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「外国人戦闘員」の脅威

(1) 参加者数,出身国等

シリアで反政府運動が発生した2011年3月以降,国外からシリアの反体制派に参加したとされる,いわゆる「外国人戦闘員」の規模は,2014年には,延べ1万人を超えた(注1)とされ,その出身国は80か国以上(注2)にも及ぶとされる。外国人戦闘員の出身国は,中東,北アフリカ,欧州,旧ソ連諸国,東南アジア,北米,オセアニアなど幅広い地域に及んでいるとされるが,このうち,中東,北アフリカ,欧州の出身者が全体の約8割から9割にも達するとされる。

中東,北アフリカ両地域を合わせた出身者は約7割(注3)とされ,国別では,ヨルダン,サウジアラビア,チュニジア,レバノン,リビアなどからの出身者が多いとされる。また,欧州地域の出身者は約2割(注4)とされ,国別では,フランス,英国,ドイツ,ベルギー,オランダなどからの出身者が多いとされる。

過去,アフガニスタンにおける対ソ連やイラク戦争の際にも,多数の外国人が戦闘参加を目的に両国に渡航したとされるが,シリアにおける外国人戦闘員の参加状況については,@渡航ペースの早さ,A規模の大きさ,B出身国の幅広さ―において両事例を凌ぐとの指摘(注5)がなされている。

〈国,地域別の「外国人戦闘員」推計《報道などからの引用による》〉
国名,地域 人 数 国名,地域 人 数
チュニジア 約3,000人 オランダ 約120人
モロッコ 約1,500人 デンマーク 約100人
リビア 最大約550人 スペイン 約50人
アルジェリア 約200人 ボスニア 約340人(イラク渡航者も含む)
サウジアラビア 約2,500人 ロシア 800人以上
ヨルダン 約2,200人 オーストラリア 約250人
レバノン 最大約890人 中国 最大約100人
トルコ 約400人 パキスタン 最大約330人
フランス 700人以上 インドネシア 最大約60人
英国 約500人 マレーシア 約40人
ドイツ 約300人 米国 約10人(100人との指摘も)
ベルギー 約250人 カナダ 約30人

(2) シリアへの渡航ルート

シリア反体制派への参加を志願する者の多くは,周辺国から陸路でシリアに密入国したとされる。これらルートとしては,主に,「トルコ南部からシリア北部」や「レバノン北部からシリア」などが指摘(注6)されてきた。

このうち,トルコを経由したルートが最も多く使用され,シリアへの渡航において,同国は主要な経由地になってきたとされる(注7)(注8)。その背景としては,@トルコには観光目的で多数の外国人が訪れており,同国に渡航すること自体は,必ずしも当局の注意を引くことにはならないこと,A欧州からトルコへの航空運賃は比較的安価とされること,Bトルコは多くの国との間で査証免除協定を結んできたこと―などが指摘(注9)(注10)されている。

外国人戦闘員志願者は,トルコ国内で反体制派の関係者と接触し,その仲介によりシリアに密入国するか,あるいは,シリアに密入国した後,反体制派関係者と接触するとされる。現在,トルコと国境を接するシリア北部の広範な地域は反体制派組織の支配下にあり,一方,シリアと国境を接するトルコ南部には,反体制派組織の後方拠点が存在するとされ(注11),同国に入国した志願者の中には,シリアへの密入国までの間,こうした後方拠点に身を寄せる者もいるとされる。また,志願者の中には,人道支援組織の関係者として入国する者もいるとされる。

シリアとトルコの国境は約900kmにも及び,多くの「通過地点」が存在するとされる。トルコ当局は,シリアとの国境検問所において,違法な越境に対する取締りを行ってきたが,検問所のない地域を越境する者が後を絶たず
(注12),また,志願者は,トルコを経由することで,治安当局が察知できるような痕跡をほとんど残すことなく,シリアへの渡航を果たすことも多いとされる(注13)

