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「イラク・レバントのイスラム国」(ISIL)の退潮と今後の展望

7 東南アジアにおけるISIL関連動向

東南アジアでは,従前から,既存のイスラム過激組織の指導者らがISILへの支持や忠誠を表明していたところ,2017年に入ると,こうしたISIL支持勢力の活動がフィリピンを中心に激化するとともに,ISILもアジアへの関心を高めた。

(1) ISIL支持勢力の連携・統合が進展

フィリピンのISIL支持勢力は,元々,地域や部族ごとに分かれて活動していたところ,ISILは,2016年に入り,フィリピン南部・バシラン州における「アブ・サヤフ・グループ」(ASG)の指導者で,「ISILの地域指導者」であるイスニロン・ハピロン(注40)の下への合流を呼び掛けるとともに,ハピロンに多額の資金提供を行ったとされる(注41)

こうした中で,ハピロンは,2016年12月,配下と共に,拠点とするフィリピン南部のバシラン島からミンダナオ島へひそかに移動し,同島で活動していた別のISIL支持組織である「マウテ・グループ」などとの連携・統合を進展させ,戦力の増強を図っていたとみられる。

(2) ISILがマラウィ占拠を称賛

ISIL機関誌「ルーミヤ」が取り上げられらハピロンら(ハピロンは左から2番目の人物とみられる)

このような連携・統合の進展を背景に,ハピロンらASGの一部,「マウテ・グループ」及びその支持者など数百人の武装集団は,2017年5月,宗教的な国際集会などの機会を利用しつつ(注42),ミンダナオ島の主要都市であるマラウィの刑事施設(監獄),警察署,市庁舎,大学,教会,病院をほぼ同時に襲撃するなどし,市内中心部を占拠した。

ISILは,翌6月,機関誌「ルーミヤ」の中で,多くの紙面を割いて,ハピロンらによるマラウィ占拠を取り上げ,自組織によるかつてのイラク北部・モスルの占拠になぞらえて称賛し,自らの影響が「東アジア」(東南アジア)に拡大していると主張した。ISILは,各種プロパガンダを通じ,ハピロンらの「活躍」を活発に宣伝するとともに(注43),支持者らに対し,フィリピン南部への渡航を呼び掛けた(注44)

(3) マラウィ占拠収束後も一定程度の活動を維持

ハピロンらは,市民を人質に取って立て籠もるなどし,5か月間にわたって抵抗を続けた。フィリピン国軍は,慎重な軍事作戦を展開せざるを得なかったとみられるが(注45),徐々に掃討を進展させ,2017年10月16日には,ハピロンのみならず,「マウテ・グループ」幹部のオマルハイヤーム・マウテを狙撃し,両人の遺体を回収したと発表し,10月23日には,戦闘作戦の終了を宣言した。

ISIL支持勢力は,マラウィ占拠をめぐって主要幹部を失うなど,相当程度の打撃を受けたとみられる。他方で,マラウィ占拠の残党が存在しているとみられるほか(注46),フィリピン南部には,ハピロン存命時に同人への合流を表明しつつ,マラウィ占拠に直接参加しなかったイスラム過激組織も存在するなどしており(注47),ISIL支持勢力は依然として一定程度の活動を維持しているとみられる。

(4) フィリピン周辺国でISIL支持者らが活発に活動を展開

インドネシアやマレーシア,シンガポールでは,フィリピン南部への渡航を企図したISIL支持者らが相次いで逮捕されるなど,ISILの呼び掛けに呼応するような動きが見られたが,こうした動きは,マラウィ占拠収束後も続いており(注48),ISILの影響が一定程度継続しているとみられる。

また,これら諸国では,ISIL支持者らによるテロやテロ計画の摘発も続発した。インドネシアでは,バンドンにおける行政施設襲撃(2017年2月),東ジャカルタでの自爆テロ(同年5月),メダンでの警察本部襲撃(同年6月)などのテロ事件が発生したほか,マレーシアでは,首都クアラルンプールでの自動車爆弾テロ計画(同年2月)やパハン州のカジノへのテロ計画(同年6月)に関与したとして,それぞれISIL支持者らが逮捕された。

