サアド・ハリーリ首相の訪米中に一斉に辞任したため,同内閣は崩壊した。

2011年7月,「ヒズボラ」系の閣僚を含むミーカーティー内閣が発足したが,2013年6月に予定されていた国民議会の総選挙と選挙法改正などをめぐり,同首相と「ヒズボラ」系閣僚との間で意見が分かれ,2013年3月に同内閣は総辞職した。これ以降,10か月間にわたって内閣が組織されなかったものの,2014年4月,タンマーム・サラーム元文科相が新たに首相に指名され,同月,同首相率いる新内閣が発足したが,総選挙の実施については延期された。

書記長ナスララは,シリアでの反政府運動発生(2011年3月)以降も,同国のアサド政権について「(イスラエルと)闘争している政権」として支持を表明(注14)してきているほか,「ヒズボラ」もイランとともに,シリア政府軍への助言に加え,同国の親政府系民兵組織や親政府側としてイラクのシーア派組織から派遣された戦闘員(注15)の訓練を行ってきたとされる(注16)

さらに,「ヒズボラ」は,シリアにおける「シーア派聖地の警備」などを名目に,自らも戦闘員を派遣し,特に2013年半ば以降,戦闘への直接的な関与を深めていったとされる(注17)。同組織の戦闘員らは,同年6月,政府側による首都ダマスカス郊外の要衝地クサイルの奪還などにおいて,主要な役割を果たしたとされ
(注18),ナスララ書記長も2015年5月16日,シリアに派遣された同組織の部隊がシリア政府軍と協力して首都ダマスカスの北東に位置する戦略拠点のカラムーン地域からISILと「ヌスラ戦線」を一掃したと発表した。

こうした中,米国財務省は,2012年8月,シリア政府を支援しているとして,大統領令第13582号に基づき,「ヒズボラ」を制裁対象に指定した(注19)ほか,同年9月,同様の理由などからナスララ及び「ヒズボラ」関係者2人を制裁対象に指定した(注20)。また,欧州連合(EU)理事会は,2013年7月25日,「ヒズボラ」の軍事部門をテロ組織に指定した。

「ヒズボラ」のシリアへの関与は,同組織に人員や資金面での負担をもたらしたとされる(注21)(注22)。レバノン国内では,特に2013年5月以降,「ヒズボラ」を標的としたとみられる爆弾テロが続発し,同8月には,首都ベイルートの同組織拠点地域で,自動車を用いた爆弾テロが発生した(24人が死亡,犯行主体不明)。「ヌスラ戦線」は,2014年1月以降,首都ベイルートや北東部・ベッカー県などで発生した「ヒズボラ」を標的とした複数の爆弾テロなどに関して,また,「イラク・レバントのイスラム国」(ISIL)は,同年1月にベイルート南部の「ヒズボラ」拠点地域で発生した自爆テロ(5人が死亡)などに関して,それぞれ犯行を自認し,「『ヒズボラ』によるアサド政権支援に対する報復である」などと主張した。この中でも,特に,2015年11月のベイルート南部の「ヒズボラ」拠点地区で発生したISILによる連続自爆テロでは,少なくとも43人が死亡,240人が負傷した。

他方,「ヒズボラ」は,2014年1月以降のイラクにおけるISILなどの攻勢を受けて,同国のシーア派組織に対する支援を強化したとされる(注23)。また,書記長ナスララは,2015年2月,同組織がイラクに戦闘員を派遣し,ISILとの戦闘において,イラク治安部隊やシーア派組織を支援していることを公に認めたとされる。

イ 他勢力等との連携

(ア) イスラム過激組織等

「ヒズボラ」は,他の組織との連携には慎重とされるが,イスラエルと対峙していた2000年初頭には,「ハマス」,「パレスチナ・イスラム・ジハード」(PIJ)及び「パレスチナ解放人民戦線総司令部派」「パレスチナ解放人民戦線総司令部派」(PFLP-GC)などのパレスチナの組織と関係を有していたとされる。また,イスラエル当局は,「ヒズボラ」がパレスチナの「アル・アクサ殉教者旅団」(AAMB)などに武器を提供しているなどとして,繰り返し非難してきた。

「ヒズボラ」は,イラクにおいて「カタイブ・ヒズボラ」(KH)などのシーア派組織を支援してきたとされる。また,シリアでは,「ヒズボラ」やイランから訓練を受けた親政府系民兵組織やイラクのシーア派組織の戦闘員が,単なる警備活動に限らず,軍による攻撃に参加するなど,幅広い役割を担っているとされる。米国財務省は,2013年8月,アサド政権支援のためイラク人義勇兵の募集などを行っていたなどとして,「ヒズボラ」メンバー4人を制裁対象に指定した。