(3) シリアへの渡航方法

志願者の多くは,独力で資金を工面し,計画を立てて,シリアに渡航してきたとされる。「オランダ・ムジャヒディン」の報道担当を名のる,欧州出身とみられるある外国人戦闘員は,自身の渡航経験について,「渡航に要する交通費や(途中の)宿泊費は,数百ユーロもかからない。その上,ここ(シリア)での生活は非常に安価で済む。我々は,戦闘に参加し,良い給与も得ている」などと語った(注14)

また,渡航方法は,支援組織やネットワークも介在する場合があり,これら組織等には,@犯罪組織など主に営利を目的とするもの(注15)(注16),A過激組織の支持者などによって構成されるもの―があるとされる。後者に関しては,特に欧州などで,従前からアフガニスタン,イラク,イエメンなど他の紛争地への渡航支援を行ってきた既存の組織やネットワークが存在し,これらが活用又は再構築される形で,シリアへの渡航支援が行われているとされる(注17)

シリアの過激組織の中には,志願者に対して,思想面などで厳格な審査を課すものもあるが,こうした組織へも円滑に人員を供給できるよう組織化されたネットワークが存在するとされる。スペイン・セウタ(注18)では,2013年6月から9月にかけてシリアなどの過激組織に人員を派遣していた支援ネットワークが摘発され,9人が逮捕された。同ネットワークは,志願者に予め思想的な教化を行っていたとされる。

また,過激組織の支持者による支援組織やネットワークの中には,志願者に渡航資金を援助してきたものもあるとされる(注19)

(4) シリア反体制派への参加動機

シリア反体制派への参加動機として,外国人戦闘員らは,@「独裁的な(アサド)政権と戦うため,また,苦難に陥ったシリア人を助けたいため」などとする人道的な感情,A「大シリアや中東地域における『カリフ制国家』の建設に寄与したいから」などとする大義への感情,B「シリアにおいてシーア派(やアラウィー派)がスンニ派を攻撃しており,シーア派と戦うため」などとする宗派的な感情―などを挙げているとされる(注20)

@については,シリア政府がスンニ派に対して行ってきたとする残虐行為への端的な感情に由来し,戦闘員の中には,シリアのスンニ派と連帯して戦うことは,自身に課せられた個人的な義務と捉えている者もいるとされる
(注21)。また,Aについては,過去の歴史上,カリフ制国家がダマスカスを拠点に存在していたということが,その復活を望む者にとって強い動機付けになっているとされる(注22)(注23)

Bについては,シリアでの紛争が過去の紛争とは異なる性質を帯びているとの指摘もある。これまで,外国人戦闘員の発生を促した紛争の多くは,イスラム教国家(地域)が非イスラム教国家(勢力)から攻撃や侵略を受けるという構図のものであった(注24)。そのため,外国人戦闘員に見られた典型的な動機は,「イスラム教を守るため」というものであった。これに対し,シリアの場合は,スンニ派によるアラウィー派やシーア派への憎悪や偏見といった宗派的な感情に作用する傾向が強いともされる(注25)。こうした傾向は,特に,イランやレバノンのシーア派組織「ヒズボラ」などがシリア政府への支援を本格化させて以降,より顕著になったとされる(注26)

これらのほか,「冒険心を満たすため」,「(戦闘員となることでの)男らしさへの憧れ」などといった動機(注27)や,特に欧州からの参加者の中には,「自国でのイスラム教徒としての疎外感」,「人生における目的意識の喪失」,「イスラム共同体に帰属することでの精神的安らぎの享受」などを動機(注28)に挙げる者もいる。欧州出身とみられるある外国人戦闘員は,2014年4月11日,ツイッター上で,「私は,祖国では,不信心者の中で暮らしていた。私は,当時,蔑みを受ける中で生活していた。十字架の信奉者である警察は,よく私の家に土足で押し入った。そうした蔑みの中で生きるということが,どういうことか,あなたには分かるだろうか」などと語っている。

他方,外国人戦闘員によるソーシャル・メディアなどでの発信内容を見る限り,シリアでの活動後,次に何をしたいのかという考えには乏しいとする指摘(注29)もなされている。また,渡航先としてシリアを選択する理由については,志願者の多くが,アフガニスタン,イエメン,ソマリア,マリといった他の紛争地では,砂漠や山岳地帯など過酷な環境での生活が求められる一方,近代化されたシリアでは比較的快適な生活も可能と捉えていることが指摘
(注30)されている。