さらに,これらISIL支持者は,SNS上でも活発に活動しており,我が国を含む「東アジア」(下表参照)におけるテロの実行を呼び掛けるなどしている。

ISIL支持者によって名指しされた「東アジア」の国々
マレーシア 韓国 中国
シンガポール 日本 ビルマ(ミャンマー)
インドネシア フィリピン タイ

8 ISILのシリア,イラクからの帰還FTFをめぐる動向

シリア,イラクにおいてISILの退潮が顕著となるに伴い,両国にFTFとして渡航した者らが,母国に帰国し,又は第三国に移転することによる脅威の拡散が懸念されている。こうした中,米国の情報調査会社「The Soufan Center」は,2017年10月,このようなシリア,イラクからの帰還者(いわゆる「帰還FTF」)が,親族らも含め5,600人以上に上る旨指摘している。本項では,こうした帰還FTFの状況について,以下のとおり地域別に取りまとめた。

(1) 全体的な状況

帰還FTFの数は,主な地域では,中東(約2,000人)が最多で,次いで,欧州(約1,200人),アフリカ(約1,000人),中央アジア(約500人),ロシア(約400人),南アジア(約120人),東南アジア(約100人)の順となっている(下図参照)。

帰還FTFの数とテロ事件への関与状況
The Soufan Centerが指摘する帰還FTFの分類別脅威
分類 脅威
ISILへの共感を失って早期に帰国した者 現状への不満が募れば,再度過激化する可能性
ISILに部分的に失望した者 「イスラム国家」設立は暴力でのみ達成し得るとして,暴力に順応
ISILに疑問を感じていない者 各地のISIL関連勢力の活動地域に向かう可能性
やむを得ず帰国した者 ISIL支持を堅持し,帰国後に「セル」を設立する可能性
ISILにより送り込まれた者 テロ実行への決意が強固

帰還FTFは,「The Soufan Center」によると,ISILに対する意識の度合いなどから,上表のとおり五つに類型化することができるとされるが,このような帰還FTFの具体的関与が確認されているテロ事件は,全体的に多いとは言えない。2016年までは,中東や欧州で,帰還FTFのうちISIL中枢から送り込まれた戦闘員による組織的なテロ事件(注49)が発生したが,ISILの退潮が顕著となった2017年は,帰還FTFによる同種のテロ事件は確認されていない(注50)。このような帰還FTFに関し,ISILは,これまで,機関誌や声明で,シリア,イラクからのFTFの帰還を公に奨励したことはなく,むしろ,シリア,イラクのFTFを含む戦闘員らに対しては戦闘の継続を命じていることから(注51),現状における帰還FTFは,ISILへの共感を失うなどで離反した者らが多いとみられる。

(2) 中東:従前からISILによって送り込まれた要員や地下ネットワークが存在

帰還FTF(約2,000人)は,当局の監視下にある者らが多いとされるが(注52),ISILの退潮が顕著になる以前から,テロ実行要員や後方支援要員としてISILによって送り込まれた者も相当程度いるとされる。

ISILは,トルコやサウジアラビアなどを敵視し,テロ実行要員や後方支援要員を送り込み,多数のテロを実行してきた(注53)。ISILの退潮が顕著になった2017年においても,イラン首都テヘランで発生した同時テロでは,未確認であるが,実行犯がISILによって送り込まれたとも指摘されている(注54)

ISIL関連組織「アデン・アブヤン州」や「アル・バイダ州」の活動が確認されているイエメンでは,治安部隊の掃討作戦や米軍の空爆などを受け,これら関連組織の戦闘員多数が死亡しているとされるが,米軍は2017年12月,これら勢力が2016年の2倍になったと推定されるとの見方を発表している。イエメンが帰還FTFの移転先になり得るとの指摘があるものの,帰還FTFがこのような勢力増加に寄与しているのかを含め,依然として実態は不明のままである。

また,レバノンでは,ISILが敵視するシーア派組織「ヒズボラ」やキリスト教の権益などを標的としたテロ事件が発生している(注55)。さらに,2017年8月には,ISILによって送り込まれたとされる帰還FTFによる軍幹部殺害テロ計画が摘発された。

