法制審議会国際裁判管轄法制部会 第9回会議 議事録 第1 日 時  平成21年6月19日(金)  自 午後1時30分                        至 午後5時21分 第2 場 所  法務省第1会議室 第3 議 題  国際裁判管轄法制の整備について 第4 議 事 (次のとおり)          議 事 ○髙橋部会長 法制審議会国際裁判管轄法制部会第9回会議を開始いたします。   最初に事務局から説明をお願いいたします。 ○佐藤幹事 本日の配布資料は,部会資料17,18でございます。   本日の審議の進め方ですが,まず,部会資料18の6,社団,財団に関する訴えを先に議論させていただきまして,その後,部会資料の順番に従いまして,順次御議論をいただければと考えています。 ○髙橋部会長 それでは,部会資料18の4ぺージ,「6 社団又は財団に対する訴え」の説明からお願いいたします。 ○小島関係官 社団又は財団に対する訴えですが,これまでの一読会,二読会の御議論を踏まえまして,①,②の規律を提案させていただきました。   本文①については,前回の部会資料15から変更はありませんが,表現振りを修正しております。表現振りについては,一読会の部会資料9の表現を再度使わせていただいております。   なお,(補足説明)にも書いてあるのですが,前回,社債の関係がかなり御議論になったと思うのですが,社債管理会社による社債発行会社の弁済等の取消しの訴えについて,これは詐害行為取消しの訴えに類似する性質を有する訴えではありますが,統一的な紛争解決による社債権者間の平等の確保などを図るため専属管轄としたと解されております。また,会社が債券を海外で発行する場合において,それが会社法に基づくものであるときに限り,「社債」として会社法が適用されるということであります。   このような規定の趣旨等を踏まえまして,国際裁判管轄についても,会社法に基づいて発行された社債に関する弁済等の取消しの訴えは,専属管轄として統一的な解決を図る必要があると考えられますことから,本文①の規律に含めております。   本文②につきましては,前回の部会資料15の丙案でまとまったと認識しておりますので,丙案を提案させていただいております。   なお,(注)に書いておりますが,一読会,二読会で少し議論をいただいたのですが,再度,会社その他の社団の債権者からの役員などに対する訴えについて規律を設ける必要があるか否かについて,なお御議論いただければと思っております。   以上です。 ○髙橋部会長 それでは,御議論をお願いいたします。 ○古田幹事 質問なのですが,本文①の書き振りを前回の資料から変えた理由というのは何かあるのでしょうか。 ○小島関係官 一つ目の理由としては,前回の資料で書き下して書いてみたのですが,なかなかうまく書けなかったというのが実質的な理由であります。二つ目の理由としては,会社法なり一般法人法を引用しているのですが,法制的に特に問題はないのかなと,知的財産権のあたりで日本の法令を引用しているということもありましたので,こういう書き方でもう一回御提案させていただいたということです。 ○古田幹事 新しい書き振りで少し気になる点は,一つは,会社法なり一般社団法人法を引用すると,そちらが改正になるたびにこちらも改正しなければいけないということになり,少し煩雑ではないかという点です。   もうひとつは,直接管轄の関係では問題にならないと思うのですが,間接管轄を考えるときの問題です。例えば外国の裁判所が日本の会社の組織に関する訴えについて判決をした場合,それが日本の会社法が規定している訴えと全く同種の訴えであれば,日本の裁判所の専属管轄に属する訴えなので,民事訴訟法第118条第1号の要件を欠くとして,我が国での承認を否定すればいいのです。けれども,日本の会社の組織に関する訴えだけれども,どうも我が国の会社法上の訴えとは違うようなものが万が一あったとして,それについて外国で判決が出た場合に,果たして我が国での承認を拒絶できるのか。類推適用等といった手法で承認を拒絶できるのかもしれませんけれども,以前のたたき台の書き方の方が,そのような場合に対応しやすいのではないかと思います。だからもとに戻せというほどの意見もないのですけれども,今回の書き方で本当にいいのかなという点が若干心配です。 ○道垣内委員 質問が二つあります。一つは本文①の方についてですが,「その他これに準ずる訴え」というのはどのようなことをお考えなのか。直接裁判管轄としてこの法律に規定しているもの以外に何かお考えなのか。私はむしろ,会社その他の社団又は財団が日本の法令により設立されたものである場合に,会社法あるいは法人法上のこれらに関する訴えは日本の専属だと書いた方がすっきりするのではないかと思います。   質問の二つめは,本文②についての質問です。民事訴訟法第5条第8号に掲げる訴えとお書きですが,これは内容がそうなるということであって,条文上このようになるわけではなく,特にもし独立の法律になるような場合には内容を書き下すということなのでしょうか。つまり,便宜上このような表現にしていると理解すればよろしいのでしょうか。 ○小島関係官 まず,本文①の方ですが,これは一読会,二読会で議論があったところですけれども,例えば宗教法人法とかのように,専属管轄の規定を有しないけれども,性質上,会社法や一般法人法の専属管轄の訴えに準ずる訴えがあるのではないかという話がありまして,そういうものまで含めて規律できるような文言ということで「準ずる訴え」と考えているところであります。   本文②につきましては,これは法制面との兼ね合いもあるのですが,とりあえず部会資料としては民事訴訟法第5条第8号に掲げる訴えと書いておりまして,書き下すかどうかはまた今後検討しなければいけないかなと思っておりまして,第5条第8号に掲げている訴えそのものを意味しております。 ○髙橋部会長 本文①を「会社その他の社団」から始めるかどうかは,表現の問題ですので内部で検討させていただきます。ほかにいかがでしょうか。 ○山本(克)委員 前回,社債関係のことを質問させていただいたのですが,いろいろと調べていただきましてありがとうございました。ただ,この本文①が適用になるということですと,日本の会社が外国法に基づいて社債を発行したときも,日本の専属管轄に当たるように読めてしまうのではないでしょうか。つまり,設立準拠法が日本であれば専属管轄だと言っているわけで,社債の準拠法については何ら言及していないわけですね。そうすると,外国法に基づいて発行した社債について,同様の訴えが日本の専属管轄になってしまう。それはそれでよろしいという位置付けなのでしょうか。 ○河合関係官 社債については,会社法第2条第23号で定義規定を設けていまして,この法律の規定,すなわち会社法の規定により会社が行う割当てにより発生する当該会社を債務者とする金銭債権であって,第676条各号に掲げる事項についての定めに従い償還されるものをいうとなっております。日本の会社が外国で社債類似のものを発行するとしても,この定義に該当しないものは,日本の法律の中では社債とはいわず,社債類似の債権と読むことで,この規定は適用にならないのではないか,こういう解釈ができるのではないかと思っております。 ○山本(克)委員 それは,こういう渉外的な法律関係に適用する諸概念をどう決めるかという問題で,そういう考え方もあり得るとは思うのですが,日本法の社債ということではなくて,社債に類するものはおよそというふうにはなりはしないのかということが問題になり得るのではないかなという気がしております。本文①の規定の仕方は会社法上の訴えと特定してしまっているので,うまくいけるのかもしれませんが,ほかの国際裁判管轄に関する規定の定めの仕方とは少しずれが出てくるような気がいたします。例えば「著作権」という言葉を使っても,日本法上の著作権だけを著作権として扱って渉外的な規定を定めるわけではなく,もう少し抽象化された概念を使ってやっていると思いますから,規定の仕方が変わってくる。それで了解できればそれで構わないかもしれませんけれども,また御検討いただければと思います。   それともう一点ですが,会社法第858条の「役員等責任査定決定に対する異議の訴え」もこの本文①に入るということですか。―除いてあると。分かりました。それなら結構です。 ○佐藤幹事 今御指摘のありました,どこまで抽象的な規律として書くのか,日本の法令を引用した形で規律するのかという点は,結局のところは法制的な最終的な検討事項ということになると思いますので,問題点自体は私どもも認識をしておりますけれども,最終的にどのような法制的な表現が良いのかということは今後検討していきたいと考えております。 ○髙橋部会長 (注)に書きました,債権者からの役員等に対する訴えについてもまず説明をお願いできますか。 ○小島関係官 確か二読会だったかと思うのですが,例えば第三者から取締役等に対する損害賠償の訴え,これは会社法第429条にあり,これは商法ですと旧商法の第266条の3になると思うのですが,それができたのが旧々民事訴訟法の後ではないかというお話がありました。そこを内部的に調べていただいたところ,それより前からあったとのことです。ですので,大正15年の民事訴訟法をつくるときにも責任追及の訴えの規定があったということで,あえて大正15年の民事訴訟法で入れなかったのかどうか,その辺が若干問題になるかなと思われます。 ○髙橋部会長 結局決め手はないのですが,時期的には前からあったわけですが,大正15年の民事訴訟法のときに意識して外したのか,そこはどうもよく分からない。うっかり外したのかもしれません。それはそれとして,実質の方でいかがでしょう。 ○古田幹事 二読会で申し上げたことの繰り返しになると思いますけれども,会社法第429条に基づいて訴えを起こす場合に,これだけを請求原因にするということは恐らくあまり多くないでしょう。多くの場合,不法行為など他の請求原因も合わせて主張するかと思います。ですので,会社法第429条固有の管轄原因がなかったとしても,ほかの請求で日本に管轄原因があるのであれば,それとの客観的併合で第429条の請求についても日本の国際裁判管轄を認めることは可能であり,それで足りるのではないかと思います。ただ,会社法第429条を固有の国際裁判管轄原因にしてはいけないという積極的理由もそれほどないとは思いますが,ただ,民事訴訟法で国内土地管轄の原因になっていないものを,わざわざ国際裁判管轄の原因にだけするのもややバランスが悪いように思いますので,結論としては,今回の立法ではそこまで規律を設ける必要はないのだろうと思います。 ○松下幹事 大正15年の立法者がこのように考えたかどうかはよく分からないのですけれども,会社法第429条については,講学上,間接損害と直接損害という分類がされていますが,間接損害については,それでもまだなお集中処理をするという要請は考えられないではないのですけれども,直接損害になりますと,これは純粋に一債権者と取締役等との関係であって,何らその管轄を集中するというような要請はないのではないかと思います。そして,なお厄介なのは,直接損害,間接損害の区別をそれほどきれいにできる考えばかりではないということですので,国内管轄も同様ですけれども,これについて何か社団固有の管轄原因を,しかも専属にするというような要請は余りないのではないかというのが私の意見でございます。 ○古田幹事 先ほどの関連ですが,会社法第429条を国際裁判管轄の根拠とするのは,必要性はないけれども,あっても悪くない。しかし,ややバランスが悪いということを申し上げましたが,専属管轄にするのは確かに行き過ぎだろうと思います。 ○髙橋部会長 社団又は財団に対する訴えに関して,ほかにいかがでしょうか。   それでは,ここは以上にいたしまして,今度は部会資料17に戻りまして,第7の一般的規律について説明をお願いします。 ○日暮関係官 では,「第7 国際裁判管轄に関する一般的規律」について御説明いたします。部会資料17の1ぺージを御覧ください。   本文は,部会資料12において,「事案の具体的事情を考慮して管轄を排除するための規律」の本文①として提案させていただいたものを修文したものでございます。第5回の部会におきましては,最判平成9年の判示事項を基準とすべきであるという御意見が多数でありましたので,本文の4行目からですが,「日本の裁判所において事件を審理することが当事者間の衡平を害し,適正かつ迅速な審理の実現を妨げることとなる特別の事情があると認めるとき」に訴えを却下できることといたしまして,同判例の判示事項と実質的に同内容の規律を設けることを御提案するものです。   また,管轄を否定する事情として考慮すべき要素につきましては,具体的に例示をした方が望ましいと考えまして,民事訴訟法第17条や消費者契約法第44条の文言,あるいは過去の裁判例などを参考にいたしまして,(補足説明)1の第2段落目に記載しましたような,請求の内容や契約地,事故発生地などの事案についての客観的事情を含むものとして「事案の性質」,当事者に関する事情として「当事者の住所」,証拠の所在として「尋問を受けるべき証人の住所」,「使用すべき検証物の所在地」を掲げておりますけれども,どのような事情を考慮要素として例示すべきかという点につきましては,今回御議論いただければと考えております。   以上が(補足説明)の1に記載している事項でございます。   次に,2ぺージの(補足説明)の2を御覧ください。部会資料12では,本文②としまして,本文の規律を適用する場合に,当該事件について外国の裁判所が管轄権を有することを独自の要件とするか否かという点につきまして,独自の要件とするという考え方である甲案と,独自の要件とはせず,日本の裁判所の管轄を否定する一事情として考慮するという考え方である乙案とをお示しして御議論いただいたところです。   第5回の部会におきましては,外国の裁判所の管轄権の有無は特段の事情の一要素として考慮すれば足り,独自の要件として裁判所が必ず認定をしなければならないとすると手続が重くなってしまうというような御指摘があり,かつ,この見解が多数であったために乙案を採用したということでございます。   続いて(補足説明)の3ですけれども,部会資料12では,本文③としまして,特段の事情があると認められる可能性が高いけれども,外国の裁判所が当該事件について管轄権を有しているかどうかが判明しないために訴えの却下ができない場合などに,訴訟手続を中止するかどうかという点につきまして,中止することを認める考え方のA案と中止に関する明示的な規定は設けない考え方のB案とをお示しいたしました。   第5回の部会におきましては,国際訴訟競合以外の場合に,外国の裁判所の管轄権の有無が判明するまで訴訟手続を中止することが必要な場合というのはそれほど考えられず,かえって中止を設けることにより手続が遅延するおそれがあるなどの御意見が出され,B案を支持する御意見が多数であったために,B案を採用したものでございます。   以上が特段の事情に関する規律の御説明ですけれども,続いて,(注)にあります緊急管轄についても併せて御説明いたします。   緊急管轄につきましては,第5回の部会におきましては,規律を設けるべきか否かという点についても御意見が分かれました。また,これまで緊急管轄について明示的に判断がされた裁判例がなく,その要件についてはいろいろな見解が考えられるところですけれども,第5回の部会におきましては,この点については特に御意見が出なかったところでございます。したがいまして,今回は緊急管轄について規律を設ける必要性や規律を設けることとした場合の具体的な規律の内容につきましては,本日の御議論を踏まえて今後検討することとさせていただいております。   以上でございます。 ○髙橋部会長 それでは,まずは特段の事情の方から御審議をお願いいたします。 ○古田幹事 最高裁の平成9年の判決は,我が国で裁判を行うことが当事者間の公平,裁判の適正迅速を期するという理念に反する特段の事情があると認められる場合には,我が国の国際裁判管轄を否定すべきである,そういう言い回しなのですね。それと同内容の規律をするのであれば,この文言をそのまま使えばいいのではないかと思うのです。今回の案文でも,少しずつ文言を変えてあるのですが,最高裁の言い回しを変えなければいけない理由というのがよく分からないところです。また,これまでの下級審も,平成9年判例以降は,この最高裁の一般論をまず掲げた後で個別の具体的な事案の事情を当てはめて判断をしていますので,この最高裁の定式化で実務上適用が困難であるということもないのだろうと思います。   しかも,前回は「適正かつ迅速な裁判を実現する」という言い方だったのですが,今回は「適正かつ迅速な審理の実現」と,「裁判」が「審理」に変わっています。これは恐らく民事訴訟法第17条の用語をそのまま持ってこられたのではないかと思います。しかし,国内の訴訟の場合には,東京地裁で訴訟しても札幌地裁で訴訟しても手続法は民事訴訟法で同じですから,審理のやり方が変わるわけではありませんが,外国の訴訟と日本の訴訟では審理の準則自体が違う可能性もあります。また,裁判をする場合には例えば準拠法が外国法になるというような場合があります。これまでの下級審の裁判例を見ると,外国法が準拠法になってしまうことを特段の事情として考慮して日本の訴えを却下した事例というのは結構あるのです。これは最高裁の言い回しに「適正な裁判の実現」というのが要素に入っているから,準拠法が外国法となることを特段の事情として考慮することが可能になるのです。けれども,「裁判」というところを取ってしまって,「審理」だけを考慮の対象とすると,例えば準拠法が外国法であるという事情が果たして特段の事情の考慮要素になるのかどうか分かりにくくなります。もちろん,考慮要素になるという解釈もあるのでしょうけれども,最高裁のこれまでの準則と違うのだという解釈論も出てくる可能性があります。ですので,わざわざ文言を変える必要はないのではないかと思います。 ○日暮関係官 最判の平成9年というのは判例ですので,そのままの文言で法制化可能かどうかにつきましては,この段階でも検討を開始しておりまして,できるだけ過去の法制に従って用例のあるものを用いるということを考えて,若干の文言の修正をしております。「審理の実現」につきましては,「適正かつ迅速な審理の実現」という用例が民事訴訟法第147条の2にございましたので,そちらを参照してこういう文言を用いております。   古田幹事から御指摘がありました,準拠法が何かということを考慮すべき事情とするかどうかにつきましては,御意見が分かれるところかもしれませんので,本日その点,そもそも要素とするかどうかについても御議論いただければと思っております。 ○古田幹事 今,日暮関係官がおっしゃったように,準拠法が外国法であることを特段の事情で考慮してよいかどうかというところは,やはり議論があるところで,これまでの判例を批判する学説もあるわけです。けれども,現に下級審では準拠法が外国法であるということはかなり重視をされる傾向があります。今回の立法でその下級審の傾向を変えるということであれば,それは一つの決断ですけれども,最高裁判例の枠組みをそのまま規律するという基本的なアイデアであれば,最高裁の定式の文言を変えるというのはやや危険なのではないかなと思います。 ○佐藤幹事 恐らく最高裁の文言そのままでは法制的に難しいと思います。