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パキスタン・タリバン運動(TTP)
Tehrik-e Taliban Pakistan

パキスタン北西部を拠点に活動するスンニ派過激組織。「タリバン」支持勢力の連合体。

別称:
①Tehrik-I Taliban Pakistan,②Tehrik-e-Taliban,③Pakistani Taliban,④Tehreek-e-Taliban

(1) 設立時期

2007年12月

(2) 活動目的・攻撃対象

ア 活動目的

シャリーアの施行及びその実現のためのパキスタン政府の打倒。

イ 攻撃対象

パキスタン政府及び軍関連施設に対する攻撃のほか,政党関係者の殺害などを実行している。また,米国も攻撃対象とし,過去,パキスタン国内の米国関係者や関連施設などに対するテロを実行している。

(3) 活動地域

パキスタン北西部・連邦直轄部族地域(FATA)及びカイバル・パクトゥンクワ(KP)州を中心に,同国全域。

(4) 勢力

数千人程度とされる(注1)

(5) 組織・機構

ア 指導者,幹部等

(ア) マウラナ・ファズルッラー(Maulana Fazlullah)
別名:
ムッラー・ファズルッラー(Mullah Fazlullah)

最高指導者(三代目。2013年就任)。1974年生まれ。パキスタン北西部・KP州スワト地区出身。

「預言者ムハンマドのイスラム法施行運動」(TNSM)(注2)最高指導者マウラナ・スフィ・ムハンマド(当時)がKP州ロウワー・ディル地区マイダンで運営していたマドラサに入学した後,同人の娘と結婚した。2001年の米国などによるアフガニスタン侵攻の際は,「タリバン」政権支援のため,多くのTNSMメンバーと共にアフガニスタンに越境したとされる。2002年,パキスタンに帰国した際,テロの罪で収監された。2003年に釈放された後,私設FMラジオ局を開設して説教活動を開始したことから,「ムッラー・ラジオ」の異名を得た。

2007年,TTPの結成に加わり,事務局長に就いたともいわれる(注3)。その後,マラカンド地域(注4)におけるTTPの指導者として同地域でテロを行い,2009年には,同地域でシャリーアによる統治を行うなどしたが,同年,パキスタン軍による掃討作戦を受け,アフガニスタンに逃れた(注5)。それ以降,アフガニスタン東部を拠点に,パキスタン軍などを標的としたテロを行っていたが,2013年11月,TTP最高指導者ハキムラ・メスードが死亡したことを受け,最高指導者に選出された。

最高指導者への選出後も,アフガニスタン東部にとどまっているとされる。

(イ) ベトゥラ・メスード(Baitullah Mehsud)(死亡)

初代最高指導者。1970年代前半の生まれ。パキスタン北西部・FATA南ワジリスタン地区出身。

マドラサの学生だった1990年代,「タリバン」の活動に共感し,アフガニスタンで同組織の活動に参加したとされる。その後,2004年6月,南ワジリスタン地区で「タリバン」支持勢力を率いていた有力指導者ネク・ムハンマドが空爆で死亡したことを機に台頭し,2005年2月,パキスタン政府との間で和平協定を結んだ(注6)ことで,地域での影響力を高めたとされる。2007年12月に起きたベナジール・ブット元首相殺害事件をめぐっては,パキスタン政府に首謀者と指摘された。2008年1月のテレビ局によるインタビューでは,当時のムシャラフ政権を批判するとともに,「我々の主な活動目的は,英国及び米国を打倒し,非ムスリムのプライドを打ち砕くこと」などと欧米に対する敵意を鮮明にした(注7)。2009年8月,FATA南ワジリスタン地区で,空爆によって死亡した。

(ウ) ハキムラ・メスード(Hakimullah Mehsud)(死亡)

前最高指導者。1979年頃の生まれ。2009年8月,初代最高指導者で従兄弟(いとこ)に当たるベトゥラ・メスードの死後,最高指導者に選出された。

TTP結成以前からベトゥラ・メスードに仕え,同人の運転手を務めたほか,2007年10月には同人の報道担当に就いた。ベトゥラ・メスードがTTP最高指導者となってからは,FATAオラクザイ地区,カイバル地区及びクッラム地区におけるTTPの司令官を務めた。