(5) 参加者の構成(注31)

外国人戦闘員の世代,階層,背景は様々であり,一定の典型を見い出すことは困難とされる。戦闘員の年齢を見る限りでは,最も多い年齢層は20歳代とされるが,中には,15歳から19歳,あるいは,30歳代との例も見られる。性別では,圧倒的多数が男性とされるが,中には,欧米諸国などを出身とする女性もいる。女性に関しては,個人での参加に加え,友人や夫とともに参加する例もあるとされる。

欧米諸国などイスラム教徒が多数ではない国の出身者の中には,イスラム教への改宗者もいるとされる。EU加盟諸国を例とした場合,外国人戦闘員のうち,平均約6パーセントが改宗者との指摘もある。また,欧米諸国出身者の多くは,移民の第2世代又は第3世代であり,渡航前にシリアと関係を有していた者の数はごくわずかともされる。

さらに,フランス出身の外国人戦闘員を例とした場合,その特徴として,@シリアとの文化的,民族的なつながりはない,A比較的若年齢である(18歳から28歳),B都市部の出身者が多い,C渡航前まで,過激主義や犯罪といった反社会的な活動への関与がなかった者が多い,D約25パーセントがイスラム教への改宗者である―といった点が挙げられるとされる。

外国人戦闘員の多くは,軍事訓練や戦闘参加の経験を持たないが,より年齢が高い層の中には,過去に他の紛争地での戦闘に参加した経験を持つ者もいるとされる。

(6) 参加への呼び掛け

シリア反政府運動は,過去のいずれの紛争の際にも増して,様々な点で,ソーシャル・メディアが大きな影響を与えているとされる(注32)。特に,「イラク・レバントのイスラム国」(ISIL)などの過激組織は,ソーシャル・メディアを積極的に活用して,海外に向けて戦闘員参加の呼び掛けを行ってきた。こうした呼び掛けは,複雑な思想上の主張や議論などよりも,端的な感情に訴える傾向がみられ,その内容に関しても,「仲間との友情や団結」,「利他主義」,「高いモラル」,「ヒロイズム」などを描写したものや,「苦しむシリア国民」,「敵が行った残虐行為」などに関する描写が見受けられるとされる(注33)

また,ISILは,こうした宣伝に,自組織の外国人戦闘員を積極的に登場させ,これら戦闘員が,@自国の旅券を破り捨てる様子,A自国民に向けて自国政府に対するテロを呼び掛ける様子,Bシリアでの生活がイスラム教徒にとっていかに理想的であるかなどを説明する様子,C独自の「イスラム国家」の樹立・拡大に向けた決意を表明する様子―などを掲載してきた。さらに,同組織の最高指導者アブ・バクル・アル・バグダディは,2014年7月1日に発出した声明において,自組織が掲げる「カリフ制イスラム国家」が,既存の国籍や人種,民族を超えた世界のイスラム教徒による国家であると強調し,同「国家」の担い手として,軍事の分野に限らず,法律,医療,技術など民生分野における専門家にも参加を呼び掛けた。

こうした過激組織に加え,個々の外国人戦闘員も,それぞれのソーシャル・メディア・アカウントなどを利用している。彼らは,母国語を通じて,自身のシリアでの経験を掲載し,閲覧者からの質問に答えることで,参加に関心を抱いたり,あるいは参加に不安を抱く閲覧者に助言などを行っている。そのため,参加希望者にとっては,シリアに渡航し,反体制派組織に参加するまでに必要な知識や人脈などを,過去の紛争に比して,はるかに容易に入手することが可能になっているとされる(注34)

また,外国人戦闘員の中には,ソーシャル・メディアなどを通じて,自分達がシリアで一定の設備が完備された家屋に居住していると宣伝し,閲覧者に対して,あたかも「シリアにおけるジハードは格好が良い」かのような印象を抱かせようとする者もいる。2013年12月には,英国出身とされる複数の外国人戦闘員が,「ラヤト・アル・タウヒード」(Rayat al-Tawhid)なるメディア組織を設立し,ソーシャル・メディア上にシリアでの戦闘模様に関する映像を掲載するなどして,英国民に戦闘参加を呼び掛けた。これら呼び掛けの中で,「やくざな生活を捨ててジハード生活へ」などと称し,シリアでの戦闘を美化する試みがなされているほか,「5つ星のジハード」と題するビデオ映像では,外国人戦闘員達がスイート・ルーム付きの邸宅やプール付きのマンションに居住するなど,贅沢な生活を送っていると思わせる内容が収められている(注35)

