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ラシュカレ・タイバ(LeT)
Lashkar-e-Tayyiba

カシミール地方及びパキスタン・パンジャブ州を拠点に活動するスンニ派過激組織。イスラムによるインド亜大陸の統治を標榜。

別称:
①Lashkar-e-Toiba,②Lashkar-i-Taiba,③al Mansoorian,④al Mansooreen,⑤Armyof the Pure,⑥Army of the Righteous,⑦Army of the Pure and Righteous,⑧Paasban-e-Kashmir,⑨Paasban-i-Ahle-Hadith,⑩Pasban-e-Kashmir,⑪Pasban-e-Ahle-Hadith,⑫Paasban-e-Ahle-Hadis,⑬Pashan-e-ahle Hadis,⑭Lashkar e Tayyaba,⑮LET,⑯Jamaat-ud-Dawa,⑰JUD,⑱Jama'at al-Dawa,⑲Jamaat ud-Daawa,⑳Jamaatul-Dawah,㉑Jamaat-ul-Dawa,㉒Jama'at-i-Dawat,㉓Jamaiat-ud-Dawa,㉔Jama'at-ud-Da'awah,㉕Jama'at-ud-Da'awa,㉖Jamaati-ud-Dawa,㉗Falah-i-Insaniat Foundation(FIF)

(1) 設立時期

1990年

(2) 活動目的・攻撃対象

ア 活動目的

活動目的は,イスラムによるインド亜大陸の統治とされ,同目的を達成するため,まずインド管理下のジャム・カシミール州をパキスタンに帰属させ,インド北部に新たなイスラム国家を建設した後,インド南部にもイスラム国家を建設することを目指しているとされる。

イ 攻撃対象

インドを主要な攻撃対象とし,1993年以降,ジャム・カシミール州において,インド軍及び市民を対象とした数多くのテロを行っているほか,インド主要都市において政府及び軍施設を中心に攻撃を実行している。また,米国及びイスラエルも敵視しており(注1),2008年11月のムンバイ同時多発テロ事件(注2)では,ユダヤ教施設も攻撃したほか,米国人及びイスラエル人を殺害している。このほか,アフガニスタン駐留外国軍や在アフガニスタン・インド権益などに対する攻撃への関与も指摘されている。

(3) 活動地域

カシミール地方(パキスタン管理下のアザド・ジャム・カシミール及びインド管理下のジャム・カシミール州)やパンジャブ州ラホールを中心としたパキスタン全域及びアフガニスタン東部。

(4) 勢力

数千人程度とされる(注3)

(5) 組織・機構

ア 指導者,幹部等

(ア) ハフィズ・ムハンマド・サイード(Hafiz Muhammad Saeed)

「マルカズ・ダワ・ウル・イルシャド」(布教・教示センター,MDI)(注4)及びその軍事部門とされるLeTの設立者であり,MDIを改称(2002年)した「ジャマート・ウッダワ」(JUD)(注5)の最高指導者。1950年6月5日生まれ。パキスタン・パンジャブ州出身。パキスタン国籍。

パキスタンのラホール工科大学でイスラム学の教鞭(べん)を執っていたが,ソ連のアフガニスタン侵攻を機に,アフガニスタンを訪問し,オサマ・ビン・ラディンに大きな影響を与えたパレスチナ人イスラム学者アブドラ・アッザム(注6)と面識を持ったとされる。

2001年12月,ラホールで記者会見を開き,LeT最高指導者の地位を辞し,マウラナ・アブドゥル・ワヒド・カシミーリを後継者に指名した(注7)が,その後も,実質的指導者として活動しているとされる(注8)

国連安保理「アルカイダ」及び「タリバン」制裁委員会は,2008年12月,LeT及び「アルカイダ」の活動に関与したとして,同人を制裁対象に指定した。パキスタン当局は,ムンバイ同時多発テロ事件(2008年11月)後,同人を自宅に軟禁したが,パキスタン最高裁は,2010年5月,同人が同テロ事件に関与した証拠がないとして,自宅軟禁を解く判決を出した。2017年1月,同人は,再度,JUD関係者数人と共に自宅軟禁に処されたが,その後,同年11月に同処分を解かれた。

(イ) マウラナ・アブドゥル・ワヒド・カシミーリ(Maulana Abdul Wahid Kashmiri)

2001年12月,サイードによってLeT指導者に指名された人物(注9)