アフガニスタン南東部・ホースト州米軍基地自爆テロ事件(2009年12月)や米国ニューヨーク・タイムズスクエア自動車爆弾テロ未遂事件(2010年5月)などに関与したとされる。2013年11月,FATA北ワジリスタン地区で,空爆によって死亡した。

(エ) シェイク・ハリド・ハッカーニ(Sheikh Khalid Haqqani)

副指導者(注8)。KP州スワビ地区の出身とされる。

KP州ノウシェラ地区に所在するマドラサ「ダルル・ウルーム・ハッカニア」の元学生で,「TTPの宗教学者」とされる。2011年5月にKP州チャルサダ地区で発生した治安部隊訓練学校への自爆テロ(80人死亡,140人以上負傷)など,複数のテロ事件に関与したとされる。

2013年11月,TTP最高指導者ハキムラ・メスードが死亡し,マウラナ・ファズルッラーが新たな最高指導者に選出されたことに伴い,副指導者に就任したとされる(注9)

(オ) ムハンマド・フラーサニ(Muhammad Khurasani)

報道担当。2014年11月,TTPが発出した声明の中で,シャヒドゥッラー・シャヒードの後任として報道担当に任命されたことが発表された。

(カ) シャヒドゥッラー・シャヒード(Shahidullah Shahid)(死亡)

元報道担当。2013年7月,それまで報道担当を務めていたアフサヌッラー・アフサン(注10)に代わって新たな報道担当に任命されたとされる(注11)

2014年10月,ビデオ声明を発出し,他のTTP幹部5人(注12)と共に「イラク・レバントのイスラム国」(ISIL)最高指導者アブ・バクル・アル・バグダディに忠誠を誓うことを表明した。その後,TTPはシャヒードを「既に更迭していたことを正式に発表」するとともに,同人の後任にムハンマド・フラーサニを任命したことを発表した。2015年1月,ISILは,同人らによる忠誠表明を受け入れ,ISIL「ホラサン州」樹立を宣言した。それ以降,シャヒードは,同組織報道担当ともされていたが,同年7月,米国による空爆によって,アフガニスタンで死亡したとされる。

(キ) アドナン・ラシード(Adnan Rasheed)(拘束中)

特別部隊「アンサール・アル・アシール」(注13)作戦司令官及びムシャラフ元パキスタン大統領などを標的とする特別暗殺団の責任者で,KP州スワビ地区出身とされる。

パキスタン空軍に在籍していたが,ムシャラフ大統領(当時)暗殺未遂事件(2003年12月)に関与した容疑で逮捕され,2005年10月,死刑判決を受けた。2012年4月,武装集団の襲撃に乗じ,KP州バンヌ地区に所在する刑務所から脱獄した(注14)。2013年2月,「アンサール・アル・アシール」の作戦司令官に任命されたことが報じられた。さらに,同年3月,総選挙への参加のためにパキスタンへの帰国を予定していたムシャラフ元大統領を攻撃するためにTTPが設立した特別暗殺団の責任者に任命された。同年7月にKP州デラ・イスマイル・カーン地区で起きた刑務所襲撃事件の首謀者とも指摘される。

2014年7月,FATA南ワジリスタン地区で当局に拘束されたとされる。

(ク) マウルヴィ・ファキル・ムハンマド(Maulvi Faqir Muhammad)(拘束中)

元副指導者で元FATAバジョール地区司令官。2012年3月,TTP指導部の同意なしにパキスタン政府と和平交渉を行ったとして副指導者の職を解かれ,“一般の戦闘員”に降格した。TTPによる同決定に対し,TTPからの離脱の可能性も指摘されたが,同年6月,同人の報道担当はこれを否定し,同人がTTPに引き続き忠誠を誓っている旨述べた。