一方,外国人戦闘員を志願する側も,シリアの状況を知る上で,既存のマス・メディアではなく,ソーシャル・メディアに依存する傾向があると指摘されており(注36),ソーシャル・メディア上で自分が選んだソースのみから情報を入手し,他の媒体から自らを遮断しているともされる。こうした者達は,単に閲覧するだけでなく,自らも投稿(書き込み)を行うことで,居住国にいる段階から,自身もシリア情勢に関与しているとの意識を強め,やがて,実際の行動へとつながっていくとの見方もなされている。

このほか,直接的な接触による働き掛けも,依然として,大きな役割を果たしているとされる。特に,北アフリカ諸国においては,他地域に比してインターネットの利用率は低いにも関わらず,最も多くの外国人戦闘員を生み出しているとされる(注37)。また,欧州でも,シリアを含む紛争地に外国人戦闘員を送り出している支援組織の存在が指摘されていることも無視できない。

(7) 参加組織

シリア反体制派の中でも,特に,「イラク・レバントのイスラム国」(ISIL)が多くの戦闘員を引きつけているとされる(注38)。その背景として,ISILは,@国際性を強調してきたこと,A資金的に有力とされること,B外国人戦闘員のリクルート,訓練,活用に長けていること―などが挙げられるほか,志願者の多くが宗教的義務感などを動機付けとしており,宗教色をより強く出す組織になびきやすいとも指摘される。

@について,ISILは,シリア1国にとどまらず,既存の国籍や人種,民族を超えたイスラム教徒(スンニ派)を主体とする,より広い地域での「イスラム国家」の樹立などを活動目標に掲げており,同組織の戦闘員に関しても,幅広い地域からの出身者を擁していることをたびたび強調してきた。その結果,原則的にシリア人を主体とし,同国に限った闘争を目的とする「自由シリア軍」(FSA)などの他組織よりも,外国人の心を捉えやすいとされる。

Aについては,従前より,シリア反体制派の中では,世俗主義や民族主義を掲げる組織よりも,「スンニ派イスラム主義」などを強く掲げる組織の方が,周辺国などに居住するスンニ派からの寄附を集めやすかったとされる。さらに,ISILは,勢力の拡大を背景に独自の資金力を高め,他組織以上に高額で安定した給与を支払うなどして戦闘員を引きつけているとされる(注39)

また,Bについて,ISILは,過去にもイラクで外国人戦闘員を吸収するなどして武装闘争を行ってきた経験から,シリアで反政府運動が発生する前から,既に独自の人員募集能力を有していたとされる。また,同様の理由から,ISILは,戦闘経験のない志願者や,現地語を話せない志願者であっても,これを訓練し,戦力として活用するノウハウを有しているとされる。

これらのほか,ISILは,2014年末までに,トルコと国境を接するシリア北部の広範な地域を支配下に置いたとされるが,その結果,参加組織を決めずにトルコから密入国した志願者にとって,最初に出会う組織がISILとなる事例も多いとされる。また,ISILによる様々な残虐行為が,犯罪歴を有するなど特定の若者を「魅了」し,「自身の強さ(悪さ)」を誇示したいとの感情を昂じさせているとの見方もある。

(8) 「外国人戦闘員」の役割

欧米諸国出身の戦闘員には,@軍事及び民生分野での経験や技術を持たない,A現地の言葉を解さない,B地元の文化や習慣を知らない,C(万が一の際に抗議や復讐を行うような)家族や親族を現地に持たない―者達が多いことから,現地で歓迎されず,不当な扱いの対象になりやすいとされる。多くの外国人戦闘員は,ソーシャル・メディア上などでの宣伝とは裏腹に,死体の処理や埋葬,野戦便所の設営などといった戦闘員の間では敬遠されがちな後方業務担当か,自爆要員にさせられているとの指摘(注40)(注41)もある。また,戦闘に従事した場合でも,その死亡率は高いとされる(注42)

