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センデロ・ルミノソ(SL)
Sendero Luminoso(輝く道)

別称:
ペルー共産党 Partido Comunista del Perú -Sendero Luminoso,Communist Party ofPeru -Shining Path

米国FTO(1997年10月8日)

主な活動地域

ペルー(特に中南部アプリマク川,エネ川,マンタロ川流域)

組織の概要

「センデロ・ルミノソ」(SL)は,ペルーの現政治体制の転覆などを目指す毛沢東主義武装組織で,1969年に設立された。正式な名称は,「ペルー共産党」である。ペルーにおける外国の影響を払拭し,社会不安を醸成するため,米国などの権益を標的とする。

1990年代初めまでは活発にテロを実行し,1991年7月にワラルで国際協力機構(JICA)派遣の農業技術者3人を殺害するなど,邦人が被害を受ける事件も引き起こした。フジモリ大統領就任(1990年7月)後,当局の厳しい取締りで打撃を受けた上,1992年9月に最高指導者アビマエル・グスマンが逮捕され,組織が衰退し始めた。グスマンは獄中から政府との対話を呼び掛けたが,同組織幹部のオスカル・ラミレス・デュランなどは武装闘争の継続を主張した。その後,1997年7月にデュランも逮捕されたため,組織の衰退が続き,最盛期に約5,000人とされた構成員数も200人から300人程度にまで減少したとされる。

残存勢力は,その後もテロ活動を継続し,在ペルー米国大使館向かいのショッピングセンターでの自動車爆弾テロ(2002年3月,9人が死亡),サン・マルティン県などでの警察車両襲撃(2005年7月,判事1人及び護衛の警察官1人が死亡),アヤクチョでの警察官5人及びコカ国営公社(ENACO)職員の殺害(2006年12月),南部の市場での爆破事件(2007年10月),中部のフニン県での治安当局者多数殺害事件(2009年10月から11月)などに関与したとされ,その後も今日に至るまで,誘拐,脅迫及び治安部隊への攻撃などを行っている。また,1980年代から現地の麻薬密輸団との連携も指摘されており,2005年12月の警察部隊襲撃(警察官7人を殺害)は,当局の麻薬対策への報復とされる。なお,2015年6月,米国財務省はSLを国際的麻薬密売人のリストに掲載した。

現在の活動地域は,中北部ワリャガ川流域及び中南部アプリマク川・エネ川流域の密林地帯であるが,ワリャガ川流域の一派は,2012年に政府軍の掃討作戦によってほぼ壊滅し,2015年1月には,同地域で同派の再建を企図していた活動家・通称イウリーニョも逮捕された。アプリマク川・エネ川流域の一派も,2013年8月の掃討作戦により幹部2人が死亡し,また,2015年8月には戦闘員を指揮する幹部2人が逮捕されるなど打撃を受けたが,同派は1990年頃から若い女性を誘拐し,子どもを産ませて思想教育し,13歳から14歳になると戦闘員として投入しており,壊滅には至っていないとされる。

また,都市部の大学などにおいて,SL系とみられる政治団体「アムネスティと基本的人権運動」(MOVADEF)がSLを擁護する活動を続けている。ペルー国家警察は,2012年7月から継続してきた捜査によってSLとの関係が明らかになったとして,2014年4月,MOVADEFの摘発を開始した。一方,MOVADEFは2015年1月,2016年の大統領選挙への候補者擁立を目指し,複数の左翼勢力と同盟を結んで,統一プラットフォーム「ペルー人民の団結と防衛戦線」(FUDEPP)を結成している。

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