2013年2月,アフガニスタン東部・ナンガルハール州で逮捕され,パキスタン政府は,アフガニスタン政府に対して同人の引渡しを求めたが,同政府は拒否したとされる。

イ 組織形態,意思決定機構

TTPは,FATA及びKP州を中心に活動するパシュトゥン人による「タリバン」支持勢力の連合体である(注15)

TTPは,評議会(注16)と称する合議制機関の下で,指導者や司令官の選出,組織の運営などを決定しているとされる。

(6) 沿革

TTPの初代最高指導者ベトゥラ・メスードは,1990年代後半にアフガニスタン内戦下で「タリバン」と共に戦い,2004年,FATA南ワジリスタン地区の有力指導者ネク・ムハンマドが死亡したことを機に台頭するようになった。その後,ベトゥラ・メスードは,首都イスラマバードでの過激派神学生らによるモスク「ラル・マスジド」(赤のモスク)占拠事件(2007年7月)に際し,パキスタン政府が同モスクを武力制圧したことなどを理由に,2007年8月,パキスタン政府との間で合意していた和平協定の破棄を宣言し,治安部隊への攻撃を実行した。

2007年12月,ベトゥラ・メスードの報道担当マウルヴィー・オマルは,アフガニスタンに駐留する北太平洋条約機構(NATO)軍との戦いのため,パキスタンにおける「タリバン」支持勢力を統一し,また,パキスタン軍に対する防衛ジハードを立ち上げるため,TTPを設立した旨を発表するとともに,ベトゥラ・メスードが同組織の最高指導者として選出されたことを公表した。

こうして設立されたTTPに対し,パキスタン政府は,2007年12月のベナジール・ブット元首相殺害事件の首謀者としてベトゥラ・メスードを名指しし,2008年8月,TTPを非合法化した。

2009年8月,空爆によってベトゥラ・メスードが死亡した後,ハキムラ・メスードが最高指導者に就任した。同人はTTPのテロ活動を激化させ,同年10月,パンジャブ州ラワルピンディの陸軍司令部襲撃テロなどを実行した。そのため,パキスタン軍及び治安部隊は,TTP主要拠点のFATA南ワジリスタン地区での掃討作戦を開始したが,TTPは同掃討作戦を逃れてFATA北ワジリスタン地区などに拠点を移してテロ活動を継続した。その後,同組織は,①2009年12月のアフガニスタン南東部・ホースト州の米軍基地での自爆テロ事件,②2010年4月のKP州・在ペシャワール米国総領事館バリケード及び検問所付近での自爆テロ事件,③同年5月の米国ニューヨーク・タイムズスクエア自動車爆弾テロ未遂事件などを実行又は関与し,米国の権益に対する攻撃を活発化させた(注17)。こうしたテロ事件の発生を受け,同年9月,米国国務長官は,TTPを外国テロ組織(FTO)に指定した。その後,TTPは,2011年5月,オサマ・ビン・ラディンの死亡を受け,「我々は米国と同様,パキスタンに断固として報復する」などとする報復宣言を発出し,パキスタン治安部隊訓練学校や在ペシャワール米国総領事館関係者,パキスタン海軍基地などを標的としたテロを短期間に連続して実行した。2012年10月には,KP州スワト地区で,女子教育の権利を訴える少女を銃撃して重傷を負わせ,国内外の注目を集めた。

TTPは,ナワズ・シャリフ新政権の和平交渉呼び掛け(2013年9月)に対し,2014年2月に政府との和平交渉を開始したが,やがて和平交渉は停滞した。さらに,同年6月,TTPが同国南部・シンド州カラチのジンナー国際空港を襲撃したことで同交渉は頓挫し,パキスタン軍は,TTPなどの主要拠点とされるFATA北ワジリスタン地区における掃討作戦を開始した。これを受け,TTPは,同年12月,掃討作戦への報復であるなどとして,KP州ペシャワールに所在する軍設立の学校を襲撃し,生徒ら148人を殺害するなどした。