さらに,パレスチナでは,シリア,イラクからの帰還FTFによるテロ関連事案の発生は確認されていないが,リビアのISIL関連勢力に参加して帰還し,ガザ地区のISIL関連勢力に加わった者が,2017年10月,テロ関連容疑で逮捕されている。

このように,中東では,ISILが従来から組織やネットワークを構築していたこともあり,帰還FTFが再度こうした組織やネットワークに取り込まれることが懸念される。

(3) アフリカ:具体的テロ事件は未発生

帰還FTF(約1,000人)は,逮捕又は当局の監視下にある者らが多いとされる(注56)。帰還FTFの具体的関与が確認されているテロ事件は,これまでのところ発生していないが,各国治安当局は,陸路や海路を使用して不法越境するイスラム過激主義者を継続的に摘発している。

こうした中,ISIL関連組織「シナイ州」の活動が確認されているエジプト・シナイ半島では,シリア,イラクでのISILの退潮を受け,両国からISIL戦闘員が流入するとの懸念が継続的に示されているものの,依然として実態は不明のままである。

リビアでは,ISIL関連勢力が,2016年12月に拠点であった中部・シルトの支配を失い,活動が停滞したが,2017年にはテロを再開している(注57)。こうした中で,帰還FTFの流入を指摘する向きも見られるが,帰還FTFが同関連勢力によるテロの再開に寄与しているのかを含め,依然として実態は不明のままである。

また,ソマリアでは,2017年以降,200人以上のISIL戦闘員が船で北部の港町に到着したと言われ,同地のISIL関連勢力の戦闘員数が増加しているとされる。

さらに,北アフリカの帰還FTFの中には,自らのシリア,イラク入りを手助けしたリクルーターによる接触を再度受けている者もいるとされる。

このように,アフリカでは,帰還FTFをめぐる脅威は現状において限定的とみられる。他方で,アフリカ出身の最大6,000人が母国に戻り,治安を脅かす可能性も示されているところ(注58),地元のISIL関連勢力やリクルーターが帰還FTFを取り込むことなどによって,これら地元勢力の活動が活発化することが懸念される。

(4) 欧州:ISILによって送り込まれた者が大規模テロを実行したことも

2016年までは,帰還FTFのうちISIL中枢から派遣された戦闘員による組織的なテロも見られたが,2017年は確認されていない。

帰還FTF(約1,200人)は,逮捕又は当局の監視下にある者らが多いとされる(注59)。ISIL関連の摘発事案は,2017年に以降も相次いでいるが,このうち,帰還FTFに関連したものは数例で,主なものは下表のとおりである。

欧州への帰還を企図するFTFが存在するとされる一方で,シリア,イラクで活動する欧州出身のFTFの中には,依然として両国での戦闘に従事している者が多いとされるほか(注60),欧州への帰還FTFの流れも大きなものになっていないとの指摘もある(注61)

他方,欧州では,治安当局の取締りなどからシリアへの渡航を果たせなかった者(注62)が多数存在しており,こうした者によるテロも一定程度発生しているほか(注63),これらの者は帰還FTFをシリアへの渡航を果たした英雄的存在として捉えるため,両者は結び付きやすいとされる。

このように,欧州では,帰還FTFをめぐる脅威は,現状において限定的とみられる一方で,ISILのネットワークは一定程度残存している可能性があり,帰還FTFやシリアへの渡航を果たせなかった者を取り込むことのほか,こうした者による「一匹狼」型テロが懸念される。

帰還FTFに関連した摘発事案の概要
2017年1月 スペイン テロ攻撃の準備を進めていたとされるものが逮捕
2017年6月 ボスニア・ヘルツェゴビナ 2016年10月に禁錮3年の有罪を宣告されていた者が,再びISILに参加するため渡航を企図したとして逮捕
2017年9月 ブルガリア 帰国後もISILの司令官らと連絡を維持していた者が逮捕
2017年12月 ドイツ テロ攻撃の準備を進めていたとされる者が逮捕