それをむしろ前提としていただいて,実質的な内容でどこが問題なのかというところを御議論いただければと考えております。   それから,準拠法が下級審で重視をされてきたというところは,私どもの認識とは少なくとも違う認識でございまして,下級審の裁判例の中には,準拠法は考慮すべきでないと明確に言っているものもありますし,準拠法自体は考慮の一因となってきたとは言えると思いますが,下級審が準拠法を重視してきたとまではなかなか言えないのではないかと考えております。更にそこから準拠法を重視すべきかどうか,具体的考慮として書くべきかどうかというところは問題になり得ると思いますけれども,少なくとも準拠法をこの具体的な考慮要因として挙げるのはむしろ相当ではないのではないかということを前提にしてこの案を提示させていただいているものでございます。 ○古田幹事 私のアイデアは,具体的な考慮要素を挙げなくてもいいのではないかという発想なのです。私の記憶では,国際裁判管轄について判断した我が国の裁判例のうち,本案の準拠法が外国法であることに言及した事例というのは多分8件くらいあります。そのうち5件くらいは我が国の国際裁判管轄を否定して訴えを却下しているのです。外国法が準拠法だけれども国際裁判管轄を認めた3件というのは,被告が応訴をした場合とか,あるいは管轄条項があって,日本の管轄を否定し難かった事例であったという記憶です。   現状の事務局の案文で気になったのは,一つは,「証人の住所」,「使用すべき検証物の所在地」というのが挙がっていまして,やや証拠調べの便宜に重点がある書き方になっている点です。国内の移送の規定であればそれでいいと思うのですけれども,国際裁判管轄の考慮材料としてはやや偏りがあるのかなという気がします。もう一つは,先ほど申し上げたとおり,適正かつ迅速な「審理の実現」に限っているので,裁判自体の適正という観点が入ってくるのかどうか,そこがはっきりしない気がする点です。 ○佐藤幹事 今の点,御説明を少し補足させていただきますと,その「事案の性質」以下の具体的な考慮として念頭に置いたのは主に三つの要素があります。つまり,事案における請求自体の内容,当事者の応訴の負担も含めて当事者の事情,それから証拠の所在という三つの要因が従前の下級審の裁判例においても考慮されてきたということで,過去の用例も踏まえて,この三つの要素を入れるということが基本的なアイデアであります。特にこの書き方で証拠の所在について重視したという意図はなく,三つの考慮要素が含まれているという前提で考えております。   それから,適正な審理の実現が図られれば,適正な裁判が行われるのではないかということは当然なので,「適正な裁判」という言葉は過去の法令の用例も見ての上の表現になっておりますけれども,「適正な審理」ということで今御指摘の点は含まれるのではないかと考えたものでございます。 ○横山委員 準拠法が外国法であるということがそれほど意味がある,特段の事情で決定的に考慮されるということになると,国際私法学者は商売上がったりになってしまいまして,国際私法,抵触法を勉強している人,研究者はなくてもいいというのであれば,古田幹事は相当なことをおっしゃっておられるわけです。私も読む限り佐藤幹事と同じで,昭和天皇の記念のコインの事件のような事件もありますし,準拠法が外国法であることを考慮した事案もありますが,準拠法が外国法であることが決定的な理由になって,管轄権を否定したというのは,私はいまだかつて見たことはありません。という意味で,考慮されたのかもしれませんけれども,決定的ではないという意味で,佐藤幹事の理解に私は賛同したいと思っています。 ○手塚委員 弁護士会でも実はいろいろ議論があったのですが,二つぐらい重要な論点があるのではないかと思うのです。一つは,この「第1から第5までの規律」と言った場合,その中には合意管轄が入っています。合意管轄については,いろいろな議論があるのですけれども,弁護士会内部では,仲裁合意のように,なるべく合意管轄,合意した以上は強力に認めよう,余り例外を認めるべきでないという考え方もあり,他方で,最高裁のチサダネ号事件のように,公序法に反するみたいな,結構厳しく見えるようなところで切ればいいという考え方もある。私などはどちらかというと,消費者訴訟に限らず,やはり合意管轄というのはそれほど平等な条件でよく考えて結ぶとは限らないし,仲裁条項と違って必ず―合意管轄というのはどちらか一方に有利になることが多いわけですので,仲裁条項と同じように扱うよりは,むしろアメリカにおけるようにリーズナブルネスという広い,例外規定まではいかないにしても,もう少し突っ込んで,公序法に反するというところまではいかなくても,特に外国を指定するような合意管轄の効力を日本の裁判所が余り安直に認めない方がいいのではないかと考えていて,意見は割れておりますが,ここで,第1から第5までの規律にかかわらず,迅速な裁判とか適正な審理とか,そういうものから見てよろしくないときには却下できるというのが,ある意味では日本の裁判所の管轄を否定する方向にしか働かなくて,外国の裁判所の合意管轄を専属で定めた合意管轄条項の効力を否定できるのは,チサダネ号事件みたいに非常に狭い要件なのだけれども,日本について付加的ないしは専属的に合意管轄を定めた条項については,ここで言っているみたいに,いや,外国でやった方が適正迅速な審理ができて,日本だとなかなかできないではないかということで,合意管轄があるのに却下してしまうという方向に働くのは,少しバランスがとれていないのではないかというのがまず1点ございます。   2点目は準拠法の点なのですけれども,確かに外国の準拠法の事件だから日本でやらない特段の事情をその分認めてやろうというのは少し乱暴だと思いますが,特に合意管轄の場合は,私の理解では,例えばニューヨークでは,ニューヨーク外の当事者がニューヨークの裁判所を使いたいという場合には,どちらかというと広くいらっしゃいと。法律家を養っていくというような考え方かもしれませんけれども,ビジネスとしての裁判ですよね。ところが,国によっては,そういう自分の国と何の関係もない外国当事者同士で,自分の国の税金を使って,準拠法も自分の国の法律ではないというときに,合意管轄をしてもそのようなものは認めないという立法政策の国もあると私は理解しておりまして,それとの関係で,要するにこの規定が先ほど言った合意管轄の場合にも適用になったというときに,そういう,国民の税金を使うことがいいかどうかというような考慮も一つでしょうし,あと,そもそも考えてみると,ここに書いてあるように,余り適正かつ迅速な審理がその場でできるとも思われない。確かに中立的な場所ではあるかもしれないけれども,証人の所在とかみんな別だというようなときに,準拠法が日本ならまだ日本法に関する審理だから日本の裁判所でやるのはいいけれども,当事者も外国,日本法でもない,適正迅速な審理というのもちょっとどうかというときに,考慮事項になるという考え方はあり得るのかなという気もいたしまして,私自身はちょっとまだここがどうなのかなというのははっきりしていないのですけれども,どうも単純に合意管轄まで含めてこの規定でいくというのはいかがなものかなという気がしております。 ○横山委員 手塚委員がおっしゃった最初の問題は,合意管轄に関する規定の解釈論である程度解決がつくのではないか。それを踏まえた上でこの規定を考えればいいのではないかと思うのですが,いかがでしょうか。   それから,準拠法について,私は外国法が準拠法であるということを全く無視しなさいということを言うつもりでは全くありません。一番典型的な例は,前回も申しましたように,やはりコーランを日本の裁判官が適用しなければいけないというような状況のときに,やはりそれだったらイスラム圏の裁判所でやっていらっしゃいとむしろ言いたくなる,日本の東京家庭裁判所でやるよりはそれの方が適切だという場合はあるだろうと思うので,全くそのことを否定するつもりはありません。だけど,それがどのような場合かというのは,なかなか判断がしにくい問題なのだろうと思います。   そのこととはまた別に,下級審の判決でも時々出てくるのですけれども,特にこの最高裁の平成9年の判決では,債務の履行を求める訴えが日本の裁判所に提起されるというのは予測の範囲を超えるものと言わざるを得ないということを,非常に明確に言っておるわけでして,不法行為に関する今の素案も「予測」という言葉を使っております。それから,義務履行地も,当事者の予見可能な範囲で義務履行地を認めようとしております。ということで,当事者の予測という点を入れると,指針が割とはっきりするのではなかろうかと思います。これは単純に特段の事情を適用する場合だけではなくて,およそ,これはどのような独立の立法になるのか分かりませんけれども,この管轄規則を解釈する上での指針にもなってくると思うのです。国内土地管轄と国際裁判管轄の大きな違いは,やはり予測の可能性という点でかなり違うと思います。実体法も違いますし,手続法も違うわけですから。そういう点では,土地管轄に関する例えば17条などの規定とは違った文言が入ってもおかしくないし,その際に,平成9年の最高裁の「予測の範囲を超えるものと言わざるを得ない」という文言を何らかの形で参酌するような文言があっていいのではないか。   特に,これはパラドキシカルなのですけれども,よく言われるのは,特段の事情という例外条項のようなものが入ってくると,結局当事者の予見可能性を害することにならないのかという議論に対して,いやそうではない,まさしく平成9年の判決というのは当事者の予測を害さないために特段の事情を使っているのだという議論で,これはフランスの大学者で,もう定年を迎えられたゴード・メ=タロンという女性の国際民事訴訟に詳しい学者が,その方は割とフランスの学者にしてはフレキシブルな管轄原因を唱えられる方なのですけれども,特段の事情という日本の最高裁の判例を引用して,まさしく特段の事情論というフレキシブルな解決というのは,当事者の予測を保障するために使われているので,特段の事情論を援用して例外条項を認めると当事者の予見を害するというのはおかしいので,むしろ特段の事情というのは予見可能性を保障するためにあるのだというふうに言って,この日本の最高裁の判決の立場を擁護されるといいますか,フランス人にしては珍しいですけれども,言われているので,もし新しい規定を設けるときには,そういう方も外国にはおられるわけですから,是非予見可能性という言葉を使っていただくと有り難いなと思います。 ○佐藤幹事 具体的な事情を今回挙げさせていただいているのですが,そこをどこまで抽象的な,例えば予見可能性とか,証拠の所在とか,当事者の応訴の負担というような事情として書くのか,あるいはそれはその後もまた抽象的な文言が出てきますので,「衡平を害し」という文言の中で予見可能性が問題になるようなものは読んでいくのか,そこはいろいろな考え方があるのかなとは思っていたのですが,今回は従前の法令なども参酌して少し具体的な事情を挙げさせていただいたということでございます。 ○道垣内委員 私は基本的によく練られた条文だと思います。民事訴訟法第17条その他の従前の条文の規定の仕方を踏まえ,またこの審議会で多数の支持があった最高裁判決の文言も取り入れている。そして,当事者間の衡平の「衡平」という字を最高裁判決の「公平」とは違い,民事訴訟法第17条に合わせている点,この方が私はいいのではないかと思っています。   ただ,若干分からないところがあります。一つは,先ほど手塚委員が御指摘になったことです。私は,合意管轄だけではなくて,応訴管轄,専属管轄,そして議論が分かれるかもしれませんが,普通裁判籍,それから保全の管轄,これらはこういう調整なしに決めることとした方がいいのではないかと思います。もっとも,第1から第5までの中にこれらはまざっているものですから,それを特定するのは煩わしいですけれども,条文化した場合には,条文で特定すればいいわけで,その点は問題ないと思います。つまり,特段の事情による調整は特別裁判籍により管轄が認められる場合だけでいいのではないかなと思います。もちろん,この点は他の議論もあると思います。その中では,特に,保全訴訟は急ぐので,さっさと決める必要があり,これについては特段の事情の検討は不要とすべきではないかと思います。ほかの管轄原因については,合意管轄の場合は当事者双方が望んでいるのに,普通裁判籍については最後のよりどころであるのに,特段の事情により管轄が否定される可能性を残すのは問題があるのではないかなと思います。   それからもう一点,「第一審裁判所は」と書いてあることに何か特別な意味があるのかどうかですが,管轄を認める中間判決について争って上の方に行ったときも,恐らくこの条項は使うべきだと思うのですけれども,それについて妨げにならないのであれば結構ですが,わざわざこのように書かなくてもいいのではないかと思います。 ○佐藤幹事 ここは民事訴訟法第17条を参照したものですが,検討します。 ○古田幹事 今,道垣内委員御指摘の点ですけれども,これは恐らく民事訴訟法第17条の規定をもとにしているからだと思いますが,今回の規律は国際裁判管轄に関する規律ですので,第一審裁判所に限定する必要はありません。また,「申立てにより又は職権で」という文言も入っていますが,これも要らないのではないかと思います。国際裁判管轄の有無に関する判断は職権で裁判所が判断すべき事項です。仮に何らかの国際裁判管轄の管轄原因があったとしても,特段の事情があれば日本の国際裁判管轄を否定するという建て付けになっていますから,特段の事情を判断する局面でだけ,当事者が何か申立てをするということは想定されていません。したがって,「第一審裁判所」という文言と「申立てにより又は職権で」という文言は両方とも削除していいのではないかと思います。 ○髙橋部会長 道垣内委員から,第1から第5までというのは広過ぎるという御指摘がありました。実際の適用のときには濃淡あるのでしょうけれども,ほかの委員・幹事の方はいかがでしょうか。 ○山本(和)幹事 恐らく合意管轄や応訴管轄の場合は,通常はそれに基づいての管轄であれば却下されるということはないのだろうとは思うのですけれども,この要件とか考慮要素で,当事者間の衡平というのは,通常はその当事者は合意している,あるいは応訴をしているというような場合に,それが当事者間の衡平を害すると見られる場合は,非常にほかの場合よりも少ないだろうと思います。ただ,適正かつ迅速な審理の実現を妨げるというのは,やはり合意がなされている場合とか応訴がされている場合であってもあり得なくはないのかなと思います。証拠の所在その他の状況によっては,先ほども出てきましたが,日本は全く関係ないところなのに両当事者が合意をしていると。しかし,日本の裁判所から見れば,やはりそれは適正かつ迅速な審理の実現を妨げるということはあり得ない話ではないので,正に部会長がおっしゃったように濃淡はあるとは思うのですけれども,この事由による却下の余地というのは,そういう場合でも認めておくということは,私はよろしいのではないかなと思います。 ○松下幹事 合意管轄,応訴管轄については,今,山本和彦幹事の御指摘のとおりだと思うのですけれども,専属管轄の場合はやはり違和感が残ります。わざわざ日本だけだと言っておいて特段の事情で処理するということはどうかなという感じがして,ここを以前議論したときも,専属管轄の場合はどうしたらいいかという議論をしたと思いますけれども,それはやはり除いておくものではないかという気がします。あるいは,先ほど来の議論の言葉を借りれば,専属管轄でもなお専属性の要請の濃淡があるのかもしれないですけれども,いったん専属だと言った以上は,特段の事情で切るというのは筋として余りよくないのではないかというのが私の印象です。以上が第1点目です。   2点目は非常に細かい点なのですけれども,この本文が民事訴訟法第17条と同じ並びならば,「当事者間の衡平を害し」と「適正かつ迅速な審理の実現を妨げる」との間には「又は」が入るような気がするのですが,(補足説明)でも本文3行目では「又は」が入っているのですけれども,本文 のところだけなぜ「又は」がないのか。なければ「又は」とは読めないのではないかと思うのですが。ここは今,法制的な言葉の使い方でこだわる場所でないことは重々承知していますけれども,万が一このまま残ってしまうといけないので,趣旨を確認させていただきたいと思います。 ○佐藤幹事 今御指摘の点ですが,「第1から第5までの規律」といった場合に,合意管轄は少なくともこの規律の適用があるということでの提案をさせていただいております。その理由といたしましては,事実上は少ないかもしれませんが,今,山本幹事から御指摘がありましたように,事案によっては,合意管轄があっても却下になる場合がないわけではないことから,その判断は裁判所にゆだねるということでいいのではないかということでございます。   それから,専属管轄につきましては,部会資料に書いておけばよかったのですが,任意管轄についての規定ということで,専属管轄まで含めて特段の事情で却下できるということは趣旨として含めておりません。   「当事者間の衡平を害し,又は」のところですが,趣旨としては「又は」ということでございまして,「かつ」とも書いていないということなので,どう読むかあいまいになってしまったかもしれません。「当事者間の衡平を害し」というのは,当事者間の私的な利益の調整という意味でございまして,それから,「審理の実現」,これは裁判所の立場に立った,ある意味公益的な観点ですけれども,両方そろわないと却下できないという趣旨ではなくて,いずれかが損なわれるということであれば,やはり却下できるとすべきではないかということでは考えております。最終的に法制的にやはり明確にするとすれば,「又は」を入れた方がよいということになるかもしれませんが,趣旨としてはそういうことでございます。 ○高田委員 関連して確認ですけれども,先ほど来出てまいりました保全について除外されているということは,保全は別に扱うというのが原案の御趣旨なのでしょうか。 ○佐藤幹事 保全は含んでいないという趣旨でございます。保全の場合,恐らく,本案訴訟の管轄があるかないかという段階では,この特段の事情が入ってくると思いますが,それを超えて更に最終的に保全の決定を出すかどうかの段階で更にこの特段の事情を考慮するということは考えていないということで,第6は対象としていないという趣旨でございます。 ○山本(克)委員 合意管轄や応訴管轄の場合にも適用があり得るということは理解できたのですが,そういたしますと,「当事者間の衡平を害し」という要件をその場合については残しておく必要があるのかなという気がしなくもなくて,ちょっと芸が細かくなって複雑化するのですが,その場合については適正かつ迅速な審理の実現うんぬんというだけの要件をかけるというような規律も考えられるのではないかと思います。   それから,普通裁判籍のことを先ほど道垣内委員がおっしゃいましたけれども,やはり普通裁判籍というのは,アルティマレシオみたいなもので,そこで受けられることが保障されているのだと考える余地もあるのではないでしょうか。国内管轄の場合でしたらまだしも,国際裁判管轄の場合で普通裁判籍のところに行って駄目ですよというのは,いかがなものかなという気がいたします。   