なお,国連安保理「アルカイダ」制裁委員会は,2011年7月,「アルカイダ」の活動に関与したとして,TTPを制裁対象に指定した。

(7) 最近の主な活動状況

ア 概況

TTPは,ハキムラ・メスード最高指導者の死亡(2013年11月)やパキスタン政府との一連の和平交渉をめぐり,内部対立が顕在化し,2014年5月にFATA南ワジリスタン地区司令官ハリド・メスード一派が離脱を宣言,同年8月には強硬派として知られるFATAモフマンド地区司令官オマル・ハリド・ホラーサニらの一派が,分派組織「パキスタン・タリバン運動ジャマートゥル・アフラル」(TTP-JA)を結成した(注18)。その後,2017年2月,TTPは,報道担当ムハンマド・ホラーサニ名で,「尊敬すべき司令官ハリド・メスードの指揮下にあるムジャヒディンがTTPに対し忠誠を宣言した件について」と題する声明を発出し,メスード派がTTPに復帰したことを発表した。

パキスタン軍は,2017年2月,法執行機関と共同で,パキスタン全土において,TTPなどの武装組織を対象とした摘発作戦を開始したものの,TTPは,テロ行為を継続しており,同年4月にパンジャブ州都ラホールで発生した国勢調査員らを標的とした自爆テロを始め,同地野外市場で発生した自爆テロ(7月),KP州都ペシャワールの大学構内で発生した銃撃事件(12月)などについて犯行を自認した。

イ 他勢力との連携

(ア) 「イラク・レバントのイスラム国」(ISIL)

2014年10月,TTPは,「我々はイラク及びシリアで活動する戦闘員を兄弟と思っており,彼らの勝利を誇りに思っている。我々は,あなた方(同戦闘員)が試練に立ち向かうとき,あなた方と共におり,でき得る限りの手段であなた方を支える」などとISILを支持する声明を発出したが,「忠誠を誓った」との報道がなされると,「忠誠を誓ったわけではない」と表明し,距離を置く姿勢を示した。しかし,その直後,TTP報道担当シャヒドゥッラー・シャヒード(当時)が,他の幹部5人と共にISIL最高指導者バグダディに忠誠を誓うことを表明した。同年11月,シャヒードはTTPから更迭されたものの,2015年1月には,ISILがシャヒードらの忠誠を受け入れ,ISIL「ホラサン州」の樹立を宣言したことで,TTPから複数の幹部が流出することとなった。それ以降,TTPとISILとの関係を示す声明などは確認されていなかったが,2015年5月,TTPは,メディア部門を通じ,ISILが主張する「カリフ国家」を拒否し,「タリバン」最高指導者モハンメド・オマル並びに「アルカイダ」前最高指導者オサマ・ビン・ラディン及び現最高指導者アイマン・アル・ザワヒリを称賛する内容のエッセイを発出したほか,同年9月,「同組織最高指導者マウラナ・ファズルッラーが,バグダディに忠誠を誓う」とのうわさは誤りである旨,表明したとされる(注19)

(イ) 「タリバン」

「タリバン」支持勢力の連合体であるTTPは,「タリバン」と密接な関係にあるとされている(注20)。「タリバン」は,過去,他の「タリバン」支持勢力に対しても影響力を有することを背景に,TTPに対し,「ハッカーニ・ネットワーク」(HQN),「マウルヴィ・ナジル勢力」及び「ハフィズ・グル・バハドゥル勢力」と共に合同協議会「シューラ・イ・ムラクバ」を設立するよう働き掛けたとされるなど,TTPを他の「タリバン」支持勢力と連携させる動きを見せてきた。TTP報道担当シャヒドゥッラー・シャヒード(当時)は,2013年10月,同組織が「タリバン」から資金面で支援を受けていること及び同組織の幹部であったマウラナ・ファズルッラー(現最高指導者)が「タリバン」によってアフガニスタン東部・クナール州でかくまわれていることを明らかにするなど,TTPが少なからず,「タリバン」の影響下にあることをうかがわせた。他方,TTPが実行した2014年12月のペシャワール市での学校襲撃テロをめぐっては,「タリバン」から「罪のない市民や女性,子供を意図的に殺害するのはイスラム教の教えに反している」などと非難された。なお,2015年7月,「タリバン」がオマル最高指導者の死亡を認めた際,TTP報道担当ムハンマド・フラーサニは,「これまでの方針を変更するつもりはない」などと発言したほか,同組織司令官とされる人物は,「タリバン」がオマルの死を秘匿していたことを容認する立場を示したとされる。