(イ) イラン

イランは,「ヒズボラ」に対する軍事訓練,政治教育,財政援助,物的支援等に関与しているとされ(注24)(注25),同国当局者は,「ヒズボラ」との関係について,同国の防衛戦略の一つである旨発言している(注26)。さらに,イランは,自国内で,シリアに派遣される「ヒズボラ」の戦闘員に軍事訓練を施しているとされる(注27)

(ウ) その他勢力

米国の専門家は,2011年7月,米国連邦議会下院国土安全保障委員会公聴会において,「ヒズボラ」がコロンビア,ベネズエラなどを活動拠点とする左翼武装組織「コロンビア革命軍」(FARC)と関係を有し,武器提供の見返りに麻薬を得て資金源としていると指摘した。

ウ 資金獲得活動・リクルート活動

「ヒズボラ」は,イランから資金・物資の支援を受けているとされるほか(注28)(注29),世界各地に広がる合法・非合法の資金ネットワークに依拠しているとされる。同ネットワークは,主に,世界各地のレバノン人コミュニティと結び付いており,「ヒズボラ」は,同ネットワークを通じて,個人からの寄附や合法ビジネスへの大規模投資により収益を得ているほか,麻薬取引,詐欺,ダイヤモンド密輸,自動車窃盗,偽造品の取引といった非合法活動にも関与しているとされる(注30)。米国当局は,2012年8月,「ヒズボラ」の資金洗浄に関連するとみられる1億5,000万米国ドルを米国の銀行から押収したと発表した(注31)。「ヒズボラ」は,近年,経済制裁下にあるイランからの資金援助が減少したことを受け,西アフリカ諸国での資金活動を強化したと指摘されている(注32)。米国財務省は,2013年6月,「ヒズボラ」対外部門の現地代表として西アフリカで活動資金の調達やメンバーの勧誘を行っていたなどとして,レバノン人4人を制裁対象に指定した。