先ほど,古田幹事が考慮要素を余り挙げなくいいのではないかとおっしゃいましたけれども,しかし,今回の立法はかなり個別のルールを明確化した上でその例外を定めるという仕組みになっていますので,従来の条理に基づくというような最高裁判例の考え方を前提としたやり方とはやはり変えるべきであって,ルールができた以上は,そのルールの例外を認める要件というのはできる限り裁判官に指示を与えておくという必要が私はあろうかと思いますので,原案はそういう点では非常に優れているのではないか。先ほど来若干の修正はしなければいけないという御意見はありましたけれども,そういう点を除けば原案は非常によくできていて,私はこういう形で規定づくりをしていただければと思っております。 ○横溝幹事 被告住所地の点ですけれども,私も被告住所地管轄はかなり絶対的であってもいいとは思うのですが,しかし,例えば証拠の集中などの点でむしろ不法行為地でやった方がいいような事件というのも考えられるのではないかなと思うのです。例えばインドのボパールで化学工場が爆発した際に,被告団がアメリカの裁判所に行ってアメリカの企業を訴えたところ,インドでやりなさいというので門前払いを食らった事件がありますが,それがいいかどうかという問題もあると思うのですが,やはり海外に証拠が集中していて,被告住所地はあるけれども審理が滞る場合がどうしても残るのではないかなと。そこで,あえて外すまでのところは少しためらわれるなと考えております。   それから,具体的に挙げる事情についてですけれども,こういうのはどうだろうというぐらいのものでしかないのですが,前回の本文②を除いて,それは特段の事情の要素に含めれば足りるのだということですので,例えば外国の裁判所の管轄権の有無とか,あるいは国際的訴訟競合のところの一番最後に,特段の事情の中で外国裁判所における訴訟の係属というものを考えることを排除する趣旨ではないと。これは後で御議論でどうなるのか分かりませんが,例えばこれも残るのであれば,外国裁判所での訴訟係属というようなことを具体的な事情で挙げるというのは,ほかの事情とはかなり性質の異なるものですから,一つ選択肢としてあるのかなと思います。 ○手塚委員 先ほど私が発言をした点にまた戻ってしまうかもしれませんが,今,佐藤幹事から,これは合意管轄についても特段の事情での却下ということがあり得るという趣旨であるということだったのですけれども,その場合に,では日本の裁判所から見たら,日本であれば特段の事情で却下すべき状況にあるようなミラーイメージといいますか,例えばアメリカの裁判所を合意管轄として指定しているのだけれども,日本の基準だったらそれは特段の事情で却下すべきだ,つまり,アメリカでやることが,当事者間の衡平だとか,あるいは迅速適正な審理の妨げになるという事情が認められる場合には,この趣旨というのは結局,専属管轄の合意の効力のところで,前回までの議論では特段チサダネ号事件の要件を何か変更するような議論になっていなかったと思うのですけれども,そういう場合には,この規定で合意管轄まで入れるということは,日本の裁判所から見てそういう特段の事情がある場合は,外国裁判所の専属管轄の縛りを否定できると。それは間接管轄がどうのこうのというのではなくて,正に日本で訴訟が起きて,外国の専属管轄合意の抗弁が出たときに,アメリカでやるのは特段の事情があるからむしろできないのだ,却下されるべきものだということで日本でやってしまっていいという,そういうところまで含むのか,それとも,これはあくまでも日本を合意管轄として指定したときに日本の裁判所が却下できるだけの話で,日本の裁判所が外国を管轄地として指定された合意管轄条項の効力を判断するときに特段の事情というのを考慮するものではなく,あくまでも公序則に反する等の著しい不合理,それは管轄合意条項そのものの不合理なのだと思うのですけれども,つまり証拠の偏在とか何かそういうことよりは,もう少し管轄合意条項に内在する不合理を言っているのではないかと思うのですが,そういうところまでは含まない趣旨なのか,そこはどのような御趣旨なのでしょうか。 ○佐藤幹事 基本的には,日本について管轄合意条項があって,場合によっては特段の事情で却下し得るということになろうかと思います。ただ,それは具体的な事例においてどのような場合があるかといいますと,むしろ管轄合意が争われるのは,その効力が主たる争点になるのだろうと思うのです。したがって,管轄合意の要件をどう設定するかというところに正に物事の本質があるわけで,その場合に,管轄合意について合理的だということでありながら,特段の事情で却下するということは少ないのだろうとは思っております。ただ,あえてこの規定から外す必要があるのかということを考えますと,特段の事情で場合によっては日本の管轄合意が合意としては有効であるけれども,いろいろな事情を考慮すると特段の事情で却下すべき場合もあるかもしれない,あえて外すまでのことはないのではないか,それは事案ごとに裁判所の方で当然判断することになるのではないかなということなどを考えて,わざわざ除かなかったということです。 ○髙橋部会長 被告から,日本ではなくて実はほかの国に管轄合意があるから日本ではない,という主張がされたときに,その合意管轄が特段の事情があるので認めない,したがって日本でやれと,こういうシチュエーションを手塚委員は言われているのですか。 ○手塚委員 そういうシチュエーションでこの規定の考え方というのでしょうか,直接適用ではないのですけれども,そういう縛りを含んでいるのか。 ○髙橋部会長 それは横山委員が言われたように解釈なのでしょうけれども,事務局はそこまでは考えていなかったと。 ○佐藤幹事 そこまでは考えていなかったです。 ○髙橋部会長 あとは,できた後の解釈でしょうね。 ○道垣内委員 合意管轄について,民事訴訟法の先生方がこれも特段の事情の条文の対象としてもいいという御意見であるのは,民事訴訟法第17条がそういう規定だからかもしれませんが,国際的な場合に,合意管轄をしているのに,裁判所が場合によっては裁判をしてくれないかもしれないという不安定さについては,ヘーグ国際私法会議における条約審議では非常に評判が悪く,そういった扱いは当事者の予見可能性を著しく減じ,また,国際的な合意管轄の場合には,いろいろな理由でそのような合意をするのだと思いますが,その理由の一つとして,中立的な国で裁判したいという事情もあり得ます。例えば韓国とベトナムの取引で,どちらの当事者も相手国の裁判所での裁判を嫌い,間にある日本での裁判で解決しましょうという合意も,現実には余り今のところないですが,あり得るわけで,そのようなときには,日本にはもちろん証拠もないし,当事者とも全然関係ないのですが,だからこそ日本での裁判を合意したという場合もあり得るので,そうであるのにこういうあいまいな規定で,場合によっては訴えが却下されるというのでは当事者の期待を裏切ることになると思います。もちろん,管轄合意があっても,きっと訴えられた側は四の五の言うと思いますけれども,被告になった側がこういう道具を持つということは余りいいことではないのではないかと思います。   それから,普通裁判籍について,私がこれは外した方がいいと申し上げているのは,これを外しておけば,日本で訴えを却下する場合にはどこか外国での提訴が実際上は保障されていることになるからです。特段の事情による訴え却下の要件として,外国で訴訟ができることという要件は入れないということになったのですが,普通裁判籍が日本にある場合には,特段の事情による訴えの却下をしないということにしておきますと,日本に管轄が認められるのは,普通裁判籍以外の管轄原因に基づく場合に限られるということになりますから,被告の住所地であることを管轄原因とする普通裁判籍のルールは,おおむね国際的に各国で採用されているルールだと思いますので,どこかの国で被告の住所地を管轄原因とする訴えをすることができるということになります。特別裁判籍という変化球を投げてきたときには,場合によってはボールと言われるかもしれませんが,直球を投げてきたときには,ストライクであって,必ず裁判をすべきではないかということです。先ほど横溝幹事がおっしゃったこと,つまり,被告の住所地が日本にあっても,不法行為地で裁判をすればいいではないかということで,日本での訴えを却下するということになるのでしょうが,不法行為地で本当に裁判できるかどうかというのはその国の法制次第です。不法行為地の認定も場合によっては難しい場合もあります。   以上のことから,私はもう少しここの適用範囲を狭めて,安定性を確保した方がいいのではないかと思っている次第です。 ○青山委員 文言のことを言う場ではないとは存じていますけれども,この規定は民事訴訟法第17条と第147条の文言をこのまま使っているのですが,考慮要素をこの中に書き込むということは大事なことだと思いますし,私もそれに賛成ですけれども,「事案の性質」はいいのですが,その後の「当事者及び尋問を受けるべき証人の住所,使用すべき検証物の所在地」という文言が余りにも抽象的なレベルのものの後に非常に具体的なものがあって,抽象度が非常に違うので条文として余りきれいでないという感じがいたします。先ほど事務局が言われたように,「当事者の属性」といいますか,あるいは「負担」とか,あるいは「証拠の所在地」とか,そういう程度に抽象化してもらった方が,第17条の解釈と,これが問題になった場合に,国際裁判管轄と国内の移送とはやはり違うのだということがはっきりした方がいいのではないかという感じがいたします。 ○横山委員 私も山本克己委員と同様,予測のことは付加していただきたいと思うのですけれども,基本的に民事訴訟法第17条をベースにされた,よくできた規定だと思います。もちろん,修文しなければならないところはすべきだと思いますが。   普通裁判籍の場合も特別の事情があるのかというのは,私も,普通の合理的な事案であったら,要らないと。私も今その点は何とも申し上げられないのですが,ただ,横溝幹事がおっしゃったボパールの事件というのは,不法行為地と日本の今度の提案でいくと事務所管轄がともにインドにあって,被告の住所地だけがニューヨークにあるというケースで,本来なら何も断る理由,フォーラム・ノン・コンビニエンスなどを使う必要もないし,使ってはいけないと思うのですけれども,被告が一番アクセシブルなのはインドなのですからインドでやればよかったのに,インドでやらなかったのは,やはり損害賠償額がまるで違うからという理由でニューヨークまで行ったわけです。そういうことをカウントするのか,特段の事情をもしやると。私,多分日本の裁判所はそれはカウントしないのではないかと思うのです。そういう意味では,今の特別裁判籍が重なって,いろいろな原因,不法行為地であり,かつ事務所管轄で重なったら,場合によっては被告の普通裁判籍よりも優先するのだということはまず考えにくい。ボパールの事件の被告の動機のようなものを暗黙にでもネガティブに斟酌するというようなことをしない限りは,幾ら特別裁判籍の管轄原因が被告の住所地国以外に重なっても,やはり普通裁判籍は動かないと考えるべきなのではないかと思います。 ○手塚委員 どちらがよいかという問題としてではなくて,一応私の実務上見聞した例ということで申し上げたいのが,アメリカのフォーラム・ノン・コンビニエンスと今回の特段の事情による却下というのが必ずしも同じではないと思いますが,アメリカのフォーラム・ノン・コンビニエンスの場合は,どうやら日本でいうところの普通裁判籍がアメリカにあってもなお不便だということで却下する例はあるようで,現に私もニューヨークの金融機関の日本支店,当時は金融機関というのは子会社方式ではなくて支店形式で出ているのが多かったのですけれども,ニューヨークの金融機関の日本支店と日本のお客さんとの取引からトラブルが生じ,すべての行為,証拠は全部日本国内で,単に本店がニューヨークにあるというだけでニューヨークで裁判が起きて,ニューヨーク本社というか金融機関の方がニューヨークで訴えられたときに,フォーラム・ノン・コンビニエンスだということで却下になった。そのとき私は結構驚いたというか,普通裁判籍のようなところでもできないのだなと感じました。それは多分,アメリカの裁判所にわざわざ来ないで,全部日本でやっていたのだからそちらでやってくださいという感じだったと思うのです。   それから,日本の裁判は遅いから駄目という趣旨の意見書が出てきて,私は,いや,そんなことはないという意見書を書いて認めてもらったのですけれども,何が言いたいかといいますと,要するにフォーラム・ノン・コンビニエンスのようなものを作るのならば,普通裁判籍でもやはり不便なら却下できるというところまで広いのもありかと思うのですけれども,非常に例外的なもので,本来のルールはこちらだというのだと,特段の事情がいつも争点になるというのはどうかなという気もするので,合意管轄や普通裁判籍などは特段の事情で却下というのはない方がいいのではないかなとは思っていて,つまり別物だという理解をしているということでございます。 ○横山委員 何よりも,今まで判例の中で被告の住所地が日本にあったときに,特段の事情を使った事例を見たことはありません。今までの裁判の流れをむしろ変えてしまう傾向ということになると思うのです。 ○髙橋部会長 しかし,一般条項のようなものですから,どのように規定するかということはなお検討させていただきます。   2ぺージの(注)でございますが,緊急管轄については,意見が分かれたところでございます。規律を設ける必要性の有無,設けるとした場合の規律の内容について御審議をお願いいたします。 ○山本(弘)委員 特段の事情のように,規定にあるものを例外的に使わないというのは解釈でもできると思うのです。しかし,規定にないものを解釈でつくり出すということは恐らく無理なので,つまり規定を置かないということは,もうそういうことには対応しないという決断をするということなのではないかなという気がいたします。 ○髙橋部会長 そこはどうでしょうかね。 ○古田幹事 これは多分一読会でも同じことを申し上げたと思うのですが,あってもいいけれども,なくてもいいかなと思います。というのは,まずこれまでの裁判例の中で,緊急管轄の有無が本当に問題になった事例はないのです。これからも出てくるかどうか分からないと思います。仮に今まで議論してきた国際裁判管轄の原因のどれにも当てはまらないのだけれども,なお日本で裁判をすべき事案というのが出てきたとすれば,緊急管轄の規定がなかったとしても,日本の裁判所は何らかいろいろ理由をつけて管轄を認めるのではないかと思うのです。逆に今規定を設けようと思うと,その要件を決めなければいけないのですが,今まで何の事例の蓄積もないところで,緊急管轄を認めるべき要件を具体的に考えるというのは,難しいのではないかなと思います。どちらかというとなくてもいいかなというところなのですが,それで本当に大丈夫かと山本弘委員に言われると,そこは確かに自信のないところではありますけれども。 ○横山委員 ドイツの民事訴訟法にも緊急管轄に関する規定はないけれども,やはり解釈論でも判例上でも認められていますので,規定はなくても大丈夫なのではないかなと思います。   前回も言いましたが,家事事件に関する管轄規定ができたときは,私は是非必要だと思うので,もしそういう明文の緊急管轄に関する規定が将来の立法でできたとしたら,これはまた財産関係でも類推適用のようなものがまた逆にできるわけですから,そのときまでなくても大丈夫なのではないかなと思います。 ○三上委員 第一読会のときにいなかったので,議論が重複していたら恐縮なのですけれども,手塚委員がおっしゃったように,例えば日本で融資をした債務者が,その融資を返済しないままニューヨークに移住したときに,ニューヨークで例えば債務不存在確認請求訴訟が起こったのに対して,銀行側がフォーラム・ノン・コンビニエンスを主張してニューヨークで却下判決を得たと,これは別に珍しくない事例だと思うのですが,その際にもし消費者対事業者の甲案のように,事業者が消費者を訴える場合には消費者の住所地でしか訴えられないということになりますと,せっかく却下判決を得たのに再度結局ニューヨークに訴えに行かなければならないことになります。こういう場合に緊急管轄が認められるのでしょうか。   さらに,先ほど横山委員がおっしゃった例でもあるのですが,住宅ローンを借りたまま払わない人間が例えばイスラム圏に移住してしまったときに,イスラム圏で利息とか遅延損害金を請求するというと命にかかわりますから,そういうような場合に日本に管轄が認められるようなことが,例えば条文の根拠なしとか,そもそも認められることがあるのか。認められるとした場合に,条文の根拠なしに認められるのかどうかという点に関してはいかがなのでしょうか。 ○横山委員 多分,今おっしゃった事例ですと,結局,住所地の認定でかなりのところが解決するのではないでしょうか。本当にイスラム圏まで住所が移動したといえるのかどうか。 ○古田幹事 今,三上委員がおっしゃった例えばローン契約のような事例ですと,もしローン契約に管轄合意条項が入っていれば,その合意管轄によって日本に国際裁判管轄があるという場合もあるだろうと思います。あとは義務履行地が日本と定められていれば,義務履行地管轄が生じる可能性もあるだろうと思います。そういった管轄原因が何もないにもかかわらず,あえて緊急管轄として日本に管轄を認めるような場合になるのかどうかという問題になりますが,合意管轄の指定はないし,義務履行地も日本に決めていない,たまたま債務者が日本からイスラム圏に移住をしてしまったから普通裁判籍がなくなってしまいましたというような場合に,その場合も緊急管轄とするような緊急管轄の規定というのは,少し広いのかなと私は思います。 ○三上委員 前提で申しましたのは,事業者が個人を訴える場合に,恐らくここでは甲案が非常に人気が高かったように危惧しているのですけれども,その場合には一応原則は消費者の住所地に限られてしまって合意管轄が無効になるという解釈だったと思うので,そのような場合を想定して申し上げたのですけれども,もし乙案であれば恐らくかなりの部分は解決すると思います。 ○佐藤幹事 恐らく御議論いただいているのは,消費者関係の訴訟についてどのような規律を設けるかというところが一番の中心になっていて,そこで,こういう案だとこういう不都合が生じるということが前提になっておられるのだと思いますので,むしろそちらの方で御議論をいただいて,その上で更に緊急管轄の議論が必要であればするという形で,消費者関係の訴訟の中で議論していただければと考えています。 ○道垣内委員 今,三上委員のおっしゃったことですが,もし本当に日本から見て管轄があるとされる地で訴訟を起こすことが命にかかわるのであれば,それは日本で管轄を認めてあげるべきであり,そのときには憲法の裁判を受ける権利などを持ち出して,日本での裁判をすべきだと思います。要するに,緊急管轄に関する規定を置かないということはそういう扱いをすることを否定する趣旨ではないということを解説等ではっきり書いていただくと,後々判例の発展はあり得ると思います。実際,離婚の事件ですけれども,本来ならばドイツで訴訟すべき事件で,ドイツでは既に離婚判決があって,ただしそれが日本で承認されないという非常に特殊な場合に日本の国際裁判管轄を認めた最高裁判決があります。外国での裁判が法律上又は事実上不可能であるような場合には日本での裁判を認めるというものです。