ISILは,外国人戦闘員の吸収によって勢力を拡大してきた背景から,これら戦闘員への依存度は高いとされる。ISILにおける外国人戦闘員の役割としては,戦闘や破壊活動の担い手のほか,@支配地における民生活動の担い手,A更なる外国人戦闘員をリクルートするための「人寄せ」―などが挙げられる。

@について,ISILは,支配地において,地元民からの支持獲得を企図し,食料の配給などの支援活動も行っており,外国人戦闘員の多くも,戦闘のかたわら,こうした活動に従事しているとされる。また,同組織は,支配地において,独自の行政,治安機関などを設けるだけでなく,道路,電気,郵便などの公共インフラ機能の運営なども行っているとされ,こうした民生分野における専門技術を有した外国人の参加も呼び掛けてきた。同組織は,2014年7月1日に発出した声明で,「カリフ制イスラム国家」の担い手として,軍事に限らず,民生分野における専門家にも参加を呼び掛けたほか,同月11日に発出したビデオ声明では,カナダ出身の戦闘員と称する人物を登場させ,「我々は,技術者,医者,学者を必要としている。我々は全てを必要としている。(ここでは)全ての者に役割がある。全ての者は,『イスラム国』のために何らかの役割を果たすことができる」などと訴えた。

また,Aについて,ISILは,声明の中で,自組織の外国人戦闘員を登場させるなどして,それぞれの出身国に向けて参加を呼び掛けてきたほか,個々の戦闘員がそれぞれのソーシャル・メディア・アカウントなどを通じて,各出身国の自国民に向けて参加を呼び掛けることを奨励してきたとされる。サウジアラビア出身の元ISIL戦闘員は,2014年3月,メディアとのインタビューにおいて,ISILが同人のソーシャル・メディア・アカウントに多数の閲覧者を有していることに着目し,同アカウントを奪って,ISILへの参加呼び掛けやサウジアラビア国内でのテロ実行を閲覧者に呼び掛けていたと語った(注43)

このほか,ISILには,欧州などを出身とする一定数の外国人女性が参加又は関与しており,同組織も海外からの女性の勧誘を試みてきたとされる。こうした女性は,@支配地での秩序維持,A男性戦闘員の結婚相手,B海外からの更なる女性の参加呼び掛け―などの役割を担っているとされる(注44)

@の例としては,検問所での女性に対する身体検査や,ISILが独自に解釈するシャリーアの周知徹底を目的とした女性に対する啓発活動(服装の取締りなど)などが挙げられる。また,Aについては,ISILは,従前より,支配地内で独自の「結婚相談所」を設け,自組織戦闘員の結婚相手となる女性の募集を図ってきたとされる。特に,同組織は,シャリーアを独自に解釈し,女性がISIL戦闘員と性的関係を持つことを「性のジハード」などと称して奨励しているともされる。

(9) 今後の脅威

各国政府の間では,帰国した元戦闘員がテロ関連活動に関与する可能性が指摘されている。シリアでの経験が外国人戦闘員に及ぼす影響として,@戦闘訓練や実戦経験などを通じてテロ実行に必要な破壊活動の能力を身に付けること,A過激組織内で人脈を得ること,B過激組織が掲げる目標を共有するなどして思想的にも過激化すること―などが挙げられる。このうち,Bについては,外国人戦闘員が,当初,どのような参加動機を抱いていたにせよ,過激組織は,外国人戦闘員の自国における境遇,特に,自国で受けていた差別の経験などを捉えて,自国への憎悪の念を高めさせたり,それをより広い意味でのイスラム教徒に対する抑圧と結び付けるなどして,外国人戦闘員への教化を図っていくとの可能性が指摘されている(注45)

