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アラブの古典的な詩を利用したイスラム過激組織のプロパガンダ

「我が国家は在り続ける 敵を討て 戦士らは叫ぶ 国家が在り続けると
道のりは絶えず 光は増し 全能なる神により 闇は消し去られる」

「我が国家は在り続ける」が利用された動画のバナー(2017年8月,「ラッカ州」が発出)

「我が国家は在り続ける」が利用された動画のバナー
(2017年8月,「ラッカ州」が発出)

これは,「イラク・レバントのイスラム国」(ISIL)が作成した宗教歌(ナシード)「我が国家は在り続ける」(注1)のアラビア語詩であり,プロパガンダ動画の背景音楽の詩として,インターネット上で広く拡散している。ISILは,この他にも多数の詩を作成し,音楽を付すなどしてプロパガンダに広く利用している(注2)。こうした詩の活用は,ISILに限らず,「アルカイダ」関連組織などにも見られる(注3)

イスラム過激組織が詩を活用する背景

アラブ社会では,イスラム教が成立する以前から,長きにわたって詩が愛されており,現代のアラブ人にとって,詩は,先人から受け継いだ誇るべき文化・伝統の集積のような存在である。さらに,詩は,現在でも,アラブ人にとって身近な存在であり,中東では,詩人のオーディション番組が人気を集めるほどである。こうした詩への親しみが,イスラム過激組織によるプロパガンダ活動で詩が活用される背景の一つともなっている。

詩の題材

イスラム過激組織の詩は,冒頭のISILの詩のように,戦闘員の士気高揚を狙ったもののほか,組織の賛美,敵に対する批判などを主な題材とするが,これらに限られるものではない。

例えば,イスラム過激組織の最も有名な詩人の一人と言われる「アルカイダ」設立者オサマ・ビン・ラディンは,90年代後半に,当時10歳前後と推測される息子ハムザとのやり取りを表現した詩を作成している。

この詩は二部構成で,前半部分では,ハムザが,離れて暮らしていたとされる父親(オサマ)に対し,「お父さん,僕は長い間,旅をしました。旅が長すぎて,私の部族もいとこも,人間というものすら忘れてしまいました」と不満を言う様子が表現され,後半部分では,父親が,「息子よ,すまない。目の前には困難な道しかない」とした上で,世界各地でムスリムが攻撃される中,自分にはムスリムを保護する義務があるので,困難はやむを得ない,などと説く様子が表現されている

オサマ・ビン・ラディンは,この詩で,ムスリムの守護者としての「アルカイダ」の正当性のみでなく,ムスリムの守護者たる組織の指導者としての役割をハムザに継承すべく教育していることも併せて表現しているとされる。

詩を利用する狙い

古典詩の形式の例(冒頭の「我が国家は在り続ける」より)

「我が国家は在り続ける」が利用された動画のバナー
(2017年8月,「ラッカ州」が発出)

イスラム過激組織は,優れた詩には,他の形式の文章よりも,心理的に読者に訴える効果があることに着目し,プロパガンダ活動における論理面での弱点や宗教者としての信用の不足を感情に訴えることによって補おうとしていると指摘されている。

さらに,イスラム過激組織は,現代詩ではなく古典詩を利用する傾向にあり,古典詩をそのまま利用することもあれば,古典詩の形式(同一の韻律〈音声の長短,子音・母音の組み合わせなどによる音声上の形式〉と脚韻を持つ半句を連ねる形式など,上図参照)に沿って創作した詩を用いることもある(注4)。なお,冒頭のISILの詩も,前述のオサマ・ビン・ラディンの詩も,この形式に沿って作成されている。

アラブ社会において,詩が,伝統・文化を体現する存在であることは前述のとおりであるが,その中でも,特に,古典詩の形式は,前イスラム時代に由来する形式を現在まで引き継ぐ権威あるものとされており,イスラム過激組織は,このような古典詩の形式を用いることによって,その権威を借りて自身の権威付けを図るとともに,アラブの伝統や文化を継承するに値する存在であると主張する狙いがあるとされる。

また,詩中に登場する単語に関しても,現代のテロの現場では,「銃」や「車」を用いているにもかかわらず,「刀」や「馬」といった中世の戦士を連想させる語彙を多用している。これは,自組織を過去の英雄になぞらえ,「時を超えた英雄」であるかのような印象を醸し出すことを企図したものとみられる。

このように,イスラム過激組織は,聞き手に与える心理的効果などを考慮し,プロパガンダ活動に詩を活用しているだけでなく,利用する詩の形式や語彙といった細部にまでこだわった上で,戦略的にプロパガンダ活動を展開している。

参考文献

・Elisabeth Kendall, "Jihadist Propaganda and its Exploitation of the Arab Poetic Tradition", Reclaiming Islamic Tradition, Edinburgh University Press, July 2016.

・Robyn Creswell and Bernard Haykel, "Why Jihadists Write Poetry", The New Yorker,8 June 2015.

・Alexander Schinis, "Hymnal Propaganda: A Closer Look at‘Clanging of the Swords'", Jihadology Guest Post, 16 October 2017.

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