何に基づいてそのような判断をしたのかという点については,現在はそもそも国際裁判管轄の規定が何にもないので,これについても条理だといえば済みますが,国際裁判管轄立法ができた後は,何か根拠を求める必要があり,それは憲法第32条かなと思っています。確信は持てませんが。 ○髙橋部会長 そこは皆さん大体合意がおありかと思いますが,古田幹事は規定を置かなくてもそれはあり得ると明確におっしゃいました。それはそうだと思います。規定を置くとすれば,今,道垣内委員が言われたように,政治的亡命者とか戦争とか,そのような例なのでしょう。その国では利息を請求すると命にかかわるというのは,少し広過ぎるという感じはしますが,いずれにせよ,いざとなれば,憲法の裁判を受ける権利あたりでしょう。横山委員がおっしゃいましたように,家族関係の管轄のときにはあるいは明文を置いた方がいいのかもしれませんが,財産関係では規定を置くべしと強くおっしゃる委員はいらっしゃらなかったということで理解をさせていただきます。 ○道垣内委員 財産関係でも,諸外国の例を見ると人権訴訟というのがあって,人権抑圧をした元の支配者に対して損害賠償請求訴訟を起こしており,そういう例も日本で起こるかもしれません。 ○髙橋部会長 分かりました。   それでは,ここで休憩をとらせていただきます。           (休     憩) ○髙橋部会長 再開いたします。   第8の「国際訴訟競合に関する規律」ですが,まず説明から入ります。 ○小島関係官 国際訴訟競合につきましては,一読会では論点ごとに御検討いただきまして,その御検討を踏まえた結果,今回は甲案,乙案,また,甲案の中でA案,B案という規律を提案させていただきました。   まず,甲案ですが,これは,外国裁判所の判決と日本の裁判所の判決の抵触を防ぐ必要があることなどを理由として,一定の規律を置くことを提案するものでございます。   一方,乙案については,5ぺージの2に補足説明が書いてありますが,判決の抵触については,外国裁判所の判決の承認の規律により対処すれば足りるということにいたしまして,外国裁判所の訴訟係属については,審理を見守る状況が必要な場合には,日本の訴訟の弁論期日又は弁論準備期日の間隔を調整するなどして柔軟に対応するということが乙案の趣旨となっております。   甲案のA案,B案についてですが,まずA案については,3ぺージの(補足説明)に書いてあるとおり,国際訴訟競合については,国内の重複起訴の禁止と同様に,訴えの利益の間題と理解いたしまして,ポイントは四つほどあると思っています。 まず,規律の対象は,外国の裁判所に既に係属している訴えと同一の訴えが日本の裁判所において提起された場合を規律の対象にしております。二つ目として,要件は,外国裁判所に係属する事件が判決によって完結し,その判決が確定して民事訴訟法第118条により承認されることと見込まれるときとしております。また,三つ目としまして,当事者の申立権を認めるということにしておりまして,四つ目として,中止の終期につきましては,外国裁判所の事件の判決が確定するまでということにしております。   なお,3ぺージの(補足説明)の一番下にも書いてあるのですが,A案においても中止を義務付ける規定ではありませんので,要件に該当するとしても,裁判所が相当ではないと認めるときは,中止をせずに審理を行うことができるということを含んでおるものでございます。   次のぺージに行きまして,五つ目のポイントといたしまして,A案は,中止決定に対して不服申立てをすることを認めるという案になっております。とりわけ原被告反対型の国際訴訟競合の場面におきましては,対立当事者の利害がかなり対立するということも考え得ることでありますことから,当事者の手続保障を図るという観点から不服申立てを認めるということがA案の提案であります。   不服申立てに関してですが,(注1)に書いてありますとおり,十分な議論が必要かと思っております。不服申立てに関しましては,まず,中止決定に対する不服申立ての手段は即時抗告でいいかどうか,また,中止の申立てを却下した決定に対する不服申立てについて規律を設けるか,即時抗告を認めるかどうかや,それとも不服申立てをできないこととするか,又は通常抗告を認めるかどうか。 また,その次に問題となるのは,中止決定の取消しについての規律を設けるかどうか,それに関しまして,中止の取消しの申立権を認めるかどうか,また,中止取消決定が出た場合に,それに対する不服申立てについての規律を設けるかどうか,また,中止取消しを認めない決定が出た場合に,それに対する不服申立ての規律を設けるかどうかなど多数の論点がございますので,十分な御議論をいただきたいと思っております。   4ぺージの(注2)に関してですが,今回の甲案は,A案にしましても,これから説明させていただくB案にしましても,訴訟手続の中止の決定に関する規律を提案させていただいております。前回の御議論では却下の規定もかなり議論いただいたのですが,(補足説明)にも書きましたとおり,却下する上での要件の認定はかなり難しいのではないかという御議論もありましたことから,今回は,規律の提案としては中止の提案をさせていただき,却下については,(注2)に書いてありますとおり,またここで再度御議論いただければと思っております。なお,却下の規定を考えるとすると,そこに書かせていただいたとおりの案が考えられるのではないかという一案を示しております。   次にB案ですが,A案と違うところは二つありまして,まず中止の決定に対する当事者の申立権を認めるかどうかというところで,B案は,認めないという案となっております。また,不服申立てについても,それに応じて,認めないというのがB案の特徴でありまして,理由といたしましては,不服申立てを認めると手続が重くなって裁判の遅滞を招くというような弊害があるのではないかということを理由としております。   本文の説明は以上ですが,5ぺージの3のところに記載してあることについて若干言及いたしますが,先ほども議論が出てきたところですが,甲案については訴えの利益の問題とするのですが,国際裁判管轄の有無の判断を行う際に,外国裁判所の訴訟係属なり審理状況について特段の事情の要素として考慮することを排除するものではないという理解をしております。したがって,訴訟競合状態にある場合に,管轄の方が特段の事情で否定されるということもあり得ると考えております。   また,最後に書いてあります,前回,事件の同一性や訴訟係属の意義について若干御議論いただきましたが,それについては解釈にゆだねるということを甲案は前提としております。   以上です。 ○髙橋部会長 御議論をお願いいたします。 ○古田幹事 私は基本的には甲案のA案のような規律かなと思うのですけれども,幾つか疑問に思う点がありますので申し述べます。一つは,訴訟係属の先後を決定的な要件とすべきなのかという点です。事務局案は外国訴訟が先に係属した場合だけを規律するという建て付けになっていると理解しました。これは,例えば札幌地裁に係属する同一の事件について,東京地裁に改めて訴えを起こしたような事案,つまり国内的な重複起訴の場合であれば,東京地裁の訴えは訴えの利益がないから却下して,あとは,札幌地裁の訴訟を東京に移送するかどうかを,移送の問題として処理をすればいいということになるのだろうと思います。けれども,国際訴訟の局面では,国際的な移送というのはできないことになります。また,札幌地裁か東京地裁かというのは,地理的な場所は違いますが,いずれの訴訟にも同じ日本の民事訴訟法が手続に適用されて,同質の日本の裁判官が判断をすることになるのですが,国際訴訟の局面では,国が違えば訴訟手続も違ってきますので,審理される証拠も違ってくるかもしれない。判断をする裁判官も同質の裁判官ではないということになりますので,日本国内のように,先に係属した訴訟を常に優先するという規律でいいのかどうか,疑問に思うところです。   具体的に言いますと,日本の訴訟の方が先に係属をしていて,外国訴訟が後から係属をした場合であっても,なお日本の訴訟を中止した方がいい場合というのはあり得るのではないかと思います。もちろん今の条文でそこは解釈で読めるのだということであればそれでもいいかと思いますけれども,訴え係属の先後だけが非常に重要な考慮要素になってしまうというのは,やや危険ではないかと思います。   それから,先ほどの事務局の御説明の中で,中止の期間は,原則として外国訴訟の判決が確定するまでと伺いました。しかし,そうなると,今度は中止の判断というのが非常に勇気の要る判断になってしまいます。むしろ,外国判決が確定して日本で承認されるだろうと思っていったん中止はしたけれども,その後の事情の変化で,例えば外国訴訟が全く審理が進まないとか,外国訴訟について日本で承認の見込みがなくなったという事情の変化があれば,その時点で中止決定を取り消すということもできるような制度設計にしておいた方がいいのだろうと思います。そのために特別の条文が要るのか,あるいは中止決定の権限があれば当然それを取り消す権限もあると解釈で読むのか,そこは問題があるかと思いますけれども,いったん中止をすれば外国判決が確定するまで中止しなければいけないのだという規律にしてしまうと,それは裁判所にとって負担が重いだろうと思います。 ○髙橋部会長 最初の点に関して何かありますか。 ○佐藤幹事 基本的には,前回,その点は一つの議論すべき点だということで議論をいただき,訴えの利益の問題として二重起訴の問題として扱うのであれば,むしろ外国が先で日本が後の場合,逆であれば,日本が先であれば,その日本の訴訟をどう考えるかというのは訴訟競合として外国の裁判所が判断するという整理を今回させていただきました。その点は,先後は問わないという形にすべきだというような議論もあり得るのかと考えておりますので,議論をいただければと思います。   それから,外国判決が確定するまでという形で終期を定めているのですが,例えばそのもともとの中止事由が失われた場合に,取消しの決定が要るのか,あるいはそれは当然事由がないということで中止が解除になるのかという点はここで議論いただければと思っております。中止の期間を何か月と定めるという法制もあるのですが,特にその法制をA案でとりますと,最初の中止の決定に対して不服申立てをすることが可能で,何か月か経ってまた中止を継続する場合は新たな決定ということになりますので,その決定に対しても不服の申立てができるということになりますので,それが相当かという議論はあろうかと考えております。   逆にB案をとりますと,これは裁判所の裁量になりますので,いつでも取り消すことができるのではないか。この種の裁量による中止の規定については,取消しの規定を設けていないものも多くありますので,それは,裁判所はいつでも取り消すことができることが前提になっているのではないかと考えているところでございます。 ○山本(弘)委員 確認ですが,今の御説明ですと,A案の本文①は,「その判決が確定して民事訴訟法第118条の規定により効力を有することとなると見込まれるとき」という文言の中に,確定するまで中止の効力が続くということが組み込まれているという趣旨ですか。私は,確定する前であっても,承認の見込みがなくなったときにはもう要件が消滅しているので,この決定は取り消すことができる,そういう含みだろうと思って読んでいたのですが,そうではないということですね。 ○佐藤幹事 それは取り消すことはできるということだと思いますが,そのときに取消しの規定を設けなければならないのかどうかというところは,私どももよく分からないところがございます。 ○阿部委員 私も議論に途中から参加しているので,思わぬ誤解をしているかもしれませんが, 中止規定というのは,すごく違和感を覚えました。国際裁判管轄の規律を策定するということは,裁判所からすると本案前の争いについて対立が激しくなかなか本案の審理に入れずに審理が遅延することを防ぐことができて,非常にいいと思うわけです。しかし,今度は,審理を中止するという話も出てきたので,これはこれはと思っているのです。そこで,考えることなのですが,この中止規定というのは,一つの思想として,恐らく先行する訴訟にある程度の優先権というのですか,重視をするということを考えていると思うのです。先ほど古田幹事も言われていましたけれども,訴訟競合をどの場面で見るかということで,事務局としては,いわゆる外国裁判先行,国内裁判後行型を訴訟競合というのだという仕切りをされているので,それはそれで私は構わないと思うのです。さて実際の場面はとなると,私も詳しいわけではなくて,むしろ皆さん方の方がお詳しいのですが,こういう先行だとか後行とかと生じる場面はいろいろなケースがあって,多分,古田幹事が言われているのだと思うのですが,事前交渉が決裂して,たまたま訴訟を起こそうとしていたところが先行して訴訟が提起されてしまったということがある反面,ある国で訴訟が相当進行しているときに,その判決が承認されるのが困るということで,それを阻止するがために後行訴訟が提起される場合とか,いろいろなバリエーションがあるような気がいたします。   そのときに,中止規定を設けることになったらどうなるのか,特に不服申立てなどが入ってしまうと,相当そこで混乱が生じて,全体の訴訟の解決がうまく図られないのではないかと少し懸念しているわけです。まず第一点としては,日本の企業などが訴訟を提起するのがたまたま遅れたがために外国で先に訴訟が提起されているということも多いと思うのですが,企業法務の皆さんが,こういう規定で国内訴訟が後で提起されたときに中止をされ,先行する外国の訴訟がある程度優先されるという規律がやはりいいのだと考えられるのか,研究者の皆さんは国際協調主義にかなうと言われているのでよいのでしょうが,どう見てもそのような思想が普遍的なものかどうかというのは,私も検証するべき力を持っておりませんが,そこはいいのですかということを裁判所としてお聞きしたいと思います。   それからもう一つは,仮に甲案を検討すると,要件が明確になった方がいいというのはあるのですが,この見込みというのは,まず「判決によって完結し」ですから,恐らくこれは,ADRとか和解に行っているときは適用がないという意味であると理解できます。   それから,「確定して民事訴訟法第118条」となっている,これは確定可能性,確定見込みというのも要件とする趣旨であり,それから承認見込みも要件になるように理解でき,相当絞りがかかっているという感じがするのです。そういう理解でよろしければ,これが適用になる場面というのは,外国訴訟において終局段階を迎えるような段階,訴え提起の早期の段階ではない,相当証拠調べも進んでいるというような段階を念頭に置いているような感じもするのです。そうだとすると,その適用場面が余り広くないように思われます。   それともう一つは,不服申立てなのですけれども,これも,一審の立場からすると,不服申立てがあるとやはり見込みについて相当疎明を求めるだろうという感じがするのです。そうすると,今回は事件の同一性だとか訴訟係属ということを解釈にゆだねられたものですから,事件係属は送達まで必要か受理で足りるのかとか,外国で訴訟物概念のないところで事件の同一性がどうなのかという,そういうものについても全部不服申立てにおける審理に耐えうるように,相当議論をして疎明を求めるため,これで何期日か使ってしまうかのような感じもして,そうすると何か本末転倒ではないかとも思うわけです。ちょっと感想めいたことで申し訳ありませんけれども,まだ私の方としてはユーザーサイドも含めて広く意見を聞いて決定すべきことだと思うのですけれども,審理をする立場からすると,中止規定は必要なのか疑問に思うところです。   それからもう一点,「追って指定」にすると訴訟の進行が不透明になるというような,裁判所の手続裁量に対する規律というのですか,そういうものを設けるべきだという御意見があるのかも分かりません。それは,私もほかの裁判所を知らないのですけれども,「追って指定」で事件を放置するということというのは,実際は余り考えられない。と申しますのは,「追って指定」にするときには双方納得をしないとなかなか「追って指定」にはできません。つまり期日指定の申立てがされると結局応答をしなければいけないからです。そういった点でもなおやはり御批判があるのであれば,そこのところは反省はしなければいけないと思っています。 ○青山委員 中止の申立てについては,やはり訴訟係属の先後というのは一応基準になるし,明確なので,立法してもいいのではないかと思っています。   それで,乙案で全く規定を置かないというのも一つの考え方ではありますが,私としてはやはり規定を置いてほしいという気がしております。その場合に,先ほどの古田幹事のように,A案というのは非常に明確であり,訴えの利益,当事者の裁判を受ける権利というようなことからいうと,A案は非常に魅力的なのですが,一方で,そうすると手続が非常に重くなるということもあるので,B案のところでいいのではないかというのが私の考え方です。これは裁判を受ける権利と考えることはできますけれども,しかし外国で訴訟が係属しているわけですから,トータルとして考えれば,外国の裁判がなされるという前提があって,ただ訴えを却下するというのとは違いますので,憲法で裁判を受ける権利というのは,日本の国の裁判所の裁判を受ける権利ということでしょうけれども,そういうことを考えると全く却下ではない,向こうで係属しているという前提でなされているということから,B案でいいのではないかと思いますし,それから,不服の申立てを本当に認めなくてはいけないかというと,これを訴えの利益,裁判を受ける権利だと厳格に考えていくとそうなりますけれども,訴訟指揮上の向こうの裁判の状況を見ながら,こちらで柔軟に対応する。それを追って指定という形ではなくて,中止決定という形でする,そして,またそれは柔軟に取り消すこともできる,しかしそれに対しては不服申立ては認めないというのが,両方の要請を満たしているのがどうも甲案のB案ではないかと思います。   それからもう一つは,今,阿部委員の言われた要件の,これは完結可能性,確定可能性,承認可能性と,今,三つに分析されましたけれども,ドイツ法の外国判決の承認可能性というのは,コンメンタールを読みますと,要するにその判決が確定したならばドイツで承認される可能性がある,そこのところだけ強調して書いてあるわけです。だから,類型的に相互の保証がないような国であるとか,そういうことからも最初の段階で割合早く分かるということを前提としているのであって,これは完結可能性まで疎明を出せとか,確定可能性までその中止の申立てをする人間には疎明を出せといったら,この条文は動かなくなると思うのです。だから,要するに,こう書いてありますけれども,承認可能性がおよそないというのだったら,もう中止はしないでどんどん進める。しかし,その国との間では今まで判決もいろいろあって承認されているということであれば,それを待ってもいいではないかということを裁量によって裁判所が考えればいいので,だからこそ不服申立てなどはしないで,場合によっては途中からそういうことがなくなってしまったということであれば,すぐ中止決定を取り消すということで柔軟に対応できるのがB案ではないか。私,この前多分A案を支持するようなことを申しましたけれども,B案でいいのではないかと考えを改めましたものですから,発言させていただきました。 ○手塚委員 実務上どれほどの需要があるかという点でいいますと,私も25年ぐらい弁護士をやっており,かつ随分国際訴訟をやっているつもりなのですけれども,これで止めてほしいと思った経験もなければ,あと,対抗措置として日本で何かやるというのも実は余りないのです。アメリカで訴えられたら日本で債務不存在確認というのが好きな先生もいるみたいなのですけれども,そういうことをするとかえってアメリカで裁判官の怒りを買ってしまう例もあるようですし,そうよくある戦術でもないということです。むしろ私が心配しているのは,特にA案のような形で制度を入れると,もうそこのところの争いがすごくヘビーになるのではないかなというのが一つと,あと,要件はあっても一応やるかやらないか,中止するかしないかは裁量だということなのですが,裁量の基準をどうするかによっては,すごく変なことになりかねないのではないかと思うのです。   例えばインドの裁判所は,一般的にはすごく遅く,大体10年ぐらいいまだにかかるといわれているらしいのですけれども,完結はするだろうと。それから一応相互保証もあるであろうと。   早くやりたいという要請があるときに,それは裁判所の100%白紙委任の裁量で,10年だって何だって最初に起きた方でやりなさいという考え方の裁判官に当たってしまうと10年待たされるし,いや,中止しないでどんどん早い方が勝ちだという裁判官に当たったら早くやってもらうというのは,これは幾ら何でも制度としておかしいのではないだろうか。裁量というのは,もっと裁判官ごとにそれほどポリシーとして遅いのは駄目だとか何とか,そういうところで違いを認めていいような問題まで裁量のところに押し込むのは立法としておかしいのではないかなというのが一つです。   それから,完結性というのでしょうか,それも,これは要件の問題なのですけれども,管轄を争っているうちは,これはまだ争いがあるから中止をしないということに多分なるのでしょうかね。そうすると,意外と最後の最後までずるずるいろいろなことを争っているという例があるのです。そちらの方は止まらない,でもインドみたいに,やってはいるけれども10年かかる,そちらは中止すると,何かバランスがとれないかなという感じがしまして,私は個人的には乙案でもいいのではないかと思っているのですけれども,入れるにしても,入れるのだったらB案の方がいいと思うのですけれども,裁量の対象といいますか,何を考えるのか。やはり迅速適正な裁判の妨げになる場合は,やはり少しぐらい向こうが先でも待たずに日本の裁判所がやるのがむしろ,当然だとまでは言いませんけれども,望ましいというところがはっきりしていないと,10年でも20年でも待つのだということになりますと,これはちょっとどうなのでしょうかねと思います。 ○古田幹事 先ほどの事務局の御説明ですと,例えば甲案をとった場合であっても,裁判所が事案の具体的な事情に照らして中止するかどうか判断するということですから,例えばインドで競合訴訟が係属しているけれども,その完結に10年かかるような場合には,恐らく日本の訴訟は中止をしないということになるのだろうと思います。そこが裁判官の判断によって違うのは問題ではないかという点は,A案をとれば,例えば抗告審,あるいは場合によっては許可抗告審で,最高裁で判例統一が可能になります。そういう意味では不服申立てがあった方がいいのではないかと思います。   不服申立てを認めた場合に手続が重くなるというのはそうかもしれません。しかし,現在の判例実務ですと,訴訟競合状態は特段の事情の一要素として考慮をして,終局判決で判断することになります。その判断を控訴,上告で争う形になっています。中止決定に対する抗告という制度設計であれば,それよりは軽くなっていますから,この点の判断は現在の実務よりは早くなるのではないかと思います。   また,事務局の説明では,国際訴訟競合を訴えの利益の問題と整理されているのですが,そこは違和感のあるところです。先ほど申し上げたように,札幌地裁の訴訟と東京地裁の訴訟であれば,それは正に同質の手続が同質の裁判官によって実施されるので,地理的な場所だけの問題といっていいでしょう。だからこそ,国内訴訟では,同一の事件について重ねて訴えを起こす訴えの利益がないといいやすいのです。けれども,例えば日本で訴訟をやるのと,どこか外国で訴訟をやるのとで本当に同質の裁判が保証されているのかというと,国によってそうではないところもあるのではないかと思うのです。そういう意味では,国際訴訟競合を訴えの利益として整理してしまって,先に係属した方を優先するという考え方は,私には抵抗があります。もちろん訴えの先後というのも判断材料にはすべきだと思いますけれども,日本での訴え提起が遅れたら中止の適用があり得るけれども,先んじて訴えれば中止の適用は一切ないという制度設計をしてしまうのは,先ほど申し上げたことの繰り返しですが,やはり違和感があります。 ○萩本幹事 今までの議論とどこまで関係して,どこまで関係しないのかがよく分からないのですが,民事訴訟法の不服申立てというのがもう一つよく分からないので,民事訴訟法の先生方に教えていただきたいのですが,先ほど事務当局の説明では,甲案は,A案にせよB案にせよ,中止決定をしても,その中止決定を裁判所はいつでも取り消せるといった位置付けでの説明をしたと思うのですが,A案にせよB案にせよ,そもそもその中止決定をいつでも取り消せるものという位置付けで本当にいいのかどうかというのがまず一つあると思うのです。今,様々な意見をいただいた先生方が,それぞれどちらの認識でおっしゃっているのかということをクリアにする必要があるのかということと,それから,A案ですけれども,仮に,いつでも取り消せるとA案の①を考えたときに,民事訴訟法の考え方として,いつでも取り消せるような決定について独立の不服申立てを認めることが理論的に問題がないのか,あるいは違和感がないのかといったあたりを教えていただきたいと思います。確かに部会資料17の4ページの(注1)で引かれている例えば破産法などは,正に他の手続の中止決定等,いつでも中止もできるし取消しもできる,執行停止のない即時抗告ができるという建て付けに今倒産手続ではなっていますけれども,民事訴訟法でそうなのかなというのがちょっとよく分からなくて,その辺も教えていただければと思います。 ○佐藤幹事 先ほどの説明が必ずしも十分でなかったかもしれませんけれども,いつでも取り消せると考えているのはB案でございまして,A案は恐らく,申立権があるので,いつでも取り消せるということにはならないだろうというのが前提になっています。したがって,いつでも取り消せるのではないかというのは,完全な裁量にゆだねられているB案ということで,A案の場合は要件及び相手の裁量の場合もあると思いますけれども,それに従って判断をするということになるということが,この案の前提ではあります。 ○萩本幹事 そうだとすると,A案の①の,その事件の判決が確定するまで中止できるという意味と,B案の①でいうところの,その事件の判決が確定するまで中止できるという意味とでは,意味が違って同じ言葉を使っているということになると思うので,そこは少なくとも認識をクリアにして議論をしていただく必要はあるかなと思います。 ○手塚委員 これは国際的なものなので,レシプロシティではないですけれども,相互主義的な発想というのも結構大事だと思うので,その点に関して確認なのですけれども,例えば,あるべき裁量の行使の仕方として,A国は早い方優先だと。だからどちらがベターフォーラムかとかそういうのではなくて,どちらかというとヨーロッパの条約などはそういう考え方だと思うのですけれども,均質の国同士なのだから早い方でやって,そちらが管轄があるということが分かるまでは中止だし,管轄があったらもう却下しろと,そういう世界もあると思うのですけれども,B国はどちらがベターフォーラムかということを重視して,少しぐらい先であろうと,証拠の関係だとか当事者だとか,いろいろな請求の内容だとか,そういう方から見て,自分の国の方がやった方がいいというのだったら中止しない,あるいはやってしまうのだと。いろいろな国があり得るわけです。そうすると,いろいろな国があるのに,何か日本だけが早い者勝ちだとみんなが考えるかのような前提で,早い者勝ちルール,それははっきり書かないにしても,裁量の在り方としてはそれが当然の前提になるようなルールを入れるというのは,相互主義的にも何かおかしいのかなと思います。   他方で,早い者勝ちだという国のほかに,つまり域外ですね,条約の世界ではなくて,国際的に見ても早い者勝ちでやってくれるという国がどれだけあるのか,私はよく分かりませんが,仮にそういう国があるとして,日本はベターフォーラム主義というのでしょうか,どちらが早いかではなくて,古田幹事などは多分そのような発想だと思うのですけれども,早いかどうかにかかわらず,こちらでやった方がいいというのだったら止めるみたいな,そういう考え方もあるとは思うのですけれども,それもやはり周りの国がそういう考え方ならそれでいいと思うのですけれども,そこら辺が余り世界的に統一されていない中で,あるべき裁量の在り方を決められるのだろうか。問題になっている国がA国的だったら早い者勝ち,B国的だったらベターフォーラム主義だということなのかどうか。この規定によって守りたい価値観とか,あるいはどのような訴訟的利益というか,早い者勝ちにするのか,ベターフォーラムを守るのか,そこら辺がよく分からないなと。そのまま白紙委任というのはどうかなと。古田幹事は,日本の裁判所はきちんと裁量権を行使するとおっしゃるけれども,私は人によって結論が違い得るというのは,制度としてどうかなと思います。 ○横山委員 阿部委員がおっしゃるように学者は必ずしも国際協調主義ではありませんので,いろいろな考え方の方はおられると思うのですが,青山委員が先ほどドイツ民事訴訟法の話をされましたが,実はこの条約とか地域的な統一法という局面を別にすると,つまり加盟国とか締約国があって,一応均質な裁判をするという前提がない場合に,ほかの国はどのような取扱いをしているのかなということがやはりどうしても気になってしまって,本当に中止というようなことをやっているのかなということで。これは前々回でしたか,フランスの裁判は,被告,原告,当事者の一方はフランスにあるときは,2006年までは全く考慮していなかったという話をさせていただいた際に,青山委員が,フランスはナショナリスティックだから注意しなさいと言われたのですけれども,ドイツは恐らく比較的豊富に判例もある。恐らく青山委員がおっしゃったのは,ドイツ民事訴訟法の第261条の解釈というか適用を言っておられて,ちょうど日本の民事訴訟法の第142条の規定です。ドイツはやはり,承認可能であれば,第142条の類推適用をする。適用ではないのです。外国の裁判所は想定していないから適用ではないけれども,類推適用はしているのです。その場合の承認の見込みがあるというときには,公序については,明白に公序違反がない限りは承認する。ですから,民事訴訟法第118条第1号,第2号,第4号というのは割とはっきり分かっていますから,これはチェックできるし,公序も明白に公序違反がない限りは承認してしまうということです。その結果としては,本当はそのまま承認できるのですから,却下であり,中止ということはないはずなのです。   ドイツというのはすごいなと最初のころ思ったのですけれども,実際に第261条で二重起訴の場合にドイツでの訴えを却下した例というのは,離婚事件ですね。財産関係というよりは離婚事件です。ドイツの離婚管轄は,当事者の一方がドイツ国籍ですから,ドイツ人がドイツに帰り,他方配偶者がその配偶者の本国に帰って,おのおのが離婚訴訟を提起する,こういうときに,先に提起した方に行ってらっしゃいという場合なのですね,第261条が適用されている例というのは。ですから,訴訟物の同一性も,イタリアの別居判決とドイツの離婚訴訟と訴訟物は同じかと,そういう例えば扶養と離婚とかいう形での訴訟物の比較がたくさん出てくるのですが,財産関係については私は余り見たことがないです。という意味で,財産関係については第261条はそう使われているわけではない。   もう一つ,中止なのですが,中止はドイツ民事訴訟法第148条の規定です。第261条。だけど,これは学説は,場合によっては国際二重起訴の場合には,訴訟競合の場合には第148条の類推適用をせよという学説はあるし,わずかな判例もありますけれども,裁判例としては,それは明文の規定はないのですから,第148条の中止はやらないです。恐らくB案がドイツ民事訴訟法の取扱いに一番近いと思うのですけれども,B案のように中止をするという処理は,ドイツでは財産関係についてはまずやっていない。基本的に第261条は離婚に関する訴えが問題のときであるということで,その点はやはり考えておかないといけないと思うのです。   私は個人的には,結局もし規定を置かないとすると,特段の事情の中でいろいろなものがごちゃごちゃになってすっきりしないし,透明性という点では欠けるので,できたら二重起訴に関する,国際二重訴訟に関する規定を置いた方がいいと思うのですけれども,どのような規定を置いたらうまくいっているかというのは,確かに比較法的にもなかなかいえないと思います。これが余り国際協調主義ではない学者の見解だと思っていただいて結構です。ほかの方は違うと思いますけれども。 ○高田委員 私も今の横山委員の御意見と同じく,特段の事情に持ち込むことをどう考えるかという問題だという認識でして,もし無制限に特段の事情に持ち込むことに対する消極的なメッセージを出すことが望ましいとすれば,なお工夫を試みてもいいかなという印象を持っています。   先ほど来,「訴えの利益」という言葉について議論がございまして,おそらく前回「訴えの利益」という言葉を私が使ってしまったために混乱を起こしているような気もいたしますけれども,そこで「訴えの利益」と申し上げましたのは,今の議論との関係もございますけれども,いわゆる内外の手続が等価値であることを前提に,日本であえて審理,判決を得なくてもその目的が達成できるかどうかという意味で使わせていただきました。国内事件での「訴えの利益」とは若干イメージが違う言葉を「訴えの利益」という言葉で表わしたために,もしかすると誤解を招いたかもしれませんけれども,趣旨としましては,繰り返しになりますけれども,あえて日本で審理,判断しなくても,その目的が達成できるような場合には,あえて日本で審理,判断する必要がないという趣旨を表すことができればということではないかと思います。その意味では,先ほど10年かかるかもしれないという議論がございましたけれども,やはり10年待たなければいけないというのは訴えの利益が否定される場合には当たらないと思いますので,あえて付け加えるとすれば,2行目の,「外国裁判所に係属する事件が判決によって完結し」に,「適切な時期に」といった言葉を入れることになるのではないかと思いますが,ますます要件として分かりにくくなるという問題はあろうかと思います。   更にもう一点申し上げさせていただきますと,誤解があるのかもしれませんが,中止の規定の最大の意義は,不服申立ての対象を作ることにあるのではないかと私は考えておりました。その上で,中止制度を取り入れるならば,A案をなお模索していただくというのも一つの選択肢ではないかと思います。 手続を中止することによって,訴訟手続の進行は止まるわけですから,裁判を受ける権利という言葉を使うかどうかは別としまして,当事者から見ますと,訴訟の進行を求める利益があり,それについて上級裁判所の判断を仰ぐという選択肢を残すことが妥当かどうかという問題にかかわるのではないかと思います。   以上ですが,もう一点,御質問になりますけれども,日本における訴えの提起が先行し,外国での訴訟係属が後行した場合におきましても,部会資料17の5ページで申しますと,3の論点にあります「特段の事情」がかかわってくる可能性があるのですが,これは,特段の事情として考慮するという考え方もありますし,特段の事情というのはあくまで管轄についての規律ですから,訴えの提起時が問題であって,訴えの提起時に管轄があったにもかかわらず,その後の事情変更で管轄が無くなるのはおかしいという議論もあり得そうに思います。もし事務局の方で何かお考えがあれば,あるいはほかの委員・幹事の方で御意見があれば,お教えいただければと思います。 ○佐藤幹事 一応この点は,先後をどう考えるべきかというところでは議論があると思いますけれども,日本で先に訴訟が提起された場合は,管轄の問題として考えるのであれば,やはり訴えの提起時が基準になるのであろうと基本的には考えております。訴え提起後の事情が管轄の判断に入ってくるというのは,どう説明をするのだろうかというところもありまして,訴え提起時でやはり考えるべきではないかと考えているものでございます。   また,国によっては訴訟の解決に長年かかるとの説明がありましたけれども,これについては,今,高田委員が指摘されましたように,その場合には,外国の事件が判決によって確定する見込みがあるとは認定できないのではなかろうかということで,この要件ではねることができるのではないかなと考えておりました。 ○山本(克)委員 管轄の基準時ですが,特段の事情による管轄排斥について基準時が訴え提起時でなければならないというのは,必ずしもそうは言い切れないのではないか。例えば,訴え提起時には重要な証人が日本在住であったけれども,訴訟を係属中にアメリカへ行ってしまって帰ってくる見込みがない場合に,まだ証人尋問が済んでなければ却下するということはあり得ていいのではないでしょうか。今の例ですと,他の裁判所に管轄があるというのも,やはり他国の裁判所がきちんと審理してくれるというのは,特段の事情を適用するにおいては,我々の案では明文の規定は入れていないけれども,やはり考慮すべき事情であって,それが他国で本案前の段階を済んで本案の審理まで至れば,これは安心して却下できる,そういう判断だってできる。私は,特段の事情は管轄そのものであるとは考えるべきではないという立場なのでそう言うのですが,つまり,管轄があるけれども裁判権行使は裁量的にしないのだという,そういう規定だと位置付ければ,別に管轄の基準時論として訴え提起時ということに拘束される必要はないと考えております。   それから,「訴えの利益」という言葉ですが,「訴えの利益」というのが日本法,国内法そのものの「訴えの利益」でないというのはそのとおりで,私は仮に外国判決が確定して,日本で承認できるときに却下すべきでないということは前回申し上げましたけれども,承認された既判力に従った本判決をすべきだという立場ですので,なおさら「訴えの利益」という言葉には抵抗感があって,何らかの注釈をつけていただく,管轄の問題ではないということを言いたいということ以上の意味を「訴えの利益」という言葉に持たせていただくのはどうかなという気がいたします。 ○山本(和)幹事 必ずしも十分な定見はないのですが,今のところは先ほどの高田委員と同じような感触を持っています。少なくとも民事訴訟法第118条があって,外国判決の承認という制度があって,それを自動承認という考え方がとられている前提の中で,外国で訴訟が係属しているときに,それを日本でどのように取り扱うかということの明文規定が置かれないというのは,やはり相当ではないような感じを持っています。何らかの調整を日本法としては考えるべきもののように思われます。   