(5) 旧ソ連:具体的テロ事件は未発生ながらも,関連事案は看取

帰還FTF(ロシア:約400人,ジョージア:約50人,中央アジア:約500人)は,逮捕又は当局の監視下にある者らが多いとされる(注64)。帰還FTFの具体的関与が確認されているテロ事件は,これまでのところ発生していないが,関連の摘発事案は数例発生しており,主なものは下表のとおりである。

旧ソ連地域では,FTFのシリア・ロシア間の往来を支援するネットワークが存在しているとされるほか,ロシア首都モスクワ郊外には,旅券偽造の拠点があり,旅券の印刷機械や偽造スタンプなどが押収されたとされる。

旧ソ連地域における帰還FTFの脅威は,現状において限定的とみられるが,支援ネットワークの存在に加えて,2018年6月のサッカーワールドカップ(W杯)ロシア大会に対するテロが呼び掛けられていることもあり(注65),FTFの帰還を含めた流入が増加する可能性がある。

帰還FTFに関連した摘発事案の概要
2016年4月 タジキスタン 警察署の爆破を企図したとして2人が逮捕
2016年6月 キルギス テロを実行・準備するために帰国した者が逮捕
2017年3月 ロシア 野外イベントを狙った自爆テロを企図した者が逮捕
2017年5月 ロシア 輸送インフラに対するテロを企画した者が逮捕
2017年7月 キルギス 地下細胞設立のために帰国したとされる者が逮捕

(6) 東南アジア・南アジア:関連事案が看取

東南アジアでは,帰還FTF(約100人)は,逮捕又は当局の監視下にある者らが多いとされる(注66)。フィリピンでは,地元のISIL支持勢力が,従前からISIL中枢と結び付いており,2017年5月にマラウィ占拠を引き起こし,ISILは支持者に対して,同市が所在するフィリピン南部への渡航を呼び掛けた。マラウィ占拠収束後における地元勢力とISIL中枢とのネットワークの状況は依然として不明のままであるが,FTFにとってフィリピンは魅力的な渡航先となり得るとの指摘もなされており(注67),帰還FTFが地元勢力に合流することが懸念される。なお,帰還FTF関連の摘発事案及びシリア帰還者によるテロ事案は,下表のとおりである。

南アジアでは,帰還FTF(約120人)は,逮捕又は当局の監視下に置かれているか否かを含め,詳細は不明のままであるが,アフガニスタンでは,シリア,イラクから移動したとされるISIL戦闘員が,アフガニスタンで活動するISIL関連組織「ホラサン州」に合流したとの見方がある(注68)。さらに,2017年11月に入り,同国北部では,シリア,イラクにいたアルジェリア出身FTFが,地元住民を「ホラサン州」にリクルートしているとされる。

このように,東南アジア・南アジアでは,帰還FTFをめぐる脅威は,現状においては限定的とみられるが,FTFの結集やISIL関連勢力の活動の活発化などが懸念される。

帰還FTF関連の摘発事案とシリア帰還者によるテロ事案の概要
2017年6月 インドネシア シリアでISILから軍事訓練を受けた2人が,テロ攻撃用とみられる物質を所持していたなどとして逮捕
2017年6月 インドネシア シリアで「自由シリア軍」(FSA)に加入して帰国し,地元のISIL支持勢力への加入を試みた者が,警察署を襲撃
2017年12月 インドネシア シリアでISILから軍事訓練を受けた2人が逮捕。同時に逮捕された別の1人は,2014年に警察署に対するテロを計画

(7) 考察

「帰還FTF」の問題は,古くは1979年のアフガニスタン紛争にまで遡る。当時,湾岸諸国を中心に「義勇兵」として現地での戦闘に参加し,帰還したいわゆる「アフガン帰り」は相当数いたと言われる。現地でこうした者らの受け皿となった組織を母体に設立された「アルカイダ」は,ソ連撤退後も各地での「ジハード」を目指し,組織としての活動拠点をスーダンに移し,ソマリアやイエメン,アルジェリアなど,情勢が不安定な地域への活動の拡大を企図したほか,本国に帰還した者らは,帰還・移転先で新たな細胞を設立し,又は地元の過激派に加わるなどし,「アルカイダ」関連組織が設立されてきた。