(ウ) ハフィズ・アブドゥル・ラフマン・マッキ(Hafiz Abdul Rahman Makki)

副指導者。政治部門責任者。1948年頃の生まれ。パキスタン・パンジャブ州出身。ハフィズ・ムハンマド・サイードの義理の兄弟。米国国務省によると,同人は,過去,LeTの渉外部門トップを務めたことがあり,同組織の資金集めに関与したとされる。

(エ) ハフィズ・アブドゥル・サラム・ブッタヴィ(Hafiz Abdul Salam Bhuttavi)

LeT共同設立者の一人。1940年生まれ。パキスタン・パンジャブ州出身。同人は,少なくとも過去2回,ハフィズ・ムハンマド・サイードが当局に拘束された際に,サイードの代理として同組織を指導していたほか,組織における主要なイスラム法学者として,同組織の活動を正当化するファトワ(法学裁定)を発出しているとされる。

国連安保理「アルカイダ」制裁委員会は,2012年3月,LeTの活動に関与したとして,同人を制裁対象に指定した。

(オ) ザファル・イクバル(Zafar Iqbal)

LeT共同設立者の一人。1953年10月4日生まれ。パキスタン・パンジャブ州出身。

同人は,これまでに財務部門や教育部門などの主要ポストを担当したとされ,一時は組織ナンバー2でもあったとされる。

国連安保理「アルカイダ」制裁委員会は,2012年3月,LeTの活動に関与したとして,同人を制裁対象に指定した。

(カ) ザキウル・レフマン・ラクヴィ(Zaki-ur-Rehman Lakhvi)

作戦司令官。1960年12月30日生まれ。パキスタン出身。

パキスタン当局は,2008年12月,ムンバイ同時多発テロ事件に関連して,パキスタン管理下のアザド・ジャム・カシミールで同人を逮捕したが,2015年4月,裁判所の保釈命令を受け,同人を保釈した。

同人は,「アルカイダ」関連組織から資金提供を受けるなど,LeTの資金調達で重要な役割を果たしたほか,アフガニスタンで軍事訓練キャンプを運営したとされる。また,2004年には,イラク駐留米軍に対する攻撃を実行するため,メンバーをイラクに派遣するなどしたとされる。

国連安保理「アルカイダ」及び「タリバン」制裁委員会は,2008年12月,LeT及び「アルカイダ」の活動に関与したとして,同人を制裁対象に指定した。

(キ) マフムード・モハンマド・アフメド・バハズィク(Mahmoud Mohammad Ahmed Bahaziq)

資金調達係。1943年又は1944年の生まれ。インド出身。サウジアラビア国籍。

同人は,1980年代から組織設立のための主要な資金調達係として活動し,2003年には,外国の非政府組織(NGO)やビジネス関係者からの資金調達活動を調整したとされる。

国連安保理「アルカイダ」及び「タリバン」制裁委員会は,2008年12月,LeT及び「アルカイダ」の活動に関与したとして,同人を制裁対象に指定した。

(ク) アリフ・カスマニ(Arif Qasmani)

渉外部門責任者。1944年頃の生まれ。パキスタン出身。

同人は,他の組織との連絡・調整の責任者である一方,ムンバイ列車同時爆弾テロ事件(2006年7月)などのテロにも関与したとされるほか,「アルカイダ」を資金面などで支援したともされる。

国連安保理「アルカイダ」及び「タリバン」制裁委員会は,2009年6月,LeT及び「アルカイダ」の活動に関与したとして,同人を制裁対象に指定した。

(ケ) モハメド・ヤヒヤ・ムジャヒド(Mohammed Yahya Mujahid)

広報部門責任者。1961年3月12日生まれ。パキスタン・パンジャブ州出身。

同人は,少なくとも2001年半ばから,LeTの広報を担当していたほか,2017年8月には,JUDが設立した政治団体「ミリ・ムスリム・リーグ」(Milli Muslim League,MML)の決起集会に参加していたとされる。(注10)

国連安保理「アルカイダ」及び「タリバン」制裁委員会は,2009年6月,LeTの活動に関与したとして,同人を制裁対象に指定した。

イ 組織形態,意思決定機構

LeTは,ハフィズ・ムハンマド・サイード直属の最高司令官及び最高副司令官によって統率され,その下に複数の地域司令官及び副地域司令官が配置されているとされる。地域司令官は,活動地域を地区単位に分担し,それを地区司令官が管轄しているとされる(注11)