裁量で中止することができるという形にして,その裁量の基準が必ずしも明確ではないというのはそのとおりのように思うのですが,個人的には,研究会のときにあった,あのときはまだ却下という規定だったと思いますが,一応承認見込みということで考えるけれども,日本で審理をすることが当事者間の衡平にかない,あるいは適正かつ迅速な裁判が図れるような場合には,例外的に日本で審理を続行することを認めてもいいのではないかと思っているのです。ただ,そういう要件を書くかどうかはあれなのですが,私自身はその裁量の中にそういうことが読み込めるのではないかと思っており,甲案でよいのかなと思っています。   不服申立ての点は,民事訴訟法第118条の規定により効力を有することになる見込みという要件を立てて,中止できるかどうかを決めるわけですので,それを争う機会というのは与える必要があるのかなと思います。当事者間でそれほど争いが生じないのであればよいと思うのですけれども,実際上は,日本で審理を続行できるかどうかということが当事者間で激しく争われることが想定されるとすれば,やはり不服申立ての機会は認めるべきかなと思っております。   最後に,(注2)に書かれている訴え却下の規定につきましては,これは前回の,今も触れられましたけれども,山本克己委員の御指摘は,私もそのとおりだと思いました。ですから,外国判決が確定した場合には,中止の効力がA案でもB案でも終了することになるのだろうと思うのですが,その確定した外国判決が承認されるものであるとすれば,それに基づいてその既判力を前提とした本案判決をする,例外的に訴えの利益がないというようなことはあるのかもしれませんけれども,原則的にはそれをもとに本案判決をすることになるのかなと思いました。 ○髙橋部会長 不服申立ての点ですが,中止せよという申立てを却下した,つまり審理するという,そちらの方に不服申立てを認めますと,事実上止まってしまうのですね。ですから,中止するという決定に対する不服申立てはまだいいのですが,中止しないという決定に対する不服申立てはいかがでしょうか。 ○山本(弘)委員 従来,国際訴訟競合の場合に,後で係属した訴訟を却下するというのは,やはり規律として行き過ぎであるし,既判力論を本来前提とすれば,それは却下ではなくて承認される既判力に基づく本案判決であるというのが筋だというのは私も同感ですので,却下ではなく中止にとどめるのはいいのですが,却下だと終局判決ですから控訴できたわけですよね。ところが,それがよりマイルドな中止に変わると,途端に不服申立ての可能性がなくなるというのは,それは少しおかしいと思いますので,やはり中止決定に対しては最低限不服申立てを認めるという形で,従来の却下の規律とのある種の整合性を保つ。しかし,中止しないという決定に対して,もちろん控訴審で再度問題にするという可能性はあるのかもしれませんが,それも従来の,却下しないというのと同じですから,従来とその点を大きく変えることではないと考えれば,中止に対してだけ即時抗告の可能性を認めるという規律は,ある意味では説明は付くのではないかなという気はします。 ○道垣内委員 基本的に山本和彦幹事あるいは高田委員と同じで,民事訴訟法第118条の規定が前提になっていて,その趣旨を生かすには,その前の段階でも一定の規律をすべきだということです。そうだとすると,その趣旨に合うのは承認予測を要件とすることだと思います。A案かB案かというのは,先ほどのことからよく分からなくなっているのですが,できれば上級審で争えるという形にした方がいいように思います。   ただ,実際のことを考えますと,仮に手続中止の決定が確定したとして,その後どうするのかということなのですけれども,中止してくれと求めた当事者は,半年なり1年ごとに更に継続してほしいという手続をとってもらわないと,裁判所は外国での手続がどのように進展しているのかは分からないので,当事者が裁判外で和解してしまって,裁判所は放っておかれるということになっては面白くありません。民事訴訟法に規定するのか,あるいは規則で規定すればいいのかは分かりませんが,何かそういう手続中止の更新を求める手続と,更新手続をとらなければ手続中止の決定を取り消すといった仕組みが必要なのではないかと思います。   それからもう1点,話が拡散するようで申し訳ないのですが,内外の訴訟の同一性の要件は解釈にゆだねると書いてありますけれども,同一という言葉を使うと,当事者が同一,訴訟物が同一,完全に同一であることが必要だということになりそうなのです。しかし,実際にはいろいろなケースがあり得るので,先に外国で訴訟をされてしまった側は,ちょっと工夫して少し違うような訴えを日本で起こすという余地が出てくることが懸念されます。また,訴訟物の同一性を厳格に判断するということになると,国内外の訴訟で準拠法が異なるときは同一性をどう考えるかということが難しい話になってしまいます。この点,いずれにしても与えられる効果が手続の中止ですから,完全に同一でなくてもいいことにし,同一又は関連するぐらいの規定でもいいのではないでしょうか。   国内外の訴訟が関連するというのはどのような場合かというと,例えば外国特許侵害訴訟も日本でできることを前提としますと,日本で外国特許侵害訴訟が係属した時点で,既に,その外国でその特許の無効を求める手続が係属しているということがあり得ます。そういう状況であるにもかかわらず,日本での侵害訴訟において,前提問題として有効,無効を判断して裁判をしてしまうのがいいかというと,それでよいとは言えないように思います。日本特許について裁判所に侵害訴訟が提起された場合には,日本の特許法には手続中止の規定があります。国際的な場合にも,そのような扱いを認める余地はあるのではないかと思います。そういうことも可能にするには,「同一」と書くと対応できません。また,先ほどの第7の特段の事情の方の規定でもこういう場合には対応できないので,同一性の要件をもう少し緩めてはどうかということでございます。 ○山本(弘)委員 もともと国際訴訟競合のところだけ突然として中止の規定を設けてしまうからある種の違和感が生じるので,本来,確か明治23年の旧々民事訴訟法には,関連事件係属を理由とする中止というのがあったのですよね。それをなくしてしまって,特別にこの国際訴訟競合のところだけ訴訟物の同一性を理由とする中止を認め,更に特許のところでは無効審判が係属することを理由とする侵害訴訟の係属を認めている。ここら辺の立法のある種のアドホックさがすべての議論を混乱させている原因なのではないかなという気がしているので,本来であれば,まず民事訴訟法の本体で関連事件係属による中止というのを復活させるのが筋なのではないかなという気がいたします。 ○髙橋部会長 御指摘のとおりですが。 ○横山委員 甲案は,私もこういうのがあるといいと思うのは間違いないのですが,やはり技術的に解決すべきところが多いなと思うのは,もう一つまた付け加えて申しますと,これはもし外国の裁判所が先行している日本の訴訟係属を無視して判決を下した場合は,これは承認しないということにならないと理屈が通らないと思います。これは日本の民事訴訟法第118条に相当するドイツの民事訴訟法第328条第1項第3号に,ドイツにおける先行訴訟を無視した外国判決は承認しないと規定しているわけで,もしこれをやるのならば,日本の民事訴訟法第118条第3号要件の前に,やはり時間的に先行している日本の訴訟を無視した外国判決は承認しないという号を一つ入れないと筋が通らないということで,もう一つ何かプラスアルファの問題が出てくるということになるのではないかと思います。 ○古田幹事 今の横山委員御指摘の点は,日本の国内訴訟でも問題になり得ます。後に提起された重複訴訟が却下されないで,そのまま本案判決が出てしまって先に確定してしまった場合には,後から提起された訴訟でも,先に確定をすれば,その確定判決の既判力の方が優先するという整理になっていると思います。国際訴訟の局面でも,それとパラレルに処理すればいいのではないかと思います。   それから,道垣内委員が御指摘になった点,すなわち後から訴えを起こす方はいろいろ工夫をするというのは,全くそのとおりです。私が実務上経験した例では,例えば当事者を少し増やしてみる,親会社を入れてみるとか役員を入れてみる,それから請求原因について,例えば不法行為を入れてみるとか,独禁法違反を入れてみるとか,いろいろ工夫をするのです。ですので,今回の国際訴訟競合の規律が国内訴訟の重複起訴における同一と同じぐらいの同一性を求めるのであれば,それはちょっと厳し過ぎるだろうと思います。道垣内委員がおっしゃったように,どのぐらいの関連性を要求するかはともかくとして,少し緩めの同一性の基準で判断することにした方がいいだろうと思います。   それから,管轄の基準時について,佐藤幹事が,訴え提起時が基準だとおっしゃったのは,恐らく民事訴訟法第15条を念頭に置いた御発言だと思うのですけれども,私の理解では,民事訴訟法第15条というのは国内の管轄についての規定です。一般的に国際裁判管轄というのは,民事訴訟法の教科書ですとか体系書を見ると,通常は裁判権に対する物的制限という形で議論されています。そちらから考えていくと,国際裁判管轄の基準時は,訴え提起時というよりはむしろ口頭弁論終結時ということになるのではないかと思います。もちろん,管轄原因として訴え提起時の住所を基準にするのは立法として自由にできますけれども,現在の民事訴訟法の体系を前提にすれば,国際裁判管轄というのはむしろ口頭弁論終結時が基準になるのではないかと思います。 ○手嶋幹事 今いろいろ御議論を伺っておりますと,やはり内容的には難しい判断になってしまうのかなとも思えてまいりましたので,感想めいたことになってしまいますが,1点発言させていただきたいと思います。   今の同一性や承認可能性の判断の在り方の点についても,結局は訴訟が競合した場合にどのような基本スタンスで臨むのかということによって,この規定の解釈がいろいろ変わってくるような気がいたします。今の案でいきますと,最終的な訴訟競合の場をどういう方向で解決するかということについては,規律がないという状態になるかと思うのですが,そのままでこの中止の規定だけがありますと,一体どのような方向に向かってこれを解釈していくのかということが,今の御議論を聞いておりましても,収束していかないという感じがどうしてもいたします。そうしますと,裁判官によっていろいろ解釈の仕方はあるだろうということもございますし,また,その判断をするに当たっても,しかも不服申立てが入るということになりますと,かなり慎重になるだろうという気がしております。また,そこをひとまずおくとしましても,最初に阿部委員からも御指摘がありましたけれども,これらの要件を判断できるようになるのは,要件の解釈次第なのかもしれませんが,かなりどちらかの訴訟が進んでいるという状態でなければ難しいのではないかという気もいたしまして,そうしますと,せっかく規定が設けられても,どの程度活用する場面が出てくるのだろうかということを私も思っておりました。   あともう一つ,不服申立てを入れる場合には,やはり取消決定がどうしても問題として出てくるのだろうと思いますが,それに対してもさらに不服申立てが入ってくるということになるのでしょうか。 ○髙橋部会長 入れても入れなくてもいいのですけれども,必ず入れなければいけないというものではないと思いますけれども。原則は進めるわけですから。止めるから不服申立ての保障,そういうペアですからね。 ○手嶋幹事 そこからしますと,その取消決定の申立権みたいなことは観念されないということでよろしいのでしょうか。 ○髙橋部会長 そこは組み立てで,A案ですと,こちらが申立て又は職権でですからね。素直に考えれば,申立て又は職権でしょうけれども,そこも工夫はできるかと思います。 ○手嶋幹事 ただ,そうしていきますと,非常に手続が重くなってしまうのではないかという危惧を強く持っております。 ○髙橋部会長 5ページの3のその他の論点のところなのですが,特段の事情のところを排除しないという点についてはいかがですか。ここは実際にどう使うかはまた別ですが,我々の方針としては排除しない。ですから,時間的にどのような局面が典型例になるかは分かりませんが,それにプラスして訴訟競合の規定を置くか置かないか。本日の議論をお聞きしておりますと,甲のA案,B案,乙案,すべて支持される御意見がありましたので,今日は絞り切れないと思います。ただ,先ほどございましたが,A案でいきますと不服申立ての在り方がまだ詰め切っておりませんので,ここはなお検討いたしますが,先ほど申立却下決定に対する不服申立てはなくてもいいというような御議論もいただきました。しかし,取消決定をどう組み立てていくかというのはまだ検討しておりません。中間案は7月10日にまとめますが,そのときまでにもう少し絞るか,この案でパブリック・コメントに掛けるかを決めたいと思います。   それでは,部会資料18に移りたいと思います。まず,義務履行地の説明をお願いいたします。 ○小島関係官 義務履行地につきましても一読会,二読会にて御議論いただいて,それを踏まえて今回の①,②の規律を提案させていただいております。  本文①についてですが,①のアとイの規律については,前回の部会資料14の対応部分と同一の内容の規律を提案させていただいております。ただ,内容について,文言を,「契約上の請求に係る訴え」というのを「契約上の債務の履行の請求に係る訴え」と,「義務履行地」を「債務を履行すべき地」と修文をしております。といいますのは,資料に書かせていただいていますとおり,契約上の特定の債務に係る規律であることが明らかになるようにという趣旨であります。   また,(補足説明)にも書いているのですが,前回の部会資料14におきましては,本文①のウとしまして,ウィーン売買条約に関する規律を提案しておりました。ただ,前回の御議論で,当事者の予測可能性に照らして問題になる場合があるのではないかという指摘がされましたこともありまして,今回はウを削除いたしまして,アとイに該当する場合にのみ国際裁判管轄を認めるという規律を提案させていただいております。   本文②についてですが,契約上の債務に関連する事務管理若しくは不当利得に係る請求又は契約上の債務不履行による損害賠償その他契約上の債務に関連する請求に係る訴えにつきまして,それらは法定債権の義務履行地ではなく,契約上の当該債務の履行地を基準として管轄を定めることを提案させていただいております。これにつきましては,対応するのは前回の部会資料14の②のウになると認識しております。この規律でいきますと,事務管理,不当利得,損害賠償というのは,典型的な場合ですが例示と考えておりまして,限定はいたしませんで,契約上の債務に関連する請求,想定されるのは安全配慮義務違反なり説明義務違反ということを今考えておるのですが,それらも含むということを想定しております。   あとは,本文②の規律による管轄が定まる場合を,例えばとして(i),(ⅱ),(ⅲ)として部会資料に書かせていただいております。   なお,前回の部会資料14の②のアとイに書いてありました,まずアの方ですが,例えば債務不履行による原状回復請求や損害賠償請求について,明示的に履行地が定められているような場合については,今回の本文①のアに含まれることを前提としています。また,前回の部会資料14の②イに書いておりました,法定債権についての準拠法による義務履行地についてですが,これは前回の御議論でいろいろ問題点があるということもありまして,今回は管轄原因としては認めるものではないということを提案しております。   以上いろいろ御説明いたしましたが,この条項のポイントとしましては,まず1点目としては,当事者の予測可能性を考慮しまして,訴えの範囲から法定債権を外す。その上で,義務履行地,債務の履行地ですけれども,に基づく国際裁判管轄を認める場合を本文①のアとイに限定している。2点目として,法定債権に係る請求でありましても,契約上の債務に関連する請求は訴えの範囲に含むとした上で,契約上の本来の債務を基準として債務の履行地に管轄を認めるというようなポイントを考えております。   以上です。 ○髙橋部会長 前回の御議論を踏まえてこういう形にいたしましたが,御議論をお願いいたします。 ○横溝幹事 1点だけ確認させていただきたいのですが,契約上の債務に関連する本文②の請求の方で,ここには例として安全配慮義務違反等が挙がっているわけですけれども,これらは不法行為管轄には含まれないという御趣旨なのですか。要するに,不法行為に関しても,本文②に入ってくるようなものは本文②の方で義務履行地で認めていくのであって,不法行為地管轄が問題になることはないのだという趣旨なのか,それとも,本文②に入ってくるようなものであっても,不法行為であれば双方かぶってくるのかという点だけ確認させていただきたいと思います。 ○小島関係官 どちらかといいますと,それは後者の方かなと考えております。資料に「なお検討を要するが」と書かせていただいているのですが,安全配慮義務違反の損害賠償などがここに本当に入ってくるのかというところまで,こちらでもまだ詰め切れておりませんで,安全配慮義務違反自体が不法行為責任なのか契約責任なのかというところも争いがあるところだと思っていまして,不法行為による管轄が認められる場合であっても,本文②の規律で認められる場合はあるのではないかと考えています。 ○横溝幹事 そこまでする必要があるのかなと思います。もし,不法行為で認められるのでしたら,例えば,契約違反で別に請求があったときにだけ客観的併合みたいな形で認めていけば十分で,そういった契約に関する訴えが別途ないときに,例えばここに挙がっている本文②だけで,それだけの請求を認めるというところまでやる必要はないように思うのですけれども。 ○小島関係官 おっしゃるとおりのところもあるのですが,横溝幹事がおっしゃるのは,要するに,その他契約上の債務に関連する請求に係る訴えというのは,ここは要らないのではないかと,そういう御趣旨になるのですか。 ○横溝幹事 すみ分けた方がいいのかと思いました。 ○小島関係官 そこのところは,引き続き検討させていただきたいのですけれども,逆に,本文②の規律で不当利得なり事務管理なり損害賠償だけに限ってしまうといった場合に,何かほかに契約上の債務に関連する請求で拾わなくていいものがあるのかなというところが若干懸念しているところでありまして,なおまだ検討させていただきたいとは思っています。 ○山本(克)委員 本文①のイについてですが,当該準拠法国の制定法上,明確に持参債務なり取立債務の原則がうたわれているという場合はともかくとして,そうではなくて,よく分からない国の法律が選択されることもあり得るわけです。そうしますと,当事者の予測可能性を害するということが一つあり得ますし,管轄の判断の段階で外国準拠法の解釈問題に裁判所が立ち入らなければいけないということになり得ると思いますので,前回もイについては消極的な意見が出されたと思いますが,これは本来の当事者がきちんと分かっているときには義務履行地の管轄を認めても構わない,それに限定すべきだという趣旨から,イを入れるとやはり外れますし,裁判所の負担という点でも,管轄の段階で準拠法の解釈をしなければいけないというようなことを裁判所に強いるというのは,私は適切ではないと思いますので,できればイは削っていただければなと思います。 ○髙橋部会長 前回もそういう御意見がございましたが,ほかの委員・幹事の方はいかがでしょうか。 ○山本(和)幹事 山本克己委員に御質問ですが,当事者が準拠法を選択していて,その準拠法上履行地は明白である,だからあえて契約には履行地などは書かないというような場合はどうなるのでしょう。アで読むということですか。 ○山本(克)委員 読める場合もあるということなのではないでしょうか。 ○髙橋部会長 アで読むのはちょっと難しいのでしょうか。読める場合もあるかもしれません。 ○松下幹事 今の点ですけれども,アしかないという世界で解釈をする場合とこれから条文を作る場合とは違うのではないでしょうか。ですから,これから条文を作るのだったら,イを明文で書く方が望ましいと私は思いますけれども。 ○古田幹事 恐らくいろいろな場合があると思いますけれども,横山委員が先ほどおっしゃったように,予測可能性がやはり重要だと思うのです。例えば当事者が契約で義務履行地を決めていれば,義務履行地で訴訟が提起されることも予測可能性はありますから,義務履行地に国際裁判管轄を認めていいだろうと思います。それから,当事者が準拠法を選択して,その準拠法上,義務履行地は極めて明らかな場合も,予測可能性はありますから管轄を認めていいのだろうと思うのです。ところが,準拠法は選択したけれども,その選択された準拠法上,義務履行地の判断基準についていろいろ争いがあって判然と意しない場合には,それだけを根拠に管轄を認めるというのは,予測可能性を害する可能性があります。そのような場合には,例えば本文①のイのような規定があったとしても,予測可能性の有無を特段の事情として考慮して,なお日本の管轄を否定するということもあり得るのだろうと思います。注意深い当事者であれば,むしろ契約の中で合意管轄の条項を入れますので,私の実務感覚から言うと,義務履行地だけを根拠に管轄を主張する事件というのは決して筋のいい事件ではないという印象です。 ○横山委員 やはりウィーン売買条約の関連規定は,多くの国で管轄権の条約上の債務弁済の場所というのは管轄権の決定する基準としても用いられておりますので,やはり当事者がウィーン売買法の締約国を準拠法として指定した場合は,ほかの国ではやはりあの条約を基準にして義務履行地を決めているということは無視できないと思うので,一般的に,選んだだけでは当事者は管轄権のインプリケーションまで必ずしも理解しているわけではないという前提はなかなかとりにくいと思います。まさしく古田幹事がおっしゃったように,この中には仮に消費者契約で特則が置かれるとしたら,消費者は入ってこない。消費者が当事者のときは理解するわけないですから,消費者契約では外れていく。要するにBtoBだけ考えたらいい。それでも問題があるときは,もう特段の事情でいくしかないという前提で,アとイに限定した理由の,私の考えでは,とにかく選択した地ということにむしろ力点があって,客観的な基準では,昔の法例の時代のように,黙示的な意思を推定して初めて判明するような,ああいう法律はここには入ってこないのだと思います。選択した法律だけというのは入ってこないという意味で,ウィーン売買条約の各国での慣行を考えると,イまではやはり含めないといけないのではないかと思ったのです。 ○山本(克)委員 ウィーン売買条約だけを対象にしてやるのであればそれでもいいのですが,これは一般規定ですので,引渡債務だけではなくて,役務提供債務とか,あらゆるものにかかわってき得るわけですから,ウィーン売買条約がそうだからといってそれを一般化するというのは,先ほど古田幹事もおっしゃいましたように過剰な部分を含んでしまうわけですので,仮にイを入れるにしても,もっと限定するなり何なりするということでないと,結局多くの事件が特段の事情によって処理されてしまうというのであれば,何のためにルールを作ったのか分からないということになりかねないのではないかという気がします。 ○髙橋部会長 絞るとすると,例えばどのようなお考えがあるでしょうか。 ○山本(克)委員 いや,難しいのです。 ○髙橋部会長 明らかなときとかなのですかね。 ○山本(克)委員 物権的請求権の妨害排除のような場合とは違って,そういうことがあるのかどうかよく分からないのですが,債務の性質上,当然履行地が明白である場合はここに入れても構わないのではないかという気がします。日本国内で競業しないというような債務は,債務の義務履行地の定めがあるというのか,債務の性質上当然そこで履行するべきものなのかよく分からないですが,そういうものは入れていっても構わないと思うのですけれども,一般的にイを入れるというのは,私は抵抗があります。 ○手塚委員 これは実務感覚の話かもしれませんが,今までは義務履行地に基づく国内管轄の規定を基礎として,条理説で原則管轄ありなのだけれども,特段の事情でという思考方法でやってしまうと,どうも広過ぎると。だから,最高裁のように国内管轄の規定に一応基づきつつ,特段の事情で調整するという手法は,義務履行地については特段の事情で制約しなければいけない場面が非常に多いのではないかという批判があったわけです。だから,そこをある程度狭めたという意味で,私はこの規律を評価していまして,債務の履行請求に係る訴えというところも限定されているし,当該債務の履行すべき地が契約で定められたとき,あともう一個は選択した地の法ではということで,基本的には強引に黙示の意思表示というのでしょうか,そういうので何か決めてやるとかではなくて,本当にその当事者が選択しているということで,国際私法の定めに従って決まった準拠法だと,たまたま義務履行地が日本になるようなものは排除されているわけです。実務的に何か広いなというところは結構うまく排除されていて,これでも広過ぎることもあるかもしれないのですが,そこはもう特段の事情でいいのではないかなと。特段の事情が出てくる余地がないところまで絞り切るのはなかなか難しいのではないか。思考停止といわれればそのとおりかもしれないですが,私は,このぐらい絞っていただけると実務的にはやりやすくなるのではないかなという感覚でおります。 ○山本(克)委員 前回まではそのようなことを考えていなかったのですが,国内管轄の義務履行地についても,BtoCを主として念頭に置いているのかもしれませんが,制約すべきだという議論は,持参債務の原則を前提としている国で義務履行地管轄を認めるのはおかしいというのはかねていわれているところですが,それが,イをとることによって,そういう主張はできないということになりはしないのでしょうか。つまり,完全に渉外性のない内国契約ですと,持参債務の原則というのは明文上規定があるのだから,それによって国内管轄が生ずるのは当たり前だ,それを制約することはないのだということになりはしないかということを懸念しているということです。 ○髙橋部会長 御趣旨は分かりました。   義務履行地に関して,ほかの点でいかがでしょうか。 ○山本(和)幹事 質問なのですが,2ページの一番最後の段落で,「なお」と書かれているところなのですが,原状回復請求等について明示的に履行地が定められているような場合には,アに含まれることを前提としているというのは,つまり,その履行地がA国と定められていて,本来の債務についてはB国というような場合には,基本的にはA国だけになるという理解なのでしょうか。 ○小島関係官 それは違いまして,例えば本来の債務が契約でA国と,原状回復についてはB国と書いてある場合に,原状回復に関する債務の履行の請求に行けるというのはB国になるということです。 ○山本(和)幹事 A国では駄目だということですか。 ○小島関係官 ええ。 ○山本(和)幹事 契約が定められていれば,契約上の請求権と不当利得に基づく請求権というのは,請求権競合にはならないですかね。契約で定めていると,契約上の請求権だけになってしまうのですか。考え方としては,請求権が二つあれば,その請求権ごとにそれぞれアとイが両方成り立ってという考え方もあるのかなと思ったのですけれども。 ○小島関係官 具体的にどんな場面を想定されているのでしょうか。 ○山本(和)幹事 契約の解除などにより原状回復をするという場合ですよね。物の原状回復については以後こうなるという規定はあると,本来の債務の履行地はB国だというような場合に,その返還請求を求めるというのは契約上の請求だと考えて,本文①の方になるという御説明だったように思ったのですが。 ○小島関係官 契約上,原状回復が今はA国と定められているので,原状回復についての請求に係る訴えのときはA国だという理解でいるのですが。 ○山本(和)幹事 その場合には,不当利得に基づく返還請求権というのは成立しようがないのですか。不当利得だと観念すれば,本文②もそれについては当てはまるということになりそうな感じもしたのですけれども。 ○佐藤幹事 私も確たる見解はないのですが,山本幹事が言われたような場合に,契約上の原状回復の請求,契約に基づく請求だということであれば,本文①のアに入り,そうではなくて,不当利得返還請求だということであれば,本文②でも拾えるというか,本文②も根拠になり得るという感じがしました。 ○山本(和)幹事 それを排除しないということなのですか。 ○佐藤幹事 それは特に排除しなくてもいいのではなかろうかと,現時点では考えております。 ○道垣内委員 今の点ですが,本文②の下から2行目に,当該契約上の債務の履行に係る訴えを提起できると書いてあります。この「当該」は契約にかかるのでしょうか,それとも債務にかかるのでしょうか。 ○小島関係官 「当該」は「契約上の債務」までにかかると認識しています。 ○道垣内委員 そうすると,当該債務に関連して行われてというときの債務は何なのですか。 ○小島関係官 例えば,売買契約で売主が引渡しはしているものの買主が代金を払わないので,契約を解除した場合に,目的物の返還を請求するときは,代金支払債務が当該契約上の債務と読むと考えております。 ○道垣内委員 先ほどの山本和彦幹事のお話では,原状回復義務の履行地がA国で,その他の契約上の債務がすべてB国だとすると,B国でも本文②の方はできるということでした。A国かB国かいずれかが日本であればできる,そういう結論ですか。一個できれば,あとは関連請求の裁判籍で両方できる,そういう結論ですか。 ○佐藤幹事 そうですね。 ○髙橋部会長 そういう解釈もあり得るということかと思います。 ○古田幹事 山本和彦幹事の御質問ですけれども,恐らく実体法の解釈問題になるのではないかと思います。例えば医療過誤などですと,これは契約上の債務不履行による損害賠償請求という訴訟物と,日本法で言えば不法行為に基づく訴訟物と両方ありますから,その双方が客観的併合になっていると見るのが今の裁判実務の考え方だと思うのです。契約の債務不履行があって契約を解除して,原状回復請求をするという場合には,これは日本の民法第545条に基づく請求になりますので,あくまでも契約上の請求であって,それにプラスして民法第703条の不当利得返還請求が成り立つとは多分考えられていないと思います。つまり,訴訟物としては契約上の請求だけだということになるのだろうと思います。そうしますと,結局,どの実体準拠法に基づいて判断するかという問題になってくるので,今回の国際裁判管轄の規律では,そこまでは考えなくてもいいのではないかと思います。 ○山本(和)幹事 規定で考えてくれという趣旨ではなくて,この「なお」のところの補足説明の意味を明確にしていただきたいというだけのことです。 ○髙橋部会長 ほかにいかがでしょうか。 ○道垣内委員 言葉遣いのことだけです。本文①のアとイの書き方が違うのですが,仮にイが削除された場合に,今の書き方ですと受け身で書いてあるので,準拠法を介して定められているというのもアで読めてしまうように思われます。ここで書かれている趣旨は,能動態で書くとすると,当事者が履行地を定めている場合に限られるはずですよね。仮に,イを削除するとなった場合に,裏ルートで同じことを認める解釈は認めないという趣旨が,能動態で書いておいた方がよりはっきりすると思います。なぜ両者書き方が違うのかが,いろいろ経緯があってのことかもしれませんが,少し気になります。 ○佐藤幹事 これは特に理由があって受動態にしたということはなく,過去の用例などを見た上でのことだと思いますので,どのような表現にするかはまた検討させていただきます。 ○髙橋部会長 義務履行地は前回随分御議論いただきましたが,大体こういう感じでよろしいでしょうか。   それでは,最後の財産所在地につきまして,まず御説明をお願いします。 ○小島関係官 財産所在地についてですが,一読会,二読会で御議論いただいたのですが,そのうち議論が分かれています差押可能財産の所在地について特出しして,今回は甲案,乙案,丙案という御提案をさせていただいています。   まず甲案からですが,これはこれまでの提案と内容的には変わらない内容となっています。規律上は財産所在地による管轄に制限を設けないで,それが不相当である場合には,特段の事情によって調整をするという考え方になっています。   続いて乙案ですが,これは一読会,二読会でかなり御議論された案になっていると思うのですが,まずは甲案と同じように,被告の差押可能財産があることを管轄原因として認める。その一方,逆に外国裁判所が差押可能財産の所在のみをもって裁判権を行使したときは,その外国裁判所の確定判決を承認しないという考え方であります。この考え方は,外国裁判所に対して財産所在地管轄に基づく我が国の確定判決を承認・執行する必要はないことを示すことにより,判決の効力が国内の財産のみに及ぶことを確保しようとするものでありまして,直接管轄と間接管轄の範囲が違ってくるということになっています。   続きまして丙案ですが,これについては,仮差押えをした場合に限って財産所在地による管轄を認めるという考え方になっています。この意図としましては,仮差押えという要件を課すことによって,財産価値の著しく低い財産の所在地による管轄の作出を防止することを考えている案であります。 ただ,丙案におきましても,判決の効力については考え方が分かれるところでありまして,3ページの(補足説明)にも書いてありますが,三つ考えの方向があるのではないかと思われます。一つ目は,全く限定しないという考え方。二つ目は,乙案と同様の規定を置いて,日本の国内の財産のみに判決の効力が及ぶことを確保する考え方。三つ目としては,仮差押えをした対象財産に限定するという考え方があると思われます。   なお,3ページの一番下からなのですが,甲案,乙案,丙案の考え方のほか,前回の部会におきましては,請求と財産の関連性を要件とすべきという意見もあったところであります。その場合の訴えの例としては,部会資料に書かせてもらったようなことが考えられるのではないかと考えているところであります。   以上です。 ○古田幹事 質問ですけれども,丙案で仮差押えはどのタイミングで必要なのでしょうか。国際裁判管轄の基準時の問題に絡むと思いますが。私は先ほど口頭弁論終結時と申し上げましたけれども,事務局案は,訴え提起時が基準時になるという前提のようなので,仮差押えは訴え提起より前にされていなければいけないということになるのでしょうか。 ○小島関係官 はい,そうです。 ○古田幹事 そうしますと,例えば訴え提起時には財産が見つからなかった,あるいは小額の財産しか差し押さえていないのだけれども,訴えを提起した後に更に大きな財産が日本で見つかって,それを差し押さえたとしても,後日見つかった財産の仮差押えというのは,国際裁判管轄の観点から考慮されないということになるのですか。 ○佐藤幹事 そういうことになると思います。 ○古田幹事 その段階でいったん訴えを取り下げて,改めて新たな訴えを起こせば,そのときには新訴の提起時までに差し押さえたすべての財産が考慮されるということになるのですか。 ○佐藤幹事 例えば担保の目的が管轄の原因になっていますけれども,それは担保の目的物があるから管轄が生じるわけで,訴えた後で担保を徴しても,それは管轄の原因にはならないのではないかなと思いますので,同じような並びで考えられるかというところはあるかもしれませんけれども,原則として訴え提起時に仮差押えがされていたということで今回の御提案はさせていただいているということです。 ○古田幹事 国内土地管轄の規律であれば,それでいいように思うのですけれども,国際裁判管轄の規律をするときに,訴え提起後に財産が見つかって仮差押えをして,そのままでは国際裁判管轄はないのだけれども,いったん取り下げてまた訴えたときには国際裁判管轄があるというのは,理屈は一貫していると思いますが,具体的な処理としてややバランスが悪いように思います。 ○佐藤幹事 普通は,訴えの提起時点をどう解するかということによるのではないかと思います。 ○髙橋部会長 そこは解釈で取り下げなければいけないのかどうか。 ○高田委員 誤解かもしれませんが,私の理解によりますと,管轄の固定は,いったん認められた管轄を否定することはできないということで,逆に,訴え提起時に管轄原因がなくても,却下時までに,あるいは移送時までに満たせば,もはや却下できないという解釈が国内事件についてはあり得ると思いますので,国際裁判管轄でもその考え方はあり得るのではないでしょうか。ただし,仮差押えについてそれを使うべきかどうかはまた一つの問題かもしれません。 ○横溝幹事 違う論点ですが,私は,補足説明のなお書きに書いてある,請求と財産の関連性を要件とすべきなのではないかという立場なのですけれども,ちょっとそれはおいておきましても,甲案,乙案,丙案には,それぞれ問題があるのではないかと思います。   まず甲案は,説明を見ますと,特段の事情によって妥当な解決が図られているので,別に裁判籍自体に限定を掛ける必要はないだろうということなのですが,やはり特段の事情をなるべく使わずに裁判籍を磨いていくのだという立場からしますと,ここだけ裁判籍でかなり批判が強いものについて何もしないで無限定に置いておくというのは,やはり問題なのではないかと思います。   丙案で要求する仮差押えに関しても,目的物が日本にあればできてしまうわけでして,(補足説明)では,この仮差押えによって我が国との関連性も十分生じるという考えもあるかなということになっておりますが,私は余りそれで関連性が発生するとはいえないのではないかという気がいたします。   乙案は,御趣旨は理解できたのですけれども,規定を見ますと,日本では非常に広く管轄ができて,同じ裁判籍によって認められた外国判決は我が国では認めないということで,かなり排外的なニュアンスになっていて,この(補足説明)での趣旨が十分生かされていないで,むしろ先ほど横山委員もおっしゃっておりましたが,最近我が国の国際裁判管轄についてかなり外国でも参照される機会が多いのですが,そういうときに,甲案もそうかもしれませんが,乙案の伝えるニュアンスというのが問題があるのではないかなと思います。そこで,乙案で効力を限定したいのであれば,むしろ直接日本の判決の効力の範囲は我が国のその対象財産にしか及ばないとかいう規定を直接置いた方がまだよいのではないかなと思います。 ○古田幹事 前回も申し上げましたけれども,管轄原因によって判決の効力が違ってくるというのは,私はかなり違和感があります。というのは,当事者が管轄原因を一つだけ主張すればいいのですけれども,通常は,むしろ複数の管轄原因を主張する事案の方が多いと思います。