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預言者ムハンマドのイスラム法施行運動(TNSM)
Tehrik-e-Nifaz-e-Shariat-e-Mohammedi

主な活動地域

パキスタン(カイバル・パクトゥンクワ州マラカンド地域)

組織の概要

「預言者ムハンマドのイスラム法施行運動」(TNSM)は,マウラナ・スフィ・ムハンマドが1989年又は1992年にデオバンド派イスラム主義政党「イスラム協会」(JI)から離脱して設立した過激組織で,カイバル・パクトゥンクワ(KP)州のマラカンド地域(注)でのシャリーア導入を主な目的として活動する「タリバン」支持勢力の一つである。KP州のマラカンド地区やスワト地区などを主な拠点としていたが,2009年,パキスタン軍による掃討作戦で拠点を喪失したとされる。スフィ・ムハンマドの義理の息子で現最高指導者ともされるマウラナ・ファズルッラーは,「パキスタン・タリバン運動」(TTP)の現最高指導者である。

TNSMは,2001年後半の米国などによるアフガニスタン進攻の際,「タリバン」政権支援のため,約1万人の武装要員をアフガニスタンに送り込んだとされ,パキスタン政府は2002年1月,TNSMを非合法化した。アフガニスタンから戻ったスフィ・ムハンマド及びファズルッラーは同年,テロ活動の罪で収監された。アフガニスタンに送り込まれたTNSMの武装要員の大半は死亡又は拘束され,また,それによって地元での支持を失ったことで,同組織は大きな打撃を被ったとされる。しかし,2005年10月に起きたパキスタン地震において,被災地で人道支援に携わると同時に,同地震は日頃の反イスラム的な行いの結果であるなどと訴えることで支持を回復したとされる。また,既に2003年に釈放されていたファズルッラーが,私設FMラジオ局を通じて活発な説教を行ったことも勢力回復の一因とされる(同人は「ムッラー・ラジオ」の異名を持つ)。

その後,ファズルッラーは,2006年10月に連邦直轄部族地域(FATA)バジョール地区で起きたTNSMの神学校に対する空爆事案や2007年7月に首都イスラマバードで起きた軍によるモスク「ラル・マスジド」制圧事案を通して過激化し,治安当局などに対するテロを実行した。

TNSMは,マラカンド地域にシャリーアを導入することを求め,パキスタン政府及びKP州政府と交渉を繰り返し,2009年2月,同州政府との間で,武装活動の停止などと引換えに同地域にシャリーアを導入することで合意した。しかし,同合意は,TNSMが活動地域を周辺地区にも拡大させる動きを見せたことが発端となり間もなく頓挫した。その後,TNSMはスワト地区で武装活動を活発化させたため,パキスタン政府は,2009年春,同地区に対する大規模な掃討作戦を実施した。TNSMは,その後,スフィ・ムハンマドが同年7月に逮捕されるなどスワト地区での拠点を失った。ファズルッラーはメンバーとともに国境を越えてアフガニスタン東部に逃れ,以後,パキスタン治安部隊などを標的にしたテロ活動を展開した。

ファズルッラーは,2009年にTTPが結成された際,同組織に加わり,その後,同組織のマラカンド地域司令官としてテロ活動を行っていたが,2013年11月,TTPの最高指導者ハキムラ・メスードが死亡したことを受け,TTPの最高指導者に選出された。

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