(6) 沿革

LeTは,1990年,MDIの軍事部門として設立された。同組織は,ジャム・カシミール州において,インド軍に対し,「挺(てい)身攻撃」(フェダイーン・アタック)と称する自爆攻撃を多数実行したほか,2000年12月のレッドフォート(デリー城)襲撃事件,2001年12月のインド国会議事堂襲撃事件など,インド首都圏でのテロを続発させ,地域情勢を緊迫化させた。

こうした状況を受け,米国国務長官は,2001年12月,LeTを外国テロ組織(FTO)に指定し,パキスタン政府も,2002年1月,LeTを非合法化した。国連安保理「アルカイダ」及び「タリバン」制裁委員会は,2005年5月,「アルカイダ」,オサマ・ビン・ラディン及び「タリバン」の活動に関与したとして,LeTを制裁対象に指定した。

一方,LeT最高指導者サイードは,2001年12月,LeTがパキスタン政府などによる資産凍結の対象となったことを受け,記者会見の場で,最高指導者の地位を辞し,マウラナ・アブドゥル・ワヒド・カシミーリが後任となることを発表するとともに,2002年には,MDIをJUDに改称し,以後,「JUDはLeTと関係がなく,いかなる武装活動も行っていない」と主張するようになった。

2017年8月,JUDは,政治団体「ミリ・ムスリム・リーグ」(MML)を結成し,サイフッラー・ハリドが代表に就任した。同人は,決起集会において,「MMLは,JUDと緊密に連携していく」などと主張し,政党組織として活動することを目指す旨を表明した。パキスタン東部・パンジャブ州都ラホールの選挙管理委員会は,MMLを政党として認可しなかったものの,MMLは,最高裁判所によるナワズ・シャリフ首相の議員資格剥奪に伴う下院補欠選挙(9月)において,無所属候補を後援した。

国連安保理「アルカイダ」及び「タリバン」制裁委員会は,2005年5月,「アルカイダ」,オサマ・ビン・ラディン及び「タリバン」の活動に関与したとして,LeTを制裁対象に指定した。さらに,同委員会は,2008年12月,JUDがLeTの別称の一つであると認定した。

(7) 最近の主な活動状況

ア 概況

LeTは,2008年11月のムンバイ同時多発テロ事件以降,大規模テロは実行していないものの,インド管理下のジャム・カシミール州において軍や治安当局などを標的としたテロを散発的に実行しているほか,アフガニスタンにおいてもテロ活動に関与しているとされる。同国で活動していた国際治安支援部隊(ISAF)は,2010年7月,同国東部・ナンガルハール州で「タリバン」司令官を拘束した際,「拘束した『タリバン』司令官が,LeT戦闘員のナンガルハール州への流入を支援していた」と発表したほか,2014年5月に同国西部・ヘラート州で起きたインド総領事館襲撃事件は,LeTが実行したとされる(注12)

最近では,2015年7月に武装集団がインド北部・パンジャブ州で警察署を襲撃・占拠した事件への関与が指摘されているほか,2016年6月には,インド北部・ジャム・カシミール州パンポレ近郊で治安部隊の車列を襲撃し,犯行を自認した。また,同年7月に同州で「ヒズブル・ムジャヒディン」(HM)のカリスマ的幹部バルハン・ワニが治安部隊との銃撃戦で死亡して以降,殺害に抗議する群衆と治安部隊の衝突が頻発する中,ハフィズ・ムハンマド・サイードは,パキスタン首都イスラマバードで,数千人の支持者を前に,インド管理下のカシミールにおける武装組織の活動を全面支援していくと演説した(注13)。その後も,ジャム・カシミール州で,2017年6月に発生した警察官に対する襲撃事件などに関し,犯行を自認したほか,翌7月に発生したヒンズー教の巡礼者が乗ったバスに対する銃撃事件への関与が指摘されている。

イ 他勢力との連携

LeTは,「タリバン」と関係を有しているとされ,前述のとおり,「タリバン」メンバーがLeTメンバーのアフガニスタン東部・ナンガルハール州への流入を支援していたことがISAFによって確認されている。

このほか,LeTは,インドで活動するイスラム過激組織「インディアン・ムジャヒディン」(IM)や「インド学生イスラム運動」(SIMI)などと近い関係にあるとされる。特に,2008年11月のムンバイ同時多発テロ事件は,LeTがIMの支援を受けて実行したとされる(注14)