現在の法制では,どの管轄原因によって国際裁判管轄を肯定しても,その効果に違いはないので,裁判所は最も肯定しやすい管轄原因を認定すれば足ります。けれども,管轄原因によって判決効が違ってくるとなると,裁判所が管轄原因の判断の段階で順位をつけなければいけないことになるので,それは実務的に対応が難しいのではないかと思います。   それから,丙案の思想自体は非常に理解できるのです。日本に財産があって,原告が差し押さえたいほどの価値のある財産である,そのために原告は担保を積むのだというぐらいの財産があれば,日本で訴訟するというのは合理性があると思うのですが,ただ,それを条文化して管轄の規律に入れてしまうのは,やや柔軟性に欠ける感がします。乙案のような考え方も,これも発想は分かりますけれども,やはりこの条文が英訳をされて外国で出回りますと,非常に偏頗な印象がありますから,やはり甲案をとって,それで広過ぎるものは特段の事情で調整をするという方法が立法としては穏当なのではないかと思います。 ○道垣内委員 私は乙案を支持するのですが,ただ,この条文の書き方はちょっといただけないように思います。参照条文に挙がっていませんけれども,かつての破産法や会社更生法の規定は,日本における破産や会社更生の決定は外国に及ばないと定めていました。そのように前例はなくはないので,直接的な表現はできないでしょうか。先ほど横溝幹事がおっしゃったように,当該財産に限るという必要はなく,後から見つかっても,あるいは後から日本に入ってきたものも構わないと思うのですが,判決の効力は領土を越えないということを正面から書けると,今の書き方とは全く逆の印象になり,よく考えているねという感じの規定になると思うのですが。 ○髙橋部会長 御指摘のとおりなのですけれども。事務当局もいろいろ考えたようですけれども,こういう案になったようです。 ○山本(和)幹事 私も以前から乙案で,今の道垣内委員が言われているようなことが書ければ,実際確かに批判があった属地主義の規定はそう書いてあったので,それが書ければとは思います。ただ倒産手続の効力というのと判決効の範囲というのが,以前確か青山委員がおっしゃったかと思うのですけれども,同じように考えられて書けるのかなというのが疑念で,そこで,やや変化球ではありますが,分かる人には分かるというようなことで書ければいいかなということです。   そういう考え方をすれば,もし丙案でいくのだとしても,やはり私は同じ問題だと思うのです。丙案の3ページの(i)で書かれている,仮差押えすれば日本の裁判所の管轄を肯定するに足る関連性が生じるというのは,やはりこれはやや強弁のような印象を受けます。それだけでは難しいのだろうと思いますので,仮に仮差押えを求めるとしても同じような処理をせざるを得ないのだろうなと思っております。 ○山本(弘)委員 仮差押えを要求する趣旨として,(補足説明)では,原告が仮差押えをする場合には,当該財産に相当の価値があると判断し,本執行する意思を有している場合が多いと考えられることから,財産価値の著しく低い財産の所在地による管轄の作出を防止することを意図すると書かれています。しかし,これはやはり従来財産的価値の著しく低いものしかないのに日本で訴訟をやって,それを外国に持っていくことの問題として指摘されていたところなので,乙案のように,そもそも外国では使えませんという形にするのならば,それでもあえてやるという人たちしか出てこないわけですよね。だから,私は乙案でいいのではないかなという気がいたします。仮差押えをわざわざ要求する必要はなくて,正に日本,自国民保護ですけれども,日本人の債権者に,日本にある,外国に住んでいる人の財産に手を出せないまま外国に行って裁判をやってきなさいというのはやはり気の毒だろうということで,この限度の,国際的な通用力のない債務名義というものを日本の債権者のために認めてやるというのはあってしかるべきだし,必要だと思っております。書き方の問題はおっしゃるとおりですが,別にこの乙案の今の書き振りでもそれほど私は違和感を持ちません。 ○手塚委員 これも結構実務的には財産があるのだということで,その財産と余り関係ない本当の金銭請求について管轄を主張し,特段の事情で争うというのが結構あるので,そのままだと広過ぎるなという感覚はもちろんあるのです。ただ,弁護士会内部で議論すると,この甲案,乙案,丙案と並ぶと,なかなか乙案も丙案も難しいから,甲案で特段の事情かなという意見の方がむしろ多いと思うのですけれども,比較法的に見た場合にどうかということなのですけれども,私も不勉強なのですけれども,オーストリアの例ですと,第99条には,財産所在地の裁判籍として,国内に普通裁判籍を有していない者に対して,この者の財産が存在している裁判所に訴えを提起できるとされています。ただ,国内に存在する財産の価値が訴訟物の価格を著しく下回るときにはこの限りでないというようなことを書いていて,どうやって算定するのかとかいろいろ技術的な問題はあるのかもしれませんが,ここに書いてある思想というのは,濫用的なパターンを一つ典型例として挙げていて,例えば商標権一つ持っているとかそういうのはあるかもしれないけれども,訴訟物から見たら微々たるものだというときに,それを取っかかりにというのはまずいという,何らかの制限をしていると思うのです。だから,立法例のあるそういう制限の事例で何とかできるのだったら,それはそれで一つのインプルーブメントではないか。   乙案はやはり,先ほどから何度も出ていますが,特に英語に直して,そのままの条文のときにかなりミスリーディングな感じは私はするのです。日本にある財産にのみ及ぶという書き方もあるのですけれども,どうも管轄の規定でそういう判決の効力のところまで書き込むというのが法制的に果たしてできるのかなというのは,私としては何となく居心地は悪いなという気はしていて,むしろ問題の解決のためには,オーストリアに限らないのですけれども,著しい不均衡の場合を外すような,特段の事情で外すべき典型例を入れるぐらいの方が本当なのではないかなという気はしております。 ○佐藤幹事 三つの案を提示させていただいて,今,手塚委員が御指摘された価額の均衡というのは,どこをもって均衡とするかというのはなかなか難しいところもあると思うのですが,丙案は,ある程度仮差押えまでしている,その準備をして訴えを提起している場合は,主観的には仮差押えをした上で訴えているということは,ある程度の財産価値がある場合が普通ではなかろうかということがありまして,もちろん身の回り品の動産で押さえる方がいらっしゃるかもしれませんが,通常そこまではやらないだろう。そういう意味では,執行の準備をしている場合が多いのではないかと考えることもできようかと思います。   さらに,民事訴訟法第5条第4号の担保の目的の場合には,現在はこの規律を設けるかどうかで議論になっていますけれども,これは通常,国際裁判管轄においても,判決の及ぶ範囲は担保の目的物に限られていないと思います。オーバーローンの場合には,担保の目的物を超える価額の判決をとることもできるわけです。その超えた分について,外国に執行するということも,今までの議論の中ではおかしいという議論は出てきていない。そうなると,担保の目的物と今回の仮差押えがどう違うかということなのですが,担保の場合は,執行のために抵当権を設定し,順位を保全しておくという形で日本との関連性が生じる。仮差押えの場合は担保ではないですけれども,事前に差押えをして,執行において有利なように財産を保全する。その意味では,担保の目的物と仮差押えというのは,ある程度日本との関連性という観点から考えますと,近いものがあるともいえるのではないかというようなことも部内で議論しておりました。いや,それは違うということ,あるいは担保の目的物でも,それは目的物に限るべきだという御意見もあるのかもしれないですけれども,異なる観点からの議論も御紹介させていただいて,丙案の議論をしていただければ有り難いと思っているところでございます。   乙案の表現につきましては,いろいろ検討はしたのですが,困難な面もあり,逆に,乙案の考え方に立った場合にどのような書き方ができるのかというところは,もしアイデアがありましたら御教示いただければと考えています。 ○古田幹事 丙案についてですけれども,通常の場合,原告が被告の財産を仮差押えをする場合というのは,それなりに価値がある財産だからという場合が多いのでしょう。けれども,例えば丙案で立法して,仮差押えをすれば日本に管轄が生じるということになれば,例えば,100億円を請求する訴訟を日本で提起したいので,1万円の財産についてあえて仮差押えをするということも,実務的には起こり得ると思うのです。そういった場合は,特段の事情で排除するという考え方もあるのでしょう。けれども,そうすると,甲案とどれほど違うのかという問題も出てきます。要するに,丙案の思想というのはよく分かるのですが,あえてそれを立法で要件にするほどの重要性を仮差押えという手続に認めていいのかどうか,そこがいささか私は疑問なところです。 ○山本(克)委員 仮差押えを要件とすることの意味が分からないというのは確かにそうかもしれませんけれども,仮差押えを要件とした方が場合によっては,外国において承認してもらえるという可能性は高まるのではないでしょうか。アングロサクソンの国だと,仮差押えから管轄へ入っていくという発想は割とあるような印象を持っていますから,そういうところでは承認してもらえる可能性がある。何もしないで訴えを起こしても,それはおよそ承認されない可能性の方が高いと思います。 ○古田幹事 御指摘のとおりかと思いますけれども,それは丙案のように日本の国際裁判管轄の要件として規律しなくても,甲案をとって特段の事情の中で考慮することも可能ですし,それで足りるのではないかというのが私の意見です。ただ,先ほど手塚委員がおっしゃったような,財産と請求との金額の均衡というのは,これは確かに要件として条文に入れてもいいのかなと思います。 ○青山委員 甲案は,やはり特段の事情を働かさなければいけない余地が余りにも広過ぎて,これはどうしてもとり得ないのではないだろうかという気がいたします。   乙案は,古田幹事がおっしゃったとおりで,管轄のところで裁判の効力のところまで考えるということが,日本の体系から見てどうしてもなかなか難しいのではないか。特にこの原案のように,1項,2項と規定を設けるのは,やはり日本の略奪主義という批判を呼ぶことになるだろうと思います。   それで,私は丙案なのですけれども,丙案だけでも仮差押えをしていれば何でも管轄が生ずるという批判はもちろんあるので,担保の場合はこれを入れるかどうかは分かりませんけれども,それも含めて仮差押えをされるときは,日本の裁判所に提起することができるとして,そのただし書で,仮差押えの目的物の価額との関係で,こういう場合には,余りにも請求額と均衡がとれない場合にはこの限りでないとして,先ほどの手塚委員のお考えもここに入れて,しかし,初めから目的物と請求とのということになると非常に難しいので,とにかく仮差押えという外形的な事実があるということがまず第一判断で,しかし仮差押えの目的物が余りにも軽微であると。昔からのシュールバイシュピールで,旅行者がホテルにスリッパを置き忘れていった,それで日本に財産があるというようなことになるのはやはりおかしい。仮差押えをして,しかもその請求の金額と,訴額と仮差押えの目的物の価額が均衡をとれない場合にはこの限りでないというようなことで,丙案を基礎としてもう少し工夫してもらうということはできないでしょうかというのが私の意見です。 ○山本(弘)委員 乙案にこだわるようですけれども,仮差押えを要件として要求するといった場合に,ではその判決の効力をどうするかで,その仮差押えをした財産にしか効力は及ばない,後から日本にいろいろ財産があることが分かっても,それにかかってはいけないというのは,やはり規律としておかしいだろうと思うのです。そうだとすれば,日本で得た債務名義は,日本にある財産の限りではすべてかかっていけるというルールにするのが筋だろうという気がしております。もちろん強制執行を保全する必要がありますから,仮差押えはするだろうと思いますけれども,仮差押えをしなければ管轄が生じない,しかも仮差押えをした財産にだけ執行ができるというような規律はやはりおかしいと思います。私としては,やはり乙案を支持します。書き振りはあるかもしれないけれども,とにかく日本で作った債務名義で,もし日本に財産があれば,それはかかっていけるのだという状況は,日本の債権者のために保障してあげる必要があるのではないか。金銭ですから,金銭債権と物との関連性は,およそやはり問えないわけです。だから仮差押えということをおっしゃったのだろうと思いますけれども,仮差押えが果たして限定するファクターとして合理的であるかというと,私は必ずしもそうではないと思っております。 ○青山委員 丙案というのは,仮差押えをして管轄が生ずると,仮差押えの目的物にしか強制執行できないという前提で作られているのですか。 ○山本(弘)委員 いろいろあり得ると思いますが。 ○髙橋部会長 そういう考えもあり得ると。 ○青山委員 私が言ったのは,仮差押えの目的物だけに強制執行ができるということを考えているわけではありません。日本で執行力もあるし,外国で承認してくれればもちろん外国でも強制執行ができるという前提で丙案を理解しています。 ○山本(弘)委員 仮差押えをした財産にだけ限定するということは恐らくあり得ないだろうと思うのです。そうだとすれば,日本にある財産にはすべてかかっていけるという規律にせざるを得ない。そうだとすると,仮差押えを要求する意味は何なのかというのが分からないという趣旨で申し上げたのです。 ○青山委員 それは,先ほどから事務当局が言っているように,甲案ですと,財産がありさえすれば何でもできるというのでは日本の管轄が広過ぎる。それを限定するために,ではどのような規律がいいかというと,仮差押えをしていれば,それはその仮差押えの目的物の財産はある程度のものであろう,強制執行もするつもりであろうということがここで蓋然的に認められる,だから管轄を認めようと。その結果,勝訴判決があれば,その効力はもちろん日本にある財産すべてに及びますし,外国で執行判決を与えてくれれば,もちろん外国の財産に対しても強制執行できるという,そういう理解で丙案を考えているので,効力を丙案がするくらいだったら乙案でも同じではないかという理解とは,私はちょっと違います。 ○手嶋幹事 全く本質的な理由にはならないのですが,裁判を担当する者の感想といたしますと,仮差押えがされていれば,訴訟経済上という観点で見ますと,国内でされた訴訟手続が最低限その仮差押えで押さえられている対象財産との関係では無駄にはならないというところはあるのかなと思います。 ○横溝幹事 仮差押えの規定の丙案の趣旨が,先ほど佐藤幹事が御説明してくださったように,関連性の担保という点にあるのであれば,甲案に更に要件をつけて,請求と財産の関連性というのをあいまいでも導入してしまった方が素直なのではないかという気もいたします。 ○道垣内委員 丙案にただし書をつけるという御意見がございましたけれども,一部請求をしてきた場合に,その外国判決を認めなければいけなくなるということになるのではないかと思うのです。要するに,先ほど,丙案をとる限りにおいては,出ていく方もワールドワイドに及ぶし,外国でそのような裁判をしても日本に及ぶ。そうであれば,日本で執行するために外国で,あるいは日本で既判力を獲得するために外国で一部請求をしておくという方法をとるということです。外国には少額の財産しかないので,それに合わせて一部請求しかせず,勝訴判決をとったという場合。それを前提に日本で再訴するというと,その既判力は認めるということになるとすれば問題ではないかという趣旨です。そうにはならないですか。 ○山本(克)委員 日本人は違う。 ○道垣内委員 そうですか。とにかく,そういうおそれがあるのではないかというのが私の危惧です。 ○髙橋部会長 先ほどありましたけれども,丙案をとっても,3ページの(ⅱ)という選択肢もあるわけですが。 ○横山委員 先ほど手塚委員がおっしゃったオーストリアの規定は,評判が悪い規定で,とにかく内国財産がどのぐらいの評価額か分からない。現金だったらいいのですけれども,ほかの財産の場合は評価がなかなか最初の段階で分かりにくいということがしばしば起こるので,オーストリアは12%とか20%とかと設定しているのですけれども,それが実際には非常に困難という難点がある。だから,余りあのルールは採用されないのです。   私がどの説を支持するか,正直言ってないのですが,比較法的にこの規定と類似のものは,やはりドイツ民事訴訟法の第23条の規定です。あの規定のファンクションというのは,結局は,山本弘委員がおっしゃった,財産がある以上は,内国に住所のない被告を救おうという考え方が基本的な発想で,要するに内国民保護にあるのだろうと思うのです。ただ,そうはいっても,いかなる場合でもやるというわけではなくて,内国との十分な関連性がないと駄目だと。そうしたら,どのような場合に十分な関連性があるかというと,ここの立法との関連で言うと,要するにドゥーイングビジネスですね,継続的取引をやっている場合。設例で,学校の典型的な机上の空論みたいな例でよく出てくるのは,ビジネスマンがホテルに置いていった。結局そのビジネスマンは内国でドゥーイングビジネスをやっているからなのですよ。だから構わないという議論が出てくるのです。しかし,ドイツ民事訴訟法にはドゥーイングビジネスとか継続取引で管轄原因ないですから,これで引っ掛けようとするわけです。だから,もし今度の規定で事務所管轄に並んで継続的取引というのが管轄原因になるのだったら,財産所在地の特別裁判籍は相当限定しても構わないと思うのです。   ただ,ドイツの場合はもう一つ使われ方があって,これは要するにこれがあるからほとんど緊急管轄に訴える必要がないということですよね。緊急管轄が必要なくなってくるのですよね。だから,日本には財産があると。ほかに何の関連性もないと。中国でやってらっしゃいと。だけど中国の判決は承認しませんよというわけにはいかないでしょう。だから緊急に管轄権を認めますということですよね。相互の保証がないから中国の判決は承認できないからということで。 ○髙橋部会長 ここもなかなか議論が収れんしませんが,何かお気づきの点はございますか。―よろしいでしょうか。   それでは,今日全体で何か補足していただけることがございましたらお願いいたします。 ○山本(克)委員 最初にやりました社団又は財団に対する訴えの(注)ですけれども,言い忘れた点があります。有限責任事業組合契約に関する法律上,やはり組合員と業務執行者に対する,第三者に対する責任が定められておりますので,仮に(注)の方で積極論をとった場合には,法人格がないですので,調整が要るということだけ御指摘させていただきます。 ○髙橋部会長 ありがとうございます。よろしいでしょうか。   では,次回等の御案内をお願いいたします。 ○佐藤幹事 次回は7月10日の金曜日を予定しております。内容としましては,中間試案の案を御提示させていただいて,御議論いただく予定です。さらに,これまでに議論したところに加えて,まだ十分に少し議論した方が良い点などもありますので,そのような点を中心に御議論いただくことになろうかと思います。 ○髙橋部会長 では,今日はこれで終了いたします。どうもありがとうございました。 ―了―