帰国後に想定される具体的な脅威としては,○テロ関連活動への関与,○過激思想の持込み,拡散,○他者にも紛争地への渡航を呼び掛け―などが指摘されており,実際に,2014年5月,ベルギー・ブリュッセルのユダヤ博物館において,シリアで過激組織に参加していたとみられるフランス国籍を有する男が銃撃を行う事件が発生している(4人が死亡)。また,元戦闘員が,居住国におけるコミュニティにおいて,「シリア帰り」などとして周囲から注目を集め,指導的な立場を得るなどして,他者に影響力を及ぼしていく可能性が指摘されている(注46)

このほか,シリアにおける外国人戦闘員の問題については,アフガニスタン紛争(対ソ連)の時を例に挙げてその脅威を指摘する声もある。同紛争では,帰国した戦闘員らの一部が,それぞれ自国に帰国した後に反政府武装闘争やテロ活動に関与していったとされており,シリアに関しても,今後,「新たな国際テロリストの世代が生み出される可能性がある」などと指摘(注47)(注48)されている。

(10) 各国による対策

シリアの外国人戦闘員などによる脅威に対し,各国で実施又は検討中の対策としては,@おとり捜査などにより,戦闘員志願者を自国から出国する前に摘発,A対象となる者の監視,B旅券や査証に関する規制,C犯罪要件の拡大又は重刑化,Dインターネット上の規制,E啓発活動,F戦闘志願者やその家族に対するカウンセリング,助言,説得(注49)―などが挙げられる。

このうち,Cについては,国連安全保障理事会において,2014年9月,テロ目的の海外渡航などを国内法で処罰することを加盟国に義務付ける決議が全会一致で可決されている。

以下は,2014年における,諸外国当局によるシリア渡航関係の主な摘発事案である。

〈シリア反体制派組織への参加を企図したなどとして摘発〉
摘発日又は
摘発の公表日
国名 事案概要
3月10日 フランス  シリア反体制派への参加を企図したとみられる8人を逮捕
3月17日 米国  シリア反体制派に参加するため,同国への渡航を企図したとみられる1人を逮捕したと発表
8月4日 スペイン  ISILへの参加を企図したとみられる2人を逮捕したと発表
8月20日 オーストリア  シリア反体制派への参加を企図したとみられる9人を逮捕したと発表
8月20日 マレーシア  テロ関連容疑で逮捕した19人が,ISILに参加するためシリアへの渡航を企図していたと発表
8月22日 モロッコ  ISILの訓練キャンプへの参加を企図していたとみられる2人を逮捕したと発表
9月10日 オーストリア  ISILに参加するため,シリアへの渡航を企図したとみられる2人(いずれも未成年)の出国を差し止めたと発表
10月14日 マレーシア  ISILに参加するため,シリアへの渡航を企図したとみられる13人を逮捕
10月15日 モロッコ  ISILへの参加を企図したとみられる1人を逮捕
10月17日 米国  過激組織に参加するため,シリアへの渡航を企図したとみられる3人を逮捕
10月31日 マレーシア  ISILに参加するため,シリアへの渡航を企図したとみられる1人を逮捕
〈シリア反体制派組織に参加し,帰国後に摘発〉
摘発日又は
摘発の公表日
国(地域)名 事案概要
1月13日 英国  シリア反体制派組織に参加したとみられる2人を逮捕したと発表
2月25日 英国  シリアの「テロリスト訓練キャンプ」に参加したとみられる4人を逮捕したと発表
5月27日 ノルウェー  ISILに参加したとみられる3人を逮捕したと発表
8月11日 コソボ  シリアやイラクでISILなどに参加したとみられる40人を逮捕
9月23日 アゼルバイジャン  シリアでISILなどのイスラム過激組織に参加したとみられる26人を逮捕したと発表
11月19日 エジプト  シリアで「ヌスラ戦線」に参加したとみられる1人を逮捕したと発表
12月2日 マレーシア  シリアでISILに参加していたとみられる1人を含む3人をテロ関連の容疑で逮捕したと発表
〈シリア反体制派組織への参加者を募集,支援したなどとして摘発〉
摘発日又は
摘発の公表日
国名 事案概要
3月 フランス  シリア反体制派組織への参加希望者に対して,渡航を支援したとみられる4人を逮捕
6月16日 スペイン  ISILへの参加者を募集していたとみられる8人を逮捕したと発表
9月12日 モロッコ  ISILへの参加者を募集していた組織を摘発し,7人を逮捕したと発表
9月16日 米国  ISILへの参加希望者に対して,シリアへの渡航を支援したとみられる1人を逮捕
9月17日 フランス  シリアのイスラム過激組織への参加者を募っていたとみられる5人を逮捕したと発表
9月26日 スペイン,モロッコ  両国内でISILへの参加者を募集していた組織を摘発し,9人を逮捕したと発表
9月30日 オーストラリア  シリアの過激組織に参加している米国人に対して,渡航費用を支援したとみられる1人を逮捕したと発表。同容疑者と米国人は,主にソーシャル・メディアを通じて接触
11月28日 オーストリア  シリアの過激組織への勧誘活動などを行っていたとみられる組織を摘発し,13人を逮捕したと発表
12月2日 マレーシア  ISILに参加するためシリアへの渡航を企図していた者に対して,資金を援助していたとみられる2人を含む3人をテロ関連容疑で逮捕したと発表