年月日 主要テロ事件,主要動向等
83. 10. 23  レバノン首都ベイルートで国連レバノン暫定隊の米仏軍司令部を標的とする爆弾テロを実行し,両軍兵士ら約300人が死亡
84. 9. 20  ベイルートで米国大使館を標的とした爆弾テロを実行し,同大使館員ら50人以上が死傷
85. 6. 14
  〜30
 トランス・ワールド航空機乗っ取り事件を実行
92. 3. 17  アルゼンチン首都ブエノスアイレスで発生したイスラエル大使館を標的とした自動車爆弾テロに関与とも。同大使館員ら29人が死亡
93. 8. 19  レバノン南部・シヒン付近でイスラエル軍車両を標的とした爆弾テロを実行し,同軍兵士7人が死亡,同2人が負傷
94. 3. 7  レバノン南部・イスラエル軍治安警戒地域の道路上で爆弾テロを実行し,親イスラエル民兵組織「南レバノン軍」(SLA)兵士4人が死亡,同14人が負傷
94. 7. 18  ブエノスアイレスで発生したユダヤ文化センターを標的とした爆弾テロに関与とも。同センター職員ら86人が死亡
94. 8. 5  レバノン南部・イスラエル軍治安警戒地域でイスラエル軍パトロール隊を襲撃し,同軍兵士2人が死亡,同3人が負傷
95. 10. 13  レバノン南部・イスラエル軍治安警戒地域で爆弾,対戦車砲や軽火器類を用いてイスラエル軍部隊を攻撃し,同軍兵士3人が死亡,同6人が負傷
96. 9. 19  レバノン南部・イスラエル軍治安警戒地域でイスラエル軍パトロール隊を襲撃し,同軍兵士2人が死亡,同3人が負傷
96. 10. 25  レバノン南部・イスラエル軍治安警戒地域で爆弾テロを実行し,イスラエル兵士2人が死亡,同3人が負傷
97. 10. 18  レバノン南部・イスラエル軍治安警戒地域でイスラエル軍を対戦車ロケット弾で砲撃し,同軍兵士1人が死亡,同2人が負傷したほか,戦車1台が損壊
97. 11. 29  レバノン南部・イスラエル軍治安警戒地域でSLA車両を襲撃し,SLA兵士1人が死亡したほか,イスラエル軍拠点で爆弾テロを実行し,同軍兵士5人が負傷
98. 2. 6  レバノン南部・イスラエル軍治安警戒地域でSLA部隊を襲撃し,SLA兵士2人が死亡
98. 2. 26  レバノン南部・イスラエル軍治安警戒地域でイスラエル軍部隊を襲撃し,同軍兵士2人が死亡
98. 5. 27  レバノン南部・イスラエル軍治安警戒地域でイスラエル軍部隊を襲撃し,同軍兵士2人が死亡,同3人が負傷
98. 6. 25  レバノン南部・イスラエル軍治安警戒地域で爆弾テロを実行し,イスラエル軍兵士2人が死亡
98. 8. 21  レバノン南部・イスラエル軍治安警戒地域でイスラエル軍部隊を襲撃し,同軍兵士2人が死亡
98. 9. 22  レバノン南部・イスラエル軍治安警戒地域でイスラエル軍部隊を襲撃し,同軍兵士2人が死亡
98. 10. 5  レバノン南部・ハズバヤの路上で爆弾テロを実行し,イスラエル軍兵士2人が死亡,同3人が負傷
98. 11. 16  レバノン南部・イスラエル軍治安警戒地域で爆弾テロを実行し,イスラエル軍兵士3人が死亡,同4人が負傷
98. 11. 26  レバノン南部・イスラエル軍治安警戒地域で爆弾テロを実行し,イスラエル軍兵士2人が死亡
99. 2. 28  レバノン南部・イスラエル軍治安警戒地域の路上で爆弾テロを実行し,イスラエル軍准将とイスラエル放送記者ら4人が死亡,同軍兵士3人が負傷
99. 5. 13  レバノン南部・イスラエル軍治安警戒地域の路上で爆弾テロを実行し,レバノン人7人が死亡,同6人が負傷
99. 6. 24  イスラエル北部・ガリラヤ地方のキリヤトシェモナなどを25日にかけてロケット砲などで攻撃し,同市職員2人が死亡,同13人が負傷
99. 8. 17  レバノン南部・イスラエル軍治安警戒地域でイスラエル軍と衝突し,同軍兵士3人が死亡,同5人が負傷したほか,「ヒズボラ」側も3人が死亡
99. 9. 27  レバノン南部・イスラエル軍治安警戒地域で爆弾テロを実行し,SLA兵士2人が死亡。その後,イスラエル軍と交戦し,「ヒズボラ」側の1人が死亡
99. 11. 12  レバノン南部・イスラエル軍治安警戒地域でイスラエル軍とSLAの拠点20か所を攻撃して応戦され,「ヒズボラ」側の5人が死亡
00. 10. 7  レバノンとイスラエルの国境地帯を襲撃し,イスラエル軍兵士3人が死亡
01. 4. 14  イスラエル,シリア及びレバノンとの国境地帯にあるシェバア農場付近でイスラエル軍戦車を対戦車ミサイルを用いて襲撃し,イスラエル軍兵士1人が死亡,同3人が負傷
02. 8. 29  シェバア農場地域のイスラエル軍陣地を砲撃し,イスラエル軍兵士3人が負傷
03. 8. 8  シェバア農場地域を迫撃砲で砲撃し,イスラエル人1人が死亡,同4人が負傷
03. 8. 10  シェバア農場地域を対空砲を用いて攻撃し,イスラエル人少年1人が死亡,イスラエル人5人が負傷
04. 5. 7  シェバア農場で,イスラエル軍と衝突し,イスラエル軍兵士1人が死亡,同5人が負傷
04. 7. 20  イスラエル北部のレバノン国境付近で,「ヒズボラ」メンバーがイスラエル軍陣地を銃撃して戦闘となり,イスラエル軍兵士2人と「ヒズボラ」メンバー1人が死亡。イスラエル軍はレバノン南部の「ヒズボラ」陣地に対し,戦車・戦闘機で攻撃
