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高橋シズヱさんの手記

高橋シズヱさん
 地下鉄サリン事件で夫・高橋一正さんを亡くす。
 営団地下鉄(現:東京メトロ)霞ケ関駅助役であった高橋一正さんは,地下鉄車両からサリン入りビニール袋を片付けるなどした際にサリンの被害を受け,亡くなった。
 高橋シズヱさんは,事件の被害者及び遺族等で組織された「地下鉄サリン事件被害者の会」代表世話人を務め,被害者救済のために活動している。


高橋シズヱさん


高橋シズヱさん手記
 まさか地下鉄職員の夫が,職務中に亡くなるなんて想像もしていなかった。病院に搬送されたというので職場から急ぎかけつけた。長男がうなだれて座っている前には,冷たくなった夫の青白い顔があった。泊まり勤務だったこの前夜は,5月の結婚記念旅行を楽しみにしていると電話で言っていたのに。

 検死が行われた警察で,翌日に司法解剖があるからと言われ帰宅した。身も心も混乱と緊張とで,頭や手足が一つの身体として機能しているとは思えなかった。

 報道の取材攻撃はすさまじかった。朝から夜遅くまで,食事はおろか眠る時間すら削り取られた。ずっと後になって「オウム真理教の犯行だといつ知ったのか」と聞かれたことがあったが,覚えていない。

 事件から15年を前に,夫が搬送された病院で偶然にもカルテを見る機会に巡り合った。書かれている文字に焦点が合わなかった。一緒にいた人が読んでくれた。事件から2ヶ月半後に私が訪ねたことも書かれていた。

被害者・高橋一正さんのカルテ(高橋シズヱさん提供)

 事件から22年経って,ニューヨークにある9・11テロ事件の犠牲者の遺品が展示してある博物館を訪ねた。そこで,ある遺族が提供したという死亡証明書を見た。案内してくれた人が「ご遺体は見つかっていないけれど,殺人という欄にチェックしてあります」と言った。それから私の顔を見て,ハンカチを手渡してくれた。

 帰国後,私は夫の死亡診断書を探した。「有機リン化合物による中毒死」と書かれているのは覚えている。よく見ると「他殺」という小さな欄にチェックが入っていた。

高橋一正さんの死体検案書(高橋シズヱさん提供)

 どうして気付かなかったのだろう。受け取ったのは事件から8ヶ月後。既に刑事裁判が始まっていて,被害者や遺族たちの民事訴訟も準備の真っ最中だった。

 これまで一つ一つの問題を乗り越えてきたつもりだったが,思い返してみると,見落としたり,気付かなかったり,やり残したことがいろいろあったのだ。地下鉄サリン事件で夫を殺されただけでなく,いつまでも心を揺さぶられる日々が続いている。
(2017年12月11日記)

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