(ウ) 「アルカイダ」

TTPは,「アルカイダ」との関係について,「彼ら(『アルカイダ』)は,移住してきた兄弟である。我々は彼らのために家と家族を犠牲にしてきた。(中略)我々の心は彼らに対し,開かれている」(2013年1月発出声明での最高指導者ハキムラ・メスード〈当時〉の発言)と述べるなど,「アルカイダ」メンバーをかくまう立場にあることを示唆した。また,TTPは,オサマ・ビン・ラディンが死亡(2011年5月)したことを受け,報復テロを連続して実行したほか,「(我々は)ビン・ラディン師の国際的な活動方針に従っていく。我々は彼の思想を支持していく」(同月発出声明)などと,オサマ・ビン・ラディンの影響を受けていることを改めて表明した。一方で,オサマ・ビン・ラディンが死亡したアボタバードの隠れ家で押収された資料の中からは,「アルカイダ」幹部がハキムラ・メスードに対し,無差別テロをやめるよう戒める書簡が発見された。

(エ) 「ウズベキスタン・イスラム運動」(IMU)

米国などによるアフガニスタン進攻を受け,国境を越えてパキスタンの部族地域に逃れてきた「ウズベキスタン・イスラム運動」(IMU)とは,過去に密接な関係を有していたとみられている。2012年4月のKP州バンヌ地区での刑務所襲撃テロや2014年6月のカラチ市でのジンナー国際空港襲撃テロは,両組織の共同作戦であったとされている。また,2013年2月には,収監されている戦闘員の脱獄支援を目的とする特別部隊「アンサール・アル・アシール」が,両組織の共同で結成された。一方,2015年8月にIMUがISILへの忠誠を正式に宣言した際には,多くのIMUメンバーがアフガニスタンへ移動したとされ,その後の同組織との連携状況は不明である。

(オ) 「ラシュカレ・イスラム」(LI)

パキスタンの「タリバン」支持勢力の一つである「ラシュカレ・イスラム」(LI)が,パキスタン軍の掃討作戦(2014年10月)によって,主要司令官や報道担当らが投降するなど打撃を受けた後,TTPは声明を発出(同年11月)し,LIを支援するため,メンバーをLIの拠点であるFATAカイバル地区に派遣した旨表明した。

ウ 資金獲得活動

TTPは,誘拐の身代金や犯罪活動,恐喝などで活動資金の多くを得ているとみられる(注21)

エ リクルート活動

パキスタン北西部に所在するマドラサなどで,若者をリクルートしているとされる。

TTPは過去,女性による自爆テロを実行しており,TTP報道担当アザム・タリク(当時)は,2011年8月,多くの女性自爆テロ要員を保有していると発言している。また,TTPの広報部門ウマル・メディアは,2017年7月,テレグラム上に,「ジハードにおける女性の役割」などと題した呼び掛けを投稿し,後方支援要員としての女性の役割について説明するとともに,母親に対し,子供に玩具の銃を与えることや子供が寝るときに“殉教者”の物語を語って聞かせることなどを推奨した。

さらに,TTPは,同年8月,「ハウラの道」(Sunnat-e-Khaula)と題した女性向けの英文雑誌を創刊し,「女性もムジャヒディンの隊列に加わるべきだ」などと呼び掛けた上で,武器の使い方を訓練するよう求めるなど,女性へのリクルート強化を主張した。