(11) 「外国人戦闘員」言辞(注50)

米国メリーランド大学のヴェラ・ミロノヴァと同国ハイ・ポイント大学のサム・ウィットの両氏は,2014年5月,シリアの過激組織に参加している,サウジアラビア,フランス,ロシア及びアルジェリア出身の外国人戦闘員4人に対して,それぞれ聴取を行った。

両氏によれば,同じく聴取を行ったシリア人の戦闘員や同国の難民とは対照的に,これら4人の外国人戦闘員は,必ずしもアサド政権の打倒を究極的な動機付けとはしておらず,むしろ,祖国での生活に対する幻滅や,精神的な達成感を得たいという動機からシリアに渡航していた。また,シリアでの活動を,自身のイスラム教への信仰や献身を試す場と捉え,しばしば「ジハード」という言葉に言及したが,その反面,シリアでの活動とジハードがどのように関係しているのかを良く理解していないようにみられた。

さらに,同4人は,シリアの反政府運動が終了した場合であっても,他地域の紛争に参加する意志を見せるなど,少なくとも,出身国に帰る予定はないとしている。また,同4人は,シリア人の戦闘員とは対照的に,シリア反政府運動の最終的な結末や,長期的な展望,自身の生活については関心を有していないようであった。同4人は,シリアの反政府運動が,より広範な地域における闘争の一環とみており,その例として,パレスチナやエルサレムなどにしばしば言及した。

ア 外国人戦闘員A(サウジアラビア出身)

Aは,1986年生まれの独身男性で,聴取時は28歳であった。裕福な家庭の出身であり,過去,高い教育を要する分野の仕事に就いていた。2008年に,米国の株式市場への投資で失敗し,約15万ドルを失ったとのことである。スペインのサッカー・チーム,リアル・マドリッドや,サウジアラビアのサッカー・チーム,アル・ナスルの熱心なファンでもある。同人は,現在,ISILに参加している。以下は,Aの言辞:

私がシリアに行く決心を家族に伝えたところ,家族は非常に落胆した。彼らは,宗教的には,なぜか私と距離がある。それでも,家族は私を拒否はしなかった。私の家族は,イスラムの概念を誤って理解している。私は,結婚していたが,ジハードのために離婚した。私の妻は,シリアに行くことを拒否した。だから,私は,妻に(離婚を選択する)自由を与えた。

私は,家族,親戚,友人,故郷から離れていることを寂しく思っており,また,祖国では現在よりも裕福な生活を送っていた。だが,私はここ(シリア)にいることを,精神的に,より快適に感じている。なぜなら,私は,アラーの大義のために戦っているからである。

私は,将来,結婚する機会があればと願っている。ただ,当面,私にとって,ジハードが優先している。私がアラーに願うのは,殉教者として死ぬ機会を与えてくれることである。

イ 外国人戦闘員B(フランス出身)

建築工学の学位も有しているBは,1990年にフランス・トゥールーズで生まれ,聴取時は24歳であった。キリスト教徒として生まれたが,父親は無神論者であった。10代の時に,アルコール,ドラッグ,セックスにおぼれていたが,それらを絶つため,19歳の時に,イスラム教に改宗した。改宗後,モロッコに移り,同地で最初の結婚をしたほか,アラビア語やコーランを学んだ。トルコ経由でシリアに渡航した後,同地で二度目の結婚をし,現在は,ISILに参加している。以下は,Bの言辞:

シリアに行く者達は,ジハードに行くとは言わないものである。我々は,普通,仕事や慈善活動で行くと(周囲に)伝えるものである。実際,我々の言葉を疑う者はいない。

私は,今,最良の生活を送っており,今の生活に非常に満足している。ここでの生活は,尊厳に満ちあふれている。出身国では,私自身にとって生きていく場所もなかった。周囲の者は皆,宗教的自由というものを信じていなかった。彼らは,私のことを詮索し,私が宗教的な権利を行使することを妨げてきた。彼らは,24時間,毎日,(宗教的な)罪を犯し,また,私から祈りの時間も奪った。

(なぜ,「自由シリア軍」〈FSA〉ではなく,ISILに参加したのかとの質問に対して)私は,「自由」という名称を拒否した。我々は自由ではなく,従って,自由などという名称は無効である。我々は,イスラム教徒である。我々は,イスラム教徒の軍隊である。FSAは,民主主義の旗の下で戦い,政治的な目的で戦っている。我々は,アラーの大義のために戦う戦士として,「イスラム国」の旗の下で戦っており,我々は政治とは関係ない。

我々が楽園に行き着ける唯一の道は死である。(帰国することは)不可能である。これだけ素晴らしい生活をしているのに,どうやって,肉欲的な生活に帰れるだろうか。私が死んでも,私の家族,妻は生計を立てられる。

レバントは,シリアだけを含むのではない。レバノン,ヨルダン,パレスチナを含む。我々は,常にエルサレムを見ている。シリアにおける戦争はまだたった3年目である。しかし,パレスチナの戦闘は60年以上にわたって続いている。我々は,エルサレムの征服が達成できるようアラーに願っている。ジハードはずっと続くものであり,シリアに限ったものではない。我々の預言者(ムハンマド)は,レバント,アラビア半島,イスラム・カリフ国に言及している。もし,(ここで)殉教しなかったら,私は祖国に帰り,アラビア半島を解放するために戦うだろう。

ウ 外国人戦闘員C(ロシア出身)

Cは,男性であり,聴取時は29歳であった。21歳の時に,イスラム教徒の親しい友人から影響を受けて,イスラム教に改宗したほか,過去,エジプトのアズハル大学で学んでいたこともある。ロシア人と結婚し,2人の娘がいるが,3人ともトルコに居住している。家族は,Cが慈善団体で活動していると思っている。現在,ロシア出身者で構成される武装組織の幹部戦闘員となっている。以下は,Cの言辞:

(改宗前)私は,常に,自身に問うていた。なぜここにいるのか。なぜ生きているのか。ただ,イスラム教に改宗後,私は全ての答えを見つけた。私は,歴史に関する書籍を読んだが,いずれも,私を納得させるには至らなかった。しかし,コーランの一節だけが十分(私を納得させたもの)だった。

私がシリアに来た主な理由は,私の祖国(ロシア)が密かにイスラムと戦っているからである。私には,2人の小さな娘がいるが,シリアで起きていることを見て,恐ろしく感じた。もし,ジハードの呼び掛けがあれば,我々は兄弟達を助ける必要がある。イスラム教徒は弱い存在であり,彼らは我々の助けを必要としている。シリアにおける戦争は,アラウィー派やシーア派とスンニ派との戦争である。我々は,神の命令に従い,スンニ派を助けなければならない。

エ 外国人戦闘員D(アルジェリア出身)

聴取時,Dは自身が30歳代末であることを示唆した。ノート型パソコンと替えの衣服だけを持ってシリアに渡航し,現在は,「ヌスラ戦線」に参加している。以下は,Dの言辞:

シリアの後,もしまだ生きていれば,ゴラン高原に行き,そのまま,エルサレムに行くだろう。エルサレムは,60年以上,イスラム教徒の注目から外れてきた。エルサレムを占拠されたままにしておくのは,恥ずべきことである。

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