ウ 資金獲得活動

LeTは,パキスタン,湾岸諸国,中東諸国及び欧州諸国(特に英国)で, 活動資金に用いる寄附金を集めているとされる。特にパキスタン国内では,LeTのフロント組織が資金調達活動を公然と実施し,メディアで寄附を募ったとされる(注15)。また,インド北部・ジャム・カシミール州では,資金調達を目的に,銀行を襲撃しているとされる。

エ リクルート活動及び訓練

戦闘で死亡したLeTメンバー900人以上の「伝記」を記したLeT発行の書籍及びパキスタン政府発表の統計に関する研究(注16)によると,LeTは,大半の要員をパキスタン東部・パンジャブ州各地でリクルートしており,リクルートされた者の平均は約17歳とされる。また,2000年以降,若者の家族を通じてリクルートを行う傾向にあり,同年から2004年までの間では,リクルートされた若者の4割以上が家族を通じてのリクルートであったとされる。このほか,リクルートされた者の平均学力は,一般的なパキスタン人男性の平均学力より高く,その60%が大学入学試験合格者であり,LeT戦闘員全体の識字率は95%を超えるとの指摘もある(注17)

LeTは,リクルートした者に対し,主に3段階の訓練プログラムを用意しているとされる(注18)。第1段階は,「ダウラ・エ・アマ」と呼ばれる3週間のプログラムで,主に礼拝,身体訓練及び基本的な武器使用訓練などであり,第2段階は,「ダウラ・エ・スファ」と呼ばれる15日間のプログラムで,コーランの読誦(じゆ)や礼拝など,第3段階は,上述のプログラムを通して選抜された者を対象とする「ダウラ・エ・カサ」と呼ばれる3か月間のプログラムで,ゲリラ戦の訓練や様々な武器の使用訓練などであるとされる。

年 月 日  主要テロ事件,主要動向等
90年  ハフィズ・ムハンマド・サイードが 「マルカズ・ダワ・ウル・イルシャド」(布教・教示センター,MDI)の軍事部門として「ラシュカレ・タイバ」(LeT)を設立
00.12.22  インド首都ニューデリーの史跡レッドフォート(デリー城)の軍施設に侵入して銃を乱射し,兵士ら3人が死亡
01.12.13  ニューデリーの国会議事堂に侵入して警備員らに発砲し,警備員8人を含む9人が死亡,警備員13人を含む16人が負傷。同事件には,「ムハンマド軍」(JeM)も関与との指摘
05.10.29  ニューデリー中心部の3か所で連続して爆弾を爆発させ,約60人が死亡,200人以上が負傷
06. 7.11 ムンバイ列車同時爆弾テロ事件
インド中部・マハラシュトラ州ムンバイで,夕方のラッシュアワー時に,通勤電車や駅の8か所でほぼ同時に爆弾を爆発させ,180人以上が死亡,800人以上が負傷
07. 5.17  インド南部・アンドラ・プラデシュ州ハイデラバードのモスク「メッカ・マスジド」で,爆弾を爆発させ,16人が死亡,40人が負傷。同事件は,「ハルカトゥル・ジハーディ・イスラミ」(HUJI)との共同作戦とも指摘
08.11.26 ムンバイ同時多発テロ事件
マハラシュトラ州ムンバイのタージマハル・ホテルを始め,鉄道駅,ユダヤ教施設,レストラン,病院などを襲撃し,邦人1人を含む166人が死亡,邦人1人を含む235人が負傷。同事件では,「インディアン・ムジャヒディン」(IM)がLeTを支援したとも指摘
14. 5.23  アフガニスタン西部・ヘラート州に所在するインド総領事館を襲撃したが,死傷者なし
15. 7. 6  インド北部・パンジャブ州グルダスプルで,武装勢力がバスに向けて銃を乱射した後,警察署を襲撃,占拠し,警察官や民間人7人が死亡,15人が負傷
16. 6.25  インド北部・ジャム・カシミール州パンポレ近郊で,中央予備警察隊(CRPF)の車列を襲撃し,隊員8人が死亡,同20人が負傷
17. 6.16  ジャム・カシミール州アナントナグ地区で,パトロール中の警察官を襲撃し,警察官6人が死亡

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