年 月 日  主要テロ事件,主要動向等
07.12.14  パキスタン北西部・連邦直轄部族地域(FATA)ワジリスタン地区で開催された同地区部族民による評議会において,「パキスタン・タリバン運動」(TTP)を設立し,最高指導者としてベトゥラ・メスードを選出したことを発表
07.12.27  パキスタン東部・パンジャブ州ラワルピンディで,自爆テロなどが発生し,「パキスタン人民党」(PPP)党首のベナジール・ブット元首相を含む少なくとも22人が死亡
08. 8.21  パンジャブ州軍需工場の複合施設内で,自爆テロを実行し,約60人が死亡,約70人が負傷
09. 5.27  パキスタン東部・パンジャブ州ラホールの三軍統合情報部(ISI)州本部付近の路上で,自動車による自爆テロを実行し,ISI職員を含む24人が死亡,300人以上が負傷
09. 8. 5  ベトゥラ・メスードが空爆で死亡。その後,ハキムラ・メスードが最高指導者に就任
09.10. 5  パキスタン首都イスラマバードの国連世界食糧計画(WFP)事務所で爆弾を爆発させ,国連職員5人が死亡
09.11.13  パキスタン北西部・北西辺境州(現KP州)ペシャワールのISI地方本部検問所で,自爆テロを実行し,ISI職員10人を含む少なくとも13人が死亡,60人が負傷
09.12.30  アフガニスタン南東部・ホースト州にある米軍基地で自爆テロを実行し,米国中央情報局(CIA)職員を含む米国人7人,ヨルダン情報機関員1人が死亡
10. 3. 8  パンジャブ州ラホールにある連邦調査局(FIA)施設に爆弾を積載した車両を突入させて自爆し,少なくとも13人が死亡,60人以上が負傷
10. 4. 5  北西辺境州(現KP州)の在ペシャワール米国総領事館付近で自爆テロを実行し,パキスタン治安部隊兵士2人が死亡,同館現地警備職員3人を含む数人が負傷
10. 5. 1 米国ニューヨーク・タイムズスクエア自動車爆弾テロ未遂事件
米国当局は,ニューヨーク・タイムズスクエアにおいて,爆発物などを積載した車両を発見。同月3日,同地でのテロ未遂容疑などでパキスタン系米国人ファイサル・シャザドを逮捕。同人は,TTP関係者と接触し,訓練及び資金の提供を受けていたとの指摘
10. 7. 9  FATAモフマンド地区の行政事務所に爆弾を積載した車両などを突入させて自爆テロを実行し,100人以上が死亡,160人以上が負傷
10. 9. 3  パキスタン西部・バルチスタン州クエッタで,シーア派教徒を標的として自爆テロを実行し,少なくとも60人以上が死亡,200人以上が負傷
11. 1. 2  パキスタン北西部・KP州バンヌで,爆弾を積載した車両を警察署に突入させて自爆テロを実行し,治安関係者及び市民18人が死亡,16人が負傷
11. 4. 3  パンジャブ州デラ・カジ・カーン地区の聖廟(びよう)付近で,2件の自爆テロを実行し,礼拝者など42人が死亡,100人以上が負傷
11. 5.13  KP州チャルサダ地区で,治安部隊の訓練学校を標的とした2件の自爆テロを実行し,新兵など少なくとも80人が死亡,140人以上が負傷
11. 5.22  パキスタン南部・シンド州カラチで,武装集団がメヘラン海軍基地に侵入し,対潜哨戒機P3Cを2機爆破した後,海軍兵士と銃撃戦を展開。海軍兵士など少なくとも10人が死亡,15人以上が負傷
11. 8.19  FATAカイバル地区で,金曜礼拝中のモスクに侵入して自爆テロを実行し,礼拝者56人が死亡,116人が負傷
11. 9.15  KP州ロウワー・ディル地区で,政府寄りの部族長の葬儀会場を標的とした自爆テロを実行し,31人が死亡,63人が負傷
12. 4.15  KP州バンヌ地区で,約150人から成る集団が刑務所を襲撃し,刑務官3人が負傷,囚人384人が脱走。「ウズベキスタン・イスラム運動」(IMU)との共同作戦とも指摘
12. 8.16  パンジャブ州アトック地区カムラで,ミンハス空軍基地を襲撃し,銃撃戦で軍兵士1人が死亡,軍用機1機が損傷