今日のISILに関連したシリア,イラクからの帰還FTFについては,①ISIL自体が依然として両国での活動を重視し,アフガニスタン紛争後の「アルカイダ」やその関連組織のように帰還FTFを組織化する存在も見られないこと,②現時点では,離反者や親族が多く,「アフガン帰り」よりは危険性が低いことがうかがえること-などから(下表参照),現状において,帰還FTFに関連したテロ事件が即座に増加するといった切迫した脅威は必ずしもうかがえない。

しかしながら,離反者であっても,帰還・移転先で再び過激化する可能性があり,かつ,テロのノウハウを一定程度有していることから,帰還FTFによる組織的なテロや「一匹狼」型テロの脅威は存在する。

また,戦闘には直接従事しなかった親族であっても,戦闘で夫や親を亡くすなどした者や,現地滞在中に悪影響を受けた者が過激化する可能性はある。

このほか,密輸業者を利用してシリア,イラクから越境するなど,実数が把握されていない帰還FTFの動向にも留意する必要がある。

アフガニスタン紛争・シリア紛争の表

9 「アルカイダ」による主導権奪還に向けた関連動向

(1) ISILを意識しつつ宣伝活動を強化

「アルカイダ」は,自組織の思想に共鳴した個人らによる自発的なテロ(「一匹狼」型テロ)によって世界同時多発的な「ジハード」を展開するという戦略をISILに先駆けて提唱していた。「アルカイダ」は,この戦略を「グローバル・ジハード」と位置付け,各地における米国及びその同盟国の権益に対するテロを呼び掛けてきたが,欧米諸国では近年,「アルカイダ」ではなくISILの影響を受けたとみられるテロが多発するなど,ISILによって「グローバル・ジハード」の主導権を奪われた形になっており,ISILからその主導権を奪還したい思わくがあるとみられる。

さらに,「アルカイダ」は,近年,「アルカイダ」設立者オサマ・ビン・ラディンの息子であるハムザ・ビン・ラディン(注69)を使ったプロパガンダを増加させているほか,2017年12月に米国のトランプ大統領がエルサレムをイスラエルの首都と認定し,テルアビブの米国大使館を移転することを正式に表明したことに対しても,ISILに先んじて声明を発出し,トランプ大統領を非難するとともに,「米国やシオニスト,これら同盟国の重要な権益を攻撃せよ」と呼び掛けた。

(2) シリアの拠点化に取り組むも思わくどおりには進まず

「アルカイダ」最高指導者アイマン・アル・ザワヒリは,シリア情勢の混乱に目を付け,シリアを「グローバル・ジハード」の橋頭堡(ほ)とするべく,シリアを重要視しており,シリアでの活動拡大のためにアフガニスタンやパキスタンなどから古参メンバーらをシリアに派遣するなどしてきた(注70)

こうした「アルカイダ」によるシリア拠点化の動きは,シリアの「アルカイダ」関連組織「ヌスラ戦線」を中心に展開されてきたが,「ヌスラ戦線」最高指導者アブ・ムハンマド・アル・ゴラニが,2016年7月に「アルカイダ」からの離脱を宣言し,新組織「ファテフ・アル・シャーム戦線」(JFS)を結成したことで(注71),「アルカイダ」としては,表向きシリアにおける支部を失うこととなった。

ザワヒリは,ゴラニによる「アルカイダ」からの離脱に激怒し,これを拒絶する旨の書簡を秘密裏に送り付けたが,ゴラニの立場を改めさせることはできなかったとされる。一方のゴラニは,2017年1月,「ヌスラ戦線」の後継組織であるJFSを発展的に解消して「タハリール・アル・シャーム機構」(HTS)を結成した。そのHTSが,同年7月にシリア北西部・イドリブ県での支配を確立させ(注72),ISILに替わる最大勢力に発展するなど存在感を強めているとされる中,ザワヒリは,同年11月の声明で,ゴラニが依然として「アルカイダ」の人物である旨主張した(注73)

