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シパエ・サハバ・パキスタン(SSP)
Sipah-e-Sahaba Pakistan

別称:
ミラテ・イスラミア・パキスタン(MIP) Millat-e-Islamia Pakistan
アフレ・スンナト・ワル・ジャマート(ASWJ) Ahle Sunnat wal Jamaat

主な活動地域

パキスタン(本部はシンド州カラチ)

組織の概要

「シパエ・サハバ・パキスタン」(SSP)は,デオバンド派(南アジアで最も有力なスンニ派イスラム学者の系統)の政党「イスラム・ウラマー協会」(JUI)から分派した反シーア派のスンニ派過激組織である。現在は「アフレ・スンナト・ワル・ジャマート」(ASWJ)を称しており,指導者はマウラナ・アフメド・ルディアンヴィである。

SSPは,1985年9月,マウラナ・ハク・ナワズ・ジャンヴィ(JUIパンジャブ支部幹部),マウラナ・ズィア・ウル・レフマン・ファルーキ,マウラナ・エエサルル・ハク・カスミ及びマウラナ・アザム・タリクらにより,パキスタンをシャリーアに基づくスンニ派イスラム国家にすることを目的として設立され,シーア派への攻撃を頻発させた。SSPは,初代指導者ジャンヴィが1990年2月にシーア派戦闘員と疑われる者により殺害された後,2009年までに,同派によるとみられる攻撃により3人の指導者を失った。1990年12月にパキスタン・パンジャブ州ラホールで発生したイラン総領事殺害事件は,初代指導者ジャンヴィ殺害に対するSSPの報復とされる。

1996年,SSPの活動方針がジャンヴィの理想から逸脱しているとして,組織内の強硬派がより過激な「ラシュカレ・ジャンヴィ」(LJ)を設立した。しかし,LJがSSP指導部の合意の下に軍事部門として結成されたという見方もある上,1997年1月のラホール・イラン文化センター襲撃事件や同9月のラワルピンディ・イラン空軍士官学校生殺害事件では,両組織メンバーの関与が指摘されたことなどから,LJとSSPは,密接な関係にあるとみられている。

パキスタン政府は,2002年1月,宗派対立をあおっているなどとしてSSPを非合法化した。SSP指導者で国会議員のアザム・タリクは,同措置を受けて,組織名称を「ミラテ・イスラミア・パキスタン」(MIP)に,2008年6月にはASWJに変更したが,それぞれ2003年11月,2012年3月にパキスタン政府により非合法化された。

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