12. 8.16  KP州マンシェラ地区で,シーア派教徒が乗車したバスを停止させ,乗客に向けて発砲し,25人が死亡
12.10. 9  KP州スワト地区で,女性や子供が教育を受ける権利を訴えていたマララ・ユスフザイ氏を襲撃し,同氏が重傷
12.11.21
 ~25
 シンド州カラチ(21日),パンジャブ州ラワルピンディ(21日),KP州デラ・イスマイル・カーン地区(24日及び25日)で,宗教行事に参加するシーア派教徒に対して爆弾を爆破(一部は自爆)させ,合わせて少なくとも32人が死亡,182人以上が負傷
12.12.15  KP州ペシャワール市で,バチャ・カーン国際空港(空軍基地併設)を襲撃し,4人が死亡,30人以上が負傷
12.12.22  KP州ペシャワール市で,自爆テロを実行し,同州副首相を含む9人が死亡,少なくとも18人が負傷
13. 2. 2  KP州ラッキ・マルワト地区で,軍宿営地を襲撃し,兵士13人を含む24人が死亡,11人が負傷
13. 4.16  KP州ペシャワール市で,「アワミ民族党」(ANP)の選挙集会に対する自爆テロを実行し,16人が死亡,35人以上が負傷
13. 5. 6  FATAクッラム地区で、「イスラム・ウラマー協会ファズルル・ラフマン派」(JUI-F)選挙集会に対する爆弾テロを実行し,23人が死亡,70人以上が負傷
13. 7.29  KP州デラ・イスマイル・カーン地区で,刑務所を襲撃し,警察官ら14人が死亡,15人が負傷,253人の囚人が脱走
13. 8. 8  バルチスタン州クエッタで,警察官の葬儀会場を標的とした自爆テロを実行し,警察官21人を含む38人が死亡,40人が負傷
13.11. 1  FATA北ワジリスタン地区で,ハキムラ・メスードが空爆で死亡。その後,マウラナ・ファズルッラーが最高指導者に就任
14. 1. 9  シンド州カラチで,同州警察犯罪捜査局トップの車列を標的とした爆弾テロを実行し,同人を含む警察官3人が死亡
14. 6. 8  シンド州カラチで,ジンナー国際空港を襲撃し,少なくとも26人が死亡,29人が負傷。IMUとの共同作戦とも指摘
14.12.16  KP州ペシャワールで,軍設立の学校を襲撃し,生徒ら少なくとも141人が死亡,120人以上が負傷
15. 2.13  KP州ペシャワールで,シーア派礼拝施設を襲撃し,同派教徒少なくとも20人が死亡,50人が負傷
15. 3.18  KP州ペシャワールで,「パキスタン・ムスリム連盟ナワズ・シャリフ派」の地区指導者を殺害
15. 9.18  KP州ペシャワールで,空軍基地を襲撃し,少なくとも29人が死亡
16. 1.20  KP州チャルサッダ地区で,大学を襲撃し,21人が死亡,35人が負傷。「タリク・ギダル・グループ」が犯行を自認する一方,報道担当ムハンマド・フラーサニがTTPの関与を否定
16. 2. 6  バルチスタン州クエッタで,国境警備隊を標的とした自爆テロを実行し,12人が死亡,38人が負傷
17. 1.21  FATAクッラム地区パラチラルの市場で爆弾を爆発させ,25人が死亡,約50人が負傷。東部・パンジャブ州で「ラシュカレ・ジャンヴィ」(LJ)の指導者が治安部隊に殺害されたことに対する報復として,「ラシュカレ・ジャンヴィ・アルアラミ」と共同で攻撃を実行したとの声明を発出
17. 4. 5  パンジャブ州都ラホールで,国勢調査員及び護衛の兵士を標的とした自爆テロを実行し,兵士4人と国勢調査員2人が死亡,22人が負傷
17. 7.24  パンジャブ州都ラホールの市場で,自爆テロが発生し,警察官ら26人が死亡,50人が負傷。警察当局は,TTPの「『タリバン』特別グループ」(Taliban Special Group)と称される自爆攻撃専門部隊の関与を指摘

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