こうした中,ザワヒリに近いシリアの「アルカイダ」古参メンバーらは,ゴラニによる「アルカイダ」離脱宣言以降,シリアで「アルカイダ」の主義主張に一層の忠誠を誓う勢力を独自に形成しようとし,2017年10月に設立声明が発表された「シャームの地におけるアンサール・アル・フルカン」(AFS,「シリアにおけるコーランの支持者たち」の意)(注74)(注75)の指導部を率いていたとされるが,同年11月に入り,HTSによって「HTSの評判をおとしめた」として拘束されたことが明るみに出た。ゴラニは,同年10月にHTSの軍事総司令官から最高指導者に就任しており,拘束の責任者とも言え,ゴラニと「アルカイダ」の間に生じた「溝」は修復困難との見方もある(注76)

このように,「アルカイダ」は,ライバル組織であるISILのシリアにおける退潮を受け,シリアで自組織の影響力を拡大する絶好の機会が到来しているとも言えるが,HTSとの関係で苦戦し,シリアの「橋頭堡(ほ)」化は進んでいないほか,シリアのみならず,「アルカイダ」関連組織が存在する地域においても,ISIL戦闘員の「アルカイダ」への「くら替え」を示す大規模な動きは見られていない。

10 今後の展望

ISILの掲げた「カリフ国家」は事実上崩壊し,ISIL自体も解体に向かっているとの見方もある。しかしながら,ISILは,広範な領域支配を失っても,砂漠地帯に逃避し,シリア,イラク両国で治安当局などへの攻撃を続けており,過去の衰退期を乗り越えて現在まで組織を存続させてきた経験があることからも,過小評価することはできない。ISILは,今後,プロパガンダの面を含め態勢の立て直しと戦力の温存を重視しつつ,流動的なシリア,イラク両国の情勢の下,各勢力の隙を突いて,勢力の回復を企図していくとみられる。

ISILのプロパガンダは,その規模を縮小させながらも,一定程度継続されている上,これまでに拡散されたプロパガンダはインターネット上にあふれている。また,インターネット上で自発的に行われているISILの支持者らによるプロパガンダも,ISILが解体しない限り,活発な状態が維持され,欧米やアジアを始め各地域に影響を及ぼしていくとみられる。

欧米では,シリア,イラクでISILの中枢機能が低下しているとみられる中,ISILが,過去にフランス及びベルギーの両首都で実行したような大規模テロを再び引き起こすことは困難になっている可能性もあるが,ISILの影響を受けた者によるテロが増加の一途をたどるなど,ISILの脅威に衰えは見られない。アジアでも,マラウィ占拠が収束し,ISIL支持勢力の活動も立て直しに時間を要するとみられるが,ISILの影響は一定程度継続しているとみられ,予断を許さない。

帰還FTFに関しては,一定地域を目指す組織的な動きは確認されていないところではあるが,中長期的には,受け皿となる地元勢力の有無に着目し,下表のとおり警戒が必要である。

このように,ISILの影響を受けた人々が世界各地に潜伏した状態が今後も続くとみられる。なお,「アルカイダ」は,「グローバル・ジハード」の主導権をISILから奪還するには至っていないが,ISILの退潮を利用してその主導権を握るべく,プロパガンダを始め,活動を活発化させていくとみられ,中長期的には,「アルカイダ」による「巻き返し」にも留意が必要である。

帰還FTFをめぐる今後の脅威
地域 危険性

ISILの「州」や支持勢力が存在する地域

(例えば,エジプトやリビア,イエメン,パレスチナ,ソマリア,アフガニスタン・パキスタン,フィリピン,インドネシア)

帰還FTFがこれら「州」や勢力に合流する可能性

(このうち,エジプトやアフガニスタン・パキスタンなど,ISILの「州」や支持勢力の活動が活発であり,又は地元の基盤が強固な地域では,特に高い危険性)

ISILが過去に要員を送り込み,地下ネットワークが残存している,又は帰還者の支援ネットワークが存在する可能性がある地域

(例えば,欧州やトルコ,サウジアラビア,イラン,レバノン,ロシア,中央アジア,マレーシア)

帰還FTFが新たな地下細胞を設立する可能性

「一匹狼」型テロが多発している地域

(例えば,欧州)

帰還FTFが「一匹狼」型テロを実行する可能性

ISILの退潮

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