05. 1. 9  シェバア農場付近で,イスラエル軍車両を標的とした爆弾テロを実行。イスラエル軍機が「ヒズボラ」陣地を空爆,「ヒズボラ」もロケット砲で応射。一連の交戦で,イスラエル軍兵士1人とフランス人停戦監視要員1人の計2人が死亡,イスラエル軍兵士3人が負傷
05. 1. 17  シェバア農場付近で,イスラエル軍と「ヒズボラ」が交戦。イスラエル軍機が「ヒズボラ」拠点を空対地ミサイルで攻撃したものの,死傷者の有無については不明
05. 6. 29  イスラエル北部のレバノン国境付近で,「ヒズボラ」がイスラエル軍陣地を武力攻撃し,同軍兵士ら4人が負傷。これを受け,イスラエル軍機がレバノン南部の「ヒズボラ」陣地付近を爆撃
05. 11. 21  シェバア農場付近で,イスラエル軍駐留地を迫撃弾などで攻撃,イスラエル人1人が死亡し,同3人が負傷。イスラエル軍の応戦で「ヒズボラ」メンバー4人も死亡
06. 7. 12  イスラエル北部に侵入し,パトロール中のイスラエル軍車両を襲撃し,イスラエル軍兵士8人を殺害,2人を誘拐
06. 7. 14  レバノン沖のイスラエル軍艦船を攻撃,乗船していた同軍兵士4人が死亡又は行方不明
06. 7. 16  イスラエル北部にロケット弾を打ち込み,港湾都市ハイファで少なくとも8人のイスラエル人が死亡
06. 7. 21  イスラエル北部の港湾都市ハイファに,「ヒズボラ」が発射したロケット弾が着弾し,19人が負傷
06. 7. 24  レバノン南部・ビントジュベイル一帯で,イスラエル軍と交戦し,少なくともイスラエル軍兵士2人が死亡したほか,「ヒズボラ」メンバー10人が死亡
06. 7. 28  ビントジュベイルで,イスラエル軍と交戦し,「ヒズボラ」メンバー26人が死亡
06. 8. 1  イスラエル軍数千人規模の部隊が7か所からレバノン南部に侵攻し,アイタアシャブなど各地で「ヒズボラ」と交戦,「ヒズボラ」メンバー約20人が死傷
06. 8. 2  イスラエル領内に200発以上のロケット弾を撃ち込み,イスラエル北部・ナハリヤで1人が死亡したほか,約20人が負傷
06. 8. 6  イスラエル北部・クファルギラディに,「ヒズボラ」が発射したとみられるロケット弾が着弾し,11人が死亡。また,イスラエル北部・ハイファにも,「ヒズボラ」が発射したとみられるロケット弾約30発が着弾し,市民3人が死亡,約40人が負傷
06. 8. 9  レバノン南部・アイタアシャブなどで,イスラエル軍と交戦し,イスラエル軍兵士15人が死亡,「ヒズボラ」メンバー約40人が死亡
06. 8. 11  イスラエル北部一帯へロケット弾を撃ち込み,ハイファなどで数人が負傷
06. 8. 12  レバノン南部各地で12日から13日にかけて,イスラエル軍と交戦し,イスラエル軍兵士約30人が死亡したほか,「ヒズボラ」メンバー約50人が死亡
08. 5. 6  「ヒズボラ」は,レバノン政府による同組織に対する締め付けを企図した措置(「ヒズボラ」がレバノン南部等で運用している軍事用有線通信網の実態調査,「ヒズボラ」に近いとされるベイルート空港治安担当責任者の更迭)に反発し,ベイルートから同空港へ通じる道路上で座り込みをするなどして道路を封鎖した上,レバノン治安部隊と衝突・銃撃戦となり,双方で80人以上が死亡
12. 1. 12  タイで,レバノン生まれのスウェーデン人が,爆発物関連物質の不法所持容疑により逮捕。タイ国防相は「容疑者が『ヒズボラ』のメンバーである」と指摘。同国警察当局は,首都バンコク郊外の商店兼倉庫を捜査し,尿酸肥料約4トン,硝酸アンモニウム約290リットルなどを押収
12. 7. 7  キプロス南部・リマソルで,イスラエル権益への攻撃を計画していた疑いで,「ヒズボラ」のメンバーとされるレバノン生まれのスウェーデン人が逮捕
12. 7. 8  ブルガリアの黒海沿岸部ブルガス市の空港で,イスラエル・テルアビブからの航空機で到着した観光客を乗せたバスを標的とした自爆テロが発生。ブルガリア外務省によると,少なくとも7人(自爆犯1人を含む)が死亡,32人が負傷。同国政府は,2013年2月,「ヒズボラ」による関与の可能性を示唆
13. 5. 25  「ヒズボラ」書記長ナスララが,演説を通じて,「ヒズボラ」の戦闘員がシリアにおいて同国政府軍とともに戦闘に参加していると表明
13. 6  シリア軍とともに,同国首都ダマスカス郊外における要衝の町,クサイルを同国反体制派から奪還
14. 6. 23  ダマスカス近郊のカラムン地域で,シリア軍とともに,同国反体制派に対する掃討戦を開始
14. 7. 13  シリアとレバノンとの国境地帯で,「ヌスラ戦線」の戦闘員と交戦し,「ヒズボラ」の戦闘員7人が死亡(「ヌスラ戦線」の損害は不明)
14. 10. 5  レバノン東部で,シリアから侵入してきた「ヌスラ戦線」の戦闘員と交戦
15. 1. 28  イスラエルとレバノンの国境地帯で,「ヒズボラ」とイスラエル軍が交戦(イスラエル兵2人,国連レバノン暫定軍(UNIFIL)のスペイン人隊員1人が死亡)
15. 5. 16  「ヒズボラ」書記長ナスララが,シリアに派遣された同組織の部隊が政府軍と協力して首都ダマスカスの北東に位置する戦略地点のカラムーン地域からISILと「ヌスラ戦線」を一掃した旨発表

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